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マイナンバー、個人情報保護法、ストレスチェック制度
2015/10/30(Fri)
 10月30日 (金)

 10月14日、マイナンバー制度のシステム設計の契約に絡んで厚労省の室長補佐が収賄容疑で逮捕されました。厚労省のシステム設計や開発に関わる調査業務2件の企画競争にシステム開発会社が受注できるように便宜をはかった見返りとして現金を受け取っていました。室長補佐は情報政策担当参事官室室長補佐ですが、収賄が言われるときは社会保障担当参事官室に在籍しています。
 厚労省? マイナンバー制度の管轄は総務省ではないのと疑問が湧きますが間違いなく厚労省です。この事件が発覚することでマイナンバーにどのような項目が集約されるかが改めて注目されました。具体的には、病院が持つ情報と連携させるシステム作りなどが検討されていました。

 総務省の説明では、「マイナンバー制度は、住民票を有する全ての方に1人1つの番号を付して、社会保障、税、災害対策の分野で効率的に情報を管理し、複数の機関に存在する個人の情報が同一人の情報であることを確認するために活用されるものです。マイナンバーは、行政を効率化し、国民の利便性を高め、公平かつ公正な社会を実現する社会基盤」 です。
 具体的にはどのようなことのために利用されるのでしょうか。
 法第6条の 「利用範囲」 は、社会保障分野、税分野、災害対策分野などでです。しかしマスコミ等では税分野、災害対策分野、そして社会保障分野では 「メタボ検診」 や予防接種がクローズアップされているだけです。目くらましです。
 社会保障分野はさらに年金分野、労働分野、福祉・医療・その他の分野に分けられます。
 労働分野は、雇用保険等の資格取得・確認・給付を受ける際に利用、ハローワーク等の業務に利用とあります。
 福祉・医療・その他の分野は、医療保険法等保険料徴収等の医療保険における手続き、福祉分野の給付、生活保護の実施等低所得者対策の業務に利用とあります。
 その中には、健康保険法、船員保険法、国民健康保険法、高齢者の医療に関する法律による保険給付の支給、保険外の徴収に関する事務が含まれます。
 保険給付の支給とは、人びとの健康状態の掌握が可能となるということです。
 そこまで厚労省は人びとの健康管理に力を入れようとしているのでしょうか。

 企業は、賃金支払い、税の徴収・納付のために労働者からのマイナンバーの報告を受けて提出書類に記載することになっています。ということは、会社は社員のマイナンバーを掌握することになります。そのマイナンバーには員の健康状態も含まれています。
 マイナンバー制度は、表向きの説明はさておき、労働者の健康状態・情報を企業に提供することが可能なシステムに作られています。個人情報が個人が知らないところで企業に管理されることになりかねません。


 マイナンバー制度は 「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」 に基づくものですが、改正マイナンバー法が成立した15年9月3日には 「改正個人情報保護法」 も衆院本会議で成立しました。個人情報保護法は国及び地方公共団体の責務等を明らかにしていますがプライバシーの保護はありません。
 改正個人情報保護法は第一条で (目的) を謳っています。
「……国及び地方公共団体の責務等を明らかにするとともに、個人情報を取り扱う事業者の遵守すべき義務等を定めることにより、個人情報の適正かつ効果的な活用が新たな産業の創出並びに活力ある経済社会及び豊かな国民生活の実現に資するものであることその他の個人情報の有用性に配慮しつつ、個人の権利利益を保護することを目的とする。」
とあります。
 アンダーラインの部分が追加されました。つまりは、個人情報は産業の創出並びに活力ある経済社会及び豊かな国民生活の実現のために利用していいということです。その他の個人情報の前に位置づけられています。簡単にいうと、改正によって企業が持つ個人データを使いやすくするのとプライバシー保護の在り方が見直されます。

 第15条は (利用目的の特定) を謳っています。 改正前です。
「個人情報取扱事業者は、個人情報を取り扱うに当たっては、その利用の目的 (以下 「利用目的」 という。) をできる限り特定しなければならない。 ……
 2 個人情報取扱事業者は、利用目的を変更する場合には、変更前の利用目的と相当の関連性を有すると合理的に認められる範囲を超えて行ってはならない。」
 改正では、企業などが本人の同意なしに変えられる個人情報の使い道の範囲が 「相当の関連性」 がある範囲 から 「関連性を有する」 範囲に変わりました。
 第23条は (第三者提供の制限) を謳っています。
「個人情報取扱事業者は、以下の場合を除いては、あらかじめ本人の同意を得なければ、個人データを第三者に提供してはならない。……
 2.人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき。」
 身体の保護が、「個人の権利利益を保護することを目的とする」 ということで使用者の安全配慮義務を拡大解釈して、使用者が勝手に情報を取得するような状況が生まれないでしょうか。一度集めた個人情報は別の目的にも転用できます。


 6月12日の 「活動報告」 に書きましたが、個人情報保護は、自分がしっかりとプライバシーを守っていれば大丈夫というレベルの問題ではありません。日本では個人情報が外部に漏らされることについて人格権が侵害されるというような捉え方は小さいです。個人情報が他者から管理される、情報がどう利用されることになるか、そして個人が国家に管理されるということに抵抗がありません。集団の中では仕方ないという諦めや、当たり前と捉える傾向があるようです。
 だから無防備と同時に他者のことも顧みず、いろいろなところに干渉したり、インターネットなどで他者の情報が流れていると書き込みをして “情報提供” をしています。
 すでに様々な情報は収集されて管理されているのです。
 そしてそのような個人情報を欲しがっている者がいます。企業の労務管理担当者などです。だから売る側も登場します。個人情報の売買が1つのビジネスになっています。全国の被差別部落の名前・所在住所などが記されている 「部落地名総鑑事件」 は昔話ではありません。
 情報の不正利用に対する罰則が設けられているから大丈夫という人たちがいます。
 しかし企業は情報取得を秘密裏に行い、漏えいが発覚したら後付の説明を行って合法だと居直れるように個人情報保護法は 「改正」 されました。居直るにしても謝罪するにしても、取得したら 「勝ち」 です。住民基本台帳は7割が漏えいしていると言われています。
 

 さて、昨年6月に成立した改正安衛法・ 「ストレスチェック制度」 は、「メンタルヘルス不調の未然防止」 の予防医学の一次予防を目的とすると国会の付帯決議がつきました。
 その後具体的な内容や運用方法を定めるための検討会が開催され、今年4月15日、省令の公布といっしょに 「心理的な負担の程度を把握するための検査及び面接指導の実施並びに面接指導結果に基づき事業者が講ずべき措置に関する指針」 などが公表されました。今年12月1日のから施行されます。(15年6月12日の 「活動報告」 参照)
 改正法は一次予防を目的としていましたが、検討会では職場環境の改善等の目的は後退し、国会の付帯決議の 「メンタルヘルス不調の未然防止」 がいつのまにか 「指針」 等では 「メンタルヘルス不調の未然防止」 になりました。「者」 が入ることで目的が違ってきます。
 予防医学には一次予防、二次予防、三次予防があります。わかりやすく言うなら一次予防は対象が職場環境の 「職場ドック」、二次予防は労働者個人の 「人間ドック」 で、遂行は順序が大切です。
 しかし検討会を経た指針等でのストレスチェックの項目には、職場のストレスだけではなく、労働者個人のストレス、つまり二次予防の項目も含まれています。厚労省は労働者に喚起を促すのも一次予防に含まれると説明しましたが、その説明委は自衛隊の海外派兵を憲法9条に照らして合憲だと主張するのと同じくらいの拡大解釈です。法の趣旨を逸脱しています。企業が労働者の精神状態・「心の問題」 に干渉できるようになりました。世界的には人格権侵害、人権無視の行為であり得ないことです。

 ストレスチェック制度は、職場のストレチェックと労働者のストレスチェックの両方を併せ持つものになっています。
 職場のストレスチェックは労働者の期待するところです。しかし省令は 「検査結果の集団ごとの分析」 について 「事業者は、実施者に、検査の結果を一定規模の集団ごとに集計させ、その結果について分析させるよう努めるとともに、この分析結果を勘案し、必要と認められる場合は、その集団の労働者の実情を考慮して、この集団の労働者の心理的な負担を軽減するため、適切な措置を講ずるよう努めなければならない」 と努力義務になっています。
 労働者のストレスチェックはスクリーニングで企業が欲しい情報です。毎年1回事業場に義務づけられていてそのデータは、実施者か事業場が保管します。
 その 「活用」 で労務・人事管理において差別・排除、退職勧奨が可能です。


 ストレスチェック制度が、マイナンバー制度が始まり、同時に改正個人情報保護法が施行されて 「個人情報の適正かつ効果的な活用が新たな産業の創出並びに活力ある経済社会」 のために 「活用」 される、つまりは体調不良者が生産活動の疎外者として摘発・排除するために利用されるということになりかねません。
 「活用」 に対しての個人情報が漏えいしたという指摘には 「身体の保護のために必要があった」、使用者の安全配慮義務の行使だと主張されかねません。
 会社が賃金と納税を口実にしての労働者のマイナンバーを掌握し、そこにストレスチェックの結果をリンクしたら、簡単にすべての情報が集約されます。
 安倍政権のこの時期に、「秘密保護法」 と合わせてこれらの三法が施行されるのは偶然とは言い切れません。それぞれ危険です。人びとの一切を管理しようとしています。


 ストレスチェック制度が実施されても、労働者にとって検査を受けることは義務ではありません。
 ストレスチェック票にマイナンバーを記載することに反対しましょう。
 体調不良者のリストアップ、排除・退職勧奨等に繋がらないよう監視をして行く必要があります。
 ストレスチェック法は抜本的改正が必要です。


   「活動報告」 2015.10.2
   「活動報告」 2015.6.12
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「行政の窓口業務を民間委託したら対応がよくなった」
2015/10/27(Tue)
 10月27日 (火)

 何年かぶりに区役所の2カ所の住民窓口で手続きをすることになりました。外国籍の住民が多い区です。以前と比べて雰囲気が大きく変わっていました。2時間くらいいたのでいろいろとウォッチングしました。
 戸籍・住民票関係の窓口の職員は派遣会社の社員です。対応が丁寧です。関連する機関のことを質問してもすぐに調べて教えてくれました。
 もう1つの窓口に行きました。整理券を取る段階で 「どのような用件ですか」 と質問されました。窓口に行ってから時間がかかりそうな用件については、その場で区職員に引き継がれます。そして区職員とのやり取り、調査した結果のメモ書きを渡されて待機します。 
 窓口から番号を呼ばれていくと、番号に区職員からのメモが附いていて 「ご用件は承知しています」 から手続きが開始されました。窓口でのやり取りは省かれて短時間で要件を済ませることが出来ました。

 外国籍の人が申請書等にどう記入したらいいかわからないでいます。フロア担当者が 「記載は終了しましたか」 とゆっくりと問いかけて助言します。「住所」 「氏名」 を読めない人もいます。その場合は、例えば 「住所は住んでいるところ。○○区、その次は?」 と聞いて書いてもらいます。そして書類をあらかじめチェックします。外国籍の人のために通訳もいます。
 その対応は、相手が椅子に座っている場合には向かい側の椅子に座るか、ひざまずいて行います。座ったままの 「高いところ」 からではありません。そうすると安心して待っていることができます。
 かなり混雑していたのですが、人波はスムースに流れていきます。終わると 「ありがとう」 とフロア担当者にお礼を言って帰る方いました。職員たちもやりがいがあります。

 以前は、窓口でのやり取りで、「○○が記載されていません。記載してください」、さんざん待たされたあげく 「○○の書類がが不足しています」 とつっけんどんに言われて返され、そのまま引き下がってもどうしたらいいかわからない様子の人もいました。住民が窓口で書類不備を指摘されてもどうしたらいいかわからずに 「ちゃんと説明しろ」 と大声を出して言い争いになり窓口業務がしばらく止まるのを何度か見かけたことがあります。
 トラブルが発生すると余計に時間がかかり、フロアの雰囲気も悪くなります。

 手続きに来た住民にゆっくり対応し、下準備をしてもらって安心して待ってもらうとトラブルは起きません。
 ゆっくりと丁寧に対応することが、かえって全体がスムースに流れて時間が短縮されてゆとりも出来てくることを実感しました。
 

「行政機関の窓口に住民は様々な用事で訪れます。
 証明書発行など簡単な手続きの住民がいます。生活上の問題でどうしたらいいか、制度や手続きを教えてほしいと相談にくる住民がいます。生活に追いつめられて何とかならないかと懇願する住民がいます。自分が抱える問題を取り扱う部署はどこなのかわからない住民がいます。複雑で一カ所では対応できない事案もあります。また、わざとトラブルを持ち込む住民がいます。
 抱えている不安を解決したいと思っている住民が、最初から自分がトラブルを起こして不利になることを目的にしてくるはずがありません。経過があって暴言や暴行に至ります。住民はみな制度や手続きを熟知しているわけではありません。つっけんどんな対応をされたり、そんなことも知らないのかという態度を示されたり、質問には回答するが助言がない不親切な対応に、最初は冷静に話をしていても不安感に不快感を重ねて少しずつ不満を募らせて大声を出してトラブルを発生させたというケースが多々あります。
 行政は、窓口職員が余計な話をするとかえって混乱させたり、違う視点から突っ込まれる危険性があるということで最小限の会話しかしないことが防御策になっています。しかし住民にとっては「どうしたらいいのか」の質問に回答が返ってこないのです。門前払いと受け止めます。
 生活に追い込められて何とかならないかと懇願する住民がいます。現在の政府の政策や制度の限界に直面することもあります。住民の側に非があるわけではありません。住民にとっては相談するところは行政窓口しかないので苛立ちます。行政窓口は政府の末端機関なのです。このような場合、窓口職員は心情的にだけでも住民の側に立つことは可能です。住民に共感しながら限界の説明をする必要があります。
 自分の都合に合うように制度の拡大解釈を要求するなど無理難題を押し付けて何とかしてくれと懇願する住民がいます。その場合は、制度の本来持つ意義と公平な運用を説明する必要があります。住民は懇願ではなく、自分の主張が達成しないと不満を繰り広げたり、怒りを爆発させて強制したり、矛先を変えて公務員バッシングを展開したりします。このような行為は 『暴力』 です。最初の要件について説明を切り返してもそれ以外には触れず、違法行為の強制には応じられないときっぱりと拒否する必要があります。懇願か強制かの判断が必要です。窓口職員の対応に対する批判は難癖です。反論するとトラブルを拡大します。
 自分が抱える問題を取り扱う部署はどこなのかわからない住民がいます。その場合に起きるトラブルが “たらい回し” です。住民の切実さに共感しながら抱えている問題を分解して制度説明とそれぞれでの手続きが必要なことを説明します。複数の部署におよぶ場合は連絡を取り合って連携するなど相手の立場に立って簡単に 『門前払い』 をしないことが必要です。そのうえで無理なことに対しては無理と言います。
 職員は非がなくても住民からクレームをつけられて攻撃を受ける場合もあります。職場や社会でのストレス発散対象になっています。このような場合は 『行政対象暴力』 としての対応が必要です。」 (『職場のいじめ 労働相談』 緑風出版)


 窓口業務だけではなく、行政と民間の業務遂行の大きな違いに、行政には 「保留」 があります。制度や法規、マニュアルにない要請を受けたり、また現在の政府の政策や制度の限界に直面することもあります。このような場合、行政側は拒否したり保留、しかも長期間に及ぶこともあります。これにあたりまえのように慣れ過ぎています。
 住民にとって切実な要請のへの長期保留は拒否です。切実さの心情を行政はくみ取ろうとしません。それがトラブルが発生する原因になったりします。
 また 「タテ型行政」 は自分の担当以外には権限がありませんが、住民にとっては無責任体制でしかありません。
 現実的に雇用と生活が安定している公務員が生活に困窮した住民の切実な心情を受け止めるには生活感が違い、「距離」 があります。埋めることが簡単ではありません。
 職員にその自覚がなくても、統治、管理のための機構、いわゆる官僚機構の末端になり切っているいると思われることがあります。
 
 保留のような対応は、大災害が発生した場合には行政の機能マヒにつながります。
 そのことを身近で体験した精神科医として各地の被災地で 「心のケア」 に携わった岩井圭司兵庫教育大学教授が 『労働の科学』 200年11月号に書いています。
「災害援助には、効率的かつ迅速であることが求められる。災害時には、平時とは異なった方法を取らざるを得ない。また、限られた救援資源の有効活用のためにには、被災者の中でもハイリスクとされる者(深刻な心的外傷体験を蒙った者および災害弱者)が優先されるべきである。
 ところが、原稿の各自治体の 『地域防災計画』 の多く――ほとんどいくつかのすぐれた例外を除いた大半――は、旧来的な『決裁主義』、『前例主義』、『悪平等主義』 を脱していない。
 今日なお、各自治体は 『地域防災計画』 を、“平時” の行政活動の方法論でしか考えておらず、その記述は行政体内の事務分掌に終始し、分量も数100ページから2,000ページにもなんなんとする大部なものである。それでは、『防災マニュアル』 としての体裁すらなしていない。」
 緊急時の防災マニュアルが機能しないということは平時の業務遂行もきちんと機能しないということです。


 窓口業務を民間委託したら親切になった、対応がよくなった、スムースになったと言われることになったら公務労働者は悲しいことです。確かに、非正規公務、民間から派遣されている労働者は雇用不安、そして生活不安に置かれています。それを克服するために頑張ります。生活に困って行政の窓口を訪れる住民の気持ちがよく理解できるといったらまた悲しいことです。

 公務労働者の仕事への向き合い方をもう一回問い直してみる必要がある状況にきているように思われます。そして非正規公務、派遣労働者の処遇・労働条件を一緒に洗いなおしてみる必要があります。そうすることから公務労働が 「統治」 から共生の拠点として発展させる転機が生まれています。


   「活動報告」 2014.10.28
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泣くことは、自分に正直になって自分を守ることです
2015/10/23(Fri)
 10月23日 (金)

 10月12日、上智大学グリーフケア研究所主催の講演会 「悲嘆と共に生きる」 が開催されました。
 悲嘆 (グリーフ) とは、親しい人や大事なものを喪失した時に体験する複雑な心理的、身体的、社会的反応です。例えば形のあるものとしては、①愛する家族や友人、②病気による衰退や事故での身体の一部、災害・事件・事故による負傷、③財産、住居、仕事など、④親しみ慣れた地域社会や職場・学校などの環境、などを失った場合に現れます。そのなかで安心・安全、夢や希望、目標、地位・立場、自尊心、などを喪失します。
 心理的・社会的喪失としては、①大災害・事故による不安や恐怖などによる安心・安全、②例えば進学などの夢・希望など、③具体的な目標、④リストラ・退職などでの地位・立場、⑤悪口・噂などでの自尊心、⑥家庭内での役割。子供の自立などでの役割、⑦日常生活、などです。

 人災には加害者いますが天災は加害者が見えません。天災に対しては感情のぶっつけようがないですが落としどころがあります。突然死の場合には、何の準備もないなかに訪れるために悲嘆は深く長引くことがあります。
 その結果、自責の念、怒り、敵意、無念さ、辛さ、いらだち、悔しさ、寂しさ、罪悪感、孤独感、心身の混乱、無関心、後追い自殺願望などに襲われます。出口の見えないトンネルの中にいるような不安と絶望感、大海原のように波打つ状態であり、ひと時として静まらず、常にそれらの感情が複雑に絡み合いながら本人を苦しめます。
 悲嘆がおよぼす身体的り患としては、睡眠障害、耳鳴り、めまい、食欲の衰退、体力低下などの症状が出てきます。
 これらは正常な反応で、ごく当然な人間の感性です
 1人ひとり苦しみや悲しみは違います。苦しみ比べは説明してもわからないのでお互いに苦しみます。また、事件・事故の加害者も苦しみます。


 悲嘆にある人への対応は 「寄り添う」 ことです。
 人には 「存在を認めてほしい」 というそれぞれの叫びがあります。叫びに寄り添うとは、その人を全面的に受け入れることです。悲嘆者に対しては評価しないで丸ごと受け入れることです

 なぜ寄り添うこと、「聴くこと」 が必要なのでしょうか。人は自分自身の存在を認め、どれほどの苦しみがあるのかを、ありのままの自分を受け入れて欲しいという本能があります。理解してほしい、聴いて欲しいという思いです。その望みを叶えることに意義があります。
 人は話すことによって気持ちが落ち着き、心が平安になります。考えがまとまって整理できるようになります。生きる力と意味が湧いてきます。事実かそうでないかは関係ありません。
 サポートグループなどに参加すると、同じ体験をした者同士で体験を分かち合うことで心が癒されます。


 日本社会には、喪の作業に寄り添う習慣がありました。
 例えば、死亡直後の通夜、葬儀、告別式です。故人を忍ぶ行事として初七日、月命日、四十九日の法事、一周忌、三回忌などです。社会の行事として盆、彼岸 (春・秋) です。これらの行事は、悲嘆者にとって癒される機会になります。故人は忘れられてはいない、人びとのなかにいるという確信を持つ機会になります。人の根源的な望みはぞ、1人ではなく誰かと繋がっていたいということです。


 寄り添うとはもっと具体的にはどういうことしょうか。

  「You raise me up」 です。

  When I am down and, oh, my soul, so weary;
  落ち込んで、魂がとても疲れてしまった時
  When troubles come and my heart burdened be;
  困難がやってきて、心に重荷を背負った時
  Then I am still and wait here in the silence,
  そんな時は静けさの中、じっと待つの
  Until you come and sit awhile with me.
  あなたが来て、しばらく一緒に座ってくれるまで

  You raise me up, so I can stand on mountains;
  あなたは私を起き上がらせてくれる、だから山の上にだって立てる
  You raise me up to walk on stormy seas;
  あなたは私を起き上がらせてくれる、嵐の海の上を歩けるほどに
  I am strong when I am on your shoulders;
  私は強いわ、あなたの支えがある時は
  You raise me up to more than I can be.
  あなたは私を起き上がらせてくれる、私が出来る以上に

  You raise me up, so I can stand on mountains;
  あなたは私を起き上がらせてくれる、だから山の上にだって立てる
  You raise me up to walk on stormy seas;
  あなたは私を起き上がらせてくれる、嵐の海の上を歩けるほどに
  I am strong when I am on your shoulders;
  私は強いわ、あなたの支えがある時は
  You raise me up to more than I can be.
  あなたは私を起き上がらせてくれる、私が出来る以上に

  There is no life - no life without its hunger;
  飢えない命なんてない、ないわ
  Each restless heart beats so imperfectly;
  それぞれの休む事のない心臓は、不完全に鼓動している
  But when you come and I am filled with wonder,
  でもあなたが来て、私が魔法で満たされると
  Sometimes, I think I glimpse eternity.
  時々、永遠を垣間見ているって思うの

  You raise me up, so I can stand on mountains;
  あなたは私を起き上がらせてくれる、だから山の上にだって立てる
  You raise me up to walk on stormy seas;
  あなたは私を起き上がらせてくれる、嵐の海の上を歩けるほどに
  I am strong when I am on your shoulders;
  私は強いわ、あなたの支えがある時は
  You raise me up to more than I can be.
  あなたは私を起き上がらせてくれる、私が出来る以上に

  You raise me up, so I can stand on mountains;
  あなたは私を起き上がらせてくれる、だから山の上にだって立てる
  You raise me up to walk on stormy seas;
  あなたは私を起き上がらせてくれる、嵐の海の上を歩けるほどに
  I am strong when I am on your shoulders;
  私は強いわ、あなたの支えがある時は
  You raise me up to more than I can be.
  あなたは私を起き上がらせてくれる、私が出来る以上に

  You raise me up to more than I can be.
  あなたは私を起き上がらせてくれる、私が出来る以上に


 労働相談にも悲嘆に遭遇して訪れる労働者がいます。
 例えば、職場での暴言やいじめで自己や自身を喪失したりしています。
 人は、暴言や批判、そして差別的言辞を浴び続けると自分はそうなんだと思い込んで受け入れてしまったりします。そうするとすべての思考が下向きになり、そこから這いあがることが難しくなります。その結果、暴言等はさらにひどくなります。自殺願望に陥ることもあります。
 しかし誰かに相談するとことは、そこから脱出したい、状況を変えたい、職場環境を変えて欲しいと思っているということです。
そのことをポジティブに評価することから相談は始まります。本来的解決は、職場環境を変えさせることですが、そのためには相談者の意識を上向きにさせる必要があります。しかし恐怖や不安に襲われているとそこからなかなか脱出できません。体調を気遣いながら困難な状況に 「寄り添う」 ことから始めます。
 すぐに交渉や法的手段の手続きの話を進めることは相談者の感情を無視することです。理解不能な説明を一方的にしていることになり、後からトラブルが発生したりします。相談者が性急な解決方法を提案しても、否定しないで、じっくり時間をかけて一緒に検討しようとアドバイスすることが必要です。周囲の状況や根本的原因が見えなくなっているなかでは客観的な判断ができいからです。
 体調不良で緊急の対応が必要と判断できる場合には、有給休暇の申請を進めます。有給がない場合には、安全配慮の観点からの緊急避難だ、責任は会社にあると通告して休暇を通告します。
 相談者は安心して相談ができる人、場所であると確認できると思いを語りはじめ、そのなかで自己を取り戻していきます。

 解雇で目標や地位・立場を奪われた労働者の相談があります。
 突然の出来事に何が起きているかわからない場合もあります。また、会社に誇りを持っていたり、自分は貢献度が高いと確信している労働者にとっては自尊心が傷つけられています。そして、解決方法がわからないまま、家族やローン、世間体などを取り繕ろうとしたり、あがいたり、焦ったりきます。
 このような場合は、相談者の責任ではない、非がないことに同意した後でどうしてこのようなことになったのかを一緒に探します。職場の状況について本筋から離れたと思われる会話の中からこそ原因、問題の本質が見えてきたりします。そうするとこれまでの会社との関係性も客観的が浮かんできます。自尊心の捉え返しもでき、少しづつ本来の自分を取り戻すことがてきます。
 よく言われることですが 「社員が会社のことを思っているほど、会社は社員のことを思っていない」 です。
 解雇への対応は簡単ではありません。解決に向かう過程では、家族の協力も必要になります。事実を率直に話して協力を得られると、不安は少しは解消します。
 その中での焦らない対応、解決策を検討します。


 職場に誰にも心を開かない同僚がいるけどどう接したらいいかという相談あります。
 いろいろな捉え方ができます。
 例えば、職場に毎日ちゃんと出勤しているとしたら、その人にとって職場はいやなところではないということです。周囲の人の様相を恋しく思っているということもあります。その場合は、関係性を絶たないで、一方的でも朝晩の挨拶を続けたりすることが大切です。業務に関係ないことで何気なく好意を持たれる声をかけます。「髪を切ったの」 の一言でも自分の存在が認められていると受け止めることがあります。人には 「存在を認めてほしい」 というそれぞれの叫びがあるからです。
 人は他者との一切の関係を閉ざすことはしません。いじめられている者がいじめる者を受け入れるのもそのためです。しかしそのように見える姿勢の中にも周囲にいろいろなラブコールを送っています。そのことを見逃さず、発見して対応していくうちに少しづつ心を開いてきます。

 自宅に閉じこもってインターネットに他者の批判や悪口を書き込む人がいます。その行為は反応を待っています。他者の批判、悪口の方が反応は多く、相手にされるからです。そのことで自分自信を確認します。やはり人恋しいのです。しかしその結果、蟻地獄に陥り、這い上がれなくなってますます自分を失っていきます。


 人は、悲しいときは悲しいと、それは通夜、葬儀、告別式でであれ、辛い時は辛いと、それは団交の席でであれ叫んでかまいません。泣くことは、泣くことで自分に正直になって自分を守ることです。その思いを周囲の人たちと共有できたと思えると悲嘆からの回復も早まります。

  When I am down and, oh, my soul, so weary;
  落ち込んで、魂がとても疲れてしまった時
  When troubles come and my heart burdened be;
  困難がやってきて、心に重荷を背負った時
  Then I am still and wait here in the silence,
  そんな時は静けさの中、じっと待つの
  Until you come and sit awhile with me.
  あなたが来て、しばらく一緒に座ってくれるまで


  みな同じです。1人で強い人間などいません。

   「You raise me up」
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辺野古基地建設 政府は一人二役
2015/10/20(Tue)
10月20日 (火)

 10月13日、翁長沖縄県知事は辺野古基地建設の埋め立て承認を取り消しました。
 しかし14日、沖縄防衛局は国土交通省に取り消し無効を求める行政不服審査請求とその採決までの取り消しの効果を停止する執行停止申立をしました。

 行政不服審査法です。
「第一条  この法律は、行政庁の違法又は不当な処分その他公権力の行使に当たる行為に関し、国民に対して広く行政庁に対する不服申立てのみちを開くことによつて、簡易迅速な手続による国民の権利利益の救済を図るとともに、行政の適正な運営を確保することを目的とする。」
 法の対象は「国民」です。防衛省は行政庁です。国民ではありません。しかし防衛省は同じ政府内の国土交通省に行政不服審査を申し立てたのです。立法趣旨に反します。
 国交相が取り消しを認めたならば内閣不一致となり、国交相の首がとびます。
 このように、日本ではお上の政策への異議申し立ては基本的に道が閉ざされています。

 政府の沖縄・辺野古基地への対応について、「ニュースステーション」 のコメンテーターは「蜂の巣城の闘い」の指導者室原知幸氏の発言を紹介していました。突然のことではっきりと記憶できませんでしたが確かこの部分です。
「土地収用法ちゃ現代の赤紙たい。ばってん、今は民主主義ん世の中じゃろうもん、赤紙の中身をおれたちゃ調べる権利がある。公共性ちいえばおりどんが懼れるち思ったら大間違いぞ」 (松下竜一著 『砦に拠る』)
 国家が公共性といえば住民は従わなければならない時代ではない、防衛庁はきちんと説明責任を果たすべきという解説での引用です。

 蜂の巣城の闘いとは、55年末に九州地方建設局が熊本県と大分県にまたがる筑後川の水源近くにダムを建設することを決定して測量を開始したことに、地主の室原の指導で住民が山に砦を作って立て籠って抵抗を続けた闘争です。
 土地収用法は公共事業のために土地取得を行うに際し、事業主が任意取得できない場合に強制力を加えて収用する手続きを謳っています。
 この闘いは建設省が事業主体で、土地収用法にもとづく事業認定を行って工事を強行したことへの抵抗ですが、本質は辺野古と同じです。
 室原氏の発言です。
「建設省はここを土地収用法で取り上げようちしよるとじゃが、それはこんダム事業が公共性を持っちょるこつを国に認定してもらわにゃならん、いい加減なもんぞ。考えちみい。九州地方建設局長上ノ土が出す申請書に建設大臣村上が認定ん判をつこうちゅうじゃき、一人二役たいね」 (松下竜一著 『砦に拠る』)
 身内での手続きの滑稽さを指摘しています。民主主義や厳格な判断からは程遠い制度です。


 土地収用法についてです。
 戦前の土地収用法は、旧憲法下の法律群のなかでも際立って中央集権的性格を持っていました。適用されたなかで大きな抵抗が展開された事件が足尾銅山の鉱毒を沈殿させるための遊水地建設に反対した栃木県谷中村住民の闘いです。(2013年4月26日の 「活動報告」 参照)
 戦後の土地収用法は1951年に制定されました。
「1950年から51年にかけて、非武装平和発展の法の制定が2つあった。1つは旧軍港都市転換であり、2つは土地収用法の全面的改正であった。前者は、横須賀、呉、舞鶴、佐世保の給軍港都市を平和産業文化都市に転換するために、旧軍港財産を優先的に利用することを決めた多ものであった。その第二の土地収用法の全面改正では、同法第二条にあった、国防もしくは軍事に関する事業、および皇室の陵墓、神社の営建のために国民の土地を収用することは憲法違反とされ、削除されたのである。この二法は、軍事基地拡張のための土地取上げ反対闘争の法的支えとなり、とくに自衛隊基地拡張のための土地収用法の発動をおさえる支柱になっている」 (憲法学者星野安三郎の論文を羽仁五郎 『都市の論理』 が引用)

 55年に茨城県小川町の百里基地に防衛庁は航空自衛隊ジェット戦闘機実践基地の建設計画をたて、戦後入植した開拓農民の土地を奪おうとします。これに対して農民は反対同盟を結成して闘います。
 1人の農民の話です。
「今度は土地を出せ、今度は帰ってきて食料増産しろ、また土地出せ、そうくりかえしていたんではね、床の間の置物みたいにな、都合でそっちさもっていかれ、こっちさもっていかれたんではな、人間の値打ちを自分で放棄しているみたいでな。そういつまでもいうことを聞いていたのでは人間として認められない。土地を出せ、金を出せ、今度は命を出せってことになると思うんだ。ここで屈服すればふたたび戦争だから。赤紙一枚で子供たちや孫が引っ張っていかれるということだと思うんだよな。絶対に屈服できねえことだな」 (『百里農民の昭和史』 三省堂刊)
 防衛庁は再三、土地収用法の適用をほのめかしたが適用することはできませんでした。

 64年10月、基地の中に土地を持つ8人の農民によって反対同盟が再建されます。そして65年3月に 「一坪地主運動」 が開始されます。2戸の反対同盟から提供された共有地は滑走路と平行に走っている誘導路の敷地にくい込んでいます。そのため誘導路は 「く」 の字に屈曲せざるをえません。共有地には神社が建てられ、現在も毎年2月11日には全国の共有者が集まって初午 (はつうま) 祭りが行われています。
 誘導路を機能させていないのは憲法9条です。
 また共有地の滑走路を挟んだ反対側の笹竹の丘に1文字が1坪の大きさで 「自衛隊は憲法違反」 の立看板が立てられています。笹竹が伸びると立て看板が隠れるので、首都圏の仲間たちは定期的に笹竹狩りをしてきました。(最近は休んでいます)
 自衛隊は立看板を隠すために、看板に近い敷地内に林を作りました。しかし毎年のように何本かは枯れて倒れます。林も反対同盟と共有者に味方しています。
 そして、飛行訓練で上空を飛んでいるとき立看板を見て、自分を問い直して自衛隊を辞めた航空自衛隊員もいます。
 憲法9条に基づき、今も自衛隊基地建設、拡張のために土地収用法を適用することはできません。


 しかし注視しておかなければならないのは、自衛隊は米軍との共同訓練という名目で米軍基地を使用している実態があります。そしてそのまま居座りを続けていたりします。土地収用法を適用しての自衛隊基地の新設・拡大はできませんが使用している基地は確実に拡大しています。
 また、百里基地のように民間の茨城空港と共用化されると、民間空港の公共事業という口実で自衛隊基地が拡大される危険性が出てきます。必要性云々ということではなく、既成事実作りとして行われ、その後波及する危険性があります。
 そして憲法9条の拡大解釈は反対としながらも、「自衛隊は合法」 「自衛隊は憲法違反ではない」 の主張は土地収用法を改正して適用事業に自衛隊基地を盛り込み、新設・拡大に道を開くことになりかねません。
 土地収用法は憲法9条の象徴です。2つとも改正を絶対にさせてはなりません。


 米軍基地の建設、拡張のためには52年の日米安保条約締結と同時に 「安保協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法」 を制定し、適用されます。この特措法では、収用法の起業者が防衛施設庁となり、使用、収用の認定は内閣総理大臣が行います。やはり一人二役です。
 56年の砂川基地拡張は反対運動が展開される中で特措法が適用されました。(2015年7月17日の 「活動報告」 参照)
 61年に神奈川県相模原市の米軍住宅建設計画に対する住民の反対運動に対して適用されました。
 しかしその後は82年に、「復帰」 後の米軍沖縄基地に対して適用されるまで適用はありませんでした。その理由は、本土の米軍基地は沖縄への移転・集約されていったということです。
 その間の沖縄での米軍基地に対する反戦地主の闘いは割愛しますが、「復帰」 から20年が過ぎると米軍基地の強制使用を拒否する地主の闘いに特措法が適用されて現在に至っています。


 今回の政府の沖縄県との対決は地方自治の否定です。戦前の中央集権的支配体制が崩されたといっても実質的には手を変えた中央集権です。
 戦後の土地収用法には平和憲法の精神とともに地方自治の精神が生かされています。
 戦後は、土地収用委員会、農業委員会、教育委員会は、協議においては地域の特性を生かし、地元住民の意見を聞くために構成する委員はその地域住民から選出されることになっています。協議は法律解釈の論議をするのではなく、地域の利害関係を調停する役割を大きく持っています。
 しかし昨今、自治体の首長が教育委員会に介入したり、委員の任命制を公言したりしています。教育委員会は地方自治体の一部署にされようとしています。
 教育委員会問題だけでなく、地方自治についてもう一度捉え返して議論し、制度の崩壊をくい止めなければなりません。
 沖縄県と政府の “けんか” などという視点ではなく、地方自治破壊、住民無視、民意無視に対して民意を盛り上げて辺野古基地建設を阻止していかなければなりません。


 63年、栃木県は国道119号線と国道120号線の周辺道路に通じる新線道路の幅を拡げる事業計画をたて、日航・東照宮の太郎杉など老木群を伐採しようとしました。起業者栃木県は63年7月5日、国立公園の現状変更について厚生大臣の承認を求める申請をし、自然公園審査会の諮問を経て64年3月19日に厚生大臣から承認を得たので、4月3日に建設大臣に事業認定申請を行い、5月22日に人定を受けたので収用手続きを開始しました。
 これに対して東照宮は事業認定取り消し訴訟を提起しました。「いわゆる太郎杉事件」 です。
 しかし県はなおも手続きを進めて収用裁決を申請し、67年2月17日に収用裁決が行われました。東照宮収用裁決の取り消し訴訟を起こすとともに、収用裁決の効力停止の申立を行い、停止決定処分を得ました。
 事業認定取消請求訴訟と収用裁決取消訴訟は併合して審議され、69年4月9日、東照宮側が全面勝訴の判決が出されました。しかし建設省と収用委員会は東京高裁に控訴します。73年7月14日、再度東照宮側の主張を認め、事業認定を取り消す判決を出しました。

 判決文です。
「(道路建設) の事業認定が土地収用法のいう『土地の適正、合理的利用に寄与する』との要件をみたすためのは、その計画が交通量増加に対処するだけではたりず、景観、風致、文化的価値を犠牲にし、環境の荒廃、破壊をかえりみずに強行しなければならない必要性が肯定されなければならない」
 このような基準を示したうえで
「かけがえのない景観、風致、文化的価値や環境の保全の要請は、国民が健康で文化的な生活を営む条件にかかわるものとして行政のうえでも最大限に尊重されるべき」
 と “憲法原則” を打ち出しました。こうした観点から
「建設大臣の判断は本来最も重視すべきことを不当に軽視し、交通事情の解決の手段、方法の探求のうえで尽くすべき考慮を尽くさなかったという点で誤りがあった」
と判示しました。
 道路拡張計画の根拠の1つは、東京オリンピックへの観光客による交通量の増加があげられていました。しかし 「観光目的のための道路整備といいながら、肝心の観光資源を破壊する愚拳」 だったのです。
 訴訟は建設省、収用委員会が上告を断念し、太郎杉は保全されました。


 軍事基地は公共性とは無縁です。
 辺野古はまさに 「かけがえのない景観、風致、文化的価値や環境の保全の要請は、国民が健康で文化的な生活を営む条件にかかわるものとして行政のうえでも最大限に尊重されるべき」 地域です。

  あの沖縄戦がおわったとき
  山はやけ 国土もやけ ぶたも
  牛も 馬も
  陸のものは すべて焼かれた
  食べるものと言えば
  海からの恵みだったはずだ
  その海への恩がえしは
  海を壊すことでは ないはずだ
         山城 義勝

 防衛局の海上作業に抵抗する人たちが乗る船に張られた漁民の思いこそ、海が持つ公共性であり、生活の糧です。破壊は許されません。

   「活動報告」 2015.7.17
   「活動報告」 2013.4.26
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労災防止は労組の義務
2015/10/15(Thu)
 10月15日 (木)

 山本健治著 『戦後70年 労働災害と職業病の年表』 (第三書簡) が刊行されました。オビには 「戦後70年は、労働災害と職業病の歴史である 光のあたる歴史のウラに事件事故の歴史がある」 とあります。
 書評を依頼されましたが、年表ですので難しいです。特徴を紹介します。
 終戦直後から今年まで、年ごとに、社会的出来事を含めた 「主な出来事」 と 「特記すべき労働災害・職業病事件」 を列記しています。400ページに及ぶなかの 「特記すべき労働災害・職業病事件」 の1件1件が具体的事件です。統計がはっきりしている1951年から現在までに労働災害による死者は21万4千人、休業4日以上の死傷者は851万人を超えるといいます。末尾に、「労働災害・職業病・産業事故統計資料」 がつけられています。

 70年間を小見出しで括って区分して特徴をあげています。
 一、敗戦・戦後復興から労働災害防止計画策定まで (1945~58年)
  1、戦勝直後の混乱期、復興期の労働災害 (1945~50年)
  2、朝鮮戦争の特需で経済成長が軌道に乗り始めた時期 (1951~55年)
  3、戦後から10年、「神武景気」と呼んだ時期の労働災害 (1956~57年)
 二、政府が労働災害防止計画を策定して以降の労働災害・職業病事件
  1、第一次労働災害防止計画対象期間の労働災害・職業病 (1958~62年度)
  2、第二次労働災害防止計画対象期間の労働災害・職業病 (1963~67年度)
  3、第三次労働災害防止計画対象期間の労働災害・職業病 (1968~72年度)
  4、第四次労働災害防止計画対象期間の労働災害・職業病 (1973~77年度)
  5、第五次労働災害防止計画対象期間の労働災害・職業病 (1978~82年度)
  6、第六次労働災害防止計画対象期間の労働災害・職業病 (1983~87年度)
  7、第七次労働災害防止計画対象期間の労働災害・職業病(1988~92年度)
  8、第八次労働災害防止計画対象期間の労働災害・職業病 (1993~97年度)
  9、第九次労働災害防止計画対象期間の労働災害・職業病 (1998~2002年度)
  10、第十次労働災害防止計画対象期間の労働災害・職業病 (2003~07年度)
  11、第一一次労働災害防止計画対象期間の労働災害・職業病 (2008~12年度)
  12、第一二次労働災害防止計画対象期間の労働災害・職業病 (2013~17年度)
 労働災害防止計画を策定後についてはそれぞれについて説明があります。


 本からの引用です。
「(46年) 6月8日、明治以来の歴史を持ち、周辺への鉱毒被害でも知られた古河鉱業の足尾銅山で鉱山復興町民大会が開かれた。……足尾労働組合同盟会で安全活動をしている労働者から、『ヨロケ (珪肺・じん肺)』 対策を要求する訴えがでた。鉱石や岩石の塵を吸い込んで肺がやられる実態を訴え、命・健康あっての労働である。メシも大事だが、元気で働くため、ぜひとも 「ヨロケ」 対策、落盤・爆発などの安全対策を確立してほしいと訴えたのだった。……戦後日本の労働災害・職業病対策要求運動は、ここから始まったと言っていい。」
 これには続きがあります。
 訴えた労働者は機械夫だった蘇原松次郎さんです。蘇原さんは本社社長から呼びつけられます。馘を覚悟しました。同行した足尾同盟会の生田龍作会長が社長に言います。
「何を馬鹿なことをいう。よろけ撲滅は労働者がやるのではなく社長がやらねばならぬ仕事ではないか」
 蘇原さんは事なきをえました。
 これを機会に よろけ撲滅の訴えの波紋はまず金属鉱山の労働組合に広がり、翌年、全日本金属鉱山労働組合連合会は珪肺対策と特別法制定を運動目標にかかげました。
 企業も取り組みを始めます。55年3月 「塵肺法」、7月 「珪肺等特別保護法」 を制定させます。しかし法律が制定されたからといって、対策が進んだということではありません。

 「よろけ」 は、古くは江戸時代の佐渡の鉱山の記録にあります。
 1925年3月の労働総同盟の大会で、「珪肺」 保護の問題が要求としてだされ、啓蒙活動が開始されました。全日本鉱夫総聯合会は 「ヨロケ病調査」 を発表し、はじめて珪肺を告発しました。
「即ちヨロケ病は、社会に必要な産業のため、労働を行ひ、その為めに起こった病気である。故にこの病気の社会的の値打は著しく高い。故にか様な病気は、当然社会が責任を以って予防し治療し保護すべきものであり、若し斯様な産業が一資本家の利益の為に、その手で経営されてゐる場合には、この予防、治療、保護は当然その資本家の責任を以って為すべき事である。況や現今におけるが如く、その原因の大半が資本家の横暴なる酷使、残虐なる搾取、欠陥だらけの設備等に基くものに就ては特に然りである。」
 しかし 「けい肺が重要な労働問題として進展を示さなかった理由は、この病気が極めて慢性な経過をとり、殆んどが結核を合併していたので、患者の多くは全く 『よろけ』 きらないうちにぽつぽつ脱落して鉱山を去って行ったし、結核を合併した場合は、けい肺は全く無視されて結核だけを重視して私傷病として取扱われることが多かった」 (『近代民衆の記録』 から孫引)。
 そして足尾銅山などでは、珪肺の疑いがあると何とか理由をつけて労働者を追い出しました。夏目漱石の「坑夫」に描かれている状況です。
 体調を崩したり、亡くなった坑夫の家族の生活を守ったのが 「友子制度」 です。
 足尾で坑夫の遺体を焼き、肺の付近の骨を拾おうとすると肺は金属音をたてたといいます。
 30年、内務省社会局は職業病扱いの通達をだしました。
 それから間もなく100年になろうとしています。


 三池では、60年の大量解雇に対する三池闘争が開始される前に労組の 「安全委員」 の解雇がありました。
 50年代後半、三井鉱山では労使間の話し合いで、坑内の保安点検をする安全委員 制度に労組からも委員を出すことを決定します。遠藤長市さんも委員になりました。他の炭鉱の事故調査に参加することもあります。事故の原因をうやむやにしたい会社側からは嫌がられたり、買収まがいのこともあったといいます。保安問題で会社に譲歩しない遠藤さんは業務を止めることもあったといいます。
 三井鉱山は57年から労務政策を大きく変更し、遠藤さんらや三池労組の活動を 「業務阻害」 だと主張し、59年に遠藤さんを見せしめ解雇、続いて60年、労組の中心的活動家の指名解雇を行います。
 合理化は労働安全衛生政策の切り捨てと併せて進められたのです。
 三池闘争が敗北し、労働が強化されると事故は多発します。『三池炭坑殉職者名簿』 によると61年から63年10月までに47人が死亡。内訳は三池労組員が20人、三池新労が25人、下請け組夫が2人です。そして多くの 「黒い肺」 の塵肺患者が増えています。
 事故は会社が起こしたのです。

 そして63年に三池三川坑大爆発事故が起きます。
 本からの引用です。
「(63年) 11月9日午後3時12分頃、三井三池三河 (三川) 坑の第一斜坑坑底から10両編成の鉱車を巻き上げ中、3両目以降で脱線、連結環が破断、8両が鉄製アーチなどに突撃しながら火花をあげ逆走、風圧で炭塵を巻き上げていたから爆発が起きたのだった。高圧ケーブルも引きちぎられて停電。爆発は数度起き、大量の炭塵が燃え、一酸化炭素を発生させた。救援活動は2時間後、20人が爆死、438人が急性一酸化炭素中毒で亡くなり、生還した839人も一酸化中毒に苦しむことになった。……石炭から石油へのエネルギー転換の中での経営環境悪化を理由に合理化を進め、保安要員を減らし、保安対策を怠ったのが事故の背景であった。」
 労災認定期限が切れる3年目が近づくと、三池労組と患者家族会は労災認定期間の延長とCO特措法制定運動を開始します。67年6月23日から法案審議がまず参議院で始まります。CO中毒被災者・家族は労働省前などで座り込み、ハンストなどを開始します。そして7月14日、法案成立を要求してCO患者の家族ら75人は三川坑坑口から1800メートルの坑底に座り込みを開始します。
 特措法が成立しても労災補償制度も特措法も満足いくものではありません。
 三池労組は、組合員やその家族から 「他に方法はないのか」 と問われると 「ない」 と答え、会社に対する損害賠償請求訴訟の方針は出しませんでした。
 事故から10年目、松尾さん夫妻ともう1家族は独自に損害賠償訴訟を起こします。すると労組は松尾さんたちを除名処分にしました。
 さらに2家族が裁判に踏み切ると、労組も訴訟を起こすことを決定します。しかし遺族の訴訟は時効が過ぎていました。
 発事故の責任追求とCO中毒補償の闘いは、労組ではなく、家族や遺族が中心となって担われていきます。

 なぜ労組は訴訟に積極的でなかったのでしょうか。
 確かに当時労災で損害賠償訴訟を起こすことはあまりありませんでした。
 三池労組は、損害賠償訴訟で会社が負けたら潰れるか、閉山決定をする、そうしたら労組も消滅するという判断が働いていたのではないでしょうか。三池労組は現役労働者の、本工労働者中心の企業内組合でした。
 しかしこの頃になると労働安全衛生問題に取り組まなくなったのは三池労組だけではありません。


 91年、入社1年半の青年が3日に1回は朝9時から深夜・早朝までの長時間労働を続けた結果、うつ病を罹患して自殺しました。父親は会社から殺されたと実感し訴訟を起こします。「電通過労自殺訴訟」 です。
 社内の労働組合は遺族の支援要請に訴訟を見守るといって支援しませんでした。訴訟がはじまると匿名の情報が寄せられました。職場では定例の飲み会があり、その席で上司は青年に靴にビールを注いで飲めと命令し、同僚は見て見ぬふりをしていたといいます。
 訴訟でそのことが尋問になりました。上司は事実があったことを認めて証言を続けました。
「酒の席の余興ですよ、どこでもやっていますよ」
「電通以外ではどこでやっていますか」
「……」
 96年3月、一審は 「常軌を逸した長時間労働が自殺の原因。会社は社員の健康に配慮する義務を尽くしていなかった」 と被告の責任を全面的に認めました。社員の自殺に企業の賠償責任を初めて認めたのです。
 2000年3月、最高裁は 「使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負担等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う」 「労働者が労働日に長時間に渡り、業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負担等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険がある」 と判示し 「業務の量等を適切に調整するための措置を取ることなく」 長時間労働が自殺に追いやったと明確に指摘したうえで電通側の上告を棄却、高裁に差し戻しました。
 2000年6月、提訴から7年半におよぶ父親と弁護士の二人三脚で始まった闘いに電通側が謝罪、遺族側の全面勝利で和解に至りました。
 労働省は、電通裁判の一審判決が出たころからメンタルへルスケアへの取り組みを開始し、労災認定基準の基準作りの作業を開始します。1999年7月14日、自殺と精神障害等に係る労災認定についての『心理的負担による精神障害等に係る業務上外の判断指針』を通達します。
 メンタルヘルスの労働安全衛生対策を前進させたのは遺族の闘いです
 1980年半ばから、労働時間の短縮が進みます。しかしこれは欧米などとの貿易摩擦によるもので労働組合が勝ち取ったものではありません。
 今年成立した 「過労死防止法」 もそうです。
 何度も繰り返しますが、労働者の安全衛生を巡る問題を前進させたのは、残念ながら労働者や労働組合ではなく遺族の闘いです。
 
 本の 「特記すべき労働災害・職業病事件」 の最後は 「2015年6月5日 2001年~2010年、イラク、インド洋派遣自衛隊員の自殺者56人」 です。この事項を含めて解決していない、隠されている、継続中の事案はたくさんあります。
 絶対数を減らさなければなりません。安全衛生は、労働者と労働組合がもっともっと積極的に取り組むべき課題です。
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