2018/05 ≪  2018/06 123456789101112131415161718192021222324252627282930  ≫ 2018/07
東日本大震災で自治体労働者がおかれた状況 (惨事ストレス)
2017/11/28(Tue)
 11月28日 (火)

 第21回ワンコイン講座は、「災害時における自治体労働者が被るストレスへの対策は」 のテーマで東京医科歯科大学大学院保健衛生学研究科博士課程の菅原千賀子さんから調査・研究を報告してもらいました。
 菅原さんは、宮城県気仙沼市出身で、2011年3月11日の東日本大震災の時は、テレビをつけたら自分の生家が津波で流されているシーンが映りだされたといいます。
 大学3年生のときで、すぐに気仙沼市に個人として医療支援に駆けつけます。周囲には 「大丈夫? 何かやるなら応援するよ!」 という仲間が気づけばたくさんいて、その声に押されてできることをやってみよう! という思いだったといいます。2トントラックに準備敷材と仲間が寄せてくれた支援物資が入った段ボールと一緒に荷台に乗って出発しました。段ボールにはたくさんのメッセージが書かれていました。
 水産業と観光で栄えていた気仙沼は、地震・津波・津波火災で大きな被害を受けていました。被災家屋は26.105棟 (全体の40.9%)、被災世帯数9.500世帯、死者数1.033人、行方不明者数215人、17年6月30日現在の震災関連死は108人です。

 市役所に設置されたDMAT (災害急性期に活動できる機動性を持ったトレーニングを受けた医療チーム) に登録し、1つのグループとして活動を開始します。
 市役所にも診療所が開設されました。市役所職員が訪れます。汚泥が埃になって目がやられていました。
 活動は避難所を回りましたが診察すると血圧が200を超える避難者もいました。

 診療所には女性は来ますが男性は近くにあっても来ません。
 3月27日から、市役所職員の健康調査を健康診断問診票を作成し、巡回して開始、31日まで続けました。
 その後も何度も訪問しました。

 12月にも市役所職員 (20代~60代) 219人について、調査者が各部署を訪問し、調査票を配布し、同意を得られた職員が質問紙に記載を終えた後、血圧を測定しました。調査票の項目は、1.性別、年齢、2.血圧薬内服状況、3.個人の被災状況、4.気分障害の有無、5.就労状況 (3月/12月)、6.睡眠状況 (3月/12月)、7.3月の体調変化の有無と対処状況、8.血圧測定です。血圧は、緊急事態に遭遇しても6か月で戻ります。初動支援のあり方について示唆を得るために実施しました。震災直後は多くの職員が高い状況でした。

 対象者の属性・被災状況です。
 男性153人 (69.9%)、女性66人 (30.1%)です。年齢は、10代から20代9.2%、30代43.7%、40代25.6%、50代から60代30.6%です。
 自宅被害あり52.1%、避難所生活の経験あり26.9%、住居変更あり25.6%、近親者を亡くした人的喪失あり73.5%です。

 3月/12月の震災対応・夜勤業務と睡眠の比較です。
 災害対応業務の状況は、半々以上が3月92.7%、12月46.6%です。夜勤業務ありは、半々以上が3月74.0%、12月46.6%です。睡眠状況は、眠れるが3月24.7%、12月76.3%です。
 2週間の休日・超過勤務の状況です。
 超過勤務20時間以上54.3%、休日取得は2日以上56.6%です。

 気分障害の有無についてです。
 うつ病・不安障害のスクリーニング調査を使用して、絶望感や憂鬱感等など6項目について0点から4点までの5段階から選択します。0点から24点の合計点が高いほど気分・不安障害が高くなります。中央値は7点でした。
 0~4点31人、5~9点35人、10~14点23人、15~19点8人、20~24点3人でした。
 7点以上との関連については、・人的喪失、・3月、12月の災害対応業務あり、・3月、12月の不眠あり、・12月の深夜業務あり、・20時間以上の超過勤務あり、震災時の体調変化あり、があげられます。

 調査対象者の血圧分布です。
 06年の国民栄養調査の分布は、正常者40.3%、正常高値者14.5%、高血圧者22.6%、高血圧内服者22.5%です。これとの比較です。
 3月は、正常者38.7%、正常高値者20%、高血圧者33%、高血圧内服者8.3%です。
 12月は、正常者27.9%、正常高値者18.3%、高血圧者42.5%、高血圧内服者11.4%です。
 3月と12月共に測定した職員は143人いました。その傾向は、3月の正常者が高血圧者や正常高値者に移行しています

 3月における体調の変化と受診行動です。
 体調変化はあった64.8%、なかった35%ですが、なかったについての理由は、それどころでなかったなどです。時間がないなどで機会がつくれませんでした。体調の変化があった職員の中で、受診行動については受診した27%、受診しなかった38%です。受診した医療機関は仮設診療所が圧倒的に多く、他は市立病院、その他の医療機関です。

 調査から見えてき血圧変化についての結論です。
 ・災害急性期は適切な健康行為が困難になるため、自治体職員を対象にした仮設
  診療所を設置し、健康相談・スクリーニング等の支援を行うことが有効である。
 ・被災地の自治体職員は、災害直後よりも9カ月経過した時点の方が血圧値が上昇
  していた。特に、中高年男性に上昇者が多く、災害対策業務が継続している特性を
  踏まえ、看護職者が職場に出向き長期的な支援を行う必要がある。


 東日本大震災以降~2016年にかけての新聞記事の見出しを追ってみました。
 2011年9月19日の朝日新聞です。「被災地市町村職員の病休増」 「過労でストレス」
 2013年3月8日の朝日新聞です。「被災42市町村 休職400人超す」 「新年度600人足りない見込み」
 2014年7月27日の毎日新聞です。「被災47市町村 震災理由に106人退職 本社調査 心身の疲弊深刻」
 2016年3月4日の神戸新聞です。「精神疾患の休職1.6倍 39市町村 復興、原発事故で疲弊」
 時間が経過しても深刻さは続いています。
 被災地自治体職員の健康問題による影響は、職員不足を深刻化させ、被災地の復旧・復興を妨げるだけでなく、被災地に暮らすすべての人々に影響を及ぼしています。
 これまでの研究でも、災害発生後、被災地自治体職員の健診データの変化においても、心血管系イベント発症を懸念する結果が表れています。
 メンタルヘルスへの影響についても、発災後、抑うつ・PTSDや精神的ストレスが上昇しています。


 被災地が生活圏である職員は自らも被災しながら災害対策事業に従事し続けなければならず、その状況が長期に及ぶことは心身に大きな影響を及ぼします。
 東日本大震災において災害関連業務に従事した被災地自治体職員に体験を語ってもらいました。
 インタビューの内容は、①当時の担当部署、役割 ②発災後の行動 ③発災後の業務内容とその期間 ④発災後、つらかったこと ⑤当時の自宅や家族状況 ⑥体調の変化の有無 ⑦うれしかったこと、 救われたこと ⑧他の自治体職員に伝えたいこと です。

 その中の40代の防災担当課職員の体験談の要旨です。
「(発災時すぐ) これは遂に想定されていた宮城県沖地震きちゃったなと。これは長くなるなということで、あと覚悟を決めて、やることだけ淡々とやっていくか……と。」
 同僚たちが現実離れした光景を目の当たりにして驚いている様子を横目に、覚悟を決めて災害本部設営に奔走しました。一方で刻々と変化する想定以上の浸水にとんでもない被害を予感し、恐怖をおぼえます。
 妻の安否に関して、気にする余裕さえなく、津波に流された実父が偶然助かったことを知るが、実際両親と会ったのは2、3カ月後のことでした。両親が自分が生きていることに涙を流して喜んでくれた際、気を配れる精神状態になかった自分を振り返り、“マシーン” と称しました。
「妻のことを言ったら怒られそうだけど、´大丈夫だろう。ダメだったらダメだろうし`くらい……。叔父が千葉からガソリンもって来てくれて…ここ (職場) にきて 『良かった…』 って泣きながら顔見てくれましたけど… 『はいはいはい。今忙しいから…また後でね』 って (笑) せっかく来てくれたのにひどいね。こっちに追われて、あんまり家族まで気にしなかった…。」
 日々明らかになる死者数に、防災教育に従事していた者として不甲斐なさを抱きつつ、業務に従事していました。地域住民と共にきめた避難場所に住民が避難したがために90人がなくなったことを後日知ります。上司はその被害に茫然自失となり1年後辞職しました。
「こいず防災担当もっと…なんか出来ることあったんじゃないかな…っていうのが、つらかったですかね…。」

「(半年後、異動を命じられた際は) 感情的には、がぐーって感じでしたね。まだやることはいっぱいあるのにって。……(振り返ると異動は) 良かった…のかもしれません。」
 今振り返ると異動により苦情を請け負う機会が減少し、心身の健康が保たれたと考えています。異動後の業務は災害対応よりハードであったが、同様の業務をこなす上司を間近かに懸命に従事しています。
 健診を受診したのは震災後3年経過し、´時間がとれる` と自覚してからでした。それまでは全部A判定だったのですが初めて肝臓がE判定でいた。1回病院に行って 「まあ、まだ大丈夫でしょう」 と言われて継続受診はしていません。震災後、1日3本栄養剤を飲んでいたことが原因と考えました。体力を保つため過剰摂取はだめと知りつつ飲んでいました。
「(遺体処理を) 職員に頼んでしまったけれども、それが心に引っかかったり残ったりしていなければいいな…と思いながら。……今、結構いるんですよ。役所で入院している人。そうなってもおかしくないのかな…って思いますね。」
 自分自身は市民から直接叱責を受ける立場にはなかったことを考え、今なお復興計画に従事している職員はまだ心苦しい状況が続いていることを、推し量っています。

「(全滅した地区の) 自治会長さんが何か月かして会った時に 『Aさんと課長と一緒に防災取り組みやってくれたおかげで、うちの地区でも助かった人いっぱいいたんだよ』 なんて言うのを聞いて…そういうんで報われた。心助けられたんだかもしれないですね。」
 震災前の地震の活動を肯定されたような思いに至ります。また様々な支援者・慰問者の前向きな提案に感動し、それだけで労が和らぎました。また、支援者の活動により子どもが活気づき、笑っている市民の笑顔に自身も癒されました。
「うちは本当に日本中、世界中からお世話になっているんで、せめてそういうのをお伝えして、防災対策に本気になって役立ててもらうための、一助になれば…それが被災自治体としての責任かなと。失敗事例もいっぱいありますから。」
 自治体の人びとに伝えたいことは、災害対策業務に従事するために、心身ともに健康で信念を持ち、前を向き続ける力がひつようであること、貯えの大切さです。


 体験から得られた示唆です。
 発災後、自治体職員は自身の生活を顧みることもままならないなか、その使命感から住民対応を優先し、職務に従事し続けていました。いっぽうで被災者や同僚と自身の被災状況を比べ、職務中に自身の感情を吐露することをさけ、家族と共に過ごすことができない境遇に対し負い目を感じていました。
 そのような中で被災者や市民、時にはマスコミから非難された経験を有し、やるせなさや疲弊感を感じていました。
 これらのことから、被災自治体職員の心理的影響は遅発性となりやすく、被災ストレスの遷延化を生じやすいと考えられます。また職務の尊厳を喪失する可能性も有すると考えられます。

 震災関連業務と通常業務が統合することにより被災地自治体職員の業務負荷は急激に増大し、加えて職員の被災や転居、病欠等により、慢性的で深刻な職員不足の状況が5年以上継続しました。
 終わりの見えない業務過多のなか、震災関連業務に従事し続けることで、定期検診を受診する機会を容易に逃したり、健診結果に問題が生じても適切な受診行為に繋げられていないことが考えられます。

 一方で、過酷な災害関連業務に従事しながらも自治体職員としてのキャリア形成を遂げていたことを語った職員もいました。
 その過酷さを支えたものとして
 ・自治体職員としての気構え
 ・協働した同僚の存在
 ・他者からの容認
 ・被災者の自立と復興・未来を信じる
などの要素がありました。


 まもなく震災から7年を迎えます。
 震災からの教訓は忘れることなく活かし伝承していかなければなりません。
 災害は防ぐことはできませんが、被害は減らすことができます。

   「自治体労働者の惨事ストレス対策」
   「活動報告」 2017.8.1
   「活動報告」 2017.3.10
  当センター「いじめメンタルヘルス労働者支援センター」ホームページ・ご相談はこちらから
この記事のURL | 災害ストレス | ▲ top
| メイン |