2015/05 ≪  2015/06 123456789101112131415161718192021222324252627282930  ≫ 2015/07
戦争は、敵も味方も殺し、心身を長期に破壊する
2015/06/02(Tue)
 6月2日 (火)

 5月19日の 「活動報告」 の続きです。
 自衛隊員の自殺の問題がクローズアップされています。 しかし実態は明らかにされていません。

 自衛隊は1985年から自殺者数を発表していいます。
 年間60~70人前後で推移していたのが2002年度78人、03年度75人、04年度に94人と初めて90人を突破し、05、06年度93人、07年度83人です。(制服組のみ)
 この傾向を裏付ける資料が、『防衛医療』 2009年6月号に、自衛隊北部方面を統括する自衛隊札幌病院精神科の医師の報告 『自衛隊精神科医療とメンタルヘルスの溝をどう埋めるか 北部方面隊の精神科臨床の現状と課題』 の中に表になって載っています。外来新患数は、2000年119人、01年143人、02年196人、03年265人、04年375人、05年251人、06年326人です。02年以降は急増です。
 外来新患者を 「国際疾病分類ICD-10」 で分類しています。(09年段階での分類)
 F2は 「統合失調症および妄想性障害」、F3は 「気分 (感情) 障害、うつ病圏」、F4は 「神経症性障害、ストレス関連障害」 です。
 2000年 F2 11人、F3 64人、F4 48人など。
   01年     6人、   36人、   45人、
   02年     6人、   37人、   74人、
   03年    14人、   32人、  123人、
   04年    13人、   43人、  113人、
   05年    14人、   39人、  114人、
   06年    14人、   90人、  108人
となっています。
 入院患者については2000年から2003年までの資料がないが、1999年と2004年を比べると入院患者数は99人から141人、そして05年は206人に急増している。F4の患者数は20人から50人に増え、05年は87人と急増しています。
 北部方面部隊の自殺者数は2000年16人、01年13人、02年19人、03年15人、04年14人、05年25人、06年21人である。自殺は体調不良に陥った後、数サイクルを経て発生します。
 医師は 「近年の当科の特徴として、入院を要しない軽傷のうつ病圏の患者と神経症性障害・ストレス関連障害の患者数が著しく増加している。これは、うつ病圏 (気分障害) 診断概念の変化といった観点からみれば、休養・薬物治療といったいわゆる内因性のうつ病治療の原則だけでは十分な改善が期待できないタイプのうつ病が目立つ傾向にある」と分析しています。しかし動機についてのきちんとした分析は行われていません。
 06年頃から新聞などで自衛隊員の自殺の問題がしばしば取り上げられました。関係者のコメントは常に 「原因不明」 でした。
別の資料で自殺者についての陸・海・空別の内訳をみると海が急増しています。
 患者数と自殺者数の増加は、自衛隊を取り巻く環境を照らし合せたら関係性は明らかです。
 01年9月11日のアメリカ合衆国で発生したテロに対応して、11月2日から施行された 「テロ対策特措法」 に基づき、延べ約1万900人の海上自衛隊員がインド洋に派遣されました。03年8月1日から施行された 「イラク特措法」 に基づき米英軍などを後方支援するため約1万人の自衛隊員が派遣されました。さらに04年末のスマトラ沖大地震での津波被害などへの災害救助派遣で悲惨な現場に遭遇しています。
 しかし、政府と自衛隊は、派遣が原因で死者や自殺者が出ていることを認めようとしません。本来なら、このような状況が明らかになったなら早急に原因究明と対策が打たれるはずです。しかしそれを認めることは他の隊員の士気を喪失させると捉えているからです。また世論の反対を押し切って強行したことに併せて批判を浴びることになります。安全でないことを認めてしまいます。
 だから隊外での自殺の原因はなるべく個人的な問題として処理し、隊内でのストレスが隊外で発散されたとは捉えようとしません。自衛隊を辞めた隊員についての病気や自殺については調査の対象にもなっていません。無慈悲な組織です。

 さらに自衛隊が持つ体質の問題がある。自衛隊は、採用に際して心理テスト・スクリーニングを行っているので (諸外国では意味がないと行っていない) 心身ともに弱者はいないと公言しています。隊内では、体調不良者は精神が弛んでいる、根性がたりないからだという風潮がまだ残っています。体調不良を訴えると詐病と言われたりする雰囲気のなかでは弱音を吐けません。それぞれの隊員が他の隊員から弱者だと思われないよう、そして他の隊員に迷惑をかけないよう我慢を続けます。


 軍隊の 「心の負傷」 については、古くはアメリカの南北戦争の時から発見されています。
 PTSDは、軍隊において兵士が陥った体調不良から発見・研究・対策が進められてきたという経緯がる。
 現代の古典として、これまでも何回か紹介しましたが、ベトナム帰還兵の問題を取り上げた米国陸軍に勤務し、陸軍士官学校教授などを歴任した心理学・軍事社会学専攻のデーヴ・グロスマンの著書 『戦争における 「人殺し」の心理学』 (筑摩書房) が日本でも、ロングセラーになっています。
 しかし旧日本軍そして新日本軍・自衛隊においては現在もあまり関心が向けられていません。
 教訓にすべきことはすでに起きています。
 1992年6月15日に成立したPKO法は6月19日に施行され、9月に自衛隊がカンボジアに派遣されました。
 杉山隆男著 『兵士に聞け』 (1995年 新潮社刊) は、その時に派遣された自衛隊員について追跡しています。
「PKOに参加した千二百人の自衛隊員が多かれ少なかれさまざまな形でカンボジアの影を未だに曳きずっているのだった。
B三佐の体に、他人が見てもわかるほどの『異常』があらわれるようになったのは、カンボジアから帰国してしばらくたってのことだった。
 デスクに向かって仕事をしていると、突然、汗が出てくる。それも尋常な出方や量ではない。迸るという表現が決して大袈裟に聞こえないくらい、額の生え際や首すじ、そして腋の下や背すじの、毛穴という毛穴から堰を切ったようにいっせいに汗の粒が吹き出して、あとからあとから流れ落ちるのである。陸上自衛隊の夏服はクリーム色の開襟シャツである。濡れると結構目立つ。そのワイシャツの背中に地図でも描いたようにみるみる染みが広がっていく。頬を伝った汗が大粒の滴となってデスクの上の書類にぽたぽたしたたり落ちていく。
 この頃にはB三佐の様子がおかしいことに、机をならべて仕事をしている同僚や上官たちも気がつく。……
 汗が出るのは陸幕のオフィスで仕事をしているときとは限らない。自宅でくつろいでいるときでも通勤途中の電車の中でも、何の前ぶれもなくいきなり汗がしたたり落ちてくる。汗ばかりではない。時には急に吐き気に襲われることもある。胸がむかついてきてトイレにかけこむ。嘔吐特有の胃が締めつけられるような感覚がして何かがこみあげてきそうになる。しかし便器にかがみこんで手を喉の奥に突っ込んでみても何も出てこない。しばらくすると吐き気は嘘のように去っていく。二日酔いのような逃げ場のないもやもやとした気分の晴れない状態がつづくわけではない。吐き気が収まったあとはごくふつうに食べ物が喉を通るしデスクに向かって仕事をつづけることもできる。……
 それだけB三佐は、自分の体の中でいったい何が起こりはじめているのか、かえって薄気味悪かった。目には見えないけれど、しかし確実に体の中では得体の知れないものがバイオリズムを狂わせている。病気でもないのに自分の体がいいようにかき乱されていると感じるのは決して気持ちのよいことではなかった。」
 しかし、この教訓は生かされていません。個人が弱かったのか、原因は派兵以外にあるという捉え方です。
 防衛大学の授業のカリキュラムには4年間通して 「メンタルヘルス」 の科目が盛り込まれているがあまり有効性がないようです。

 5月30日の 「朝日新聞」 に 「憲法解釈変えアフガン派兵55人犠牲」 の見出し記事で、ドイツ軍のことを紹介しています。
 02年からアフガンの国際治安指示部隊 (ISAF) の任務が終了する昨年までに、帰還後の心的外傷後ストレス障害による自殺者などを含めて兵士55人が死亡し、このうち6割強の35人は自爆テロや銃撃などの戦闘による犠牲者だったといいます。


 前回紹介したディヴィッド・フィンケル著 『帰還兵はなぜ自殺するのか』 (亜紀書房)です。
「砲弾の上を走って、そいつがどんぴしゃで爆発した。彼は車ごと持ち上げられ、下に叩きつけられた。爆風が音速より早く彼の体を貫いたとき、彼の脳はぐらぐら揺れた。そしてこうなった。記憶、ぶっ壊れた。注意力、ぶっ壊れた。バランス、聴力、衝動抑制、認知力、夢。すべてがぶっ壊れた。軍隊は外傷性脳損傷のことを『戦争による特徴的な損傷』と表現している」
 このような事態に遭遇した兵士に 「F4 神経症性障害、ストレス関連障害」 の症状があらわれます。そして今も後遺症に苦しんでいます。
「ひとつの戦争から別の戦争へと。2百万のアメリカ人がイラクとアフガニスタンの戦争に派遣された。そして帰還したいま、その大半の者は、自分たちは精神的にも肉体的にも健康だと述べる。彼らは前へと進む。彼らの戦争は遠ざかっていく。戦争体験などものともしない者もいる。しかしその一方で、戦争から逃れられない者もいる。調査によれば、2百万人の帰還兵のうち20パーセントから30パーセントにあたる人々が、心的外傷後ストレス障害 (PTSD) ――ある種の恐怖を味わうことで誘発される精神的な障害――や、外傷性脳損傷 (TBI) ――外部から強烈な衝撃を与えられた脳が頭蓋の内側とぶつかり、心理的な障害を引き起こす――を負っている。気鬱、不安、悪夢、記憶障害、人格変化、自殺願望。どの戦争にも必ず 『戦争の後』 があり、イラクとアフガニスタンの戦争にも戦争の後がある。それが生み出したのは、精神的な障害を負った50万人の元兵士だった。」

 国に貢献するという自負心と社会からの期待を背負って出兵しながら負傷したり、「敵」 を死傷させたりして 「見えない傷」 をした兵士の帰還は歓迎されませんでした。政府は兵士等の要求で多少の補償をしても大きな関心を示しません。だから過ちが繰り返してきました。補償はベトナム帰還兵たちの粘り強い戦いで勝ち取ったものです。
 兵士は、兵士と国・軍は違う意思を持っていたことに気づかされます。兵士は国・軍の名のもとに翻弄されたのでした。またそれが国家であり軍の本質なのです。
 兵士が抱いている気持ちは、「戦争における真実とは、隣にいる戦友を大事にすることに尽きるが、戦争後における真実とは、人は自分1人で生きて行くこと」。自分だけが助かったという思いに 「終わりのない罪悪感」 が支配する。「俺は弱っちく、意気地のない、だめな男だ」 の思いは 「人生をもう一度立て直そうと思って入隊した」 決意がくじかれました。
 「戦争による特徴的な損傷」 やそれ以外の「見えない傷」を負っている兵士は意識・無意識に鬱積した思いを他者にぶつけます。それが組織関係者、家族や友人だったりします。トラブルや事故を起こします。戦争の二次被害です。そしてさらに自分を追い詰めて自殺に至ります。

 治療にあたる将校が言います。「終わりのない罪悪感。私が理解できる唯一の理由がそれです」
 精神的な障害を負った兵士のために社会的復帰を指せるシステムとして 「兵士転換大隊総合施設」 が作られ、治療が行われています。ようやくアメリカ政府もこの問題に取り組まざるを得なく模索を続けているようです。データを集め、その分析結果がでるのは5年後になるといいます。
 治療の対象者が多すぎる状況があります。だとしたら今できる手段はこれ以上 「見えない傷」 を負う兵士を作り出さないことのはずです。


 ベトナム帰還兵にとってベトナム戦争はまだ終わっていません。イラクからの帰還兵にとっては真っ最中です。米軍は米兵を殺し、負傷させることを続けています。
 自衛隊員の自殺の理由にある「原因不明」は、派兵によって負った 「見えない傷」 によるものであることは明らかです。しかし今、安倍政権はさらに自衛隊員がそのような状況に陥ることを強行しようとしています。

 戦争という行為は、敵も味方も殺し、心身を長期に破壊します。後方部隊、兵士以外の第三者も巻き込んでそうします。

 憲法9条は 「人を殺さなくていい」、人がいちばん嫌なことをしなくていいと謳っています。その保証があると人びとは物事をポジティブに発想できます。

 憲法9条を世界遺産に!
 
   関連:「軍隊の惨事ストレス対策」
   関連:「本の中のメンタルヘルス 軍隊・戦争」
   「活動報告」 2015.5.19
   「活動報告」 2014.7.4
   「活動報告」 2014.1.7
   「活動報告」 2013.5.24
   「活動報告」 2012.7.13
   「活動報告」 2011.4.4
   「活動報告」 2011.2.2
  当センター「いじめメンタルヘルス労働者支援センター」ホームページ・ご相談はこちらから
この記事のURL | 災害ストレス | ▲ top
| メイン |