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「土人」 発言は土壌があって発せられた
2016/10/21(Fri)
 10月21日 (金)

 沖縄・東村高江での米軍の米軍北部訓練場ヘリパッド移設工事現場で、警備していた大阪府警の機動隊員がフェンスをつかんで抗議していた反対派住民に 「どこつかんどるんじゃ、ぼけ、土人が」 と発言したことが報道されました。当該の機動隊員も認めています。
 これに対して大阪府の松井知事はツイッターに 「ネットで映像を見ましたが、表現が不適切だったとしても、大阪府警の警官が一生懸命命令に従い職務を遂行していたことがわかりました。出張ご苦労様。」 と書き込みました。
 機動隊の発言は人権感覚をうかがいますが、知事の書き込みは人権という意識そのものがありません。

 以前は 「現地で抗議をしているのはよそから来た活動家」 という報道が行なわれ、地元の住民は反対していないという世論が作られようとしていました。
 大阪県警の機動隊は地元の人たちが抵抗しているということをはっきりと認識しています。そのうえで沖縄で、沖縄の住民に対して発せられました。単なるネガティブなトーンの発言ではありません。「おまえらには反対する権利などないんだ、国の政策に黙って従え、撤退しろ」 という思いが込められています。
 物理的力の行使のエスカレート予測させるものではありません。しかし相手の確信、正義感をえぐり、意欲を削ぎ、後退させる目的で発したのです。だから差別なのです。差別は本物の刃物より鋭いです
 機動隊員はその効果があると思うから発したのです。そして自分らの行為の正当性を確信しようとしたのです。

 「土人」 という発言には、前提として本土と沖縄には主従の関係が存在しています。なぜ従わなければならないのか。理由は沖縄だから、沖縄で生まれ育った住民だからです。それ以外の理由はありません。
 沖縄で生まれ育った人びとはそれ自身がアイデンティティーです。それを変えなければならない理由は何もないし、変わることもできません。人間が努力しても変えることができないことを否定して攻撃する行為は差別です
 しかし 「私の目の前で差別発言をした人たちの共通点は 『これっぽっちも罪悪感を感じていなかった』 という点だった。」 (浦本誉至史著 『江戸・東京の被差別部落の歴史』 明石書店) のです。これが本土と沖縄の本質的関係です。だから無意識に潜在的に持っている意識が吐かれるのです。

 松井知事の書きこみのような 「表現が不適切」 という問題ではありません。
 なおかつ知事は府警を統括する立場にあります。このような発言が機動隊員から発せられたということは、組織とし職員・隊員への人権教育が不充分だったということです。その認識に至らなかったということ自体が問題です。やはり、本土の政治・支配におとなしく従うべきだ、権力に逆らう権利はないという意思がストレートに表明されたのだと思います。
 だから記者会見では、住民の側だって乱暴な発言をしていると相殺してで許されるような発言をしたのです。


 問題の発端はどこにあったのでしょうか。
 この間、沖縄におけるさまざまな選挙で基地建設反対派が勝利をおさめています。議会制民主主義における民意です。しかし政府・防衛庁は選挙で示された民意を無視して辺野古基地建設を強行してきました。
 高江でのヘリパッド移設工事は、7月10日に投票が行なわれた参議院選挙の翌日から開始されました。沖縄選挙区では、基地建設反対派が有利という状況分析のなかで準備されてきました。政府が議会制民主主義に暴力を対峙してきました。住民に対する問答無用の姿勢の表明です。これは日本政府、米国政府の一貫した姿勢です。差別発言はそのような状況が言わせました。

 選挙で表明した民意を拒否された住民は、生活手段を守るため、沖縄戦の経験を持つ人たちが殺人を目的とする基地の建設を止めさせるため、計画決定のプロセスに納得いかないと主張するのにはあとどのような手段があるでしょうか。座り込んで工事車両を止めるという直接行動しか残っていません。
 
 今年5月中旬、高江に行きました。
 建設予定地に通じる道路の入り口に反対運動の理念を書いた看板が立ててありました。

 「座り込みガイドライン
  私たちは非暴力です。コトバの暴力も含め 誰もキズつけたくありません。
  自分の意思で座り込みに参加しています。
  誰かに何かを強いられることはありません。
  自分の体調や気持ちを大切に
  トイレや食事などではなれる時は
  周りの人にひと声かけてください。
  トランシーバーやケイタイなど活用して ムリのないように!
  いつでも愛とユーモアを」

 抗議行動をつづける住民はこのガイドラインを守っていました。しかし座り込み、説得、抗議が無視され、機動隊によって阻止戦が張られたり、排除されることが繰り返される中で、抗議の声が荒くなったということはあったと思います。住民にも感情があります。エスカレートさせた原因はどこにあるのか。そこにこそ問題の本質があります。
 しかし住民の側から人を傷つける暴言はないと思われます。「何しに来たんだ、帰れ」 「お前の顔はしっかり覚えておくからな」 は暴言ではありません。「お前の家族や親戚が同じ目にあっても排除するのか」 と迫るのは具体的説得活動です。少なくとも差別発言ではありません。

 機動隊員から 「シナ人」 という差別発言も発せられました。
 差別意識は歴史的に作りあげられます。
 歴史認識が薄いというよりは歪曲された歴史を教え込まれた結果としての排外主義丸出しです。
 最近、憲法学者らが 『ヘイトスピーチはどこまで許されるのか』 という本を出しました。許されるヘイトスピーチなどありません。このような痛みを知らない者の感性が社会を支配しています。


 日本には、1997年まで法律の中に 「土人」 の言葉は生きていました。
 1899年3月に制定された 「北海道旧土人保護法」 は、1997年7月1日に 「アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する知識の普及及び啓発に関する法律」 が成立するまで存続していました。
 北海道旧土人保護法は、アイヌ民族に対する保護を名目として制定されましたが、実際はアイヌの共有財産は北海道庁長官が管理する、自由な土地売買や永小作権設定の禁止などが定められ、アイヌの財産を収奪し、内地への同化政策を推進するための法的根拠として活用されました。具体的には、
 1.アイヌの土地の没収
 2.収入源である漁業・狩猟の禁止
 3.アイヌ固有の習慣風習の禁止
 4.日本語使用の義務
 5.日本風氏名への改名による戸籍への編入
等々が実行に移されました。

 同化政策は、アイヌの人たちのアイデンティティーを劣るものとして否定し、内地の価値観を押し付けて支配・被支配の関係性を作ります。 
 1997年までこのような名称の法律を存在させてきたこと自体が、政府を含めた内地の人びとの人権意識の鈍感さの表れです。
 具体的に実行された内容の 「アイヌ」 を 「沖縄」 といいかえたら、明治維新以降のヤマトの沖縄に対する政策そのものではないでしょうか。人権意識の鈍感さは沖縄に対しても同じです。


 沖縄への差別は、あらためていうまでもなくヤマトが歴史的に作ってきました。外交・防衛、経済成長のために犠牲にしてきました。アメとムチのアメの行使に際しては 「沖縄の振興のために」 と発言します。しかし沖縄の振興のための最大の足かせが基地の存在です。
 沖縄の人たちはその主張をしているのです。
 「沖縄から東京が見える」 と最初に言ったのは永六輔だと言われています。しかし見ようとしなかったら見えません。一方、東京からでも見ようとするとよく見えます。
 普天間、辺野古、高江、伊江島の問題を自分に引き寄せて考えてみる必要があります。


   「活動報告」 2016.7.27
   「活動報告」 2016.5.20
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