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人は人を殺せない
2014/07/04(Fri)
 7月4日 (金)

 「毎日新聞」 を読んでいたら、同じ本を読んだ人に出会ったので切り抜きしておきました。
 昨年10月25の 『余禄』 で紹介されていた、米国陸軍に勤務し、陸軍士官学校教授などを歴任した心理学・軍事社会学専攻のデーヴ・グロスマンの 『戦争における 「人殺し」 の心理学』 (筑摩書房) です。
「戦場での士気など戦争史の心理面に注目した19世紀の仏陸軍大佐デュピクは記した。『離れて戦おうとするのは人間の本能だ。最初の日から人々はそのために努力し、その後もずっと努力し続ける』 ▲D・グロスマン著 『戦争における 「人殺し」 の心理学』 からの孫引きだが、この書では殺す相手との距離が大きいほど殺人への心理的抵抗が容易に失われ、より冷酷になれる兵士心理を論じている。刀槍 (とうそう) から小銃、大砲、空爆への兵器の発達はその傾向を実証してきた▲この 『離れて戦おうとする努力』 が、ついに地球の裏側から目標を精密爆撃できる技術を生んだ現代である。兵士は自国内の基地に出勤して遠い紛争地の無人機を遠隔操縦し、爆撃後は家族の待つ家に帰る。モニター上の標的が人間的な感情を呼び起こすことはない」
  実際は、米軍では遠方の安全地帯からモニターの操作をする兵士からも体調不良者が出ているといいます。殺さない選択ができず、逆に確実に殺す行為を実行し、目撃するからです。
 

 安倍政権は集団的自衛権の行使容認を閣議決定しました。
 彼らは、自分たちが戦地に向かうわけではなく 「離れて戦おう」 としているから簡単に決められるのです。
 国会を包囲する人びとの中に若者世代が増えています。「離れて戦おう」 としている者たちから動員・徴兵される危険性がある世代です。そして 「離れて戦おう」 としている者たちの行為が戦争をおびき寄せる危険なものだと捉えているからです。

 一方、若者世代の中にも集団的自衛権に賛成する者たちがいます。彼らは、戦地には 「仕事からあぶれている連中が行けばいい」 と主張します。自分を対象から外しています。格差社会の “勝ち組” は “負け組” を 「嫌なことを押し付ける」 ことができる対象と捉えています。“勝ち組”、“負け組” が支配・被支配の関係になっています。

 2013年10月21日の 「活動報告」 に書きましたが、戦時中には 「戦争に行く者」 と 「戦争に行かない者」 は峻別されていました。「戦争に行く者」 の残された家族は戦後、自己責任の生活維持を強制されました。戦後の格差社会の始まりです。
 今、「戦争に行かない者」、戦争で儲けた者たちの子孫が集団的自衛権の行使容認を煽っています。


 『戦争における 「人殺し」 の心理学』 は2013年5月24日の 「活動報告」 で紹介しました。再録します。
 『余禄』 の筆者と同じように孫引きします。第二次世界大戦中、太平洋戦域の米国陸軍所属の歴史学者S・L・A・マーシャルの著書 『発砲しない兵士たち』 からです。
「何百年も前から、個人としての兵士は敵を殺すことを拒否してきた。そのせいで自分の生命に危険が及ぶとわかっていてもである。これはなぜだろうか。そしてまた、これがあらゆる時代に見られる現象であるとすれば、そこにははっきり気付いた人間がなぜひとりもいなかったのであろうか。」
 マーシャルの調査では、第二次世界大戦中、平均的な兵士たちは敵との遭遇戦に際して、火戦に並ぶ兵士100人のうち、平均して15人から20人しか 「自分の武器を使っていなかった」 のです。しかもその割合は、「戦闘が1日中続こうが、2日3日と続こうが」 常に一定だったといいます。

「リチャード・ゲイブリエルはこう述べている。『今世紀に入ってからアメリカ兵が戦ってきた戦争では、精神的戦闘犠牲者になる確率、つまり軍隊生活のストレスが原因で一定期間心身の衰退経験する確率は、敵の銃火によって殺される確率よりつねに高かった』。」
「イスラエルの軍事心理学者ベン・シャリットは、戦闘を経験した直後のイスラエル軍兵士を対象に、なにがいちばん恐ろしかったか質問した。予想していたのは、『死ぬこと』 あるいは 『負傷して戦場を離れること』 という答えだった。ところが驚いたことに、身体的な苦痛や死への恐怖はさほどではなくて、『ほかの人間を死なせること』 という答えの比重が高かったのである。」
 ごく普通の人間は、なにを犠牲にしても人を殺すのだけは避けようとします。

 これを受けてグロスマンが書いています。
「マーシャルはこう書いている。『平穏な防衛地区に移されると心底ほっとしたのをよく憶えている。……ここなら安全だからというより、これでしばらくは人を殺さなくてすむと思うと、じつにありがたい気持ちになるのだ』。マーシャルの表現を借りれば、第一次大戦の兵士の哲学は 『見逃してやれ、こんどやっつけよう』 だった。」
 マーシャルの報告は、アメリカでは評価されず、公表されることはありませんでした。しかしその事実に対する対策は進められます。「反射的な早打ちの訓練」 などが行われます。
 その結果、ベトナム戦争での発砲率は90%から95%に昇ったといいます。
 その結果です。
「ベトナムで何がおきたのか。40万から150万ともいわれるベトナム帰還兵が、悲惨的な戦争のすえにPTSD (心的外傷後ストレス障害) に苦しんでいるのはなぜなのか。いったい、アメリカは兵士に何をしてしまったのか。」
 ベトナム戦争帰還兵から、イラク、アフガン戦争の帰還兵からもたくさんの自殺者が出ています。米軍が米兵を殺害しているのです。


 アフガニスタンにおける戦闘員・非戦闘員の死者数は、3.400人を越えます。アメリカだけでも2.300人を越えます。その8倍近くの負傷者がいます。今後も精神的体調不良者が続出することが予想されます。
 アフガニスタン、イラクに派兵された自衛官の自殺者は、今年3月末時点40人にのぼります。


 6月23日の 「朝日新聞」 に 「イタリア 憲法11条 『戦争放棄』 解釈改憲 重ねる派兵」 の見出し記事が載りました。
 イタリア憲法は1948年1月1日に施行されました。その第11条です。
「イタリアは、他国民の自由に対する攻撃の手段および国際紛争を解決する手段としての戦争を放棄する。国家間の平和と正義を保障する体制に必要ならば、他国と同等の条件のもとで主権の制限に同意する。この目的を持つ国際組織を促進し、支援する」 
 後段部分が日本国憲法9条とは違います。
 イタリアは、49年北大西洋条約機構 (NATO) に加盟、82年のレバノン内戦ではパレスチナ難民保護の名目で派兵、91年の湾岸戦争では多国籍軍に航空機と艦船を送りました。
 99年にはユーゴスラビアに空爆を行います。国連決議がなく、NATOの域外であるにもかかわらず、しかも 「広報支援に限定する」 などと決議していたにもかかわらずです。この時は憲法11条をめぐる議論がおきました
 アフガニスタンには02年から、イラクには03年から派兵します。
 アフガニスタンではこれまで従軍記者を含む54人が死亡し、651人が負傷しています。

 イタリアの作家、パオロ・ジョルダーノの 『兵士たちの肉体』 (早川書房 2013年邦訳刊) はフィクションですが、11年9月23日の西部ヘラートでの戦闘などを下敷にしています。
 長くなりますがイタリア部隊の戦闘の実態を引用します。

「一昨夜の攻撃の首謀者たちが村の北部に隠れているというものだった。……報復作戦を練る動機としてはそれで充分だった。
 ……やがて彼らはある家の壁に身を寄せて並んだ。……
イエトリは片手を襟元に差し込みネックレスの十字架を唇に寄せた。手が震えている。脚も震え、膝までわなないている。まずいな。ドアは一撃で蹴破らなくては。……やつらはとっくに気づいていて、カラシニコフを入口に向け、待ち受けている可能性だってある。最初に姿を見せた者は蜂の巣だ。僕は死ぬのか。死ぬ前に何か思い出すべきことがあったはずだぞ。ちょっと前まで覚えていたのに。ママのことか?……
 背後のチェデルナに急かされた。
 だが、ふくらはぎが濡れた砂袋のように重かった。片足を振り上げて、キック。そんな動作はとてもできそうにない。ブーツの革が融けて、地面とひとつになってしまったようだ。
『できない』
『なんだって?』
『できない』
『どうして?』
『頭が空っぽなんだ』
 チェデルナが一瞬黙った。イエトリは自分の肩に友人の手が置かれるのを感じた。レネーが繰り返し、ドアを破れというサインを送っている。
『深呼吸しろ、ロベルト』 チェデルナが言う。『俺の言うことがわかるか?』
 僕は死ぬわけにはいかない。ママが生きているうちは死ねない。ママは散々苦しんだ。……」

「チェデルナとイエトリは強い日差しを浴びながらベンチでトレーニングをしていた。……
 イエトリは疲労に顔を歪めた。どうも気分がのらない。あの村に敵を探しにいってからというものの、ずっと妙な具合だった。夜になれば悪夢を見る。昼もその余韻で不安が抜けない。『よくわからないんだ。もしかすると、僕はもうここにいたくないのかもしれない』
『それだけの話なら、いいことを教えてやろう。“誰ひとり” ここにいたいなんておもっちゃいないよ』」

「目が覚めると、隊列は停止していた。……工兵たちがIEDを発見し、除去作業をしているところなのだ。それ自体は格別驚くべき知らせでもなかったが……ただひとつ不吉な事実があった。爆弾が、誰が見てもそれとわかる形で地面から露出していたらしいのだ。穴はまだ掘って間もなく、土も完全にはかぶせていなかったという。この事実は多くのことを意味しているが、敵が暗に伝えようとしたはずのメッセージをエジェットはまず3つ思いついた。1つめ。おまえたちがどこから来てどこに行こうとしているのかこちらは知っている。2つめ。これは予告だ。おまえたちには後戻りするチャンスをやる。その代わり、トラック運転手たちの件はこちらにまかせてもらおう。3つめ。ショータイムの始まりだ。
 だいぶ後になって任務を振り返った時、エジェットは、この最初のIED発見こそ、ひとつの決定的瞬間だったと信じるようになる。兵士たちはまさにこの時、作戦はお気楽なハイキングだという幻想が霧散するのを目の当たりにし、自分たちが非常に厄介な状況にあるという事実を自覚したのだ。もちろん現場にいる限り、彼らはそうした思いをそれぞれの胸に秘めて漏らさなかった。」
 “敵” も戦闘を望んでいなかったのかもしれません。
 戦闘は、いったん踏み込むと撤退の機会を失います。そしてお互いから犠牲者を出します。
 ここでは4人の死者を出しました。

「『ドク?』 レネーが口を開いた。
『どうした?』
『今度のことで、我々は勲章を受けることになりますかね?』
『わからない。でも、ありうるな。欲しければ、君の勲章を進言してもいいよ。立派に活躍したからね』
 エジェットはレネーに精神安定剤を勧めたが、彼は受け取らなかった。エジェットは、レネーほど自信がなかったので、いつも二倍の分量のカプセルをKレーションのグラッパで飲んでおいた。おかげで、厳しい現実もそのころは淡くぼんやりとした色合いを取り戻していた。
『誰かがこの胸にピンを留めようものなら、そいつの目玉をくりぬいてやりますよ、ドク』
『なら、もらわないほうがいいな』
『まったくです』」

 生き残ったチェデルナは少佐の心理学者からカウンセリングを受けます。
「『……そこで君には何ひとつ包み隠さず、自由に話してもらいたいのです』 フィニッツィオは前置きを終え、待ちの姿勢に入ろうとしたが、チェルナンデはすでに反撃の構えを整えていた。『失礼ですが、少佐、自分には何も話したいことがありません』
 ……
『少佐、あなたはここが怖くて、ちびっているんだ。本当はこの手の危ない場所からうんと離れた安全なオフィスでのんびりしたいんでしょう。それがこんなところまで飛ばされちゃって。お気の毒です』
 ……
『そうか。きっと今の君は、ひとと会話をするのがひどく苦痛なんだろう。怒り以外の感情を表現するのが難しい時期なんだ。何もかもがまだ生々しくて、我々は痛みに口を閉ざしてしまう。記憶の蓋を開けてしまえば、耐えられないほどの苦しみがあふれ出すのではないかと心配なんだろう。でも僕は、そんな君を支えるためにいるんだよ』
 ……
 チェデルナは思わず立ち上がり、上官にのしかかるような格好で迫った。『思ったままのことを申し上げて本当によろしいんですか、少佐?』
『是非、聞かせてほしいね』
『では、申し上げます。あんたは気色悪いくそったれだ。我々は痛みに口を閉ざす、だって? “我々” って誰だよ? あんたはあそこにいなかった。どこか遠くで、くだらねえ心理学のマニュアルでも読んでたんだろう? なあ、海軍の少佐殿、あんたみたいな連中はよくいるぜ。大学出の仕官はみんなそうさ。あんたら、なんでも知っているってツラしてやがるが、その実なんもわかっちゃいねえ。無知もいいとこだ! 他人の頭に入り込んで、あれこれ漁るのが好きで好きでたまらないんじゃありませんか? 俺の打ち明け話が聞きたくてうずうずしてやがるんだ。そうでしょうが? ……以上。面談終わり』」

 イタリア政府はアフガニスタンでどのような成果をあげたと説明しているのでしょうか。

 兵士と軍は違う意思を持っています。軍と国家もちがう意思を持っています。
 しかし兵士は国家や軍の名のもとに翻弄されます。それが国家であり軍です。
 だから人びとは国家と軍を監視し、声を出して暴走を止めなければなりません。

 戦争という行為は、敵も味方も心身を長期に破壊します。そして今も続いている戦後補償訴訟で主張されているように、後方部隊、第三者も巻き込んでそうします。
 憲法9条は 「人を殺さなくてすむ」 ことを謳っています。人がいちばん嫌なことをしなくていいと言っています。その保証があるから人びとは物事をポジティブに発想できるのです。憲法9条は世界の宝です。

   軍隊の惨事ストレス対策
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