FC2ブログ
2018/11 ≪  2018/12 12345678910111213141516171819202122232425262728293031  ≫ 2019/01
近代日本をどう捉えるか
2017/11/14(Tue)
 11月14日 (火)

 歴史の教科書から坂本竜馬や吉田松陰、上杉謙信、武田信玄などの人物や、四日市憲法などの項目が消えるといいます。
 歴史書は政権をとった者がその経過を記述させて残します。それは現代においてもです。歴史教科書は政権に都合がいいように編集され、新たな項目が盛り込まれたり、消されたりします。そのたびに議論が繰り返されてきました。
 1960年代には、家永三郎が編集した高校の教科書が不採用になり裁判闘争になりました。

 81年の文部省検定で高校教科書 「現代社会」 から丸木位里・俊さんが描いた 「原爆の図」 は、それまで何度も採用されていましたが、「悲惨すぎる」 という理由で削除指示をうけました。
 8月5日、俊さんは文部省教科書検定課長に抗議にいきました。そのやり取りです。
 俊 「削った理由を直接聞きにきました」
 課長 「極端に悲惨なものは除くのが前々からの方針です」
 俊 「合格した教科書の中には、『原爆の図』 が載っているものもあります」
 課長 「(削除させた) この口絵は、色が原画にちかく、生なましくて、悲惨すぎます」
 俊 「悲惨といっても、これは、たかが絵です。私は、本当のヒロシマを知っている。ハエがわき、
  しかばねをを焼くにおいを覚えています。私どもは、ハエもにおいも描いていません。現実は、
  もっと悲惨ですよ」
 課長 「いや、やはり、この絵は悲惨です」
 俊 「あなたは、自分の子どもに、戦争は何だと教えますか」
 課長 「戦争とは、人を殺すことで、いけないことと教えます」
 俊 「戦争は、悲惨でしょう」
 課長 「悲惨です。極端に、極端に悲惨です」
 俊 「悲惨な戦争だから、悲惨なものを除け、というのは 『悲惨でない戦争』 を教えろと
  いうことですか」
 課長「高校生といっても発達段階というものがあり、まだ未成年です。従って、極端に
  悲惨なものは遠慮してもらっている」
 ・・・


 今回は項目が大幅に削除されるといいます。理由は、これまでの歴史教育は、歴史認識ではなく、項目を説明できるように暗記することや、その逆の事態・状況を何と呼ぶかということが主要でした。ですから歴史解釈は皆同じになってしまいます。歴史観の押しつけで、歴史に流れがありません。
 これに対して教育方法の変更を目指すといいます。
 さらに、最近は小説やドラマなどでフィクションが加えられた歴史上の人物が捏造されて登場し、項目がどんどん増えていました。
 坂本龍馬は教科書に載っていなかったので受験勉強で暗記した記憶がありません。しかし今では日本の近代をつくった中心的人物に祭り上げられています。
 吉田松陰については 「征韓論の先駆者」 という史実が隠されています。
 でも吉田松陰は教科書から消えないでしょう。なぜなら、安倍首相と同じ長州藩だからです。なんだかんだと言っていても 「忖度」 されます。

 四日市憲法については、当時すでに共和制を謳っていた、人権を盛り込んでいた、編者たちはあの時代に西欧の政治思想を先取的に享受していたなどの評価があります。しかしそこには、西欧の政治思想・体制は優れている、それに比べて日本は劣っていていたという価値観が根底にあります。このような評価は、コンプレックスとなって明治維新以降今日に至るまでずっと存在します。満州侵略から第二次世界大戦に突入する原因にもなりました。

 西欧の政治思想を学習していたのは四日市憲法の編者たちだけではありません。江戸末期、幕府は多くの人材を派遣していたし、明治政府はかなりの書物を取り寄せて翻訳をしています。そして市井にはそれらが出回っていて人びとの知識欲を満たしていました。そのなかから自分たちが作り上げたい体制を模索して憲法として作成していきました。人びとは国家、体制は遠くの存在ではないと捉えて理想と期待を盛り込みました。
 しかし現実との落差は大きいものがありました。


 例えば、秩父困民党が明治17年に蜂起した埼玉県下吉田村の隣に位置する街道として栄えていた小鹿野町は、(当時県内に町は川越町と2つしかなかった) 定期市がたち、小説ですが、そこではルソーの 「契約論」 も売られていて、困民党の党員は買って読んでいたといいます。困民党は国家・天朝様との 「契約」 を問い直して蜂起の必要性を確信します。
 信州から駆け付けた井出為吉の生家には今でも 「仏蘭西革命論」 などたくさんの書物が保存されています。
 困民党は 「恐れながら 天朝さまに敵対するから加勢しろ」 といって農民をオルグして回りました。
 
 秩父困民党は目標を掲げました。
 一.高利貸しのため身代を傾け生計に苦しむもの多し、よって債主に迫り一〇か年据え
   置き四〇か年賦に延期を乞うこと
 一.学校費を省くため三か年間休校を県庁へ迫ること
 一.雑収税の減少を内務省に迫ること
 一.村費の減少を村吏に迫ること
 行動を起こすにあたっての軍律五か条です。蜂起直前に読みあげられました。
 第一条.私に金円を掠奪する者は斬
 第二条.女色を侵す者は斬
 第三条.酒宴をなしたる者は斬
 第四条.私の怨恨を以て放火その他乱暴をなしたる者は斬
 第五条.指揮者の命令に違反し、私に事をなしたる者は斬
 これらの要求項目や行動規律は、空想的政治展望ではなく、人びとにとっては切羽詰まった状況に実行を迫るものでした。

 明治時代は江戸末期から連なっていきます。政権が交代したからといって人びとの生活がすぐに変わりません。
「村の家々は5戸前後がまとまって5人組をつくり、相互に助け会うとともに、年貢収入などのさいには連隊責任を負った。5人組は、領主が、百姓同氏を相互に監視させ、また連隊責任によって年貢を確実に徴収するためにつくらせた組織だが、いったんできると、今度は百姓たちの互助扶助組織として重要な役割を果たした。」 (渡辺尚志著 『江戸・明治 百姓たちの山争い裁判』 草思社)
 江戸時代にも近代国家の基礎となる税制度を遵守する制度は確立していました。そして生活安定のための互助扶助組織も確立していました。しかし経済発展のなかで村のなかにも格差が拡大し崩れていきます。さらに明治13・4年の松方財政は互助組織を崩壊させるとともに、秩父事件のような困民党を登場させます。
 また共同組合のルーツとしての互助組織は江戸末期から流通経済が進むと共同事業が開始され、輸出が始まるとお茶や生糸などの協同組合的な組織は生まれました。農業技術の共同開発、肥料などの共同購入も進められました。人びとの知恵と努力で経済活動は発達していました。

「名主は村運営の最高責任者、組頭はその補佐役であり、百姓代は名主・組頭の監視・補佐を主な職務としていた。名主は世襲で人気がないこともあれば、任期制のこともあった。前者の場合は、村内で特定の有力な家の当主が、代々名主を世襲した。後者の場合には、入札 (いれふだ・投票) で後任を選ぶこともあった。江戸時代から、選挙で代表者を決めていた村もあったのである。」
 明治憲法が制定されて国会が解説され、議員が選挙されても、県知事、郡長は任命制です。そして官僚制の確立とともに任命制をとおして地域の共同体を破壊していきました。江戸時代の方よほど民主的でした。

 江戸時代においても農民や商人は頻繁に訴訟を起こしていました。彼らやその子弟の多く は寺子屋に通い、読み書きができ、相当の知識も習得していました。また有力藩は藩校を創設し、留学生なども送り出しています。
 百姓たちは訴えたいことがあると、幕府領なら自分の住む村を管轄する代官所、大名領なら藩の代官所や郡奉行所、領主が異なる場合は幕府に訴えます。基本的には一審制で非公開でした。裁判にあたる役人は法律や判例に依拠して判決を下していました。
 名奉行も生まれました。名奉行は時には 「法」 を曲げても 「道理」 に基づいて裁判を行い人びとの共感を得ました。


 来年は、明治維新から150年を迎えます。さまざまな行事が計画されています。
 明治維新は、武士階級の崩壊、幕府の政権の行き詰まり、地方武士や商人の台頭、幕府に代わる朝廷の祭り上げ、外国からの開港要請などさまざまな要素が複合的に入り組んでいます。
 しかしそれらを見ながら人びとは連綿と生活を持続させてきました。

 天皇制が日本の近代国家の中心的支柱であったという評価があります。
 近代において敗戦国で王室や元首が残ったのは戦後の日本の天皇制だけです。その理由はなぜなのかを現在に引き付けて問い直してみることが必要です。
 はたして150年で、戦後75年で日本の民主主義、人権意識はどこまで確立されたでしょうか。
 歴史を人びとのもとに取り戻し、今に活かしてかなめればなりません。


 11月初め、20回目の秩父困民党の足跡を追うたびに行ってきました。
 第一回は1992年、PKO法が成立し、自衛隊の海外派兵が始まった年です。それまでも戦後政治の転換がいわれ続けていましたが、さらに大きく転換しました。仲間うちで学校の歴史教育の視点からではなく自分たちで歴史を見直そうと大それました。
 蜂起の中で倒れた人びと、いきばてになった人びと、死刑になって処刑された人びとのお墓参りをしてきました。
 彼らも現在日本の礎を築いたと深く確信すると同時に、今と重ねても無念さを共有してしまいます。

  当センター「いじめメンタルヘルス労働者支援センター」ホームページ・ご相談はこちらから
この記事のURL | その他 | ▲ top
| メイン |