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韓国の労働運動は勢いづいている
2015/11/20(Fri)
 11月20日 (金)

 11月12日から16日まで、コミュニティユニオン全国ネットワークは韓国で労働組合等と交流をしてきました。
 非正規労働者や下請け労働者を正規労働者に切り替えを進めるソウル市、労働組合運動と社会運動との結合で新しい社会を作り出す運動を進めている 「ともに生きる希望連帯労動組合」、大学などの清掃等の労働者を組織している 「公共労組ソ京支部・大学非正規支部」、学校非正規労働者を組織している 「全国学校非正規労働組合」、そして 「労働環境健康研究所」 を訪問して貴重な話をうかがいました。さらに西大門刑務所歴史館や鍾路一帯の歴史探訪も行いました。11月14日には、ソウル市役所前で開催された民主労総全国労働者大会・民衆総決起の集会に参加しました。

 それぞれを詳細に報告することはできませんが、今の韓国の労働運動を見聞して感じたことを一言でいうと 「韓国の労働運動は勢いづいている」 です。訪問した団体は、当然ですがそれぞれ活動や運営スタイルが違いますが、みな自信をもって楽しげに活動しています。
 非正規労働者は自分たちの力で組織化に成功しています。

 ふと思い出したことがありました。
 兵庫部落解放研究所編の 『記録 阪神・淡路大震災と被差別部落』 (解放出版社) です。部落解放を地元で担ってきた人たちがいろんな角度から問題提起していました。
「震災を機に解放運動の新たな動きも芽生えはじめている。比較的被害が少なく、周辺地域の被災がひどかった芦屋支部の山口富造支部長は、『落ち着いたら、就労、住宅などの要求を周辺地域と一緒に行政に要求していきたい』 と語る。今回の地震は部落にも部落外にも被害を及ぼした。今後は、住居、仕事というこれまで部落がとりくんできた問題が、部落外でも重大な課題となる。それなら部落がとりくんできたノウハウを他地区にも生かせるのではないか――というのが山口さんの考えだ。うまくいけば、広範な運動が展開されることになる。ただし、と山口さんは付け加えた。『部落のほうから寄っていかんとね。外から寄ってくることはないから』。差別の壁が前提としてあるが、それを打ち破ろうとする勢いが支部にはある。」
 差別問題は格差の縮小・解消だけでは解決しません。する側、される側双方から、特にされる側からの相互理解のための関係づくりが必要です。
 正規労働者と非正規労働者の関係も、賃金格差、処遇格差だけの問題ではありません。非正規労働者にとっては 「人間」 として認められているかどうかです。

「ある在日コリアンと自称している女性の経営コンサルタントが次のようなことを言っている。『この国 (日本を指す) では残酷にも、弱者が頑張る姿は、絵になる美しさとしてテレビにとりあげられますが、誰も助けようとはしません。差別される弱者に強くなることを求めるだけです』 『差別されている側に強くなることを求める社会は、差別する側の問題をそのまま放置する社会です。だから差別と排斥の構造は温存され、今日まで脈々と受け継がれてきました』 といい、この背景に弱者に対する自明とされた謬った定義があることを指摘している。弱者も強くなれるという神話は、常に強者が説いてきたところである。しかし 『自らの手で自分の立場を改善できない者が、『弱者』 なのですから』 というのが指摘の内容である。『部落差別』 をなくすための同和行政があるとすれば強者が自ら持っている自明の前提と枠組みを問い直す勇気と努力をもつことである。差別は差別されている側を殺すが、差別する側は差別によって何の影響も受けないからである」
 正規労働者が非正規労働者を組織するのは、多くの場合が上から目線の “してあげる” の思考です。連合などが掲げる非正規労働者の組織化の目的は、ジリ貧の組織率、組合員の減少を帳尻合わせで克服するためのものです。差別されている側の苦しみや生活苦などを共有しようとしてのものではありません。ですから組織しても上からの支配、統制下への抱え込みが行われ、独自性・独立性は否定されます。利用主義です。
 非正規労働者の組織化の問題は非正規労働者自身が主体となって声をあげて要求を掲げ、自分たちで取り組み、周囲に差別の壁を壊すために一緒に闘ってほしいと共闘と支援を要請するところから解決の突破口が作られます。


 これと比べると韓国のそれぞれの労働組合は、自分たちの闘いを自分たちで展開しています。
 その典型が2009年12月に結成された希望連帯労組です。
 事前学習用に渡された労働政策研究・研修機構作成のパンフレット 『韓国における労働政策の展開と政労使の対応 -非正規労働者問題の解決を中心に-』 から引用します。執筆は呉学殊主任研究員です。
「目指すべき組合運動として、第1に 『共に生きる生き方』 の追求・実現、第2に、『下に流れる運動』 を導き出した。こうした組合運動は民主労総の限界を克服しようとしている。民主労総の限界とは、①大手企業正社員組合というイメージが強く、非正規労働者、中小企業労働者、失業者等の底辺労働者問題を解決することが難しい。②組合が使用者・資本家に対抗して労働者の処遇を引き上げるために戦うが、消費生活は既得権論理に陥り資本主義論理に引き込まれて代案の社会モデルを示すことが難しい。③生活社会・消費生活を変えるためには地域社会を変えていかなければならないが、民主労総の運動ではそれは難しいというものであった。
 こうした限界を克服するために、同労組は 『地域一般労組』 と命名し、地域社会運動労組としての指向を次のように明確にしている。第1に、事業場・企業との賃上げ闘争を乗り超えて、生活の空間である地域で 『ともに生きる生活』、『代案社会』 を建設すること、すなわち、組合運動と社会運動との結合を地域で日常的に実現し、新しい社会を創り出すための実践を行うことである。第2に、資本に従属されない 『代案的な生き方』、今までとは異なる新しい生き方、生活文化共同体を目指すことである。」

 共に生きる生活についてです。
 具体的には、1つの職場を組織する時、正規と非正規労働者の壁がありました。非正規労働者は最初、防波堤に使われるのではないかと疑いました。これに対し正規労働者は、 「会社は労働者を攻撃するときどこから手を付けようと思いますか」 ということから説得しました。正規労働者の労働条件が下がっているのも見て取れ、安定していません。アウトソーシングにより多くの元同僚が下請け企業の労働者になり、雇用不安や労働条件の低下を経験していて、いつか自分たちもそういう羽目になるのではないかと不安がっていました。自分たちの雇用を守るために会社との戦いを続けていくためには全労働者の過半数以上が組織された組合の交渉権・行動権の行使が必要だと説得し、実現します。そして下請企業労働者の存在が労働組合の交渉権・行動権の行使を弱めていると説得します。その中から信頼関係を作り上げました。
 民主労総の大手企業正社員組合や日本の企業内組合の閉じ籠りによる自己防衛の組織維持、非正規労働者の切り捨て容認の指向とは違います。
 企業内の壁を越えられない運動に希望はない、劣悪な状況を変える戦いには対案が必要だといいます。

 下に向かう運動は、現在の組織化には限界があるのではないかという認識から、どうやったら幸せになれるかの問題意識を持ったのが始まりでした。事業場をこえて地域とともに暮らす生活を進めていくということです。これが困難を克服する力となったといいます。「どのように組織し、何を組織していくか」。生活連帯、分かち合い連帯です。この運動は組合員の生活価値、組合の日常活動を変えました。共同体意識を高めるための教育でした。

 希望連帯労組は民主労総の敷地内に本部があり現在の組合員は4000人です。民主労総の限界を指摘していますがだからといって関係は悪くありません。むしろ労働運動全体を強化させると確信して相剋しています。勢いがある組織は懐の深さが違います。


 11月14日、ソウル市役所前で開かれた全国労働者大会・民衆総決起に参加しました。
 70年11月13日にソウル市東大門市場の平和市場で 「勤労基準法を遵守しろ」 と叫んで焼身自殺をはかった全泰壹の遺志を受け継いで1988年から毎年11月に労働者大会が開催されてきました。
 今年は雨の中を13万人が結集して、朴政権を追究する集会になりました。
 登壇者の発言内容は分かりませんが、そこにいるだけで感動的でした。
 全員で 『イムのための行進曲』 を轟かせていました。

 全泰壹が抗議の焼身自殺をした後、オモニ李小仙は平和市場で清渓被服労働組合を誕生させて活動を始めます。そして72年、平和市場に労働教室を開設します。そこでは学生たちがオモニたちに寄り添って活動を続けます。労働教室は各地に広まっていきました。
 80年5月、光州市民を戒厳軍が襲います。弾圧に抗して市民が立ち上がり、“自由光州” を取り戻します。この時、学生と一緒に “自由光州” の砦・道庁を守り続けたのが労働者の学校 「野火夜学」 に通う工順 (女子工員) たちでした。炊き出し、連絡係、看護隊、放送担当と忙しく活躍します。
 野火夜学を開設したのが 「市民学生闘争委員会」 のスポークスマンだった尹祥源です。ソウルの労働学校を真似ました。彼は道庁に籠もって銃撃戦で亡くなります。運営の中心を担っていたのが全南大学出身の朴棋順です。しかし彼女は78年冬、練炭ガス中毒で亡くなってしまいます。
 82年2月20日、尹祥源と朴棋順の 「霊魂結婚」 式 (死んだ後に行われる結婚式) が生き残った仲間たちによって執り行われました。仲間たちは 『イムのための行進曲』 の歌を創って2人に捧げます。
 その歌が轟きました。韓国の労働運動は、闘いを引き継いで前進していると実感することが出来ました。

 会場では、前日に交流した公共労組ソ京支部・大学非正規支部の隣に座りこんでいました。
 交流の時、14年2月4日の 「活動報告」 に書いた、13年12月17日付の邦訳 「ハンギョレ新聞」 に載った韓国・中央大学のストライキの記事と写真を見て感動したと報告しました。
 記事を再録します。

  “きれいにできなくて ごめんなさい”  ストライキ清掃労働者の大字報 “ジーンと”
  “どうして申し訳ないと言われるんですか…”  1113回リツィット “話題”

  中央大学校の清掃をしている外注会社は、労働組合脱退と労働強度を続けていました。労働組合は
 脱退勧誘の中断と労働強度に合わせた15人追加人材採用を要求してストライキに入ります。その時、
 1人の清掃労働者が、図書館のトイレ前の壁に大学生に向けてA3大の手書きの手紙を貼りました。
 「学生たちに先ず申し訳ないという話からします。今、美化員のおばさんたちがストライキをしています。
 試験期間にきれいにできなくてごめんなさい。ストライキは本当に大変です。私たちの問題解決がはやく
 終わり次第、戻ってきてきれいに清掃しますね。愛する学生の皆さん! -美化員おばさん」

  1人の学生がツイッターを立ち上げました。すると3時間もしない間に1113回もリツィットされました。
 「涙が出る手紙ですね」、「心が痛いです」、「社長には死んでも分からない “本当のお母さんの心”」
  「ストライキは憲法に保障された権利です。謝る必要はありません」 という反応でした。
  ツイッターを立ち上げた学生は 「(掲示物を見て) 悲しくなった。法に保障された正当な権利なのに、
 あのようにまで “ごめんね” と言うのを見ると、この間清掃労働者の方々がどれほど抑圧的な状況で
 顔色を伺いながら勤務をしたのかが感じられた」 と話しています。

 集会には公共労組ソ京支部・大学非正規支部・中央大学支部の労働者も参加しています。大学非正規支部の役員の方が、大学生に向けて手紙を書いた方と引き合わせてくれ、記念の写真を撮ってくれました。感動的出会いでした。


 4日目、西大門刑務所などを周った回った時は “韓国の民衆史は日本の隠された正史” と実感しました。街の中の独立運動に関連する建物などの遺跡の説明版は設置日が1980年代後半になっています。民主化闘争が歴史の掘り起こしと顕彰を可能にしました。
 韓国社会は、労働運動だけでなく、確実に新しい歴史をつくり始めています。


   「活動報告」 2014.2.4
  当センター「いじめメンタルヘルス労働者支援センター」ホームページ・ご相談はこちらから
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