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死刑制度は人間社会を否定する
2016/09/30(Fri)
 9月30日 (金)

 9月3日の朝日新聞に 「死刑廃止 日弁連が宣言案 冤罪や世界的な潮流考慮」 の見出し記事が載りました。
 日弁連は、10月6日からの 「人権擁護大会」 で 「死刑制度の廃止を含む刑罰制度全体の全体の改革を求める宣言案」 を提出し、議論に付します。
 これまでの流れでとしては、11年の人権擁護大会で 「死刑廃止についての全社会的議論を呼びかける宣言」 を採択したものの、廃止までは踏み込めませんでした。日弁連として初めて明確に 「廃止」 を打ち出します。一方、廃止には、被害者の遺族感情などに考慮して慎重論もあるといいます。

 人権擁護大会ではシンポジウム 「死刑廃止と拘禁刑の改革を考える ~寛容と共生の社会をめざして~」 を開催して議論を深め、宣言案の採択に向かいます。
 シンポジウムの呼びかけチラシを抜粋します。
「1 刑罰の在り方が問われている
 ……刑法が制定された明治時代以来続いている、応報を主たる理念とするわが国の刑罰制度はこのままで良いので しょうか。
 1980年代の、死刑確定者が再審無罪となった4事件や、2014年の袴田事件再審開始決定は、誤判・えん罪によりかけがえのない命が奪われかねない現実をつきつけました。また、裁判員裁判での死刑判決が上級審で覆った例が3件あったということは、量刑不当のまま誤って命が奪われる可能性もあることを示すものでした。
 今、犯罪が減少しているにもかかわらず、再犯率が高い状況が続いている中で、2012年7月に、犯罪対策閣僚会議は、再犯防止を重要な施策として掲げました。……
 罪を犯した人が社会に復帰し、地域と共生し得る刑罰 制度とはどのようなものなのかを考え、その成果を発信していくことが、今、私たちに求められているのです。
 2 罪を犯した人とどう向き合うのか
 『生まれながらの犯罪者』 はいません。罪を犯してしまう要因には、生育環境に恵まれず、自分と他者を大切にする人間関係を学び損ねることや、貧困、障がい、社会的疎外など、複雑な過程が関わっています。……罪を犯す人は、社会から見れば 『困った人』 ですが、本人の立場に立てば、様々な問題や困難を抱え、解決方法がわからず、『困っている人』 でもあるのです。
 刑罰は 『困った人』 を社会から排除するのではなく、『困っている人』 を援助して、地域社会で共生できるようにすることを可能にするものでなければなりません。それが、全ての人が生きやすい社会、新たな被害者を生まない、真に安全・安心な社会を実現することにつながるのです。
 3 死刑制度を廃止した場合の最高刑の在り方
 死刑は、人の命を奪って社会から排除する究極の刑罰です。
 誤判・えん罪により、かけがえのない命が奪われることがあってはなりません。
 ところで、人は、適切な周囲の援助と自らの気づきによって変わり得ると皆さんも思いませんか。しかし、死刑は、人の命を奪い、人の変わり得る可能性を否定し、更生の機会を完全かつ永遠に奪ってしまいます。
 仮に死刑制度を廃止した場合、最高刑の在り方は、どのように考えるべきでしょうか。『罪を犯した人』 の中には、社会に絶対に復帰させるわけにはいかないことを前提にした刑罰 (終身刑) を考えざるを得ない人もいる でしょう。しかし、人は変わり得るという可能性に目を向ければ、終身刑を導入したとしても、社会に戻る道が 何らかの形で残されていなければならないのではないでしょうか。十分、議論をしたいと思います。
 4 国際社会におけるわが国の刑罰制度
 先進国グループであるOECDの中で、死刑を存置し、 国家として統一して執行しているのは日本だけです。……」


 死刑制度を考えるとき、冤罪事件の被告が死刑執行されたら取返しが付かなくなるという反対理由はずっと前から存在します。
 古い話になりますが、石川達三の小説 「青春の蹉跌」 を思い出します。
 70年安保終焉の虚無感から学生運動をやめて法学部に通うようになった主人公はアメリカンフットボールの選手として活躍します。さらにフットボール部を退部し、司法試験に専念し、第三次試験まで合格します。この間、2人の女性と交際を続けますが、婚約をすることになる女性ではないもう1人を殺害します。
 そのような状況で、逃げ延びる手法として死刑制度と冤罪についてさまざまな問答を繰り広げます。その想定は今も有効です。(詳しく紹介したら小説の読者が減ってしまいます)

 今も、明らかに冤罪である狭山事件の石川一雄さんは、一審で死刑判決を受けましたが、控訴審で無期懲役となり、現在仮釈放中です。冤罪だと訴える世論がまき起こらなかったら今頃は死刑執行されていたと思われます。


 かなり前ですが 「死刑制度に反対する集会」 に参加しました。その時の講師は反対する理由をわかりやすく4点あげて説明しました。
 1.人が人を殺す行為だから
 2.人が人に殺される行為だから
 3.殺す側が殺す痛みを感じない行為だから
 4.国家の名によって行われる行為だから

 1、2は、尊い人命が奪われたということで死刑制度が実行されることは、別の尊い人命が奪われることです。だれの命も大切にされなければなりません。
 3は、殺すのは、実行は刑務官と立ち会う検察官ですが、命令するのは裁判官と法務大臣です。裁判官と法務大臣は職務遂行上の命令で痛みを感じません。
 4は、殺す行為は国家の名のもとに行ないます。だから制度です。法律や判例に逃げ、それを口実にするとだれも痛みを感じなくなります。痛みを感じないから疑問も湧きません。人の命に思いが至りません。


 加害者の側も、被害者の側も、死刑制度に従って殺す側も、殺される側も、もっと命の重さ、人の痛みを捉え返さなければなりません。
 江戸時代の関東は、町民の取り締まりは町奉行が行ない、被差別民については弾左衛門が行うことが1700年代初期に確立していきます。
「弾左衛門は関東・江戸の被差別民の頭であり、自治機構の代表者だった。そのおひざ元にある弾左衛門役所は、支配下の被差別民に関わることは、行政的なことはもちろん司法にかかわる部分まで、幕府や諸領主たちの介入を許さず自律的に処理した。新町在住の江戸の長吏たちは、必然的に弾左衛門役所の職員として、さまざまな任務を担うことになった。」 (浦本誉至史著 『江戸・東京の被差別部落の歴史』 明石書店)
「『弾左衛門手限吟味』 とは、弾左衛門配下の被差別民を対象とする、弾左衛門限りにおいておこなわれる裁判 (死罪等重罪については町奉行所掛かりとなる) のことである。裁判が独自というだけでなく、罰則も被差別民独自の慣例法によっており、幕府の刑法と異なる場合があった。……
 弾左衛門手限吟味によって、江戸・関東の被差別民は明らかに一定の利益を受けていた。取り調べにあたって重い拷問などがなく、獄門や晒しなど残虐な死刑がないことなど、量刑において有利であると同時に、領主や代官などの裁判を受けることから、部分的にであれ解放されている点が重要であった。」 (『江戸・東京の被差別部落の歴史』)

 被差別民は刑吏や斃牛馬処理の役を担っていました。そのような職務を遂行するなかから、共同体の人の命や生き物の尊厳を大切にする、乱暴に取り扱うことはしないという価値観が根づいていったと思われます。また人々の生活実態を近くで見ているなかからその原因に思いを寄せていたと思われます。その結果、実態として死刑制度を廃止しています。


 本来なら、悲惨な事件が発生したら、国家は 「事件を起こさせてしまった」 と捉え、再発防止策のために原因を追究して対策を進めなければなりません。市民も、事件を自分たちが存在する社会的での出来事、自分たちに関連するいたみとして捉えかえすことが改善につながります。
 しかし、日本では事件が起きると個人的問題、気質の問題などと捉え、罰則強化や隔離が防止策となります。市民にとっては被害が及ばなければいいだけの他人事です。
 ですから、社会的には刑罰でも 「仇討」 がはびこっています。
 陪審員制度は、裁判官の冤罪づくりをチェックするのが目的だと捉えられていましたが 「仇討」 の援護射撃になっています。
 もう1つみておかなければならないのは、被害者の遺族はみな加害者の重罰化を願っているわけではないということです。マスコミ等では重罰化を求める被害者家族だけが取り上げられています。
 国家、社会から孤立させられると、「変わり得る可能性を否定」 する思いとなり 「仇討」 に至ってしまいます。

    にくまるる死刑囚われが 夜の冴えに
     ほめられし思い出を 指折り数ふ

    母あらば 死ぬ罪犯す事なきと
     知るに 尊き母殺めたり    (島秋人 『遺愛集』)

 また、重罰化、長期刑は更生のチャンスを奪います。例えば、30歳の時に事件を起こしてしまって20年の懲役刑に服して社会から隔離されたら50歳で出所します。そこからの更生は困難です。日本の刑務所は、実態として更生施設ではありません。さらに、服役中は労働に従事しても最低賃金も保障されていません。これでは出所しても生活の基礎が作れません。
 精神論だけでの更生の決意は維持できません。期待は無責任です。

 すべての人の命は、国家、社会のなかで大切にされなければなりません。
 大切にされるということは、人は過ちを犯しても 「変わり得る可能性を否定」 されないことです。更生の機会を保障してサポートし、期待することです。
 悲惨な事件を自分たちに関連する痛みとして捉えかえすことができたら社会的に議論し、改善につなげることもできます。
 死刑制度の存廃は、どのような社会を作り上げるかの試金石です。

 死刑制度は、人間社会を否定する制度です。もう1つの国家の名の下での殺人が戦争で、同根です。
 日弁連での議論が社会にも派生し、死刑制度が早期に葬り去られることを期待します。

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お客様は神様ではない
2016/09/27(Tue)
 9月27日 (火)

 9月21日午前10時35分ごろ、近鉄奈良線河内小阪駅で人身事故が発生し、ダイヤが乱れました。その影響で河内小阪駅から4つ目の東花園駅 (東大阪市) で電車は運転中止になります。この時にホームで乗客への状況説明などに当たった車掌 (26) と客が言い争いになります。そのさなか、車掌は制服上着と制帽を投げ捨てて線路に飛び降り、さらに高架から数メートル下の地上に飛び降り、腰椎 (ようつい) を骨折して救急車で病院に運ばれました。
 目撃者によると、乗客が車掌に 「なんで止まってんねん」 「いつ動くんや」 「声が小さくて聞こえません」 などと喧嘩腰で詰め寄り、車掌は 「乗客6,7人に囲まれて、喧嘩腰に言われていた。駅員さん、すごいちゃんと冷静に対応したはるんだなと感じてて…」 でいる状況でしたが、やがて 「死にたい」 「こんなんいやや」 などと言っていたといいます。そして高架に 「ぶら下がっている状態で、上を向いて、『いややねん! もう生きてられへんねん、もういやや、辛いって』 と叫んでいた」 といいます。
 その後近畿日本鉄道は、「お客様にご迷惑をお掛けして大変申し訳ない。社内規定にのっとって、駅員の処分を検討する」 とコメントを出しました。

 このニュースが流されると、ツイッターでさまざまな意見が寄せられました。東京の当日午後のラジオではニュースといっしょにツイッターの意見も紹介されました。
 会社のコメントに対して、インターネットで車掌の処分の再考を要請する嘆願書署名を呼びかけたらかなりの数が集まってきています。


 ツイッターの意見は当然のことですがそれぞれとらえる視点が違います。また時間の経過とともに傾向が変化していきます。そのことを踏まえても車掌に同情する意見が多くみられるという特徴があります。
 特徴的な意見を紹介します。

 事件そのものへの意見です。
「なんか、最近言わないと損? 言っても問題がない (立場弱い) みたいな人にクレームを付ける人が多いように感じる。一人が言いだすとみんなが言う・・見た感じいかつそうな人には言わず・・みたいな・・ポリには偉そうに言うが、ヤクザには丁寧みたいな人がうじゃうじゃしてる。
 子供の虐めと同じやんと思うことがしばしばあって・・マスコミも何でも中途半端に放送するからよけいクレーマーが増えるのかな。特に会社名が大きければ大きいほどくいつきが良いから・・なんか嫌や」
「人身事故や災害によって運行が止まるのはやむを得ない。それでも毎回駅員にむかって詰め寄る乗客がいる。そういう人ってどこにいても誰にも相手にされてないんだろうなーってかわいそうになる。」
「乗客も、もっと大人の対応ができなかったのでしょうか? しかし、その程度のコメントしかできない、会社も情けないよなぁ」
「近鉄の車掌に対して 『職場放棄』 『逆ギレ』 という声があることに驚き。大勢に囲まれて暴行を受けて自殺を図るぐらいに追い込まれてるのに仕事なんか続けられる訳がないし、逃げ出したのは自分の身を守る行動として当然。だいたい鉄道は運輸業であってサービス業ではない。これを勘違いしてはいけない」

 会社の対応への意見です。
「近鉄のコメントを見る限り、この会社は社員を守ろうとしないんだな。近鉄という会社って、何か起きた時は個人の責任ではなく組織の責任として考える事が出来ない会社なんだろう」
「『ご迷惑をお掛けして申し訳ございません。当該職員に事情を確認し、今後の然るべき対応を検討して参ります。』 とかでいいんじゃないの? 理由はともかく大怪我を負ってる自社職員に 『処分』 なんて言葉を使わんとあかんかね?」
「ストレスもあったと思う。不思議なのは乗客の対応を、この職員だけに任せていたのであろうか。管理職や同僚のサポートはなかったのか。今、一度検証する必要がある。」
 推測ですが、駅構内にいる職員は多くなかったと思われます。また他の乗客の対応をしていたかもしれません。しかし、対応マニュアルとしては必須項目です。
「もう会社もクレーマーには屈しません、従業員を守りますと堂々と宣言したほうがいいかもしれないな。表向きは車掌を処分しますと出して、休養職場復帰がベターだけど。近鉄は彼の心身をしっかりケアしてやってくれ。」
「お客様は神様の勢いで噛みつかれては、追い詰められても仕方ない。確かに車掌の行動も行き過ぎだけど、会社はもう少し、社員を大事にしても良いのでは? 」
「車掌の行動は適切ではなかったけど、パニックになるまでの間に何があったかは会社はちゃんと調べるべき。ここまでになるのは理由があるのだから、調べた上で汲むべき事情があるならばそこは会社が社員をちゃんと守ってやるべきだと思います。
 車掌だけを処分するなら、ここまで追い詰めた乗客にも何らかの処分をするべきと思う。」
「今の時代はクレーム客なんかより毅然とした対応した会社のほうが世間の人は評価するのにね。会社の上層部が時代錯誤の石頭だからそのへんが理解できないんだろうね」
「『車掌が、鉄道事業者として不適切な行動を起こした』 って。あのー近鉄さん、今回は謝るべきじゃなかったと思いますよ。狂ったようにクレームつける人間、怒りをぶつけたいだけの人間は今後益々鉄道職員を標的にしますよ。職員は会社に処罰されると思ったら、理不尽でもじっと耐えるしかなくなる。」
「近鉄が 『車掌が不適切な行動を起こしたことは大変遺憾です』 とか言うのよくないと思う。『我が社の社員を気が狂うまで追い詰めた犯人は絶対に許さない。絶対に探し出して枕木の染みにしてやる』 みたいな感じがいいんじゃないか。」
「やはり、近鉄は件の車掌さんを処分する方針なのか・・・それは悪手だぞ・・・。会社が社員守らんでどうするんだ。そんなことやったら、社員側も会社はどうせ守ってくれないって一生懸命頑張るだけ無駄だという意識が広まればどんな安全対策を会社側がやっても空虚なものになる」
「まあ会社は表向きの会見や発表では車掌を擁護はできないでしょう。」
 韓国ではこのような問題を 「感情労働」 と捉え、労働者・市民が一緒に対策を進めています。日本が見習うべきこともたくさんあります。

 乗客にたいする意見です。
「飛び込み事故や天候が原因で運行できない時でも駅員に絡む神経がわからん」
「むしろ責められるのは詰めよってた客でしょ! 人身事故なんて鉄道会社の責任ないでしょ。」
「一社員に会社としての対応を求める乗客も異常。」
「正直、急いでいる途中で、突然の事故やトラブルで、イライラする乗客の気持ちは分かる。
 だが、車掌や駅員に詰め寄った処で、詰め寄られた方も、『こっちが聞きたいわ!』 って言うのが、きっと本音だと思う。ただ、イライラする気持ちは分かるが、必要以上に駅員に詰め寄る奴は、何様のつもりか? と思う。」
「きっと、この車掌さんに詰め寄った乗客の方々は罪悪感を感じずに、御自分達の態度を改める事なく生き続けていかれるんでしょうね。そして、この車掌さんが本当に 『死にたい』 とまで追い詰めてしまわれたとも知らずに、、、もし、亡くなっておられたらどう感じられていたんでしょうね。相手の気持ちを考えることが出来ない方々が増えているのが悲しいですね。」
「こういう人の痛み苦しみの分からない人間には激しく嫌悪感。勘違いしてはいけない。車掌も人間。マナー常識を失った人間を対応することまでが仕事じゃない。修正すべきはそういった人間達。」
「絶対に刃向かってこないだろうと確信しとるから、理不尽な事を言いよるヘタレ客。噂では年輩客らしいが、ワガの息子、孫、だったら可哀想とか考えへんのか!」
「クレームつけてた輩を恐喝脅迫で裁くべし。お客様は神様ではない」
 会社や家庭で蓄積したストレスを社会の弱者、反論しない者に向けて発散させています。本来向けるべき相手を見失っています。そしてこのような行為を目撃する者も、自分の正義感に攻撃をうけてストレスを感じてしまいます。
 
 駅員に対する意見です。
 テレビでは、駅員は仕事なんだから最後まで我慢してい対応すべきだったという意見が紹介されていました。
「人身事故が起きた時に、なんで止まってるのとか、理不尽に車掌に怒る人が居るけど、車掌さんや駅員さんが悪いわけじゃないでしょ。無茶苦茶言って、まるでストレスのはけ口みたいにしてる人、どうかと思うよ。正直、この車掌さんに同情するよ。」
「車掌も弱いけど、会社ももう少し優しい言葉で対応をしたら? お客様のクレームの対応をしない部署に配置換えをする、とか、マニュアルを見直す、整備する、など言いようが有るでしょうにね、。」
「質の悪い乗客が複数いたと思われ…。この情けない車掌ばかりを責める、会社&世論に納得できない。メディアはもう少し真面目に取材していただきたい。『なんで?』 が抜け落ちている!」
「気持ちは分かるなぁ。自分が原因でもないのに、詰め寄られて…嫌になってもおかしくないよ。」
「やっちゃいけないことをしたんだが、何か批判するのが躊躇される。何となく状況わかるものね。社員ってだけで自分を殺して我慢しなければならないっていうが、我慢して何が残るって思うと空しいね。」
「この車掌さんは、今回のことの以前にも、怒りを抑えなければならないことに数えきれないほどあって、爆発したのではなかろうか。社員一人ひとりの判断に任せるべき限界を超えることがありそうなのは、混雑時や、事故が起こった時の状況をはたで見て思うところです。社として組織的に対応を考える必要があると思います。」
「JR福知山線脱線事故もそうだけど、規則、原則が人格に配慮していない部分があるからこういう事件が起きるような気がする。クレーマーの言うことを右から左へ受け流す事が出来る鈍感力が必要で、規則、原則が人格に配慮されていないサービス業で柔軟性のない真面目な人がメンタルやられる人多いよね。」
「多分、自分なら抑えられないとお客さんに逆ギレすると思う。この車掌さんは自分に怒りを向けたからある意味偉いと思う」
「何となく気持ちは分かる。お客様に詰め寄られ、助けもなく孤立無援。精神的に切れても、お客様に手を出す訳にはいかないから、替わりに自傷行為に走ったのだろう。制服を脱いだのは、彼なりに会社に迷惑をかけたくないとの気持ちからだろう。こういう時は、組織としての対応が必要と思う。」

 これ以外に、車掌は当初から精神的に体調不良だったのではないかという意見が数件ありました。しかしこのことを強調すると、事件が個人的問題になってしまい、事件の本質が逆に見えなくなってしまいます。労働者は感情をもった生き物であるかぎり、健康であったとしても相手の対応に “切れてしまう” ことはあります。これに対する対策は 「ストレスに強くなる」 ことではありません。また労働者の健康管理をするときには、プライバシー保護と情報管理は厳しく行なう必要があります。

 
 職場の暴力・「感情労働」にたいする対策は、労働者・消費者(客)・政府・企業それぞれの役割があります。クレームや攻撃は起こることを前提に対策を取っておく必要があります。職場のいじめ対策と同じです。
 まず企業・使用者は、労働者を守る、最終的責任はトップが負うという姿勢をはっきり示しておく必要があります。そのうえでトラブルが発生した時のサポーター体制を確立しておきます。そうすると労働者は安心して対応できます。労働者に、しつこいクレーマーにははっきりと「業務妨害」、「暴力」であると指摘し、対応を拒否する決定権限を与えることが必要です。
 そのうえで労働者は、心構えが必要です。
 ・自分に向けられたものだとは思い過ぎない。
 ・相手の社会に対する不満がたまたま自分に向けられていると理解する。
 ・相手の感情に巻き込まれない。弁解しない。その方が早く終了する。
 ・後で誰かにその時の状況を、感情を含めて話して聞いてもらう。
 ・終了したら休息をとる。
 ・体験を共有化する。
 トラブルが治まったからといって解決したということではありません。対応した労働者へのいわれのない攻撃、正義感、価値観、自尊心への攻撃は放置したら傷は癒えません。身体的打撃を受けた場合はトラウマに襲われて労働が恐怖になることもあります。
 被害を受けた労働者の人権・人格の回復のためには安心して心情を吐露できる時間と場所を確保する必要があります。職場の同僚や仲間は労働者の言い分を聞き直し、対応の正当性を確認し合う心のケアと必要な支援をします。そして休養を保障します。
さらに会社として同じことを起こさせないための対策を再確認して進め、安全・安心を保障する必要があります。


 当たり前のことですが、鉄道の第一の使命は列車を安全に運行することです。乗客が安心して目的地に行けることを支援することです。そのためには、鉄道で働く者たちの心身の安全が保障されなければ乗客の安全も保てません。今回の事件のように、乗客が駅員の心身の安全を奪うという行為は、その後復旧したとしても安全な運行に支障をきたします。乗客はそのことを自覚する必要があります。「お客様は神様ではありません」
 意見でも言われていますが、駅員にクレームをつけても復旧が早まることはありません。


 今回の事件のように、労働者に対して心身の攻撃を加えることを 「職場の暴力」 と呼びます。
 ILOは2003年に 「サービス業における職場暴力及びこの現象を克服する対策についての実施基準案」 を発表しています。そこでは 「職場の暴力」 を 「妥当な対応を行っている者が業務の遂行及び直接的な結果に伴って攻撃され、嚇かされ、危害を加えられ、傷害を受けるすべての行動、出来事、行為」 と定義したうえで 「部内職場暴力」 と 「部外職場暴力」 双方を含めています。「部内職場暴力とは、管理者、監督者を含めた労働者間で発生したものを言う。」 「部外職場暴力とは、管理者、監督者を含めた労働者と職場に存在するその他の者との間で発生したものを言う。」 です。
 しかし日本では、2012年3月15日に厚生労働省が発表した 「職場のパワーハラスメントの予防・解決に向けた提言」 (「提言」) においても 「部外職場暴力」 は対策の対象になっていません。対応はそれぞれの企業・事業体に任せられています。
 その結果が今回のような事態を発生させてしまいました。


 8月26日、全国労働安全衛生センター連絡会議は、厚労省に要請行動をおこないました。要請項目には
「3.職場のいじめ・嫌がらせパワーハラスメント対策
 (1) 今年度実施が予定されているという職場のパワーハラスメントに関する実態調査において、取引
  先、利用者や顧客などからの暴力行為及び発言等について調査対象とすること。」
 を含めました。交渉の記録の抜粋です。
「センター 調査は前回のことを踏まえてということになると、『提言』 は外部の暴力については抜けているので今回も触れられていないのではないかと思われます。
 ILOでは 『内部暴力』 『外部暴力』 と使い分けをしていますが、外部暴力について対応していないのは日本だけです。なんで対応しないのか疑問です。先ほど、人格・尊厳と言われましたけど、内部だけに人格・尊厳があるわけではありません。しかし外部は無視され、人格・尊厳がダブルスタンダードになってしまいます。そうすると解釈があいまいになってしまいます。
 もう1つは、前回、鉄道における暴力にたいする対応は国交相、地方公務員に対しては総務省など別々に対応していてもらちがあかないので、『外部暴力』 の問題全体に対して厚労省がイニシアティブをとって対応したらどうかと提案しました。同じように人格・尊厳のスタンダードが各省によって違うということはないはずだからです。
 この問題は、個別職場の問題ではなく社会的な運動として取り組まれないと解決できませんので、そのような運動を提起して取り組んでいただきたいという要請です。
厚労省 調査は職場のパワーハラスメントということで狭い範囲での調査になります。広い範囲を対象にした問題については持ち帰らせてもらいます。
センター コンビニの店員が客からハラスメントを受けるということもあります。事業者にとっても従業員を守るということで何らかの対応をしなければなりません。しかし対応能力がない、マニュアルがないという状況があり、そのことによって体調を崩す人も出てきます。だからこそ今回の実態調査にも加えるべきだったと思います。事業者にとっても必要なことです。医療現場でもそうです。
 パワハラは単に上司や同僚ということだけではないので、第三者からの行為や言動などについても提言をすべきだという趣旨です。この点の問題意識をもっていただかないと同じような調査をしても変わらない結果にしかならないと思います。
厚労省 今の提起はしっかりと持ち帰らせてもらいます。
センター 労災事例の調査・分析を今回の調査には含めてないのだったら、あらためてしてほしいと思います。
厚労省 「提言」 は 「同じ職場で働く」 ということですので第三者からのパワハラは原則的には外れています。
 そうするとパワハラの定義が正しいのかという議論になってきます。今回は持ち帰らせてもらって考えていくということにさせていただきます。
センター 第三者からの問題に対応しないと、逆にパワハラを認めることになってしまいます。定義をどう変えるのかということになると、提言を再度提言することになりますが、そこに固執するのではなく、現に起きている問題があり、そこには責任者・管理者の問題も出てきますので、そういうことに関連付けて対応を変えることは出来るはずです。


 今回の事件後のツイッターの意見を見ていると、以前とは社会的認識がいい方向に変わってきているように思われます。日本でもやっと 「外部の暴力」 が問題化されつつあります。
 今回の事件が、同じような問題をくり返さないためにももっと大きな議論が巻き起こり対策がすすめられることを期待します。

   「職場の暴力」
  ILO 「サービス業における職場暴力及びこの現象を克服する対策についての実施基準案」
   「感情労働」
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「130万円の壁」 は自立と安定した老後保障の壁
2016/09/16(Fri)
 9月16日 (金)

 首相の諮問機関である政府税制調査会が10月9日に総会を開き、17年度税制改正に向けた所得税改革の議論を開始しました。そのなかで専業主婦の世帯を優遇する配偶者控除を見直し、共働き世帯の負担を軽くする 「夫婦控除」 の創設を軸に検討することを決めました。
 政府は、主婦らが職に就きやすいようにする 「働き方改革」 の中にもこの問題を組み込みました。
 配偶者控除は主に専業主婦がいる世帯の税負担を軽くする仕組みです。現在、年収130万円未満のパートの主婦らは年金や健康保険料を負担しなくても済みます。いわゆる 「130万円の壁」 です。103万円以下だと所得税が課せられないで配偶者控除が適用されます。「103万円の壁」 です。これらを 「優遇」 ととらえ、あえて自ら働く時間を抑えている人がいます。
 また経済評論家を自称する人たちは、家族の年収と税金額の関係をシュミレーションして、この場合は損、得という解説をしています。
 夫婦共稼ぎ世帯からは以前から不公平との声が上がっています。
 配偶者控除の問題は損得の問題なのでしょうか。


 86年に男女雇用機会均等法が施行されました。この頃、女性団体が配偶者控除廃止の主張でパネルディスカッションを開催したらさまざまな視点から意見が出されました。
 配偶者控除は女性を 「家」 に閉じ込める制度です。会社が少ない配偶者手当を家事労働への対価として支払う代わりに男性は会社に従属させられ長時間労働を強いられます。長時間労働、過労死の原因はここにもあります。役割分担が確立し、子育て、介護は専業主婦の役割です。
 配偶者手当が廃止されたら目先の収入が減額になる家庭はたしかに出てきます。しかし長期的視点に立って年金まで考慮した時はどうなるでしょうか。別々に支払っていた方が受け取る総額は確実に大きくなり、自立した、より安定した老後が可能となります。
 扶養家族を続けると、夫が先に亡くなった場合は遺族年金が支給されますが、妻は夫が亡くなっても夫に養われる扶養家族です。
 そのどちらを選択するかの問題になります。ディスカッションは、損得だけでなく、女性として誰からも支配、管理されない自立した道を歩もうという提案にいたりました。
 この頃は、すでに非正規労働者の1割を男性労働者が占める状況になっていました。非正規労働者の問題は男性労働者の問題だという訴えがだされていましたが、当該の男性労働者は 「負け組」 という意識から声をあげることはありませんでした。
 このような中で非正規労働者の処遇改善の声はなかなか上がりませんでした。
 また、公務員を除いて民間企業は夫が扶養家族になることはほとんど認められませんでした。男性は無条件に自立しなければなりませんでした。


 無償の家事労働を担っている専業主婦に対して保険や税の優遇措置が設けられた社会保障制度は、「正社員の夫と専業主婦の妻」 をモデルに1960年代に整備されました。配偶者控除は61年から始まります。
「政府は、職場と家庭におけるジェンダーにもとづく分断を支えるいくつかの政策を、経済的な優遇措置というかたちで実施した。1950年代から70年代末までの時期に、社会保障制度が拡充されたが、この制度は、夫を主たる給与取得者と想定した給付構造を設けて、『標準的な』核家族におけるジェンダーにもとづく分業を支持してしまった。また、配偶者 (妻) のパートタイムやアルバイトによる給与収入が年間約100万円以下であれば、所得税を非課税とし、さらに主たる給与所得者 (夫) の所得に扶養控除を認めて夫の所得への課税率を引き下げるが、この一定水準を上まわると、本人の所得に所得税を課税するうえに、夫の所得の扶養控除を減額して課税率を一挙に高める、という制度も導入された。この制度は、既婚女性にパートタイム以上の長時間の仕事に就くのを思いとどまらせる強い力を発揮した。
 政府や企業が打ち出した計画や措置のなかには、女性に対して、自分の主たる役割は労働者として働くことではなく家事を司ることにある、という認識をもつようにと、さらに直接的に働きかけたものもあった」 (アンドルー・ゴートン著 『日本の200年 徳川時代から現代まで』 みすず書房)

 このような動きは1920年代に都会の女性を対象にして進められましたが30年には農村にも拡大していきます。そして40年代になると 「新生活運動」 と呼ばれてさまざまな 「日常生活改善」 運動がすすめられ、戦後もつづきます。

「1955年からは、新生活運動推進のためのさまざまな活動を調整する協議会にたいして、総理府から資金が交付されるようになる。大企業もこの運動に便乗した。1950年代から60年代にかけて、従業員数にして合計100万人以上を擁する日本の代表的な大手企業50社以上が、従業員の妻たちを対象とする新生活グループを組織した。ある鉄鋼メーカーの人事課長は、これらのグループの目的を次のように語っている。
 職場と家庭とは、1人の人間の生活にとっては表裏一体の不可欠の関係にあり、家庭における生活は翌日の生活のバロメーターとなる。そして家庭生活は原則として主婦が主宰し、その主動力によって進められ、主人はそのなかで憩いかつ活力を育まれているといってよい。そこで主動力となる主婦の向上をはかり、明るい家庭をつくり、ひいては明るい社会をつくり、さらにまた明るい職場をつくる基盤ともしたいと考えたのである。」 (『日本の200年 徳川時代から現代まで』)

 大企業の労働者は家族を含めて企業から監視・管理されていました。
 マイホームの意識が浸透していきますが、国家が掲げようとしている国家像・家族像でもありました。配偶者手当の企業負担は、政府から別の項目での支援や減税が行なわれました。このような中でファミリーが、労働組合や地域に代わる生活防衛の組織単位になりました。
 しかし一方で、高度経済成長下のマイホーム主義は、夫が長時間労働や転勤を強制されるいびつな家庭と企業との板挟みを作り出しました。
 新卒で就職した女性労働者は数年たつと “寿退社” が予定されました。そうしない者に対しては賃金差別、昇進差別が公然と行われました。
 86年に男女雇用機会均等法が施行された頃から働く女性が増えました。現在は専業主婦世帯より夫婦共働きの方が多くなっています。

 また、「130万円の壁」 「103万円の壁」 にこだわる低賃金の女性労働者は、企業にとっては便利な労働力の調整弁になります。非正規労働者が好景気の時は大量に雇用され、不況になると真っ先に解雇されます。高度経済成長が終了すると、正規労働者に代わって非正規労働者が長期雇用になります。
 当初は、非正規の正規との違いは、残業がない、転勤がない、賃金が時間給などが言われました。しかし残業がない、転勤がないの違いは、さほどの制度変更もないままなし崩しがおこなわれていきました。

 労働組合が春闘で非正規労働者に時給の要求額のアンケートを取ると、「現状維持でいい」 「大幅アップ」 「どちらでもいい」 がほぼ3分の1ずつに分かれました。「130万円の壁」 を気にする者は、「現状維持でいい」 、生活維持が大変な者は切実に 「大幅アップ」 の回答です。 労働組合は要求を決定するに際して躊躇してしまいます。その一方で扶養家族手当の増額を要求に掲げました。「130万円の壁」 を気にする者が生活維持が大変な者の要求を “妨害” しました。
 正規労働者にとって、非正規労働者は “我慢してくれる人” でもありました。
 このような実態のなかで非正規労働者の処遇改善はなかなか進みませんでした。格差は拡大していきますが正規労働者は安住に馴れてしまいました。


 今、低賃金の非正規労働者が増大していきます。さらにシングルマザー・ファザーのファミリーが増大していきます。そうするとダブルジョブ、トリプルジョブをせざるを得なくなります。しかし年収130万円以上は所得税が課せられています。配偶者控除をうける非正規労働者とは 「階層」 が違う存在となりました。社会的不公平を感じるのは当然のことです。

 一方では 「130万円の壁」 にこだわって配偶者控除を受けながら配偶者手当を受け、その一方では低賃金で、シングルで子育てをしている労働者の層が存在します。露呈している問題は簡単ではありません。
 損得の問題ではなく、底辺に落とし込められている労働者をどう救済して自立させるかが緊急の課題になっています。だれでもが働きやすい社会を作り上げていくためにはどのような税制度、社会制度が必要かを検討する必要があります。弱者同士の共食いではない制度を探っていかなければなりません。

 他者からは目をそむけ、自分だけは救済されようという思考のなかからは本質的解決は見つかりません。
 政府の 「働き方改革」 に、労働者の側からの声をぶつけて本当に働きつづけやすい制度を実現させていくことが必要です。


   「活動報告」 2014.10.16
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暴力が存在するところではトラウマはなくならない
2016/09/13(Tue)
 9月13日 (火)

 昨年9月19日、「安保関連法案」 はまともな議論が行なわれないままでで強行採決されました。

 政府は、11月に南スーダンに派遣する国連平和維持活動 (PKO) の陸上自衛隊の交代部隊に、安全保障関連法で実施が可能になった新任務の 「駆け付け警護」 と、他国軍と共同で拠点を守る 「宿営地の共同防護」 を付与する方針を固め、部隊に派遣準備命令を出し、訓練を開始します。
 従来、海外での武器使用は自衛隊員や管理下に入った人を守る場合に限って認めていました。駆け付け警護では、PKO活動を行う自衛隊員が、離れた場所で襲撃を受けた他国軍や非政府組織 (NGO) 職員の救援に向かうことが可能となります。

 8月24日の毎日新聞に 「駆け付け警護 自衛隊・駆け付け警護 『引き金を引けるのか』 訓練開始へ」 の見出し記事が載りました。
 その中で自衛隊員やその家族の本音が語られています。
「『ついに来たか』 駆け付け警護の訓練開始の表明に、東日本の50代の男性隊員はそう感じたという。
 PKOにおける自衛隊の任務は、道路などのインフラ整備や人道支援が中心だった。従来より踏み込んだ武器使用が可能となる駆け付け警護は、これまでの任務とは質が異なる。救援に向かった先で戦闘に巻き込まれる恐れが高い。『これからの訓練は厳しいものになるだろう。遭遇した場面で撃つのか、撃たないのか。指揮官も一線の隊員も非常に難しい状況判断を問われる』 と、派遣隊員をおもんぱかった。
 不安や疑問は尽きない。専守防衛の自衛隊が、海外に派遣される意味。そこで命を落とすリスク。安保法制をめぐって分裂したままの国民世論。割り切れないものを抱えながらも、男性隊員はただ 『みんな無事に帰ってきてくれ』 と祈る。」

「北海道千歳市の陸上自衛隊OBの60代男性は 『海外派遣から帰ってきた後も銃弾の音が頭から消えず、悩む知人もいる。訓練は年々実戦的になっていると聞く。これからどうなっていくのか』 と懸念を口にした。
 夫が陸上自衛隊員という同市の30代女性も不安そうだ。『いつかは……と思っていたが、いざ訓練が始まるとなると怖い』」

「実際に人に向かって撃てるのか――。2つの陸自駐屯地を抱える兵庫県伊丹市の30代男性隊員は 『人を撃つことへの抵抗は強い。通常の射撃訓練でも、標的を円形から人の形のものにすると、とたんに成績が落ちる隊員もいる』 と明かす。駆け付け警護では人に向かって発砲する事態も想定される。『撃てない隊員もいるだろうが、その時になってみないと分からない。自分も 『同僚や誰かを守るためならできる』とは思うが、本当にそうか。不安はある』 と揺れる胸のうちを語った。」
「2つの陸自駐屯地がある京都府宇治市の30代男性元自衛官は、PKOでゴラン高原に派遣された経験を持つ。『国際貢献は大切だが安保法制について国民的議論が尽くされたとは言えない。武器使用の要件は明確に詰められたのか。グレーゾーンを残したままだと派遣される隊員が危険にさらされる』 と疑問を投げかけた。」

「陸海自が駐屯する長崎県佐世保市の海自OB、西川末則さん (64) は 『駆け付け警護で応戦する相手から見れば日本は敵だ。新たな任務が始まれば引き返せなくなる。紛争に加わるのは間違いだ』 と話した。」


 9月9日の朝日新聞は、オピニオン&フォーラム欄で 『戦争における 「人殺し」 の心理学』 の著者デーブ・グロスマンさんのインタビューを載せています。(『戦争における 「人殺し」 の心理学』 については2014年7月4日の 「活動報告」 参照) 『本』 と内容がダブりますが抜粋して紹介します。

 ――殺される恐怖が、激しいストレスになるのですね。
「殺される恐怖より、むしろ殺すことへの抵抗感です。殺せば、その重い体験を引きずって生きていかなければならない。でも殺さなければ、そいつが戦友を殺し、部隊を滅ぼすかもしれない。殺しても殺さなくても大変なことになる。これを私は 『兵士のジレンマ』 と呼んでいます」
「この抵抗感をデータで裏付けたのが米陸軍のマーシャル准将でした。第2次大戦中、日本やドイツで接近戦を体験した米兵に 『いつ』 『何を』 撃ったのかと聞いて回った。驚いたことに、わざと当て損なったり、敵のいない方向に撃ったりした兵士が大勢いて、姿の見える敵に発砲していた小銃手は、わずか15%~20%でした。いざという瞬間、事実上の良心的兵役拒否者が続出していたのです」
 ――なぜでしょう。
「同種殺しへの抵抗感からです。それが人間の本能なのです。多くは至近距離で人を殺せるように生まれついていない。それに文明社会では幼いころから、命を奪うことは恐ろしいことだと教わって育ちます」

 ――本能に反する行為だから、心が傷つくのではありませんか。
「敵を殺した直後には、任務を果たして生き残ったという陶酔感を感じるものです。次に罪悪感や嘔吐感がやってくる。最後に、人を殺したことを合理化し、受け入れる段階が訪れる。ここで失敗するとPTSD (心的外傷後ストレス障害) を発症しやすい」

 ――防衛のために戦う場合と、他国に出て戦う場合とでは、兵士の心理も違うと思うのですが。
「その通り。第二次大戦中、カナダは国内には徴兵した兵士を展開し、海外には志願兵を送りました。成熟した志願兵なら、たとえ戦場体験が衝撃的なものであったとしても、帰還後に社会から称賛されたりすれば、さほど心の負担にはならない。もし日本が自衛隊を海外に送るなら、望んだもののみを送るべきだし、望まないものは名誉をもって抜ける選択肢が与えられるべきです」
 ――でも日本は米国のような軍事大国とは違って、戦後ずっと専守防衛でやってきた平和国家です。
「我々もベトナム戦争で学んだことがあります。世論が支持しない戦争には兵士を送らないという原則です。国防長官の名から、ワインバーガー・ドクトリンと呼ばれている。国家が国民に戦えと命じるとき、その戦争について世論が大きく分裂していないこと。もしも兵を送るなら彼らを全力で支援すること。それが最低限の条件だといえるでしょう」


 インタビューを聞いて、日本近現代史専攻の中村江里一橋大学特任講師がコメントを寄せています。
「根底にあるのは、いかに兵士を効率的に戦わせるかという意識です。兵士が心身ともに健康で、きちんと軍務を果たしてくれることが、軍と国家には重要なわけです。
 しかし、軍事医学が関心を注ぐ主な対象は、戦闘を遂行している兵士の 『いま』 の健康です。その後の長い人生に及ぼす影響まで、考慮しているとは思えません。
 私自身、イラク帰還米兵の証言やアートを紹介するプロジェクトに関わって知ったのですが、イラクで戦争の大義に疑問を抱き、帰還後に両親の呵責に苦しんでいる若者は大勢います。自殺した帰還兵のほうが、戦闘で死んだ米兵より多いというデータもある。戦場では地元民も多く巻き添えになり苦しんでいるのに、そのトラウマもまったく考慮されない。軍事医学には国境があるのです。
 一方で、日本には…… 『戦争神経症』 の症状を示す兵士は日中戦争以降、問題化していました。
 その存在が極力隠されたのは、心の病は国民精神の堕落の象徴と位置づけられたためです。こうした病は 『皇軍』 には存在しない、とまで報じられた。精神主義が影を落としていたわけです。
 戦争による心の傷は、戦後も長らく 『見えない問題』 のままでした。……
 昨年の安保関連法制定により、自衛隊はますます 『戦える』 組織へと変貌しつつあります。『敵』 と殺し殺される関係に陥ったとき、人の心や社会にはどんな影響がもたされるのか。私たちも知っておくべきでしょう。暴力が存在するところでは、トラウマは決してなくならないのですから。」

 精神主義は、現在の労働者がおかれている状況で受け継がれています。

 軍隊が行っているのは 「ストレスに強くなる対策」 です。
「学会では米国の専門家による招待講演もあり、イラク戦争に参加した米兵のPTSD研究の紹介がされていた。講演を聞きながらわたしは、『トラウマ研究は何時から、戦っても傷つかない人間をふやすための学問になったのだろう』 と思った。潤沢な予算がPTSDの予防や治療の研究につぎ込まれることと、平然と戦地へ兵士を送り出すことは、米国では矛盾しない。米兵のPTSDの有無や危険因子は調査され、発症予防や周期回復のための対策は練られるか、派兵をやめようという提案にはならない。イラクの人たちのPTSDについては調査どころか、言及さえない。そのことに違和感をもつ人はいないのだろうかと周囲を見回すが、みんな熱心に講演に聞き入っている。孤立感を覚える。」 (宮地尚子著 『傷を愛せるか』 大月書店 2010年)
 そしてこの方向性は、厚労省、企業が行っている労働者のストレス対策と同じです。


 2015年7月3日の 「活動報告」 の再録です。
 自衛隊は1985年から自殺者数を発表しています。年間60~70人前後で推移していましたが2002年度 (平成14年度) 78人でした。(制服組のみ)
 民主党の阿部知子衆議院議員の 「自衛隊員の自殺、殉職等に関する質問主意書」 への15年6月5日付の 「回答書」 では、2003年度から2014年度までの各年度における自衛隊員の自殺者総数は1044人です。

 「テロ対策特措法」 では海上自衛隊員が延べ約1万900人派遣されて自殺者したのは25人です。自殺による死亡率は229人です。
 「イラク特措法」 では陸上自衛隊員が延べ約5600人派遣されて自殺者したのは21人、航空自衛隊員が延べ約3630人で8人です。自殺による死亡率は375人と220人です。
 「補給支援特措法」 では海上自衛隊員が延べ約2400人されて自殺したのは4人です。自殺による死亡率は166人です。
 これらの自殺による死亡率は圧倒的に高いです。しかしここにはまだ隠されている数字があります。在職者だけの数字で、体調不良で除隊し、その後に自殺した者は含まれていません。精神的体調不良は派遣後しばらくしてからも発症します。
 また自殺の原因についての数字が発表されていますが、項目は、①病苦、②借財、③家庭、④職務、⑤精神疾患等、⑥その他及び⑦不明 です。
 これらの原因には連関性があります。調査項目や区分が不十分です。原因追及をしようとしない、区分けをごまかそうという姿勢が現れています。その結果、公務災害の認定数も少ないです。命が大切にされていません。

 日本政府・自衛隊は自衛隊員を殺しています。これ以上殺させることはできません。
 憲法9条から逸脱する派兵は絶対に阻止しなければなりません。

   関連:「軍隊の惨事ストレス対策」
   関連:「本の中のメンタルヘルス 軍隊・戦争」
   「活動報告」 2016.7.5
   「活動報告」 2015.7.3
   「活動報告」 2015.5.19
   「活動報告」 2014.7.4
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肥後銀行の過労自殺に株主代表訴訟
2016/09/09(Fri)
 9月9日 (金)

 9月7日、12年10月に熊本市に本店がある肥後銀行で過労自殺した行員 (40歳) の妻が、当時の役員11人を相手取って熊本地裁に計約2億6000万円の損害賠償を求める株主代表訴訟を起こしたという報道がありました。当時の役員が適正な労働時間管理を怠った結果生じた過労死損害賠償訴訟での賠償金や、信用失墜などで生じた少なくとも1億円の損害などです。妻は、夫が保有していた銀行の株式を相続していたのでた株主です。
 過労死や過労自殺で役員の責任を問う株主代表訴訟は全国で初めてです。
 妻は 「今も一生懸命働いて残業をしている人がいるはず。その上司が裁判を知って、こういうこと (過労自殺) が防げるならうれしい」 と提訴に至った思いを語っています。
 代理人は大阪弁護士会の松丸正弁護士です。松丸弁護士は 「労働時間の把握とそれを是正する態勢を構築していなかった役員の責任を会社に代わって追及したい」 「当時の役員の責任を認めさせると同時に、将来にわたって過労自殺の防止措置を取ってもらうことが訴訟の意義だ」 と話しています。


 元行員は、熊本市中央区の本店でシステム更新の責任者でした。責任者としての心理的負担に加え、12年7月以降、早朝から深夜までの勤務が続くなかで10月上旬にうつ病を発症、同月18日、本店で飛び降り自殺しました。自殺前6カ月の労働時間は月423~198時間、時間外労働は255~55時間にのぼっていました。
 熊本労働基準監督署は13年3月、男性の自殺は業務により精神疾患を発症した結果であると労災認定しました。認定では、うつ病発症前1か月間の時間外労働は207時間。当時の国の労災認定基準の 「極度の長時間労働」 とされる160時間を大幅に超えていました。
 そして労基署は3月19日、行員の自殺に絡み、労使協定を上回る時間外労働をさせたとして労働基準法違反 (長時間労働) の疑いで、銀行と労務担当役員ら3人を熊本地検に書類送検しました。
 銀行は、3月22日、全行員約2300人のうち2080人に残業代や休日出勤手当計約2億9000万円を支払っていなかったと発表し、19日付で支給しました。

 遺族は13年10月、うつ病で自殺した原因は 「常軌を逸した長時間勤務で、心身の健康を損ねるのは明らか」 と主張し注意義務違反と安全配慮義務違反で、熊本地裁に銀行を相手取って約1億7千万円の損害賠償訴訟を起こしました。
 14年10月に出された判決は、自殺と長時間労働との因果関係を認め、約1億3000万円の損害賠償を命じました。銀行側が控訴しないで判決が確定しました。
 この時、遺族は銀行に対して当時の役員13人を相手取って損害賠償訴訟を提訴するよう求めましたが拒否されました。そのため、今回の株主代表訴訟にいたりました。


 神田秀樹著 『会社法入門』 (岩波新書) は、会社は誰ものか、そもそも会社とは何かということから始まります。会社は 「法がつくった人」 つまり 「法人」 です。そして出資者である株主のものです。
 バブルが崩壊し、ファンドが飛び交うようになった頃から、会社は誰のものかという議論が起きると 「ストックホルダー」 (株主) という主張がはびこっています。経済のグローバル化が進む中でのグローバル・スタンダードではさらにそうです。一方 「コンプライアンス」 が登場し、重視されます。
 会社法は、会社が取締役等に対して有する権利を、一定の場合には、個々の株主に、自ら会社のために取締役等に対する会社の権利を行使し、訴えを提起することを認めています。これが株主代表訴訟です。株主は会社のために訴えを提起するので、判決の効果は勝訴・敗訴とも会社に及びます。
 代表訴訟の対象となるのは、発起人・設立時取締役・役員等 (取締役・会計参与・監査役・執行役。会計監査人) ・清算人の責任追及、などです。

「会社法は、この規定を改めて、規制の大幅な整理と改正をした。
(1) 任務懈怠の責任 『役員等』 は、その任務を怠った (任務懈怠という)ときは、会社に対し、これに
 よって生じた損害を賠償する責任を負う。……
(2) 責任を負う者 ①その行為をした取締役等自身であるが、②その行為が取締役会等の決議に基
 づいてされた場合には、その決議に賛成した者も、それについて任務懈怠がある場合には同一の責
 任を負う。……また、決議に参加した取締役等は議事録に異議をとどめておかないと決議に賛成し
 たものと推定される。なお、責任を負う取締役等が複数いる場合には連帯責任となる」 (神田秀樹
 著 『会社法入門』 岩波新書)
 会社法第429条は 「役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。」 と謳っています。取締役はそれぞれの職務を行なうに際して、民法644条の規定による善良な管理者の注意義務 (善管注意義務) を負っています。また会社法第355条は 「取締役は、法令及び定款並びに株主総会の決議を遵守し、株式会社のため忠実にその職務を行わなければならない。」 と忠実にその職務を遂行する義務 (取締役の忠実義務) を負っています。さらに判例で承認された義務として 「監視義務」 と 「リスク管理体制の構築義務」 を負っています。


 松丸弁護士は京都の大庄が経営する日本海庄やの過労死事件の代理人をつとめました。
 日本海庄やの新入社員は2007年8月、入社4か月後に急性心不全で亡くなりました。大庄の36協定の 「特別条項付き協定」 は、「1か月100時間、(回数6回) 1年については750時間を限度といて延期することができる」 となっていました。月100時間でも多すぎますが、実際は臨時的ではなく恒常化していました。

 2008年12月22日、遺族は 「大庄」 と社長ら役員4人に会社法に基づく損害賠償を求めて提訴しました。1審は、過労死訴訟で初めて大手企業トップの個人責任を認定しました。会社側は控訴、上告をしましたが、最高裁は上告を退けました。
 控訴審の判決です。
「当裁判所は、控訴人会社の安全配慮義務違反の内容として給与体系や三六協定の状況のみを取り上げているものではなく、控訴人会社の労働者の至高の法益である生命・健康の重大さに鑑みて、これにより高い価値を置くべきであると考慮するものであって、控訴人会社において現実に全社的かつ恒常的に存在していた社員の長時間労働について、これを抑制する措置がとられていなかったことをもって安全配慮義務違反と判断しており、控訴人取締役らの責任についても、現実に従業員の多数が長時間労働に従事していることを認識していたかあるいは極めて容易に認識し得たにもかかわらず、控訴人会社にこれを放置させ是正させるための措置をとらせなかったことをもって善管注意義務違反があると判断するものであるから、控訴人取締役らの責任を否定する上記の控訴人らの主張は失当である。なお、不法行為責任についても同断である。」 (大阪高裁 2011年5月25日判決 会社側の控訴を棄却 (労働判例1033号))

 昨年12月8日に東京地裁でワタミ過労自殺事件が、会社と役員等が全面的に謝罪して和解しました。遺族は、大庄過労死事件の成果を踏襲し、使用者の安全配慮義務違反とともに会社法を適用して役員3人への損害賠償も請求していました。
 和解は 「懲罰的慰謝料」 を盛り込ませるなど、今後の使用者の安全配慮義務の履行にたいしても大きな警鐘を鳴らす成果をあげました。
 しかし、被告らのずるさも垣間見られるような気がします。判決に至ると役員3人にたいする個人的賠償責任が特定されることを回避し、会社に賠償責任のすべてを負担させる手法ともとれます。

 これに対して今回の株主代表訴訟は、役員個人が会社に損害を与えたということで、個人に会社への賠償を求めるものです。役員が 「みんなで渡れば怖くない」 の無責任で誠意のない対応から、“自分の懐が痛む” というリスクを負う管理に転換せざるをえなくなります。
 さらにこの後は、労働組合に対しても、36協定の遵守を使用者に要請しなかったり、協定内容からの逸脱を放置したりした場合には注意義務の責任を問う損害賠償訴訟も想定されます。労働者が安全に、安心して働き続けられる職場作り、職場環境の整備が労働組合の本来的任務です。企業の露払いのような対応しかしていない労働組合は大きな転換が迫られます。


 会社法 では、会社は法人、そして出資者である株主のものです。
 しかし会社は、社会の中に存在し、関連する事業・企業があって存在することができ、利用者があって維持できています。そして会社の中には労働者が存在しています。会社はこれら 「ステークホルダー」 (利害関係者) のものです。
 さらに利害関係者は拡大し、顧客・消費者、そして事業所が存在する地域の人たちも含めるまで捉えられるようになってきています。
 法人としての会社は社会的責任もあります。労働者・労度組合は 「ステークホルダー」 としての役割をちゃんと果たさなければならない責務を負っています。

   「活動報告」 2015.9.1
   「活動報告」 2011.7.20
   『長時間労働問題』
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