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“働きかた改革” の目的は労働生産性向上
2017/06/30(Fri)
 6月30日 (金)

 昨年の春、政府は政策に 「同一労働同一賃金」 を掲げました。
 6月16日、労働政策審議会は厚生大臣に 「同一労働同一賃金に関する法整備について」 建議しました。このあと国会に法改正案が上程されます。
 基本的考え方は、「正規雇用労働者と非正規雇用労働者の間には賃金、福利厚生、教育訓練などの面で待遇格差があるが、こうした格差は、若い世代の結婚・出産への影響により少子化の一要因となるとともに、ひとり親家庭の貧困の要因となる等、将来にわたり社会全体へ影響を及ぼすに至っている。また、労働力人口が減少する中、能力開発機会の乏しい非正規雇用労働者が増加することは、労働生産性向上の隘路ともなりかねない。」 などを指摘しています。
 それを克服するために
「賃金等の待遇は、労使によって決定されることが基本である。しかしながら同時に、正規雇用労働者と非正規雇用労働者の間の不合理な待遇差の是正を進めなければならない。このためには、
(1) 正規雇用労働者・非正規雇用労働者両方の賃金決定基準・ルールを明確化、
(2) 職務内容・能力等と賃金等の待遇の水準の関係性の明確化を図るとともに、
(3) 教育訓練機会の均等・均衡を促進することにより、一人ひとりの生産性向上を図るという観点が重要である。
 また、これを受けて、以下の考え方を法へ明記していくことが適当である。
・雇用形態にかかわらない公正な評価に基づいて待遇が決定されるべきであること
・それにより、多様な働き方の選択が可能となるとともに、非正規雇用労働者の意欲・能力が向上し、
 労働生産性の向上につながり、ひいては企業や経済・社会の発展に寄与するものであること」
と建議します。
 具体的には 「不合理な待遇差の実効ある是正のため、昨年末に政府が提示した『同一労働同一賃金ガイドライン (案)』 について」実効性を担保していくといいます。

 政府が掲げる “働きかた改革” を貫徹しているのは 「非正規雇用労働者の意欲・能力が向上し、労働生産性の向上につながり、ひいては企業や経済・社会の発展に寄与するものであること」 です。“働かせ方改革” です。労働者の過酷な労働実態や生活格差を改善が目的ではありません。
 「賃金等の待遇は、労使によって決定されることが基本」 です。
 力関係から使用者が “自主的” に決める賃金に対する不信から 「正規雇用労働者・非正規雇用労働者両方の賃金決定基準・ルールを明確化」 のために最低賃金制は始まりました。最低賃金は何を基準にするかはそれぞれの国で違っています。一般賃金に比べて不当に低くない、労働の質と量とがちがえばその違いに相応しい 「公正賃金」 や、生活できる金額の 「生活賃金」 がありますが、少なくても労働者の生活確保・維持を目的としています。労働者が提供する労働力は商品とちがいストックできません。しかし労働者は定期的休息が必要です。そのためには、賃金は休息中にたいする補償も必要で、それによって労働力が回復できます。
 しかし実態としての非正規労働者の賃金決定は、会社が募集した時に労働者が応募し、離職しない額です。日本の最低賃金は 「公正賃金」 や 「生活賃金」 からも程遠いものです。そこに非正規労働者は存在させられています。
 非正規労働者の賃金を低く固定して労働生産性を高めてきたのがこれまでのやり方でした。その恩恵を受けてきたのが会社と正規労働者です。会社は他社との競争に勝ってきました。正規労働者は非正規労働者を犠牲にして雇用を守り、賃金を上昇させてきました。そのことをかえりみることはありません。
 労働生産性を高めるためには同じ職場にいる非正規労働者の尊厳を高めるために処遇を改善し、そのことによって意欲・能力が向上するという認識と手順が必要です。そのことが結果的に 「企業や経済・社会の発展に寄与する」 ことになります。


 労働者が司法判断を求める際の根拠となる規定の整備についてです。
「現行法においては、正規雇用労働者と短時間労働者・有期契約労働者との間の待遇差については、①職務内容 (業務内容・責任の程度) ②職務内容・配置の変更範囲 (いわゆる 「人材活用の仕組み」) ③その他の事情の3つの考慮要素を考慮して不合理と認められるものであってはならないとされている」。
 パートタイム労働法第8条と労働契約法第20条に謳われている 「均衡待遇規定」 です。
 しかし 「現行法の規定は、正規雇用労働者と短時間労働者・有期契約労働者との間における個々の待遇の違いと、3考慮要素との関係性が必ずしも明確でない」 実態があることを認めます。
「こうした課題を踏まえ、待遇差が不合理と認められるか否かの判断は、個々の待遇ごとに、当該待遇の性質・目的に対応する考慮要素で判断されるべき旨を明確化することが適当である。」 と建議します。そして考慮要素としては 「③その他の事情の解釈による範囲が大きくなっている。」 といいます。
 具体的には 「考慮要素として 『職務の成果』 『能力』 『経験』 を例示として明記することが適当である。また、労使交渉の経緯等が 個別事案の事情に応じて含まれうることを明確化するなど、『その他の事情』 の範囲が逆に狭く解されることのないよう留意が必要である。」 と建議します。このことはすでにパートタイム労働法第10条に 「職務の内容、職務の成果、意欲、能力又は経験等を勘案し、その賃金 (通勤手当、退職手当その他の厚生労働省令で定めるものを除く。) を決定するように努めるものとする」 と謳われていると説明します。「成果」 「意欲」 「能力」 「経験」 から待遇差は生じうるということです。「均等待遇規定」 と 「均衡待遇規定」 もちがいます。
 そして、現行法において 「均等待遇規定」 は、短時間労働者についてのみ規定されていたが有期契約労働者についても対象とすることが適当であるとします。
 比較対象となるのは 「同一の使用者に雇用される正規雇用労働者」 が適当であるとしています。

 “働き方改革” は、同じ非正規労働者同士に 「成果」 「意欲」 「能力」 「経験」 でによって競争をあおり、賃金格差をおこなってかまわないということです。
 労働者と労働組合は 「均等待遇」 について質問、主張したりすると 「成果」 「意欲」 「能力」 「経験」 で切り返されることもありえます。労働組合と労働者はこれらについて評価基準をはっきり設定することを要求する必要があります。
 そもそも 「成果」 「能力」 などはなにをどう評価するかについては労使にとっては現在に至るも課題になっています。それをいとも簡単に明記するということは、“賃金を上げてほしかったら言われたとおりにしろ” “とにかく実績をあげろ” ということになりかねません。自己責任論です。
 今、経済界からは雇用の流動化が必要だと叫ばれています。即戦力を得やすくするためです。企業が不要と判断した労働力を排除し、必要な労働力に切り換えることを容易にすることです。それは 「解雇の金銭解決制度」 の提案と一体のものです。ここでも労働生産性だけから議論が行なわれています。
 労働者にはそれぞれ得意業務、こなすことができる業務、挑戦してみなとわからない業務、不得手な業務があります。得意分野・専門分野を簡単に変更することはできません。日本の終身雇用は、挑戦してみなとわからない業務も時間をかけて経験させて得意分野になることを期待してきました。そのような政策が必然的に 「労働者の意欲・能力が向上し、労働生産性の向上につなが」 っていきました。そして雇用の安定は 「ひいては企業や経済・社会の発展に寄与」 してきました。
 しかし 「成果」 「能力」 を強制することは労働者間に競争を激化させ、不要と判断した労働者を容赦なく排除する方向に向かいます。労働者は孤立するなかで業務遂行を余儀なくされます。「解雇の金銭解決制度」 が成立していない中では労働者をわざと不得手な業務に配置して 「成果」 を強制します。そして 「能力」 がないと “いじめ” て離職に追い込んでいる実態がありますす。
 教育・訓練の機会の保証は能力の蓄積のためのものではなく、短期戦でのテクニック取得のためです。
 “働き方改革” における 「均等待遇規定」 は、非正規労働者にも正規労働者と同じように競争を強制させるということです。労働者の中に生まれる 「格差」 は自己責任です。そのような労働感・職場秩序がさらに作り上げられていきます。
「『フレキシブルな労働市場』 は、現在従事している仕事に全力を傾けようとする気持ちも、献身的に取り組もうとする気持ちを起こさせないし、その余地も与えない。現在従事している仕事に愛着を覚え、その仕事が求めるものに夢中になり、この世界のなかでの自分の場所を、取り組む仕事やそれに動員されるスキルと同一化することは、運命の人質になることを意味する。」 (ジグムント・バウマン著 『新しい貧困』 青土社)


 派遣労働者についてです。
 現状を踏まえると 「1) 派遣先の労働者との均等・均衡による待遇改善か、2) 労使協定による一定水準を満たす待遇決定による待遇改善かの選択制とすることが適当である。」 と建議します。
 具体的には、派遣先の労働者との均等・均衡方式として
「ⅰ) 派遣労働者と派遣先労働者の待遇差について、短時間労働者・有期契約労働者と同様の
 均等待遇規定・均衡待遇規定を設けた上で、当該規定によることとすること
 ⅱ) 派遣元事業主が 「ⅰ」 の規定に基づく義務を履行できるよう、派遣先に対し、派遣先の労働者
 の賃金等の待遇に関する情報提供義務を課す (提供した情報に変更があった場合も同様) とともに、
 派遣元事業主は、派遣先からの情報提供がない場合は、労働者派遣契約を締結してはならない
 こととすること(なお、派遣先からの 情報は派遣元事業主等の秘密保持義務規定 (労働者派遣法
 第24条の4) の対象となることを明確化すること)
 ⅲ) その他派遣先の措置 (教育訓練、福利厚生施設の利用、就業環境の整備等) の規定を強化」
が適当とします。
 そして労使協定による一定水準を満たす待遇決定方式として
「派遣元事業主が、労働者の過半数で組織する労働組合又は労働者の過半数代表者と話し合い、十分に派遣労働者の保護が図られると判断できる以下の要件を満 たす書面による労使協定を締結し、当該協定に基づいて待遇決定を行うこと
①同種の業務に従事する一般の労働者の賃金水準と同等以上であること
②段階的・体系的な教育訓練等による派遣労働者の職務の内容・職務の成果・能力・経験等の向上
 を公正に評価し、その結果を勘案した賃金決定を行うこと」
が適当とします。


 「労働者に対する待遇に関する説明の義務化」 についてです。
「非正規雇用労働者 (短時間労働者・有期契約労働者・派遣労働者) が自らの待遇をよく理解し、納得するためにも、また、非正規雇用労働者が待遇差について納得できない場合に、まずは労使間での対話を行い、不合理な待遇差の是正につなげていくためにも、非正規雇用労働者自らの待遇の内容に加え、正規雇用労働者との待遇差に関する情報を、事業主から適切に得られ、事業主しか持っていない情報のために、労働者が訴えを起こすことができないといったことがないようにすることが重要である。」 と建議します。
 そのために、短時間労働者・有期契約労働者に対して
「ⅰ) 特定事項(昇給・賞与・退職手当の有無)に関する文書交付等による明示義務、その他の労働条
 件に関する文書交付等による明示の努力義務 (雇入れ時) (パートタイム労働 法第6条第1項・第2項)
ⅱ) 待遇の内容等に関する説明義務 (雇入れ時) (パートタイム労働法第14条第1項)
ⅲ) 待遇決定等に際しての考慮事項に関する説明義務 (求めに応じ) (パートタイム労働 法第14条第2項)」
などの現状に加え、
「短時間労働者・有期契約労働者が求めた場合には正規雇用労働者との待遇差の内容やその理由等について説明が得られるよう、事業主に対する説明義務を課すことが適当である。」 とします。
 その場合、「事業主に説明を求めた非正規雇用労働者と職務内容、職務内容・配置変更範囲等が最も近いと事業主が判断する無期雇用フルタイム労働者ないしその集団との待遇差及び その理由並びに当該無期雇用フルタイム労働者ないしその集団が当該非正規雇用労働者に最も近いと判断した理由を説明することとする」 とします。
 最も近い無期雇用フルタイム労働者自体のそれぞれの賃金は 「成果」「能力」 による評価によってばらつきが発生しているからです。
「派遣労働者についても、派遣元事業主に対し、上記 (1) のⅰ) ~ⅲ) 及び派遣労働者 が求めた場合には待遇差の内容やその理由等についての説明義務・不利益取扱禁止を 課すことが適当である。」としています。


 行政による裁判外紛争解決手続の整備等についてです。
「非正規雇用労働者にとっても、訴訟を提起することは大変重い負担を伴うもので あり、これらの規定が整備されて以降も、訴訟の件数は限られている実態にある。 非正規雇用労働者がより救済を求めやすくなるよう、行政による履行確保 (報告徴収・助言・指導等) の規定を整備するとともに、行政ADR (裁判。外紛争解決手続) を利用しうるよう規定を整備することが求められる。」 と建議します
 そのために 「現状では、均等待遇規定については報告徴収・助言・指導・勧告の対象としているが、均衡待遇規定については、報告徴収・助言・指導・勧告の対象としていない。しかしながら、均衡待遇規定に関しても、解釈が明確でないグレーゾーンの場合は報告徴収・助言・指導・勧告の対象としない一方、職務内容、職務内容・配置変更範囲その他の事情の違いではなく、雇用形態が非正規であることを理由とする不支給など解釈が明確な場合は報告徴収・助言・指導・勧告の対象としていくことが適当である。」 としています。


 法施行に向けて (準備期間の確保) は 「法改正は、事業主にとって、正規雇用労働者・非正規雇用労働者それぞれの待遇の内容、待遇差の理由の再検証等、必要な準備を行うために一定の時間を要する。したがって、施行に当たっては、十分な施行準備期間を設けることが必要である。」 とあります。
 鳴り物入りで議論を始めた割には実施はかなり先になるということです。
 そうであっても労働組合は “待ち” ・ “働らかされ方改革” の姿勢です。
 本当の “働きかた改革” のためには、今こそ労働組合が現場の声を集めて政府を先取りする提案、対案をして議論をまき起こすチャンスです。

   「活動報告」 2016.6.9
  当センター「いじめメンタルヘルス労働者支援センター」ホームページ・ご相談はこちらから
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ヘイトスピーチ  「許されなくてもいいから二度としないと決めてほしい」
2017/06/20(Tue)
 6月20日 (火)

 ヘイトスピーチ対策法が公布・施行されてから6月3日で1年が経ちました。正式名称は 「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」 です。日本で初めて人種差別解消を目的とする法律です。
 目的は、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消が喫緊の課題であることに鑑み、その解消に向けた取組について、基本理念を定め、及び国等の責務を明らかにするとともに、基本的施策を定め、これを推進すること」 です。
 ヘイトスピーチの定義は、「専ら本邦の域外にある国若しくは地域の出身である者又はその子孫であって適法に居住するもの (以下この条において 「本邦外出身者」 という。) に対する差別的意識を助長し又は誘発する目的で公然とその生命、身体、自由、名誉若しくは財産に危害を加える旨を告知し又は本邦外出身者を著しく侮蔑するなど、本邦の域外にある国又は地域の出身であることを理由として、本邦外出身者を地域社会から排除することを煽動する不当な差別的言動」 です。
 そしてヘイトスピーチは 「許されない」 と宣言し、国に相談体制の整備などを通じて差別的言動の解消に取り組む責務を、地方自治体には努力義務を課しています。憲法が保障する表現の自由に配慮して、罰則や禁止規定は設けていません。
 自治体がデモや集会のための公共施設の利用を認めるかどうかを判断する指針の1つになります。

 法務省はどんな表現がヘイトスピーチにあたるか具体例を 「参考資料」 にまとめて自治体に示しています。
 典型的な例です。「脅迫的言動」 として 「○○人は殺せ」 「○○人を海に投げ入れろ」、「著しく侮蔑する言動」 として 「特定の国・地域の出身者について 『ゴキブリ』 などの昆虫、動物、物に例える。このほか、隠語や略語が用いられたり、一部を伏字にしたりするケースもある」、「地域社会から排除することを扇動する言動」 として 「○○人はこの町から出て行け」 「○○人は祖国に帰れ」 「○○人は強制送還すべきだ」 などです。その上で、背景や前後の文脈などの諸事情によって 「どのような意味が含まれる言動か考慮する必要がある」 としています。

 成果も出ています。
 大阪市は昨年7月1日にヘイトスピーチの抑止を目的とする大阪市条例を施行しました。これまでに申し立てなどがおこなわれた27件が有識者の審査会に諮問されています。内訳は市民らからの申し立てが21件、6件は情報提供を受けた市が職権で諮問しました。そのうちの4件がヘイトスピーチと認定され、審査途中で取り下げられた1件を除く22件が審査中です。
 審査会の開催ペースは月1回です。認定された4件は、事実確認や申し出人の意見陳述、デモなどの主催者からの意見書提出などを受けた審査に9~11カ月かかっています。迅速化が課題になっています。また、通信の秘密や個人情報保護が壁となり、行為者の特定には至っていません。
 川崎ではヘイトスピーチに反対するカウンターデモなどがおこなわれ 「共に生きる町」 づくりがおこなわれています。


 しかし、法の 「本邦外出身者」 という定義は限界がでています。例えば、昨年10月、沖縄・高江で大阪府警の機動隊員が米軍ヘリパッド建設に抗議する市民に、「どこつかんどるんじゃ、ぼけ、土人が」 と発言したことが報道され、当該の機動隊員も認めました。これに対して大阪府の松井知事はツイッターに 「ネットで映像を見ましたが、表現が不適切だったとしても、大阪府警の警官が一生懸命命令に従い職務を遂行していたことがわかりました。出張ご苦労様。」 と書き込みました。さらに 「差別と断定できない」 とする閣僚の発言を閣議決定で支持しました。
 ヘイトスピーチは、沖縄の人びとやアイヌ民族、国内のマイノリティーなどにたいしては容認されている状況があります。人権保護法にはなっていません。

 3月30日の.BuzzFeed Japan.は 「照ノ富士への 『モンゴル帰れ』 に広がる波紋」 の見出し記事を載せています。
「3月26日、スポーツ報知はウェブサイトでこんな見出しの記事を配信した (現時点で見出しは変わっている)。
 『照ノ富士、変化で王手も大ブーイング! 「モンゴル帰れ」』
 記事によると、優勝を争う照ノ富士が立ち合いで変化し、はたき込みで琴奨菊を破った際、観客から飛んだ 『ブーイング』 を見出しにして報じたものだ。
 この後、土俵にあがった同じモンゴル出身の横綱日馬富士は場内の雰囲気をこう表現している。
 『照ノ富士へのブーイングが止まらず 「オレが土俵に上がってるのに、すごい言葉を言ってくるから」 と戸惑った』
 『相撲を取るどころじゃなかった。集中してるけど耳に入ってしまう。次の一番に集中してる人のことも考えてほしい。大けがにもつながるから』 (日刊スポーツより)」
 「日本人横綱」 などの合唱は排除を期待する間接的ヘイトスピーチです。ヘイトスピーチは、無意識のうちに本音が登場し、いつのまにか危険に転化ていきます。

 また適用範囲も差別的言動に限られています。それ以外の人種差別、例えば就職差別や、入居差別などの差別的取り扱いは対象外です。基本的人権、人格権の本質的捉え返しがおこなわれていません。
 基本的人権、人格権は表現の自由に勝るものです。配慮は基本的人権、人格権を否定することです。今後、人種差別解消を目的とするヘイトスピーチ法をより実効性の高いものに、そしてあらゆる人種差別撤廃、人権保護を対象にしたものに変えていく必要があります。


 6月2日の毎日新聞に、証言 「ヘイトスピーチ 『失うものばかり』 後悔の元 『突撃隊長』」 の見出し記事が載りました。抜粋します。
「12年、ヘイトデモは代表的なコリアンタウンである東京都新宿区の新大久保でも行われるようになった。常連参加者が 『お散歩』 と称し、店舗や買い物客に罵声を浴びせながら練り歩く。ある時、地域住民や商店を攻撃することに抵抗感を覚え、メンバーに 『まずいんじゃないか』 と話した。すると 『敵の味方をしやがって』 『裏切り者、スパイ』 と糾弾された。
 週末のデモに月2回程度参加するうち、友人が増えた。デモの場が 『居場所』 となっていた。意見の対立でデモの場を失い、友人関係が終わってしまうことがひたすら怖かった。
 他のメンバーが 『過激なデモはおかしい』 と意見を述べたこともあった。男性は逆に、『あいつはスパイで情報を流しているかもしれない。気をつけろ』 『あいつは在日じゃないか』 などと吹聴し、ついにはそのメンバーを追い出してしまった。仲間に合わせないと自分が標的にされるという恐怖心がそうさせた。」

「男性はデモで過激な振る舞いができた理由について、道路使用許可とデモ隊を囲むように配置された多数の警官の存在を挙げた。『使用許可を取っているから、「表現の自由」 を盾に何を言っても許されると思っていた。デモに反対する人が迫ってきても、警察官が守ってくれるという安心感があった。自分たちが優位にいる感覚だった』」

 逮捕を契機にデモから疎遠になったことが 「カウンター側とつながっているのでは」 と疑いの目を向けられるようになり、結果的にヘイトデモのメンバーとの関係は終わります。
「男性の窮地を救ったのは、カウンター活動をする在日コリアン2世の男性 (52) だった。ツイッターでメッセージを男性に送った。『脅迫とか嫌がらせがあったらなんでも言ってこいよ』。嫌がらせに屈して、再びデモに戻らないでほしい一心だった。
 その言葉に男性は 『自分が攻撃してきた在日コリアンがなんでこんなことを言ってくれるんだろう』 と信じられない思いだった。正直、ありがたくもあり、申し訳なくもあった。この言葉をきっかけに、自身を省み始めた。どうしたら許されるのか、尋ねた。返信があった。『許してもらおうと考えるのではなく、自分が何をしてきたかを書き連ね、許されなくてもいいから二度としないと決めてほしい』」
「男性は過去の自分に向き合うため、カウンターの人たちと連絡を取り、面会した。取り返しの付かないことをしてしまい、ただただ申し訳ない、と伝えた。『してきたことを忘れないで、幸せになりなさい』 『出会いを大切にして』。掛けられた言葉に涙が頬を伝った。」

「いま、自らに課していることがある。身の回りにヘイト発言をする人がいたら注意する。そして、自分の行動が人を傷つけていないかどうかよく考える。二度と思い込みで行動しない、と。」
 差別は、差別をする側もされる側も傷つけます。差別された者の自己を喪失させ、抵抗力を奪い無力化します。 
 彼は他者の力を借りて強い人間として生まれ返ることができました。


 ヘイトスピーチは差別されている者たちが他の差別されている人たちを攻撃しているといわれたことがありました。しかし今参加しているのは 「普通の人たち」 です。
 現在の政府は小さな政府、「自己責任」 を標榜します。それに対して人びとはどのような防衛策をとることができるでしょうか。強いものに依拠することです。身近で異論を発する者は共同体を壊す危険なものとして排除しないと自分たちを防衛できないという不安が生まれてきます。危険なものに対する戦いが不安な自分たちを強いと思い込ませます。

「なぜ、アメリカ人が自分たちのアンダークラスを非難するかといえば、それは、アンダークラスが抱く夢や望む生活のモデルが、不思議なほど自分たちと似ているためである。 ピーター。タウンゼントが指摘するように、貧民を不満足な消費者という鋳型に押し込むものは消費社会の論理である。……
 あらゆるタイプの社会秩序が、そのアイデンティティを脅かす何らかの危険なもののビジョンを生み出す。それらのビジョンは、全体として、それを生み出した社会のミラーイメージとなる傾向があるのに対し、脅威のイメージはマイナスの記号を持った社会の自画像となる傾向がある。あるいは、これを精神分析の言葉に置き換えると、脅威は、社会のあり方やその手段、つまり、社会が存在し、その生存を持続させる方法をめぐる、社会自身の内部の葛藤の投影である。その存在様式を存続させる自信のない社会は、包囲された要塞のメンタリティを発達させる。その壁を取り囲む敵は自分自身であり、『内部の悪魔』 である。つまり、日常の現実を耐えられるものにするために、日常生活の 『状態』 に浸透する、抑圧されたもの、つまり、周囲全体に漂う恐怖心を、日常性から搾り出して、異質なものに成型しなければならない。人が戦ってはまた戦って、征服してしまいたいと望む有形の敵の姿に。」 (ジグムント・バウマン著 『新しい貧困』 青土社)

「(アメリカの社会学者) ハーバート・ガンスによれば、『幸福な階級が貧しい人々に対して抱く感情は、恐怖心と怒りと反発が入り混じったものだが、そのなかでも恐怖心がもっとも重要なのかもしれない』。実際そうした充満した複雑な感情は、その恐怖心が強烈で本当の意味で恐ろしいものである場合には、動機としても、政治的にも有効である。」 ( 『新しい貧困』)
 ヘイトスピーチは人びとの分断にも利用されています。

 意見がちがう他者をもお互いに認め合い、共存共生を推し進めることが安全・安心を保障します。カウンターが掲げる 「仲間じゃないか」 のスローガンこそが本物の強い社会をつくります。

   「活動報告」 2016.10.21
   「活動報告」 2016.6.3
   「活動報告」 2016.2.5
  当センター「いじめメンタルヘルス労働者支援センター」ホームページ・ご相談はこちらから
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「忘れまじ6.15」
2017/06/16(Fri)
 6月16日 (金)

 6月15日、参議院で 「共謀罪」 が可決・成立しました。採決に至る経過がおかしいのは今更いうまでもありません。連日、多くの市民が反対して国会周辺におしかけ、各地でも反対の集会やデモがおこなわれました。
 政府はオリンピックを前にしたテロ対策といいます。しかし国連からも批判の声が上がりました。
 国連人権理事会の特別報告者ケナタッチ氏は日本政府に、法案にある 「計画」 や 「準備行為」 の定義があいまいで、恣意的に適用される可能性があると指摘し、「プライバシーや表現の自由を不当に制約する恐れがある」 と記した書簡を送りました。反対する人たちが危惧していることと同じです。
 これに対して日本政府は抗議したといいます。国連と日本は人格の尊厳や人権の概念がちがいます。そして日本は歴史の教訓を活かそうとしません。逆に繰り返そうとしています。
 共謀罪は誰が対象になるのでしょうか。何もしていない人は関係ないのでしょうか。対象を決めるのは警察権力であって自分ではありません。しかも行為ではなく 「心の中まで監視」 されてです。つまりは相手のやりたい放題です。

 13年12月成立の特定秘密保護法、15年7月成立の安保関連法、そして共謀罪とi立て続けです。軍事力強化から治安管理に移っています。これらに合わせてマイナンバー制度の開始、個人情報保護法の改正、ストレスチェック制度の導入がありました。現在の政府が目指す国家像が見えてきます。
 共謀罪を反対する意見に 「心の中まで監視される」 というのがありましたが、ストレスチェック制度もそうです。基本的人権が脅かされます。世界では他に存在しない治安法です。
 さまざまに監視され情報が集中して集められた中で、20年のオリンピックの観戦はマイナンバーカードを提示しないと会場に入れなくされるとささやかれています。マイナンバーに収められた情報の中には個人情報保護法の緩和で集めた情報や “どこからか流出した” ストレスチェックの情報も含まれています。これもテロ対策です。


 特定秘密保護法、安保関連法、そして共謀罪・・・。戦後の日本が大きく変えられていきます。
 その助走となったのが憲法違反の自衛隊を海外に派遣することを “合法” にしたPKO (国際連合の国連平和維持活動 Peace Keeping Operation) 法だという意見があります。
 PKO法は1992年6月15日に成立しました。
 PKO法案阻止に向けて、社会党などは採決に際して連日 「牛歩戦術」 を行使し、会期期限切れ廃案を目指しました。採決中は議場閉鎖です。トイレにも行けません。女性議員は紙おむつをはいていたといわれます。水をひかえていた男性議員は脱水症状になってしまい棄権せざるを得ませんでした。国会周辺にはデモ隊が押し寄せ、国会内と外がひとつになって頑張りました。
 徹夜でテレビ中継がおこなわれていました。国会前に駆けつけられなかった人たちはテレビにくぎ付けでした。ある人は、採決を遅らせ、廃案に追い込もうとしている牛歩は、次にいつの日か登場させてくるであろう徴兵令を1秒、1分遅らせることになると確信していたといいます。
 しかし可決されました。
 数日後、日比谷野外音楽堂でPKO法案を認めない集会が開催されました。当時、社民連代表だった江田五月議員 (前参議院議長) は壇上で 『忘れまじ6.15』 の歌を涙ながらに歌い決意を語りました。『忘れまじ6.15』 は60年安保闘争で亡くなった樺美智子さんを弔う歌です。
 PKO法は憲法9条をないがしろにしました。法案が成立すると政治再編が加速しました。


 60年安保闘争の時の首相は岸信介、安倍晋三の御祖父です。岸は安保条約締結に反対する人たちを気にしながら 「声なき声は私を支持している」 と豪語しました。しかし 「声なき声も安保条約に反対している」 という声があがり、反対運動はさらに盛り上がりました。これが日本における市民運動の登場になりました。そして政権は倒れます。
 「共謀罪」 が成立したのは6月15日です。首相は安倍晋三です。くり返される 「忘れまじ6.15」 です。
 「共謀罪」 は安倍政権を揺さぶっています。


 共謀罪は2020年の東京オリンピックを口実にされます。
 では、この前の東京オリンピックはどのような状況下で開催されたのでしょうか。
「1960年代は、日本の高度経済成長期にあたり、また一方では日本が大きく変貌していった時期でもあった。そしてこの歴史や戦争についての見方のも、微妙な変化がみられるようになった。毎年8月15日には政府主催の 「全国戦没者追悼式」 がおこなわれるが、それが始まったのは、1963年のことである。それまでは、戦争の性格もあってか、戦没者を政府が公式に追悼することは控えていたと考えられる。
 また、千円札の肖像が 『聖徳太子』 から 『伊藤博文』 に代わったのも、1963年11月のことである。日本では、特に話題にもならなかったが、たとえば、あるソウル特派員は韓国の大学生から、つぎのような疑問をぶつけられている。
 『・・・あなたは、その人物が何をした人か知っていますか。初代の朝鮮総督です。日本の植民地侵略の原動力となった人です。・・・』 ・・・
 『戦没者叙勲』 が再開されたのは、1964年4月29日 (天皇誕生日) である。時の池田勇人首相は、戦没者に対する叙勲は 『国として感謝の誠を捧げ、その生前の功績を顕彰する趣旨のもの』 と談話を発表した。
 1964年の 『東京オリンピック』 や70年の大阪 『万国博覧会』 は、この時期を象徴するイベントである。東海道新幹線の開通が64年10月、名神高速道路の全通が65年7月、東名高速道路の全通が69年5月などもこの時期に重なり、さらに64年4月からは一般海外渡航が自由化される。」 (田中伸尚他 『遺族と戦後』 岩波新書)

 1963年の 「全国戦没者追悼式」 の後の10月に 「第18回全国戦没者遺族大会」 が開催されます。そこで靖国神社の国家護持の要望が決議されます。その後、「靖国神社法案」 は5回国会上程されましたがその都度廃案になりました。
 「戦没者に対する叙勲は今次の戦において、祖国のために尊い命を捧げた方々に対して国として感謝の誠を捧げ、その生前の功績を顕彰する」 もので、『生前の功績』 は、「よく戦ったことであり、それを国家が評価するわけである。たんに 『国のために死んだ』 というだけが叙勲の対象ではないのである。・・・勲章の授与者は天皇だった」 のです。
 戦没者のなかに差別が持ち込まれました。
 そしてこの頃に各地でせんぶとしゃの慰霊碑 (塔) の建立が始まります。
 沖縄には都道府県の慰霊碑が建立されていますが多くがこの頃のものです。
 終戦後、人びとの意識に強くあった戦争反対の意識は少しづつ崩されていきます。
 その一方で 「教育勅語」 の評価が変えられようとしています。

 1965年に 「日韓条約」 が締結されます。韓国との戦後補償は終了したことになります。
「政府は、毎年15日に、東京の日本武道館で 『全国戦没者追悼式』 を開催し、天皇・皇后も出席する。
 1990年からその 『政府広報』 が一般紙に載るが、そこには 『内外地を通じて死没された300余万の方々』 とある。この 『300余万』 とは日本側の死者のみを意味することはいうまでもない。」
 同追悼式における歴代首相の 『式辞』 にも、この 『300余万』 が登場する。ちなみに、1992年の宮沢首相、93年の細川首相、94年の村山首相のそれぞれを読みくらべてみた。
 あとの2人は 『300万余』 のほかに、宮沢首相と違って、『アジア近隣諸国をはじめ全世界すべての戦争犠牲者とその遺族に対し、国境を越えて謹んで哀悼の意を表する』 (細川首相)、または 『アジアをはじめとする世界の多くの人びとに、筆舌に尽くし難い悲惨なぎせいをもたらし』 (村山首相) と述べ、若干の変化が見られた、なお、土井たか子衆議院議長は、『300余万』 を使わず、『痛ましい犠牲となられた彼我幾千万の人びと』 (1993年) という表現を使っている」
 「彼我幾千万の人びと」 はまた強制的に忘れさせられようとしています。


 20年の東京オリンピックは世界に何を誇示し、国内の人びとをどのように誘導しようとするのでしょうか。
 誇示する前に、戦争被害にあわせたアジアの人たちにたいしてそれを認めて謝罪が必要です。政府は従軍慰安婦問題を、まもなく当事者がいなくなったらすべて解決するととらえています。しかし歴史を力でくつがえすことはできません。
 政府は、強固に完備した軍事力のもとで経済力を誇示します。そしてそれに反対したり、格差社会を拡大する経済政策優先に抵抗・抵抗しようとする人びとを監視し管理する体制を作り上げようとしています。それが 「強い国家」 づくりだと思い込ませられています。
 「強い国家」 は権力を握る少数の者が人びとを巻き込んだときに成立します。その手段にオリンピックが利用されています。強い国家と、オリンピックに選ばれる強い選手・チームの発想は繋がります。あらゆるスポーツがそこに向けて 「日の丸」 「君が代」 を掲げて動員されます。
 オリンピックに踊らされることは危険です。浮かれてはいられません。

 軍事力を背景に経済格差を拡大し、人びとを監視・支配する社会はけっして 「強い国家」 ではありません。そこから取り残された人たちのなかからテロが生まれます。
 本気でテロ対策をおこなうのならその逆を追究する必要があります。
 誰をも弾圧、強迫しない、差別しない 「弱い国」 のほうが人びとは生きやすいです。

   「活動報告」 2017.5.12
   「活動報告」 2017.4.11
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震災の 「2次的要因」 に具体的対応を
2017/06/13(Tue)
 6月13日 (火)

 6月11日で、東日本大震災から6年と3か月です。
 被災地の状況は日々変化していきます。被災者の 「心」 もそうです。6年という年月は決して短い時間ではありません。風化が進んでいくのは必然です。しかし忘れてはいけないことにはこだわりつづけて伝承していく必要があります。
 震災の後の状況は 「そこ退け、そこ退け防災が通る」 という言い方があるのだそうです。防災という名のもとに被災者の意見は無視され、上からの計画が押し付けられます。目に見える復興が急がれますが被災者の 「心」 にはなかなか関心が向きません。
 被災者は地域的つながりが崩れ、個々を取り巻く経済的状況は大きな 「格差」 が生まれます。それにともなう “人間関係” にも大きな変化が起きています。新たな出会いもありますが、一方では、想像がつかないところで崩れていきます。そしてその具体的姿は学校にも表れ、“いじめ” も起きてきます。“いじめ” の問題をそれだけで限定して議論をしても解決には至りません。

 1995年3月17日に発生した阪神淡路大震災の時はどういう状況が生まれたでしょうか。
 貴重な資料を眠らせたままにしないで今こそ活かしていくことがなか必要です。15年12月11日の 「活動報告」 の再録です。
 阪神淡路大震災発生後10年間、兵庫県の関連機関は毎年 『阪神・淡路大震災復興誌』 を刊行しました。その最終版・第10巻の第6章 教育から、学校の状態、児童・生徒の心理状況はどうだったのか、それに教職員はどう対応していたのか拾ってみます。実際に教職員がどのような活動をしていたのかを検討する中から、教職員への対応策が探れるからです。

「被災児童・生徒の心のケアといえば、教育復興担当教員があげられ、学級担任が対応しきれない 『心のケア』 に、担任教諭、保護者、養護教論、スクールカウンセラー、関係機関の間に立って、コーディネータ一役を果たした。被災児童・生徒一人ひとりの症状を把謹し、『個に応じた心のケア』 を進め、家庭訪問をくり返し、教室に入れない児童・生徒に相談室で個別指導を行った。」
「心に大震災の傷を負った被災児章・生徒の教育的配慮に取り組む 『教育復興担当教員』 は2004年度に55人配置と、大幅減となった。要配慮児童・生徒の減少、震災から10年経過などによるもので、配置市町は、1998年度から変わらず、6市2町。……
教育復興担当教員は国の加配措量による配置で、1995年度に128人、1996年度から2000年度まで207人、2001年度180人、2002年度130人、2003年度65人と、要配慮児童・生徒の減少に伴って削減された。2004年度は当初、文部科学省が全廃方針を打ち出したが、兵庫県教委の強い要望で55人体制で継続された。
 2005年度からは教育復興担当教員としては廃止され、『阪神・淡路大震災に係る心のケア担当教員』 に名称変更して、神戸、西宮、芦屋、宝塚の4市に、計36人 (前年より19人減) が配置された。」

「カウンセラーが行う心のケアの分野で、教育援興担当教員は大きな役割を果たした。教師ならではの方法で成功した。担任ではないが、個別的な児童・生徒へのかかわりが活動の中核になった。学校とは集団の論理で運営されるが、個の論理を置き、個別指導を中心に置く活動だった。
 『声かけ・励まし・日記指導』 など教師の常のスタイルが80% 。加えて 『生活指導・学習指導で自信を持たせる』 支援を続けた。教師の技法というより自然的なかかわりで、相談活動も 『日常会話の中で』 が突出した。家庭、保護者との連携、相談にも積極的だった。1998年9月の台湾地震後、現地の日本人学校へ文部省が兵庫の教育復興担当教員を派遣したことは取り組みの成果を高く評価したからだ。」


「しかし、被災から10年たっても児童・生徒が負った心の傷は今も残されている。大震災からの援興が広い分野で進んだ中で、いまだに解決、解消の道が遠い課題でもある。大震災から学んだ教訓だ。
 兵庫県教委は、被災直後の1996年から、震災による教育的配慮を必要とする児童・生徒数の調査を続けている。1998年度の4,106人をピークに、1997年度から3年間は4,000人の大台を超え、2000年度から減少傾向となった要因別に見ると、被災から5年を境に、事情が変わってくる。前期は 『震災の恐怖によるストレス、住宅環境の変化、通学状況の変化』 などが主な要因。後半は 『家族・友人関係の変化』 や 『経済環境の変化』 などが漸増傾向を見せるようになる。これを県教委は 『二次的要因』 と位置づけている
 要因はどうあれ、要配慮児童・生徒は、10年後の2004年度1,337人、2005年度808人にのぼる。県教委をはじめとして教育現場では、初体験の 『心のケア』 に取り組んできた。その成果が要配慮児童・生徒数の減少である。その中心的役割を果たしたとして評価されるのが 『教育復興担当教員』。略称 『復興担』 は被災後、国の教員加配措置で配置され、『心のケア』 と 『防災教育の推進』 に努めた。」


「大震災で子どもが負った心の傷を調べる 『教育的配慮を要する児童・生徒の実態調査』 は兵庫県教委が1996年度から7月1日現在で続けている。
 2001年度までは県内すべての公立小・中学生を調査対象にしたが、2002年度から震災後に出生した子どもを除くことにし、2004年度は小学1 、2 、3 年生が調査対象外となった。
 2004年の調査対象は小学校828校1分校、15万9,697人。中学校359校3分校 (芦屋国際中等教育学校を含む)、14万9,117人。合計1,187校4分校、30万8,814人。
 調査結果によると、配慮が必要な小学生556人 (前年比420人減)、中学生781人 (同151人減)、合計上1,337人 (同571人減)。毎年減少となっているが、被災9年後に新たな発症が74人もいた。」

「要配慮児童・生徒の2004年度要因 (複数回答) は 『住宅環境の変化』 が43.5% (前年40.1% 、前々年40.0%)。『経済環境の変化』 が37.1% (34.7%、33.1%)。『家族・友人関係の変化』 が36.9% (39.0%、41.0%)。『震災の恐怖によるストレス』 が29.9% (35.3%、36.8%) で、これら4項目が要因の大半を占める。4項目以外では 『学校環境の変化』 4.9% (6.9%、8.6%)、『通学状況の変化』 4.3% (4.7%、5.5%) など。
 トップの 『住宅環境の変化』 は前年と変わらないが、『経済環境の変化』 が2位 (前年4位、前々年4位) につけた。『家族・友人関係の変化』 は3位 (前年2位、前々年1位)。「震災の恐怖によるストレス」 は4位 (前年3位、前々年3位)。要因別順位は2位以下にかなりの変動が見られた。『震災の恐怖』 が大きくポイントを下げたのに対し、『経済環境』 は毎年ポイントを上げ、最近の二次的要因の特徴を2004年度も見せた。
 9年間の調査結果の流れを見ると、1996年度から1999年度までは 『震災の恐怖』 の割合が最も高かった。『住宅環境』 は1996年度、1997年度は40%を超える高い割合を占め、その後、一時減少したが、2002年度以降、再び、40%を超え、2004年度は最も高い。
 生活基盤を揺るがす災害は、直接の衝撃だけでなく、その後の生活の不安定さなどの二次的ストレスが、心理的に大きな影響をもたらし続けることが指摘されている。この調査でも1995年度から2001年度まで 『家族・友人関係の変化』 が増加し、その後やや減少したとはいえ、2004年度でも36.9%を占めている。
 また、『経済環境の変化』 は1995年度以降、一貫して、その割合が増加し、2004年は37.1%、第2位となった。このような二次的ストレスが、震災の恐怖などのストレス体験を呼び起こすことも指摘されており、今後の取り組みは、調査結果の流れ、傾向を踏まえて進める必要がある。
 『震災の恐怖ストレス』 は倒壊家屋の下敷きになるなどの体験により、再び地震があることへの極度の緊張感を持ったり、地震の夢を見て泣き出すなど。
 『住宅環境の変化』 は避難所での苦しい生活や住民移転の影響など。
 『家族・友人関係の変化』 は震災による家族や身近な人の死、保護者の別居、離婚、友人との別れなど。『経済環境の変化』 は震災の恐怖体験をしたうえ、家庭が経済的に悪化したり、保護者が失業。自宅の再建や転居費用がかさんだりするなど。」


「震災で心に傷を負った児童について、兵庫県教委は毎年行う調査で、震災後生まれを対象から外している。2004年度の調査では小学3年生以下が除かれ、4年生以上を調査対象とした。
 兵庫県教職員組合と兵庫教育文化研究所は、2004年7月、教育復興担当教員が配置されている神戸、西宮、芦屋、宝塚各市と北淡町の19小学校で、教育復興担当教員から開き取り調査を行った。その結果、小学1-3年生の中でも、約4%にあたる242人に心のケアが必要なことがわかったと発表した。
 242人には 『怖い夢を見る』 『乳幼児のような言動が現れる』 『集中力に欠ける』 『落ち着きがない』 『いらいらしやすい』 『攻撃的』 『音や振動に過敏』 などの症状が見られたという。
 これらは要ケアの判断基準になっている症状で、理由について、兵教組は 『家族・友人関係の変化』 『住宅・経済環境の変化』 など2次的要因によるものと分析している。
 家族が震災で死亡したり、失職や離婚など、乳幼児期に家庭環境の急変を経験して、ストレスが出ている。不安定な生活の中で子育てが、子どもの心の成長に影響を与えていると主張している。」

 時間の流れとともに要因は変化していきます。10年たっても問題は深刻です。
 このような事態は東日本大震災の被災地においても今後同じような状況が生まれることが予想されます。


 東日本大震災での被災地の子どもたちにも問題は確実に生まれています。
 15年12月1日の 「毎日新聞」 は、「被災地、教育に貧困影響 『父が非正規・無職』 倍増」 の見出し記事を載せました。
 東日本大震災で被災した子どもたちの学習を支援している公益社団法人 「チャンス・フォー・チルドレン」 (本部・兵庫県西宮市) は、11月30日、同法人が支援に関わるなどした被災家庭2338世帯を対象に2014年5〜9月に実施した、被災地の子どもの貧困や教育格差の実態調査 「被災地・子ども教育白書」 を発表しました。
 白書によると、父親が契約社員などの非正規労働か無職の割合は13.1%で、震災前の6.3%に比べ約2倍になりました。逆に正規労働は9.4ポイント減の78.5%に落ち込みました。世帯所得が250万円未満の割合は36.9%で、震災前に比べ8.5ポイント増えました。
 理想とする進路を中学3年生に尋ねたところ、56.2%が 「大学以上 (大学、大学院)」 と回答。しかし 「現実的には、どの学校まで行くことになると思うか」 との質問に 「大学以上」 と答えた割合は44.3%にとどまり、11.9ポイントの開きがありました。その理由に 「経済的な余裕がない」 を挙げたのは13.4%。国が全国の親子を対象に11年度に実施した同種の意識調査で、現実的な進路を選ぶ理由に 「経済的理由」 を 挙げた割合は4.3%しかなく、被災地の子どもたちが自分の希望に反し、経済的理由から現実的な進路選択を迫られる割合が高まりました。
 一方、不登校の経験がある中高生を世帯の所得別でみると、年収100万円未満世帯が最も高い17.9%で、低所得世帯ほど高くなっています。「安心して過ごせる居場所がないと感じたことがある」 「自殺をしようと思ったことがある」 と回答した割合も、低所得世帯ほど高い傾向がみられました。
 同法人の今井悠介代表理事は 「震災の影響は学習面だけでなく生活のさまざまな面に及び、要因も家庭の経済状況や人間関係など複数が絡み合っている。給付型奨学金の充実や子ども専門のソーシャルワーカーの制度化など、国や自治体、地域が連携した支援が必要だ」 と指摘しています。
 しかし現実は 「心」 を無視した防災教育だけが叫ばれています。
 その中で、自分たちの体験を踏まえてこの問題に取り組んでいるあしなが育英会の地道な活動には本当に脱帽します。


 このような児童・生徒に対応しているのが教職員です。
 しかし、阪神淡路大震災の時は、教職員や公務員の 「心のケア」 についてはさほど問題になりませんでした。実際は深刻でした。5年後、10年後に 「バーンアウト」 「PTSD」 が発症しています。
 東日本大震災でも 「二次的要因」 が表れ始めています。教職員は初体験の 「心のケア」 にも対応していかなければなりません。

 兵庫県における震災から2年後の教職員の調査を行った兵庫庫県精神保健協会 こころのケアセンターの岩井圭司医師による 『教職員のメンタルヘルス調査 報告』 (兵庫県精神保健協会こころのケアセンター 1998年3月) を紹介します。

 調査から見えてきたことを [考察と提言] としてまとめています。
 ①震災の被害の大きかった地域に勤務する公立学校教職員ほど評価尺度上の得点が高い傾向が
  あった。
 ②非被災地域の学校に勤務する教職員の評価尺度得点も、一般人口中のそれに比べて著しく高く、
  学校教職員は平時から強いストレスにさらされていることがうかがわれた。
 ③震災時の個人的被災状況が深刻であった者および震災後の業務内容が過酷であった者ほど、
  調査時点での精神健康が低下していた。
 ④震災時の個人的被災状況が深刻であった者および震災後の業務内容が過酷であった者では、
  その後の生活においてもより甚大なストレス状況にさらされやすい傾向を認めた。
 ⑤長期的な精神健康の低下をもたらす予測因子としては、震災後の業務内容よりも個人的被災状況
  の方が重要であると考えられた。
 ⑥勤務先の学校が避難所になったかどうかにかかわらず被災地にある学校に勤務する者は、調査時点
  においても震災の影響を精神健康面でこうむり続けていた。
 ⑦被災状況・業務内容が同程度であった場合には、女性の方が男性に比して評価尺度上高得点をしめ
  す傾向があった。

 これらのことを踏まえて対策を考察しています。
災害をはじめとする心的外傷事件 traumatic event による精神健康の低下においては、その予後ないし全般的な重症度は、急性期の重症度としてよりも回復の遷延というかたちで出現することがこれまでの研究でしられている。また、被害の軽重は、急性期のある時点における横断的な重症度よりも慢性期の重症度と相関することが多い。
 そしてこのことこそが、本調査を意義づけるものであるといえる。学校教職員は災害後も長期にわたって学校という場所に恒常的にとどまり続ける者であり、長期的な展望と対策を必要とするからである。
 学校は教育機関であり、児童・生徒に広い意味での “援助” を与える場である。そして、学校教職員はトレーニングを受けたプロの救助者・災害援助者ではない。したがって、被災した児童・生徒に適切な教育的援助を提供することが優先されるべきであって、教職員たちが本来の学校教育以外の責任や業務を担うことは最小限にとどめるべきであろう。」

「大災害後の被災した児童・生徒のケアにあたっては、精神保健専門家 (精神科医、臨床心理士、精神科ソーシャルワーカー等) の関与が望ましい。しかし、子どもたちの現在の状態を災害前からの生活史の中に位置づけてとらえることに関しては、専門相談機関や専門家よりも学校教職員の果たす役割が大きい。特に、災害で保護者をなくしたり、保護者と離れて暮らすようになった児童・生徒を、生活状況・家庭状況の変化を考慮しつつよりトータルな援助者として見守り続けていくことができるのは、担任教師を措いて他にはない。つまり、被災した生徒・児童に対しては、教職員にしかできない援助というものがある。それゆえ、援助者としての教職員に求められるのは “簡便な” 精神保健知識ではなく、あくまでも教育者としての専門技能の延長上に位置づけられるべきものとしてのアドヴォカシー (擁護的・保護的援助) を提供する能力であり、その一環としての精神保健知識であるといえる。学校教職員にとって最小限の災害心理学の知識は、学校避難所に避難してくる被災者のためにではなく、教職員自身と子どもの精神健康の維持のために必要である。」

 阪神淡路大震災における貴重な体験を活かしていかなければなりません。
 教職員に対する “心のケア” と “ゆとり” が必要です。
「被災した生徒・児童に対しては、教職員にしかできない援助というものがある。」
 児童生徒の心理状態は、体験だけでなくその後の生活変化、社会の変化にも大きく影響されています。1人ひとりに目が届くだけの教師の人的配置体制が必要です。
 兵庫県のような “心のケア” ができる 「教育復興担当教員」 の配置は、教員同士で “ゆとり” を作り出すこともできます。安易なカウンセラーの導入はかえって学校現場を混乱させます。
 「痛みある心」 は児童・生徒も教職員も持っています。それを癒すのは 「痛みある心の裡」 をも共有している人たちとの人間関係です。


 学校の “いじめ” 問題の責任を教師だけに押し付けても解決しません。
 5月29日の朝日新聞 フォーラム 「いじめをなくすために」 に評論家の荻上チキさんがコメントを寄せています。
「多くのいじめは休み時間に教室で起きています。……ストレスがたまりにくい環境を学校がつくっていく必要があります。
 ただ、今でも多忙な教師だけに負担を押し付けるのは問題です。常に2人以上の大人が教室にいるよう、人員を増やすべきでしょう。
 いじめに遭うと1人で抱え込んで何も考えられなくなり、選択肢が狭まってしまう。だからSOSを出しやすくしてあげることが大事です。いじめた側は 「チクった」 と言うかもしれないけど、それは相手を悪者にして自分を正当化しようとする卑怯な言い分。『もしまた何か言われたら先生が対応するから、どんどんチクりましょう』。子どもたちにそう伝えるのです。……」


 問題が発生することが予測できたら、意識しながら、行動しながら事前にさまざまな対策を検討していくことが二次被害の “減災” につながります。

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人間らしい生き方を取り戻すための労働時間規制を
2017/06/09(Fri)
 6月9日 (金)

 6月5日、労働政策審議会は厚生労働大臣に対し、いわゆる “働きかた改革” における時間外労働の上限規制等についての建議を行いました。建議をうけてこの後は労基法の改正に向かいます。具体的内容です。

 1 時間外労働の上限規制 (1) 上限規制の基本的枠組み についてです。
 現在は上限なしの時間外労働が可能になっている 「時間外限度基準告示」 を法律に格上げし、上限を設定します。
 上限は原則として月45時間、かつ、年360時間です。この上限に対する違反には、特例の場合を除いて罰則を課します。また、一年単位の変形労働時間制 (3か月を超える期間を対象期間として定める場合に限る。) にあっては、あらかじめ業務の繁閑を見込んで労働時間を配分することにより、突発的なものを除き恒常的な時間外労働はないことを前提とした制度の趣旨に鑑み、上限は原則として月42時間、かつ、年320時間とします。

 これを原則としつつ、特例として、臨時的な特別の事情がある場合として、労使が合意して労使協定を結ぶ場合においても上回ることができない時間外労働時間を年720時間と規定します。かつ、年720時間以内において、一時的に事務量が増加する場合について、最低限、上回ることのできない上限として、
 ①休日労働を含み、2か月ないし6か月平均で80時間以内
 ②休日労働を含み、単月で100時間未満
 ③原則である月45時間 (一年単位の変形労働時間制の場合42時間) の時間外 労働を上回る回数は、年6回まで
とします。なお、原則である月45時間の上限には休日労働を含まないことから、①及び②については、特例を活用しない月においても適用します。

 現行の36協定は、省令により 「1日」 及び 「1日を超える一定の期間」 についての延長時間は、時間外限度基準告示で 「1日を超え3か月以内の期間及び1年間」 としなければならないと定められています。
 今後は、「1日を超える一定の期間」 は 「1か月及び1年間」 に限ることとします。併せて、省令で定める協定の様式において1年間の上限を適用する期間の起算点を明確化します。


 まだまだ長時間労働を本気で規制するものにはなっていません。
 特別な事情とは、あくまで通常を前提にしたうえでの特別で、イレギュラーのことを指します。「あらかじめ業務の繁閑を見込んで労働時間を配分すること」 とも違います。しかし 「上限は原則として月45時間、かつ、年360時間」 を通常としたうえでの特例になっています。そして具体的にどのようなことを想定しているのかの説明がありません。
 この間、過労死での労災が認定された事案のなかに外食産業があります。そこでは特別の事情は明記されないまま、恒常的な人手不足を補充するものとして 「時間外限度基準告示」 の36協定が締結されています。さらに長時間労働を隠ぺいするためにサービス残業が強制されていました。
 イレギュラーが予想・発生してから協定を締結することも可能です。例えば、大震災が発生した被災地において、協定が締結されていないことを理由に時間外労働を拒否した労働者はいません。あらかじめ協定を締結することが長時間労働を常態化・蔓延化することになっています。
 「2か月ないし6か月平均で80時間以内」 は長期間です。それを容認するのは使用者の努力義務を免除することです。


 (2) 現行の適用除外等の取扱い、についてです。
 現行の時間外限度基準告示では、①自動車の運転の業務、②建設事業、③新技術、新商品等の研究開発の業務、④厚生労働省労働基準局長が指定する業務 が適用除外とされています。

 労働政策審議会で出た意見です。
「現行、自動車運転者の労働時間等の改善のための基準という改善基準告示では、年間の拘束時間が3.516時間となっています。これは、休日出勤を含めて、年間1.170時間の時間外労働を可能とする内容です。……
 今次、……改正法施行5年後に960時間以内の規制適用、かつ、将来的には一般則の適用を満たす旨の規定が設けられたということで、先ほども御説明をいただきました。
 ……休日労働が960時間の別枠となりますと、現行の改善基準告示と何ら変わらないという意見が多く挙げられています。実行計画が明らかになって以降、政府が掲げた目標から我々自動車運転者、特にトラックドライバーから、『切り捨てられた』 という声が全国から寄せられています。皆さん御存知のとおり、過労死等の現状を見れば、自動車運転従事者、あるいは道路貨物運送業は、共に脳・心臓疾患の支給決定件数ワーストワンとなっています。是非ともこの実態を直視していただきたいということ、そして、自動車の運転業務こそ長時間労働の改善に向けて最優先に取り組まなければならない職種であるということです。……
 私ども運輸労連には運輸共済という共済制度があり、13万4.000名が加入しています。実は、この仲間の中で、自殺者が10年間で241名という、非常に痛ましい状況となっています。自殺の原因に関するアンケートも行っているところ、業務上に関連する問題が多くを占めている実態です。原因の全てが過重労働に結び付くかは定かではありませんが、我々としては、何としてでもこの業界の体質改善が必要であることを強く訴えさせていただきます。」

 しかし建議は、自動車の運転業務については、医師を含めて罰則付きの時間外労働規制の適用除外とせず、改正法の一般則の施行期日の5年後に、年960時間以内の規制を適用することとし、かつ、将来的には一般則の適用を目指す旨の規定を設けることが適当であるとしています。

 運送業の労働者は肉体的、精神的、そして経済的にゆとりのない劣悪な労働環境に翻弄されています。そのような現場からの切実な意見は切り捨てられました。
 今、産業界も消費者も “ジャスト・イン・タイム” を要求します。そのせわしない経済活動での数値の上昇も政府が掲げる経済成長に “貢献” したことになります。まやかしの経済成長です。しかもその裏では料金のダンピングが強要されています。
 産業界同士、労働者同士、そして労働者でもある消費者に思いやりがありません。昨今問題になっているヤマト運輸の問題は、他業界の労働者への “働きかた・働かせ方” の問題提起でもあります。運輸業だけでなく労働のあり方、サービスのあり方を社会問題として捉え返す契機にしていく必要があります。労働者の声でこの構造にメスを入れ、意識を転換させる必要があります。


 (3) 労働基準法に基づく新たな指針 についてです。
 36協定の必要的記載事項として、原則の上限を超えて労働した労働者に講ずる健康確保措置を定めなければならないことを省令に位置づけたうえで、当該健康確保措置として望ましい内容を指針に規定することが適当であるとします。


 2 勤務間インターバル についてです。
 労働時間等設定改善法第2条 (事業主等の責務) を改正し、事業主は、前日の終業時刻と翌日の始業時刻の間に一定時間の休息の確保に努めなければならない旨の努力義務を課すとともに、その周知徹底を図ることが適当であるとします。その上で、労働者の健康確保の観点から、新たに 「終業時刻及び始業時刻」 の項目を設け、「前日の終業時刻と翌日の始業時刻の間に一定時間の休息時間を確保すること (勤務間インターバル) は、労働者の健康確保に資するものであることから、労使で導入に向けた具体的な方策を検討すること」 等を追加することが適当であるとします。
 インターバルの導入は努力義務なりましたが、導入に際しては、労働者は “待ち” ・期待ではなく検討の主体です。積極的取り組みと提案が必要になります。


 3 長時間労働に対する健康確保措置 についてです。
 (1) 医師による面接指導と(2) 労働時間の客観的な把握 があります。
 長時間労働が体調不良を発症させます。しかし医師による面接指導は “ストレスに強い労働者作り” “まだ大丈夫” になっています。あわせて長時間労働を前提としながらの労働時間の把握は、会社が労災申請された時の反論書づくりにしかとらえられません。


 4 その他 (2) 上限規制の履行確保の徹底 ①過半数代表者、についてです。
 36協定を締結するに際して従業員代表は民主的に選ばれなければなりません。労働政策審議会に出された意見です。
「約4割の企業において過半数代表者の不適切な選出がされているというデータが提示されています。その中身を見てみますと、社員会、親睦会などの代表者が自動的に過半数代表になっている例や、会社側が指名したことで選ばれている所が4割に及ぶということです。こうした実態にあることを踏まえて、罰則付き時間外労働規制の実効性担保のためには、36協定の適正化が必要であり、過半数代表の選出手続の厳格化及び適正化等の検討をすることも必要であると考えております。」
 従業員は協定を知らないけれども強制されているということが多々あります。
 これは労働組合による協定でも同じです。労働組合は、36協定については大会で議論をして協定を結ぶ必要があります。

 別の委員からの意見です。
「労働協約の存在を知らない使用者ということで言うと少し語弊があるかもしれませんが、『時間外労働・休日労働に関する労使協定の締結の有無等』 という調査結果が出ています。……そこの中に 『協定あり』 という事業所が55.2%、『協定なし』 の事業所が44.8%となっています。『協定なし』 の中で 『時間外・休日労働がない』 という所が43%になっているわけですが、これを裏返して言うと、『協定なし』 の事業所の中で協定を取らないで時間外・休日労働を実行している所は、逆に言うと57%あるとも読めるわけです。さらに、『時間外労働・休日協定の存在を知らなかった』 という事業場は35%。それと、非常に残念ですが、『時間外労働・休日労働に関する労使協定の締結・届出を失念していた』 という事業場が14%あるという結果が、実際出てきているわけです。」
 労働基準監督署の監視と指導、そして提出に際しては従業員代表の選出方法も必須記載事項にする必要があります。

 建議は 「使用者の意向による選出」 は手続違反に当たるなど通達の内容を労働基準法施行規則に規定することが適当である、また、過半数代表者がその業務を円滑に遂行できるよう必要な配慮を行わなければならない旨を、規則に規定する方向で検討するとしています。
 きちんとして制度を確立されることを期待します。


 「働き方改革」 についてさまざまな方面から意見が出されています。
 経済界からは、改革で生産性が上がるのかという意見があります。生産性は労働時間と正比例するというような意見ですが、正比例しません。なぜなら労働者は “飼いならされて” も “生き物” だからです。長時間労働のリスク管理が無視され、使い捨て可能の思いが隠されています。
 生産性が向上した後に分配があって労働者の労働条件は改善するという意見があります。産業の歴史は技術革新と生産性向上の歴史でした。しかし、例えばQC運動がそうであったように、その結果はより過重な、過酷な労働の登場です。分配は成長のわずかばかりのものでしかありませんでした。そして過労死・過労自殺です。このことを冷静に労も使も捉え返すことが必要です。
 スキルをあげるために頑張っている労働者が挑戦するチャンスを奪うという意見があります。スキルをあげるための努力が時間外労働に至ることもありえます。努力は続ければいいです。その代わりドイツの 「残業で働いた時間は口座に貯蓄しておき、後で休暇として使う」 『労働時間貯蓄口座 (ワーキング・タイム・アカウント)』 のような制度を設ける方がよりクリエイティブな労働ができます。
 残業代をあてにしている労働者が存在するという意見があります。残業代を稼がせることが労働者のことを思っているということではありません。労働者個人の問題ではありません。低賃金が蔓延したり、社会保障が充実していない政治の問題をとらえかえす必要があります。

 労働時間の縮小の問題は、過労死防止のためではありません。過労死が発生するような働きかた・働かせ方がそもそも異常です。
 労働時間の縮小は、労働者がより人間らしい働きかた・生き方を取り戻すことにむけた挑戦です。

   「活動報告」 2017.1.31
   「活動報告」 2017.1.20
   「活動報告」 2016.12.16
   「活動報告」 2016.12.13
  当センター「いじめメンタルヘルス労働者支援センター」ホームページ・ご相談はこちらから
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