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連合 「勝手に決めるな!」
2017/07/25(Tue)
 7月25日 (火)

 7月13日、連合の神津会長は安部首相と会談し、これまで反対の姿勢を表明してきた 「高度プロフェッショナル制度」 の創設を条件付きで容認する姿勢を表明したことを明らかにしました。そして3月ころから水面下で政府と交渉をつづけてきていたことも明らかにしました。
 「高度プロフェッショナル制度」 はいわゆる 「残業代ゼロ法案」 です (2015年2月17日の 「活動報告」 参照)。労基法を改正する法案は2015年4月に国会に提出されましたがこれまで一度も審議がおこなわれていません。

 労働政策にかんする決定・変更には必要な手続きとして政・労・使で構成される労働政策審議会での議論が必要です。
 「高度プロフェッショナル制度」 に関する労働政策審議会の建議は2015年2月13日に 「今後の労働時間法制等の在り方について (報告)」 として行われました。報告書から 「高度プロフェッショナル制度」 に関する部分を抜粋します。
「4 特定高度専門業務・成果型労働制 (高度プロフェッショナル制度) の創設
 時間ではなく成果で評価される働き方を希望する労働者のニーズに応え、その意欲や能力を十分に発揮できるようにするため、一定の年収要件を満たし、職務の範囲が明確で高度な職業能力を有する労働者を対象として、長時間労働を防止するための措置を講じつつ、時間外・休日労働協定の締結や時間外・休日・深夜の割増賃金の支払義務等の適用を除外した労働時間制度の新たな選択肢として、特定高度専門業務・成果型労働制 (高度プロフェッショナル制度) を設けることが適当である。
 なお、使用者代表委員から、高度プロフェッショナル制度は、経済活力の源泉であるイノベーションとグローバリゼーションを担う高い専門能力を有する労働者に対し、健康・福祉確保措置を講じつつ、メリハリのある効率的な働き方を実現するなど、多様な働き方の選択肢を用意するものである。労働者の一層の能力発揮と生産性の向上を通じた企業の競争力とわが国経済の持続的発展に繋がることが期待でき、幅広い労働者が対象となることが望ましいとの意見があった。
 また、労働者代表委員から、高度プロフェッショナル制度について、既に柔軟な働き方を可能とする他の制度が存在し、現行制度のもとでも成果と報酬を連動させることは十分可能であり現に実施されていること及び長時間労働となるおそれがあること等から新たな制度の創設は認められないとの意見があった。」
 労働者代表委員からは高度プロフェッショナル制度は認められないという意見が述べられたと明記されています。連合会長は 「方針転換ではない」 と力説しますがどう見ても大きな方向転換です。
 連合会長の容認の表明は労政審を否定し、「建議」 を愚弄し、実質的法改正の内容を国会以外で決定するものです。これまでも労政審は 「政・使・使」 で構成されていると揶揄されてきましたがそれをも飛び越えています。


 長時間労働を合法化する動きはこれまでもありました。
 98年9月25日、男女雇用均等法と労働基準法が改正されました。均等法では男女差別禁止の強化がはかられましたが、引き換えに女性労働者に対する時間外労働、休日労働、深夜労働の規制などが撤廃された。時間外労働、転勤などを了承して男性並に働く女性労働者については男性と同じような処遇をするチャンスを与えるというものです。
 法改正で労働時間についての規制が撤廃されたといえる状況になりました。使用者はやり放題です。この中で労働者に成果主義賃金制度、ノルマ・評価制度が導入されます。
 法改正に際して全国で反対運動が盛り上がり、連日反対する労働者と労働組合は国会を包囲し、労働省前で抗議行動を続けました。
 今捉え返すと、この時に労働者と労働組合は女性労働者と同じように男性労働者の労働時間規制の対案を出して長時間労働の問題提起をすべきでした。

 2005年6月21日に日本経団連が 「ホワイトカラーエグゼンプションに関する提言」 を発表すると反対運動が盛り上がりました。同時に、合わせて行われようとした労働契約法の制定についても議論がまき起こりました。労働契約法案は現在の内容とは大きく違います。
 「ホワイトカラーエグゼンプション」 導入は労基法改正によってです。当時の労働契約法案反対の意見は、労基法を改正して盛り込めはいい項目をなぜ新たな法律として独立させるのかということでした。労働契約法で労使の契約・労働条件が 「民民契約」 として個別的に決定されていくと強制法規である労基法、労働組合法が持つ集団的労使関係が否定されてしまう危険性を指摘したものです。そのなかでホワイトカラーエグゼンプションが導入され、その条件である年収基準がどんどん下がっていったら労基法は機能しなくなることを危惧しました。
 このような労働法制の流れを見るなら、ホワイトカラーイグゼンプションの導入は、単に 「残業代ゼロ」、過労死が増大するという問題だけではありません。それまでの労使関係が崩壊し、労働者の働き方 (働かされ方)、労働に対する価値観を強制的に変革させられて、会社と一体化してがむしゃらに働く労働者群を作り出す労働者群を作り出そうとするものでした。
 ホワイトカラーエグゼンプションに対して労働者と労働組合は 「残業代ゼロ」 のスローガンを掲げて反対の声を大きくして阻止しました。同時に労働契約法案も大きく修正させました。しかしこれ以降、労働時間短縮の闘争は取り組まれず、長時間労働・ 「過労死」 の問題は忘れられて放置されたままでした。
 今捉え返すと、この時に労働者と労働組合は 「残業代ゼロ」 ではなく、「残業ゼロ」 の対案と 「ワーク・ライフ・バランス」 を問題提起すべきでした。
 
 政府が推し進めてきた “働きかた改革” は、ホワイトカラーイグゼンプションの焼き直しをした変化球による攻撃でした。しかし “働きかた改革” の議論の最中にも過労死が起きています。長時間労働・過労死の問題は、全国過労死を考える家族の会の闘いなどで社会問題として取り上げられるようになってきました。
 電通でおきた過労自殺に労働組合も連合にも自分たちの仲間が殺されたという自覚がありません。もしかしたら仲間とすら思っていないのかもしれません。今の連合にとって仲間は 「政」 であり 「使」 なのです。過労自殺にたいして労働組合は会社の共犯者です。仲間というよりは今はやりの言葉でいうなら 「お友達政・労」 です

 連合についての評価は発足当時からさまざまに分かれます。労使協調路線に純化した、経済界のふところに抱え込まれた、発足時はそう思われなくても遅かれ早かれ戦時中の 「産業報国会」 の二の舞になるなどなど。
 今回、会社と一体化してがむしゃらに働く労働者群を作り出すことを容認するということでは 「産業報国会」 を連想させます。今、政治が戦前回帰していますが、労働組合も巻き込まれています。すでに 「産業戦士」 ならぬ 「企業戦士」 の多くが過労死してきました。また 「官製春闘」 になんの恥じらいも感じません。
 ユニオンショップで組合員を強制的に加盟させている企業内労働組合の集まりである連合は、政府や経済界がお墨付きを与えられたからといって労働者の代表とはよべません。


 労働条件を規制するには2つの方法があります。1つは国が法律によって。2つ目は労働組合の力です。しかし日本では2つともあてになりません。そして今回の連合神津会長と安倍首相との会談はそのどちらでもありません。
 今回の会談が明らかになると、連合本部まえで抗議行動を行なう労働組合があらわれていました。労働者にとっては必死の思いです。連合はその思いと乖離しています。

 それにしても連合という組織の運営方法、民主主義にも驚かされます。組織としての合意がいとも簡単に反故にされています。代表が必要だと思ったら運動方針を勝手に変更することが許されるのでしょうか。傘下の労働組合は諮問機関なのでしょうか。民主主義が存在しません。
 しかし会長の独走も “諮問機関” は承認するという判断があったからおこなわれたのです。なめられています。

 イギリスのシドニー・ウエッブの 『産業民主制論』 には、民主化という言葉に2通りの意味があるとあります。東大学長だった大河内一男は終戦直後の労働組合の状況についてインタビューに答えていますが、そこで 『産業民主制論』 について触れています。
「『組合民主主義』 の問題というのが日本ではあまり検討されなさ過ぎているのではないかという感じが、ぼくには非常に強かったのです。たとえば民主主義の労働組合運動というと、いつも指導者が政府や経営者を相手に派手に闘争するんだというような、外を向いて相手と闘争する組合の姿だけが話題になってしまう。
 これに対して、組合内部が、1つの組織体として、近代的にどれだけ民主化されているのか、団体としての意思決定はどのように行なわれるのか、それがどう執行され、誰が何に対して責任をもつのか、さらに組合の役員はどういうふうにして選出されるのか、組合の財政はどう民主的に運営されているのか、そういった組合内部のガバナンス面と、あるいは内部統制の面は、日本ではどうも関心がもたれなさすぎるのではないか、そう思った。労働組合というものは、外に向かっては闘争体であるとともに、内に向かっては1つの経営体でなければならないのですが、その点の重要性は、ウエッブが強調していたほどには日本では誰も感得していないのではなかったでしょうか。」 (『大河内一男 社会政策四十一年 記憶と意見』 東京大学出版会 1970年) 

 労働組合は時には交渉相手に持っている力以上に強がる必要もあります。かつての春闘ではトップ交渉に力点が置かれ、対等な立場で交渉ができることを労使の民主主義ととらえられました。その時には一糸乱れぬ姿勢を示すことが必要です。そのなかで多様な意見は吸収されずに抑圧されていきます。それを団結と呼びました。
 トップ交渉に力を入れる裏側で、下部での戦いはおろそかにされ、労働組合の力は奪われて空洞化していきました。ますます上意下達の組織となります。
 しかし本当の強さは職場での日常的闘い、そこで醸し出される知恵、想像力などによる工夫などと成果の共有です。それが忘れ去られました。
 日常的闘いと監視がないと 「政」 と 「使」 にからみとられます。労働組合の力は数ではありません。


 今回の 「事件」 を契機に組合民主主義というものを連合傘下の労働組合だけでなく点検してみる必要があります。
 かつてホワイトカラーエグゼンプションの導入を阻止したのは連合の力ではありません。全国のどこにも組織されていない小さな労働組合・ユニオンや個人の労働者、市民の怒りが一つになって勝ち取ったものです。
 もう一度そのような力を 「政」 「使」 だけでなく連合にも見せつけるときがきました。

   「活動報告」 2017.7.11
   「活動報告」 2015.2.17
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