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時間外労働を月80時間以内に削減するよう指導した事業場2,216
2019/04/26(Fri)
 4月26日 (金)

 4月25日、厚労省労働基準局監督課過重労働特別対策室は、昨年11月に実施した2018年度の 「過重労働解消キャンペーン」 の重点監督の実施結果を公表しました。
 キャンペーンにおける重点監督は、長時間の過重労働による過労死等に関する労災請求のあった事業場や若者の 「使い捨て」 が疑われる事業場などを含め、労働基準関係法令の違反が疑われる8,494事業場に対して集中的に実施したものです。その結果、5,714 事業場 (全体の67,3%) で労働基準関係法令違反を確認し、そのうち2,802事業場 (33,0%) で違法な時間外労働が認められたため、それらの事業場に対して、是正に向けた指導を行いました。

 8,494事業場の事業場規模別の監督指導実施事業場数です。
 1~9人が2253、10人~29人が2931、30~49人が1282、50人から99人が975人、100~299人が800、300人以上が271です。
 企業規模別の監督指導実施事業場数です。
 1~9人が826、10人~29人が1369、30~49人が786、50人から99人が925人、100~299人が1515、300人以上が3073です。
 決して企業規模が小さいところが違法行為をおこなっているということではありません。むしろ300人以上の企業が36%を占めています。


 違法な時間外労働が認められたものについてです。
 2,802事業場において時間外・休日労働の実績が最も長い労働者の時間数についてです。
 月80時間を超えるもの:    1,427事業場 (50.9%)
 そのうち月100時間を超えるもの:868事業場 (31.0%)
 そのうち月150時間を超えるもの:176事業場 ( 6.3%)
 そのうち月200時間を超えるもの: 34事業場 ( 1.2%)です。

 賃金不払残業があった463事業場 (5.5%)
 過重労働による健康障害防止措置が未実施948事業場 (11.2%)です。

 違法な時間外労働が認められた事業場の業種です。
 製造業808、商業484、運輸交通業409、接客娯楽業243、建設業222、その他 (派遣業、警備業、情報処理サービス業等)247です。

 健康障害防止に係る指導として過重労働による健康障害防止措置が不十分なため改善を指導した事業場は4932です。そのうち、時間外・休日労働を月80時間以内に削減するよう指導した事業場は2,216、月45時間以内に削減するよう指導した事業場は2,677です。

 労働時間の管理方法についてです。
 使用者が自ら現認することにより確認780事業場です。
 事業場でタイムカードを基礎に確認3,057、
 事業場でICカード、IDカードを基礎に確認1,712
 事業場で自己申告制により確認2,791でした。

 労働時間の把握方法が不適正なため指導した事業場1,362です。


 労働時間以外についてです。
 賃金不払残業の指摘された事業場数です。
 製造業75、商業104、運輸交通業44、接客娯楽業55、建設業48、その他52です。全体の5.5%で発生しています。

 健康障害防止措置 (衛生委員会を設置していないもの等、健康診断を行っていないもの、1月当たり100時間以上の時間外・休日労働を行った労働者から、医師による面接指導の申出があったにもかかわらず、面接指導を実施していないもの) についてです。
 製造業203、商業198、運輸交通業94、接客娯楽業154、建設業49、その他104です。


 労基署の重点監督は、長時間の過重労働による過労死等に関する労災請求のあった事業場や、若者の 「使い捨て」 が疑われる事業場など、労働基準関係法令の違反が疑われる事業場に対して14年度から実施されます。
 今年の具体例です。
その1 脳・心臓疾患を発症した労働者について、労働時間を調査したところ、労働時間の把握方法は勤怠 システムに各人が出退勤時刻と休憩時間を入力する自己申告制を採用しており、当該労働者についても一定の労働時間が申告されていたものの、同僚労働者への聴き取り等により、適正に自己申告 されておらず、実際の労働時間を把握できていないことが判明した。
 脳・心臓疾患を発症し死亡した労働者について、36協定で定める上限時間 (特別条項:月80時間)を超えて、月100時間を超える違法な時間外・休日労働 (最長:月134時 間) を行わせ、それ以外の労働者1名についても、月100時間を超える違法な時間外・休日労働 (最長:月219時間) を行わせていた。
 労働者について、定期健康診断 (1年以内ごとに1回) 及び深夜業に従事させる場合の健康診断 (6か月以内ごとに1回) を実施していなかった。

その2 労働者4名について、月100時間を超える時間外・休日労働 (最長:月127時間) を行わせていた。 また、労働時間の把握は、タイムカード及び作業日報に始業・終業時刻を打刻、記入することで行われていたが、タイムカード及び作業日報を確認したところ、法定の休憩時間を与えていなかったことが判明した。
 長時間労働を行った労働者の氏名及び当該労働者に係る超えた時間に関する情報について産業医に提供していなかった。
 18歳未満の年少者について、その年齢を証明する証明書を事業場に備え付けていなかった。

その3 労働者4名について、36協定で定める上限時間 (月45時間) を超えて、月100時間を超える時間外・休日労働 (最長:月195時間30分) を行わせていた。
 常時50人以上の労働者を使用しているにもかかわらず、安全管理者、衛生管理者、産業医を選任 しておらず、安全委員会及び衛生委員会を設けていなかった。また、労働者に対して心理的な負担を把握するためのストレスチェックを実施していなかった。


 厚労省は、健康被害が生じるリスクが発生するとした月45時間を超える時間外労働を含む過重労働による健康障害防止のための総合対策についてなどさまざまな通達を出しています。しかし過重労働削減の方向には向かっていません。それよりも、「長時間労働を行った労働者に対する医師による面接指導等の過重労働による健康障害防止措置を講じるよう指導」 は、それを行なったならば長時間労働を容認する、労災申請されても、意思の面接指導のときは大丈夫だったと反論する口実になっています。

 改善指導する事業場がなかなか減らないということは、現在の対応は実効性がともなっていないということです。


 この4月から働き方改革法が施行され、その中には労働時間に関するものも含まれています。そこでは、長時間労働を促進するものと、時間外労働月80時間と規制するものとをあわせもっています。政府と経済界は長時間労働を本気で改善しようとは思っていません。
 厚労省の仕事はデータを作成することではありません。そのなかから読み取れる問題点を改善するための政策を実行することです。


 「2018年度 「過重労働解消キャンペーン』」
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「フェミニズムは弱者が弱者のままで尊重されることを求める思想」
2019/04/23(Tue)
 4月23日 (火)

 4月12日の東京大学の学部入学式で上野千鶴子名誉教授が祝辞を述べました。最初はざわめきもありましたが徐々にみな聞き入っていたといいます。
 しかしあまり議論が起きないのは、時代も変わり、上野名誉教授の問題提起がセンセーションを起こすほどの珍しいものでもなくなりつつあるということでしょうか。
 とはいいながらまだまだ奇異なことがたくさんあります。抜粋して紹介します。


「ご入学おめでとうございます。あなたたちは激烈な競争を勝ち抜いてこの場に来ることができました。
 その選抜試験が公正なものであることをあなたたちは疑っておられないと思います。もし不公正であれば、怒りが湧くでしょう。 
 が、しかし、昨年、東京医科大不正入試問題が発覚し、女子学生と浪人生に差別があることが判明しました。文科省が全国81の医科大・医学部の全数調査を実施したところ、女子学生の入りにくさ、すなわち女子学生の合格率に対する男子学生の合格率は平均1.2倍と出ました。問題の東医大は1.29、最高が順天堂大の1.67、上位には昭和大、日本大、慶応大などの私学が並んでいます。1.0よりも低い、すなわち女子学生の方が入りやすい大学には鳥取大、島根大、徳島大、弘前大どの地方国立大医学部が並んでいます。ちなみに東京大学理科3類は1.03、平均よりは低いですが1.0よりは高い、この数字をどう読み解けばよいでしょうか。統計は大事です、それをもとに考察が成り立つのですから。」


 4月19日の 「活動報告」 に書きましたが韓国でベストセラーになっている小説 『82年生まれ、キム・ジヨン』 の最後に 「解説」 を担当した方が書いています。
「ちょうどこの解説を書きはじめた頃、東京医大での入試差別事件 (男子学生だけ一律加点したというもの) が発覚し、日本の女性たちの多くが足元が崩れ落ちるようなショックを受けた。怒りと情けなさの中で思ったのは、韓国なら即時に2万人の集会が開かれているだろうということだ。」
 「ME TOO」 運動においても日本ではほかの国ほど盛り上がっていません。差別、差別構造にならされているということもありますが、その構造から抜け出すことが難しい現実があります。


「これまであなたたちが過ごしてきた学校は、タテマエ平等の社会でした。偏差値競争に男女別はありません。ですが、大学に入る時点ですでに隠れた性差別が始まっています。社会に出れば、もっとあからさまな性差別が横行しています。東京大学もまた、残念ながらその例のひとつです。
 学部においておよそ20%の女子学生比率は、大学院になると修士課程で25%、博士課程で30.7%になります。その先、研究職となると、助教の女性比率は18.2、准教授で11.6、教授職で7.8%と低下します。これは国会議員の女性比率より低い数字です。女性学部長・研究科長は15人のうち1人、歴代総長には女性はいません。」

 古い話ですが 「女子学生亡国論」 が世間をにぎわしたことがありました。
 1960年代前半に女子大生が急激に増えたことにたいして有名大学の有名教授たちが、「女子学生は国をダメにする」 とか、「滅ぼす」 という主張を展開しました。特に文学部では典型でした。そもそも高校卒業して大学への進学率がまだ20%前後の頃です。女子大生は選ばれた人たちでした。

 では卒業したらどうしたのでしょうか。
 わかりやすく今流で、放送局のアナウンサーを例にとります。
 担当させられる番組は、時刻の告知、MCのとなりで出演者を紹介するだけの飾り物、独立したコーナーとして天気予報など。ニュースを読むなどということはとんでもないことでした。さらに男女で定年差別があります。なんと女子アナウンサーは30歳です。
 卒業して就職するに際しても専門的知識は期待されていません。そもそも求人がありません。理由は 「使いにくい」。そのため就職しない者も大勢いました。その一方で、「学歴は花嫁道具の1つ」 ととらえられていたこともあります。
 自立できる職業を探そうとしたときに学校の教師がありました。ただし、教頭・校長に辿り着くことはできません。

 日本においては、1960年代末から70年代にかけて学生運動が活発になりました。「大学解放」 「帝国主義打倒」 などのスローガンを掲げます。主体は “男の闘争” で、無意識のうちに男女の役割分担がありました。
 大学闘争が下降線をたどった頃、このような“体制”への反撃、突き上げとしてフェミニズム、ウーマンリブ運動が登場したように思われます。男性社会への反感もふくめてさまざまな主張がおこなわれましたが、根底にあるのは「女性の能力をちゃんと認めろ」ということでした。

 同じ頃に、3月5日の 「活動報告」 に書きましたが、女性労働者は、定年差別、昇格差別、賃金差別などに対して裁判闘争をたたかって歴史を変えてきました。


「こういうことを研究する学問が40年前に生まれました。女性学という学問です。のちにジェンダー研究と呼ばれるようになりました。私が学生だったころ、女性学という学問はこの世にありませんでした。なかったから、作りました。女性学は大学の外で生まれて、大学の中に参入しました。
 4半世紀前、私が東京大学に赴任したとき、私は文学部で3人目の女性教員でした。そして女性学を教壇で教える立場に立ちました。女性学を始めてみたら、世の中は解かれていない謎だらけでした。どうして男は仕事で女は家事、って決まっているの?主婦ってなあに、何する人?ナプキンやタンポンがなかった時代には、月経用品は何を使っていたの? 日本の歴史に同性愛者はいたの?...誰も調べたことがなかったから、先行研究というものがありません。ですから何をやってもその分野のパイオニア、第1人者になれたのです。
 今日東京大学では、主婦の研究でも、少女マンガの研究でもセクシュアリティの研究でも学位がとれますが、それは私たちが新しい分野に取り組んで、闘ってきたからです。そして私を突き動かしてきたのは、あくことなき好奇心と、社会の不公正に対する怒りでした。
 学問にもベンチャーがあります。衰退していく学問に対して、あたらしく勃興していく学問があります。女性学はベンチャーでした。女性学にかぎらず、環境学、情報学、障害学などさまざまな新しい分野が生まれました。時代の変化がそれを求めたからです。」
 

 東大で最初に女性で教授になったのは文化人類学者で、『タテ社会の人間関係』 (講談社現代新書) の著者でもある中根千枝さんです。
 その中から抜粋します。
「日本人が外に向かって (他人に対して) 自分を社会的に位置づける場合、好んでするのは、資格よりも場を優先することである。記者であるとか、エンジニアであるということよりも、まず、A社、S社のものということである。他人がしりたいことも、A社、S社ということがまず第一であり、それから記者であるか・・・ということである。・・・
 ここで、はっきりいえることは、場、すなわち会社とか大学とかいう枠が、社会的に集団構成、集団認識に大きな役割をもっているということであって、個人のもつ資格事態は第二の問題となってくるということである。・・・
 『会社』 は、個人が一定の契約関係を結んでいる企業体であるという、自己にとって客体としての認識ではなく、私の、またわれわれの会社であって、主体化して認識されている。そして多くの場合、それは自己の社会的存在のすべてであり、全生命のよりどころというようなエモーショナルな要素が濃厚にはいってくる。」
 このような社会に慣らされてきました。
 ただしこのような社会に存在できるのは自分の努力等だけではありません。

 60年末に学生運動が激しく戦われていた頃、「東大生の親からの仕送り額が慶大生を上まわった」 ことがニュースになりました。慶大は “お坊ちゃん大学” の典型でした。
 笑い話ですが本当にあった話です。その慶大における授業料値上げ反対闘争の最中、大学側が 「反対といっていると、慶大の授業料は早大に追い越されますよ」 いうと学生の反対の声は衰退していったといいます。
 親の側にもゆとりが生まれてきていました。親の財力がそのまま若者たちの社会の格差にもつながっていきました。そのなかで若者たちは 「頑張ればなんとかなる」 と自分の夢を実現するためにふんとうしました。


「あなたたちはがんばれば報われる、と思ってここまで来たはずです。ですが、冒頭で不正入試に触れたとおり、がんばってもそれが公正に報われない社会があなたたちを待っています。そしてがんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったこと忘れないようにしてください。
 あなたたちが今日 『がんばったら報われる』 と思えるのは、これまであなたたちの周囲の環境が、あなたたちを励まし、背を押し、手を持ってひきあげ、やりとげたことを評価してほめてくれたからこそです。世の中には、がんばっても報われないひと、がんばろうにもがんばれないひと、がんばりすぎて心と体をこわしたひと...たちがいます。がんばる前から、『しょせんおまえなんか』 『どうせわたしなんて』 とがんばる意欲をくじかれるひとたちもいます。」


 女性労働者は、様々な差別とたたかって女性の地位を向上させてきました。
 しかしその先にあったのは、一方で相変わらず家事、育児を一方的に押し付けながら、男性と同じように頑張れば昇進できるという主張です。女性労働者は納得できないと声を挙げます。
 1998年の労働基準法改正で、限定されていた女性の深夜労働が解禁されました。これで “男並み” の活・昇進ができることを保障されたといわれました。
 しかし本来労働者が要求すべきは 「女性の深夜労働禁止」 の条文を男性労働者にも適用させることでした。そのつけが80年代頃から過労死・過労自殺が増えていきます。
 “男並み” に働けない労働者は、退職し、短時間の非正規労働者になります。
 息苦しい時代になっています。


「あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください。そして強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きてください。女性学を生んだのはフェミニズムという女性運動ですが、フェミニズムはけっして女も男のようにふるまいたいとか、弱者が強者になりたいという思想ではありません。フェミニズムは弱者が弱者のままで尊重されることを求める思想です。」


 大学進学率が50%をこえ頃になると、自分のポジションはおのずから指定されたものになります。なおかつどこにいても不安定です。格差社会であり、不確実性の自大です。

 フェミニズムだけでなく 「弱者が弱者のままで尊重される」 社会は生きやすい社会です。
 新しい門出にたむけられた素晴らしい祝辞です。

 「活動報告」 2019.4.19
 「活動報告」 2019.3.5
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『82年生まれ、キム・ジヨン』
2019/04/19(Fri)
 4月19日 (金)

 韓国で女性差別をテーマにした趙南柱の小説 『82年生まれ、キム・ジヨン』 が110万部売れています。日本でも9万部に達しました。
 主人公は82年生まれということでは、現在なら37歳。ストーリーは、彼女が生まれてから2016年までの生い立ち、体験です。その間の韓国の時代背景、社会状況も知ることができますが、日本とも制度、文化、風土は似ています (3月5日の 「活動報告」 参照)。その時代を象徴するような出来事の個所を抜粋して紹介します。


 幼少時のキム・ジヨンの家族は、祖母、両親、姉、弟との6人です。
「炊き上がったばかりの温かいご飯が父、弟、祖母の順に配膳されるのは当たり前で、形がちゃんといている豆腐や餃子などは弟の口に入り、姉とキム・ジヨン氏はかけらや形の崩れたものを食べるのが当然だった。箸、靴下、下着の上下、学校のかばんや上ばき入れも、弟のものはみんなちゃんと組になっていたり、デザインがそろっていたが、姉とキム・ジヨン氏のはばらばらなのも普通のことだった。・・・実際のところ幼いキム・ジヨン氏は、弟が特別扱いされているとか、うらやましいとか思ったことはなかった。」

 2人続けて女の子が生まれます。
 1980年代は、女だということが医学的な理由でもあるかのように、性の鑑別と女児の堕胎が大ぴらに行われていました。90年代のはじめに性比のアンバランスは頂点に達し、3番目以降の子どもの出生性比は男児が女児の2倍以上でした。
 妊娠がわかったとき母が父に問います。
「『もしも、もしもよ、今おなかにいる子がまた娘だったら、あなたどうする?』
 何をばかな、息子でも娘でも大事に産んで育てるもんだろうと、そう言ってくれるのを待っていたのだが、夫は何も答えない。
『ねえ? どうするのよ?』
 夫は壁の方へ寝返りを打つと、言った。
『そんなこと言っていると本当にそうなるぞ。縁起でもないことを言わないで、さっさと寝ろ』」
 母は1人で病院に行き堕胎します。それは母が選んだことではありません。
 数年後、5歳違いの男児が生まれます。

「キム・ジヨン氏が国民学校に通っていたころ、担任の先生が日記帳に書いてくれた一行のメモをじっと見ていた母が、いきなりこう言ったことがある。
『私も先生になりたかったんだよね』
 お母さんというものはただもうお母さんなだけだと思っていたキム・ジヨン氏は、お母さんが変なことを言っていると思って笑ってしまった。
『ほんとだよ。国民学校のときは、5人きょうだいの中で私がいちばん勉強ができたんだから。上の伯父さんよりできたんだよ』
『それなのに、どうして先生にならなかったの?』
『お金を稼いで兄さんたちを学校の行かせなくちゃいけなかったから。みんなそうだったんだよ。あのころの女の子は、みんなそうやってたの』」

 中学生になってからです。
「その日、父は帰宅が遅くなる予定で、ごはんが中途半端に余っていたので、母は夕食にラーメンを3袋煮てごはんを入れて食べることにした。食卓にラーメンの大きな鍋と汁椀が4個並ぶや否や、弟が自分の器に麺をごっそりさらっていき、キム・ウニョン (キム・ジヨンの姉) 氏が弟にゲンコツを見舞った。
『あんた1人でこんなにいっぱい食べたら私たちはどうなんのよ。それに、まず、お母さんが盛るのを待っていなきゃだめでしょう』
 キム・ウニョン氏は母の器に、麺とスープとかき卵をいっぱいに入れ、弟の器から麺の半分を自分の器に移した。キム・ウニョン氏はキーッとなって叫んだ。
『お母さん! 自分で食べてよ!・・・』
 ・・・
 キム・ウニョン氏が弟をにらむと、母は弟の髪を撫でながら言った。
『まだ小さいじゃないか』
『どこが小さいの?・・・』
『だって、末っ子じゃないか』
『末っ子だからじゃないでしょ、男の子だからでしょ!』」


 高校生になり、予備校の特別講義にも通っていました。
 バスでの帰宅途中、予備校で同じクラスの男子生徒がつきまとってきます。
 自宅近くのバス停で降りると男子生徒もついてきます。降りたのは2人だけです。
 出発したバスが停まると、さっきのあの (バスの中で不信に思い声をかけてくれた) 女性が降りてきて叫びます。
「ななた! そこのあなた! 忘れものよ!」
 彼女が自分の首に巻いていた、ぱっと見にも高校生のものとは絶対に思えないスカーフを振りかざしながら走ってくると、男子生徒は 「このクソアマ」 と悪態をついて大股で行ってしまいます。
 そこに、バスのなかから携帯で迎えを頼んだ父親が到着します。

 家に着くとキム・ジヨンは父親からひどく叱られます。何でそんなに遠くの予備校に行くんだ、何で誰とでも口をきくんだ、何でスカートがそんなに短いんだ。気をつけろ、服装をちゃんとしろ、たちふるまいを正せ、危ない道、危ない時間、危ない人はちゃんと見分けて避けなさい。気づかずに避けられなかったら、それは本人が悪いんだ。
 キム・ジヨンは女性にお礼の電話をします。
「彼女はよかったと言い、それからすぐに、あなたが悪いんじゃないと言ってくれた。世の中にはおかしな男の人がいっぱいいる。自分もいろいろ経験した。でも、おかしいのは彼らの方で、あなたは何も間違ったことはしていないという彼女の言葉を聞いて、キム・ジヨン氏はいきなり泣き出してしまった。ぐずぐずと涙をのみ込み、何も答えられずにいるキム・ジヨン氏に、電話の向こうから彼女は付け加えた。
『でもね、世の中にはいい男の人の方が多いのよ』」


 1999年、「男女差別禁止及び救済に関する法律」 が制定されます。
 そして2001年、女性の地位向上、家族の健康福祉、多文化家族の支援、児童・青少年の育成・福祉・保護などを管轄する行政機関 「女性家族部」 が発足します。
「だが、決定的な瞬間になると 『女』 というレッテルがさっと飛び出してきて、視線をさえぎり、伸ばした手をひっつかんで進行方向を変えさせてしまう。それで女子はなおさら混乱し、うろたえる。」


 キム・ジヨンは大学に入学します。
 数人の友人たちと勉強会を開催し、就活情報を共有します。その中の1人はかなり悲観的です。キム・ジヨンよりも単位をいっぱい取り、TOEICの点数も高く、コンピュータ活用能力やワープロ技術など就職に必須の資格も持っていました。
 しかし大企業どころか、月給がまともに出るかどうか疑わしいような企業に入るのだって難しいと言います。
「『どうして?』
『だって私たちはSKY (ソウル大学、高麗大学、延世大学の頭文字。一流大学の意味) じゃないもん』
『でも就職説明会のときに来てた先輩たち、見たでしょ。うちの学校からも、いい会社にいっぱい行っているよ』
『それ、みんな男じゃない。あんた、女の先輩を何人見た?』
 ハッとした。・・・少なくともキム・ジヨン氏が行った行事には女性の先輩はいなかった。」


「2005年、大企業50社の人事担当者に行ったアンケートでは、『同じ条件なら男性の志願者を選ぶ』 と答えた人が44パーセントあり、残りの56パーセントは 『男女を問わない』 と答えたが、『女性を選ぶ』 と答えた人は1人もいなかった。」


 彼女は先輩の話をしました。
「その先輩はずっと学部の首席で、外国語の成績も良く、受賞歴、インターシップの経歴、資格、サークル活動やボランティアまで、スペックはもれなくそろっていたそうだ。彼女には絶対に入りたい企業があったのだが、その企業の学科推薦枠に男子学生4人が推薦されて面接を受けたことを後で知った。面接で落ちた学生が愚痴を言ったことからわかったのだ。先輩は指導教授に、推薦基準を教えてほしい、納得できる理由がない場合は公に問題にすると強く抗議し、何人かの教授を経由して学科長とも面談したという。その過程で教授たちは、企業が男子学生をほしそうな様子だったからとか、それは軍隊に行ってきたことへの補償なんだとか、男子学生はこれから一つの家庭の家長になるんだからとか、先輩としては理解に苦しむ説明を持ち出したが、中でもいちばん絶望的だったのは学科長の答えだった。
『女があんまり賢いと会社でも持て余すんだよ。今だってそうですよ。あなたがどれだけ、私たちを困らせているか』」
 ここで争っても無意味だと思った先輩は抗議を止めます。

 彼女の先輩は就職しますが6カ月くらいで辞めます。
「ある日、改めてオフィスを見回したら、部長クラス以上には女性がほとんどいなかったんだって。それと、社内食堂でお昼を食べていたら妊婦さんがいたので、この会社は育児休暇は何年ですかって聞いたら、同じテーブルにいた課長も5人の社員も全員、そんな人見たことがないからわからないと答えたんですって。――ここでは十数年後の自分が想像できないと思った先輩が悩んだ末に辞表を出すと、これだから女はダメなんだという皮肉が返ってきたそうだ。先輩は、女性職員への対応があんまりだからですよと答えたという。」


「出産した女性勤労者の育児休暇取得率は、2003年に20パーセント、2009年には半分を超えたものの、依然として10人中4人は育児休暇なしで働いている。もちろんそれ以前に、結婚、妊娠、出産の過程で辞めてしまったため、育児休暇の統計サンプルに入っていない女性も多い。また、2006年に10.22パーセントだった女性管理職の比率は、粘り強く、しかしわずかずつ増加して2014年には18.37パーセントになった。だが、まだ10人中2人にもならない。」


 キム・ジヨンはことごとく就職試験に落とされます。面接試験に残っても試験官からセクハラ発言を浴びせられた後落とされます。
 社員50人くらいの公告業界としてはそれなりの規模の会社に就職します。
 オフィスの雰囲気はよかったです。だが、仕事量は多く、手当がつかない土日の業務も多くありました。毎日全員にコーヒーをいれます。
「ある日報告書に目を通した課長が、キム・ジヨン氏を会議室に呼んだ。
 キム・ウンシル課長は、4人いる課長の中で唯一の女性だった。小学生の娘が1人おり、実のお母さんと一緒に住んでいるので子育てと家事は完全に母親に任せ、本人は仕事だけしていたという。・・・
 課長は報告書のファイルを返して、ほめてくれた。・・・
『それと、これからは私にコーヒーを入れてくれなくていいですよ。食堂でお箸を並べるのや、私が食べた後の器を片づけるのもね』
『よけいなことだったでしょうか。すみません』
『そうじゃなくて、それはキム・ジヨンさんの仕事じゃないからよ。これは新人が入るたびに感じてきたことなんだけど、今までもずっと、だれも頼んでないのにいちばん年下の女性が細かい面倒な仕事は全部やってきたのよね、男性はやらないのに。いくら年下の新入社員でも、やれといわれていない以上やらなくていいのよ。どうして女性社員が自分から進んでやるようになるのかなあ』
 ・・・
 キム・ウンシル課長は、女はだめだと言われないように、会食の席でも最後まで残り、残業や出張も自分から買って出て、出産後も1カ月で復帰した。初めはそれが誇りだったが、女性の同僚や後輩が会社を辞めるたびに心中複雑で、最近は申し訳ないと思っているそうだ。・・・
 管理職になったときはときにはまず、不要な食事会やレクレーション、ワークショップなどの行事をなくし、男女を問わず出産休暇と育児休暇を保障した。後輩が会社創立以来初の育児休業を終えて1年後に復帰したとき、そのデスクにお祝いの花束を置きながら覚えた感動は、忘れられないという。
『それは、どなたなんですか?』
『何か月か前に辞めたのよ』
 残業と土日出勤までは、課長にもどうすることもできなかったのだ。」


「大韓民国はOECD加盟国の中で男女の賃金格差が最も大きい国である。2014年の統計によれな、男性の賃金を100万ウォンとしたとき、OECDの平均では女性の賃金は84万4000ウォンであり、韓国の女性の賃金は63万3000ウォンだった。また、英国の 『エコノミスト』 誌が発表した 『ガラスの天井指数』 でも、韓国は調査国のうち最下位を記録し、最も女性が働きづらい国に選ばれた。」


 キム・ジヨンが結婚し、妊娠した時、夫婦のどちらか1人が会社を辞めて子どもの世話をするしかないという結論になります。キム・ジヨンが辞めることになります。
 夫がいいます。
「『子どもがちょっと大きくなったら短時間のお手伝いさんに来てもらえばいいし、保育園にも入れよう。それまで君は勉強したり、他の仕事を探してみればいいよ。この機会に新しい仕事を始めることだってできるじゃないか。僕が手伝うよ』
 夫は本心からそう言い、それが本心であることはよくわかっていたけれど、キム・ジヨン氏はかっとなった。
『その 「手伝う」 っての、ちょっとやめてくれる? 家事も手伝う? 私が働くのも手伝うって、なによそれ。この家はあなたの家でしょ? あなたの家事でしょ? 子どもだってあなたの子じゃないの? それに、私が働いたらそのお金は私一人が使うとでも思ってんの? どうして他人に施しをするみたいな言い方するの?』」


「キム・ジヨン氏が会社を辞めた2014年、大韓民国の既婚女性5人のうち1人が、結婚・妊娠・出産・幼い子どもの育児と教育のために職場を離れた。」


 キム・ジヨンが辞めた後、会社の女性トイレで盗撮カメラが仕掛けられていたことが発覚します。写真はアダルトサイトにアップされ、男性社員もシェアしていました。女性社員の追及に社長は隠蔽しようとします。「こんなことが知れ渡ったら会社がどうなると思う、男性社員にもみんな家庭があり両親がいるのに、人の人生を台無しにしたらすっきりするのか。君たちにしたって、写真が出回ったことが噂になったら、良いことはないじゃないか」。
 女性社員たちは辞めたり、神経科に通院したりしています。
 キム・ジヨンにそのことを報告した女性社員がいいます。
「『だって取り調べを受けた男性社員が私たちに、あんまりだって言うのよ。自分たちがカメラを仕掛けたわけでもないし、写真を撮ったわけでもないのに、だれでも見られるサイトにアップされた写真をちょっと見ただけで性犯罪者に仕立て上げようとしているって言うの。だけどあの人たち、写真をシェアしたんだよ。犯罪を幇助したんだよ? なのにそれが悪いことだとも思っていないのよ。ほんとに、なーんにも考えていないんだから』
 ・・・
 加害者が小さなものを1つでも失うことを恐れて戦々恐々としている間に、被害者はすべてを失う覚悟をしなくてはならないのだ。」

 キム・ジヨンが子どもと一緒に公園のベンチでコーヒーを飲んでいると、近くからの声が聞こえます。
「そのときベンチに座っていた1人の男性がキム・ジヨン氏をじろっと見て、仲間に何か言った。正確には聞き取れなかったが、途切れ途切れの会話が聞こえてきた。俺も旦那の稼ぎでコーヒー飲んでぶらぶらしたいよなあ…ママ虫 (家事もろくにせず遊びまわる、害虫のような母親いう意味のネットスラング) もいいご身分だよな…韓国の女なんかと結婚するもんじゃないぜ…。
 キム・ジヨン氏は熱いコーヒーを手の甲にこぼしてしまった。そして急いで公園を抜け出した。・・・」

「その後、キム・ジヨン氏はときどき別人になった。生きている人にもなったし、死んだ人にもなったが、それはどちらもキム・ジヨン氏の身近な女性だった。どう見ても、いたずらをしているとか人をだまそうとしているようではなかった。ほんとうに完璧に、まるっきり、その人になっていたのである。」


 解説です
「(キム・ジヨンの母親の) バイタリティーは、たとえばパートで家計を支える日本女性とはスケールが違う。いざという時のために隠し不動産をもち、コツコツ投資でお金を増やし、さらに頼母子講という女同士の扶助組織もある。小説にもIMF通貨危機の話が登場するが、あの時も女性たちが本当に頑張った。
 女だからと差別され、常に社会の中心から疎外され、周囲に追いやられていた。ところが、その中心が崩れてしまった時、社会は女性たちに頼るしかなかった。茫然自失となった男たちに代わり、家族の危機を救い、国家の危機を救った。
 数字に表れない女性たちの頑張りは、もっと、もっと評価されるべきだろう。『天の半分』 は中国の言葉だが、韓国の場合はそれ以上ではないか。」
「ちょうどこの解説を書きはじめた頃、東京医大での入試差別事件 (男子学生だけ一律加点したというもの) が発覚し、日本の女性たちの多くが足元が崩れ落ちるようなショックを受けた。怒りと情けなさの中で思ったのは、韓国なら即時に2万人の集会が開かれているだろうということだ。」

 訳者あとがきです。
「・・・さて、まだ決定的な診断がついていないとおぼしきキム・ジヨン氏の今後はどうなるのだろうか。原書に解説を寄せたキム・コヨンジュ (女性学専攻) は、キム・ジヨンは回復しうるのか (=自分自身を取り戻すことができるのか) という問いに対し、『彼女1人で解決できないことは明らかだ』 とし、この本を読んだすべての人がともに考え、悩むことからすべては始まるだろうと示唆している。訳者としてもこれにつけ加える言葉はない。・・・」

 「活動報告」 2019.3.5
 「活動報告」 2019.2.8
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非正規公務員 全国で64万人  その処遇は?
2019/04/16(Tue)
 4月16日 (火)

 4月4日の朝日新聞に 「公務員 進む非正規化 93自治体で5割超 人件費抑制」 の見出し記事が載りました。
 総務省がおこなった16年4月1日時点の 「地方公務員の臨時・非常勤職員に関する実態調査」 では64万3000人におよんでいます。06年の調査の約45万6000人から4割増えています。93の自治体で全体の5割を超え、現場は 「5人に1人が非正規」 です。
 団体区分別では、都道府県約14万人、指定都市約6万人、市区約36万人、町村約7万人です。
 主な職種別では、事務補助職員約10万人、教員・講師約9万人、保育所保育士約6万人、給食調理員約4万人、図書館職員約2万人となっています。住民がいろいろな手続き、相談をする窓口、そして直接接する職種などの 「住民サービス」 を担当する部署で増えています。
 任用根拠別では、 特別職非常勤職員約22万人、一般職非常勤職員約17万人、臨時的任用職員約26万人です。性別では、女性が約48万人で、臨時・ 非常勤職員の74.8%です。

 「女性の活躍推進」 が叫ばれている時代に、女性が低賃金の非正規労働という構造が推進されています。しかも任用 (雇用契約) においては、現在、法的に民間のような更新は認められていません。「官製ワーキングプア」 です。「官吏」 とそれ以外では大きな格差が存在し、拡大していっています。


 地方自治総合研究所が総務省に情報公開請求をして自治体ごとに集計したら、長崎県佐々町で全職員の66.0%を占めていました。沖縄県宜野座村65.8%、北海道厚真町64.4%と続き、5割を超す自治体は93におよびました。08年の調査では17でした。
 長崎県佐々町は佐世保のベッドタウンとして人口が増え続けています。4年前の同じ調査と比べると正規職員の数はほぼ変わりませんが非正規職員は31人増えています。おもに看護師、介護士、保育士という専門職です。

 総務大臣は記者会見で、非正規公務員が増大している理由として、教員の大量退職に対する補完をあげました。学校現場でも非正規教員が増えています。いうなれば正規教員が退職したら非正規教員に切り換えるということです。少子化が進むなかで確かに長期的任用 (雇用) 維持が難しいという問題はありますが、事態はその想定をかなり上回っています。


 非正規職員が増えた背景には国が進めた行財政改革があります。05年の 「集中改革プラン」 は、無駄が多いと世論を煽り、公務員の人件費を抑制するため、地方自治体に5年間で6.4%の職員を削減するよう要請しました。要請は自治体の事情を鑑みない数字の強制です。その結果正規職員は約23万人減少しました。長時間・過重労働が増え、そして人件費を抑制する方法として低賃金の非正規職員を増やし続けました。
 住民は、政府が煽った世論に乗せられ一方で、それまでとおなしサービスを要求しました。

 このようななかで具体的にどのようなことが起きたでしょうか。
 11年の東日本大震災では被災地の自治体自体も大きな被害がでました。職員が削減されたなかで犠牲者も出ました。自らが被災者でもありながら住民の救援活動に奔走しました。それまでの日常業務においてもゆとりがない状況で業務が増大しました。そのなかで連日長時間労働をしいられました。しかし住民からは対応が遅いと叱責されます。
 全国の自治体からも応援職員がきました。しかし派遣する自治体においてもゆとりがありません。この状況は今も続いています。
 各地で災害が発生しています。被災地・被災者の救援は自治体職員抜きにはあり得ません。国は公務員のあり方を見直す必要があります。そして人件費を抑制する政策を撤回し、各自治体にゆとりを保証する必要があります。そうしないと被災者は棄民化します。


 現在の非正規公務員は公務員法の適用対象にはなっていません。かといって労働基準法の適用対象にもなっていません。法的にどこからも保護されない谷間に存在する “労働者” です。処遇がよくない、しかも任用 (雇用) が安定しない状況では人員不足が発生しています。
 そのため、国は17年に地方公務員法等を改正し、非正規職員の処遇改善のため雇用形態を 「会計年度任用職員」 と改め20年度から施行します。
「法律上、一般職の非常勤職員の任用等に関する制度が不明確であることから、一般職の非常勤職員である 『会計年度任用職員』 に関する規定を設け、その採用方法や任期等を明確化する。」
「会計年度任用職員について、期末手当の支給が可能となるよう、給付に 関する規定を整備する」
 ボーナスや退職金などの手当も支払うことができるよう処遇改善するといいます。民間の 「同一労働同一賃金」 の動きを追いかけたものですが、どの程度の処遇改善になるかは自治体の条例で定めるのでどの程度になるかはわかりません。


 自治体で働く労働者はすべて正規の公務員でなければならないということではありません。現実には、各部署で委託をうけた民間の労働者、派遣労働者なども働いています。しかし処遇において大きな格差があります。委託契約がいつ解約されるか予測できません。民間より無慈悲です。
 正規職員としての任用・雇用でなくとも、雇用、賃金等の処遇、業務の遂行方法・指示などにおいては正規職員と差のない 「均等」 「同一労働同一賃金」 を保障すべきです。


 16年6月21日の 「活動報告」 の部分再録です。
 「季刊労働法」 16年春季号は、研究論文 「ドイツ・官吏の勤務評価」 を載せています。
 ドイツでの官吏は、日本での上級公務員や監獄、警察署、消防署および守衛などのスタッフのことを言います。公法上の任用関係にあり重要労働条件は議会で決定され、公法上の任用関係にあります。ストライキ権は認められていません。
 それ以外の職員や現業労働者などの公務被用者は自治体と司法上の労働契約関係にあります

 日本では、1885年 (明治18年) に伊藤博文が内閣制度を定めて内閣総理大臣に就任するときにドイツ・フランスを真似た官吏制度をつくります。1886年 (明治19年) に帝国大学令を定めて東京大学を帝国大学とし、官吏養成機関とします。
 旧憲法下では、天皇の大権に基づき任官され公務の担任を命ぜられた公法上の関係にある高等官と判任官をさしました。民法上の契約により国務に就いた雇員・傭人とは区別されていました。
 地方公共団体において公務に従事し官吏に相当する者は公吏と呼ばれていました。官吏は人びとの上に存在します。
 戦後は、国家公務員全体を官吏と呼んでいます。
 日本国憲法は、公務員を 「全体の奉仕者」 と位置付けています。

 ドイツの官吏の勤務評価についてです。
 成績主義は伝統的官吏の人事運用原則の1つでもっぱら採用と昇進で利用されてきましたが給与制度でも適用可能です。1997年に初めて成績給と業績給が導入され、導入されました。
 業績給は、卓越した特別な個人の業績対して支給されます。最長1年の手当です。

 人事制度は、使用者と公務員代表が協議して合意します。合意不成立時には使用者側が単独で決めます。昇進での判断材料や人材育成、適正な配置、動機付け等に利用されます。評価時期は、遅くても3年ごとに、または勤務上ないし個人的事情が評価を必要とする時は行なわれます。最多は3年ごとです。
 評価指標は、適正、能力および専門的な業績です。相対評価か絶対評価については、定期評価では各人ごとに絶対評価です。ただし、臨時評価では、たとえば昇進では1人の募集に対する応募者ごとに選抜する相対評価です。専門的業績は、とくに作業結果、実際の作業方法、作業行動について、上司である場合にはさらに指導方法について評価されます。
 勤務評価は、統一的な評価基準にもとづいて、通常2人以上から行なわれます。詳細は上級勤務官庁が評価指針で定めます
評価される俸給グループおよび役職レベルの官吏の比率は、最上級得点10%、次に高い得点で20%を超えないものとします。
本人への開示、評価懇談は開示されます。人材育成目的を達成するためには、本人に改善すべき点を認識してもらう必要があるからです。人材育成措置には、例えば、1、勤務上の資格向上、2、官吏職の人材育成、3、協力懇談、4、勤務評価、5、目標協定、などです。
 勤務評価は、官吏に言葉の完全な意味で開示され告げられます。開示は文書によって行われ、評価は人事記録に残されます。
評価ラウンドの結果は被評価者に点数リストの形式を含む適切な方法で知らされます。

 勤務評価の目的は、1、人選、職業的昇進、3、最適の配置の保障 (配置目的)、4、動機付け目的、5、喚起目的、が挙げられています。
 業績給支給の目的は、1、行政における近代化過程の支援、2、生産性ないし行政サービスの質の改善、3、人事指導の改善、4、顧客指向および市民指向の改善、を誘導し動機づけることです。

 人事評価における日本の上級国家公務員にあたる官吏と、公務員にあたる公務被用者の違いです。
 官吏は、業績給支給のためではなく、人事決定、人材育成が目的です。公務被用者は協約上の業績給支給のためです。
 官吏は、評価方法で目標協定の利用がごく一部です。
 評価指標は、「公共へのサービス」 は共通しますが比重は官吏の方が高いです。


 日本がドイツ・フランスの官吏制度を取り入れてから100年以上が過ぎました。人事評価制度から見てもあまりにも大きな違いが生じています。ドイツは政府機構を推進するスタッフの組織ですが、日本は官僚制度の維持と人脈につながる制度に変えられました。評価の基準はお上への “迎合”、気に入られる傾向が強くなっています。
 ドイツでは公務被用者は自治体と司法上の労働契約関係にありますが、日本では地方公務員も任用です。地方公務員を含めて官吏の意識をもって官僚制度を維持するシステムに組させられて人びとを管理・支配側に位置し、その思考になってしまっています。「全体の奉仕者」 ではありません。そしてそこに “心地よさ” と安住を感じて積極的に受け入れています。
 安住をより安住にするためには不安定任用 (雇用) の労働者の存在が不可欠です。

 「活動報告」 2019.3.9
 「活動報告」 2016.6.21
 「活動報告」 2013.11.29
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トヨタの労使関係は釣り堀の釣り人と魚
2019/04/12(Fri)
 4月12日 (金)

 トヨタのインターネット広報誌 『トヨタイムズ』 には、すべてではないのでしょうが、労働組合との団体交渉の映像と議事録が載っています。親切な使用者というよりは、団体交渉は “トヨタイムズ” の洗脳の場です。そして広報誌は労組員への会社からの情報提供です。
 トヨタは昨年度これまで最高の利益を作り出しました。しかし昨年、「ベア」 を非公表としました。そして 「CASE」 (Connected、Autonomous、Shared、Electric と呼ばれる社会変化・技術変化の背景にある現象) を持ち出して自動車業界は100年に1度の大変革期と言われ 『生きるか死ぬか』 の危機に直面していると説明し、組合員を説得 (洗脳、恫喝) し続けます。
 『トヨタイムズ』 から春闘交渉の様子を紹介します。


 2月13日、トヨタ自動車労働組合は会社に対し、賃金・賞与 (ボーナス) についての要求申し入れを行いました。
 要求は、昨年の会社の回答方法と同じように、ベアや定期昇給、手当を合わせた総額で 「賃金引き上げ・人への投資を合わせて、全組合員一人平均で1万2000円を要求する」 、年間一時金は昨年より0.1か月分多い 「年6.7か月分」 です。

 申し入れにあたっての労働組合委員長の発言です。
「組合員の困りごとを “人への投資” として要求し、誰一人欠ける事なく、職場で働く全ての人が成長し役割を発揮できる環境を作り上げられるよう、労使協議会の中で議論をしていきたいと考える。加えて、トヨタグループが一体となって難局を乗り越えていけるように、オールトヨタの競争力強化に向けて何が出来るのかについても議論をしていきたい
 会社側寺師副社長の発言です。
「トヨタの労使協議会の特徴は、いかに会社を良くしていくか、 競争力を強化していくかを労使で真剣に話し合うこと。したがって、賃金や賞与の具体的な金額についての議論は、ギリギリまでしない。このスタンスは、従来から変わらないが、昨年から労使で大きく変えてきたことがある。それは、もっと本気で、本音の話し合いを追及すること。双方の話し合いを労使協議会限りにせず、月に1回、会社役員が執行部や職場役員、約700名と直接話し合う機会を新たに設けた。直近の話題を副社長が説明し、質疑も行う。また工場や職場など、現場に近い所での話し合いは、その場で意思決定できる役員 (副社長など) が参加し、その場で解決できるものは決めていく。」

 第1回の労使協議会は2月20日に開催されました。
 豊田社長の冒頭発言です。
「もっと頑張りたいが壁がある。こんなことに困っているが自分達ではどうにもできない。ということを率直に会社にぶつけて欲しいと思います」
 豊田は常々、労使協議会における“自らの立ち位置”を「行司役」と話しています。会社の最高責任をそう位置付けること自体、労使協調・団体交渉の体をなしていません。屈服姿勢そのものです。
 組合委員長の発言です。
「昨年の労使協議会では、組合としても変革を宣言し、以降、職場の声も交えながら、労使でコミュニケーションスタイルを変えてきた。(役員との労使拡大懇談会など) やり方を変える事について、個人的には大きな不安を感じていた。組合の先輩達からは、『会社と組合の間には、一定の距離感、あるいはいい意味での緊張関係が必要であり、それがあるからこそ、組合も会社に対して必要な時に必要な事を言う事ができる』 と伺ってきた。しかし、会社のおかれた 『生きるか死ぬか』 の環境のもとで、労使、本音のコミュニケーションをより職場に近い所で行っていくことが、今こそ必要と考え、労使のコミュニケーションスタイルを変える決断をした」

 社長の発言です。
「本年1月、20年ぶりに、基幹職以上の人事制度を見直した。ここに込めた私の想いを一言で申し上げると、『偉くなる』 という概念を無くしたいということ。トヨタには、『何かになりたい』 と言う人は多いが、『何かをやりたい』 という人が少ないと感じている。・・・もっと頑張りたいが、壁がある、こんなことに困っているが、自分達だけではどうにもできない、ということを、率直に、会社にぶつけてほしい。労使それぞれが、『わからないことは、わからない』 と言い合えるくらい、本音で話し合うことで、そのもやもやが、『こういうことなんだ!』 と、腹落ちできるようになればと考えている」

 この後、約1時間半をかけて、現場の “改善点” が話し合われました。
 引きついだ寺師副社長の発言です。
「100年に一度の大変革期、勝つか負けるかではなく生きるか死ぬかの緊迫感が、自分事として腹落ちしておらず、組合も会社もどこかで 『トヨタは大丈夫ではないか』 との思っているのではないか。CASE (という環境下で)、一つの部品をとっても、今は自覚症状がないというところが、私たちにとってウィークポイントではないか。」
 組合委員長です。
「トヨタのみならず、オールトヨタが生きるか死ぬかの状況の中で、グループの力を結集していくことについては、労使でしっかり取り組んでいきたいと思っているが、組合員の中には 『自分を育ててくれたトヨタという会社が大好きだ』 との想いから、なかなか気持ちを切り替える事が難しく、葛藤しているメンバーがいるのも事実。会社としても見守っていただきたい」

 組合は、「これまで陽が当たりにくかったメンバーが活躍するための課題」 として、4つの具体例を伝えました。
 副社長の発言です。
「総論じゃなくて、頑張っている人が報われるという会社にしていきましょうよ。元々トヨタってそういう会社ですから」
 最後に組合委員長は、この話し合いをしっかりと社内に伝えていくことの大切さを訴えました。

 2月27日、2回目の話し合いが行われました。豊田社長は欠席です。
 河合副社長のまだまだ会社全体に危機感が伝わっていないと感じたという厳しいコメントから始まりました。
「第1回の内容について、『組合要求に対する受け止めがなかった』、『これでは、労使協議会ではなく労使懇談会ではないか』 といった思いを持ったかもしれない。しかし、あえて厳しいことを申しあげると、こうした感覚こそが、前回、寺師副社長のコメントにもあった 『どこかで、トヨタは大丈夫なんじゃないかと思っている』 という自覚症状の無さに他ならないと思う。今こそ、労使が同じ方向を向いて、どうやって生き残っていくのか、そのための話し合いが必要だ」

 組合から 「プロ」 人材の育成に関して、具体的な悩みについて語りました。
「自業務の専門性を高める前提は、与えられている業務を一人前にしっかりできるということ。現時点では、まだまだ足りていない、着実に伸ばしていかなければならない課題だと認識している。その上で専門性を高めていくことも重要。組合員の中には、上司との面談の場で、(キャリアの) 話をしても具体的なフィードバックがもらえない。職場の中に、明確にこれがプロだというものがなく、自分がどういう方向で成長していけばいいのかわからないといった不安の声がある」
 複数の副社長が見解を述べました。

 組合の側からは、技能系職場においては、全てのメンバーが成長を続けるための課題について、現場の率直な声が伝えられました。
「生産現場のベテランメンバーからは、定年まで一人工 (いちにんく・ラインで一人分の作業を行うこと) として働き続けることに、体力面で不安があるとの声もある」
「近年、求められる役割が増えている中、メンバーの育成にも懸命に取り組んでいるTL (チームリーダー) の働きに報いていただきたい。処遇の面でも後押ししていただきたいという想いから、TL手当の引き上げを要求する」などなど。

 トヨタは、2016年4月に組織の大幅な見直しを行いました。すべての仕事を「もっといいクルマづくり」とそれを支える 「人材育成」 につなげていくことを目的に、機能軸の組織を見直し製品軸のカンパニーを設置したのだそうです。
 ただ、組合からはカンパニー制の本来の目的と現実との間にギャップがあるのでは、という実情が伝えられました。
 この日の労使交渉では、関係各社の組合員がから 『本当に言っても大丈夫だろうか』 と心配して慎重に言葉を選びながら、「トヨタの意識・仕事の進め方」 に対する率直な声も伝えられました。
 最後に、組合から賃金・一時金に対する会社の考え方を求める声が挙がりました。
「これまでの議論で、従来以上に率直に、我々から生の声で、色々な課題意識を投げかけ、会社にもしっかりと受け止めていただけた。一方で、我々の要求のうち、全員に配分される賃金の改善分、また一時金について、まだ議論に至っていない。」

 上田執行役員です。
「トヨタの賃金水準が、他社と比べて極めて優位性のある水準だということは、組合員の皆さんにもすでにご理解いただいている。この極めて高い賃金水準を、これからも維持し、日本でのモノづくりを守る、雇用をしっかり守っていくためにも、賃金は全員一律の賃上げよりも、トヨタ固有の課題を解決することこそが、競争力、生産性の向上、さらなる労働条件の向上につながっていくと思う。学歴や職種の壁を無くし、『トヨタでこれがやりたい』 と思い続ける人を増やし、プロを目指して成長し続ける人が、評価される、報われるという環境整備を2~3年かけて、皆さんと一緒にやっていきたい」
「賞与について。トヨタの水準は突出して高い。・・・仮に、個人で金額が上がる場合には、従来のように一律のルールで配分するのではなく、プロとして成長し続ける人、オールトヨタの競争力のために、より貢献した人に報いるような賞与のあり方を、今後検討していきたい。」
 組合委員長です。
「賃金、一時金については、会社発言についてもう少し理解を深めたいので、次回も議論したい。これまでの話し合いを踏まえ、すべての職場でしっかり議論し、その内容を次回お伝えしたい」


 第3回の労使交渉は3月6日に開催されました。
 労使でのやり取りが続く中、組合が職場の声を紹介する映像を見せました。その映像には 「プロの具体像が見えない」 という組合員の声がありました。
「賃金・賞与」について、改めて組合から確認がありました。
 組合の発言です。
「前回、プロを目指して成長し続ける人に報いたいという説明があった。現在の人事制度と、(新たな) 仕組みとの関係について聞きたい。また、見直しは2~3年かけて考えるということだが、今回 (の回答) に向けて考えていることとの区分けを教えてほしい」
「『一律ではなく』 という発言が賃金、一時金についてあった。賃金について、改善分の配分が無い人、ゼロの人、そういう職層があるということであれば、我々はみんなで頑張っていきたいと思っており、一人も欠けることなくやっていきたいというのが組合の姿勢」
 上田執行役員です。
「今まではどちらかというと、人事考課は会社の専権事項として決めていた。今後の見直しにあたっては、評価もどうしていくか、そこが腹に落ちないといけない。工長や組長には (部下に) フィードバックしていただかないといけないので、ぜひ一緒になってやりたい。組合員の皆さんともう一回、今の制度がどうなっているかを棚卸し、変えるべきところを変える、守るべきところを守っていきたい」
 組合の発言です。
「制度を変える時は、制度の納得感、どういう狙いで変えるのか、ということを職場とキャッチボールすることが大事だと思うので、そういうことも含めてやっていきたい。やはり組合としては、賃上げを考える時に、『あなたは関係ない』 とはしたくはない。頑張っていない人、頑張れていない人、頑張りが認められない人も、『一緒に頑張ろうよ』 ということで声を掛けてやっていきたい」

 通常は 「行司役」 の豊田社長がコメントを求められます。
「今の段階で素直な感想を言うと、私は今までずっとこの労使協に出ているが、本音の話し合いは進んだと思う。でも、今回ほど、ものすごく距離感を感じたことはない。こんなに噛み合ってないのかと。赤字の時も、大変な時も、従業員に自分は向き合ってきた。自分は一体何だったのだろう。」
 組合委員長です。
「第1回の労使協において、社長から 『トヨタで働く人は常に変わり成長し続けてほしい。その上で取り組む上での壁だとか困りごとに対して、率直に会社にぶつけてほしい』 と言われた。我々も今回の労使協では、そうしたことを含めて本音の議論をしていきたいと、これまでとは違うスタイルで進めてきた。各職場でも競争力強化に向けて様々な議論を重ねてきた。社長が言う 『本音の議論はできているけどまだまだ』 といった所にギャップはあるが、決してトヨタの置かれた状況を軽く見ている人はいないと思っている。こうした議論はしっかり職場に持ち帰り、展開する。今日も再三言われた 『生きるか死ぬか』 の状況で、会社からは大変強い危機意識を伺った。しっかり組合員と共有してまいりたい」


 3月13日、組合からの賃金・賞与 (ボーナス) の要求に対して、会社から回答がありました。
 回答に先立ち、豊田社長はトヨタグループの原理原則にしている 『豊田綱領』 についての豊田自らの解釈を長々と解説しました。
 「豊田綱領」 とは、トヨタグループの始祖である豊田佐吉の精神を、トヨタ自動車の創業者である豊田喜一郎が中心となって整理、明文化したもので、佐吉の5回目の命日にあたる1935年10月30日に発表されました。
「喜一郎を始め、何もいいところを見ることがなかった先輩たちが、苦労してつないでくれたタスキを、トヨタという会社を、いいところばかり見てきた私たちの代で、終わらせてしまってもいいのか。自動車産業は裾野の広い産業。非常に多くの仲間とステークホルダーの方々に支えられている。そういう意味においても、『トヨタを絶対に死なせるわけにはいかない』。少なくとも、私はそう思っている。そのためには、時流に先んじなければならない」
「今回の労使の話し合いで、私たちは本当に 『家族』 だったのか。皆さんのご家庭のことを考えてみてほしい。家族の相談ごと、会話において、その場で解決できるものがどれだけあるか。少なくとも私の家庭では、すぐに解決できない話ばかり。トヨタの人は、問題が提起されれば、必ず答えを出さないといけないと思い込んでいる気がする」
「『豊田綱領』 が私たちトヨタの原点であるならば、トヨタ生産方式 『TPS』 と 『原価低減、原価のつくりこみ』 は、トヨタに関わる全員が身に付けるべき作法といえる。今回の労使協でのやり取りの中に、私は 『創業の精神』 や、叩き込まれたはずの 『作法』 を感じるとることができなかった。前回、『こんなに距離を感じたことはない』 と申し上げたのは、そういう意味だった
「見えないところで、頑張ってくれている人たちがトヨタにいることを、私も知っている。残念ながら、今回の労使協では、そうした人たちの頑張りや悩みが、ひと言も、聞けなかったような気がしている。組合執行部、職場委員長、そして経営側が、7万人の総意を反映していないのではないか。」
「今お話した想いをご理解の上、回答を聞いていただきたい」

 回答内容
 【賃金】
 ▽「人への投資」も含め、全組合員一人平均 10,700円 とする。(昨年より1000円
  マイナス)
 ▽頑張っている人の頑張りを更に引き出す取り組みについては、以下のとおり。
 (略)
 【賞与】
 ▽本年の賞与は、組合員一人平均 夏120万円とし、冬賞与については、継続協議とし、
  秋に労使協議会をあらためて開催する。
 ▽今回の労使協では、トヨタのおかれている状況についての認識の甘さ、それがゆえに変
  わることが出来ていないことを労使ともに深く反省。
  そうした中で、今の時点では、組合の申し入れにお答えするのは時期尚早ではないかと考
  え、組合要求として固定されている冬賞与を夏に入れ替えさせていただき、夏
  賞与のみの回答とした。
  (略)
 ▽冬賞与については、「生きるか死ぬか」 という会社の置かれた状況を踏まえ、労使と
  もに、ひとり一人が 「何が出来るか」 「何をしなければならないか」 を自ら考え、行動に
  移せているかどうか? 
  その行動が周囲の方々に認められ、トヨタを 「応援しよう」 と思っていただけているかど
  うか、こうした点を確認するために、あらためて、秋に交渉の場を持たせていただくべ
  く、継続協議とした。

 回答を受けた西野委員長からのコメントです。
「賃金においては、業務職(一般職)や期間従業員等に対する賃金課題や人への投資について、前向きな回答をいただいた。今後も、競争力強化に向け頑張っているが壁に阻まれている様々な人たちの声を丁寧に吸上げ、会社と議論をしてまいりたい。」
「また、全員に配分される賃金についても回答をいただけたことは組合の要求に真摯に応えて頂けたということであり、感謝申し上げる。一方、会社から繰り返し示された 『全員一律の賃上げに対する強い問題意識』 については、会社の考えを組合も重く受け止め、今後開催される話し合いに臨んでいく。」
「一時金 (ボーナス) においては、夏の支給が120万円であることや、年間協定が結べず、冬の水準について合意が得られなかったことは、執行部として職場に申し訳ない思いであるが、執行部を含めた組合員一人ひとりの意識や行動が会社の期待値に届いていなかったと受け止めている。」
「一方で、継続協議となったことは、信頼回復のチャンスをいただいたと受け止めており、社長との距離を埋めるための取り組みをしっかり進めていく。」
「最後に、お話しいただいた会社の思いをしっかりと職場に伝えた上で、先程いただいた会社回答を執行部として正式な機関にはかってまいりたい。どうもありがとうございました。」


 トヨタの労使関係は、例えるならば、釣り堀の釣り人と魚といえないでしょうか。


 トヨタ自動車労組は3月28日、評議会を開き、執行部が提案した19春闘の妥結案について採決をとり ました。反対1、保留1の多数で可決しました。トヨタ労組の評議会は、ほとんどが満場一致で、反対が出るのは極めて異例です。

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