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「軍隊は住民を守らなかった」                          移転ではなく 「基地はいらない」
2017/05/26(Fri)
 5月26日 (金)

 朝日新聞社は、数年前からタブロイド判16ページの教育特集 「知る原爆」 「知る沖縄戦」 を発行しています。「知る原爆」 は小学生向け、「知る沖縄戦」 は中学生向けです。希望すると無料で送ってもらえます。労働組合の学習会用にもぴったりです。

 「知る沖縄戦」 を紹介します。
 1面は、1945年3月26日に米軍が上陸し、住民が 「集団自決」 をした慶良間諸島の青い海の写真です。ここから沖縄戦が始まりました。
 モデルの知花くららさんの祖父はこの時15歳でした。慶良間諸島・慶留間島でのことです。
「当時15歳の祖父は姉と2人、『自決』 を決め、3つ上の姉の首をしめかかった。自分は、ヤシの葉をヒモ代わりにして首をつろうとした。でも2人とも死にきれなかった。
 米軍の捕虜になれば、目はえぐられ、耳はそぎ落とされる。捕まる前に死ななければいけない――そう信じ込んでいた、と。
 それから60年以上たって起きた教科書問題。沖縄戦の事実が書きかえられようとしている、という危機感から祖父は話すことを決めたそうです。そして 『生き残っているのが申し訳ない』 と、涙を流しました。……
 祖父は、死にきれずに助かり、捕虜になって食べたチョコレートの味が忘れられないと言いました。ついさっきまで生きていた親戚や友だちにも味わわせてやりたかった、と」

 慶良間諸島・慶留間島にいた当時16歳だった金城重明さんの話です。
「島のあちこちに隠れていた住民に対し、日本軍から、軍の陣地近くに集まれと命令がありました。戦うのは軍人であり、住民は安全な場所へ避難させるのが当たり前なのに、です。軍から手投げ弾を渡されていた住民がいました。……
 大人のやることをじっと見ていました。妻、子どもに木を振り下ろす人。かま、こん棒、石を使う人。地獄としかいいようがない光景です。
 わたしたちは、『生き残る』 ことが何よりも恐ろしかったのです。
 わたしは石で、母親を殴りつけました。兄とともに9歳の妹、6歳の弟を手にかけてしまったのです。自ら死にきれずに死を求めている人にも手をかしました。
 わたしたちは、『皇民化教育』 や日本軍によって、『洗脳』 されていました。」
 軍は住民を守りませんでした。渡嘉敷島では300人が亡くなりました。
 金城さんの話は20年以上前に沖縄を訪問した時に伺いました。その時の録音テープを今も持っています。

 沖縄戦がいつから始まったのかについては議論があります。
 1944年8月21日夜、対馬丸は児童ら1788人を乗せて那覇港を出発し、長崎を目指します。いわゆる学童疎開です。
 22日午後10時12分、鹿児島県・トカラ列島付近の海で米軍潜水艦の魚雷攻撃を受け、10分ほどで沈没します。数日間の漂流の末に助かった人もいますが、名前が判明しているだけで、780人の児童を含む1485人が犠牲になりました。
 対馬丸は他の疎開船2隻と護衛艦、駆逐艦の合計5隻で船団を組んで出発しました。
 護衛艦と駆逐艦は撃沈を確認後、漂流する人たちを放置して逃走しました。そして日本軍はこの撃沈と犠牲を遺族にも隠し続けます。救助された人々には箝口令がしかれました。
 対馬丸に乗っていて助かった当時国民学校4年生の平良啓子さんの話です。
「翌日の夜、。家族はひとかたまりになって座り、わたしと (隣に住んでいた同い年のいとこ) 時子は祖母のひざを枕にしてぐっすり眠っていました。
 ボーン、という大きな音で目が覚めました。まわりを見渡しても、家族がみあたりません。船は燃えあがっています。……
 沈む船から海に飛び込みました。波をかぶり、失神しそうななかで、時子に会いました。小さなしょうゆだるに2人でつかまって、一生懸命励ましあっていましたが、大きな波がきて、時子の手は樽から離れてしまいました。
 その後、何とかいかだに泳ぎ着き、しがみつきました。2畳分くらいのいかだに何十人もの人がつかまろうとしては、海の中に消えていきました。翌朝、いかだに残っていたのは10人になっていました。それから6日間、ずっと海の上を漂うことになりました。……
 6日目、奄美大島の無人島に流れ着きました。やっとたどりついたのに、上陸する直前に、7歳の女の子も亡くなりました。生き残ったのは4人だけでした。
 沖縄に戻ることができたのは、よく45年2月。……
 時子のお母さんはわたしにこう言いました。
『あなたは生きて帰ってきたのねえ。時子は海に置いてきたの』」

 対馬丸事件から60年後の2004年8月22日、那覇市若狭に対馬丸祈念館が開設しました。
 昨年5月祈念館を訪れました。展示物のなかには遺品がありません。遺品は今も奄美大島沖合いの海底にあるからです。かわって生き残った人たちの証言コーナーや模型がおかれ、絵や写真で説明が行なわれています。


 「沖縄戦Q&A」 が10項目あります。
Q.なぜ沖縄が戦場になったの? です。
「みんなのお父さんとお母さんが生まれるすっと前、日本は米やイギリスとセンスしたんだ。太平洋戦争だ。米国は沖縄を占領して日本本土を攻めるための前哨基地として使おうと考えた。これに対して日本は、日本本土に攻め込まれたら困ると考えて、沖縄になるべく米軍をひきとめて時間をかせぐ『持久戦』の作戦をたてた。」

Q.住民はどうしたの?
「戦争はふつう、軍隊と軍隊、軍人と軍人が戦うものだが、沖縄戦は、子どもも含む住民が、足りない軍人の代わりや手伝いをさせられたりした。軍人も住民も、まぜこぜになったまま地上戦がつづいた。日本軍が南部に追い詰められてからは特に、米軍の無差別な攻撃に、軍人も、住民も次々と命を奪われていったんだ。……
 沖縄戦の教訓として 『軍隊は住民を守らなかった』 と語りつがれている。日本兵に命を助けられた人はもちろんいる。でも、日本兵に命を脅かされたり、スパイとみなされ、実際に命を奪われたりした人たちがたくさんいる。」

Q.歴史教科書で問題になったの?
「住民の 『集団自決』 については高校の歴史教科書を更新するときに、文部科学省と教科書をつくっている会社とのやりとりで 『日本軍が強制した』 という記述が削除されたことがある。それに対して 『集団自決』 を体験したり、体験を聞いたりしてきた沖縄県のたくさんの人たちが、大切な歴史を消さないで、と声をあげた。結果、『軍によって集団自決に追い込まれた住民も出た』 『軍により集団自決を強いられた』 といった表現が復活して盛り込まれていたんだ。……
 (裁判で) 日本軍が 『集団自決』 を命じた、という本の記述について、当事者の元軍人らが命じていないと訴えたんだ。結果的には、最高裁判所が、個々の元軍人が直接命じたという証明はないと判断する一方で、『軍官民共生共死の一体化』 の大方針の下で日本軍が深くかかわていることは否定できないと結論を出した。全体として、日本軍の強制や命令とする見方もありえる、ともいっている。」

Q.その後の沖縄はどうなったの?
「米軍は日本全体を占領し、基地を各地につくった。1952年にサンフランシスコ講和条約が発効し、日本は独立したんだけど、沖縄は切り離され、72年の本土復帰まで米軍統治下におかれた。その間、日本各地の米軍基地はどんどん減らされたけど、沖縄ではあらたにつくられたり、広げられたりした。その結果、日本にある米軍専用基地のほとんどが沖縄に集中している。……
 米軍基地もたくさんある。『まだ戦は終わっていない』 という人が多い理由はこうしたことにあるんだ。トラウマといって、何十年たっても、米軍機をみたり、戦争のニュースを聞いたりすると怖い体験を思い出して眠れなくなったり、気分が落ち込んでしまったりする人もいる。


 最後のページは「沖縄のいま」です。
「沖縄戦がおわった。
 米国は全国に米軍基地をつくった。
 多くはなくなったが、
 おきなわにはたくさん残された。
 7割が沖縄にある。」

 3つの基地について写真とともに説明があります。
「普天間基地
 宜野湾市の真ん中に位置し、まわりに学校や住宅、病院がある。『世界一危険』 といわれ、日米は1996年、県内の別の場所に移すことを条件に、住民に返すと決めたが進んでいない。2004年には隣の沖縄国際大学に米軍ヘリが墜落した。広さは東京ディズニーランド (TDL) 9個分。オスプレイも配備されている。沖縄戦までは、住民が暮らしていた。基地内には墓が残り、許可をもらって墓参りをする住民も。佐喜間美術館は、沖縄戦を描いた有名な絵を展示するため、反ってきた基地の土地に建てたものだ。」

「嘉手納基地
 沖縄市、嘉手納町、北谷町にまたがり、広さはTUL39個分ほど。2本の滑走路に米軍の飛行機約100機が飛び交っている。騒音は沖縄で最も大きく、住民がおこした裁判では、騒音が違法だとして国に損害賠償が命じられている。沖縄戦の前年、日本軍が住民の土地に飛行場を造り、沖縄戦で奪い取った米軍が大きくした。基地の内外で墜落事故がなんどもあり、住民も亡くなっている。児童ら17人が死亡した1959年の事故も、嘉手納を飛び立った米軍機だ。北側の 「道の駅かでな」 ではこうした歴史を学べる。」

「キャンプ・シュワブ
 沖縄に数ある米軍の基地。キャンプ・ハンセン。キャンプ・フォスター。キャンプ・シュワブ・・・。キャンプは基地とほぼ同義、その後に続くのは沖縄戦で活躍し、戦死した米兵の名前だ。シュワブは、本物の弾を撃つ訓練場で、住宅地に銃声がひびく・広さはTDL40個分。同じ訓練場で隣のハンセンは100個分だ。日米両政府は、キャンプ・シュワブ沿岸の海を埋め立てて新しい基地をつくり、普天間飛行場の引っ越し先にしようとしている。でも、名護市長や知事をはじめ反対する住民が多く、今後は見通せない。」


 「新しい基地をつくり」 が辺野古基地です。普天間飛行場の引っ越し先は口実で新たな基地建設です。
 どこに移すかの問題ではありません。沖縄戦を体験し、伝承する沖縄の人たちにとって基地はいらない、です。
 反対する住民のゲート前での座り込みは4月1日で1000日を迎えました。今も連日反対闘争は続いています。
 しかし政府は4月25日午前、辺野古沿岸部で埋め立て工事に着手しました。
 これに対して翁長雄志知事は、3月末に期限が切れた埋め立て工事に必要な 「岩礁破砕許可」 を得ないまま政府が工事を進めていると主張し、工事差し止め訴訟を提起しました。


  平和のためというのなら
   平和のためになおさらに
    土地は放すな 村人よ

 1954年、基地建設のための農地収奪に抵抗する沖縄・伊江島の農民は、同じく基地建設反対闘争を闘っている小録村 (現在の那覇市小録 現在は商店街) の農民と交流しました。その時、小録の農民が琉歌を詠って伊江島で闘っている農民たちに贈りました。(阿波根昌鴻著『米軍と農民 -沖縄県伊江島-』 岩波新書)

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『ひとりで闘う労働紛争』 発刊  労使紛争とは労働者と使用者が対等な立場で交渉し、平和的に問題解決をはかること
2017/05/26(Fri)
 5月26日 (金)

 この3月に本 『ひとりで闘う労働紛争』 サブタイトル 「個別労働紛争対処法」 が発刊されました (緑風出版 1900円)。既刊 『ひとりでも闘える労働組合読本』 を大幅に書き換えたものです。既刊は三訂増補を重ね、5000冊を完売しています。

 形式はQ&Aです。ただしAは長文です。
 章立ては7章です。
 Ⅰ 労働紛争とは何か?
 Ⅱ 労働問題の相談
 Ⅲ 労働者を守る救済機関
 Ⅳ 労働者を守る法律
 Ⅴ 労働組合づくり
 Ⅵ 団体交渉のすすめかた
 Ⅶ 争議の闘いかた
 これらに付随するコラム 「余談雑談」 が13あります。

 具体的内容を抜粋します。
Ⅰ 労働紛争とは何か? のQ 「1 労働紛争にはどんなものがありますか?」 へのAです。
「労働紛争は、多様かつ非定型的で、そもそも権利義務の形でルールを設定することはむずかしいです。いま、労働関係においておきる紛争を労働紛争ということにすると、労働関係の内容に応じて、権利紛争と利益紛争、あるいは、個別紛争と集団紛争とに整理することができます。
 まず、権利紛争と利益紛争です。
(1) 権利紛争とは、主として、労働者の 「権利侵害」 にかかわる紛争であり、解雇権の濫用、不当労働行為など、契約の不履行や法のルールに対する違反が問題になります。
(2) 利益紛争とは、「紛争の対象について権利義務関係を定めた法的ルールが存在しない場合に、相互の合意によるルール形成を目指す紛争」 と定義されます。労働者の 「経済的利益」 をめぐる紛争であり、賃金や労働時間など労働条件にかかわる労働者の 「経済的利益」 を、要求交渉を通じて合意形成をめざすものです。
 次に、個別紛争と集団紛争です。
(3) 個別紛争は、個々の労働者と使用者の個別的労働関係 (雇用関係) において生じる紛争です。
(4) 集団紛争は、労働組合など労働者の集団と企業など使用者との集団的労働関係 (労使関係) において生じる紛争です。
 紛争の解決は、基本的には、当事者の合意を基礎とする自主的解決が望ましいです。第三者が関与する訴訟等にくらべて経済的・時間的コスト、信頼関係の崩壊がすくないからです。また、権利義務関係にこだわらない柔軟な解決をはかりやすいです。……」

 Q 「5 労働問題がおきたらどうしたらいいですか?」 のAです。
「『労働問題』 がおきたら、『労働問題』 にくわしい人や労働組合、公的な相談機関を訪ねてまず相談に行きましょう。一人で悩んでいるのはよくありません。病気と一緒で、時間がたてばたつほど症状が悪化します。……
(2)労働組合
 労働組合にも、当然、労働問題の相談窓口があります。連合 (日本労働組合総連合会) などナショナルセンターも労働相談窓口を設けていますが、個別労働紛争の労働相談は、合同労組、コミュニティ・ユニオン、管理職ユニオンなど個人加盟 (加入) 方式の労働組合の方が格段に相談に適しています。労働組合に加盟すれば、会社に団体交渉を申入れ、交渉によって解雇や降格・減給などの労働紛争の解決をはかることができます。
 労働組合 (個人加盟方式の労働組合は、一般的にユニオンという名称を名のっている) に労働相談するメリットは、会社と団体交渉 (団交) を行なえることです。団体交渉権 (団交権) は、労働組合法六条で次のように保障されています。……」


 Ⅴ 労働組合づくり のQ 「23 労働組合に関する法律はどのようになっているのですか?」 へのAです。
「日本国憲法は第二八条で、勤労者の団結する権利、団体交渉その他の団体行動をする権利をみとめており、この憲法の趣旨を具体的に保障することを目的として労働組合法がつくられています。
 労働組合法は、労働者が使用者との交渉において対等の立場にたつことを促進することにより労働者の地位を向上させること、労働者がその労働条件について交渉するためにみずから代表者を選出すること、その他の団体行動を行なうために自主的に労働組合を組織し団結することをよう護すること、ならびに、労働協約を締結するための団体交渉をすることおよびその手続を助成することを目的としています (労働組合法一条一項)。
 一人ひとりでは弱い労働者が団結し、使用者と対等な立場にたって労働者の地位を向上させ、かつまた勝手なまねをさせないためにも労働組合が必要なのです。使用者が労働条件の改善要求を聞きいれなければ、ストライキを行なうこともできますし、労働組合の団体交渉その他の正当な行為 (刑法三五条) に対しては、刑事罰を科せられません (刑事免責/労働組合法一条二項)。ただし、いかなる場合にも暴力の行使は、正当な行為とみとめられません。また、労働組合法八条は、『使用者は、同盟罷業その他の争議行為であって正当なものによって損害を受けたことの故をもって、労働組合又はその組合員に対し賠償を請求することができない』 と、民事免責をみとめています。……」

 Q 「30 労働組合は個人の問題を取り上げてくれないのでは?」 へのAです。
「労働組合は、多くの労働者が一緒になって団結し、共通の労働条件の向上をはかることを主たる目的としていますから、従来は、あまり個人の問題を扱うのには積極的ではなく、得意でもなかったといえます。また、『団結』 のまえに個人の問題は 『わがまま』 とされることも多かったのでしょう。とくに、企業のなかで労働組合全体の利益を守ろうとする企業別組合の場合は、まず会社とのあいだで 『基本計画』 を話し合いますから、それに反対したり同調できない人を受け入れにくい傾向があります。例えば、会社全体の組織変更について組合と会社が合意したのち、ある組合員の配置転換が問題になり、その組合員が個人としてその人事に応じられないと訴えても、その個別事情についての会社との交渉には消極的、というのが企業別組合の実情でしょう。
 しかし、現在、労働条件は一人ひとりの労働者のはたらき方のレベルまで細かくきめられ、一般的な基準だけで労働組合の側がそれを規制するのはむずかしいのです。言い方を変えれば、企業の個々の労働者に対する 『支配』 がすすんでいるということです。とくに、サービス業などの第三次産業では、労働者が一緒に、一律にはたらくということがほとんどなくなっていますから、労働組合としても、個々の組合員がどのようにはたらいているのか、キメ細かくチェックすべき時代になってきているのです。一人ひとりの問題を全体で議論しながらその解決をはかるというシステムを、つくることが求められています。裁量労働制がホワイトカラー全体に広がると、労働時間は労働組合との合意ではなく、個人個人 (と会社) がきめることになります。ただし、過半数労働組合または過半数労働者の代表者・労使委員会 (労働基準法三八条の三および三八条の四) を通じて関与できますから、組合としても、個人のはたらき方に関心をもたなくてはならないわけです。労働組合によっては、個人の生活問題等の相談に積極的に応じる 『世話役活動』 に力を入れているところもあります。
 また、個人加盟のできる労働組合もあります。そうした組合は、直接個人の問題を扱いますから、そこに相談すれば問題解決に役立つでしょう。……」


 Ⅵ 団体交渉のすすめかた のQ 「32 団体交渉ってなんですか?」 へのAです。
「労働組合法第一条は、(目的) として 『この法律は、労働者が使用者との交渉において対等の立場に立つことを促進することにより労働者の地位を向上させること、労働者がその労働条件について交渉するために自ら代表者を選出することその他の団体行動を行うために自主的に労働組合を組織し、団結することを擁護すること並びに使用者と労働者との関係を規制する労働協約を締結するための団体交渉をすること及びその手続を助成することを目的とする。』 とうたっています。
 そして第六条は、(交渉権限) として 『労働組合の代表者又は労働組合の委任を受けた者は、労働組合又は組合員のために使用者又はその団体と労働協約の締結その他の事項に関して交渉する権限を有する。』 とうたっています。
 団体交渉 (団交) とは、労働者と使用者 (会社・法人) が対等な立場で交渉のテーブルについて話し合いをかさね、平和的に問題解決をはかることです。
 団交申入
 団体交渉は労働組合 (または会社、法人) が相手方に申入れます。事前に協議して決めた交渉事項を記した団交申入書を作成し、相手方に提出します。口頭でも有効ですが、のちに申入れがあった・なかったのトラブルが発生しる危険性もありますので必ず文書で行い、回答も文書でもらうようにします。
 団体交渉申入書には、団交での協議する事項、希望する日時・場所、組合からの出席者、申し入れに対する回答期限、労組の窓口担当を記載します。会社側の出席者は、団交議題について決定権を持つ者の出席を要求します。
 そして最後に 『付記 当労働組合からの団体交渉申入れは、労働組合法第六条によるものであります。団体交渉は労働組合法第七条で正当な理由がなくて拒むことはできないことを申し添えます。』 と書き添えます。……」


 Ⅶ 争議の闘いかた のQ 「42 会社の経営にまで組合はタッチできるのですか?」 へのAです。
「組合が団体交渉で会社に要求できる事項は、主に労働条件、雇用条件などとされています。しかし、団交の際に、会社側が賃上げ要求に対して 『会社に支払い能力がない』 として、賃上げを拒否したり、賃上げ幅を抑えようとしてくることがよくあります。これに対抗するには、経営状態、売上げや経費、利益の実態を調べ、経営内部の状況をよく分析、把握しておく必要があります。労働条件や雇用条件は経営の根幹をなすものであり、それだけに、組合側がその面から経営内容を深く追求して経営全体に迫り、経営のあり方をチェックすることは可能であり、当然ともいえます。
 例えば、ベースアップ・ゼロや昇給制度の改悪は、経営の失敗や無能を従業員に転嫁し、犠牲を押し付けようとするものにほかなりませんから、そういう事態をまねいた経営者の責任を追及するとともに、経営のあり方についてさまざまな角度から批判し、要求していくことが重要です。現状の日本企業の、閉鎖的な、相互もたれあい主義の経営から脱皮するために、組合が経営に対してもっと積極的に、正当なチェック機能を果たすことを期待されています。
 会社の役員人事などを、組合側から要求することはムリだと一般に考えられています。しかし、役員人事を含めていわゆる経営事項が、すべて『経営権』に属する会社の専決事項ということではありません。……さらに、取締役の追放を目的とする争議行為も、労働条件改善のための必要な手段として行われる場合は、正当な争議目的とされます。
 ところで、『経営権』 という概念は、『施設管理権』 と同様、法律上の概念ではありません。しいて定義すれば、『資本所有権の企業経営面における一つの作用ないし権能』 であるとされていますが、要するに、労働条件や労働者の経済的地位向上と関連性をもたない経営上の専決事項は、非常に限られているということです。現在、日本の企業では、株主総会や監査役、取締役会は単に形式的な法律手続として存在するだけで、まったく機能していないのが実情です。こうした異常な状態に、クサビを打ち込み、経営のチェック機能を果たすことは、労働組合の社会的責任です。」

 「42 会社の経営にまで組合はタッチできるのですか?」 に関連するコラムです。
「会社は誰のもの
 ……
 会社法は、労働者とっては馴染みが薄いというよりはあまり関心がもたれません。以前のように、銀行を併せ持った財閥グループ企業による株の持ち合いや、その傘下に中小企業を抱えていた時は、株主は株価や配当にあまり関心を持ちませんでした。労働者にとっても労使関係・労働条件決定に大きな影響はありませんでした。
 しかし会社の存続や組織再編を左右する株主総会、企業再生などの決定手続きなどには重要な問題が含まれています。
 それぞれの取締役は職務を行なうに際しては、民法の規定によって善良な管理者の注意義務 (善管注意義務) と、『法令及び定款の定め並びに総会の決議を遵守し会社のため忠実にその職務を遂行する義務 (取締役の忠実義務)』 があります。さらに判例で 『監視義務』 と 『リスク管理体制の構築義務』 を迫っています。過労死をめぐる裁判では、遺族は会社だけでなく個々人の取締役を被告として善管注意義務や監視義務を怠った会社法違反で損害賠償を起こして勝訴しています。
 グローバル化による投資の国際化の中で 『物言う株主』 が登場すると会社のあり方も変わってきました。投資家は日々の株価の動向を睨んで売買を繰り返し、短期間で利益を上げようとします。長期的会社経営には関心がなく、時には会社経営を委任されている経営陣と大きく対立することになります。
 一五年八月二十二日の毎日新聞に 『黒田電気 個人株主、村上氏を警戒』 の見出し記事が載りました。村上氏とは、かの 『お金を儲けることはいけないことですか』 と発言した村上ファンドの村上世彰。村上の長女がCEOを務める投資会社C&Iホールディングスは黒田電気の株約一六%を握り、二十一日の株主総会に村上世彰ら四人の社外取締役選任案を提出します。そして 『今後三年間、最終 (当期) 利益の一〇〇%を株主還元できる』 と訴えました。
 株主総会では、現経営陣の従来の手堅い経営を志す政策と、村上側の企業の合併・買収 (M&A) を通じた高成長を求める意見が真っ向から対立したといいます。村上側としては、最高益を達成しているときがM&Aのチャンスで、高騰した株が売れたら撤退します。
 会社への愛着はまったくありません。それが 『お金を儲けることはいけないことですか』。
 しかし村上側の提案は最終的には約六割の株主の反対で否決されました。……
 さて、このような中で社員、労働組合はどのように登場できるでしょうか。八月五日、黒田電気 『自生会 従業員』 一同は四人の社外取締役選任に反対する 『声明文』 を発表しました。取締役会は株主総会の決定に従うので、M&Aなどが行われると労使関係や雇用関係は変更に至ります。社員と社員を含んだ 『会社と経営陣・支配株主等との間の利益相反』 により影響が及ぶような動向に対して労働組合が声を上げるのは必要なことです。
 労働者と労働組合は、労働者の側からの 『コンプライアンス』 ・秩序を対峙させて主張する必要があります。なぜなら、会社の利益をつくり出しているのは労働者だからです。
 ……
 会社は、社会の中に存在し、関連する事業・企業があって存在することができ、利用者があって維持できています。そして会社の中には労働者が存在しています。『ステークホルダー』 (利害関係者) のものです。さらに利害関係者は拡大し、顧客・消費者、そして事業所が存在する地域の人たちも含めるまで捉えられるようになってきています。法人としての会社には社会的責任もあります。
しかしバブルが崩壊し、ファンドが飛び交うようになった頃から、会社は誰のものかという議論が起きると 『ストックホルダー』 (株主) の主張がはびこっています。経済のグローバル化が進むなかでのグローバル・スタンダードではさらにそうです。
 『お金を儲けることは悪いことですか』 の問いに 『労働者を差別して、踏み台にしてお金を儲けることは悪い。そのために生死の境に追いやられている者もいる。私たちはそうしない。私たちはそのような社会を変えたい』 という認識と行動で対峙することが必要です。労働組合は社会の中に存在し続ける必要があります。」

 各項には解説もあります。
 宣伝活動における 「ビラ内容の正当性」 です。
「ビラの内容
 ビラを作成するときは、だれに読んでもらいたいかの対象を決めてから内容を決める。会社への要請・抗議、社員への事態の伝達や協力要請、市民への事態報告と支援要請など。
 訴えかたは 『ラブレターを書くときのように』 といわれる。『せめて○○さんはこの気持ちをわかってください』 と訴えて説得するトーンで。
 通行人が宣伝マイクに耳を傾けるのはせいぜい20秒。そのなかで引きつけるフレーズが勝負となる。ビラは、歩いていてふと目に留まる見出しが必要。見出しのインパクトと大きさが大切。まず受け取らせる努力が必要。
 正当性
 ビラの内容が使用者の労務政策の批判攻撃である場合は、内容が全体において真実であれば正当性が認められる。使用者の経営政策の批判攻撃である場合は、それが労働条件や労働者の待遇と関連性があり、内容が全体として真実であれば正当性がある。(正当性なしとされた事例、中国電力事件・最高裁判決/平成四年)」


 『ひとりで闘う労働紛争』 は、現在職場で起きているかなりの問題について取り上げることができませんでした。そこで続編として、
  労働契約の変更・継続・終了への対応
  人事考課への対処
  企業再編、倒産争議にどう戦うか
  職場いじめの労働相談
  メンタルヘルス・ケアと職場復帰 (復職)
などを取り上げる準備をしています。

  当センター「いじめメンタルヘルス労働者支援センター」ホームページ・ご相談はこちらから
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