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1人を大切にする労働組合運動を
2014/10/31(Fri)
 10月31日 (金)

 10月25日と26日、鳥取県三朝温泉で 「全国安全センター第25回総会」 が開催されました。
 一日目は、「いじめ・パワハラにどう立ち向かうか」 というテーマで講演とシンポジウムがもたれました。
 講演は、労働政策研究・研修機構 (JILP) の内藤忍副主任研究員です。現状と対策について資料を示しながら報告と提案が行われました。
 職場のいじめ問題への取り組みについての企業の取り組み実施状況についてです。
 2012年12月発表の厚生労働省調査です。全体では 「実施している」 45.4%、「現在実施していないが取り組みを検討中」 21.1%、「特に実施を考えていない」 33.1%です。大企業ではすでに取り組んでいるところが多いです、99人以下の企業では18.2%しか取り組んでいません。
 労働組合の取り組みの実施状況については、資料はほとんどありません。JILPが2011年5月に大企業の29の労働組合に実施した調査結果では、「実施している組合」 31%、「実施していない組合」 66%、不明3%です。
 これらの結果からは、労使ともに、職場のいじめ問題を個別労働者の問題と捉え、職場環境の問題と捉えていない状況が浮かび上がってきます。
 では、労働組合の対応について組合員はどう捉えているでしょうか。2012年12月発表の厚生労働省調査のなかの 「労働組合があり、加入している」 1.981人からの回答結果です。「相談にのったり、解決に向けた支援をしてくれる」 49.8%、「してくれるかどうかわからない」 43.8%です。
 「実施している組合」 31%の状況下での49.8%はかなりの程度 「期待値」 です。過半数は、労働組合に期待していません。
 では実際にパワハラを受けた後、労働者はどのような対応をしているでしょうか。
 「何もしなかった」 46.7%です。続いて 「会社を退職した」 13.5%、「しばらく会社を休んだ」 5.4%、「人事等の社内の担当部署に相談した」 3.9%、「労働組合に相談した」 2.4%、「会社とは関係のない専門家に相談した」 2.3%です。「会社とは関係のない専門家に相談した」 は安全センターや個人加盟の労働組合が含まれると思われます。
 労働組合は、この結果を踏まえてどうするかが検討されなければなりません。

 続けて地元の労安センターとっとりの相談員、同じく弁護士、精神科医そしてIMCによるパネルディスカッションが行われました。それぞれの報告と問題提起を紹介します。
 労安センターとっとりの相談員の方の報告です。公務職場におけるパワハラの典型は、文書の決済における 「保留」 です。民間では痛めつけた挙句の 「明日から来なくていい」 です。職場の違いはあるが共通しているのは人材を育てる考えがないこと、抗議・抵抗を許さない環境を作り上げることです。また周囲の同僚は見て見ぬふりをする、無関心を装います。気軽に、権限のある相談窓口の充実が必要になっています。そのための施策を練っていかなければなりません。同僚が気にしないというのは労働組合のあり方が問われています。
 弁護士の方の問題提起です。最近は、業務のIT化や職場の人間関係の意識の変化により、職場のコミュニケーションが希薄化し、他人に無関心な職場環境が認められます。そのような中で、加害者は加害意識が低下しやすく、被害者は被害意識が過剰になりやすくなっています。さらに被害者がメンタルヘルス上の問題を抱える案件が急増しています。
相談機関で調停・斡旋で解決する場合でも解決の金額が低いです。パワハラは人権問題という視点での取り組みが必要です。
 精神科医の方の報告です。パワハラによる被害者はうつ病や不安障害を患うケースが多く、治療も再発率が高いです。トラウマが残ると生涯にわたり人生を困難にすることになったりします。一方、加害者サイドを見ると、偏見、差別、パワハラに至る行動の背景には加害の連鎖の問題があります。暴力が連載しています。職場でもそうで、自分自身もその行為に至ってしまうこともあります。解決方法やストレスマネージメントの方法を身に着けることが必要です。

 IMCから、「なぜ労働組合はいじめを含めた労働安全衛生に取り組まないのか」 について問題提起をしました。

 意見交換に移りました。
 労安センターとっとりの相談員の方です。一緒に働いている仲間を思いやる、おもんばかることが大切です。その中から団結を作り出していくことができます。これまで労働運動において安全衛生問題は地位が低かったが捉えなおしが必要です。
 今の職場は日常的に会話が成立する環境にありません。労働者はそれを異常とは思わずに見過ごしています。それではいい人材が育ちません。人材作りは企業の任務です。
 弁護士の方です。ハラスメントはコミュニケーション不足から発生します。相手の立場にたって考えることが必要です。発生するのは個人の問題ではありません。その土壌がある職場ではまた発生します。弁護士が職場を変えるのは無理です。労働組合はできる。しかし残念ながら……の状況です。そのような場合の相談は専門機関でなくてもいいです。話をすることで人間関係を作ることが大切です。
 パワハラは起きやすいということを前提に対応していかなければなりません。うつになった人への対応は自殺させないことです。裁判になったら弁護士としては勝ちたいです。しかし労働者個人は何年も働けなくなることもあります。
 精神科医の方です。産業医が不足しています。産業医になるにはそのための50時間の研修を受けなければなりません。しかしなっても仕事が増えるだけです。熱意でどこまでもたせるかの問題になっています。産業医が会社の実態を踏まえるのはなかなか難しいです。
 コミュニケーションは大切です。人間関係を改善するだけでも症状は良くなります。医学でも症状を数字で証明しなければならなくなっています。しかし対人療法も注目されています。認知行動療法も取り入れられつつあります。
 発達障がいと思われる人が増えています。この人たちは他の人のことを想像することができません。性格の一部ですが、100人中4~5人がグレーゾーンにいます。


 「なぜ労働組合はいじめを含めた労働安全衛生に取り組まないのか」 についてです。
 10月3日の 「活動報告」 で、終戦直後の電産型賃金制度に能力給が導入されたりしましたが、労働組合は人事制度等を含む労働条件について、本来、会社が行うべきことという認識を持っていたことを取りあげました。今もその意識が強く残っています。
 10月7日の 「活動報告」 で、QC運動においては安全・事故防止などもグループの役割が強調され、自己責任にされたことをとりあげました。職場の問題が労働組合ではなくQCサークルに持ち込まれたのです。

 これ以外の問題です。

 2013年、政労使会議が開催され、今年は政労会議が開催されています。いずれも連合は政府の土俵に載せられて弄ばれています。
 1964年に、総評は春闘統一ストライキ闘争を呼びかけて成功させる中、対政府トップ交渉を申し入れて太田・池田会談 (政労トップ会談) を実現させました。政府を引きずり出しました。
 しかし春闘が企業ごと、産別交渉、さらにトップ交渉も行われるなかで、企業、職場の要求は中央に吸収されて一括交渉となっていきます。賃金を中心とする交渉はその他の要求を排除していきます。そのような中で労働組合組織がトップダウンに組み替えられていきました。現場の支部・分会が機能しなくなっていきます。
 職場環境、労働条件を労働問題ととらえることができなくなっていきます。

 かつて三井三池には 「現場協議制」 がありました。
「三池労組は、戦後間もなくは炭労の他の労働組合が活発な活動を開始する中にあって、労使協調の活動を展開した。しかし職場に根を張る活動を続け、力をつけると炭労の他の労組を牽引する位置を占めた。
 三井鉱山では労使間の話し合いで、労組から委員を出して坑内の保安点検をする 『安全委員』 制度がつくられた。遠藤さんも委員になった。他の炭鉱の事故調査にも参加するが、事故の原因をうやむやにしたい会社側からは嫌がられたり買収まがいのこともあったという。保安問題で会社に譲歩しない遠藤さんは業務を止めることもあった。」
「1953年の 『英雄なき113日の闘い』 を経て50年代後半、三池労組は職場において保安の問題などを追及するなかから、職場単位で労組との交渉権を認める、いわゆる 『現場協議制』 を勝ち取った。
 炭鉱では、毎日坑内への入り口の繰込場で係員からその日の出勤者の確認、配役、その他の作業指示を受ける。坑内は自然条件がちがうため、配役場所の指定が労働条件を決定してしまう。特に出来高給の労働者にとっては収入が左右される。そこで三池労組は、自主的な配役として輪番制をとっていた。
 また、職場においてトラブルが発生した時は翌日繰込場で職制と交渉をし、時として入坑遅延となる。
 職場のルールを労使が現場で決めることを会社は容認し続けることはできなかった。
 三井以外の炭鉱経営者も三池労組の路線を見過ごすことはできなかった。会社は57年から労務政策を大きく変更、遠藤さんらの活動や三池労組の行為を 『業務阻害』 とし、遠藤さんを三池闘争の前年の59年見せしめとして解雇、そして翌年には労組には1492人の大量解雇攻撃をかけてきた。この解雇をめぐって11か月にわたって闘われたのが 『総労働対総資本』 といわれた 『三池闘争』 である。」
 闘争敗北後の63年11月、炭塵大爆発事故が発生します。

 三池の 『現場協議制』 を取り入れたのが国鉄労働組合です。
 国鉄は、1906年全国の鉄道を国有にする法律が制定されました。官業では最初の全員加盟の共済組合として帝国鉄道庁職員救済組合が発足した時から 「国鉄一家」 の意識がつくられていきます。
 国鉄は付属機関として中央鉄道学園などをもち、卒業して採用された職員は、 「洗脳」 されていて後に中間管理職となっていきました。出身者は労働組合の指導部にもなり、企業内労働組合運動の促進力となっていきました。
 66年頃発行された日本国有鉄道編 『われらの国鉄―新入職員の手引―』では、国労と当局の関係を労働法に基づく労働組合から説明し、団体交渉などについても丁寧にふれています。団体交渉については、中央交渉として本社と国労本部、地域交渉として支社と地方本部、地方交渉として鉄道管理局と地方本部が対応機関となっています。
 国労は66年11月、「現場における団交制度の確立」 を申し入れました。当局が反論して難航すると国労は地方調停委員会にあっせん、公労委は現場協議機関を設けるように勧告提案を行ないました。結局67年12月15日、「現場協議に関する協定」 が締結され、職場単位での交渉権を勝ち取りました。
 この労務管理・職場のルール、現場協議制を資本・当局は受け入れることができません。そのために様々なキャンペーンをはって組合潰しを狙いました。
 国鉄の分割民営化の提案の中で、82年8月、当局は協議改定案を提示し、交渉が決裂すると12月1日から無協約状態になりました。
 85年の国鉄の分割民営化は、当時の中曽根首相が後に公言したように国労を潰すことによって総評を潰すことを目的にしたものでした。国鉄の分割民営による国労潰しは現場協議制解体も狙ったものです。
 国労だけでなく団交権の 「はく奪」 の状況下で、労働組合の武器である団交権を再獲得したのがユニオン運動です。


 もう1つの問題は、人権意識の希薄さです。職場における個人の問題を異端と捉えてきました。
 「集団主義」 のお互いの違いを認めない関係性が作られ、慣らされてきました。戦時中の職場の5人組み制度、隣組による監視体制、戦後のQC運動における相互監視体制などです。「出る釘は打たれる」 状況があり、個性は排除されます。

「労働組合がたえずいだいていた自負は、自分たちこそが社会正義を体現していて、自分たちは社会の進歩を推進していく勢力だ、ということであった。……今日では、労働組合の軸に置かれていた思想自体が動揺にさらされているのである。だから新しい基軸になる思想をつくりださないかぎり、労働組合が社会変革の大きな勢力として再生されることはないだろう。そして、労働組合と同じような矛盾のなかに、私たちの労働の世界も置かれている。なぜなら、どのような思想で自分たちの労働を考えたらよいかは、現在の私たち自身の課題でもあるのだから。」 (内山節 『戦争という仕事』)
 労働組合は上位下達の指示系統と統制・規律の正確を色濃く持っています。それを 「団結」 と捉えてきました。
「従業員の間に存在した差異、あるいは格差と、それに由来する心情の差異へのまなざしを鈍らせる役割を果たしていたのが、あるいは以外に聞こえるかもしれないが、『労働者階級』 という概念の日本独特のあり方だったといえるであろう。」 (市原博 「『労働』 の社会と労働者像の変容」 『戦後日本社会の歴史』 収録 岩波書店)
 今、「労働者階級」 の言葉は同床異夢や問題をあいまいにして誤魔化す時、地に足がついていない運動を進める時に使用されています。「労働者階級」 の分析と検討が必要になっています。

 では労働組合の再生はどのように摸索することができるのでしょうか。
 ユニオン運動の 「1人でも加入できる労働組合」 は 「1人を大切にする労働組合」 です。
 1人ひとりの価値観が違うことを確認しながら、「私の叫び」 を 「私たちの叫び」 に、「私の主張」 を 「私たちの主張」 に、「私の要求」 を 「私たちの要求」 に意識を共有し、共通の課題を組織していくことに挑戦していいます。
 みんなが安心して長期に、安全に働ける職場環境とはどのような状況か。
 どんな労働をすることが労働者の豊かさや幸せにつながるのか。
 自分の仕事は社会に有用か。誰のための会社か。
 どうしたら労働者として仕事に自信とのプライドを持てるか。
 などについて共同活動のなかで議論を繰り返しながら自己の意識を変化させて高め、「確信」 「自信」 「飛躍」 を獲得していくことができます。
 共同で何かに挑戦していると自覚出来た時、「仲間がいる」 と言えます。「ガンバロー」 と一緒に叫べます。
 これらを推進する力を確信できる人間関係が構築できた時、「団結」 していると言えます。

    関連:「活動報告」 2014.10.7
    関連:「活動報告」 2013.10.3

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賃金制度変更に労働者・労働組合は声をあげよう
2014/10/28(Tue)
 10月28日 (火)

 9月26日の新聞各紙は日立製作所の国内管理職約1万1000人の賃金制度が10月から変更されることを報じています。グローバル市場で勝ち抜く個人と組織づくりを目的とするグローバル人財マネジメントの一環ということです。報道人には概略を説明しただけのようで詳細はわかりませんが、報道資料から方向性を探ってみます。

 これまでの制度は、職務遂行能力などに応じた資格と職位を基準とした年功的な要素が強いいわゆる職能資格給制度でした。資格ごとに賃金・賞与のレンジ (幅) を設定し、そのレンジの中で、成果評価に応じて金額を増減させる仕組みです。賃金の約7割が過去の実績をベースとする職能給、残る3割がポストに応じた職位給でした。

 新しい制度は、年功的な要素を廃止し、職務や職責の重さ、そして賞与は個人業績の目標達成度で決めます。国際的には、職務や職責の大きさを役割グレード給に一本化した 「日立グローバル・グレード」 制度を作成し、すでに課長級以上の5万ポストについてそれに応じた賃金制度を順次導入しています。それを日本でも適用するというものです。
 具体的には、管理職のポストについて、役割の大きさを 「責任の重さ」 「求められる革新性」 「必要とされる知識のレベル」 などの要素をもとに7グレードに格付けしました。この格付けの中に担当職務 (役割) が割り振られます。賃金の額は格付けごとにあらかじめ決められています。実際の支払額は、この賃金体系と、個人と組織の業務マネジメント・成果評価の仕組みである 「グローバル・パフォーマンス・マネジメント」 に基づいて決定されます。
 より具体的には、年初に、組織と個人の目標に対応する「期待年収」を提示します。そのうえで、一年間の事業運営を通じた組織と個人の業績の結果を賞与に反映します。これにより、個人・組織の年度業績と、一人ひとりの処遇との連動を明確化し、年度のはじめに設定した目標達成にとどまらない業績向上への意欲を喚起するといいます。仕事の役割の大きさと個人・組織の成果評価を、より直接的に報酬に反映し、組織と個人の成果を最大化することをめざすといいます。
 
 もっとわかりやすくいうと、これまでの制度は勤続年数を横軸、年収を縦軸の図で示すと右肩上がりでしたが新しい制度では横に延びる線を描けません。結果としてはジグザグになります。
 今後は、一般社員などへの拡大も視野に入れるといいます。


 日本の賃金制度が大きな転換点を迎えています。
 賃金制度は企業によってそれぞれ独自のものが工夫されています。理想的な賃金制度は存在しません。

 戦後日本の賃金制度は、電産型賃金制度、職務給制度、職能資格給制度、成果主義賃金制度などと変遷してきました。導入に際して、使用者は理由付の中に必ずのように 「若い世代からの要求」 をあげました。「若い世代からの要求」 とは、原資が増大しない中では中高年労働者のの賃金削減、排除です。しかし最近の賃金制度変更においては「若い世代からの要求」 もあげられません。賃金制度の変更に際して労働組合がまったく機能しないなかで一方的に導入されています。
 いつの制度変更でも、直後に不利益変更は発生しません。そのようなことがわかったら反対されるからです。問題が発生するのは数年後からです。労働組合と労働者はそのことを踏まえて長期間にわたるシュミレーションをしてみる必要があります。不利益変更がなくても、方向転換への抵抗者・抵抗勢力、戦力外とレッテルが張られている労働者には陰に陽に排除の動きが強まります。そのことに注意しておく必要があります。

 今回の日立の制度変更で管理職の働き方はどう変わるのでしょうか。
 賃金は、割り振られた担当職務 (役割)によってあらかじめ決められていますが、「個人・組織の成果評価を、より直接的に報酬に反映し、組織と個人の成果を最大化することをめざす」 ということで変動します。その評価に基づいて翌年の「期待年収」が提示されますが、上下ともに変動します。変動幅は不明です。
 降給を防ぐためには、体調不良や過労死を発生させた原因である長時間労働が強いられます。そして連帯責任が強制されます。まさしくホワイトカラーエグゼンプションです。アメリカのジル・A・フレイザー著 『窒息するオフィス』 が連想されます。(13年8月23日の 「活動報告」 参照)


 今後は、一般社員などへの拡大も視野に入れるということはその危険性が全社に及ぶということです。
 年功的な職能資格給制度からの要素を排除した職務成果給に変更されるということは、それぞれの労働者の 職務(役割) が再評価されて降給者が続出することが予想されます。この場合、長期に救済措置をとっては変更した意味がありません。一般労働者にとっては生活設計の変更、排除が強制されます。


 それを防止するためには、労働組合は新制度をしっかりと検討する必要があります。使用者に物わかりがいいのがいい労使関係ではありません。
 職務評価ファクターの選定とウェイト付けの制度設計は、どう設計されるかで職務評価の争点と賃金額は左右されます。国際的基準が設定されていたとしても、風土、これまでの習慣、職場環境に適合するとは限りません。そもそも日本には他の国とは違った“働き方、働かせ方”があったのです。労働現場のことは労働者が一番よく知っています。使用者は納得性を高める説明が必要で、労働者は安易に了承する必要はありません。逆に、降給や長時間労働、適応性が難しい労働者の排除などの危険性について指摘しておく必要があります。
 制度に対して不服があった場合の不服申立制度の確立と、その制度利用の容易さを担保しておく必要があります。

 一番大きな変化は、上司の評価方法です。 8月5日の 「活動報告」 の再録です。
「日本における評価要素は、成績、情意、能力の3大要素があり、そのもとに細分された評価要素がいくつかある。いうまでもないが、『仕事表』 の技能評価だけで査定の最終結果は決まらない。というよりも、情意の評価要素などの存在を考慮すれば、その影響は、あるとしても部分的でしかない。そして、技能評価の影響が部分的であることこそ、日本の査定制度の特徴と理解されるべきである。」 (遠藤公嗣著 『日本の人事査定』)
 日本で「成績」とは、「仕事の量」 「仕事の質」 で、「情意」 は 「規律性」 「協調性」 「積極性」 「責任性」 で、「能力」 は 「業務知識」 「理解・判断力」 「創造・企画力」 「折衝力」 「行動力」 などです。
 日本とアメリカの違いは、アメリカは職務分析がきちんと行われているので 「仕事の量」 「仕事の質」 を評価する基準がはっきりしていますが日本では明確でありません。そのためアメリカは成績の比率が高いが、日本は成績だけではなく、最終的には総合評価です。

 管理職がこれまで習熟していた制度から意識を転換するのは、実際は至難の業です。そのような時に安易に採る手法が減点法(ミスの数)です。たくさんのトラブルが発生することはすでに想定できます。トラブルが発生しないとしたら、労働組合と労働者が屈服してしまった場合です。
 評価に客観性があるか、基準に基づく公平・公正な評価が行われているかをチェックし実行させていく必要があります。

 労働者は制度適用の前に労働基準法に基づいて個人として雇用契約を結んでいます。ですから、不利益なことが生じた場合には、労働組合が取り組まない場合でも、交渉は出来ます。(14年4月25日の 「活動報告」 参照)
 賃金制度の変更に納得できない時は、納得できないと早期に声をあげることが解決のためには必要です。

    関連:「活動報告」 2014.8.26
    関連:「活動報告」 2014.8.5
    関連:「活動報告」 2014.4.25
    関連:「活動報告」 2013.8.23

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いじめに遭って怖いと思ったら逃げる。卑怯でも、負けでもない。
2014/10/24(Fri)
 10月24日 (金)

 10月18日と19日、札幌で第26回コミュニティ・ユニオン全国交流会が開催されました。全国64団体312人が参加しました。

 1日目は、全国総会に続いて5本の闘争報告が行われました。そのうちの2本を紹介します。
 札幌地域労組・田井自動車支部 (組合つぶし) の報告です。
 労働者が約50人の田井自動車工業は消防車を製造しています。2年前、約18万円の賃金のなかに固定残業代約7万円が含まれていましたが、実際の残業は月100時間を超えていました。
 労働者たちが組合を結成し、未払残業代の支払いを請求して団体交渉を要求すると会社は途中で交渉に応じていた弁護士を差し替えました。新しい代理人は、「残業問題は団交で扱わない」 などと回答し、さらに組合員にだけ賞与を支給しないという嫌がらせを行なってきました。組合は24時間ストで対抗しました。
 労働委員会で不当労働行為救済命令が出されると、会社は裁判所に取消し命令を求めて提訴しました。
 未払い賃金は裁判闘争にもなっていましたが、判決を控えた今年7月、会社は弁護士を解任し、和解を提案してきました。そして労働委員会の取消し命令を求めた裁判も取り下げました。不当労働行為は確定しました。
 そして社長は直接組合委員長に口頭で謝罪し、闘争は全面的に解決しました。

 名古屋ふれあいユニオン・一心商事 (組合つぶし) の報告です。
 今年5月、インスタント茶メーカーの一心商事は、労働者代表の選出を巡って労働者から疑義が出されると2人の労働者を解雇しました。これをきっかけに労働者は組合を結成しました。その後も続いた不当労働行為について労働委員会に救済申し立てをしています。
 そのようななかで、7月、社長は組合員を社長室に呼びつけ、日本刀を見せつけて賃金の減額の同意を取り付けようとしました。
 恐怖を感じた組合員は社長室を出て警察に連絡。10人の警察官が刺又を持って駆けつけて連行されていきました。しかし翌日には釈放されました。
 組合員はその時のショックでストレス反応を発生し、休職を余儀なくされています。
 組合は、異常な労務管理に対して社長の代表辞任を求めて闘いを続けています。

 この他、アスベストユニオン、過労死を考える家族の会中原のり子さん (過労死防止法制定の取り組み)、武庫川ユニオン・郵政非正規 (遅刻で減給) 労働者の勝利報告、のなど報告を受けました。
 続いて全体集会では、川村雅則北海学園大学准教授が 『労働組合は必要とされているのか――反すう、そして確信へ』 のテーマで講演を受けました。

 夜のレセプションではアイヌアートプロジェクトによる歌と踊り、そしてアピールが行われました。
 アピールでは、地元の市会議員による大和に同化してアイヌ民族はもう存在しないという発言に対して事実とちがうという反論が行われました。北海道各地の地名はアイヌの人たちによって意味が付与されています。昔からそこで生活を続ける人たちはアイヌの文化を守り続けています。その一端が歌と踊りです。
 アイヌ民族の否定は、上からの統合政策のなかでマイノリティの存在を認めない策動に繋がっていきます。それぞれの存在を主張し、認め合いながら共生していかなければありません。そしてそれぞれの存在を認め合うことは、労働者の団結の基礎です。


 2日目は11の分科会が開催されました。
 第3分科会 「交渉事例から考えよう――いじめ・パワハラとユニオンの可能性」 を報告します。24人が参加しました。
 まず、4~5人で5グループを編成します。そこで自分の仕事を絵に描いて示したり職場の問題点を報告しながら自己紹介していきました。これはアイスブレイクという方法で、固まっている関係を溶きほぐすことを言います。
 雰囲気が作れたところで 「いじめ・パワハラ、ユニオンには何が必要か? 何ができるか」 をテーマにしてワールド・カフェを開始しました。ワールド・カフェは、与えられたテーマをグループで討論し、時間がたったらテーブルホスト以外は他に異動し、ホストから討論内容の報告をうけて新たなグループで討論を続けるという形式です。自由に意見交換する中で新たな発見をするということが目的です。自分が発言した要旨はポストイットに書いてテーブルの上の模造紙に貼っておきます。異動は2回行われました。

 自分の話を分かってもらうためには話をしなければなりません。
 参加者はいじめを受けた者、相談を受ける側の者、いじめ問題に関心がある者など様々ですが自己紹介では全員が発言しなければなりませんし、質問に応えなければなりません。この段階で、アイスの関係がかなりブレイクされていきました。
 他者に話を聞いてもらえるということが問題を整理できるきっかけになり、解決のスタートです。その後は活発な意見交換が続きました。
 グループが変わると同じ事案についても違った質問や意見が出されます。視野が広がります。

 協力者が、ワールド・カフェをスタートさせる前に問題提起として、現在の職場はいじめを受けても我慢したり、目撃しても “見て見ぬふりをする” 状況があるという調査結果を報告しました。また、いじめ問題が発生したら表面だけではなく根本原因を探って追及しようと提案しました。
 グループ討論では、我慢するとかえってひどくなる、“見て見ぬふりをする” をすることは問題を深刻化させることだという意見が出されていました。また、本人も周囲も早期に声をあげて問題提起をし、早期解決や職場環境の改善につなげていかなければならないという意見も出されていました。そうするとそれが職場での予防・防止につながっていくということです。

 それぞれの経験からいじめがどんな構造の中から発生しているかが自然と共通のテーマになっていきました。忙しすぎる、他の人のことを気にする余裕がない、孤立している・させられている、いじめが退職するのを狙って行われているような気がする……。
 また、職場で周囲を見渡すとメンタル不調に陥っているのが多くいるということが報告されました。うつは孤立した状況で発症します。

 途中で、全体に対する闘争報告が4人から行われました。その中の1人の報告です。
 数年前から職場でいじめに遭い、ユニオンに加入して対応してきましたがそこから “脱出” できた中での教訓を3つ披瀝しました。
 1つは、いじめを受けると自殺思考になる。周囲は “見て見ぬふりをする” のではなく喚起するし必要がある。
 2つは、いじめを受けたら、業務時間とプライベート時間の切り替えをしっかりし、業務時間以外に嫌な思いを持ち込まないで楽しむ。
 3つは、いじめに遭って怖いと思ったら逃げる。逃げることは卑怯でも負けでもなく、自己防衛の手段。
 報告者は最後に現在の実感を語りました。「ユニオンに加入して、みんなに支えられながら、闘ってきてよかった」。そして、職場や社会は確実に変わってきていると語っていました。


 交流会は最後に全体集会で、特別決議「労働者派遣法改悪、労働時間規制の緩和・撤廃を阻止しよう!」と、集会宣言を読み上げて確認し、終了しました。

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死んではならない が 殺してもいけない
2014/10/21(Tue)
 10月21日 (火)

 日本国憲法9条が今年のノーベル平和賞受賞を逃してしまいました。
 受賞したら安倍政権への最高のアイロニーだったでしょうが、佐藤栄作に次いで2回目の平和賞受賞などと騒がれたらかえって平和賞の価値が下がってしまいます。佐藤栄作が受賞した時、多くの人たちは 「えっ何で」 という思いでした。沖縄問題をめぐる政治的ものでした。
 受賞しなくてよかったといったら負け惜しみになりますが、来年こそ、来年こそと期待しながら声をあげることの方が存在価値を発揮します。もっともっと、声をあげなければならない、あげ続けなければならない時なのですから。

 7月10日の 「毎日新聞」 夕刊の 「特集ワイド」 に掲載されたなかにし礼の詩が話題になっています。特に若者からの反響が大きいといいます。
 タイトルは 『平和の申し子たちへ! 泣きながら抵抗を始めよう』 です。全文紹介します。

  二〇一四年七月一日火曜日
  集団的自衛権が閣議決定された
  この日 日本の誇るべき
  たった一つの宝物
  平和憲法は粉砕された
  つまり君たち若者もまた
  圧殺されたのである
 
  こんな憲法違反にたいして
  最高裁はなんの文句も言わない
  かくして君たちの日本は
  その長い歴史の中の
  どんな時代よりも禍々 (まがまが) しい  
  暗黒時代へともどっていく
  そしてまたあの
  醜悪と愚劣 残酷と恐怖の
  戦争が始まるだろう

  ああ、若き友たちよ!
  巨大な歯車がひとたびぐらっと
  回りはじめたら最後
  君もその中に巻き込まれる
  いやがおうでも巻き込まれる

  しかし君に戦う理由などあるのか
  国のため? 大義のため?
  そんなもののために
  君は銃で人を狙えるのか
  君は銃剣で人を刺せるのか
  君は人々の上に爆弾を落とせるのか

  若き友たちよ!
  君は戦場に行ってはならない
  なぜなら君は戦争にむいてないからだ
  世界史上類例のない
  六十九年間も平和がつづいた
  理想の国に生まれたんだもの
  平和しか知らないんだ
  平和の申し子なんだ
  平和こそが君の故郷であり
  生活であり存在理由なんだ

  平和ぼけ? なんとでも言わしておけ
  戦争なんか真っ平ごめんだ
  人殺しどころか喧嘩 (けんか) もしたくない
  たとえ国家といえども
  俺の人生にかまわないでくれ

  俺は臆病なんだ
  俺は弱虫なんだ
  卑怯者 (ひきょうもの) ? そうかもしれない
  しかし俺は平和が好きなんだ
  それのどこが悪い?
  弱くあることも
  勇気のいることなんだぜ

  そう言って胸をはれば
  なにか清々 (すがすが) しい風が吹くじゃないか
  怖 (おそ) れるものはなにもない
  愛する平和の申し子たちよ
  この世に生まれ出た時
  君は命の歓喜の産声をあげた

  君の命よりも大切なものはない
  生き抜かなければならない
  死んではならない
  が 殺してもいけない

  だから今こそ!
  もっともか弱きものとして
  産声をあげる赤児のように
  泣きながら抵抗を始めよう
  泣きながら抵抗をしつづけるのだ
  泣くことを一生やめてはならない

  平和のために!


 なかにし礼は終戦後に満州から追われて日本にたどり着きました。戦火を潜り抜けてきた者の切々たる叫びが伝わってきます。
 10月14日、政府は特定秘密保護法の運用基準と施行日を12月10日とする政令を閣議決定しました。憲法がどんどんないがしろになっていきます。

 個人的には69年間も平和がつづいてきたとは思いません。
 キューバ危機、ベトナム戦争、中東情勢、そして昨今の状況などいつも戦争報道がありました。朝鮮戦争、ベトナム戦争は日本に経済発展をもたらしました。その恩恵を受けました。
 沖縄の米軍基地はベトナム戦争への出撃基地でした。沖縄の人たちはベトナムの人たちに思いを寄せながら基地拡大反対運動を展開してきました。

 世界にはだれもが認める正義などありません。正義面して核を所有し、巨大な軍事力を持って他の正義を威圧、抑圧する勢力こそ一番の悪魔です。その勢力が威圧、抑圧することを止めることから解決が始まります。
 戦争するすべての勢力に、「憲法9条」 を大切にする 「日本国憲法勢力」 を対峙させていくことが必要です。理想だ空想だと言われようと、語れない戦争犠牲者の思いと一緒に、日本という国家に、そして世界の戦争勢力に対峙させなければなりません。実際は理想や空想ではありません。
 人を殺すことを正義と主張することは殺されるということも自覚する必要があります。しかし為政者と軍事産業の経営者たちは人を殺すことを主張しながら、殺されることを他者に委ねて自己を肥らせます。その真っ先の犠牲者が貧者と呼ばれる “国民” です。それを国家として実効しようとしています。戦争における出陣には “順序” がありました。貧しい家庭出身、学歴が低い者が先です。だから学徒は最後です。(2013年10月21日の 「活動報告」 参照)
 国家や “国民” に、「憲法9条」 を大切にする 「日本国憲法勢力」 は死にたくない、殺したくないと叫んで対峙しなければなりません。仮想敵国の主張こそ現実ではありません。

 1943年10月16日は、野球の 「最後の早慶戦」 が展開された日です。そして10月21日に神宮外苑で学徒出陣式が行われました。出陣式参加を拒否した学生もいました。しかしその後、各地の基地に散っていきました。国のために死んでいったのではありません。特攻隊は無駄死にでした。そう叫ばないと同じことが繰り返されます。
 なぜあの時戦争反対と叫べなかったのか、叫べない状況はどのようにして作りあげられてきたのか。その問題を掘り下げることが必要になっています。
 そして、どんな小さなきな臭いことにも声をあげていくことが戦争を止める力です。


 戦後生まれのオールドパワーも声をあげています。
 沢田研二が9条にひっかけて 「我が窮状」 を歌っています。

   「我が窮状」 

  麗しの国 日本に生まれ 誇りも感じているが 
  忌まわしい時代に 遡るのは 賢明じゃない
  英霊の涙に変えて 授かった宝だ
  この窮状 救うために 声なき声よ集え
  我が窮状 守りきれたら 残す未来輝くよ

  麗しの国 日本の核が 歯車を狂わせたんだ
  老いたるは無力を気骨に変えて 礎石となろうぜ
  諦めは取り返せない 過ちを招くだけ
  この窮状 救いたいよ 声に集め歌おう
  我が窮状 守れないなら 真の平和ありえない

  この窮状 救えるのは静かに通る言葉
  我が窮状 守りきりたい 許し合い 信じよう

  10.21は国際反戦デーです。

    関連資料

    関連資料
    関連:「活動報告」 2013.10.21
    関連:「活動報告」 2011.8.13
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「女性が活躍しやすい社会」 の実現は男性労働者の課題
2014/10/16(Thu)
 10月16日(木)

 安倍政権の支持率は下降線をたどり始めました。タカ派の安倍政権はそもそも女性からの支持が低いです。それをカバーするために政権2年目に入って支持率が低下し始めた頃から 「女性が活躍しやすい社会」 の実現を叫び始めました。政権維持のためには 「女は家の中」 などと保守的伝統に拘泥しているわけにもいきません。本来の政治スタンスからは大転換です。今年になってから、官庁のいろいろなところで女性の活躍の政策が強制的に取り上げさせられているといいます。

 8日に自民党本部での女性活躍推進本部を含めた合同会議に政府が提出した 「すべての女性が輝く政策パッケージ案」 には 「2020年までに指導的地位に占める女性の割合を30%に」 の目標をかかげていました。
 「政策パッケージ」 の概要は
 1、妊娠・出産・子育て・介護
  ・切れ目のない妊娠・出産支援
  ・「小1の壁」 打破プランの実施
 2、職場で活躍
  ・テレワークの導入促進
  ・男性の家事、育児への参画促進
  ・妊娠・出産の不利益が起きない職場
 3、地域で活躍、起業
  ・事業機会拡大の環境整備
 4、健康で安定した生活
  ・母子家庭への支援体制強化
  ・生活困窮者の自立に向けた支援
 5、安全・安心な暮らし
  ・配偶者の暴力に対する支援充実
  ・セクハラ防止対策の徹底
 6、人や情報とのつながり
  ・女性活躍応援サイトの創設
です。
 前文に 「仕事で活躍する女性、家庭で頑張っている女性、地域を支える女性。女性はさまざまな場で重要な役割を担っている」 と書かれていましたが、仕事が最初に来ていることに不満がでたといいます。

 10月10日、全閣僚で構成する 「すべての女性が輝く社会づくり本部」 の初会合が開催され、来春までに実施する 「政策パッケージ」 を決定しました。柱となる女性活躍推進法案は、従業員301人以上の事業主に女性の登用促進に向けて採用者の女性比率、勤続年数の男女差、管理職の女性比率などを把握させる取り組み内容や実施時期を盛り込んだ 「行動計画」 を公表させます。各企業は独自に数値目標を設け、公表することが義務付けられます。しかし数値は企業の自主判断に任されます。
 経済界は、行動計画の公表に 「企業の自由を奪う」 として抵抗してきました。しかし数値目標は首相の強い意向がありました。
 国や地方自治体に対しても同じ義務を課します。
 スタート時から財界や自民党内部から批判の声が上がっているなかで今後どのような議論が展開されるのでしょうか。


 「女性は家の中」 は伝統でも事実でもありません。戦時中の労働力不足のなかで様々な分野で活躍したことを見ただけでも明らかです。鉄道の車掌はかなりの部分が女性でした。
 イギリスでは第一次世界大戦において同じような状況でした。男性と同じ労働を経験したことを踏まえ、戦後は男性に職場を奪われることになっても、その後、男女同一労働同一賃金を要求する契機になっていきました。
 日本でも第二次世界大戦後に同じような要求が出されました。しかし海外から兵士が帰国すると彼らの仕事確保のために女性労働者は排除されました。さらに生活給賃金が確保されていくと 「女性は家の中で」 の分業がはじまりました。
 その後経済成長が始まると製造工場に低賃金の若年女性労働者が大量に動員されていきました。
 しかし第1次オイルショックによる減産経営が始まると真っ先に離職を強制されたのが女性労働者でした。職種転換、正規雇用からパート労働への転換が進んでいきました。在職を続ける女性労働者たちは職務・職能給の賃金体系で低い評価を受けつづけました。差別賃金制度の撤廃、労働者としての人権回復するためには長い裁判闘争を闘わなければなりませんでした。
 このように女性労働は常に人格を否定され、雇用の調整弁とされて、今も続いています。

 アメリカからの構造改革要求を受けいれると正規労働者は長時間労働と過重労働が強いられ、女性労働者が働きにくい労働環境が作られていきます。男性正規労働者を機軸にとらえる雇用関係が確立していきました。はじき出された労働者は男性も含めて非正規労働者となり増加の一途を辿っていきます。
 85年はそれを追認するさまざまな労働法制の改訂が進められました。
 79年国連は女性差別撤廃条約を採択。日本では85年5月17日、男女差別禁止事項を盛り込んだ 「男女雇用機会均等法」 が成立します。同時に女子の時間外労働、休日労働が一部解除になりました。実態は、女性労働者は 「男性労働者と均等のチャンス」 を保証されたのではなく、「『男の戦場』 に均等に 『出兵』 させられた」 のです。一部のキャリアと呼ばれる女性労働者だけが成功を収めました。しかしその条件である高学歴取得は、親の収入に裏付けられたものでした。
 その一方、サービス残業できない女性労働者は査定の対象からもはずされます。賃金だけでなく、「コース別」、雇用契約形態間による格差や分断が進んでいきます。
 このような方向性は女性労働者の就労を困難にしただけでなく、男性正規労働者の労働条件を悪化させました。

 企業は正社員労働者に無制限の長時間労働を強います。男性の有償長時間労働やサービス残業は生活時間と睡眠時間を侵食します。“家族” という単位の中で家事、育児、教育、介護などが女性の無償労働としての役割分担になっていきました。しかし生活費、住宅・教育ローンが一方的に男性の肩にのしかかる構造は、ますます会社への依存を強めていくことになります。
 このような労働者が体調不良に陥り、過労死が続出すると社会問題になりました。本当は、女子の時間外労働禁止の水準に男性労働者も倣わせる闘いが必要でした。またリストラで解雇に遭遇し、次には不安定雇用を強いられ、さらにそこも解雇されて “家族” から離れざるを得ない状態に陥った労働者の可視化が2008年年末の 「年越し派遣村」 でした。派遣村の 「村民」 はほとんどが男性でした。


 97年6月11日、男女雇用均等法と労働基準法が改正されました。均等法では男女差別禁止の強化がはかられたが、引き換えに女性労働者に対する時間外労働、休日労働、深夜労働の規制などが撤廃されました。
 規制緩和のなかで労働者は勝ち抜くことを強制され、そのなかで身体と生活が破壊されていきます。先に振り落とされたのが、長時間労働や転勤ができない女性労働者でした。再就職における雇用契約は非正規雇用と低賃金を受け入れることが条件でした。このような中で性差は、雇用格差、社内福祉制度からの排除、賃金格差と生活困窮、教育格差のスパイラルを描いていきます。再就職に向けての教育・訓練の機会も奪われます。しかし振り落とされた者の敗者復活は自己責任です。
 現在全労働者に占める非正規労働者数は40%近く、女性労働者だけでは60%に及んでいます。

 現在の正規労働者と非正規労働者の賃金格差はまさに格差の典型といえます。
 非正規労働者の賃金は、自力で生活を維持する非正規労働者を無視し、「女は家の中」 にいながらも時間にゆとりができた専業主婦が家計の補助としてパート労働をする時の水準を維持しています。賃金は最低賃金制度の最低賃金に上乗せした程度の相場で決定されます。それ以上の規制はなく、労働諸条件は労働力の需要関係によって決まる市場原理が貫徹します。
 その結果、仮に時給1000円で、月160時間労働しても年収200万円を満たしません。自力で生活を維持できない現実がまかり通っています。それでも企業と株主は、いまだ景気が激変するなかでの調整弁としか捉えていません。そして行政と労働組合も追認している。
 彼らの主張は、非正規労働者は機会の均等が保障されているのに努力が足りないのだから自己責任ということです。そして安倍政権も財界も、現在は “階級社会” なのだから富む者もミゼラブルも存在するのは必然だといいます。
 しかしそれぞれが立たされているベースが違います。非正規労働者の多くは、企業や社会が追い出したり、保護から外れた者たちです。政府の政策が富む者たちだけのものでしかなく、格差をさらに拡大しています。

 現在、困難をかかえながら働いている中にシングルマザーがいます。特に非正規労働のシングルマザーは、生活費とともに住宅費、保育費、教育費などを稼がなければなりません。離職したらそのいっさいを稼げなくなります。
 民主党が政権を獲った時のマニフェストに “子供手当” が掲げられていました。この政策の性格は、子育てについて国が保障するというものでした。だから離職してもいくらかの収入は確保できるものでした。その拡充が期待されました。
 しかし “子供手当” の原資があるなら保育所増設に回せという世論が作られて変更されます。安倍政権にとって子育ては社会の責任ではなくやはり 「家の中」 ・家族の思想が貫徹しています。本当は “子供手当” も保育所建設もの要求が必要でした。財源は、企業の扶養家族手当を廃止して循環させればいいだけです。


 最近はしきりに 「ワーク・ライフ・バランス」 が取り上げられ、「仕事と生活の調和」 の具体例が紹介されたりしています。
本来のワーキングライフバランスとは、1日について、8時間の社会的労働、8時間の私的生活時間、8時間の体力回復のための睡眠時間のより有効な組み合わせと工夫です。しかし紹介事例などを検討すると、長時間の労働時間は固定したままにして他の2つをどのように合理化して労働と両立させるかの自助努力がテーマになっています。例えば、家事労働の掃除や調理、保育や介護を外注すればゆとりが生まれるとまで提言されています。経済的ゆとりがある者たちにとっては無償労働が有償労働でカバーされという手法です。
 これはいびつな生活スタイルでありワーク・ライフ・バランスとはよびません。
 本物のワーク・ライフ・バランス実現のためには、まず長時間労働の廃止とそれでも生活を維持できる賃金の保証が前提です。政府の掛け声はそこに向かわなければならないし、労働者と労働組合はその要求をしていかなければなりません。

 女性労働の実態は、企業と社会と男性労働者が作り出したものです。男性も女性も、正規労働者も非正規労働者も、協働して働きやすい職場と豊かな私的生活時間、そして充分な睡眠時間を獲得しながら安心の確保を期待しています。そのためには、女性だけではなく男性労働者の労働のあり方から変えていかなければならない男性の問題ととらえて解決に向かう必要があります。

    当センター 「いじめ メンタルヘルス労働者支援センター」 ホームページ・ご相談はこちらから
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