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労災認定数は絶対数として多い                          結果を職場改善に結びつけることが必要
2015/06/30(Tue)
 6月30日 (火)

 6月25日、厚労省は平成26年度 「脳・心臓疾患に関する事案の労災補償状況」 と 「精神障害に関する事案の労災補償状況」 を公表しました。
 「精神障害に関する事案の労災補償状況」 について検討します。
 精神障害の労災認定手続きは、2011年12月26日付で 「判断指針」 から 「心理的負荷による精神障害の認定基準」 に代わりました。その結果、確かに請求件数は増え、支給決定件数・率は上がりました。具体的な支給決定件数と認定率の流れは、09年度234件・27.5%、10年度308件・29.0%、11年度325件・30.3%でした。
 11年度途中の変更ですのでその後の12年度、13年度、14年度を比較しながら動向を探ってみます。
 請求件数です。
  12年度       13年度        14年度
  1257件      1409件       1456件   
 決定件数です。その年度内に処理した件数で請求はそれ以前分もあります。
  12年度       13年度        14年度
  1217件      1193件       1307件
 決定件数のうちの支給決定件数です。カッコは支給決定率です。
  12年度       13年度        14年度
  475件 (39.0%) 436件 (36.5%) 497件 (38.0%)
 13年度は、12年度と比べると請求件数が150件増えましたが決定件数は横ばいです。
 14年度は13年度と比べると請求件数が50件増えましたが決定件数は100件増え、支給決定件数50件増えました。
 つまりは、13年度に滞留した件数が14年度に処理されたということだと思います。
 「認定基準」 に代えた目的の1つに審査期間を短くすることもあり、11年度と12年度では、9か月間弱でしたが確かに縮まっていました。それが13年度は明らかに伸びていると思われます。

 13年秋に、いじめ メンタルヘルス労働者支援センターと全国労働安全衛生センター連絡会議メンタルヘルス・ハラスメント対策局は、支給決定件数・率が都道府県によって大きなばらつきがあるということで件数・率が低い府県の労働局と交渉をもち改善を要求しました。(13年12月13日の 「活動報告」 参照)
 そのことは厚労省も気付いていたようで、13年11月に全国の労働局の労災精神障害専門調査員を集めて研修を開催しました。
 この3年間の動向をみると、厚労省は、支給決定率が低い府県については不支給決定の通知を送付する前に本省で書類をチェックするようなことが行われたのではないかと思われます。

 要請行動を行なった府県の請求件数、決定件数、支給決定件数について、12年度、13年度、14年間の流れを見てみます。カッコは支給決定率です。
  埼玉県 43件-42件-50件    45件-34件-49件
         6件 (13.3%)- 8件 (23.5%)-22件 (44.9%)
  千葉県 46件-43件-46件    41件-47件-39件
         9件 (21.2%)-13件 (27.7%)-19件 (48.7%)
  愛知県 67件-57件-61件    83件-51件-51件
        19件 (22.9%)-10件 (19.6%)-17件 (33.3%)
  三重県 16件-12件-22件    14件-13件-12件
         0件 ( 0.0%)- 2件 (15.3%)- 6件 (50.0%)
  熊本県 15件-10-件18件    16件- 8件-13件
         3件 (18.7%)- 2件 (25.0%)- 4件 (30.8%)

 これらの県については、まず総就業者と比べて申請件数が少ないです。
 しかし14年度の認定率は押しなべて上昇しています。
 ちなみに、埼玉県は労災精神障害専門調査員の研修で具体的事案の報告をさせられています。

 「判断指針」 の時は、決定は専門部会の精神科医の判断でした。「認定基準」 に代った後は、状況が明らかな事案は労働局の担当者が独自にも行えるようになりました。しかし交渉ではいまだ専門部会の精神科医に頼っている、しかも精神科医は 「認定基準」 を理解していない状況がありました。
 今回の状況は、各労働局との交渉が少しは功を奏したようです。


 情報が少し古くなります。(関係する新しい情報がありませんので)
 2008年9月14日、第4回 「WHO世界自殺予防デー」 シンポジウムで 『自殺実態白書2008』 が発表され、その分析結果が報告されました。(翌日はかのリーマン・ブラザーズが倒産し、その後、世界的な不況に陥りました。) (13年1月25日の 「活動同報」 参照)
 自殺者数は全国に約1280署ある警察署ごとに発表されます。2004年から2006年までの合計で被雇用者の多い警察署をリストアップすると (警察署の規模、人口数は違うことを踏まえなければならないが)、1位が愛知・豊田、2位が山梨・富士吉田、3位が福岡・筑紫野、4位が北海道・苫小牧、5位が北海道・北、6位が神奈川・厚木……の順になっています。2位の山梨・富士吉田は富士山を管轄しています。
 この分析を首都大学東京の宮台教授が報告しました。特徴として①工業地帯 (隣接) が多い、②地方都市が多い、③製造業が多いなどがあげられました。そこの製造業の特徴は①国際的競争から長時間労働が多い、②24時間交代の深夜労働がある、③誘致してもらったという地域性は労働法規を守りにくくしている、④非正規労働者 (特に派遣労働者) が多い、⑤成果主義・ノルマに負われている、です。
 上位50署を都道府県ごとに見ると、埼玉県内4署、千葉県内2署、愛知県内6署が含まれています。(解雇などで無職になってしばらく経つと被雇用者ではなく無職と扱われます)

 認定率が低いかった県と被雇用者の自殺者が多い県が重なります。
 労災に相当するような事案が発生しても、当事者と関係者は口コミの評判を含め申請しても無駄と諦めている状況がうかがえ、悪循環になっていました。
 自殺防止対策を含めて、労働行政としてこの構造をもっと分析して対処を検討することが必要です。


 出来事別決定及び支給決定件数一覧から、13年度と14年度の支給決定件数に大きな変化があった 「具体的な出来事」 における3年間の変化をみてみます。
 「悲惨な事故や災害の体験、目撃をした」 の決定件数が93件、82件、101件に、支給決定件数が51件、49件から72件に増えています。
 「会社の経営に影響するなどの重大な仕事上のミスをした」 の決定件数が21件、19件から40件、支給決定件数が7件、9件から17件に増えています。
 「会社で起きた事故、事件について、責任を問われた」 の決定件数が11件、7件、7件、支給決定件数が5件、2件から7件に増えています。
 「顧客や取引先からクレームを受けた」 の決定件数が35件、22件から35件、支給決定件数が13件、8件から17件に増えています。
 「1か月に80時間以上の時間外労働を行った」 の決定件数が59件、64件から89件、支給決定件数が32件、34件から55件に増えています。
 「(ひどい) 嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた」 の決定件数が99件、115件から169件、支給決定件数が55件、55件から69件に増えています。
 これらの 「具体的出来事」 の事案の却下決定について厚労省がチェックをしたのではないでしょうか。

 ちなみに、「特別な出来事」 は決定件数が84件、73件から61件、支給決定件数が84件、71件から61件です。
 東日本大震災での被災地の11年度、12年度、13年度、4年度の全体状況は、「悲惨な事故や災害の体験、目撃をした」 や 「特別な出来事」 が含まれていますが、減少傾向にあります。
  岩手県  申請件数 7件-10件-16件-13件  決定件数 4件-12件- 7件-17件
        支給決定件数 1件- 5件- 6件-10件 
  宮城県  申請件数 39件-32件-32件-22件  決定件数 38件-39件-29件-38件
        支給決定件数 22件-22件-12件-12件
  福島県  申請件数 18件-16件-20件-11件  決定件数 14件-21件-17件-12件
        支給決定件数 6件-11件-10件- 5件


 支給決定においては、時間外労働について1か月平均20時間未満が増えています。
 11年度からの具体的件数は、63件、97件、89件から118件です。
 一方、1か月平均80時間を超える事案は、11年度124件、12年度214件、13年度144件、14年度201件です。さらに160時間以上は21件、46件、31件、67件です。
 支給決定の実態が企業における長時間労働の防止策に結びついていません。
 政府が長時間労働を推進しようとしています。そして企業は逆に他社もしているからということで「乗り遅れてはいけない」という雰囲気になっているのでしょうか。

 今年からそれぞれの件数に女性数が表記されました。


 認定基準は改善されました。そのことによって労災申請件数や支給決定件数が増えることはいいことです。まだまだ申請を躊躇していたり、制度を知らない労働者・関係者がたくさんいます。
 しかし現在の労災申請をせざるを得ない労働者・関係者の数は、絶対数としてはかなり多いです。深刻です。労災申請をせざるを得なかった状況の原因を追究する中から職場の改善事項を探し出して取り組むことが必要です。


   「活動報告」 2014.7.1
   「活動報告」 2013.12.13
   「活動報告」 2013.1.25
  当センター「いじめメンタルヘルス労働者支援センター」ホームページ・ご相談はこちらから
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平和のためというのなら 平和のためになおさらに                 土地は渡すな 村人よ
2015/06/26(Fri)
 6月26日 (金)

 沖縄戦で旧日本軍の組織的戦闘が終結してから70年を迎えた6月23日・沖縄慰霊の日、県主催の沖縄戦全戦没者追悼式で沖縄県立与勝高校3年の知念捷さんが詩 「みるく世 (ゆ) がやゆら」 〈今は平和でしょうか〉 を朗読しました。
 「みるく世 (ゆ) がやゆら」 は、沖縄平和記念資料館主催の児童生徒平和メッセージ 詩の部で高等学校最優秀賞を受賞しました。
 全文です

    「みるく世 (ゆ) がやゆら」

             知念 捷

 みるく世がやゆら
 平和を願った 古 (いにしえ) の琉球人が詠んだ琉歌 (りゅうか) が 私へ訴える
 「戦世 (いくさゆ) や済 (し) まち みるく世ややがて 嘆 (なじ) くなよ臣下 (しんか) 命 (ぬち) ど宝」
 七〇年前のあの日と同じように
 今年もまたせみの鳴き声が梅雨の終りを告げる
 七〇年目の慰霊の日
 大地の恵みを受け 大きく育ったクワディーサーの木々の間を
 夏至南風 (かーちーべー) の 湿った潮風が吹き抜ける
 せみの声は微かに 風の中へと消えてゆく
 クワディーサーの木々に触れ せみの声に耳を澄ます
 みるく世がやゆら
 「今は平和でしょうか」 と 私は風に問う

 花を愛し 踊りを愛し 私を孫のように愛してくれた 祖父の姉
 戦後七〇年 再婚をせず戦争未亡人として生き抜いた 祖父の姉
 九十才を超え 彼女の体は折れ曲がり ベッドへと横臥する
 一九四五年 沖縄戦 彼女は愛する夫を失った
 一人 妻と乳飲み子を残し 二十二才の若い死
 南部の戦跡へと 礎 (いしじ) へと
 夫の足跡を 夫のぬくもりを 求め探しまわった
 彼女のもとには 戦死を報せる紙一枚
 亀甲墓に納められた骨壺には 彼女が拾った小さな石

 戦後七〇年を前にして 彼女は認知症を患った
 愛する夫のことを 若い夫婦の幸せを奪った あの戦争を
 すべての記憶が 漆黒の闇へと消えゆくのを前にして 彼女は歌う
 愛する夫と戦争の記憶を呼び止めるかのように
 あなたが笑ってお戻りになられることをお待ちしていますと
 軍人節の歌に込め 何十回 何百回と
 次第に途切れ途切れになる 彼女の歌声
 無慈悲にも自然の摂理は 彼女の記憶を風の中へと消してゆく
 七〇年の時を経て 彼女の哀しみが 刻まれた頬を涙がつたう
 蒼天に飛び立つ鳩を 平和の象徴というのなら
 彼女が戦争の惨めさと 戦争の風化の現状を 私へ物語る

 みるく世がやゆら
 彼女の夫の名が 二十四万もの犠牲者の名が
 刻まれた礎に 私は問う
 みるく世がやゆら
 頭上を飛び交う戦闘機 クワディーサーの葉のたゆたい
 六月二十三日の世界に 私は問う
 みるく世がやゆら
 戦争の恐ろしさを知らぬ私に 私は問う
 気が重い 一層 戦争のことは風に流してしまいたい
 しかし忘れてはならぬ 彼女の記憶を 戦争の惨めさを
 伝えねばならぬ 彼女の哀しさを 平和の尊さを

 みるく世がやゆら
 せみよ 大きく鳴け 思うがままに
 クワディーサーよ 大きく育て 燦燦(さんさん)と注ぐ光を浴びて
 古のあの琉歌 (うた) よ 時を超え今 世界中を駆け巡れ
 今が平和で これからも平和であり続けるために
 みるく世がやゆら
 潮風に吹かれ 私は彼女の記憶を心に留める
 みるく世の素晴らしさを 未来へと繋ぐ


 平和の礎に名前が刻まれてはいても、実際にはどこで亡くなった分らない人がたくさんいます。ですから遺骨が返されません。残された者にとっては本当に亡くなったのか、今にデモ帰って来るのではないかと思い続ける70年です。祖父の姉さんは何十回、何百回と軍人節を歌いました。

 追悼式をテレビニュースでみて、詩の全文を新聞で読んだ後、CD 『彩なす島の伝記 沖縄島唄』 で嘉手苅林唱が唄っているのを聞きました。大正時代に作られた、作詞・作曲は、「芭蕉布」 などを作曲した普久原恒勇の父親の普久原朝喜です。

   軍人節

 夫 無蔵 (んぞ) と縁結 (いんむし) で        〈無蔵 夫が妻を呼ぶ愛称〉
   別りらねなゆみ 〈別れなければならない〉 国の為や
   思切 (うみち) りよ 〈諦めよ〉 思 (うみ) 〈愛する〉 無蔵よ

 妻 里や 〈あなたは〉 軍人ぬ 何んで泣ち見せが
   笑て戻 (むど) みせび 〈お戻りください〉 御願 (うにげ) さびら 〈お願いします〉
   国ぬ為 しちいもり (防人)

 夫 軍人ぬ勤み 我ね嬉 (うり) さあしが
   銭金ぬ故に 哀りみ 〈苦労〉 しぇる
   母親や 如何 (いちやが) すら 〈どうしたらいいか〉

 妻 たとえ困難に 繋がれて居てん
   御心配みそな 〈心配しないでください〉 親加那 (かなし) ことや
   思い切りそり 〈諦めて下さい〉 思里前 (うみさとめえ)      〈里前 妻から夫を呼ぶ愛称〉

 天ぬん知りみそち 〈知ってください〉 月ん知りみそち
 里が行く先や 照らしたぼり 〈照らしてください〉
 涙ゆい他に 云言葉や無 (ね) さみ 〈ないのだ〉
 さらば 〈そうであるならば〉 明日の日に 別りとみば 〈別れと思えば〉

 《注》として、「沖縄の壮丁たちは、熊本六師団で3年間の兵役に服した。那覇港から出征してゆく夫と見送る妻と別離の歌」 とあります。
 夫の帰りを待つ祖父の姉さんにはまだ戦後が訪れていません。
 そして高校生に 「みるく世 (ゆ) がやゆら」 と問わせる社会は平和ではありません。

 『彩なす島の伝記 沖縄島唄』 の冒頭の唄は 「時代の流れ」 でした。

   唐ぬ世 (ゆ) から 大和ぬ世 (ゆ)      〈唐の世から 大和の世〉 
    大和ぬ世 (ゆ) から アメリカ世 (ゆ)   〈日本の治世から アメリカ施政権〉
    ひるまさ変たる 此 (く) ぬウチナー    〈変わってしまった この沖縄〉

 今の世は大和ぬ世 (ゆ) なのでしょうか、アメリカ世 (ゆ)なのでしょうか。
 少なくとも沖縄の人たちのウチナーではありません。早急に取り戻さなければなりません。


 辺野古基地建設が強行されています。戦争法案の審議が続いています。

 25年前、沖縄本島中部に位置する恩納村に米軍が都市型戦闘訓練施設を建設しようとした時、喜瀬武原区民と安富祖区民は反対運動を展開しました。反対する住民の思いが団結小屋のむしろに墨で大書きして吊るしてありました。これまでも何度か紹介したがまたします。


   山は心のささえ
   山死なば 村も死す
   山死なば 我が身諸共
   我が身死すとも 山守れ
   我心の富士 恩納岳
   山青き 水清き
   心のふるさと 恩納岳
   見殺すな 恩納岳
   戦世の思い 忘れるな
   山死して 国栄え
   山死して 村滅ぶ
   許すまじ 国の横暴

 「山」 を 「海」 に代えたら辺野古の状況そのものです。

 もうひとつ。
 1954年、基地建設のための農地収奪に抵抗する沖縄・伊江島の農民は、同じく基地建設反対闘争を闘っている小録村(現在の那覇市小録 現在は商店街)の農民と交流しました。その時、小録の農民が琉歌を詠って伊江島で闘っている農民たちに贈りました。(阿波根昌鴻著『米軍と農民 -沖縄県伊江島-』 岩波新書)

    平和のためというのなら 平和のためになおさらに
     土地は放すな 村人よ

  「命 (ぬち) ど宝」 です。
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相談者にとっては解決の前に持続している苦痛、不安がある
2015/06/23(Tue)
 6月23日 (火)

 自治体で労働行政に携わっている方がたの研究会で、厚労省が 「職場のパワーハラスメントの予防・解決に向けた提言」 を発表してから3年経過た状況について報告、討論をする機会がありました。
 「提案」 の捉え返しをしてみるのにいい機会となりました。

 「提言」 の内容をもう一度確認します。
 最初に、会社による予防・防止に取り組みの重要性が記載されています。これは実行にあたっては使用者の役割が大きいということと、働きやすい職場環境作りの責務があるということです。
 その後に 「職場のパワーハラスメントの概念」 が続きます。
 概念 (定義) は 「職場のパワーハラスメントとは、同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為をいう。」です。

 厚労省から出された職場のいじめに関する初めての資料です。(東京都ではかなり前から定義を含めてありました) しかし提言自体に曖昧さと不充分性、欠けている問題があります。
 まず、差別問題が欠落しています。
 憲法、労基法にすでに差別禁止項目が謳われているからあえて触れなくてもいいという意見もありますが、ではその実効性は果たしてどうでしょうか。雇用差別 (女性労働者、非正規労働者、派遣労働者、関連会社等との関係)、国籍差別はどうでしょうか。かつて、「憲法は会社の門の前で立ち止まる」 と言われましたが、今も会社の中では治外法権がはびこっています。
「差別感情とはある集団に対してレッテルを貼りつけ、その集団に属する個人をまずもってそのレッテルで判断してしまうことであるが、個人がレッテルを貼るのではない。『レッテルを貼られるべき人』 は社会的にあらかじめ承認されており、彼らに個人があらためてレッテルを貼ることによって、彼らに対する差別を顕在化ないし意識化するのだ。
 しかも、ある者を被差別者として理解することは、その者を 『不快な者』 として理解することである。」 (中島義道著 『差別感情の哲学』 講談社学術文庫)
 非正規労働者の実態と、正規労働者の非正規労働者への対応はまさにこのような状況の悪循環になっていないでしょうか。悪循環を断ち切る対策が必要となっています。
 「差別問題は別の法律で」 とも言われましたが、人権保護法案は議論が進んでいません。そのようななかで差別問題は中吊りになっています。

 「提言」 の適用範囲は 「同じ職場で働く者に対して」 です。
 親会社から子会社等への差別や強制、サービス業労働者への顧客からの暴言・暴行、行政窓口担当者への住民からの罵声・脅迫などは該当しません。
 子会社の労働者にとっては、親会社の強制のため長時間労働が発生し、健康や生活権が保障されない状況が生まれます。
 顧客や住民からの暴言、罵声などについては、社会的風土として 「お客様葉神様です」 の意識で我慢を強いられ、放置されています。
 このような行為をEU等では 「職場の暴力」、韓国では 「感情労働」 と捉えて対策が進められています。
 韓国では、例えば、顧客からの心的負荷に対して化粧品会社の労働組合は 「感情手当」、さらに 「感情休暇」 を要求して実現させました。そして体調不良に陥った労働者に対しては労災として取り扱えと要求しています。テレホンワークでは、一方的に電話を切る権利、謝らない権利を付与することを要求しました。光州のデパートの前では利用客が 「乱暴な言葉遣いをしない。お金を投げて渡さない」 などを訴えたビラを撒きました。(15年1月27日の 「活動報告」 参照)

 「提言」 は、全体として労働者1人ひとりの「労働者の権利や尊厳」、人権・人格の尊重が欠落しています。いじめの問題の基本的な捉え方として 「人権」 がありません。そこから出発していないからです。

 これは、フランスのモラルハラスメントと比較してみるとはっきりします。
 モラルハラスメントは 「雇われている労働者の権利や尊厳が侵されるような労働条件の切り下げを目的にした、またはその効果を狙って繰り返される行為。労働者の身体的、精神的または職業上の将来の名誉を傷つけることを目的にして繰り返される行為」 と定義づけられています。
 「提言」 は 「労働者の権利や尊厳が侵されるような労働条件の切り下げ」 がありません。

 1998年にフランスの精神科医マリー=フランス・イリゴイエンヌさんが 『モラルハラスメントが人も会社もダメにする』 (紀伊国屋書店) を発表し、日本語版も出版されました。その中で初めて 『モラルハラスメント』 の言葉を使用して問題を指摘しました。
 それまで、労働者は職場でさまざまないじめや嫌がらせのような現象・雰囲気に遭遇しても言葉で表現したり、主張することができませんでした。しかし初めて自分たちの周囲で起きている現象・雰囲気について捉えなおし、議論することができるようになります。
 法律などで禁止が謳われていないさまざまな働きづらさが発生していました。それを 「労働者の権利や尊厳が侵されるような労働条件の切り下げ」 と指摘して禁止・排除に向かわせたのです。

 世界的に、社会変化のなかで経営者も管理不能になっています。これまでの規則や法律、秩序、価値観は対応できない、漏れるものが出てきています。仕事の仕方・させられ方、働き方・働かされ方が変化しています。日本も同じです。
 しかし日本では、「提言」 が出された後も 「職場でさまざまないじめや嫌がらせのような現象・雰囲気に遭遇しても言葉で表現したり、主張することができませんでした」 のような現象は 「違法でない」 の主張になります。
 「加害者」 は問題が発生して指摘されると判断基準として 「提言」 を持ち出します。対応は概念の解釈に終始し、該当する・しないの境界線で攻防戦が続けられます。業務の適正な範囲の指導か、逸脱したパワハラかなどなど。
 しかし 「違法でない」 ものは 「合法」 なのでしょうか。問題発生の前提として 「加害者」 「被害者」 双方に信頼関係が失われています。上からの、力をもつ側の管理、統制、強制になっている結果があります。
 パワハラか否かにかかわらず、指摘があった、何か相談が寄せられたということは問題がすでに発生している、困っている人がいる、苦痛を感じている人がいる、そのような状況があるということです。その段階できちんと対応すると紛争の拡大を防止できます。職場環境の問題として捉えと職場改善ができます。
 その解決策に至らないのは、やはり根底に人権・人格権の尊重が不在だからです。

 どのような新たな職場秩序を作るのかが課題となっています。法律家や精神科医などの専門家に任せればいいという問題ではありません。そもそもこのような専門家は職場秩序作りに関しては素人です。しかし経営者は専門家に依存します。責任放棄です。

 経営者側の研修会でのパワハラかどうかについては 「愛」 があるかどうかで判断するのだそうです。しかし信頼関係が失われた関係性の中で 「愛」 を感じることができない労働者もいます。そのような状況では 「被害者」 と言われる側が 「加害者」 でもあったり、加害・被害の関係が双方にあったりもします。
 業務指示がどのような関係性の中でどう受け止められているのかを捉え返す必要があります。


 「提言」 は、これまで捉えられていたパワハラの範囲を拡大させました。
 社是でいじめ禁止を謳ったり、取り組んでいる会社もあります。リスク管理の視点からそうしている経営者もいます。
 ヨーロッパでは、いじめの問題やメンタルヘルスの問題の増加に対して使用者は休業者に賃金を支払いたくない、政府は福祉予算を使いたくないというリスク管理の発想から取り組んだら、結果として業績が向上しました。その経験を活かして労使ともにポジティブに取り組むようになりました。
 労働者は、快適な労働環境、心身健康な状態で働いている時に一番成果を上げます。会社も政府も出費がかさまないですみます。
 しかしまったく取り組まない経営者もいます。
 労働条件(労働時間)、労働環境の格差が拡大しています。
 怒鳴られた後は、短時間は成果が上がるかもしれないけど持続しません。適切な業務指示がなかったり、孤立させられたら無駄な時間を過ごすことになります。労働時間と成果は正比例しません。

 「提言」 が出されてからの電話相談で 「私が受けている行為はパワハラでしょうか」 という問い合わせが多くなりました。連続して被害にあっていても自分で判断できません。原因の1つに周囲の 「見て見ぬふり」 があります。会社からも同僚からも孤立させられています。
 自分が遂行している業務についての成果や到達点の確認は、他者による評価、共有によって可能となります。他者との関係性が必要です。
 しかしそれが出来ない関係になっています。お互いの関係が断ち切られています。
 コミュニケーション不足ではなくコミュニケーション不成立の中ではトラブルの発生は必然です。いじめの連鎖、職場の暴力の連鎖が起きています。
 だから、自分が苦痛を受けている状況が発生していてもパワハラかどうかの電話相談になっていきます。

 人権がないということは、職場に労働安全衛生の視点が労使共にないということにもつながります。
 安全衛生に必要なのは “ゆとり”、健康、生活維持、睡眠です。
 「業務の適正な範囲」 は限界寸前のことではありません。「業務の適正な範囲を超えない」 ギリギリの 「指導」 や業務命令そのものがすでに労働者に過度のストレスを発生させ、問題が発生する寸前の状態を作り出しています。
 「業務の適正な範囲」 の境界線は不明で、労働者の許容力はそれぞれ違います。必要なのは境界線の手前の “ゆとり” の存在です。


 「提言」 は、「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」 から出された 「職場のパワーハラスメントの予防・解決に向けた提言」 です。「いじめ・嫌がらせ」 が 「パワハラ」 になってしまいました。
 本来2つは違う意味合いがあります。
 「パワハラにあった」 と 「被害者」 が訴えやすくなったということは事実です。しかし言葉が1人歩きしていて意味不明の相談も増えました。表面的現象しか捉えていない場合もあります。


 相談を受ける側の心構えです。
 いじめに遭遇している労働者は、何を期待して相談に来るでしょうか。「いじめをすぐに止めてもらいたい」 「そこから解放されたい」 です。
 メンタルヘルスケアが必要な労働者にとっては 「1日でも早く悪夢から解放されたい」 「元のような気分がいい状態になるべく早く戻りたい」 です。
 解決の前に苦痛、不安etcが継続してあります。結果だけでない心配りが必要です。労働相談はその要望に応える者でなければなりません。
 「賠償金を払わせたい」 「裁判に勝ちたい」 はこじれた後の要求です。
 ですから相談を受ける側が意識しておかなければならないことは、解決手段として団交、斡旋、裁判、労働委員会等いずれの手段をとっても、不安やストレスをかかえ続け、精神的体調不良者にとってはその期間は体調が回復することはないということです。
 裁判、労働委員会は長期化し、フラッシュバックを繰り返えさせられます。期日のサイクルと体調のサイクルは合いません。その結果悪化して回復が遅くなります。団交、斡旋は早期の解決のための有効な手段です。そして満足度が高いです。自殺防止対策にも繋がっていきます。
 法律ではくくれない問題が多くなっています。法律に拘泥するとかえって遺恨・不満が残り、復職も難しくなります。判決は解決ではなく手続きの終了です。判例は斡旋・和解の失敗例です。
 労使関係は法律ではありません。人間関係が一番の労働条件です。職場環境は労働条件です。

 そのためには13年7月30日の 「活動報告」 で紹介したカナダの 「ノバスコシア州公務員・一般従業員労組 (NSGEU) の取り組み」 (約3万人の公共部門の労働者ほぼ全員を組織している州最大の労働組合) の 「いじめのない職場の構築に向けたプログラム」 における 「修復的正義」 (Restorative Justice) と概念化した当事者間で、行為者を制裁する、させることではなく仲直りさせることの手法は対応を進める中で参考になります。
 また14年9月2日の 「活動報告」 で紹介した、オーストラリアで14年の1月から開始された公正労働委員会 (fair work commission 日本の労働委員会に近い) による 「いじめが起き、継続している場合には、いじめの継続を中止させるのに適切と考えられるあらゆる命令を出すことができる」 という権限をもっていじめに関する紛争を取り扱う制度も方法参考になります。
 オーストラリアでこの制度を取り入れたのは、いじめ問題の対策を進めるためにアンケートを取ったら、当事者からは金銭賠償や加害者の懲罰ではなく、「We just want it to stop」 まずはそれをストップして欲しいという要望が一番多かったからだといいます。
 日本ではアンケート調査をしても責任が追いかぶさってくる、実行に移さなければならないような調査項目は採用しません。その結果データは出来上がりますが解決には至りません。実際は取り組みの放棄です。


 職場のいじめは、原因があって、経緯・経過があって現象・事態として可視化します。「状況の流れ」 です。
 いじめの対象者は自然に決められていきます。「方向性の流れ」、「レッテルを貼られるべき人」 です。流れの先は排除で、職場秩序の “落ち着き度” です。その周囲には声を上げられない労働者がいます。
 可視化した現象だけに対処しても解決しません。「流れ」 をどこでくい止めるかです。構造的に起きています。個人的問題ではありません。

 かつて、いじめは個人的なものと捉えられていました。労働者はいじめにあっても我慢をしていました。自己責任です。社風や職場の雰囲気のようなものもありました。
 しかし間接的退職勧奨、退職強要などを経て組織的なものと捉えられるようになりました。いじめの定義に 「精神的苦痛」 が含まれるようになりました。
 その一方で、職場には励ます仲間がいました。
 現在は、パワハラの概念が変わり拡大しています。声をあげやすくなっています。
 一方、孤立化が進み、周囲は “見て見ぬふり” をしています。いじめが職場で構造的に起きていて、間接的退職勧奨などのように気付きにくい状況があります。複雑な構造の中で突破しにくい、声を挙げにくくなっています。格差が固定しています。
 使用者や管理職がリスク管理マネージメントに欠けていたり経験不足だったりします。その中で声をあげざるをえなくなっている状況があります。
 将来 (近い将来を期待して) は、予防・防止の取り組みが就業規則に盛り込まれることを期待します。人権尊重とはお互いの存在を認め合うことです。人間関係、仲間意識を作り上げる取り組みを一緒に進めることです。
 人権問題の取り組みが差別、必然的に 「職場の暴力」、「感情労働」 への取り組みと繋がっていきます。


 相談者が相談するということは一歩踏み出したことです。
「相談を受ける側は、まずその意思を理解し、ポジティブな姿勢を評価します。相談者の辿りつくまでの心労は 『人生において最大の出来事に遭遇』 し、いま 『危険に晒されている』 のです。」(『メンタルヘルスの労働相談』 緑風出版)
 相談活動は、相談者に「紛争の整理と解決の方向性を一緒に探しだす」こと、「自分で解決する気構えを持って自立させる」 ようにすること、「自信を回復させる」 ことです。
「紛争の本当の解決とはどういうことを言うのでしょうか。
 相談者の 『成長』 を確認し合うことです。そして自立した生活を取り戻すこと、または再スタートに立つことです。つまりは職業生活を培っていける自信をつけるようにすること、自分らしい納得した生活を送ることです。
 トラブルが雇用継続や合意退職の解決に至っても、相談者が貴重な体験をその後の教訓として活かすことがその後のトラブルを防止し、長期的に見た場合の問題解決となります。これが本物のセーフティーネットです。」 (『メンタルヘルスの労働相談』)
 解決とは、労使双方、「加害者」 も 「被害者」 も成長すること、「会社も変わる、労働者も変わる」 です。
 いじめ問題の最終的解決は人権の回復を伴うものでなければならなりません。
 働き続けるためには、“なかま” の存在、人間関係が一番必要な労働条件です。


 生涯、水俣病患者と家族の側に立ち、寄り添って行動してきた元熊本大学助教授の原田正純さんの著作から引用します。(2012年10月10日の 「活動報告」 参照) 他人の悪口は言わない方でしたが御用学者からは嫌われました。
「定説とは、それまでに得た研究成果から導く仮説でしかない。しかし仮説がいったん定説となって権威を持つと、ときには新事実を切り捨てる道具に使われる。水俣病はその失敗を繰り返してきた。この戒めが、医者としての私の根底に今もある。」
 定説と 「提言」 は性格が違いますが、「提言」 も現場の声を聞き、新事実を切り捨てないで改善されていく必要があります。
 患者が求めていたのは 「救済」 ではありません。「償い」 です。しかし国は恥じらいを知らないから常に高所から対応してきます。
 新たな患者が見つかると認定申請の診断書を書くことになります。すると足元の大学内の風当たりが強くなりました。
「『中立的な立場じゃないと学問じゃない』 『患者の側に立ちすぎる』 という忠告もあったが、むしろ誇らしかった。加害側と被害側に大きな力の差があるとき、弱い側に立つのが 『中立』 と思っている。」
 水俣病は治療がむずかしい病気です。しかし患者は原田さんが訪れると喜びの表情に輝いたといいます。症状が回復に向かわなくても、患者の側に立って取り組んでくれる人が来たということで精神的に元気を取り戻しました。患者を癒す、これが医者の使命です。
 「人は人で悩み、人は人で癒される」 です。労働相談の一番の基本です。

   「活動報告」 2015.1.27
   「活動報告」 2014.9.2
   「活動報告」 2013.7.30
   「活動報告」 2012.10.10
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三池に朝鮮人慰霊碑が建てられたのは戦後50年、閉山2年前
2015/06/17(Wed)
 6月17日 (水)

 「明治日本の産業革命遺産」 の世界遺産への登録をめぐって、韓国政府などから強制連行が行われた施設が含まれていると意見が出されています。(5月12日の 「活動報告」 参照)
 日本政府の戦後補償の曖昧さがまた問題にされています。

 「明治日本の産業革命遺産」 の中の炭坑に関連する施設における 「強制連行」 について、具体的に三井三池炭鉱を中心に検討してみます。
 日本と朝鮮半島との交流はかなり前からあり、お互いの移住も行われています。
 しかし明治維新以降、日本が朝鮮半島への侵略を開始すると、朝鮮半島からの半強制的移住者が増え始めます。
 金賛汀著 『火の慟哭 在日朝鮮人坑夫の生活史』 (田畑書店) から見てみます。
 福岡市田川史のお寺の過去帳から、朝鮮半島から移住してきた労働者について、1898年に三井田川鉱で死亡した2名、1909年に貝島炭鉱で死亡した数名の名前が発見されました。日清韓戦争で日本の侵略が増していった後です。

 日本は1910年の日韓併合以前から、朝鮮半島各地で農民から土地を収奪していきますが、併合と同時に開始した 「土地調査事業」 は農民からの土地収奪と、それに協力した朝鮮人地主の保護をおこない、それによって日本は朝鮮における地税賦課の基礎を確立し、朝鮮支配の財政体系を作りあげました。「土地調査事業」 は1918年に終了しますが、全体の3%にしかならない日本人と朝鮮人地主が、耕作地の約半分を支配する土地所有関係を成立させます。
 このような朝鮮農村と農民の窮乏が、日本の石炭産業が要求する安価な労働力を送り出す基盤となります。

 日本国内に流入する農民について記している大阪市社会部調査課の 『なぜ朝鮮人は渡来するのか』 (1930年8月) からの抜粋です。
「而かも一方、彼等の大多数は例外なく現在よりもはるかに有利な職業を求めて内地への移住を希望しているが、その殆んど大部分は居所を移転する資力さへないため、過剰の状態に於いて土着せざるを得ない羽目に陥って居るし、他方、労働力を需むる雇用側に於いては、なんら能動的競争を要せずして容易に低廉に多量の労働力を購求することが出来るから、けっきょく彼らのある者は1日僅かに20銭内外の賃金で9時間乃至9時間半の労働に従事せねばならぬこととなるわけで、その生活の悲惨なることは、けだし思ひ半ばにすぎるものがある」

 第一次大戦がはじまった1914年から19年にかけて、日本の石炭産業は飛躍的な発展を遂げます。炭鉱労働者の数は29万4000人から46万5000人に急増します。労働力不足は石炭産業だけでなく他産業でも同様です。労働者の供給源は、主として農村の過剰人口でしたが、やがてそれも払底します。
「こうした全般的な労働力不足は、労働条件・労働環境が悪い石炭産業では、坑夫の確保を困難にした。日本国内での労働力確保困難になった石炭産業は、植民地朝鮮に目をつけ、この時期、朝鮮での大量募集が始まっている。
 また、北海道の石炭資本、とくに北海道炭鉱汽船は、大量の朝鮮人坑夫を募集、雇用した。
 1910年代の朝鮮人坑夫の統計は存在しないが、内務省警保局の調査によれば、1917年12月末、北海道在住の朝鮮人労働者は、前年に比し1611人多い1706人である。福岡県のそれも、前年に比し492人多い1386人となっている。これら朝鮮人労働者の多くが炭坑夫だったと思われる。」
「大正の初期から昭和にかけて、朝鮮人坑夫が大量に使用されたのは、日本の石炭産業発展の過程でそれなりの理由があった。
明治後期から大正初期にかけてが筑豊や三池、長崎・佐賀の炭鉱地帯・あるいは宇部や常磐などでの鉱業資本の発展期であったとすれば、大正から昭和初期にかけては、石狩炭田を中心とした北海道石炭産業の発展時代であった。北海道の石狩・釧路においても、三井・三菱・住友など、大資本の鉱山が確立されていった。」


 38年4月、日本国内の物資と労働力を総動員するため 「国家総動員法」 が公布されます。6月、企画院はこれに基づいて労務動員計画を立て、その実施のため39年4月に国民徴用令を発令します。企画院の計画には朝鮮からの労働者の連行が組み込まれ、朝鮮人労働力の重要産業である石炭・金属鉱山への投入が決定されます。
 7月、内務省と厚生省は「朝鮮人労務者内地移住に関する件」を発令、朝鮮各地から朝鮮人労働者8万5千人の 「募集」 を許可します。10月の北炭夕張を皮切りに集団連行が行われます。

 太平洋戦争に拡大すると日本国内での労働力事情はさらに逼迫します。
 企画院は42年度の労務動員計画で朝鮮人労働者の 「供出」 を13万人と計画しますが 「募集方式」 では困難です。42年2月、政府は閣議で 「半島人労務者活用に関する方策」 を決定し、それを受けて朝鮮総督府は 「鮮人内地移入斡旋要綱」 を制定、これまでよりも組織的・強制的な 「官斡旋方式」 にしました。
 労働力不足をさらに厳しくなると、1944年9月、朝鮮に 「徴用令」 を適用します。青紙1枚で朝鮮人を日本国内をはじめ日本の占領し配置へ強制連行することになり、その結果、発令からわずか1年間に40万人以上の朝鮮人が過酷な奴隷労働に従事させられました。
 「強制連行」 の総数については、『第86帝国議会説明資料』 や厚生省労務局の資料、『特高月報』 などがありますが、それぞれ大きな食い違いがあります。
 『朝鮮経済統計要覧』 の統計では、39年からの石炭産業に連行された朝鮮人坑夫は49万人に達するといわれています。

 三井三池においては41年2月、万田坑に朝鮮人労働者の強制連行が初めて行われました。その後43年9月には、宮浦坑に1666人が連行されます。43年に新港朝鮮人収容所と宮山朝鮮人収容所、44年に四ツ山朝鮮人収容所と馬渡朝鮮人収容所、45年に西浜田朝鮮人収容所が開設された。馬渡社宅には140人が収容されていました。
 1990年過ぎ、大牟田だけで1万2千人分の名前が記載された名簿が公開された。

 三井鉱山における強制連行については新藤東洋男著のパンフレット『太平洋戦争下における三井鉱山と中国・朝鮮人労働者 -その強制連行と奴隷労働-』(人権民族問題研究会)があります。その中から炭鉱について具体的に見てみます。
 45年8月現在の 「外国人労働者」 の数は
  事業所   朝鮮人    中国人    俘虜     労働者総数 (7月)
  三 池   2297人   2348人   1409人   23790人
  田 川   2195      623     398     16492
  山 野   1850      581     573      7393
  砂 川   2137      385              7407
  芦 別   2055      440     611      5642
  美 唄   1418      434     430      4948
  新美唄    386                        685
  計     12338    4811    3421      66357
です。かなりの割合を占めます。
 当時、三池鉱山は四ツ山、万田、三川、宮浦の4坑山からなっていました。

 福岡県特別高等課調査に基づく昭和19年 (44年) 1月末現在の 「労務動員計画に依る移入半島人労務者に関する調査表」 (県庁文書)に は、連行朝鮮人の数について、三井三池炭鉱 移入者数2376、逃走者数743、死亡15、電気化学工業大牟田工場 移入者数572、逃走者数234、死亡1と記載されています。

 厚生省勤労局報告書のなかに、三井三池万田坑分の連行者名簿が残されています。官斡旋、徴用分をみると42年306人、43年605人、44年659人、45年113人が連行されていました。
 死亡者については、三井三池鉱山が戦後作成し、朝鮮人団体に提出したものが残されています。74年の朝鮮人強制連行真相調査団の調査では、円福寺に三井三池関連の51体分の位牌が残されていました。


 荒尾市の正法寺には72年4月に 「中国人殉難者慰霊之碑」、同年10月に朝鮮半島出身の犠牲者を弔い南北統一を願う 「不二之塔」 が建立されました。同寺の住職らが托鉢で集めた浄財を基にして建てられまし。その後毎年慰霊祭が行われています。

 三池に強制連行されて亡くなった朝鮮半島出身者を慰霊する碑が1995年に大牟田市の甘木公園に建てられました。毎年、4月の第一日曜日に 「徴用犠牲者慰霊祭」 が行われます。
 徴用犠牲者慰霊碑碑文です。
「愛しき父母、妻子、兄弟と離別を余儀なくされ、この遠い異国の地にて、あらゆる難をへられた英霊達よ。夢寂にも偲んだ故 国山河を遠くし、ここに眠る大韓人孤魂の無情の念、いつはれるやら。第二次世界大戦時、この地に徴用され、過酷な労働の果てに、不帰の人となられ、はや五十星霜。歳月はすぎしとも、死してなおその不運の身上をどうして忘れることができよう。過ぎし日の不幸が再び訪れることの無きよう・・・・。かなしき英霊達よ、安らかに眠り給え 合掌」

 建立に奮闘したのが民団大牟田支部支団長だった禹判根さんです。建立を決意してから関係企業などを説得して実現させるまで15年を要したといいます。ということは決意したのは1980年です。それまで地元では触れないで済ませる、「忘れられていた」ことです。

 隣りに 「馬渡社宅壁書記念碑」 が建っています。
 「遙か異国の地にあって、引き裂かれた恋人や妻に思いを馳せ、自らの不遇を嘆き、懐かしき故国を偲ぶ、切々たる心情が記されている」 と説明されています。
 「馬渡社宅壁書」 とは、三井鉱山馬渡 (まわたし) 社宅51棟の5軒長屋に残っていた押入れの壁書です。漢詩や出身地と思われる 「朝鮮京畿道長湍郡」 などの文字などが書かれています。
 現在、その社宅跡地にも碑が建っています。
「第二次世界大戦中、大牟田の三池炭鉱に朝鮮から数千名の朝鮮人が強制連行され過酷な労働を強いられた。そのうち約200余名の朝鮮人が 『馬渡社宅』 に収容されていた。『馬渡社宅51棟』 の押入れに彼らの望郷の念が込められた壁書が1989年に訪れた強制連行の歴史を学ぶグループにより発見された。
 戦時中とはいえ朝鮮人に多大な犠牲をもたらし、さらに犠牲者の痛みを思うとき、ふたたびこのような行為をくり返してはならない。そこで、この地に『壁書』を復元することによって戦争の悲惨、平和の尊さを次の世代に語り継ぐため、この記念碑を建立するものである。 1997年2月 大牟田市」


 さて、なぜ三池における強制連行の実態の掘り起しが遅れ、しかも不充分だったのでしょうか。
 三池闘争が終わった63年1月、三池鉱山株式会社はそれまでの労使双方の資料などを集めて 『資料 「三池闘争」』 (日本経営者団体連盟発行) を編纂しました。
 そのなかの 「第一篇 当社の労使関係と労働争議 第一章 第一節 1朝鮮人、華人労働者の騒動」 です。三池闘争の前史が語られています。
「20年8月の終戦直後、当社が当面した労働問題は、戦時中大量に雇入れていた朝鮮人、華人労働者の騒動であった。終戦当時当社が使用していた朝鮮人労働者数は、石炭関係7事業所計12.338名、金属関係4.811名、華人は石炭関係は新美唄をのぞく6事業所計4.811名、金属関係は日比製錬所99名であった。この他外人労働者としては俘虜 (石炭山関係3.421名、金属関係1.428名、三池港45名) もいたが、終戦直後各事業で諸物資の略奪、会社幹部、従業員への暴行、脅迫、器物破壊等の挙に出て、日本人従業員を恐怖におとしいれ、難を避けて休業、離山者を続出せしめたのは、朝鮮人と華人労働者とであった。その騒動がいかに激しいものであったかは、第九表の石炭山における終戦時の朝鮮人、華人の暴行による損害調査票によっても、その一端がうかがわれよう。……
 以上は特に華人の暴行、略奪の場合の例であるが比較的長期間作業に従事していた朝鮮人の場合、華人に比して暴行、略奪等の事例は少いが、各所に朝鮮人による暴行事件も発生していることは第九表からも推測できよう。……」

 「強制連行」 ではなく 「戦時中大量に雇入れていた労働者」 という言い方です。
 この言い方は、現在になぞらえると、企業は派遣労働者を必要としていて事業場内で働かせているが、派遣労働者は企業とは雇用契約はないのでなんらの責任はないという主張や使い捨てと同じです。
 「暴動」 があったのは事実です。しかし原因を追究することなくこの時点で被害者と加害者が逆転させています。
 第九表の 「石炭山における終戦時の朝鮮人、華人の暴行による損害」 は 「三井鉱山作成・石炭統制会より大蔵省へ提出」 とあります。
 2015年4月28日の 「活動報告」 に書きました。「『国家補償金』 については、戦時中に強制連行した朝鮮人や中国人を使役したことによよって生じた “損失” について、各企業は政府補償金を獲得していたのである。」なんと強制連行した労働者を使役した企業に、GHQから禁止されるまで補償金が支払われていたのです。
補償金が支払われるということでは課題に記載されたことが予想されます。


 『資料「三池闘争」』に書かれていることと同じような内容が、その前に、三池労組が結成10年を記念して編纂した 『みいけ十年』 の中の 「前史」 編に書かれています。
 しかし後の有名な学者たちが執筆陣に名を連ねている 『みいけ二十年』 では削除されています。まずいと気付いたようです。というよりも今度は強制連行、朝鮮人労働者、中国人労働者、俘虜などについては一文字も登場しません。そして1999年に発行された 『みいけ炭鉱労働組合史』 でも同様です。
 三池労組としての強制連行の歴史的事実の掘り起しはありませんでした。6000人の朝鮮人、中国人、俘虜とされた労働者を切り捨てています。
 これが地元における強制連行の歴史です。

 言葉の解釈や手続き論ではなく、実態として人間の心身を拘束して強制的に労働に従事させたという事実は確実にありました。
 「明治日本の産業革命遺産」 は 「負の遺産」 として、消し去るよりは残した方が後世への教訓になります。


 6月22日、日韓条約が締結されてから50年目をむかえます。


   「活動報告」 2015.5.12
   「活動報告」 2015.4.28
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個人情報が個人より企業が優先するようになる
2015/06/12(Fri)
 6月12日 (金)

 日本年金機構の年金情報125万件がサイバー攻撃を受けて流出したニュースが流れています。年金機構は支払業務には特段の影響はないと説明しています。世間の意識もケアレスミスの程度の問題としかとらえていません。自分の年金の支払いがちゃんとされるのかという心配だけです。
 来年1月から「マイナンバー制度」が開始されます。「住民票を有する全ての方に1人1つの番号を付して、社会保障、税、災害対策の分野で効率的に情報を管理し、複数の機関に存在する個人の情報が同一人の情報であることを確認するために活用されるものです。」 と説明されています。
 社会保障の具体的内容は ・年金資格取得の確認、給付 ・雇用保険の資格取得や確認、給付 ・ハローワークの事務、・医療保険の給付の請求、・福祉分野の給付、生活保護 など、です。
 簡単にいうと、労働者にとっては雇用保険の資格取得から雇用先と賃金が、医療保険の給付請求から健康状態がひとまとめとされて国から管理されるということです。
 そのような資料が、年金情報の流出のようなことになりかねません。年金情報の流出はその危険性に警鐘を鳴らしています。

 個人情報保護は、自分がしっかりとプライバシーを守っていれば大丈夫というレベルの問題ではありません。日本では個人情報が外部に漏らされることについて人格権が侵害されるというような捉え方は小さいです。個人情報が他者から管理される、情報がどう利用されることになるか、そして個人が国家に管理されるということに抵抗がありません。集団の中では仕方ないという諦めや、当たり前と捉える傾向があるようです。
 だから無防備と同時に他者のことも顧みず、いろいろなところに干渉したり、インターネットなどで他者の情報が流れていると書き込みをして “情報提供” をしています。
 すでに様々な情報は収集されて管理されているのです。
 そしてそのような個人情報を欲しがっている者がいます。労務管理担当者などです。だから売る側も登場します。個人情報の売買が1つのビジネスになっています。全国の被差別部落の名前・所在住所などが記されている 「部落地名総鑑事件」 は昔話ではありません。

 個人情報流用の例が一昨年発覚したJR東日本のJCカード 「Suica」 の乗降履歴の売買です。利用範囲や買い物内容は個人情報です。しかし利用客がまったく関与しないところで転用されていました。発覚しても市場調査の目的だったと説明されるとうやむやになってしまいました。
 

 今、個人情報保護法改正案の審議が行われています。
 簡単にいうと、企業が持つ個人データを使いやすくするのとプライバシー保護の在り方が見直されます。
 5月21日、個人情報保護法改正案が衆議院本会議で可決されました。
 個人情報保護法改正案は 「この法律は、個人情報の適正かつ効果的な活用が新たな産業の創出並びに活力ある経済社会及び豊かな国民生活の実現に資するものであることその他の個人情報の有用性に配慮しつつ、個人の権利利益を保護することを目的とするものとすること。」 です。
 太文字の部分が追加されました。つまりは、個人情報は産業の創出並びに活力ある経済社会及び豊かな国民生活の実現のために利用していいということです。個人情報保護とその他の関係においてその他が優先するということです。
 本当は産業の創出の前に軍隊への召集と入れたかったのでしょうが、さすが憲法9条はそれを認めません。しかし個人情報法保護法が隠された 「戦争法案」 になりかねません。

 企業などが本人の同意なしに変えられる個人情報の使い道の範囲が 「相当の関連性がある範囲」 から 「関連性がある範囲」 に変わりました。一度集めた個人情報は別の目的にも転用できる、拡大解釈される道をのこしました。
 具体的には来年1月に新設される第三者機関 「個人情報保護委員会」 で決定されます。

 「Suica」 の場合は、実際は個人の行動・生活を調査することも可能なのです。そのように、個人に社会を優先させて転用されることが合法化される危険性も出てきます。


 さて、昨年6月に成立した改正安衛法・ 「ストレスチェック制度」 は、「メンタルヘルス不調の未然防止」 の第一次予防を目的とすると国会の付帯決議がつきました。その後具体的な内容や運用方法を定めるための検討会が開催され、4月15日、省令の公布といっしょに「心理的な負担の程度を把握するための検査及び面接指導の実施並びに面接指導結果に基づき事業者が講ずべき措置に関する指針」 などが公表されました。今年12月1日のから施行されます。
 「指針」のなかで、 「ストレスチェック制度の基本的な考え方」 について 「事業場における事業者による労働者のメンタルヘルスケアは、取組の段階ごとに、労働者自身のストレスへの気付き及び対処の支援並びに職場環境の改善を通じて、メンタルヘルス不調となることを未然に防止する 『一次予防』」 と説明されています。
 「メンタルヘルス不調の未然防止」 が検討会を経る中でいつのまにか 「メンタルヘルス不調者の未然防止」 になりました。 しかしこれまで何度も繰り返してきましたが 「労働者自身のストレスへの気付き及び対処の支援」 は 「第一次予防」 ではありません。わかりやす言い方をすると、最近職場で労働安全衛生に携わる人たちからは、例えるなら 「第二次予防」 は 「人間ドック」、「第一次予防」 は 「職場ドック」 と解説していました。「社員の病は会社の病」 の捉え方です。 しかし今回厚労省は 「人間ドック」 を 「第一次予防」 と言いくるめて労働者へのストレスチェックを実施させます。「社員の病はあくまで社員の病」 なのです。
 職場環境改善のための活用は 「努力義務」 でしかないのです。厚労省は狡猾です。改正法から後退させています。省令や公布は法律に違反しています。 
 「第一次予防」が歪曲されて制度が導入された背景には、現在上程されている労働基準法改正法案・ 「高度プロフェッショナル制度」が関連しているように思われます。本来の「第一次予防」と 「高度プロフェッショナル制度」は両立しません。
 労基法改正案が成立したら労働者は無制限の労働時間を強制されます。体調不良者が続出するのは目に見えています。
 労働者が体調不良に陥っても、使用者が制度を実施しているが労働者が体調不良を訴えて面談を申しこまなかった場合、使用者は安全配慮義務を果たしていたと逃げ道を与え、労働者の自己責任になってしまいます。
 ストレスチェック制度は、使用者に職場改善を放免し、安全配慮義務を免責させます。


 ストレスチェックは毎年1回事業場に義務づけられます。そのデータは、実施者か事業場が保管します。
 法案成立に際して個人情報は保護されると繰り返して説明されてきましたが、改正個人情報保護法が成立した後はどうなるでしょうか。使用者は秘密理の決定を行って利用し、発覚したら後付の説明を行って合法だと居直ります。


 事業者が労働者の健康管理に留意するのは奨励されるべきことです。
 しかし、これまで本来の「第一次予防」・職場環境改善が放置されるなかで、体調不良者の労働者を排除したり、あぶり出して退職勧奨・強要が行われてきたという事例がたくさんあります。
 ストレスチェック制度はやるべき順序を逆にしました。そして個人情報保護法改正によって悪用される危険性があります。


   「活動報告」 2015.3.31
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