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「みんなで渡れば怖くない」 が会社の危機に
2017/11/10(Fri)
 11月10日 (金)

 日産、スバル、神戸製鋼などで品質管理体制の不正が発覚しています。
 しかし記者会見をする当該の会社上層部には、なんで今頃、違法ではないことでこんなに騒がれるんだ、他社でもやっている、という困惑がありありです。そこには 「みんなで渡れば怖くない」 と黙認してきた業界の“団結” と監督行政との “連携” の崩壊の実態があります。何らかの形で発覚してきた企業だけが叩かれています。
 不正の自覚がない日産やスバルの労働者の中には、冬季のボーナスは大丈夫だろうかの心配のほうが大きいといいます。
 1つの企業に閉じこもった労使関係のなかで、自分の技能、製品の出来具合にこだわり、自慢できるものを社会に提供するという労働者の誇りが消えています。

 10月初めに国内3位の鉄鋼メーカー・神戸製鋼でアルミ部品などの強度偽装が発覚しました。(鉄鋼部門の年間粗鋼生産量は、トップが新日鉄住金で4200万トン、2位はJFEスチール2800万トン、神戸製鋼は3位の720万トン)
 神戸製鋼は1年前にも同じような不祥事が起きています。組織ぐるみでトカゲのしっぽ切りをし、隠ぺいをはかっていたということです。
 今回問題となったのは、強度などを示す検査証明書のデータを書き換え、顧客と契約した製品仕様に適合しているように見せかけ出荷していました。対象製品は自動車、航空機、電子機器など幅広い分野におよび、納品先は、トヨタ自動車や三菱重工業グループ、JR東海など約200社におよびます。
 10月8日、梅原尚人副社長は記者会見で、「組織ぐるみか」 と問われると 「はい」 と答えました。そして 「管理職も含まれている。実際に手を下した、知りながら黙認していた、うすうす知っていた。いろんな段階がある。」 と答えました。
 背景として、「納期を守り、生産目標を達成するプレッシャーの中で続けてきた」 と分析しました。一方で、「品質に関する意識が弱いとは考えていない。(納入先との) 契約を守る意識が低かった」 と釈明しました。そして 「かなり古い時期から (不正が) あった」 とも話しました。10年前から改ざんが続いているケースも確認され、常態化の可能性を認めました。
 神戸製鋼は17年3月期まで2年連続で純損益が赤字決算でした。

 神戸製鋼は記者会見を続けざまに5回行なうことになりました。
 10月下旬になると、子会社で不正や加工品の測定データ改ざんやねつ造されていたと発表しました。製品の中に日本工業規格 (JIS) を満たしていないものがあり、JIS認証が取り消されるという事態も起こっています。JIS取り消しは昨年もグループ会社でありました。品質を軽視する企業体質が改めて浮き彫りになりました。


 検査をする者の資格は国家資格などではなく、企業独自の制度です。企業が自ら決めた有資格者が、企業が決めた手順を進める独自のものです。
 神戸製鋼では、鉄鋼製品でもアルミでも納入先企業が求める寸法や強度などの規格 (協定仕様) に合致しているかどうかを出荷時に工場で検査します。規格から外れていても、使用目的において不足が生じなくて部材として使える場合は、顧客に通知し、了解を得たうえで 「特別採用 (トクサイ)」 と称して出荷していました。
 トクサイは法令に反するものではないので製造業で広く使われていいます。歩留まりを上げる努力はしているものの、わずかに規格から外れる製品は発生するのでそれを救済するのがトクサイという商慣習です。
 同業の関係者のはなしでは、この段階では確かに不具合や事故は想定できないといいます。
 しかし神戸製鋼では規格に合っていない場合でも、検査証明書 (ミルシート) を書き換え、規格通りの製品として出荷していました。これでは顧客先は 「トクサイ」 の伝達がないことになりますので齟齬が生じ、事故が発生する危険性が出てきます。
 「不適切な製品を出荷したことで、すぐにクレームにつながったわけではない。これぐらいなら何とかお客様が使いこなしてくれるのでは、問題ないのではと経験的に感じて、人事異動の少ない工場で長年やっていたのではないか」 (OBの発言)

 11月10日、神戸製鋼所は、検査データ改ざん問題をめぐる社内調査の報告書を経済産業省に提出し、公表しました。
 報告書は、データ改ざんや捏造 (ねつぞう) について、①収益評価に偏った経営と閉鎖的な組織風土 ②バランスを欠いた工場運営 ③不適切行為を招く不十分な品質管理手続き ④契約に定められた仕様の順守に対する意識の低下 ⑤不十分な組織体制――の5項目が原因と結論づけました。
 再発防止に向け、「品質憲章」 の制定や対話集会の充実、不適切な行為を可能としたシステムの仕組みの見直しなどに取り組むとしました。また、「品質管理」 と 「品質保証」 の機能を明確に分離し、強化するといいます。
 OBは 「(不正を) 見ていながら見ないふりをする企業風土があった。しかし、不正を発見したら注意する文化を育ててきたつもりだ。結局、企業文化を作れなかったということか。経営陣の責任だ」と話しています。


 10月2日、日産自動車は、国内全ての車両組み立て工場で資格のない従業員が完成検査をしていた問題で、再点検のため販売済みの約121万台をリコール (回収・無償修理) する方針を発表しました。
 不正は国交省の抜き打ちの立ち入り検査で発覚しました。完成検査は道路運送車両法に基づき実施されるもので、本来は国がする出荷前の安全確認をメーカーが代行して実施します。国交省は各社が社内規定で認定した 「官製検査員」 が行うよう定めています。しかし、日産ではこの認定を受けていない 「補助検査員」 だけで一部の検査を実施していました。現場では資格者の印章の流用や書類偽装が常態化していました。
 西川社長はこうした事態が起きた背景の一因について、資格のある検査員がしなければいけないという認識が現場で 「多少薄れていたのかもしれない」 との見方を示しました。


 10月28日、スバルは資格を与えていない従業員に新車の検査をさせていたと発表しました。30年以上にわたって続いていた慣行で、日産自動車の無資格検査問題を受けた社内調査ではじめて判明したといいます。
 スバルでは資格者を、検査の知識の習得や現場での研修を経て、筆記試験に合格した者を認めています。しかし筆記試験前の無資格者が検査に携わっていました。
 検査後は、正規の 「完成検査員」 の印章を流用し、法令通りに検査したと見せかけていました。


 今回だけでなく製造業での不祥事が相次いでいます。
 本来ならもっと早くに内部からの告発があっても不思議ではありません。それよりも内部告発を抑制する風土・社風がありました。
 「納期を守り、生産目標を達成するプレッシャーの中で続けてきた」 などという理由だけでは説明しきれません。
 「組織ぐるみ」 「管理職も含まれている。実際に手を下した、知りながら黙認していた、うすうす知っていた。いろんな段階がある」、「品質に関する意識が弱いとは考えていない。(納入先との) 契約を守る意識が低かった」、「不適切な製品を出荷したことで、すぐにクレームにつながったわけではない」、「(不正を) 見ていながら見ないふりをする企業風土があった」 などの認識をどう捉えたらいいのでしょうか。

 中根千枝の 『タテ社会の人間関係』 (講談社現代新書) から探ってみます。
「日本人が外に向かって (他人に対して) 自分を社会的に位置づける場合、好んでするのは、資格よりも場を優先することである。記者であるとか、エンジニアであるということよりも、まず、A社、S社のものということである。他人がしりたいことも、A社、S社ということがまず第一であり、それから記者であるか・・・ということである。・・・
 ここで、はっきりいえることは、場、すなわち会社とか大学とかいう枠が、社会的に集団構成、集団認識に大きな役割をもっているということであって、個人のもつ資格事態は第二の問題となってくるということである。・・・
 『会社』 は、個人が一定の契約関係を結んでいる企業体であるという、自己にとって客体としての認識ではなく、私の、またわれわれの会社であって、主体化して認識されている。そして多くの場合、それは自己の社会的存在のすべてであり、全生命のよりどころというようなエモーショナルな要素が濃厚にはいってくる。
 A社は株主のものではなく、われわれのものだという論法がここにあるのである。この強い素朴な論法の前には、いかなる近代法といえども現実に譲歩せざるをえないという、きわめて日本的な文化的特殊性がみられる。」
「このような枠単位の社会的集団認識のあり方は、いつの時代においても、道徳的スローガンによって強調され、そのスローガンは、伝統的な道徳的正当性と、社会集団構成における構造的な妥当性によってささえられ、実行の可能性を強く内包しているのである。」
「外部に対して、『われわれ』 というグループ意識の協調で、それは外にある同様なグループに対する対抗意識である。・・・したがって、個人の行動ばかりでなく、思想、考え方にまで、集団の力がはいり込んでくる。こうなると、どこまでが社会生活 (公の) で、どこからが私生活なのか区別がつかなくなるという事態さえ、往々にして出てくるのである。これを個人の尊厳を侵す危険性として受けとる者もある一方、徹底した仲間意識に安定感をもつ者もある。要は後者のほうが強いということであろう。」

 日本では、会社という 「場」 は、使用者も労働者も 「われわれ」 です。ここがヨーロッパの労使関係の構造とは決定的に違います。そしてそこではいわゆる “しがらみ” の関係性が大きく作用します。「みんなで渡れば怖くない」 の発想、意志一致はこのようななかから生まれます。そして扇動する者が最も強い愛社精神をもっていると評価されます。
 規律違反、違法行為にたいする不安感や恐怖感も払拭され、逆に自信となっていきます。
 今回の事態はこのような中から常態化しました。まさしく会社ぐるみとしてです。
 これがさらに進むと 「人権は会社の門の前で立ち止まる」 (熊沢誠) になっていきます。
 しかし 「われわれ」 はリスク管理の意識を欠落させます。外部からの指摘に対してはなすすべがありません。会社にとっては世論と取引中止が一番のリスクです。神戸製鋼は存亡の危機がいわれています。

 人類学者の中根千枝は 『タテ社会の人間関係』 のなかで日本社会をインド社会と比較しています。
「日本に長く留学していたインド人が、筆者に不思議そうに質ねたことがある。
『日本人はなぜちょっとしたことをするのも、いちいち人に相談したり、寄り合ってきめなければならないのだろう。インドでは、家族構成としては (他の集団成員としても同様であるが) 必ず明確な規則があって、自分が何かしようとするときには、その規則に照らしてみれば一目瞭然にわかることであって、その規則外のことは個人の自由にできることであり、どうしてもその規則にもとるような場合だけしか相談することはないのに。』
 これによってもわかるように、ルールというものが、社会的に抽象化された明確な形をとっており (日本のように個別的、具体的なものではなく)、『家』 単位というような個別性が強くなく・・・個人は家の外につながる社会的ネットワーク (血縁につながるという同資格者の間につくられている) によっても強く結ばれているのである。」

 確かに日本では、契約関係も形式で遵守しなくてもいいという認識があり、規則・法律の履行に際しても “伺いをたて”、それに従います。契約内容に従う、規則・法律を遵守する者は “融通がきかない者” として 「われわれ」 から排除されます。
 そのため自分を守るという手法からも法遵守意識が希薄になっていきます。
 このようななかさらに中央集団的組織が強化されます。

 なぜ法遵守意識が希薄なのでしょうか。
「『タテ』 のエモーショナルな関係は、同質のもの (兄弟・同僚関係) からなる 『ヨコ』 の関係より、いっそうダイナミックな結び方をするものである。古い表現をとれば、保護は依存によって答えられ、温情は忠誠によって答えられる。すなわち等価交換ではないのである。
 このために 『ヨコ』 の関係におけるよりいっそうエモーショナルな要素が増大しやすく、それによって、いっそう個人が制約される。この関係は下 (子分) をしばるばかりでなく、上 (親分) をも拘束するものである。『温情主義』 という言葉に表されている情的な子分への思いやりは、つねに子分への理解を前提とするから、子分の説、希望を入れる度合いが大きい。」
「西欧的な意味でのコントラクト (契約) 関係が設定されにくいいということは、すでにふれた丸抱え式雇用関係にもはっきりあらわれている。筆者は、日本の近代企業が、その初期から、労働力の過剰・不足にかかわらず、終身雇用的な方向をとってきているという事実は、雇用において、西欧的な契約関係が設定されにくい (雇用する側とされる側と両方に原因があるのだが) という理由に求められるのではなかろうかと思うのである。経営者側としては、当然、コンスタントな労働力を確保するために、労働者 (特に熟練労働者) のひきとめ策として、コントラクト制を発展させる代わりに、より日本人にあった生涯雇用制の方向をうちだしてきたのではなかろうかと思う」
 労・使双方が受け入れてきた経緯があります。
 労は、雇用を維持させるために契約内容を変更させてきました。これに対して、使は抱き合わせ・バーターとして別項目の受け入れを求めてきました。その関係性が今の労使関係を形成しているという事実もあります。


 今回の神戸製鋼等の事態をみるとき、労働組合は役割の捉え返しが必要です。労働組合は会社から独立して存在し、監視し、発言をしていかないと不正を隠ぺいする共犯者となり、自己の技能を否定し、運命共同体の道を歩むことになります。会社の不正に手をかす労働組合はまともな労働運動をできるはずがありません。
 まず労働者を統制するのではなく、会社からも労働組合からも 「自立」 させなければなりません。とはいっても、昨今の 「自己責任」 の強制とは違います。お互いに個人・個性を尊重し、人権を保障し合うことから始め、その上での横のつながりをつくる必要があります。そうすると仕事への誇りと責任を自覚できます。そして問題があると思われた時はきちんと声を上げることができます。
 労働組合は、労働者が会社や周囲からの攻撃を受けた時に盾になる役割をはたす存在です。
 労働組合は、負の現実を労働組合再生の契機に作り替えていく必要があります。
 

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