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沖縄は今日まで自ら基地を提供したことは一度としてありません
2017/04/18(Tue)
 4月18日 (火)

 4月1日で、沖縄・辺野古にある米軍キャンプ・シュワブ前での辺野古基地建設に反対する座り込みが1000日になりました。

 1995年の沖縄米兵少女暴行事件を契機に、沖縄の米軍基地に反対する運動や普天間基地の返還要求をする運動が起こります。その結果、96年4月、日米政府は普天間基地を移設条件付きで返還が合意されました。その後、代替地の話がでてき、97年に名護市辺野古付近に固まっていきます。
 辺野古の話がでると地元の人たちは海辺の近くに小屋を立てて座り込みを開始します。この小屋には何度か訪れました。小屋のとなりに 「2000年 基地と金がやってきた。数年後 金はなくなった。そして・・・基地だけが残った」 の大きな看板が掲げられていました。あちこちに 「沖縄県民をなめるな! 名護市民を見くびるな! 」 のプラカードを打ち付けた杭が立てられていました。
 まだ決定でされていませんが、現地では大成建設の青写真ができていると公言されていました。
 座り込みをしているおばあたちと交流しました。
 「基地建設が始まったらどうなさいますか」 誰かが聞きました。「海に座るさー」 という答が返ってきました。「戦時中も、戦後の何もない時も、子供たちに食べ物をくれた海だもの。守っていくさー。そうすれば食う心配はないよー」
 小屋から見渡せる海は、表現方法が見つからないくらいきれいでした。
 辺野古基地建設が本決まりになると座り込みは2014年7月からキャンプ・シュワブ変わります。


 沖縄県は辺野古基地建設に反対です。
 県は最近、『沖縄から伝えたい。米軍基地の話。 Q&A BooK』 を作成しました。21のQに図解入りで分かりやすく答えています。いくつかを紹介します。

Q2 何もなかったところに米軍基地ができて、その周りに人が住んだのではないですか。
 それは、誤った認識です。
 たとえば、米軍上陸前年に宜野湾村には多くの集落が存在し、約1万4千人の住民がいましたが、沖縄に上陸した米軍は普天間飛行場建設のために宜野湾、神山、新城、中原の4つの集落を中心に広い範囲を強制接収しました。
 なかでも、普天間飛行場が建設される前の当時の宜野湾村の中心は字宜野湾という場所で、現在の普天間飛行場のなかにありました。そこは、もともと役場や国民学校、郵便局、病院、旅館、雑貨店がならび、いくつもの集落が点在する地域でした。
 また、字普天間には、沖縄県庁中頭郡地方事務所や県立農事試験場など官公庁が設置され、沖縄本島中部の中心地でした。
 住民が避難したり収容所に入れられている間に、米軍が利用価値の高い土地を強制的に収容したため、戻ってきた住民は自分の故郷に帰りたくても帰れず、その周辺に住むしかないという状況でした。


 13年6月25日の 「活動日記」 の再録です。
 沖縄戦が始まるまでは、首里から普天間まで真っ直ぐな街道が走っていて両側に3000本の琉球松が生い茂っていました。沖縄戦で一番の激戦だった嘉数高地の戦闘で街道が廃墟になると、そこに米軍は普天間飛行場を建設します。朝鮮戦争で重要性が認識され、強化されていきます。基地建設で追い出された住民はその周囲に住居を建てていきました。
 普天間基地周辺は、沖縄では珍しく平地が広がっています。そこの真ん中に基地が居座っています。
 宜野湾市は 「アンパン」 だといわれました。市街地の真ん中のおいしいアンの部分を基地が占め、周囲の皮の部分に住民がへばりついています。基地は市を東西に分断し、学校は日常的に戦闘機の騒音に苦しめられています。それだけではなく振動被害もあります。そして事故があります。
 普天間基地撤去の運動が強まり、そして基地機能を果すには手狭になったということでの移設計画が辺野古基地建設です。基地機能の拡大強化、機能集中化です。
 やはり米軍は黙って撤退しません。


Q4 沖縄にはどれだけの米軍基地があるのですか。
 沖縄には、31の米軍専用施設があり、その面積は1万8,609ヘクタール、本件の総面積の約8%、人口の9割以上が居住する沖縄本島では約15%の面積を占めます。
 その規模は、東京23区のうち13区 (千代田区を中心に取り巻く区) を覆ってしまうほどの広大な面積です。
 沖縄が本土に復帰した昭和47年 (1972年) 当時、全国の米軍専用施設面積に占める沖縄県の割合は約58.7%でしたが、本土では米軍機との整理・縮小が沖縄県よりも進んだ結果、現在では、国土面積の約0.6%しかない沖縄県に、全国の米軍専用施設面積の約70.6%が集中しています。
 また、陸上だけでなく、沖縄県及びその周辺には、水域27カ所と空域20カ所が訓練区域として米軍管理下に置かれ、漁業への制限や航空経路への制限等があります。またその規模は、水域が約54.938㎢で九州の約1.3倍、空域がやく95.416㎢で北海道の約1.1倍の広大なものになっています。米軍専用施設面積の割合は、沖縄県70.7%で2位は青森県の9.9%、神奈川県5.6%の順です。

Q11 沖縄県の経済は米軍基地経済に大きく依存しているのではないですか。
 沖縄の本土復帰 (昭和47年) 時の昭和40年代と現在を比べると、沖縄経済における基地関連収入 (軍用地料、軍雇用者所得、米軍等への財・サービスの提供) 割合は大幅に低下しています。
 本土復帰前の沖縄経済は、軍用施政権の下、高度経済成長下における我が国の経済発展の過程から切り離されていたことなどもあり、総じて製造業が振るわず、基地依存型の経済構造が形成されたため、経済全体に占める基地関連収入の割合が高い時期がありました。
 しかし、復帰後の沖縄経済については、3次にわたる沖縄振興開発計画とその後の沖縄振興計画に基づく取り組みにより、道路や港湾、空港などの社会資本の整備に加え、就業者数の増加や観光、情報通信産業等の成長など、着実に発展してきました。
 基地収入が県民総所得に占める割合は、復帰前の昭和40年度には30.4%でしたが、復帰直後の昭和47年度には15.5%、平成26年度には5.7% (2.426億円) まで大幅に低下しており、基地関連収入が件経済へ与える影響は限定的なものとなっています。

Q16 なぜ普天間基地を辺野古に移設することに反対なのですか。
 戦後71年をすぎても日本の国土面積約0.6%の粋な和犬に、たく70.6%もの米軍専用施設が存在し続け、状況が改善されない中で、今後100年、200年も使われるであろう辺野古新基地ができることは、沖縄県に対し、過重な基地負担や基地負担の格差を固定化するものであり、到底容認できるものではありません。
 沖縄は今日まで自ら基地を提供したことは一度としてありません。戦後の米軍占領下、住民が収容所に隔離されている間に無断で集落や畑がつぶされ、日本独立後も武装兵らによる 「銃剣とブルドーザー」 で居住地などが強制収容されて、住民の意思とは関わりなく、基地が次々と建設されました。
 土地を奪って、きょうまで住民に大きな苦しみを与えておきながら、基地がろうきゅうかしたから、世界一危険だから、普天間飛行場の移設は辺野古が唯一の解決策だから沖縄が基地を負担しろというのは、理不尽です。
 一方、辺野古新基地が造られようとしている辺野古・大浦湾周辺の海域は、ジュゴンをはじめとする絶滅危惧種262種を含む5.800種以上の生物が確認され、生物種の数は国内の世界自然遺産地域を上まわるもので、子や孫に誇りある豊かな自然を残すことは我々の責任です。 
 また、5.800種のうち、約1.300種は分類されていない生物であり、種が同定されると多くは新種の可能性があります。新基地建設は、貴重な生物多様性を失わせ、これらかけがえのない生物の存在をおびやかすものなのです。
 さらに、平成26年の名護市長選挙、沖縄県知事選挙、衆議員議員選挙、平成28年の県議会議員選挙、参議院議員選挙では、辺野古移設に反対する県民の意思が示されています。沖縄県は日米安全保障体制の重要性は理解していますが、県民の理解の得られない辺野古移設を強行すると、日米安全保障体制に大きな禍根を残すことになります。
 沖縄県は、これらのことから辺野古への移設に反対しており、今後とも辺野古に新吉は作らせないということを県政運営の柱にし、普天間飛行場の県外移設を求めていきます。

Q18 沖縄県が、辺野古への移設を反対すると、普天間飛行場の危険が放置されるのではないですか。
 政府は、沖縄県が辺野古新基地建設に協力しなければ、普天間飛行場は固定化されるとしています。
 沖縄県は、世界一危険とも言われる普天間飛行場の固定化は絶対に許されないと考えています。
 米軍占領下での強制収容によって住民の土地を奪って、今日まで住民に大きな苦しみを与えておきながら、基地が老朽化したから、世界一危険だから、普天間飛行場の移設は辺野古が唯一の解決策だから沖縄が基地を負担しろというのは、理不尽です。
 政府が普天間飛行場周辺住民の生命・財産を守ることを最優先にするのであれば、辺野古への移設に関わりなく、同飛行場の5年以内運転停止を実現するべきであり、普天間飛行場の固定化を絶対に避けて、積極的に県外移設に取り組むべきであると考えます。
 沖縄県としては、普天間飛行場の閉鎖撤去、県外移設を求めていますが、同飛行場が返還されるまでの間においても、危険性を放置することはできないことから、一日も早く普天間飛行場で航空機が飛ばない状況を実現し、危険性を除去していただきたいと求めています。

Q21 沖縄県は最高裁で敗訴したのだから、辺野古移設を認めるべきではないのでしょうか。
 平成28年12月20日、最高裁判所は、福岡高等裁判所那覇支部の下した 「沖縄県知事が公有水面埋立法42条1項に基づく埋立承認を取り消した処分を取り消さないことが違法であることを確認する。」 との判決が正しいと認めました。
 この訴訟では、前知事の埋立承認処分が適法であり、現知事がその承認を取り消した処分が違法であることは確認されましたが、この判決が確定したからといって、辺野古に新基地を造るかどうか、普天間飛行場を辺野古に移設するかどうかといった大きな課題に決着がついたわけではありません。
 この最高裁判決は、数ある知事権限の一つについて判断が示されたに過ぎません。辺野古新基地建設に関する知事の権限は、その他にもいくつもあり、今回の最高裁判決は、それら権限にまで効力を及ぼすわけではないのです。
 最高裁の判決をもって辺野古の新基地建設問題が全て決着したといえるものではなく、裁判の確定判決後も、「辺野古に新基地を造らせない」 との知事の立場は今までどおり変わりません。
 政府が辺野古の新基地建設を進めるためには、公有水面埋立法や沖縄県漁業調整規則に基づく手続等、今後もさまざまな知事の権限に関わる手続きを経る必要があります。
 今後、これらの手続きが申請された場合は、沖縄県は法令に則って適正に審査を行い、対応していきます。

 政府の強権と世論誘導にきちんと反論し、県としての反対の姿勢を明らかにしています。


 2月20日の朝日新聞・短歌時評のタイトルは 「沖縄をどう詠むか」 でした。沖縄の基地負担をおもわせる作品が紹介されていました。

    次々と仲間に鞄持たされて
     途方に暮るる生徒 沖縄

 現実は、生徒ではなく大人の世界でのことです。

 1月23日の 「朝日歌壇」 に本土の方の投稿が載っていました。

    沖縄の悲劇を語る先生の
     風邪か涙かわからない声

 沖縄が抱えている問題は、沖縄だけが当事者ではありません。

   「活動報告」 2016.10.21
   「活動報告」 2015.9.15
  当センター「いじめメンタルヘルス労働者支援センター」ホームページ・ご相談はこちらから
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