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神戸から東北へ  『惨事ストレス 救援者の “心のケア”』 刊行
2014/12/19(Fri)
 12月19日 (金)

 今年は各地で災害が発生しました。地上での人間の自然破壊に地球が怒っているかのようです。被災者は想像つかなかった状況の中でお正月を迎えます。
 阪神淡路大震災から来年1月17日で20年を迎えます。たくさんの催しが予定されていますが、20年間過ぎたからといって傷が癒されない人たちはたくさんいます。

 3月25日の 「活動報告」 で報告しましたが、今年3月、神戸で 「阪神・淡路から20年 東北へのメッセージ 震災と心のケアを考えるシンポジウム」 が開催されました。このシンポジウムの記録や東京でのシンポジウム、それに 『安全センター情報』 13年11月号に掲載した惨事ストレスの記事を再録して本『惨事ストレス 救援者の “心のケア”』 (緑風出版 2000円+税) を刊行しました。
 阪神淡路大震災の体験の掘り起しと捉え返し、そして今も東日本大震災の復興活動で奮闘する労働者の一助になれればという思いです。本のタイトルから型苦しくとらえられがちですが内容はそうではありません。阪神淡路大震災と東日本大震災の “もう1つの側面” の実話の読み物です。

 「惨事ストレス」 は 「災害ストレス」 とも呼ばれます。「消防隊員、警察官、医療関係者などの災害救援者が、現場活動をとおして受ける通常とは異なる精神的ストレス」 を言います。悲惨な状況を目撃しながら活動を続けるとさまざまな心身の不調をきたします。多くは一時的なもので、時間が経過するなかで薄れていきますが、衝撃が大きい時はPTSDに罹患することもあります。またしばらくたってから突如症状が表れることもあります。体調を崩した支援者を精神衛生関係者の間では 「隠れた被災者」 と呼んでいます。

 惨事ストレスの症状は、アメリカの南北戦争で発見され、「戦争神経症」 と呼ばれました。その後、第一次世界大戦の最中にイギリス軍において取り組みが開始されます。
 日本の軍隊でも症状は発見されていました。具体的に取り組みが始まったのは1990年代に入ってからの消防においてです。その中でも阪神淡路大震災後の神戸市消防局は、その教訓を全国で共有するため、体験集を発行し、手記等をホームページでも公開しています。


 『本』 の内容を細かく紹介するのではなく、問題点を集約している 「はじめに」 を抜粋します。
「全国の自治体から被災地の自治体に支援の職員が派遣されています。今年度は1400人余りにおよんでいます。現在は、復興期に入っていますが、そうするとこれまで経験したことのない業務が発生してきます。震災直後より復興期の方が業務量は増えます。それを限られた体制でこなさなければなりません。
 災害からの被害をより小さくするためには平常時の体制のゆとりが必要です。
 しかし東日本大震災は行政改革攻撃による “小さな政府” が進んだ後に発生しました。支援の職員を派遣する全国の自治体にもゆとりがありません。そのなかで地元の職員も派遣職員も奮闘を続けています。
 しかし1年半が過ぎた頃から今日まで、支援活動に従事していた自治体労働者の中から3人の職員が自ら命を断ってしまいました。
 いずれも自殺に至ったのは土・日曜日またはお正月です。派遣されていた2人は赴任からしばらく経って、期間が予定の半分に至る前です。多忙ななかでもふと一息入れて自己を取り戻した時、先が見えない業務量と自責の念で展望を失ってしまったのでしょうか。
 これ以上の犠牲者を出させないための対策が急がれます。

 震災直後から “心のケア” が言われ続けていいます。阪神・淡路大震災の経験は活かされています。しかしその問題が救援活動に従事する者、自治体職員や教職員などにおよぶことは多くありません。さらに深刻な状況にあるにもかかわらず組織内だけで問題にされて外部と共有されることは多くありません。むしろ隠されているとも思われます。それがまた問題解決を困難にしています。
 誰が最初に言ったのかわかりませんが、体調不良は災害という 『異常な事態への正常な反応』 です。そのことをお互いに理解し合い、惨事ストレスもお互いに理解し合うなかから小さくすることはできます。災害は防げませんが被害をより小さくすることはできます。」


 TBSテレビは、1月19日 (月) 夜9時からドラマ 『テレビ未来遺産ORANGE ~1.17 命がけで闘った消防士の魂の物語~ 』 を放映します。当時、救助に当たった消防士達100人以上に取材をして作り上げた物語です。
 番組紹介には 「“オレンジ” とは、人命救助の為に特別な訓練を受けた、全消防士のわずか3%の人間、特別救助隊の隊員だけに着ることが許された救助服の色。“オレンジ” は消防士にとって誇りであり、憧れでもあり、ヒーローの象徴です。しかし、そんなヒーローにも、助けられなかった数えきれない命がある。たった1秒で失われてしまった命がある…。震災で味わった悔しさ、どこにもぶつけられない憤りや無力感、そして果てしない悲しみを乗り越え、今も命の最前線で戦い続ける彼ら。彼らは、どんな想いを持ち、自分の命を顧みず人を救おうとするのか──。」 とあります。楽しみです。

 神戸市消防局は、東日本大震災での救援活動においても、その教訓を活かして被災地の消防をサポートしながら活動しました。報告のそのいくつかを 『本』 から紹介します。
 阪神淡路大震災の時の記録です。
「救援者である彼らは、残された家族に強く感情移入し、自分たちもその悲しみや怒りを感じとり傷つくのである。災害精神医学者のラファエルによれば、このような 『接死体験』 は『ストレス反応の発生に大きく関与し、悪夢、不安感、睡眠障害、そして若干の抑鬱的傾向』をもたらすという。つまり、PTSDの発症が心配されるくらい大きいストレスなのである。
 印象的なのは、隊員の多くが、災害救助についてひどい “無力感” を味わったことである。
 『今まで、どのような災害に出会っても、仲間とともに救出、救助、消防活動をし、この仕事に誇りを持っていた。が、今回は違った。助けを求めてきている人々に応えることのできない自分の力のなさを嘆き、自然の恐ろしさに驚異を感じた。
 「ほんまに消えるんやろか……」 あまりにも消防が無力に思えた。
 病院収容後、人命を救助したという充実感はまったくなく、すでに失われたであろう尊い命の数や救助を待ち焦がれている大勢の人びとのことを思うと、自分の無力さを思い知らされるとともに、今までの大規模災害に対する認識の甘さを痛感した。』」 (安克昌著 『心の傷を癒すということ』 角川文庫から引用)
「今回、懸命に消火活動にたずさわる消防隊員に被災者のなかから 『消防隊員はなにやってるんや』 と罵声があびせられたそうである。……隊員たちは、被災者の気持ちが理解できるだけに、無力感を抱かずにはいられなかった。」 (同)

 東日本大震災においての活動です。
 3月14日、神戸市消防局が最初に支援に駆けつけたのは宮城県山元町です。到着すると責任者は 「皆さんに休んでもらうために駆けつけました。何でも申し付けて下さい」 と挨拶したといいます。被災地の消防士たちの心情を理解している対応です。
 また、被災地の人たちにとっては神戸、兵庫という車輌やプレート、制服を見ただけで自分たちの気持ちがわかってくれる人が来たと受け止めて安心できたということです。
 東日本大震災についての手記です。
「2日目も午前、午後をとおし、重要な拠点はすべて、ガレキ、堆積物を除去して捜索を終了。見つけられないもどかしさに葛藤しながら、皆、心を痛めていた。そのため、毎晩それぞれ疑問点や反省点を出し合い、ディスカッションやブレーンストーミングを行なった。
 最終日も結局、見つけることはできなかった。住民からかけられる、『ありがとう』、『ご苦労さま』 の言葉、捜索現場で見つけた若い2人が写った結婚式の写真……心が締め付けられるような想いと自分自身の不甲斐なさ……。『やれることはしたはずなのに』 と自問自答……。しかし、活動をともにした小隊長や隊員たちに救われた気がする。何もできなかったが、このチームで活動できたことは誇りである。ありがとう。」 (南三陸消防署・亘理消防署・神戸市消防局+川井龍介=編 『津波と瓦礫のなかで 東日本大震災 消防隊員死闘の記』 旬報社から引用)

「3月23日、中央消防署3階会議室に福島第一原子力発電所への派遣隊員53人が結集した。
 『今回の任務にたいする活動方針は、全員無事に帰ってくること!』
 指揮隊長のこの言葉から我々に課せられた任務の危険性が切実に感じられた。
 派遣日までの間、放射能にたいする研修や現場対応の訓練が連日おこなわれた。出発の直前には東京消防庁ハイパーレスキュー隊へ出向き、福島第一原発で放水活動しいている特殊車両と同型の車両操作訓練もおこなった。
 この間にも福島第一原発の状況は日々刻々と変化していることはテレビや新聞の報道で伝えられており、我々の想定している範囲での現場活動となるのか不安は募るばかりであった。『今やれることを一生懸命やろう』。そんな気持ちで自分を奮い立たせていた。そして3月29日、福島に向けて出発することとなった。」 (同)
「当時は原発そのものの情報が乏しく、私自身も特殊災害隊員として原発派遣に自ら手を上げたものの、不安感は非常に大きかった。しかしそれらの業務や不安感はさまざまな方々の協力により解決することができた。……
 (神戸大学の) 北村先生は、我々とともに福島県まで同行し、寝食を共にしてくださった。現地での隊員の汚染検査時などでも的確なアドバイスをいただくことができ、非常に心強かった。」 (同)

 雄姿だけではない1人ひとりの人間の喜怒哀楽の “物語” です。
 消防以外にも警察官、自治体職員、教員、報道関係者についても取り上げています。

 『本』 の「おわりに」からの抜粋です。
「日本は確実に災害大国になっています。
 しかしさまざまな予防対策、訓練によって被害はなくすことができなくても小さくすることができます。その対策を急がなければなりません。そして災害が発生した時には被災者だけでなく救援者、支援者にも心を寄せ、“心のケア” を意識しておく必要があります。救援者、支援者から新たな被害者を出さないようにしなければなりません。そのことが忘れられたり、おろそかにされた結果犠牲者を出してしまったら、それは人災です。

 災害に遭遇して生き延びた命は生かされた命です。亡くなった人たちの分も合わせて大命の重さを大切にしなければなりません。
 心のケアは、社会全体で取り組まなければならない課題です。
 『しあわせ運べるように』」


   「活動報告」14.3.25
   「神戸消防局 阪神・淡路大震災 消防職員手記」
   「消防士の惨事ストレス」
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