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震災発生から3年経った時期の心のケアは
2014/03/25(Tue)
 3月25日(火)

 3月9日、神戸市で 「阪神・淡路から20年 東北へのメッセージ 震災と心のケアを考えるシンポジウム」 が開催されました。主催は兵庫安全センターや全港湾、自治労などで構成される実行委員会です。  
 惨事ストレスについて、労働団体や労働組合が主催して集会を開催するのはおそらく全国でも初めてだと思われます。
 昨年の新年早々、宝塚市から岩手県大槌町に派遣されていた職員が自殺しているのが発見されました。(2013年1月8日の 「活動報告」)震災復興の支援活動の最中に命を落とすようなことはあってはならないことです。そのようなことを繰り返なさいための取り組みをすることが何よりの供養になるということから企画されました。
 集会には100人が参加しました。

 最初に、精神科の医師である岩井圭司兵庫教育大学大学院教授が講演しました。岩井医師は、阪神淡路大震災の時は大学病院に勤務していましたが、その後「心のケアセンター」に移り、2000年からは兵庫教育大学に移りました。東日本大震災後は岩手県教育委員会の支援も行っています。宮城、福島を合わせて年に10回ぐらい被災地を訪れているということです。
 講演内容は、阪神淡路大震災での経験を踏まえて東日本大震災で活かされる取り組み、注意点など多岐に渡るものでした。


 被災地では、阪神淡路大震災のやり方が良くも悪くも踏襲されています。一部は阪神淡路大震災の経験が反面教師として受け継がれています。同じような失敗を繰り返さないでほしいということです。治療に失敗した患者のカルテを医者の世界では 「苦いカルテ」 と呼んでいます。不幸にして治療に失敗した場合、そのカルテから学ぶことが医者の技量の向上には不可欠です。
 阪神淡路大震災の時は神戸市も兵庫県も、それ以外の官民もなけなしの資源をつなぎ合わせてよく頑張ったと思います。しかし充分な準備がないところに起きた大災害です。ですからあの時一生懸命やったことをそのまま次の防災計画に書いてはいけないのです。次に準備するならもう少し別のやり方になります。
阪神淡路大震災の死者は6453人です。
 日本の災害関連法規の制度ではまったく対処できない事態だったからあのような展開になったということを 「苦いカルテ」 として覚えておかなければなりません。

 復興期の心のケアとしてPTSDは早く治してあげた方がいいし、トラウマでうつ病になった方も心のケアが必要です。被災地でのアルコール依存症の問題も大きな問題です。そのような大切な問題がありますが、一番大切なのは自殺防止対策です。取り返しのつかないことを起こさないことが大切です。
 自殺予防のためには横軸と縦軸の対策が必要です。横軸は横断的に見た時、ある人は別の人よりもハイリスクを背負っていて統計的に将来自殺する確率が高い。そういう人には随時注意が必要です。
 縦軸は、同じ人でも行動が変化してきたら自殺が迫っているんじゃないか、自殺しようと考えているのではないかという危険サインです。
 そのように横軸と縦軸でみていくことが必要です。
 常にお互いに気づかうという形で、自殺やストレス、トラウマについてオープンに話す機会を持つ、あるいはそのような雰囲気を職場で作ってほしいです。お互いが目と目を合わせて話せる関係がある時にはオープンで話が出来るようにしていてほしいです。タブー視しないで、しんどくなったら人間死にたくなるよね、そういうことがあるらしいよね、でも死なないでほしいと話してください。そのことが予防になります。
 どういう人が自殺しやすいかについては統計的にハイリスク者はほぼ確定しています。自殺未遂の経験者は高いです。こういう兆候が出てきたら怪しいということでは、懐かしい人に会いに行く、見られたくない物を処分する、ずぼらの人が急に整理整頓を始めたなどです。
 兵庫県から派遣された職員が自殺したので対策をとらなければならないというような話をタブー視しないで話して欲しい。

 被災者のメンタルヘルス対策は、時間が経つとともに対策が変わっていきます。今は震災発生から3年経って急性期から中長期に入っています。
 災害発生後、被災者心理は3つの段階を経ます。直後は茫然自失です。半日からせいぜい2~3日。どうしていいかわからないでぼやっとしている時期です。やがてハネムーン期が来ます。お互いのことをおもんばかって、被災者の中でボランティア団体が結成され、お互いに助け合って避難所を運営していきます。愛情と熱意にあふれた時期です。しかし長続きしないで幻滅期に入ります。
 オーストラリアの精神科医ラファエルが著書 『災害の襲うとき』 には 「災害について新聞が取り上げなくなった時に幻滅期がやって来る」 とあります。
 阪神淡路大震災の時はどうだったかと捉え返すと3月20日に地下鉄サリン事件が起きて新聞のトップ記事になります。その時期だと思います。

 被災者の居場所も、震災直後は茫然自失で自宅や路上にいます。やがて避難所、仮設住宅、復興住宅に移ります。
 初期の避難所や仮設住宅に移った頃は初期的ケアが行われます。仮設住宅から復興住宅に移る時期は、緩和的ケアに比重が移されていきます。
 予防的ケアとは、トラウマ対策が重要になります。災害でトラウマを蒙りますがうつ病やPTSD、アルコール依存症にならないようにしましょうということです。
 トラウマは災害の時にドカンと来ます。個人差はありますが時間が経つと影響はだんだん軽くなります。身体の怪我も心の傷も自然回復力が働きます。
 ところが自然災害の場合は、災害後ライフラインが断たれ、復旧が充分でない中で避難所での生活を余儀なくされると生活ストレスは時間が経てば経つほど積み重なっていき、一般的ストレスの影響が強くなります。生活ストレスからくる症状を治療することに比重を移していかなければなりません。
 生活ストレス、あるいは職場での長期間にわたる災害後ストレスが積み重なって来るのを放置するといわゆる 「燃え尽き症候群」 が起きてきます。
 今は、その予防の方に徐々に重点を移されていく時期になっています。

 燃え尽きとは、特に職務上のストレス、疲労感が蓄積していって無気力、うつ状態のために職務上の能率低価が起きてしまうことをいいます。燃え尽きは、生きていても仕方がないという諦め、諦念、自己懺悔、自責感の結果から自殺に至ることがよくあります。
 そうならないための対策は一般的ストレス対策が有効です。一般的ストレス対策は3つです。
1つは休息です。休まずに根性で乗り切ろうというのが一番よくないです。真面目は心の健康にとっては悪いです。真面目で律儀な人は、落ち込みかけた時に弛んでいるとはっぱかけて頑張ります。一時的にはそれでいいです。ところが疲れてしんどいのに気合をいれたら余計に疲れが溜まり、もっと落ち込みが来ます。悪循環を起こします。頑張り過ぎないで休んでほしい。
 2つ目は、表出促進です。安心できる、信頼できる相手、絶対に味方になってくれる人に弱音を吐いてください。言わないと自分で自分を欺くことになります。
 3つ目は、体験共有です。同じ立場にある人同士がお互いにしんどいけど燃え尽きない程度に頑張っていこうなと支え合う、ちょっとだけ励まし合う、ねぎらい合う。そういう体験共有が出来ればいいと思います。

 同時に孤立無援化を防ぐことが大事です。「俺なんか周りの人に迷惑をかけているばかりだ」 「どうせ誰も俺のことなんか気にかけていない」 と思うと燃え尽き自殺が迫ってきます。
職場では 「連帯」 が一番大事です。
 孤立しがちな人がいます。そういう人には 「あなたのことを気にかけているよ」 というメッセージを出し続けてほしいと思います。


 兵庫県の心のケアセンターの95年から97年にかけての相談記録ではPTSDの相談は全体の3%ぐらいです。強い不安とか対人関係、眠れないというような相談が多かったです。ここからPTSDの罹患者は多くないから大丈夫と思ってはいけません。診断基準を満たさないけど不安が強い等の問題が起きていることを知ってほしいです。
 心のケアセンターで、阪神淡路大震災から3年8か月後から5か月間、県外にあった復興住宅で、住民の協力を得られた人の厳密な診断面接を行いました。住民の9.3%にfullPTSDが見つかりました。ゆるい診断基準であるpartialPTSDは14%でした。
 時間が経ったから増えてきたのか、きちんとした調べ方をしたら有病率が上がったのか。おそらく見逃していた部分もあると思います。その証拠にfullPTSDが8人みつかりましたが、そのうち6人は以前に心のケアセンターが接触していたことがあったのです。あったけど問題ないと見逃していたのです。
 しかも被災者の中には自分がしんどいことを悪気で隠すのではなく、もっと大きな被害を蒙った人に失礼だ、申し訳ないという気持ちから 「大丈夫です」 と笑顔で言う人もいます。
 自分を奮い立たせている人にもケアが必要です。

 
 長田の大火があった地域の写真が2枚あります。1枚は直後で一面焼け野原です。瓦礫の撤去作業が行われていました。東日本大震災でがれきの撤去が遅れていたと言われますが、はっきり言って阪神淡路の方が遅かったです。
 阪神淡路大震災も東日本大震災も、こういう状況で生活していたことはお互いのねぎらいの中で思い出しておく必要があります。ややもすると東日本大震災と比べると阪神淡路大震災は楽だという風潮が全国の中にちょっとあります。それでは阪神淡路大震災の被災者は浮かばれません。あの時も結構大変でした。お互いです。このことは確認しておいていいのではないかと思います。
 もう1枚は、震災2周年の日に私が撮った写真です。2年間で2枚目の写真まで復興しました。震災からの2年間でこの地域の住民の人たちの生活はどうなったかということに思いをはせたいと思います。記憶を呼び戻していただきたいし、想像力を働かせてもらいたいと思います。
 2年後の写真に更地が多いです。ようやく瓦礫を撤去した人、転居された人がいます。自立出来た人、コンテナで仮設営業している人、立派な家を自力で再建てた人もたくさんいます。2年間で立ち直りに個人差が生じています。おそらく東日本でもそうです。
 個人的状況に差がついてくる中で、やや生活復興が遅れている方は、自分たちはなかなか楽にならないな、いつまでもしんどいと考えて自分は情けないなと自分を責めながら燃え尽きが広がっていくことがあります。
この時期に、求められているのは、一言でいうと見守りと発信です。
 震災後の不自由な生活の中で、家族が亡くなったり、見守ってくれる人がいない状況にある人が孤立無援になると燃え尽きることがあります。そういう人から自殺者を出さないようにしなければなりません。

 重い心の傷をトラウマと言います。なぜトラウマが人間にとって最悪なのか。トラウマに罹った人は高率でPTSDやうつ病に罹患します。それだけではありません。
 トラウマが人の心にもたらす最悪のことは、トラウマ自身が人の心に孤立無援感をもたらし、孤立無援状態に陥りやすいということです。
 なぜならトラウマは人の心に3つの不信感をもたらすからです。
 1つは、社会に対する不信感です。世の中はいつ何が起こるかわからない、ひどいことが起こるに違いないという考え方です。2つ目は、他人に対する不信感、これだけ自分はしんどい思いをしているのに他人はわかってくれない、人間なんて所詮孤独なんだという考え方です。3つ目は、自分自身に対する不信感です。こんなことにへこんでいる自分自身が情けないという考え方で、自分自身を責める気持ちが出てきます。
 この3つがないまぜになって、自分を互助的なネットや連帯の中からはじき出す、被災者の一部は人間集団から「離断」されて孤立無援に落とし込められます。
 身の回りで孤立無援になっている人がいたなら 「私はあなたのことを気にかけてますよ」 というメッセージを送ることが大切です。

 忘れないということが必要です。人間は忘れたいのです。忘れた方が楽です。日本人は忘れることが上手です。100%悪いとはいいません。
 災害を覚えているということは、そのことで亡くなった人がいるということを覚えていることです。それによって遺族は救われます。もし世間がそのことを忘れてしまうなら、自分の大切な人が亡くなったことが犬死になったと思われてなりません。せめて自分たちだけでも覚えておかないと息ぐるしい形で辛い記憶に向き合い、しがみつきます。
 そうならないためには、世間は、ずっと覚えておくことはできないにしても、たまにみんなで思い出す機会を作ることが大事です。忘れないということが大事です。
 それは遺族の心のケアであると同時に、つらい体験を次に伝えることで災害の対策になります。亡くなった人を大切にするということは遺族を大切にすることであり、遺族の孤独感を和らげるとことになります。世間が覚えてくれているという安心感の中でもう一度互助的なネットワークの中に呼び戻すことができます。

 災害がゼロにはなりませんので、不安なままで安心しなさい。これが真実です。


 この後、4人のパネリストによるシンポジウムが開催されました。
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