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パワハラ防止法の実効性は?
2019/05/31(Fri)
 5月31日 (金)

 5月29日、企業に職場のパワーハラスメント防止策に取り組むことを義務付ける 「労働施策総合推進法改正案」 が成立しました。あわせてセクシャルハラスメントとマタニティーハラスメントで従業員を不利益にする扱いを禁止する男女雇用機会均等法と育児・介護休業法の改正案も成立しました。
 成立した改正法はパワハラの定義を 「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境を害するもの」 としました。「言動に起因する問題」 に限定され、さらに 「優越的な関係を背景とした言動」 「業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの」 「雇用する労働者の就業環境が害される」 の3要素を満たすものになります。

 2012年3月15日に厚生労働省が発表した 「職場のパワーハラスメントの予防・解決に向けた提言」 (「提言」) は日本で初めて職場のいじめ・パワーハラスメントの概念規定・定義を行いました。「職場のパワーハラスメントとは、同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為をいう」 です。3要素それぞれがパワハラに該当し、すべてを満たさなければならないということではありません。
 さらに改正法からは 「精神的・身体的苦痛を与える行為」 が削除されました。
 暴力的苦痛を与える行為等は 「言動に起因する問題」 以外の行為で、刑法・民法で対処する問題だと説明します。では精神的苦痛はどうなるのでしょうか。「精神的」 の文言は法案作成にむけた労働政策審議会の答申までは含まれていました。ところが法案提出の段階で削除されました。
 例えば、精神的苦痛を与える行為である 「シカト」 や 「仕事はずし」 「仲間はすれ」 「一方的目標設定・業績評価」 は職場のパワハラになるのでしょうか。

 労働者が職場で法律に抵触するトラブルが発生したとき法律の条文・ “字面” を問題にし、補足・細則、判例までは踏み込みません。改正法の定義は、これまで提言によって作りあげてきた職場環境を崩し、パワハラの枠を狭めて会社の裁量権を拡大し、職場で労働者が声を挙げにくい状況を作り出してしまいます。発生したトラブルは早期解決が鉄則ですが、今後は、労働者と管理者において 「パワハラだ」 「パワハラではない」 の議論が頻発することが想定されます。“職場のパワハラ推進法” です。

 改正法は、(雇用管理上の措置等) として定義のようなことが起きたときのために 「当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない」 「事業主は、労働者が前項の相談を行つたこと又は事業主による当該相談への対応に協力した際に事実を述べたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない」 といいます。
 事業主は相談窓口の設置等が義務づけられます。そして相談者や相談をされた労働者、調査に協力した労働者が不利益な取り扱いを受けないことをうたっています。
 相談者が不利益な取り扱いを受けない規定は、例えば労働基準監督署に相談や申告をした場合や、労働委員会への救済申立をした場合にも適用され、特別新しいものではありません。
 では労基署への申告等を行った場合、現状はどうなっているでしょうか。当該案件で重ねて不利益になることはないにしても、職場で孤立を強いられたり、別件で処分をちらつかされることも多々あります。“合法的 (違法ではない) 攻撃” によるパワハラが連続します。

 本来職場のパワハラ対策は “BEFORE” 予防・防止に重点が置かれる必要があります。発生したトラブルについては労働者と管理者が 「パワハラだ」 「パワハラではない」 と言い争う前に、ゆき違いが生じてしまうような職場環境ついての全体の議論が必要です。
 “AFTER” 発生対応は個別問題として処理され、企業・管理者の意図の発覚を隠すことに終始されたりすることがあります。往々にしてパワハラが間接的退職勧奨・強要や、労働者を孤立させた職場管理をする手段に利用されていたりします。
 「適切かつ有効な実施を図るため」 の措置は、パワハラは職場の組織構造から発生していることをふまえ、企業・管理者の裁量ではなく被害者の人権保護の視点に立つものでなければなりません。職場対策においては、問題が起きたとの訴えがあったときは、職場のすべての労働者が就業環境を害されたと受け止めて改善にむけた議論ができる機会を保障する必要があります。


 改正法では、職場内で解決しなかった場合、都道府県労働局に相談することができます。「都道府県労働局長は、紛争に関し、当事者に対し必要な助言等をすることができる」 「厚生労働大臣は違反している事業主が勧告に従わなかったときは、その旨を公表できる」 とあります。ただし罰則規定はこれだけです。
 この間、パワハラやセクハラ問題に取り組んでいる多くの団体は措置義務では不十分で禁止規定が必要だと訴えてきましたが聞き入れられませんでした。
 はたして改正法で効果は発生するでしょうか。
 5月14日の 「活動報告」 に書きましたが、4月16日の衆議院厚生労働委員会で5人の参考人が陳述しました。与党議員が、禁止規定を設けることの検討を中長期的にも開始する必要があるのではないかと質問すると3人の参考人は必要ある、他の学者の参考人は 「労政審での調整の結果を現時点では尊重したい」 と回答しました。
 経団連の参考人は 「セクハラの企業名公表になかなか至らないのは、行政の指導の中で、企業名公表に至るまでに各企業が是正をしているのではないか」 と回答しました。
 事実は異なります。2006年の改正 「男女雇用機会均等法」 でセクシャルハラスメントの予防・防止として措置義務がうたわれています。しかし今も、被害は頻発しています。
 禁止規定がない法律は居直りをもたらします。その具体例が昨年5月に発覚した福田淳一前財務事務次官のセクハラ問題についての麻生太郎財務相の 「セクハラ罪という罪はあるのか」 の発言です。
 パワハラ被害においても措置義務は、被害者にとっては長期間かけても解決しないと諦めて泣き寝入りをすること導く “効果” しかありません。そのことを承知しながら繰り返すのは、対策を進めるふりをしながら、規制など必要ないという本音を吐いています。
 改正法は “働き方改革” の一環として国会に提出されましたが、まさしく政府・経済界の “働かせ方改革” です。
 法に禁止事項と罰則をきちんと盛り込むことよってこそ実効性がともなうものになり、予防・防止の効果は発生します。


 改正法の具体的運用については 「厚生労働大臣は、・・・事業主が講ずべき措置等に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針を定めるものとする」 「厚生労働大臣は、指針を定めるに当たつては、あらかじめ、労働政策審議会の意見を聴くものとする」 といいます。改正法は、公布の日から起算して一年を超えない範囲内において政令で定める日から施行されます。


 法案の衆議院での採決にあたって17項目の附帯決議がつきました。パワハラ防止に関係する個所を抜粋します。

 政府は、本法の施行に当たり、次の事項について適切な措置を講ずるべきである。
六 ハラスメントの根絶に向けて、損害賠償請求の根拠となり得るハラスメント行為その
 ものを禁止する規定の法制化の必要性も含め検討すること。
七 パワーハラスメント防止対策に係る指針の策定に当たり、包括的に行為類型を明記
 する等、職場におけるあらゆるハラスメントに対応できるよう検討するとともに、以下の
 事項を明記すること。
 1 自社の労働者が取引先、顧客等の第三者から受けたハラスメント及び自社の労働
  者が取引先に対して行ったハラスメントも雇用管理上の配慮が求められること。
 2 職場におけるあらゆる差別をなくすため、性的指向・性自認に関するハラスメント及
  び性的指向・性自認の望まぬ暴露であるいわゆるアウティングも対象になり得ること、
  そのためアウティングを念頭においたプライバシー保護を講ずること。
八 事業主に対し、パワーハラスメント予防等のための措置を義務付けるに当たっては、
 職場のパワーハラスメントの具体的な定義等を示す指針を策定し、周知徹底に努め
 ること。
九 パワーハラスメントの防止措置の周知に当たっては、同僚や部下からのハラスメント
 行為も対象であることについて理解促進を図ること。
十四 紛争調整委員会の求めに応じて出頭し、意見聴取に応じた者に対し、事業主が
 不利益取扱いを行ってはならないことを明確化するため、必要な措置を検討すること。
十五 セクシュアルハラスメント防止や新たなパワーハラスメント防止についての事業主
 の措置義務が十分に履行されるよう、指導を徹底すること。その際、都道府県労働局
 の雇用環境・均等部局による監視指導の強化、相談対応、周知活動等の充実に向け
 た体制整備を図ること。
十六 国内外におけるあらゆるハラスメントの根絶に向けて、第百八回ILO総会におい
 て仕事の世界における暴力とハラスメントに関する条約が採択されるよう支持するとと
 もに、条約成立後は批准に向けて検討を行うこと。


 これほどの付帯決議がつく不完全法案は、本来なら大幅な修正をしたり、出し直しにすべきです。指針で法の基本を変更することはできません。
 「損害賠償請求の根拠となり得るハラスメント行為そのものを禁止する規定の法制化の必要性を検討する」 なら今国会でおこなうべきでした。議論が煮詰まっていないという言い訳は、やる気がないときに引き延ばすための常套句です。
 「自社の労働者が取引先、顧客等の第三者から受けたハラスメント及び自社の労働者が取引先に対して行ったハラスメント」 についてはこれまで同様先送りです。しかも 「雇用管理上の配慮が求められること」 で終わっています。
 「事業主に対し、パワーハラスメント予防等のための措置を義務付けるに当たっては、職場のパワーハラスメントの具体的な定義等を示す指針を策定し、周知徹底に努めること」 とあります。事業主が自主的に改正法を超える定義を行なうことは可能です。労働組合は、「提言」 の定義とするよう要求し、さらに就業規則等に懲戒規定などを盛り込ませていく必要があります。


 6月10日から今年のILO総会が開催されます。昨年に続き 「仕事の世界における暴力と嫌がらせの撤廃に関する条約」 の採決に向けた議論がおこなわれます。
 4月16日の衆議院厚生労働委員会の参考人陳述で、議員から5人の参考人に、この政府提出の法案で、ILOが採択を予定している条約を日本は批准することができると考えるかと質問されました。4人は 「できない」 「むずかしい」、経団連の参考人だけは 「今後の議論いかん」 と回答しました。
 昨年、日本政府は批准に反対の立場を貫きました。今年は 「パワハラ防止法」 成立をもって防止策を策定したと報告するのでしょうか。

 「活動報告」 2019.5.14
 「活動報告」 2019.4.9
 「活動報告」 2019.4.5
 「いじめメンタルヘルス労働者支援センター」ホームページ・ご相談はこちらから
この記事のURL | 厚労省 交渉・審議会 | ▲ top
いじめ行為を選択した加害者は100% 「悪い」
2019/05/28(Tue)
 5月28日 (火)

 昨年夏、荻上チキ著 『いじめを生む教室 子供を守るために知っておきたいデータと知識』 (PHP新書) が刊行されました。情勢を反映してジワッジワッと売れています。
 『本』 は著者本人がいじめられて引きこもりになった経験から2012年にNPO法人 「ストップいじめ!ナビ」 を立ち上げます。その活動をとおしてわかったことや、さまざまな調査データを検討するなかから浮かび上がってきたことなどをふまえて本質を探究しています。多くの研究者の著書も紹介しながら、いいものはパクる、疑問に感じたことは指摘するという姿勢で、問題意識を多くの人と共有しながら子どものいじめ問題に挑もうとしています。

 『本』 を紹介します。
 最初に 「いじめば本当に増加しているのか」 と問題提起します。著者の見解です。
「増減について確定したことは言いにくい。ですが、これだけは言えます。現代では、『いじめが増加した社会』 なのではなく、『いじめが問題視されるようになった社会』 なのです。これ自体はとてもいいことです。」

 同じことは職場のいじめについてもいえます。よく、マスコミ等から質問をうけた労働組合や機関は 「増えている」 と答えています。実際はどうでしょか。いつと比べてでしょうか。具体的にどのような変化があるでしょうか。そして、ではどのように解決しているのでしょうか。ほとんど回答がみあたりません。
 増加していると叫んだだけでは解決しません。問題は “解決” に向けてです。しかしマスコミはほとんど関心を示しません。

 パワハラの相談案件は確かに増えています。理由はいくるかあげられます。
 1つは、被害者が声をあげやすくなったことがあります。2つ目に、職場で労働者が孤立させられています。職場での人間関係が希薄になっていて業務指示はメールで行われ、業務遂行は個人単位で横の繋がりがありません。お互いの意思疎通ができにくくなっています。問題が発生したときの主張は 「私は悪くない」 です。
 3つ目は、社会、会社で精神的苦痛・ストレスを感じることが多くなっています。量的ストレス (過重労働等) だけでなく質的ストレス (役割・任務、他者の目・評価等) が増えています。そのなかで上司や周囲と “摩擦” が生じるのはいわば必然です。
 4つ目として、職場のいじめ問題に対する政府、社会の取り組みの遅さです。
 減少に向けていじめの原因を掘り下げていくことが必要です。

「いじめについてこれまでは、被害者と加害者の心理にばかり焦点があたりがちでした。しかし、いじめなどの行為には、『本人の資質』 と『環境要因』 の双方が関わります。・・・
 人は環境で変わる。それは子どもだって同じこと。環境のあり方によって、いじめが増えたり減ったりするのです。・・・
 いじめ対策というのは、『発生したいじめに対応する』 『いじめをしないように教育する』 ばかりが全てではありません。『いじめが起きにくい環境を作る』 『人をいじめに追いやる背景を取り除く』 『何がいじめ対策に有効なのかを検証する』 など、様々な対策が必要になります。単純化すれば、いじめ対策は 『予防→早期発見→早期対応→検証』 のサイクルで回す必要があると言えるでしょう。」

 このサイクルは、2012年3月15日に厚生労働省が発表した 「職場のパワーハラスメントの予防・解決に向けた提言」 (「提言」) と同じです。「提言」 は、職場のいじめ問題の存在を指摘して取り組む意義、予防・解決に向けた取り組みについて述べています。
 取り組みについては、最初にトップマネージメントへの期待と責務があります。続いて上司への期待、そして職場の1人ひとりへの期待として人格尊重、コミュニケーション、互いの支え合いをあげています。問題が発生した時の解決においては同じようなことが起きないような職場環境の改善が必要といっています。
 しかし実際職場でいじめが発生したとき、多くの場合はその行為がいじめか否かという議論に集中し、時には二次被害を発生させています。

 『本』 は、「いじめは犯罪」 「加害者を罰すればいい」 という意見は、「特効薬」 を求めるあまり、いじめの実態を無視してしまう結果になってしまうと警告を鳴らしています。非暴力系いじめの 「コミュニケーション操作系いじめ」 に対して教育現場でいかなる指導 (早期発見・早期解決) をすればいいのかという観点が抜け落ちます。


「(日本における教室での) こうした過剰管理に置かれた環境での休み時間において、生徒たちはクラスメイトとのコミュニケーションしか許されない状態で、その中でストレスを発散させる必要が出てきます。・・・
 一方、他の国ではどうでしょうか。・・・イギリス、オランダ、ノルウェーでは校庭でのいじめが多くなっています。
 国の文化や学校制度によって、頻出するいじめのパターンが異なるということ。これは環境によっていじめの場所や仕方が変化するということを意味します。アメリカのように移動教室がベースになっている国では、やはりロッカーのある廊下にものを取りに行った際にいじめが多く発生していますし、スクールバスで通うことが前提となっている国や地域では、バスの中でのいじめが問題視されています。」

「ではいじめの構造はどうでしょうか。・・日本は他国と比べて、1人へのいじめに関わる人数が多くなっていることがわかります。これは日本では、クラス内の雰囲気が悪化することにより、多人数で無視などを行うケースが多いからです。」

 よく日本の学校は一般社会から隔離されているといわれます。こどもの世界が狭いです。そして教師の世界も狭いです。
 管理しているのが教師です。教師という職業はほとんど他の職種の労働者や地域・社会と交流することはありません。さらにその上に校長・教頭、そして教育委員会、文科省が “君臨” します。子どもたちだけでなく、教師も、管理職も管理教育にストレスを抱えています。


「アンケートにおいて 『いじめ』 という言葉を使ってしまうと、自分のしている、受けている行為がいじめかどうかという判断を個人の主観に任せてしまうことになります。そのため・・・具体的な項目ごとにチェックしてもらうということでアンケートをとっているのです。・・・
 つまりこの調査からは、『いじめは誰もが経験する』 ということも、『特にいじめられる人がいる』 ということも、どちらも成り立つということがわかります。
 さて、ではどのような児童・生徒がいじめの対象になりやすいのでしょうか。・・・例えば、社会的な 『マイノリティー』 といわれる層や、社会的スキルが身につけられていない児童などはいじめの対象になりやすいことが指摘されています。
 他方で、いじめを行う加害者側においては、他の児童に比べてコミュニケーション能力が高い、社会スキルが高い子が中心になりやすいことが指摘されています。」

「もうひとつ、いじめの重要な傾向として、『エスカレートする』 ということが言えます。・・・いじめというのは長く続けば続くほど、あるいは発生する頻度が高いほど、内容が残酷なものになっていく傾向が有ります。・・・
 時間をかけていじめは育っていく。そのことを踏まえるからこそ、いじめ対策においては、早期発見・早期対応が重要になるわけです。」

 職場でいじめにあいやすいのは非正規労働者です。雇用が不安定で声が挙げにくいです。社員・仲間として扱われないこともあります。そのためさまざまな情報から遮断されていいます。分断されながら何かあると不充分を指摘されます。
 外国人労働者は習慣がちがいます。文化が違う日本の社風に倣うことを強制されます。習慣や価値観が違うことから、同僚から離れた行動をとることがあります。そのようなときに協調性がないと非難されます。
 特に日本では、国籍などを含めて “違い” がなかなか認められません。


「日本のいじめ研究は・・・個人から集団論、そして環境論へと移ってきました。今ではいじめ対策を考える際には、個人の資質の問題だけではなく、環境要因が集団心理などにも大きな影響を持つということに、しっかりと目を向けていく必要があります。環境を是正することによって、いじめの発生を抑えたり、早期の対処を促したりすることができるのです。」

「滝充 『「いじめ」 を育てる学級特性』 では・・・『学級や学校のまとまりを意識するあまり、同質的な志向を持つ集団を形成しようとしたり、教師の権威や集団主義的な秩序を強調しようとするとき、生徒はそれに反発を感じ、逆にストレスを高めていく』 『抑え込まれた苛立ちが不安定な学級を形成し、悪質ないじめを育てやすくする』 という調査結果に基づき、こうした教室に対して警鐘を鳴らしています。」

「これまで紹介してきたデータなどから、『不機嫌な教室』 を 『ご機嫌な教室』 にするためにはどのようにすればよいのか、かなりシンプルな結論が導き出されます。
  わかりやすい授業をする
  多様性に配慮する
  自由度を尊重する
  自尊心を与えていく
  ルールを適切に共有していく
  教師がストレッサーにならず、取り除く側になる
  信頼を得られるようにコミュニケーションをしっかりとる

 ・・・また、教室ストレスの発散の場所を作ってあげることも大切です。」

 現在の道徳教育はまさに 「学級や学校のまとまりを意識するあまり、同質的な志向を持つ集団を形成しよう」 としています。危険です。
 環境要因について、職場の問題として 『本』 はつぎのような引用をしています。
「クリスティーン・ポラスらによる 『敬意の欠如は社員と顧客の喪失につながる 「無礼」 が利益を蝕む』 では、労働現場で行われる 「無礼なふるまい」 が、生産性を削ぐことが指摘されています。」
 しかし経営者は気づいていません。権威や集団主義的な秩序を強調しようとするとそこで働いている労働者のストレスを高めていきます。
 「ご機嫌な教室」 の手法は 「ご機嫌な職場」 を作ります。


「(「いじめの四層構造論」 は) いじめというものが、『いじめっ子 (加害者)』 と 『いじめられっ子 (被害者)』 の二者関係によってのみ成立するのではなく、加害に間接的に関与する 『観衆』 と、それらの構造を温存する 『傍観者』 がいることによって成り立つものである、とする論理です。それぞれの定義は以下の通りです。
  被害者:いじめられている子ども。1人の場合が多い。
  加害者:いじめている子ども。複数の場合が多い。以前、いじめられたことが
       あり、現在立場が逆転していることもある。
  観 衆:はやし立てたり、面白がって見ている子ども。加害の中心の子どもに
       同調・追随し、いじめを助長する。
  傍観者:見て見ぬふりをする。人がいじめられているのを無視することは、い
       じめに直接的に加担することではないが、加害者側には暗黙の了解と
       解釈され、結果的にはいじめを促進する可能性がある。
 こうした四層構造論に着目することによって、いじめが 『悪い心を持ついじめっ子』 によって生み出されるものではなく、周囲の人間関係にも影響を受けるものなのなのだということがわかります。」

「いじめの四層構造論をベースに行った国際比較をみて見ましょう。例えばオランダやイギリスにおいては、年齢が上がるごとに、傍観者の出現率が頭打ちになり、中学生からはいじめを仲裁する者が増えてきます。一方、日本では他国に比べて仲裁者の出現率がさがり、傍観者の出現率が上がることがわかっています。」

いじめの被害光景を目撃する、というのは、それだけでその児童・生徒にとってショッキングなできごとであり、大きなストレスとなります。・・・これを目撃ストレスと呼んでみましょう。いじめの現場も同様です。周囲の児童・生徒も、いじめの現場で目撃ストレスを受けています。」

「では、いじめ対策で 『傍観者』 だった人たちが役割転換をしていく際に、選択肢は 『仲裁者』 と 『通報者』 しかないのでしょうか。そうではありません。別の重要な役割として、『シェルター』 と 『スイッチャー』 の2つをあげておきましょう。
 シェルターというのは、避難所、逃げ場という意味の言葉です。いじめ被害にあっている児童に対し、『自分はいじめに関わらない、あなたの友人である』 といったことを相手に伝える人のことです。いじめ問題の解決はできないけれど、いじめによって受けたストレスを解消する、あるいはいじめを行う人ばかりではないと体感してもらう。文字通り、その子の避難先になる児童のことです。・・・
 スイッチャーというのは、コミュニケーションの流れを転換 (スイッチング) する人のことです。大人の社会だと、ストレスが起こりそうな場面において、その場の空気を壊さずにそれとなく話題をそらす人が出てきます。」
「加害者は、被害者の訴えを無効化しようと試みがちであるため、教師や大人などが、クラス集団に対する適切な環境改善を行うことで、周囲の反応を改善していくことが必要となるのです。」

 いじめの四層構造の傍観者はいわゆる 「見て見ぬふり」 をする人たちです。「自分を自分で守って」 います。会社・上司、そしていじめる者から巻き込まれないで自分だけは助かりたいという行動です。残念ながら、現在の日本では分断支配が強固で、横の繋がりを求めてもむなしい結果になると思い込んでいます。職場の労働組合は機能していません。
 そのようなとき被害者は、「通報者」 に教えられたり、自分で探して社外の、1人でも加入できる労働組合・ユニオンに相談にきます。
 相談者は、ユニオンに 「セーラームーン」 や 「ウルトラマン」 をもとめてきます。しかしユニオンの活動は代行ではありません。一緒に職場の問題を相談者が主体となって対応して解決にむかおうと助言します。そして一緒に成長します。


「よく、『いじめというのは善悪の区別がつかない子供たちがするもの』 と言われますが、実際には、ほとんどの子どもたちは 『いじめは悪いものである』 と認識しています。いじめは悪いものだと知っているからこそ、大人の目を盗んでいじめを行うわけです。・・・
いじめを理解するためには、『善』 『悪』 の区別のほかに 『アウト』 『セーフ』 の区別があることを知っておく必要があります。
  いじめは 『悪い』 ものだけれども、ここまでは 『セーフ』。
  いじめは 『悪い』 ものだけれども、今は 『セーフ』。
と、程度や他人の目線から、どこまでならやっても怒られないかを判断しているのです。
 大人も、善悪とは別に、アウト/セーフの線引きを行いながら生きています。・・・
 いじめにおけるアウト/セーフの線引きには、色々な要素が関わります。・・・
 先生は、「セーフ」 のゾーンを増やさない、どんなものでもいじめは 「アウト」 であることが伝わるような態度をとっていかなければならないのです。」

「非行社会学の分野に、『漂流理論』 という概念があります。・・・
 漂流理論では、人は完全に悪や善に染まるものではなく、常に不安定な善悪の価値観の間を漂流しているものだと考えます。しかし、自分が 『悪』 かもしれないと、善と悪の間を揺れ動く (=漂流する) のは、認知的不協和が生まれ、たいへん居心地の悪い感覚です。ですので、それを解消するため、人は罪悪感を『中和』しようとする。そのための典型的なテクニックのことを、『中和の技術』 と呼びます。
 中和の技術は、5種類に分類されます。分類は以下の通りです。
  『責任の回避』
  『危害の否定』
  『被害者の否定』
  『非難者の避難』
  『高度の忠誠への訴え』・・・
 いじめについて語る際、よく聞かれるのが、『加害者だけが悪いのか、被害者にも原因があるのではないか』 という言葉です。しかし、被害者に何らかの要因があるということと、それを 『いじめ』 という行為で発散することの是否というのは、分けて考えなければなりません。この区別がしっかりできていないために、加害行為を肯定しかねないような言い方で、『被害者も悪かった』 と言われることがあるのです。
 いじめや暴力、あるいは差別や侮辱という態度をとった時点で、その行為を選択した加害者は100% 『悪い』 のです。もともとミスマッチングなコミュニケーションであったり、教育的な介入が被害者に必要であったりすることもあるでしょう。しかしながらそれは、加害行為を肯定することにはなりません。」

 よくある質問です。「業務の適正な範囲内での指導・教育を行ったが、パワハラと反論された。適正ということをどう考えればいいでしょうか」。上司と部下、“加害者” と “被害者” との間での指導か叱責かという問題です。
 そこにはすでに労働者は声には出していませんが、周囲や会社に何らかの訴えている事実、労働者が精神的に自己を失いかけ、追いこまれている状況があります。問題が発生しています。しかし気づかれていません。
 そのことを捉えようとしないと労働者の行為が特異に映ってしまいます。労働者への自己責任の押し付けは企業の責任転嫁です。再発や職場で別の問題が発生する事態が続いてしまいます。
 いやすい職場は 「いじめの定義」 を守る事ではありません。発生 (表面化) したトラブルをいじめか否かと議論することは、本当につまらないことです。
 どうせ対応するなら、双方、そして会社が “成長” する取り組みを作り出していきましょう。自分たちの働き方を、お互いにもう一度検証するなかから新たな課題が発見できると進歩を生みます。トラブルが発生しても成長しながら解決した経験は財産です。


 いじめにおけるアウト/セーフの線引きの問題は、憲法前文、9条と安保法制の問題を連想させました。
 「セーフ」 はじわっじわっと押し寄せてきます。
 「戦争はそよ風にのって」 です。
 やはり、どんなものでもいじめは 「アウト」 の態度を貫いていかなければなりません。

 「いじめメンタルヘルス労働者支援センター」ホームページ・ご相談はこちらから
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ああ、光州よ、無等山よ
2019/05/24(Fri)
 5月24日 (金)

 1980年5月18日から10日間、韓国・光州で学生・市民らによる民主化運動が繰り広げられました。27日早朝、「市民軍」 がたてこもっていた旧全羅南道道庁は戒厳軍によって制圧されます。その後も弾圧は続きました。死者・負傷者数はいまだ不明です。
 最近になって市民が銃をとる引き金ともなった高校生への弾圧に関する本が出版されたりしています。

 それから39年が過ぎます。
 5月18日、光州で犠牲者追悼式典が開催され、文在寅大統領が演説しました。文氏は大統領就任直後の2017年5月の式典で、光州事件などの民主化運動の理念を憲法前文に盛り込むと表明しました。しかし野党の強い反対で改正のめどは立っていません。
 「憲法前文に運動の精神を盛り込むとした約束を今まで守れていないことが申し訳ない」 と謝罪しました。さらに 「虐殺の責任者や (兵士による) 性暴力問題、ヘリコプターからの射撃など、明らかにしなければならない真実がまだ多い」 と述べ、政府を挙げて事実解明を続けることを表明しました。


 11年9月13日の 「活動報告」 の再録です。
 当時、「市民学生闘争委員会」 のスポークスマンだった尹祥源 (ユン・サンウォン) さん (映画 『光州5・18』 の主人公のモデル) は、ソウルに出て働いていた時、平和市場で焼身自殺をした全泰壹のオモニ李小仙さんが開設した労働者のための夜間学校の手伝いをしていました。
 光州にもどって 「野火夜学」 を開設します。その時に一緒に手伝いをしていたのが朴棋順 (パク・キスン) さんです。朴棋順さんは 「労働者の永遠の姉」 と慕われていました。しかし78年冬、練炭ガス中毒ガスで亡くなります。
 25日、戒厳軍の襲撃が予想された “自由光州” の道庁では、学生たちにまじって、工順 (コンスン・女子工員) たちが炊き出し、連絡係、看護隊、放送担当と忙しく活動しました。「野火夜学」 の 「生徒たち」 です。
 尹祥源さんは立て籠もっていた道庁での銃撃戦で亡くなります。

 82年2月20日、尹祥源さんと朴棋順さんの 「霊魂結婚」 式 (死んだ後に行われる結婚式) が生き残った仲間たちによって執り行われました。仲間たちは 『イムのための行進曲』 を2人に捧げます。作詞は作家の黄ソギョン、作曲は金ジョンニュル。

  愛も名誉も 名も残さずに
  命かけようと 誓いは燃える
  同士は倒れて 旗のみなびく
  やがて来る日まで ひるむことなく

  時はゆくとも 山河に響け
  我らの叫び 尽きない喚声
  立ち上がれ友よ かばねを越えて
  いざ前に進まん かばねを越えて

 光州蜂起30周年の5月18日光州を訪れました。 「5、18記念公園」 の墓地にはたくさんの市民が眠っています。ですからいつもだれかが訪れています。そしをて墓の前で拳を振り上げながら 「イムのための行進曲」 を歌います。
 尹祥源と朴棋順の2人の名前が並んで刻まれた墓石があります。
 闘いは受け継がれて行きます。

 しかし、市が主催する追悼集会では20数年間歌われつづけてきた 「イムのための行進曲」 はプログラムからはずされました。遺族会が抗議して檀上に近づくと追悼集会は中止になりました。
 政権とともに歌われたり取りやめになったりします。


 「イム」 とはどういう意味なのでしょうか。詩のなかにはよく登場しますが、特に日本においては難しい概念です。
 金学鉉著 『荒野に叫ぶ声 恨と抵抗に生きる韓国詩人群像』 (柘植書房 1980年) から探ってみます。
「ニムについて多くの人が語っている。(引用文献は省略)
 『先生の一生のニムは 『民族』 であった。……先生のニムは衆生であり、また韓国であ
 るがゆえに、韓国の衆生すなわちわが民族がそのニムであった』
 『……ニムはあるときは仏陀となり、自然にもなり、日帝に奪われた祖国にもなった』
 『かれのニムは仏陀でも異性でもない。まさに日帝に奪われた祖国であった』
 『私が憧れ、相手も憧れるものがすべてニムであるという。このニムはいうまでもなく韓
 国であった……』
 『……ニムははたしてだれだろうか、ニムは愛人であり、仏教の真理それ自体で あり、韓国
 人全体を意味する。……この詩集の主題はこの国に住むすべての人である。
 衆生である。』
 『……数種のニムをすべて認める仏教でいういわば 『衆生』 をその代表的ニムと確定する
 ことにする』
 『ニムがなにを印象あるいは象徴しようと……1人の詩人の生命の焦点が、熱慕の対象が、
 感情のもっとも高まった頂点が、ニムとして放出されたのである。したがってこの場合重要な
 ことは、そのニムが愛人であるか、友人であるか、祖国か、民族かということにあるのでは
 なく、1人の詩人がその生命と情熱のすべてを捧げる対象をもっていたという点である。』

 ところで、このようにニムの像が多様性をおびてくる原因の1つは、もとはといえば 『ニムの沈黙』 (詩人萬海・韓龍雲の詩集 1926年上梓) の冒頭に書かれた序文にあたる 〈ぜい言〉 のせいでもある。この 〈ぜい言〉 のために、詩人高銀が述べているように 『凡俗で退屈な離別の恋歌をまったく異なる領域に押し上げることができた』 とも言えよう。
 〈ぜい言〉 はつぎのとおりである。
 『愛人 (ニム)』 だけがニムではなく 憧るるものすべてニムである 衆生が釈迦のニムな
 ら 哲学はカントのニムである 薔薇のニムが春雨なら マッチーニのニムはイタリアであ
 る ニムは私が愛するだけではなく 私を愛するのである
  恋愛の自由だとするならニムも自由であろう しかしおまえたちは耳ざわりのいい自由
 という名の つつましい拘束を受けているではないか おまえにもニムがあるのか ある
 とすればニムではなく おまえの影にすぎないのだ
  私は夕暮れの野に帰り道を失いさまよう幼い羊がいとしくて この詩をしるす

 ニムの正体はこの 〈ぜい言〉 においてその全貌をあらわしていると言える。私は以前、ニムを 『存在するものを存在たらしむ愛の対象』 として考え、それは、愛しきもの、憧るるもの、讃えられるもの、待ちわびるものであり、ニムはこれらすべてが混然一体をなして、時にはそれが奪われた祖国となってあらわれ、ある時は一切衆生となってあらわれるものとして把握した。そしてこのニムとの 『離別』 を新たな生へ導く弁証法的過程としてとらえようとした。しかしながら、もっとも大切なことを忘れていたようである。すなわち、なぜニムの 『沈黙(・・)』 かという点である。問題は 『沈黙』 の方にあるのではないか、どうしてニムは沈黙しなければならないのか。」

 ニムの姿がおぼろげながら浮かんできます。「沈黙」 は、遠藤周作の小説 『沈黙』 を想定することができるでしょうか。


 韓国の民衆の意識をとらえようとするとき、もうひとつ 「恨」 という日本では理解がむずかしい概念があります。どう理解したらいいのでしょうか。
 著者の説明です。
「『恨』 と 『抵抗』 の織りなす歴史がわれわれの生きる歴史である、と言ってもそれは言い過ぎではないように思える。なぜわれわれは苦難の歴史を生きなければならないのか。なぜ、われわれはごくあたりまえの、自律的な生にあずかることができず、つねに他人のいけにえにならねばならないのか。
 『大国』 の利益のために国土は分断され、東西対立の最前線に身をさらし、自らの手で創造しえず、波間に漂う一葉の小舟のように、時代の激流に押し流される。民族の統一という荷が重すぎるのだろうか。でなければ運命の女神の意のまま 『諦念』 のなかで我をすっかり忘却させてしまったのだろうか。
 1945年の解放以来今日まで 『過渡期』 のなかでわれわれは生きてきた。『過渡期だから』 『仕方がない』 『明日のためにがまんしよう』、北においても南においてもこの言葉が、いかに威力を発揮してきたことか。今もそれは変わりない。そして、一方では今日の苦難・不幸が外部勢力いわゆる 『外勢』 に困る、という観念が固定してしまった。近代化の過程において徹底した 『我』 の自覚が行なわれる余裕もなく、時代の移り変わりにただ身を任せ、そのつど異なる思想にとびついた。はたしてわれわれは独自の思想を想像してきたことがあったのか。あるとすればそれは一体どのような思想だったのか。」

「苦悩の百年を経て、われわれはようやくにしてわれわれ自身のたしかな思想、哲学を持とうとしている。輸入された借り物の思想でなく、『恨』 の歴史のなかで、金芝河の言葉を借りるならば、韓国の民衆が 『これまで個人的自我と同時に、集団的自我のなかで、数知れぬ傷を受け、抑制を受け、踏みつけられてきた過去の哀しい歴史になかで蓄積されてきた恨み』 (李恢成訳 『不帰』、中央公論社) の爆発をつうじて想像される思想である。
 この思想は一個人あるいは特定の階級の歴史ではない。集団の思想である。あるすぐれた哲学者の思想でもない。民衆の、人間らしい生にあずかることができず抑圧され、利用され、くずのように捨て去られてきた人々の、『人間として』 生きるがための思想である。」

「『恨』 というのは、要するに個人的・集団的を問わず、解放されることのない 『気』 の状態を意味する。『恨』 は文学的意味合以前の、われわれ韓国人の生と深くかかわっているもの――ある意味ではわれわれの生それ自体の在り方、といったほうが正しいかもわからないが――生の生成過程において常に胸の底にうっ積している情緒をいう。
 ふつうわれわれは 『恨』 という言葉をよく使う。ごく一般的な日常の言葉でもある。それは個人的な場合と、集団、あるいは民族全体の場を問わず等しく使われ、怨恨・恨歎・くやしさ。憤懣など、いわば発散できずに常にしこりとして残っている感情を言い表す言葉である。」


 「ニム」 にしても 「恨」 にしても韓国の歴史のなかで培われてきたものです。
「わが国は、海を渡り国境を越えて執拗に伸びてくる外勢に抵抗した歴史の繰り返しであるが、ちなみに、李朝までの外敵の侵入回数をあげるとつぎのとおりである。衛氏朝鮮以前のおよそ2年間に外敵の侵入が11回に達し、三国時代には大陸から110回、海洋から32回、高麗時代には大陸から125回、海洋から417回、李氏朝鮮時代には大陸から192回、海洋から168回で、大陸と海洋合わせると計931回の侵入を受けている (この記録は宋建鎬著 『韓国民族主義の探求』)。
 そして近代の波が押し寄せてくるようになると、外勢もその様相が変わってくる。外勢と手を結ぶ内部の権力層 『内なる外勢』 が台頭し、逆に今度は外勢を引き込んでくるようになった。李朝時代以来の特権階級の事大思想は連綿としてつづくのである。」
「『朝鮮をして倭国とならざるよう』、祖国を外勢に奪われまいとする東学農民の悲劇はそのまま民族の悲劇でもあったが、その後の歴史は逆の方向に歩んだ。」


 そして1980年を迎えます。
 1979年4月18日、ソウルでの 「『4・19』 19周年記念講演会」 で光州出身の詩人・趙泰一(1941年生まれ) は自作の詩を朗読します。

   あなたたちは地下に横たわって言う
    ――「4・19」 19周年に寄せる献詩――

  あなたたちは地下に横たわって言う
  われらの死が20年にもなれば
  目をつぶる時にもなったが
  どうしても閉じられない目を開いて
  悔しさに胸を叩きながら言う

   (中略)・・・

  あなたたちは地下に横たわって
  わたしたちに繰り返し言う
  4月は いっせいに動いた月
  馬蹄よりもなお勢いよく駆けた月
  退け もはや独裁の旗を降ろせと
  退かなければわたしが死ぬんだと
  死んでも必らず歴史を想像するんだと
  若いからだを銃剣にあずけ
  自由を 民主を樹立した月
  閉ざされた声を張り上げ 永遠を叫んだ月
  民族の良心を残らず磨きに磨いて
  革命のためすべての偽りをわれがちに捨てた月

   (中略)・・・

  行動した 斃れた
  斃れながら永遠をみたのだと
  4月は 退かない月
  4月は 5千年の深い眠りを覚ました月だと
  あなたたちは地下に横たわって いまも言う


 それから1年1カ月後に光州民主化闘争は繰り広げられます。
 光州民主化闘争のさなかに戒厳司令部によって逮捕された詩人・金準泰 (1949年生まれ) は、長編の詩を発表します。

   ああ、光州よ、われらが国の十字架よ

  ああ、光州よ、無等山 (ムドウンサン)よ
  死と死のはざまで
  血の涙だけが流れる
  われらが永遠の青春の都市よ
  われらの父はどこへ行ったのか
  われらの母はどこで斃れたのか
  われらの息子は
  どこで死に どこに埋められたのか
  われらのかわいい娘は
  また どこで口を開けたまま横たわっているのか
  われらの魂は また どこで裂かれ 散り散りになってしまったのか

  神と鳥の群れも
  去ってしまった光州よ
  だが 人間らいい人間だけが
  朝に 夕に 生き残り
  倒れても倒れても ふたたび起き上がる
  われらの血まみれの都市よ
  死によって撃退し
  死によって生きようとした
  ああ 慟哭だけの南道 (ナムドウ)
  不死鳥よ 不死鳥よ 不死鳥よ
  潮風が荒れ狂い
  この時代のすべての山脈が
  虚勢を張り そびえ立つ時
  だがだれも引き裂くことはできない
  奪うこともできない
  ああ 自由の旗よ
  人間の旗よ
  肉と骨の凝結した旗よ

   (中略)・・・

  光州よ、無等山よ
  ああ われらの永遠の旗よ
  夢よ 十字架よ
  時が流れれば 流れるほど
  いっそう若返る 青春の都市よ
  いま われわれは 確かに
  固く結ばれている 確かに 固く手を取りあって立ちあがる


 いまも 「5、18記念公園」 で、仲間との思いでの場所で、労働運動の現場で、それぞれの心のなかで 『イムのための行進曲』 は歌われています。闘いは受け継がれて行きます。
 来年は40周年。光州を訪れます。

 「活動報告」 2018.5.18
 「活動報告」 2014.5.13
 「活動報告」 2012.8.10
 「活動報告」 2011.9.13
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『火を生んだ女たち』
2019/05/21(Tue)
 5月21日 (火)

 5月17日、炭鉱記録画家の山本作兵衛さんの絵画をもとに、炭鉱の生活や歴史をたどったドキュメンタリー映画 『作兵衛さんと日本を掘る』 の完成・公開を記念した関連イベントとして、監督の熊谷博子さんと文芸評論家斎藤美奈子さんの対談がありました。
 映画は25日から東京・中野のポレポレ東中野で上映されます。
 予告編が流されましたが、作兵衛さんの絵画には炭坑における女性労働の状況も描かれています。
 対談の中でも女坑夫について触れられました。映画の中では存命している女坑夫のかたが久しぶりに背負い籠を背負った姿が映し出されました。

 女坑夫についてはいくつもの聞き取りの記録があります。
 雑誌 『女たちの21世紀』 No.97に掲載の徐阿貴福岡女子大学准教授の 「筑豊の炭坑労働にみるジェンダーと民族」 から概略を紹介します。
「筑豊炭田はかつて全国出炭量の6割を生産し、日本の近代産業化の原動力であった。中央財閥や地元資本による大小さまざまな炭鉱がひしめき、九州・中国地方、離島、朝鮮半島から労働力が集まった。炭鉱労働というと男性のイメージが強いが、筑豊炭鉱の特徴は女性も坑内労働の基幹であったことである。1920年代中盤、全国の炭坑労働者24万5千人のうち女性坑夫は6万5千人を占め、うち7割が筑豊を中心とする福岡県に集中していた。朝鮮人坑夫は1930年代末以降の集団移入により飛躍的に増加したが、坑内労働への本格的な導入は1920年代に始まる。
 戦間期に筑豊炭鉱は、不況、労働者保護規範、技術革新、戦時体制等の状況変化により、労働構造の質的変容が起きた。すなわち女性坑夫の衰退と再流入、そして朝鮮人坑夫の増加である。この変化は日本の帝国主義的資本主義の発展とどのように結びついていたのだろうか。」

「山本作兵衛の炭坑記録画で知られるように、筑豊では選炭等の坑外労働だけでなく、採炭や支柱づくり等の坑内労働にも女性が従事していた。夫婦など家族の男女一組で働く形態が一般的であったためで、夫婦共稼ぎの比率は4割近かった。筑豊は炭層が薄く、主要坑道での運搬が機械化されても、採炭現場は手作業中心であった。残中式という天井を支える柱を残しながらの採掘方式により、切羽と呼ばれる採掘場が分散孤立していた。この条件のもと、鶴嘴で石炭を掘り崩す先山 (男性) と、掘り出された石炭を主坑道の炭車まで運搬する後山 (女性) というジェンダー分業が成立した。炭鉱労働は長時間の重労働であり、落盤や爆発など命の危険が伴うが、賃金はこれに見合わず待遇は劣悪であった。常に人手不足であった炭鉱側は、納屋制度という間接雇用方式で坑夫を集め、前借金などで身体拘束し、移動がしにくい家族持ち坑夫を好んだ。」

「なぜ先山が男で後山が女だったのか? 運搬は採炭よりも軽い作業で、『力がない』 女性向きだったから、ではない。後山は、背負い籠や天秤棒で狭く急で滑りやすい坑道を上下しながら石炭を運ぶ。スラという橇のような運搬具に数キロもの石炭を積みこみ、頭や肩と結びつけ四つん這いになって引いたり押したりする。先山後山ともに重筋労働だが、先山は採掘現場で指揮をとり、後山は補助と位置付けられるという主従関係にあった。」

「賃金は出来高払いであった。家族でない者と組むと賃金を分割しなければならないが、その際は男が多くとった。」
「坑内はさまざまな作業があり、粉塵火災防止のため石灰をまいたり使い走りをする人々がいた。採炭現場から排除されやすい被差別部落の女性が日雇いで担うことが多く、女坑夫より低賃金で不安定な状況にあった。他に女性が担ったのは、坑外で行う選炭作業である。」

「第一次世界大戦後は労働者保護が国際的な流れとなり、1928年に鉱夫労役扶助規則が改正された (33年実施)。保護坑夫 (女坑夫・年少坑夫) の深夜業、坑内労働を禁止するものであり、炭鉱会社と共稼ぎ夫婦の双方にとり大打撃であった。・・・夫婦共稼ぎができず収入減となったことに不満を持つ男性坑夫の離職を防止するため、家族扶養を前提とする 『家族賃金』 観念が形成された。・・・こうして先山後山体制は崩壊した。
 女性坑夫の排除により石炭生産体系は根本的改革が必要になった。炭鉱側は機械導入を解決策とした。・・・機械化が遅れた中小炭鉱では、女性坑夫が法改正後も少なからず存在した。」

「技術革新をした三菱系4炭鉱を例にとると、1917年時点で全採炭夫の35%を女性が占めたが、1925年には26%に減少した。他方、朝鮮人男性坑夫が増大し、4鉱のうち2鉱では1928年全坑内夫に占める朝鮮人の比率が3割を超えた。数字だけ見れば女性外山を朝鮮人坑夫が代替したようだが、そうではない。機械化により女性後山が不要になり、共稼ぎを望む熟練男性坑夫の離職につながった。むしろ朝鮮人坑夫は共稼ぎを望む熟練の男性坑夫を代替するものであった。合理化整理には、『非熟練』 『家族持ちではない』 労働者が最適であり、朝鮮半島出身の単身労働者が適合的とされた。共同採炭制の現実は、切羽が分散していた以前の状況と異なり、非熟練かつ言語による意思疎通が難しい朝鮮人坑夫の管理監督を容易にした。」

「坑内男性坑夫応召により炭鉱労働力は不足した。日本は1938年にILOを脱退、石炭資本の陳情により、一定の条件のもとで女子の坑内労働を認めた。合法的女性坑夫の復活は、戦時の女性の労働参加拡大の一例である。」


 具体的な労働状況について、筑豊地方の女坑夫からの聞き書を集めた井手川泰子著 『火を生んだ母たち』 からの引用です。
「父親が病気になったので、14の時にはじめて他人先山について坑内に入ったとです。
 この通り体が大きいもんで、年は16とごまかしとった。14じゃ志願ができんきね。
 切羽まで百間も歩かなならん所やった。それも空 (から) 五体やないばい。カンコヅル3、4本、カスガイ、ノコ、金札、弁当に水筒……。弁慶の7つ道具のごと持って歩いてんなさい。手が抜けるごとあるばい。子どものする仕事とはいわれんですばい。
 坑内の暗さは、いよいよの真っ暗やみ。目の前一寸先もわからん。カンテラが消えた時の心細さはたまらんばい。そばにだれもおらん時は、手探りでレールを伝うて、かねなた (曲方) (坑道本線から地層に沿って延びる水平坑道。炭車のレールが敷いてある) に這うて出らなならん。ぐずぐずしよりゃ先山さんから怒られるやろがね。そげな目に会うと、はなのうちは恐ろしいで、坑口を入っても足が前さへ進まんごとあったですばい。」

「うちの後向きの朝鮮さんは、ウリは飯が少ないと座りこむやろがね。うちはじゃがいもを買出しに行って、食べさせよったばい。
 うちは畑のトマトしかたべんで、坑内下がりよる。一番で上がってくると、2時間もバケツ操作の防空演習をさせられるとばい。きつかったねえ。食うもん食わせてくれと文句いうたら、詰所へ連れて行かれて、男なら半殺しするけど女ごやきこらえてやると、やかましゅう怒られたたい。
 戦争が負けたらどうね。労務の者は、朝鮮人から仕返しされると恐しがって、皆逃げてしもうたけど、うちと一緒に働きよった朝鮮さんは、国へ帰る時、『女ご先山しゃんに世話になった』 というて、あいさつに来てくれなった。手を握って別れ惜しんだばい。」


 他の女坑夫の方です。
「木屋瀬 (こやせ) のヤマは熱かったねえ。唐芋をボタん中に埋めとったら、焼き芋が出来よっやばい。なまの坑木を立てかけておったら、からからに乾いとる。函押して捲き立てに出たら、いっ時ひっくり反って涼しい風に当たらな、もてんごとあった。しまいには、着たまま水ためにザブッとつかって、体冷やすこともあったたい。
 天井が低い所を掘りよったきね。床下を這いよるげなもんたい。蟹の穴に入っとると思うたらわかるやろう。そげな所をカンテラを口にくわえてスラ (採掘した石炭を切羽から曲方まで人力で運び出すソリ状の木箱) を引くとばい。身動きもならんごとせまい中を、8カ月腹をかかえてスラ引いてみなさい。腹をこすりつけるごとあったきね。産み月までそうして働いたが……。
 腹はふとうないでも、天井に荷が来たら、背中をこするたい。その痛さは忘れきらん。しょっ中こすりよったので、背骨の所が白うになっとるばい。
 こんな低い所は、先山さんも寝堀りでツルハシ使いなる。積むとも難儀たい。首をまっすぐあげられんき、いつも傾けとかならん。リンゴ箱くらいのスラに積むのに、天井とスラのすき間にエビジョウケ (竹製のすくいとる容器) さしこんで、石炭を入れるとばい。手ぬぐいの丈ほどの高さやきね。自分の五体もままにはならんたい。
 卸しからはセナで登り上がる。シュモク杖 (15かた30センチのピストル型の杖) がてのひらの丈くらいよ。それより長かったら、体が起きて天井につかえると。」


 脱線します。
 対談でも、熊谷博子さんが以前の本で書いた 「炭鉱では歌が生まれたけど原発では生まれない」 ということがあらためて語られました。
 炭鉱は資源で、原発は資源を活用してエネルギーにかえる発電所です。比べることはできません。しかし、原発資源のウラン鉱などでも歌は生まれていません。
 石炭は、今では塵肺などの問題を引き起こすことが知られていますが、存在そのものが危険ではありませんでした。掘り起こしたときは手にすると焼き芋ができるくらい熱い (あったかい) です。そして炭坑では、坑夫たちはより効率的な作業の進め方を仲間に伝授したり、みんなで安全対策も共有していました。
 一方、ウランを手に取ることは危険だということは従事する労働者も経験的に知っていることでした。危険を “共有” している職場では歌は生まれません。


「私ゃその頃19貫 (約71キログラム) あったが、あげなせまい所でよう働けたことと思うですばい。
 亭主がすかぶら (仕事をしないぐうたら) 回しよったき、他人先山と連 (つ) のうて行きよったが、どげな箇所でも6カン、7カンは積みきよったたい。それで、先山が私を放さんやった。ほかの後向きは半分がたしか積みきらんやったきね。・・・
 変なヨロケ先山より、うちの方が勝つとばい。掘る方が追われよる。ツルハシ借りてうちが掘って加勢しよったたい。」

「戦争に負けてから、マッカーサーの命令で女ごは坑内に下がられんごとになったとけどが、うちはずっと下がっとったばい。マッカーサーが養のうてくれるわけやなし、こげん所の小ヤマの石炭掘りは、女ごも働かな、とてもやないが食べてはいけれんかったたい。
 役所がやかましいき、女坑夫はみな男名前で帳面につけられとると。自分の名前が何やったか覚えもしとらんけど……。
 戦争のありよる間は、男の手が足りんで、お国のためやきちゅうて、女ごでも連勤、連勤で働かせたとばい。子どもがはしかで寝とっても休まれん。休みよったら労務が来て、いやもいわさんで繰込まれるき。男の代わりになって働いた体に、今度は名前まで男名前つけられて……金だけは八分で女たい。
 それでも働ける間はよかったけど、だんだんあっちこっとのヤマが閉山になってしもうて、29年の冬、どん底たい。」


 対談にもどります。
 閉山・首切りが通告されると反対運動がおきます。そのときの思いについてです。
 社会のための、産業のためのエネルギー源を振り出すということで労働をしてきたのに、簡単にクビといわれるのは、炭鉱労働者、自分の存在が不要なものと否定されて消されてしまうという思いにかられたといいます。

 13年3月1日の 「活動報告」 の再録です。
 福岡県田川市の石炭記念公園近くに 『筑豊塵肺訴訟記念碑』 が建っています。
 碑文です。

 2004年4月29日、最高裁判所がわが国で初めて職業病に対する国の賠償責任を認めた日である。
 原告たち炭鉱労働者は、戦中戦後の日本経済を筑豊の地底から支えてきた。
 その筑豊の炭鉱を国は、スクラップ・アンド・スクラップ政策によって一挙に閉山に追い込んだ。
 炭鉱を追われた原告たち炭鉱労働者を待っていたのは、不治の病 『じん肺』 であった。繰り返すセキとタン、動悸、息切れ、呼吸困難の発作、そしてじん肺死であった。
  “俺たちはボタじゃない”
 1985年12月26日、原告たち炭鉱労働者は、企業だけでなく国に対して、筑豊じん肺訴訟を提起した。
 炭鉱の安全管理を指導する国は、企業の石炭政策を優先し、原告たち炭鉱労働者がじん肺にかからないための施策を怠ってきた。
 永い裁判闘争が続き、原告たち炭坑労働者が次々に志半ばにして命を奪われていった。
 原告たち炭鉱労働者とその妻たちは、街頭に立って支援を呼びかけ、多くの労働者、市民と結束してじん肺被害の償いとじん肺の根絶を求め続けた。
 筑豊じん肺訴訟の18年4ヶ月は、炭鉱労働者とその妻たちがじん肺被害の償いとじん肺根絶のために誇りをかけて挑んだ闘いである。
 筑豊じん肺訴訟の最高裁判所判決はすべての労働者・すべての市民のための救済の羅針盤となった。
 これは、“俺たちはボタじゃない” と結束して闘った原告たち炭鉱労働者とその妻たちの勝利の証である。
     筑豊じん肺訴訟記念碑建立実行委員会
     実行委員長 大野隆司
     1985.12.26 ~ 2004.4.27

 “俺たちはボタじゃない” の文字は大きくなっています。
 戦前、戦後においても人間扱いされてこなかった炭鉱労働者が存在したこと、しかし産業に不可欠な労働を担っていたこと、その労働者の人権獲得・回復のための闘いを刻んだものです。
 人としての血の叫びです。

 「活動報告」 2013.3.1
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なぜマイナンバーカードを普及させたいのか
2019/05/17(Fri)
 5月17日 (金)

 雑誌 『世界』 の19・6号は 「日本型監視社会」 を特集しています。
 出版社の雑誌紹介文です。
「社会のデジタル化は,私たちのあらゆる情報を検索可能にする.監視カメラの激増や,位置情報を利用するアプリ,顔認証システムなどのさらなる技術開発によって,ディストピア小説が描いてきた状況が現実化しつつある.
 日本も例外ではない.いや,むしろ日本は 『監視先進国』 となりうる位置にある
 オリンピックを前にした 「安心・安全」 のかけ声のもと,EUなどと比較して法的規制は立ち遅れ,戸籍制度とマイナンバーシステムによる市民管理が強められている.さらに,政治的な情報収集を担う公安警察が存在し,企業の持つ個人情報が令状もなく提供されてきた事実も明らかになった.
 私たちの社会的自由を,この状況のもとでいかに守るのか.国際的な動向とこの国の状況を確認しつつ,対抗する軸を考える.」

 日々の事件報道と解決経緯を見ていると、安心感よりも恐怖感が支配します。“だれでも、いつでもあらゆる手法で、あなたが知らないうちにすべて監視・管理されています” のキャッチコピーがぴったりです。

 内容は、共同通信社会部取材班 「丸裸にされる私生活 企業の個人情報と検察・警察」、山本龍彦 「“C“ の誘惑 スコア監視国家と 『内心の自由』」、白石孝 「インタビュー マイナンバー・リスク」、宮下紘 「政治のプライバシーとプライバシーの政治」 です。

 この中の、白石孝さんへの 「インタビュー マイナンバー・リスク」 を紹介します。
「マイナンバーというシステムに至るまでには、少なくても40数年の歴史があります。もともとは戦前の治安維持などを担った内務省官僚的な発想で、『住民票に番号を付けて全国民を管理したい』 というアイディアから始まりました。
 最初のその構想が実現したのが、住民基本台帳です。1999年に改正住民基本台帳法が通り、2002年から住民基本台帳ネットワークシステム (住基ネット) として実施されました。ところが、住民票に番号をつけることはできたものの、住基カード普及率は10年かけても10%にも達しないくらい低迷しました。そこで浮上したのが、住基ネットをベースとして、さらに機能を数多く上乗せした個人番号、『マイナンバー』 制度です。」

「住基ネットからマイナンバーに転換するアイデアが出たのは、2009年の民主党政権下でした。目玉政策の 『社会保障と税の一体化』 がきっかけです。社会保障の拡充、つまり低所得層だけでなく中間層にも広く公平に社会保障を行き届かせて充実させていくためには、所得を厳密に把握してリンクさせていく必要がある。所得の捕捉は住基ネットではできませんので、そこでマイナンバー制度が必要だという流れです。」
 しかし民主党政権は実現するまえに瓦解します。

「その後、2012年に第二次安倍内閣が誕生し、民主党案を踏襲しつつも民間利用に広く道を開くよう手直しし、新たに番号法案が上程されます。そして2013年3月の閣議決定からわずか3か月というスピード審議で可決、成立し、5月末には公布となります。
 番号管理は、住基ネットでは自治事務でした。そのため、当時、横浜市、杉並区、国立市、福島の矢祭町など、強固に反対してそのシステムの導入を拒む自治体が全国に存在しました。マイナンバーは、そうした抵抗の余地を残さないため、国の事務に変えました。50年近く激しい議論を繰り返してきた、いわゆる 『国民総背番号制度』 は、安倍政権の数の力によって導入されてしまったのです。」

 戦中の治安維持の思考を踏襲した内務官僚とその流れをくむ者たちが、住民などからの反対、抵抗にあい、うまくいかないことがつづいても諦めずに完成を目指しているのが現在です。
 地方自治での住民の社会保障の志向は放棄させられ、国の管理システムに作り変えられて逆に格差社会は拡大しています。
地方自治の解体と国家の権限拡大、個人の管理強化が同時に進められています。


「日本の 『マイナンバー』 のように、生活のさまざまな領域を1つの番号で管理している国はほとんどありません。思いつく限りでは、韓国と北欧、エストニアぐらいですね。ただ、エストニアの人口はわずか130万人程度です。アメリカやカナダ、欧州各国などは分野ごとの番号制になっています。
 たとえば、オーストラリアの番号制度は、所得の把握と徴税などに限定した納税のためのシステムとしてむしろ効率的に機能しています。しかも、強制ではなく、番号を拒むことができ、その際に不都合も生じません。」

 各国で、 もし、日本のマイナンバーのような制度が導入されようとしたならどうなるでしょうか。基本的人権の侵害、国家による個人情報の集中管理、管理強化と猛反発をうけるでしょう。その前に国そのものがそのようなことをすべきではないという認識を持っています。ここが日本との大きな違いです。日本は個人も国も基本的人権を大切にしません。

「日本型の総背番号制をとっている国で、比較的人口規模で近いのは韓国だけですが、韓国の場合、歴史的に北朝鮮との緊張関係を背景として国民背番号制導入されてきた経緯があります。番号には指紋と顔写真、さらに近年では携帯電話番号とも連携しているため、闇会社に流出してしまうと大変な被害が起きてくることになるのです。
 アメリカでも年間900万件を超える社会保障番号 (SSN) 関連のなりすまし犯罪が発生しており、・・・日本ではほとんど報道されていません。」


「『マイナンバー』 と 『マイナンバーカード』 の問題を切り分けて考えることです。
 番号はすでに付番され、通知されています。・・・政府がなぜカード普及にこだわるのか、そこにこの問題の本質があります。・・・マイナンバーカードは、顔写真付きです。
 2015年の段階で自民党の部会が作成したロードマップでは、すでに、カードのコンビニ利用や銀行預金・戸籍との紐づけ、健康保険証とのリンクなどが示されています。安倍政権は基本的にこの内容を、日本再興戦略などの政府文書を閣議決定してオーソライズし、着実に実行に移してきているのだと思います。」

「現在、マイナンバーカードは、まだ500万枚、人口の約12%にしか発行されていません。・・・2015年のロードマップでは、2019年、つまり今年の段階で8700万枚が発行されると描いています。
 しかし、彼らにとって、この8700万枚という数字が終着点ということではないだろうと思います。真のゴールは、すべての日本居住者に保有・所持を義務づけること、任意取得ではなく、強制取得という法律に切り替えることだと思います。
 実際のカードの普及は低調で、2015年の時点では2020年の東京オリンピック・パラリンピックが終着点として描かれていましたが、新しいバージョンではそれを2023年まで延ばしています。それも、現在の普及のペースであれば、どう考えても実現は難しい。そこで、健康保険証とのリンクなどが進められようとしているのです。」 (2月14日の 「活動報告」 参照)


「ここで、もう一度、先ほどの疑問に戻りたいと思います。それでもとにかくカードを普及させたいのは、なぜなのか。
 マイナンバーカードはすべて顔写真付きで、ICチップにそのデジタルデータを格納することが可能です。普及が進んだ段階でこれを強制所有として、全員が持ち歩くべき国家身分証明書とする。そうすると、個人情報と顔写真がリンクする形でデータベース化され、さらに街頭の防犯・監視カメラやスマホなどの位置情報とリンクさせれば、人々の行動を容易に把握することができるようになります。これこそが真の狙いでしょう。
 ここでは、『利便性』 という話ではなく、『安心・安全』 が市民への説得材料として持ちだされてくるでしょう。」
「すぐに住民全員の顔データを集められなくても、徐々に積み上げていくことは可能です。たとえば出入国管理ではすでに顔データと指紋データの管理を進めています。」


「もっとも重要なことは、カードを持たない、番号を書かない、この2点です。それが個人でできる最大の抵抗です。マイナンバーの記入を拒んだところで罰則があるわけではありません。」
「ただ最近、厚労省が、新社員採用後の労働保険加入の際、労働局に出す書類にマイナンバーを書くよう指導を強めています。会社組織を使って締め付けるというのは、非常に日本的なやりかたです。法的根拠などなくても、会社を通じて同調圧力を強めていくわけです。
 いま問題視すべきなのは、健康保険証との抱き合わせです。・・・
 いったん健康保険証との連携を認めたならば、次はどうなるか。日本政府の手法は、小さく導入して穴をあけてから徐々に拡大していく方式なのです。」

「日本社会は忖度や同調意識に包まれている、世界でも特異な国です。会社組織を通したマイナンバーの提出要請はその最たるものです。個人では嫌だと感じても、組織の中ではそれが言えないで従ってしまう。さらに、市民の無関心や、自分だけは被害者にならないという意識、こういうものが社会的連帯を阻んでいる 『空気』 ではないでしょうか。
 マイナンバー制度には、こういう極めて日本社会的なものがベースにあると思います。秘密保護法や拡大盗聴法、共謀罪など含め、加速する監視社会の問題としてマイナンバー制度も位置付けてとらえる必要があるでしょう。」

 業務に関係ないことでの安易な “会社との連帯” は仲間、社会との連帯を崩壊させることに作用してしまいます。


 2月14日の 「活動報告」 でマイナンバーカーが健康保険証代わりに使用できることについて触れましたが、さらに利便性を口実にしたマイナンバーカード利用の誘導の例です。
 5月15日の朝日新聞に 「マイナンバーカードで医療費控除、簡素化へ 21年から」 の見出し記事が 載りました。
 15日の参院本会議で、健康保険法等改正案が成立しました。
 医療費の自己負担が一定額を超えた場合に税負担が軽減される医療費控除は、いまもマイナンバーカードを使ってネット上で申告できますが、受診した医療機関名や医療費などを領収書をもとに自分で入力する必要があります。
 これを、2021年9月から保険診療のデータをもつ社会保険診療報酬支払基金と国民健康保険中央会、マイナンバー制度の個人用サイト 「マイナポータル」、国税庁のシステムをそれぞれ連携させ、マイナンバーカードを活用して、確定申告の際の医療費控除の手続きを簡素化します。申告書作成が自動化され、領収書の保管も入力作業も必要なくなります。
 
 さらに今国会ではマイナンバーと戸籍情報を連携させる改正戸籍法が提出されています。
 戸籍情報を伴う行政手続きを簡素化し、国が一元管理する戸籍情報を全国の自治体でも照会できる新システムを構築し、マイナンバー制度とも連携させます。2023年度の導入を目指しています。
 これにより、婚姻や社会保障関連などの手続きで戸籍証明書の添付が不要になるほか、パスポートの申請などに必要な戸籍謄本が、本籍地以外の自治体でも発行できるようになります。

 利便性の説明に隠れて管理社会の強化が進められています。マイナンバーに納められている情報を利用するのは自分以外で、自分は知ることはできません。
 マイナンバー制度に協力をしないで機能しないようにすることが自分を守る最善の方法です。

 「活動報告」 2019.2.14
 「いじめメンタルヘルス労働者支援センター」ホームページ・ご相談はこちらから
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