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放送は誰のもの?
2016/04/05(Tue)
 4月5日 (火)

 高市早苗総務大臣が国会答弁で、政府は放送局が政治的に公平性を欠く放送を繰り返したと判断した場合には電波停止を命じる可能性もあると答弁しました。
 TBSには、「視聴者の会」 を名乗る集団から偏向しているのでスポンサーに圧力をかけると公言されています。報道内容が気に食わないからに兵糧攻めするよう働きかけるということです。
 恐ろしい時代になっています。

 高市総務相の発言に対して、キャスターたちが抗議の記者会見をしました。記者会見はこれまでもありましたが、こと放送法に関する問題についてなのに参加者は少ないです。他局のキャスター仲間何人かに声をかけたのですがあれだけなのだそうです。久米宏は、以前から自分は言いたいことは放送で言うというポリシーから集団に組しません。しかしそのような人たちだけではありません。


 3月30日の朝日新聞で、TBS 「報道特集」 キャスター金平茂紀さんがインタビューに答えています。紹介します。
 この3月に3人のキャスター (TBSの岸井成格、NHKの国谷裕子、テレビ朝日の古舘伊知郎) が降板したことについての質問に答えています。
「僕も記者ですから取材しました。3人とも事情は違うし、納得の度合いも違う。一緒くたに論じるのは乱暴すぎます。安倍政権の圧力にくっしたという単純な構図ではない。しかし、報道番組の顔が同時にこれほど変わるというのは単なる偶然では片づけられません」
「会社は 『関係ない』 と説明しています。岸井さんも 『圧力はなかった』 と記者会見で発言しました。しかし視聴者のみなさんが納得していないとすれば、反省しなければなりません」

 政治、とりわけ自民党による放送番組に対する圧力は歴史的に繰り返されてきましたの質問に答えています。
「1967年7月、TBSの報道番組 『ニュースコープ』 のキャスターだった田英夫さん (故人) が北ベトナムに日本のテレビとして初めて入りました。ベトナム戦争で、米国に爆発されている側からリポートするためです。」
「その取材をもとに特別番組を放送したのですが、放送行政に影響力を持つ、いわゆる 『電波族』 の橋本登美三郎・自民党総務会長が、当時のTBS社長に 『なぜ、田君にあんな放送をさせたのか』 とクレームをつけた。さまざまな経緯の末、田さんは実質的に解任され、社を去りました。田さんの報道は、当時は反米・偏向だと政権ににらまれたのかもしれません。が、ベトナム戦争がたどった経過を考えれば、事実を伝えたとして評価されこそすれ、偏向だと批判されるいわれはありません。」

 当時、TBS社内では、田さん降ろしに抵抗したと聞いています。岸井さんの件でいま、社内はどうなっているのでしょうかの質問に答えています。
「おおっぴらに議論するという空気がなくなってしまったと正直思いますね。痛感するのは、組織の中の過剰な同調圧力です。委縮したり、忖度したり、自主規制したり、面倒なことを起こしたくないという、ことなかれ主義が広がっている。若い人たちはそういう空気の変化に敏感です。」

 危機管理優先がジャーナリズムの勢いをそいでいますの質問に答えています。
「朝日新聞がそうですね。とりあえず違う意見も載せておこうと、多様な意見を紹介するとのお題目で両論併記主義が広がっていませんか。積極的に論争を提起するのではなく、最初から先回りし、文句を言われた時のために、『バランスを取っています』 と言い訳ができるようにする。防御的な発想ではないですか」


 67年の田英夫キャスターの降板を含めた、当時のTBSの状況を題材にした平田敬の小説 『小説TBS闘争』 を読みました。タイトルにあえて小説とつけていますが内容は実話です。
 「小説」 から、当時の状況をかいつまんで紹介します。

 当時、TBSでは3件の 「事件」 が同時期に発生していました。1つは、スポンサーからのクレームによる番組制作担当者の転出命令、2つ目が、新空港建設反対派の農民が集会会場に行く途中に車が故障したというので報道の車に反対派農民とプラカードを乗せるたことが自民党から問題にされて関係者が大量処分された成田事件、そして田キャスター降板事件です。

 TBS労組は、異動撤回、処分撤回、報道の自由を守れの3つの要求を掲げてスト権を確立して突入します。

 成田事件については、TBSは事件が発覚すると報道各社に清酒を配って暗に報道しないよう要請します。幹部も政治工作します。しかし週刊誌から漏れます。

 成田事件にからんで、参議院予算委員会で郵政大臣が野党から追及を受けます。
 ……
質問 あなたとしては一部の報道機関が偏向しているとは、お考えにならないんですか。
大臣 そういうことを言う人がありますが、私はそうは思っておりません。(笑い声)
質問 そうすると、あなたとしては放送の内容等については、一切干与をしないし、干与を
 したととられる行動、こういうことも一切慎むということですね。
大臣 従来も慎んでいるつもりですが、まだ誤解があるようですので、なお気をつけたいと思います。
質問 しかし、政府や自民党は、長年にわたって番組をモニターした結果を持ってきて、
 社長や報道局長は辞めろと言っているんですよ。あなたの方ではモニターをしているんですか。
大臣 自民党のそういうことは知りません。

 これに関連する団体交渉です。
組合 参議院の予算委員会で、郵政大臣みずから、放送法上口は出せないと言っている。
会社 注意することは出来る。
組合 出来ない。
会社 組合もこの問題では慎重にやらないと、自分たちの恥部をさらけだすことになる。
組合 既に会社みずから恥部をさらけ出しているではないか。まず会社が反省したらどうか。
会社 何も組合が会社の真似をすることはない
 ……
 このように政府は介入していない、会社はあったことを匂わしながら、事実を隠して建前だけの議論が繰り返されます。その結果、事実が隠されて進行していきます。


 組合主催のパネルディスカッションが開催されます。
 フリーの映画監督です。
「表現の自由というのはね、憲法の条文のように、看板として、文章としてあるというものではない。何かを表現しよう、何かを報道しようという時に、その実現のために闘う、その闘い方のなかにあるんだ」
 パネラーの1人が手を上げます。
「今、私なら乗せないという意見が出たけど、それは、これだけの問題が出た後だからでしょう。確かに、農民は乗せないという人はいるでしょうけど、逆に機動隊員ならば乗せるという報道マンはいると思いますよ。金嬉老を捕らえる時にこんなに警察に協力しました、なんて手柄顔をする新聞記者は、農民を載せないだろうけど、警察に便乗を頼まれたら乗せたと思いますよ。
 だけど、ここに集まっている人間の大部分は、きっと農民を乗せたと思います。その時の心情は、当事者が言っているとおり、兎に角、自動車が故障した。しかも、頼んで来た反対同盟の委員長は、現地の農民が取材を拒否しているなかで、ただ1人取材に対して協力してくれた人だ。断りにくいのは当然だ。義理と人情の柵 (しがらみ) で、そういう時、私なら乗せますよ。そして、問題になった時は、私が悪うございました、会社は悪くございません、という浪花節を歌う。
 しかし私は、その乗せるという判断が善いか悪いかを裁ける者は、抽象的な言い方だけど、歴史だけだと思いますよ。車が故障して困っている女たちを見て、これから同じ場所へ2・3人しか乗っていないバスで行こうという人間が、その女たちを乗せるのは常識ですよ。私が不思議なのは、会社として何故それをはっきり言えないのか、という点ですよ」
 賛否の議論が続きます。


 田キャスターの最後の放送は 「それではみなさん、さようなら」 で終了しました。降板の理由については何も語りませんでした。
 幹部が業務で報道局員の全体会議を開催します。幹部は田キャスターの降板の理由説明を行います。出席していた田キャスターは説明とは異なる発言をします。
「結論を先に言いますと、あの時点で突然辞任した背景は、政府・与党から圧力があった。これは事実です。明らかに圧力があった。この公開の席で、それをはっきり証言する。その意図を了承して頂きたい。しかし、私の辞任について、外部からの圧力以外にも、理由はあります。それは、私の方から辞めたい、疲れている、と言ったことです。これも事実です。また、今年の1月でしたが、喫茶室で社長から 『ニュースコープ』 のキャスターを辞めることを考えてはどうか、と言われました。これも事実です。
 成田事件の後、社長室で報道の在り方について話した時も、最後に社長から、私が 『ニュースコープ』 のキャスターを辞めることについて、再び非常に具体的な指示がありました。私は、社長が私の立場を心配してくれたのだ、と思っています。その後常務との話し合いのなかで、常務さんは4月いっぱいと言われましたが、私はどうしても3月で辞めたいと言いました。以上が、私が 『ニュースコープ』 のキャスターを辞任した時の、状況報告です」
「最初に申し上げた外部からの圧力についてですが、『ニュースコープ』 を放送して部屋に戻って来ると、すぐ、総理大臣の秘書官から直接電話がかかって来たこともありまいたし、いろいろありました。間接的にも、社長その他に対していろいろ圧力があったことも、聞いています。私の 『北ベトナム報告』 についても、放送後の新聞評、モニター報告に現れた一般視聴者の反応、また番組審査会の評価は好評でしたが、自民党の広報委員会は偏向番組だとして社長に注意をうながして来た。
 私は、報道に対する権力の圧迫は常にある、ということを理解しています。従って、圧力はあったと申し上げますが、圧力に屈したのではありません。……圧力にいかに対処するかを、常に考えなければならない。『ニュースコープ』 のキャスターを辞めたことについても、ああいう突然の辞め方は、関係セクションの人たちに大変迷惑をかける辞め方だが、突然辞めるという形で、権力に対する抵抗の姿勢を、報道人として示したかったのだ、と申し上げる。」

 この後、常務は 「今の田君の意見は、田君なりの見方であって、そこに誤解もある」 と声を張ります。
 会社は、事実も誤解と言いくるめます。

 波状ストは3か月間で9派まで続きます。
 第10派の1週間のスト提案は執行委員会で9対8で可決します。しかし委員長と副委員長は反対で、突入なら闘争委員を辞任すると主張します。その結果スト突入は中止となります。
 組合員の意識には変化が表れていました。

 3つの要求について、異動については撤回、処分は撤回となります。会社は仕返しとして、スト中に積極的に活動した1人の契約社員を契約期間満了で更新を拒否します。1人だけなら露骨すぎるので3人の契約社員を道連れにします。


 1年後に異動を撤回された組合員が組合からインタビューを受けます。しかし本来の業務は与えられていません。
「不当な配置転換が行われてから、満1年経ったのですがどういう心境ですか」
「1周年ということで、特別に発言したいことはありません。この1年、黙って配転先のデスクに座っていたことと、そこでの仕事の意欲をすべて切り捨てていたことが、僕の抗議の意思表示のすべてです。それ以上でも、それ以下でもありません。そのことが胸に突き刺さるかどうかは、あなたたちの問題で、僕の問題ではありません。
「配置転換は不当だった、と今でも思いますか」
「今度の異動で、管理部は担当業務が増えたにも拘わらず、部員が1人減りました。つまり、僕という部員の増加は、もともと不要だった訳です。昨年の春闘中に、会社は時に反省の意思めいたものを示したのですが、第一に配転先で僕が命じられた仕事によって、第二にそこでの管理職諸氏と僕のコミュニケーションによって、第三に……、会社が勝った後で行った配転によって、その反省が単なる紛争処理のゼスチャーでしかなかったことが、証明された訳です。このような状態の中で、真面目に仕事が出来るのは、よほどの君子か、奴隷でしかありません。」
 ……
「しかし、あなたが仕事をサボることで、他の部員に迷惑がかかると思うのですが、それをどう考えていますか」
「その言葉は、部長の論理と同じです。僕はそのこと、殊にアルバイトの人たちにかけている迷惑を想う時、本当に断腸の思いをしているのです。しかし、その苦しみは僕だけのものなのです。僕以外の、部長やあなたのものでは絶対にないのです。と同時に、その苦しみに耐えるのも、僕だけでしかないのです。そのことで僕を責めるのは、物凄く有効な拷問です。僕は苦痛の為に叫び声を出すでしょう。現に、部長のその拷問に、僕は思わず涙を流してしまいました。
 しかし、僕はその拷問に耐える決意をしたのです。逃げないでその苦痛を正当に引き受ける決心をしたのです。そのことでしか、僕と彼等とのコミュニケーションは成り立たないと思っています。もし僕が耐えかねて、管理部の仕事を真面目にやり出したら、却って僕等の労働者としてのコミュニケーションは、偽物になるではありませんか。それは僕にとっても彼等にとっても、人間としての敗北以外の何ものでもないと思うのです」

「よくわかるような気もするし、もう少し説明して貰いたい気もするのですが」
「サイゴンの食堂に爆弾を投げたテロリストが逮捕され、訊問された時の言葉を、或るイタリアのジャーナリストが取材し、リポートを書いています。そのなかで、こういうところがあります。“お前は爆弾を投げて、確かにアメリカ兵を何人か殺した。しかし、食事をしていた罪のない一般市民やコックやウェイトレスまで殺してしまったのではないか、そのことをお前はどう思うのだ。
 それに対して解放戦線の兵士は答えます。ハノイに爆弾を落とすアメリカの青年も、同じように罪のない人間を何人か殺す。しかし彼等は、遥か雲の上から爆弾を落とし、そのまま基地に帰れば、酒や女が待っている。彼等は苦しみながら死んで行く幼児の顔を見ないですむ。しかし自分は、自分の投げた爆弾で苦しむ幼児を目の前で見る、否応なしに見ることに、自分は耐えなければならない。この苦しみは自分だけのことで、お前たちにはわからないのだ” と。他の部員に迷惑がかかることについて問う人と僕のちがいは、この解放戦線の兵士と、アメリカの飛行士とのちがいです。管理職とか組合員とかいう問題ではなく、紛れもなく人間の問題なのです」
「同じ職場の人たちは、どう思っているのですか」
「それも彼等に訊いてください。彼等は全く理不尽な傷を受ける訳です。そのことにどう対応するかは、彼等自身の問題です。『連帯を求めて、孤立を恐れず』 ですよ。彼等がこのことを突きつめて考えることで、労働者として、企業との関わり合いの上で、何かを掴むことができる筈だと思います。
 しかし、それはたまたま彼等が管理部にいて、直接に僕と関わりを持つから問題が鮮明なだけで、僕はうちの社のすべての人たちに、問題を突きつけているのです。あなたにとって、放送企業のなかでの労働とは一体何か、と」


 第10派のストを打つことは難しかったと思われます。
 闘争は、確認した共通の課題をどう総括するかです。しかし組合は総括していません。そうすると共通認識が持てなくなります。教訓が活かされません。だからそれぞれの関係性でコミュニケーションも成立しません。


 3月30日付の朝日新聞の同じ紙面の下段に 「テレビの時間」 のコーナーがありました。俳優の佐藤浩市のオピニオンが載っています。
「ナショナリズムに訴えかけるようなドラマしか、もう残された道はないんだろうか。冗談ですが、そんなことを口にしたくなるほど、テレビドラマの現状は方向性を見失っていると思う。……これだけ視聴者の裾野の広いメディアだけに、難しさはあるでしょう。でもそうやって現場で自主規制を重ね、表現の自由を放棄してしまっては、自らの首を絞めていくだけです」

 放送という枠の中で報道と同じ状況がドラマでも起きています。
 権力からの放送への介入が、非公然や間接的ではなく、公然と行われるようになりました。放送を支配者のものにさせない闘いは視聴者の闘いでもあります。


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