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接客業務従事者へのクレーム防止対策は
2018/01/30(Tue)
 1月30日 (火)

 昨年12月21日、連合は 「消費者行動に関する実態調査」 結果を発表しました。
 調査に至る問題意識です。
「接客業において、商品やサービスに瑕疵があった場合、消費者による苦情 (クレーム) や改善要求は健全な消費活動の実現のためにも必要な行為であり、事業者にとっても新商品開発やサービス向上につながる側面もあるため積極的に受け止めるべきものです。しかし近年、暴言などの行き過ぎたクレーム、暴力や長時間拘束などの迷惑行為によって、労働者が精神的なストレスを抱えていることが課題となっており、その対策が求められています。」
 調査は民間調査機関の協力で、2017年11月13日~11月14日の2日間、インターネットリサーチにより実施し、全国の15歳~69歳の男女2,000名 (一般消費者 (接客業務に従事していない人) 1,000名、接客業務従事者1,000名) の有効サンプルを集計しました。

 同じような調査は、UAゼンセン同盟流通部門が、昨年11月16日、「悪質クレーム対策 (迷惑行為) アンケート調査結果 ~サービスする側、受ける側が共に尊重される社会をめざして~」 の速報版を公表しました。(17年11月22日 「活動報告」)
 それに先立ち9月には 『悪質クレームの定義とその対応に関するガイドライン』 を策定し発表しました。(17年10月6日 「活動報告」)
 UAゼンセン同盟流通部門の調査は組織内組合員に対する調査です。
 質問内容は似ていますが、今回の連合の 「消費者行動に関する実態調査」 はゼンセン以外の接客業に従事している労働者も含まれています 


 「消費者行動に関する実態調査」 のなかから見えてきたこととして
 ・消費者からの迷惑行為 接客業務従事者の半数以上が 「受けたことがある」 一般消費者の
  約6割が接客業務従事者への迷惑行為を見聞きした経験あり
 ・他の消費者の迷惑行為 一般消費者の8割以上が 「不愉快」
 ・勤務先で 「迷惑行為に関するマニュアル作成や教育を行っていない」 約6割
 ・消費者の迷惑行為をなくすために必要なこと  1位 「消費者への啓発活動」
などがあげられています。

 そのなかからいくつかを紹介します。
 接客業務従事者が、勤務先で消費者から受けたことがある迷惑行為について聞いています。
 「暴言を吐く」 33.1%が最も多く、「威嚇・脅迫的な態度を取る」 28.5%、「説教など、権威的な態度をとる」 19.2%、 「何回も同じクレーム内容を執拗に繰り返す」 16.7%、「従業員を長時間拘束する」 10.4%が続きます。さらに 「セクハラ行為をする」 3.5%や 「暴力を振るう」 3.3%、「SNS・インターネット上で誹謗中傷する」 2.3%、「土下座を強要する」 1.7%もあります。
 雇用形態別にみると、いずれかの迷惑行為を受けたことがある人の割合は、正規雇用64.3%、非正規雇用55.5%です。
 正規雇用と非正規雇用で差が大きいのは、「暴言を吐く」 が正規雇用37.3%、非正規雇用32.5%、「威嚇・脅迫的な態度を取る」 が正規雇用34.3%、非正規雇用26.2%、「何回も同じクレーム内容を執拗に繰り返す」 が正規雇用20.2%、非正規雇用15.3%などです。

 業種別に、いずれかの迷惑行為を受けたことがある人の割合をみると、「公務」 が最も高く79.4%、次いで 「情報 通信」 69.6%、「運輸・郵便」 66.7%、「金融・保険」 61.9%、「小売」 59.4%、「医療・福祉」 55.4%の順です。
 受けたことがある迷惑行為については、公務は、「暴言を吐く」 58.8%、「威嚇・脅迫的な態度を取る」 55.9%、「説教など、権威的な態度をとる」 38.2%、「何回も同じクレーム内容を執拗に繰り返す」 38.2%、「従業員を長時間拘束する」 32.4%で、いずれも他の業種より高くなりました。
 他の業種で目立つのは、「運輸・郵便」 「情報 通信」 で 「暴言を吐く」 が38.1%、37.0%、「金融・保険」 で 「威嚇・脅迫的な態度を取る」 45.2%、「従業員を長時間拘束する」 16.7%などです。

 迷惑行為を受けたことがある人に、それぞれどのように対応したかを聞いています。
 「暴言」 については、「丁重に謝罪した」 47.4%、「対応できる内容と、できない内容をはっきり説明した」 38.4%、「上司に対応してもらった」 27.8%、「毅然と対応し、応じられない要求は断った」 25.4%、「複数で対応に当たった」 15.4%です。
 「威嚇・脅迫的な態度」 については、「丁重に謝罪した」 44.2%、「対応できる内容と、できない内容をはっきり説明した」 37.5%、「毅然と対応し、応じられない要求は断った」 34.0%、「上司に対応してもらった」 31.6%、「複数で対応に当たった」 16.5%です。
 「説教など、権威的な態度」 については、「丁重に謝罪した」 43.2%、「対応できる内容と、できない内容をはっきり説明した」 41.7%、「上司に対応してもらった」 34.9%、「毅然と対応し、応じられない要求は断った」 34.4%、「複数で対応に当たった」 21.4%です。
 「同じクレームの執拗な繰り返し」 については、「対応できる内容と、できない内容をはっきり説明した」 50.9%、「丁重に謝罪した」 38.9%、「上司に対応してもらった」 34.7%、「毅然と対応し、応じられない要求は断った」 29.9%、「複数で対応に当たった」 20.4%です。
 「従業員の長時間拘束」 については、「対応できる内容と、できない内容をはっきり説明した」 47.1%、「毅然と対応し、応じられない要求は断った」 39.4%、「上司に対応してもらった」 37.5%、「丁重に謝罪した」 33.7%、「複数で対応に当たった」 26.9%です。
 それぞれで対応が違っています。「暴言」 「威嚇・脅迫的な態度」 「説教など、権威的な態度」 では 「丁寧に謝罪した」 が最多ですが、「同じクレームの執拗な繰り返し」 「従業員の長時間拘束」 では 「対応できる内容と、できない内容をはっきり説明した」 が最多です。
 消費者に迎合するだけではない対応をしています。

 消費者から迷惑行為を受けたことがある人に、迷惑行為は解決したかを聞いています。
 「解決した」 と回答した人の割合を迷惑行為別にみると、「金品の要求」 が86.8%、「威嚇・脅迫的な態度」 が84.2%、「暴言」 が83.1%、「説教など、権威的な態度」 が82.%で続きました。他方、「セクハラ行為」 65.7%、「暴力」 63.6%です。
 しかし、解決内容については不明です。

 消費者から迷惑行為を受けたことがある人に、仕事で苦情やクレームを受けた経験は、日常生活に何か影響を及ぼすかと聞いています。
 「自分が消費者として店やサービスを利用するとき、同じようなクレームを言わないように心掛けた」 59.2%、逆に 「自分が消費者として店やサービスを利用するとき、同じようなクレームを言った」 8.3%です。


 接客業務従事者に、勤務先で、消費者の迷惑行為に関するマニュアル作成や教育などが実施されているかどうかを聞いています。
 「実施されている」 が42.9%、「実施されていない」 が57.1%です。
 業種別にみると、実施率が高いのは、「公務」 67.6%、「金融・保険」 59.5%です。続けて 「運輸・郵便」 45.2%、「生活関連サービス・娯楽」 43.4%、「医療・福祉」 42.9%、「情報通信」 41.3%の順です。
 「公務」 は、いずれかの迷惑行為を受けたことがある人の割合が高いですが、それが対応方法にもつながっているのでしょうか。

 勤務先に消費者の迷惑行為に関する悩みを誰に相談できるか聞いています。
 「上司」 54.2%が最も多く、「同僚・部下」 35.0%、「企業内カウンセラー」 5.6%と続きました。「相談で きる人はいない」 が29.4%でした。


 一般消費者に、他の消費者の迷惑行為を見聞きしたことがあるかを聞いています。
 いずれかの迷惑行為を見聞きしたことがある人の割合は58.4%になりました。
 具体的には、「暴言を吐く」 42.5%、「威嚇・脅迫的な態度を取る」 28.1%、「説教など、権威的な態度をとる」 19.1%、「何回も同じクレーム内容を執拗に繰り返す」 15.5%、「従業員を長時間拘束する」 11.9%などです。

 では消費者は、他の消費者が行う迷惑行為に対して、どのように感じているのかを聞きいています。
 「非常に不愉快」 66.9%、「やや不愉快」 17.7%でした。男女別に見ると、「不愉快 (計)」 は男性80.7%、女性88.3%でした。
接客業務従事者に対しても同じ質問を聞いています。
 「非常に不愉快」 68.3%、「やや不愉快」 17.3%でした。男女別に見ると、「不愉快 (計)」 は男性82.9%、女性88.3%でした。一般消費者と同程度の高さです。


 一般消費者に、消費者が店員・係員に対して迷惑行為を行うことは、近年増えていると思うかどうか聞いています。
 「増えている」 は48.9%、「減っている」 28.0%です。
 接客業務従事者にも、同じ質問をしました。
 「増えている」 は 56.4%、「減っている」 27.9%です。

 一般消費者に、消費者の迷惑行為が発生している原因は、どのようなことだと思うか聞きました。
 「消費者のモラルが低下した」 (58.5%) が最も多く、「(店員・係員は) ストレスのはけ口になりやすい」 (41.2%)、「SNS の普及で情報が拡散しやすくなった」 (34.9%)、「サービスに対する消費者の期待が過剰になった」 27.5%、「店頭スタッフやサービス業者の尊厳が低くみられている」 22.2%と続きます。
 接客業務従事者にも同じ質問をしました。
 「消費者のモラルが低下した」 65.7%が最も多く、「(店員・係員は) ストレスのはけ口になりやすい」 46.6%、「サービスに対する消費者の期待が過剰になった」 34.8%、「SNS の普及で情報が拡散しやすくなった」 27.1%、「店頭スタッフやサービス業者の尊厳が低くみられている」 26.7%と続きます。
 接客業務従事者は一般消費者と比べて消費者に問題があると捉えているようです。

 一般消費者に、店員・係員に対する消費者の迷惑行為をなくすためには、どのようなことが必要だと思うかを聞いています。
 「消費者への啓発活動」 が最も多く46.0%でした。続いて 「企業のクレーマー対策の教育」 42.0%、「法律による防止」 36.0%、「企業のマニュアル整備」 26.0%、「対応を円滑にする企業の組織体制の整備」 24.7%の順です。
 接客業務従事者にも同じ質問をしました。
 「消費者への啓発活動」 が最も多く49.5%、「企業のクレーマー対策の教育」 40.6%、「法律による防止」 37.3%、「企業のマニュアル整備」 32.5%、「対応を円滑にする企業の組織体制の整備」 26.7%の順です。
 「企業のマニュアル整備」 は、接客業務従事者の方が5.6%高くなっています。


 一般消費者に、店員・係員が、行き過ぎた苦情・クレームなどによって、うつ病を発症するケースがあることを知っていたかを聞きいています。
 「知っていた」 は 45.1%です。
 接客業務従事者にも、同じ質問をしました。
 「知っていた」 は58.7%です。
 接客業務従事者の方が危機感を持っています。


 今、厚労省は 「職場のパワハラスメント防止対策についての検討会」 を開催しています。
 検討会においては、いわゆる 「第三者からの暴力」 についても討論し、「報告書」 には具体的防止策として 「消費者への啓発活動」 「企業のクレーマー対策の教育」 「法律による防止」 「企業のマニュアル整備」 「対応を円滑にする企業の組織体制の整備」 への取り組みを働きかける内容になることを期待します。

   「活動報告」 2017.11.22
   「活動報告」 2017.10.6
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災害に 〈攻め〉 の姿勢を
2018/01/26(Fri)
 1月26日 (金)

 1月17日、阪神淡路大震から23年を迎えました。
 関東のテレビ各局の現地の追悼集会中継は5時46分を前後してせいぜい2~3分でした。遠い過去の出来事になってしまったのでしょうか。

 1月17日付の神戸新聞を送ってもらいました。1面トップはま 「県の復興借金4386億円」 です。内容を紹介します。
「県は震災半年後の1995年7月、10年間の復旧・復興計画 『兵庫フェンイックス計画』 を策定 『創造的復興』 を掲げてインフラや福祉、防災など多岐にわたる事業を展開し、県の負担は2兆3前億円に上った。うち1兆3千億円を県債発行 (借金) で賄ったが、公債費 (借金返済額) が膨らみ、歳出が歳入を上回る 『収入不足』 を基金 (貯金) や新たな借金で穴埋めした。
 収入不足が1120億円に達した2008年からは、職員の給与や定数削減など11年間の行財政構造改革 (行改) に着手。18年度には、震災後初めて収支不足を解消する見通しだが、震災関連の借金残高は4386億円 (16年度決算)。」
 これが23年たった実情です。

 東日本大震災では、国は11~15年度を東日本の集中復興期間と位置づけ、復旧・復興事業の地元負担を実質ゼロにしました。阪神淡路大震災で被災自治体の財政がひっ迫した教訓が生かされたともいえますが、震災の借金に対する措置を今も求めている兵庫県に国が応える様子はないといいます。

 自民党政権が推し進めた行政改革によって全国の自治体の一般行政職員の総数は、1995年度の約117万人から2017年度には約91万人に減少しています。兵庫県はそのうえに2008年から行政改革を進めています。しかし東日本大震災が発生すると、被災地・被災者の痛みに共感できる分、人と物の支援を他の自治体以上に続けています。
 その状況を総務省が発表している 「東日本大震災に係る地方公務員の派遣状況調査の概要」 から見てみます。
 2017年4月1日時点で全国の自治体から派遣されている職員数は1782人です。内訳は、44都道府県から975人、20指定都市から195人、341の市区町村から612人です。
 さらに都道府県975人の内訳は、兵庫県は82人で、被災県から被災地市町村への派遣を除くとトップです。続いて、神奈川県79人、東京都22人の順です。
 指定都市195人の内訳は、神戸市6人です。
 市区町村612人の内訳です。兵庫県は25市区町村から42人です。東京都の107人、愛知県の60人に続きます。

 2016年に熊本地震が発生し、16年9月1日から17年3月31日までの間に、都道府県から319人、指定都市から120人、市区町村から1027人、合計1466人が派遣されています。しかし細かい内訳は不明です。

 東日本大震災の被災地に対する兵庫県の思いがあらわれています。この傾向は東日本大震災が発生後ずっとそうです。県独自の行革がつづく中にあっても無理をしながら支援を続けています。自分たちの経験を役立てることや、二次被害を最小限にとどめようという思いからでもあります。勝手な行動ではありません。
 職員派遣は総務省が全国の自治体に要請したものでもあり、全国からの派遣状況を見たなら兵庫県は震災関連の借金残高を抱えながらも無理をしている状況は明らかです。国は今からでも何らかの支援を検討してもいいと思われます。

 阪神淡路大震災、東日本大震災の教訓は被災地・被災者だけにとどめずに全国で活かし、第二次被害も含めて 「減災」 を目指していく必要があります。そしてその対策は、被災者だけでなく、救援活動、支援活動に携わる人たちへのフォロー、アフターフォローを含めてです。


 大阪府富田林保健所職員の男性職員は、2011年4月に続けて5月12~16日の予定で岩手県宮古市に派遣され、避難所を巡回する保健師らを車で移送する業務に従事していました。その最中の14日、宿泊先のホテルで頭痛を訴え、くも膜下出血で死亡しました。
 妻は公務災害を地方公務員災害補償基金に申請しましたが 「公務外」 と認定されませんでした。大阪地裁に訴訟しましたが地裁は過酷な勤務とは認めがたいと請求を棄却しました。
 その控訴審判決が17年12月26日、大阪高裁でありました。業務との因果関係を認め、原告側の1審大阪地裁判決を取り消し、公務災害と認定しました。運転業務に従事した時間自体は比較的短いとしながら、余震や津波への恐怖を感じる被災地で 「普段と比較にならないほどの強い精神的緊張を強いられる状況」 と指摘し、男性に高度な負荷がかかっていたとして死亡との因果関係を認めました。

 地方公務員災害補償基金や裁判所は、被災地で被る 「普段と比較にならないほどの強い精神的緊張を強いられる状況」 の精神的負荷を軽視し、労働時間の長短で判断しました。
 被災地で被る精神的負荷を軽視する対応では救援活動、支援活動の二次被害を防ぐことはできません。


 被災地の自治体職員はまだまだ過重労働のなかで頑張っています。
 17年11月8日の河北新報は、「<石巻市> 膨大な復興事業で疲弊 市職員の健康チェック強化」 の見出し記事を載せました。
 宮城県石巻市は、これまでも産業医や臨床心理士の面談で職員をフォローしてきましたが、精神疾患が原因の病気休暇取得者は全職員約2160人のうち2011~16年度に年間32~50人で推移。新たに発症する職員も後を絶たず、労働環境の改善には長時間労働の現状把握の徹底が必要と判断しました。
 時間外の超過時間の目安は、厚生労働省の資料を参考に健康へのリスクが高まる時間を設定。昨年度は時間外が月平均80時間を超えた職員が24人に上り、最長は月113時間でした。16年9月に再開した市立病院や、同年12月に新築移転した夜間急患センターの関係部署など復興事業に携わる職員が目立ちます。
 そのため9月から膨大な復興事業に追われる職員の働き方改革に取り組んでいます。過度な仕事量やストレスから体調を崩す職員が多く、健康状態をチェックする態勢を強化しました。担当者は 「適切な働き方ができるように各職場の意識を高めたい」 と話しています。
 長時間労働をした職員の所属長に報告を求める態勢を構築。時間外勤務が月100時間か2カ月の月平均が80時間を超えた職員が対象で、所属長が 「過度の疲労感」 「睡眠不良」 「精神的なプレッシャー」 の有無など体調や仕事量に関するチェック項目を確認して人事課に提出します。すると全職員のうち9月は16人、10月は13人が該当しました。
 人事課の冨沢成久課長は 「復興事業に関する過度なストレスや、仕事が進まない焦りで休むケースがある。長時間勤務者の体調管理を職場で徹底したい」 と話しています。

 被災地の他の自治体も同じような状況にあるとおもいます。


 もう一度1月17日付の神戸新聞です。神戸新聞社は15年、阪神淡路大震災の教訓と経験を次世代と国内外に発信する 「6つの提言」 を発表しました。災害への備えを 〈守り〉 と捉えず、社会の在り方を見直し、暮らし、生き方を創造する 〈攻め〉 の契機としようとする内容です。6つは、
  市民主体の復興の仕組みを確立する
  防災省の創設
  「防災」 を必修科目に
  住宅の耐震改修義務化を
  地域経済を支える多彩なメニューを
  BOSAIの知恵を世界と共有しよう
です。提言に基づき、被災地の現状と課題を検証しています。その中の 「市民主体の復興の仕組みを確立する」 です。

 ■市民主体の復興の仕組みを確立する
 ボランティア重要性増す
 被災地の復興は市民が主体となって手掛けていくべきだ。この考え方は阪神・淡路大震災後の東日本大震災や熊本地震の被災地でも主流となっている。
 阪神・淡路では、早く市民生活を再建するため、行政主導の再開発やまちづくりが進められた。だが、住民との意思疎通が十分とは言えない状況も生まれた。
 議論を重ねてきたが、23年を経て今なお課題は形を変え、残る。少子高齢化や東京一極集中など新たな課題も加わり、解決への道のりは容易ではない。
 復興の目標は日常を早く取り戻すことだけでなく、より豊かな暮らしを目指し、模索できる環境を整え、実現させていくことだ。
 それには被災者に寄り添う人たちの力が欠かせない。2013年には改正された災害対策基本法に国や自治体とボランティアとの連携推進が記されるようになり、地域で多彩な活動を展開するNPO法人やボランティアグループの存在は、重要性を増している。
 内閣府によると、全国で認証されているNPO法人は約5万2千団体 (昨年11月末時点)。都道府県別では、兵庫県は東京都、神奈川県、大阪府に次いで4番目の数を誇る。阪神・淡路をきっかけに設立された団体が多い一方で、震災から20年以上がたち解散も目立つようになってきた。
 代わりに、台頭しているのが一般社団法人だ。08年以降、NPO法人に比べて設立や報告の手続きが簡単なため急増。最大の課題だった資金集めについても、自由度の高い事業ができるため、活用する市民グループが相次ぎ、現在では1500以上が県内で活動しているといわれる。
 高まる市民力をどう復興に生かしていくのか。官が示した復興の道筋を、民がただたどる時代ではない。市民の声、意見を復興の基軸に。市民主体の復興の理念を根付かせよう。


 災害はいつ襲ってくるかわかりません。全国で災害を 〈守り〉 から 〈攻め〉 へと捉え返し、1次被害も2次被害も減災を目指していく必要があります。

   「活動報告」18.1.16
   「活動報告」17.10.11
  当センター「いじめメンタルヘルス労働者支援センター」ホームページ・ご相談はこちらから
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正義とは
2018/01/23(Tue)
 1月23日 (火)

 新年早々の4日に、大阪市のホームページで公開された 「市民の声」 が、ネット上で話題になっています。タイトルは 「救急隊員の勤務中の行動について」 です。
「11月13日午前6時50分くらいに浪速区内の病院に大阪市の救急車で来られた隊員の男性三名の方が病院に搬送後、数メートル離れた自販機で飲み物を三名とも購入されていました。
 これまでに幾度となく様々な救急隊員の方を見かけましたが、このような行動をされているのをはじめて見ました。
 その後、救急車の中でその飲み物を飲まれているようでなかなか出車せずでした。
 勤務中のこのような行動はありなのでしょうか?教えてください。」
 
 市からの回答がホームページに載りました。
「本事案に出場した救急隊員から聞き取りを行いましたところ、救急車内での血液付着が多く、その拭取りと消毒に労力と時間を要したとのことであり、そのような活動を勘案した場合、次の出場に備え水分補給を行う必要があったと考えます」 「当局では、必要に応じ活動中の水分補給を適宜行うよう周知しているところであり、今回の場合、飲料水の購入はやむを得なかったものと考えます」 「救急隊は、連続出場や長時間にわたり活動する場合もございますので、ご理解を賜りますよう、よろしくお願いいたします」
 今回の 「市民の声」 を公開したことについては、「寄せられた市民の声に対しては、原則的に回答・公開しています。特別に選んで公開したというわけではありません」。このような意見は 「頻繁ではありませんが、たまにあります」 といいます。

 この投稿に対してリツイートのコメントが19日段階で3万4千を超えています。
 ほとんどが 「市民の声」 を批判するものです。

 同じような体験をした労働者、市民などからのを紹介します
「前に、ナースも勤務中飲み物飲んじゃいけないって言われたことある…そんな暇あれば患者さんのために体拭いたりしてって。私達も同じ人間…ぜひご理解いただきたいです…。」
「こういうくそ批判するやつらが、会社でパワハラするんだろーな」
「こういうクレームに対しては、絶対に謝罪などしてはいけない。市の対応は正しい。」
「市立病院にあった患者様の声や商業施設にあるお客様の声をたまに見てみると、あり得ない苦情で溢れてたりする。ストレスの捌け口状態。相手を人間扱いしてないし、自分は敬われて当然の立場で書いている。
 でも、書いた本人は優しさの欠片もなくなるほど、ストレス一杯で不幸なんだろうとも思う。
 搬送が終わった救急隊の方々に会ったら、お疲れ様と飲み物差し入したくなるのが普通じゃん。」
「大阪じゃないO県なんですが、
 お客様に 『あんたらが休憩に行くからレジが混むんでしょうが!』 と言われることがあります。
 店員には昼食や水分補給の権利もないと…?
 何も考えずに気分で休憩に出るわけではありません。交代要員が出勤してから早番組が帰るまでの間に順番に交代で行っています。最初の人数が遅らせれば後の人数の休憩時間が無くなることもありますから、混んでいても出ることはあります。
 …が、休憩に行くなと。店員をなんだと思っているのでしょうか?
 休憩時間分の給与は自動でカットされますから休憩に行かないとタダ働きです。
 会社からは休憩はきちんと取るように指示されています。
 ですか、非常識なお客様には怒鳴られるのです。
 休憩時間でも、自分のお昼を買う時に瞬間的に混んだりしたら、レジを手伝ってお客様をさばいたりしてるのに…
 人って勝手ですよね。」
「一仕事終えて、気持ちを切り替えるのにも大切なこと。救急の仕事は思いのほか重労働。乾燥した冬なら水分補給だって必要。普通の会社員だってコーヒーやお茶飲みながら仕事してますよね?
 もしかしたら、食事もする間もない連続の出動だったかもしれない。相手を思いやる想像力が欠如したひとは嫌だな。。必要のない搬送させられたり、、、いつもありがとうと感謝の気持ちしかない。」
「以前 郵便局に勤務しておりましたが 猛暑日で熱中症の警戒もでてましたがお客様より 『郵便配達員が仕事中にジュースを飲んでいた 職場でどういう指導をしているのか?』 と年配の男性から局長を出せとクレームの電話があったのを覚えてます
 仕事中に水分補給もしてはいけないのでしょうか? 命に関わる問題だと思います。」
など。

 消防関係者、その家族からの声です。
「次の出動態勢 (資機材補充や指令の受信体制) を整えた状態で、隊長が隊員の体調面や出動状況を考慮して休息時間取らせている訳!
 救急隊の出動って、毎回毎回消防署から整った状態で出動していると思っているのかな。
 3件、4件連続で出動も結構当たり前にある。生命に関する仕事であり、重症患者が連続して気の抜けない事案が併発も当たり前。
 公の目に付く場所でジュース飲みながらヘラヘラ談笑でもしてれば苦情でもいいと思うが、そんな状況も記事からは見えてこない。」
「主人が救急隊員です。一日10~15件出動があり、翌日帰宅するといつもヘトヘトです。嘔吐物や血液、尿や便にまみれた方の搬送は日常茶飯事です。先日は、泥酔して暴れている方に腕を強く噛まれましたが、警察沙汰にすると面倒なので報告しなかったと言っていました。
 救命士が行ってよい処置が増え (インシュリンやアドレナリン投与など) 状況に応じた迅速な判断が出来なくてはならなくなり、本当に大変そうです。
 主人や隊員の方々もやはり、搬送先の病院などで飲み物を買うそうです。どうかどうか、広い心で見守って下さい。」
「大阪と同様、私の消防署でも病院到着後に病院の売店や病院前にあるコンビニ、自販機を利用することがあります。
 出場が連続し、署に帰れないときは本当に辛いです。1分も仮眠できず24時間勤務が終わる日もあります。
 しかし、失敗が許されない仕事、ミスはあっはならないです。そのため、署に帰れないときは連続出場に備え、病院到着後に休息をとらせていただいております。
 休息をとる場合、どこに移動する際にも指令センターと連絡がとれるスマホを携帯し、何かあれば直ぐに対応できる体勢をとっています。
 多くの方々が救急隊の行動に理解してくださり、感謝しています。」

「現役消防隊員です。
 状況によって救急隊員として活動する日もあります。
 現場側からの意見としては、水分ぐらい摂らせて下さい。って感じです。
 救急出動が重なった場合や搬送先の病院が遠方な場合では数時間署に帰れず食事はおろか水分補給すら出来ません。搬送時に使用した資機材の消毒、整理を行いながら水分補給などどこの本部でも行なっています。なかなか病院から出ないには理由があります。搬送時に体液や血液が付着した資機材をそのまま次の傷病者の方に使う事など感染のリスクを考えると出来ないため消毒等に時間がかかっているからです。その辺を理解して頂けたら少しは見る目も変わるのかなと思います。」
「消防団で消防士の方にはお世話になっています。
 大体2時間ぐらいの訓練の間に、2回ぐらい救急のサイレンが鳴ります。
 サイレンが鳴ると、それまで丁寧に私たちに指導してくださっていた消防士さん達は切り替えてすぐに救急車に乗り込みます。
 大変さは見ているので分かります。
 しかし、たまの差し入れなどには非常に敏感で、消防団のイベント等で運転してもらった時など飲み物を渡しても、その場で飲んだりしないです。
 こういったクレームを気にしているのでしょう。
 普段から気を張って市民のための仕事をしてくれているのに、こういったクレームが出ることが信じられません。」

「元消防で救急隊メインで働いておりましたが、そんな事を局に連絡してくる人がまだいるんですね。
 救急隊だって人間です。昼時になって救急入れば食事をしてようが無かろうが出場しますし、風呂に入っててもトイレに入ってても急いで出て出場します。24時間勤務中まるまる出場があれば、自分の事は後回しです。寝てようが関係ありません。連続で出場することも多々ありますし、収容した病院から次の現場に行くことなんて当たり前です。サラリーマンはスーツ姿で食事するのはありで、救急隊員が飲み物を買って車内でこそっと飲むのは無しなんですかね?この通報をした人は?
 こんなこと通報する人の家には『食事中なので救急遅れます』って言ってやりたいな~~
 救急隊員だって人間だもの。聖人君子じゃありません。」
など。

 投稿者は自分の正義感で行なったことなのでしょうが、その正義感が検証されることになりました。正義感とは独りよがりのものではなく、周囲と共有されていて発揮されるものです。
 今回の “事件” に対する投稿者の議論がひどすぎるで終るのではなく、消防という業務の大変さを理解してもらえる機会になったとするなら消防士にとっては 「災い転じて福になる」 です。消防士以外の職業の人たちも他の人たちの業務の大変さを垣間見ることができ、改めて感謝の気持ち、いたわり合うことの大切さがわかったとしたら、いい交流の機会になりました。
 市が消防士の側に立って守ろうとしたことは、消防士もこの後、自信をもって業務遂行ができます。
 そして、投稿を見た人たちみな救われました。自分自身を振り返る機会になりました。問題意識を共有できたら1つの社会改革につながっていくことを期待します。
 本物の働き方改革は上から進められるものではなく、お互いを理解し合い、同僚・仲間への思いやり・労りをもって一緒に職場改善をしていくことです。そのなかからゆとりが生まれ、知恵もでます。


 一昨年9月21日午前10時35分ごろ、近鉄奈良線河内小阪駅で人身事故が発生し、ダイヤが乱れた時のことを思い出しました。
 その影響で河内小阪駅から4つ目の東花園駅 (東大阪市) で電車は運転中止になります。この時にホームで乗客への状況説明などに当たった車掌 (26) と客が言い争いになります。乗客は、他にも自分と同じような主張で加勢する者がいると自分の主張を正義ととらえ、暴走する行動をとります。(16年9月27日の 「活動報告」)
 当たり前のことですが駅員にクレームをつけても復旧が早まることはありません。
 目撃者によると、乗客が車掌に喧嘩腰で詰め寄り、車掌は冷静に対応していたが、やがて 「死にたい」 「こんなんいやや」 などと言っていたといいます。制服上着と制帽を投げ捨てて線路に飛び降り、さらに高架から数メートル下の地上に飛び降り、腰椎 (ようつい) を骨折して救急車で病院に運ばれました。
 その後、近畿日本鉄道は、「お客様にご迷惑をお掛けして大変申し訳ない。社内規定にのっとって、駅員の処分を検討する」 とコメントを出しました。
 このニュースが流されると、ツイッターでさまざまな意見が寄せられました。
 会社のコメントに対して、インターネットで車掌の処分の再考を要請する嘆願書署名を呼びかけたら57,470人の賛同者が
集まり会社に提出されました。


 正義感とは何でしょうか。
 精神科医の片田珠美著 『「正義」 がゆがめられる時代』 (NHK出版新書) からです。
「相変わらず激しい生活保護バッシングを見ていると、正義を振りかざして叩く側に、不正を憎む気持ちだけではない別の何かが潜んでいるのではないかと疑いたくなる。
 こうした疑念は、神奈川県小田原市の生活保護担当課が 『保護なめんな』 などのローマ字が入ったジャンパーを作り、相当数の職員が着用していたことが2017年1月に発覚して、さらに強まった。
 このジャンパーの背面には、「われわれは正義」 「不正を見つけたら追究する」 「正義を罰する」 ・・・などという英文が書かれていた。このような文面を掲げたジャンパーを着たまま受給者宅を訪問する職員もいたという。
  ……
 小田原市は 『自分たちの自尊心を高揚させ、疲労感や閉塞感を打破するための表現だった』 などと弁明しているようだ。」

「被害者意識が強いと、怒りが生まれやすい。セネカ (ローマ帝国の政治家、哲学者、詩人) の定義によれば、『怒りとは、害を加えたか、害を加えようと欲した者を害することへの心の激動』 にほかならないからだ。……また、『保護なめんな』 のジャンパーを着用して受給者宅を訪問した職員の胸中にも、カッターナイフで切りつけられた仲間の職員がこうむった 『害』 や過激な現場で自分自身が受けたと感じた 『害』 に対して、怒りの炎が燃え上がったはずだ。
 怒りが激しくなると、罰を与えたいという懲罰欲求が強くなる。再びセネカを参照すれば、怒りとは 『自分が不正に害されたとみなす相手を罰することへの欲望』 だからである。したがって、『怒りが楽しむのは他人の苦しみ』 であり、『怒りは不幸にするのを欲する』。」

「いずれにせよ、正義を振りかざす人の心の奥底に潜んでいるのは、不正を憎む気持ちだけではない。しばしば、強い被害者意識と懲罰欲求、さらに怒りもからみ合って、行き過ぎた正義の暴走を招く。この怒りは、適当なはけ口が見つからないと、胸中に留まってルサンチマン (怨恨・憎悪・嫉妬などの感情が反復され内攻して心に積もっている状態) に変化することもあり、そうすると正義を振りかざす傾向に一層拍車がかかる。
 現在の日本社会には怒りとルサンチマンが渦巻いている。」
 独走する 「正義」 は社会の中から生み出されているということを認識して対策がとられなければなりません。


 大阪市への投稿、近畿の事件も、人びとは社会での他者のできごとを自分になぞらえてとらえ、受け入れられないことに対してははっきりと声をあげました。声を上げるということは孤立しないための防衛手段でもあります。
 競争社会といわれるなかにあっても社会的認識が少しづつ変わってきているように思われます。うれしいことです。

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「焼き場の少年」 と 「にんげんをかえせ」
2018/01/20(Sat)
 1月19日 (金)

 フランシスコ・ローマ法王は15日、南米訪問に向かう専用機内で記者団に原爆投下後の長崎で撮影された 「焼き場の少年」 の写真を印刷したカードを示し 「これを見た時、とても心をかき乱された。『戦争の結果』 という言葉しか思い浮かばなかった」と語ったという報道がありました。

 「焼き場の少年」 のタテ80センチ、60センチのポスターを事務所に貼っています。左下には、撮影したジョー・オダネルのメモも載っています。
 10年以上前に原爆症認定集団訴訟を支援する全国ネットワークが主催した集会で入手しました。
 ポスターが会場のあちこちに貼ってあり、残部がテーブルに置いてありました。「これは分けてもらえないんですか」 尋ねると断られました。すると周囲の人たちも 「私も欲しいから売ってよ、残しておいて捨てるよりもいくらでもお金にした方がいいじゃない」 と粘ります。担当者は関係者に相談し、「では気持ちだけ頂くことにして」 と分けてくれました。すると瞬く間になくなってしまいました。
 数枚購入して帰ると欲しいという人が何人もいました。

 集会では歌手・横井久美子のCD 「にんげんをかえせ」 が販売されました。峠三吉の詩をアメ-ジング・グレースのメロディーに乗せています。ジャケットは 「焼き場に立つ少年」 の写真です。
 横井久美子も歌いました。歌の前に朗読がはいります。

 「焼き場の少年」
 
 1945年9月―佐世保から長崎に入った私は
 小高い丘から下を眺めていました。
 10歳ぐらいの歩いて来る少年が目にとまりました。
 おんぶ紐をたすき掛けにし
 背中に幼子をしょっています。
 この焼き場にやってきた強い意志が感じられました。
 しかも、少年は裸足でした。焼き場のふちに
 5分から10分ほど立っていたでしょうか。
 おもむろに白いマスクをした男たちが少年に近づき
 ゆっくりとおんぶ紐を解き始めました。この時、
 私は背中の幼子が死んでいるのに気がつきました。
 幼い肉体が火に溶け、ジューッと音がしました。
 まばゆい炎が舞い上がり、直立不動の少年の
 あどけない頬を夕日のように照らしました。
 炎を食い入るように見つめる少年の唇には
 血がにじんでいました。
 あまりにもきつく唇を噛みしめているので、
 唇の血は流れず下唇を赤く染めていました。
 炎が静まると、少年はくるりときびすを返し
 沈黙のまま焼き場を去っていきました。
 背筋が凍るような光景でした。

    占領軍のアメリカ空爆調査団の公式カメラマン、ジョー・オダネル

 歌・横井久美子 「にんげんをかえせ」

 ちちをかえせ ははをかえせ
 としよりをかえせ
 こどもをかえせ

 わたしをかえせ わたしにつながる
 にんげんをかえせ

 にんげんの にんげんのよのあるかぎり
 くずれぬへいわを
 へいわをかえせ


 ポスターとCDを採り入れ、関千枝子著 『広島第二県女2年西組』 と広島第二県女の同窓会誌 『しらうめ』 をもとに朗読劇 『「ヒロシマ ガイド」 (教師編) ―“にんげんをかえせ”―』 のシナリオをつくり市民運動団体の例会で発表しました。「焼き場」 の箇所の抜粋です。

(ガイド)
 長崎においても、広島でも、原爆で殺された親を子が、子を親が、兄弟を、家族を、自らの手で焼きました。職場の同僚を焼きました。
 学校でも、教師が同僚を、そして生徒を焼きました。
  ……
(朗読 教師・有田) 
 「波多先生っ、波多先生っ」 と、私は大きく叫んでその身体に取り縋っていた。旧女専の1室である。両腕に生徒を抱きかかえたまま、千田町の日赤病院の庭で亡くなっていらっしたというその遺体が3日目にやっと学校へ帰ってきた。……
 白い肌は無残に焼け爛れ、そのお顔は3倍位にも膨れ上がっていた。
 焼けた手首が茶色に膨れて白いブラウスの袖が食い込んでいた。「痛いでしょう」 私はそっとボタンを外して差し上げた。熱線だけは透らず真白い先生の皮膚がそこにあった。「死者に涙をかけてはならない」 ということを思い出した時、私は大変な努力をしなければならなかった。「先生お苦しかったでしょう、どんなにか、どんなにか」 額に焼きついているお髪の1条、1条を掻き揚げた。眉毛も睫毛も皆、皆焼け縮れていた。「熱かったでしょう、痛かったでしょう」 私はせめてもと冷水で絞ったタオルをお顔の上にのせた。……
 でも私が先生のお傍にいて上げられたのはほんの僅かな時間でしかなかった。身体がいくつあっても足りない程の忙しさの中の僅かな時間であった。昼も夜もなかった。……

(ガイド)
 8月6日、学校を休んでいたために助かった2年西組の関千枝子さんは学校に駆けつけました。
(朗読 関)
 本地文枝の死体が運び出されるのを見送ったあと、私と林綾子は、玄関脇の部屋に入ってみた。この部屋に波多ヤエ子の遺体が置いてあると聞いたからである。……
 逃げ出したかったが、足がすくんでしまい、震えていると、急に、福崎教師ともう1人誰かが入ってきた。
(朗読 教師・福崎)
 「オッ、ちょうどええ。手伝ってくれ」
(朗読 関)
 否も応もなかった。私と綾子は担架の足の柄を1つずつ持って、波多の遺体を学校の東隣に運んだ。そこは一面、蓮畑になっていた。
 蓮畑に波多の遺体を置き、そのあたりにあった木を運び、福崎が経を唱え、火をつけた。煙がまっすぐ上った。空は真っ青に晴れあがり、風もなく、強烈な太陽が照り返していた。
(朗読 教師・福崎)
 「煙がまっすぐ上ると極楽へ行けるんじゃ」
(朗読 関)
 うめくような声で福崎はいった。私は福崎の気持ちがよくわかる。こうでもいわなければ、救いようがない気分だったのだろう。
だが、その時の私は腹が立ってたまらなかった。福崎にだけではない。誰に対してもくってかかりたかった。
 「極楽へ行ってなんになる。こんなに苦しんで、焼けただれて――。極楽へ行ってなんになる」

  (朗読 正田))
    酒あふり 酒あふりて 死骸焼く
      男のまなこ 涙に光る (正田篠枝)

(朗読 教師・有田) 
 翌朝ザラ紙にお骨を拾い上げた。8月9日の朝だったと思う。
  ……

(ガイド)
 学校の裏は川が流れていて、土手は桜並木が続いていました。
 その土手にたくさんの穴を堀り、有田先生たちは、たくさんの遺体を焼きました。1か月ほど、煙の絶えたことはありませんでした。
 8月12日か13日の朝のことです。
 誰も家の人が来ない生徒の遺体を前夜も焼きました。

(朗読 生徒)
 「先生お客様です」
(朗読 教師・有田)
 原爆投下の日以来ずっと被爆生徒の看病その他を手伝ってくれている女専の生徒の1人が私を呼びにきた。……
 初老の婦人が胸に四角い箱のようなものを抱いて1人歩いてきた。
 「有田でございます。あなた様は?」
(朗読 野村の母親)
 「私は野村の母親でございます。娘はどこにおりますでしょうか」
(朗読 教師・有田)
 小腰をかがめて丁寧に頭を下げた。「あっ、野村さんの!」 私は絶句した。この手で前夜野村さんの遺体を焼いたのである。私が手にしているザラ紙は、その野村さんと、もう1人の生徒のお骨上げに持って行こうとしていたものである。
 「あのう、その箱は?」 1分間でも野村さんの死の報らせを延したかった。
(朗読 野村の母親)
 「はーい」
(朗読 教師・有田)
 とまるで赤ん坊に乳房を含ませながらその子の頭を抱きしめ、もう一方の手で上を撫でながらその人は言った。
(朗読 野村の母親)
 「はーい、これはあの子の兄の遺骨を、今、市役所からもろうて来たたところです、まだ暖かいんですよ。ほら、このように」
(朗読 教師・有田)
 と箱を差し出され、私だまって受け取った、温いように思えた。
 「どうぞこちらへ」
(朗読 野村の母親)
 「どこにおるんですか、火傷をしとるんでしょうか」
(朗読 教師・有田)
 ……「さあ、どうぞこちらへ」 と近くの一室に招じた。小さな室だった。誰もいなかった。お茶をすすめた。……
 私は目を閉じ大きな息をして、お母様の前に立った。
 「お母様、実は、あのう」
(朗読 野村の母親)
 「昭子はもしや」
(朗読 教師・有田)
 間髪を入れない問いかけであった。「はーい」
(朗読 野村の母親)
 「やっぱり、やっぱりそうでありましたか」
(朗読 教師・有田)
 「私が引率して専売局へ参っておりました。何ともお詫びの申し上げようも」 と後はことばにならなかった。
(朗読 野村の母親)
 「やっぱり死んだんですのう」
(朗読 教師・有田)
 「はい」
 野村さんを生み育てて17年間、優しく素直でお腹の底から優等生だった野村さんの記憶が、一度に蘇ってお母様の全部を占領してしまったのであろうか、どうしようもなく、どうしようもなく泣き崩れておしまいになった。その嗚咽は直かに私の胸を刺し、拳を握っても握っても立っているのがやっとであった。
  ……
 女専の物理教室で昏睡状態のまま4、5日間生き続けた野村さんであったが、どんなにかお母様に会いたかったのであろうか。
(朗読 野村の母親)
 「それでどこに」
(朗読 教師・有田)
 「はい申し訳ございません、遺体は昨夜火葬にいたしました」
  私は消え入りたかった。涙がこぼれた。頭が上がらなかった。
(朗読 野村の母親)
 「2人も子供をとられて私はこれから何をたよりに生きて行ったらええんでしょうか」
(朗読 教師・有田)
 私は床にすわり、お母様の手をとったまま何も言えず2人で唯々哭いた。
 「野村さんともう1人の生徒のお骨上げに行こうとしている所へ、お母様がいらっして下さったのです。せめて、どうぞお骨拾いを」

 よろめくような足取りのお母様のお伴をして学校の裏へ出た。
 「野村さん、お母様がいらっして下さったわよ、野村さん、お母様よ」
(朗読 野村の母親)
 「昭子っ」
(朗読 教師・有田)
 灰はまだ熱かった。

(ガイド)
 学校は43年3月、文芸誌 『かがみ』 を発行しています。その中に野村昭子さんは詩を載せています。 

(朗読 野村昭子))
  「影」
          野村昭子
 
  昔とほったこの道で
  私の影は母さんの半分ほどもなかったのに
  今2人でとほったら
  母さんよりも 私の影が長くなった
  私の影よ

(ガイド)
 お母さんは、自分の背丈を越えるまでに育て上げた娘の遺骨を拾いました。
  ……

 1971年8月4日、広島平和公園の南側緑地帯の西端に、女性教師が子供をすくい上げているブロンズ像が建立されました。市内の国民学校で犠牲になった教師と児童の慰霊碑、「原爆犠牲国民学校教師と子供の碑」 です。
 像の姿は、波多先生に似ています。
 像の裏側に、正田篠枝さんのうたが刻まれています。

  (朗読 正田)
    太き骨は 先生ならん
      そのそばに 小さき頭の骨 集まれり

  (バックミュージック 『にんげんをかえせ』 に合わせて、みんなで合唱)
  ちちをかえせ ははをかえせ
  としよりをかえせ
  こどもをかえせ

  わたしをかえせ わたしにつながる
  にんげんをかえせ

  にんげんの にんげんのよのあるかぎり
  くずれぬへいわを
  へいわをかえせ

                    (了)

 昨年は、長崎で被爆体験を語りながら核兵器廃絶を訴え続けてきた林京子さん、谷口稜曄さんら多くの被爆者が志半ばにして亡くなられました。
 しかしその思いをしっかりと受け止める長崎の高校生は 「微力だけれど無力ではない」 を合言葉に核兵器反対の署名運動を続けて国連に届け続けています。

 17年12月のノーベル平和賞受賞は 「核兵器廃絶国際キャンペーン (ICAN=アイキャン)」 が受賞しました。若者が中心となって活動している団体です。授賞式には広島・長崎の被爆者も出席しました。

 1月8日の 「朝日歌壇」 です。

   被爆国 口を閉ざすも
    被爆者は 世界に向けて口を開きぬ

   「活動報告」 2017.8.4
   「活動報告」 2016.11.15
   「活動報告」 2016.4.15
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新聞記者の震災取材
2018/01/16(Tue)
 1月16日 (火)

 1月17日は、阪神淡路大震災から23年を迎えます。
 朝5時47分に発生した地震は東京でもはっきりと揺れを感じました。しかし震源地の情報は入りません。関西地方というだけです。はっきりするまではかなりの時間を要しました。被害の情報も同じです。正午過ぎに死者が100人を超えたというニュースが流れました。

 1月下旬、神戸に向かいました。鉄道は芦屋から先は不通です。芦屋の駅前にはがれきが背丈以上に積み上げられ、その間に作られた通路を人びとは行き来します。
 バスに乗って三ノ宮に向かい、廃校になった小学校の避難所に行きました。

 避難所で被災者の人たちとがれきを燃やした焚火にあたっていました。そこに若い新聞記者が取材に寄っていました。ここに被災者は何人いるのか、地震発生の様子はどうだったか・・・。根掘り葉掘り聞きます。
 「私はボランティアなので、私ではなく被災者の方に聞いてみてはどうですか」。それでも質問してきます。記者は怖くて被災者に話しかけられないのです。結局、被災者がいる教室の写真を外から撮っただけで帰ってしまいました。


 真山仁の小説 『雨に泣いている』 (幻冬舎 2015年刊) を読みました。真山仁は小説を書く前は読売新聞社の記者でした。阪神淡路大震災の頃はフリーライターです。
 東日本大震災後を題材にした小説としては、ほかに学校の児童たちを取り上げた 『そして、星の輝く夜が来る』 (14年3月19日の 「活動報告」 参照) と 『海は見えるか』 (幻冬舎) (16年3月9日の 「活動報告」 参照) があります。『海は見えるか』 では自衛隊員の惨事ストレスも取り上げています。

 『雨に泣いている』 の中から新聞記者の任務と惨事ストレスに関する個所を抜き出してみます。

 主人公・大嶽は、阪神淡路大震災の時は若手の新聞記者です。今は東京本社で、東日本大震災が発生すると特別取材班に半分志願して宮城県の被災地の取材に向かいます。

 主人公は阪神淡路大震災の17日、手当たり次第にカメラにおさめながら歩いていると老婦人が 「孫が生き埋めになっているんです!」 と悲壮な声で叫んでいます。何人かが集まって必死にがれきを取り除こうとしていたのでカメラを構えて “助け合う市民の姿” を撮ります。
 「おい、おまえ、何撮ってんねん!」 がれきを撤去していた若者にいきなり掴みかかられ、名乗ると拳で殴られました。呆気に取られていると目の前にショベルがつきだされます。「取材も大事やろうけど、その前に救出ちゃうんか」
 がれきに埋もれた小学校4年生の少女を地域の人たちと一緒になって救助作業を続けて6時間後に救出します。少女はかすり傷を負った程度で大きなけがはしていませんでした。それを取り上げた記事は、翌日の朝刊に写真と共に載ります。
 しかし少女は後頭部を強打したことによる脳内出血で急死します。翌日、掲載紙を渡そうと避難所に行くと伝えられます。
 3日後に少女がなくなったことを記事にします。
 その日から主人公は記事の恐ろしさに耐えられなくなります。
 「その場限りの軽はずみな “美談” を作り上げるから、悲劇をおおきくするのだ」
 震災で被災者に迎え合えなくなり、ついには取材という行為そのものが怖くなってしまいます。

 その後の記者の行動です。
「阪神・淡路大震災を取材する中で一時期、遺体安置所の前に立ち、行き交う人たちに謝り続けたことがある。
 そうしなければならないという強迫観念に追い立てられて、遺族らに気味悪がられても、市の職員に追い払われても同じ行動をくり返した。
 それをからかった先輩記者との大立ち回りの後、私は千葉の実家に強制送還された。結局、神戸支局には戻れず、岡山県の通信局に異動になったのだ。
 その後、岡山支局で県警担当となった頃、阪神淡路大震災の時に遺体安置所だった場所を訪ねた。だが、すでにまったく別の公共施設が建てられていた。
 それでも当時の名残を求めて、一時間ほどさまよい、遺体安置所があったと記された小さな石碑を施設の中庭の片隅に見つけた。
 持参した花を供えて両手を合わせ、二度と同じ過ちを繰り返さないと固く誓った。ただ、それで禊が終わったとは思わなかった。もし、また同じような大震災が起きた時、自分はためらわず被災地に出かける、とも誓った——。」
 
 この界隈はボランティアでいった避難所の近くです。

 主人公が東日本大震災の被災地で他社の記者と言い争いになった時に答えます。
「記者の仕事は、被災者に同情することじゃない。どれほど相手が悲しみに暮れていても、何が起きたかを聞きださなければこの惨状は伝えられない。安っぽいヒューニズムなど不要だ」
 15日に書いた記事です。
「・・・ありのままを記事にすることは不可能だ。
 ただ一つ、記者がこの地でくじけそうになる時に心の中で繰り返す言葉がある。
 言葉を失ってはいけない。とにかく目に映るもの、聞こえる音、声、匂い、そして何より、それでも生き続ける被災者の息遣いを伝えるのだ。・・・」


 主人公と一緒に東京本社から東日本大震災の被災地の支社に入った若い記者・遠藤がいます。乳飲み子の子供がいて、出かける準備のために自宅に戻ると妻に反対されますが振り切って被災地に向かいました。
 宿舎の主人公の部屋にアルコールをかかえて訪ねてきます。2人の会話です。

「実は我ながら情けないんですが、今日、荒浜に立ち寄ってから何を取材すべきなの分からなくなって・・・」
「こんな場所に来たら誰だってそうなるさ」
「そういうレベルじゃないんです。どんな状況であっても、伝えるべき筋を整理して出稿するのが記者の本分だと思うんです。でも、僕は器用じゃないんで」
 それは私だって同じだ。何を伝えるべきなのか。記者である限りずっと悩み続けると思う。
「見て感じたままを字にすればいいだろう。大震災を前にして、いい記事を書こうなんて思わないことだ」
 自戒を込めて言った。
「実は、ここに来ることになった時に、良いことだけを記事にしよう、って決めたんです。でも良いことなんか見つかりそうもなくて。こんな絶望を日本国内で目の当たりにする事態なんて、まったく考えたこともなかったんです。なのに良いことを探そうなんて能天気な自分が情けなくて」
「いいじゃないか、それで。どうせ皆、鵜の目鷹の目で悲惨話を貧るんだ。最初からいい話だけ追いかける奴がいるのは素晴らしい。それが遠藤らしくていいよ」
 からかっているつもりはない。震災が起きたからといって、無残だ、悲惨だのと連呼する必要はない。……
「良い話を書くのは、きれい事じゃないだろう。歯を食いしばって生きようとする被災者の姿を伝えるのは、俺たちの使命の一つだ」
遠藤だってそれくらいは理解しているはずだ。それでも、圧倒的な破壊を前にして、途方に暮れてしまったのだろう。
「おれは使命感を持たないことにしている」
「どういうことです」
「目の前で起きていることを伝える。結果として、それはバッドニュースかもしれないしグッドニュースかもしれない。だがそれを判断するのは俺の仕事じゃない。余すところなく被災地の現状を伝える。それ以上は考えない」

 主人公と若い記者は別の班で行動します。
 後日、主人公が支社のデスクに問います。
「遠藤はどうしています?」
「東京に返した」
 耳を疑った。
「何かあったんですか?」
「俺が訊きたいよ。2日目の朝に、ホテルの部屋から出てこなくなってね。もう取材ができないって泣くんだよ。それで支局長と相談して帰したんだ」

 この若い記者は東京に戻って、被災地にあった特ダネを追跡する任務に就かされます。被災地から意識を離すことが許されません。

 主人公はもう1人の若い記者・細川と一緒の行動をします。
 かつて町があった場所まで来ると、誰もが黙り込んでしまった。……
 遺体を乗せた担架が横を通り過ぎた。来た方向を見遣ると、うずたかい瓦礫の山がある。自衛隊に礼を言って、そちらに向かった。
「記者さん、危険です」
 だが、足を止めなかった。あるものを瓦礫の間に見つけた気がしたからだ。……
 人体の一部だ。
 「二体あります!」 と自衛隊が声を張り上げると、他の自衛官が集まってきて、がれきを丁寧に脇に払う。やがて、人の形をした泥の固まりが現れた。
 さすがにカメラを構える時に一瞬躊躇したが、結局はシャッターを切った。
 二体目は子どものようだ。しかも、損傷の程度が尋常ではない。作業する自衛官の動きも止まっている。現場にいる自衛官は皆若い。平常心を保つのが辛い作業だった。
  ……
 地獄――軽はずみには口にできない言葉が浮かんだ。それは取材する者が使ってはいけない禁句だ。
 何も考えず手当たり次第シャッターを切った。我に返ると、足取りが重くなったのを感じた。
 タクシーに戻ると、細川が車の横で呆然と立ち尽くしている。
「何をしている」
「すみません、足が動きません」
 軽く彼の背中を押した。よろめくように細川が数歩動いた。
「遺体確認をしている住民から話を聞いてこい」
 怯えたように細川が激しく首を左右に振った。
「無理です。そんなこと、僕には無理です」
「ここに何しに来ている。おまえがここでやることは、聞く、撮る、書くことだけだ。それが嫌なら、仙台に戻れ」
 細川は泣きそうな顔になった。

 この記者は被災地に留まって取材を続けさせられます。


 3人の記者とも、“地獄” を見て体調不調におちいりました。これらは実際にあったことを題材にしていると思われます。
 しかし作家は、記者らは現場に戻って・留まって取材をするなかから自信を回復するという展開をさせます。“言葉で伝える”記者魂を現場で鍛え直すという手法です。
 はたして、作者がモデルにした新聞社のこのような対応は正しいといえるでしょうか。根性主義では逆に隠れた体調不良者が続出しているはずです。さらに体調は悪化し、退職者も続出します。記者がかわいそうです。
 “弱い”からこそ心がこもった記事が書けるのではないでしょうか。
 あえて小説に異議を申し立てたくなりました。
 東日本大震災で新聞記者もストレスを感じたり体調不良に陥ったという体験をたくさん聞きました。新聞社によって対応は違っていました。

 震災の教訓は、被災者だけでなく、救援者・支援者を含めて被害を小さくすることです。
 体調不良は、異常事態における正常な反応です。

   「報道陣の惨事ストレス対策」
   「活動報告」15.3.20
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