2013/09 ≪  2013/10 12345678910111213141516171819202122232425262728293031  ≫ 2013/11
「線路というものは、下から守っていくもんだ」
2013/10/04(Fri)
 10月4日(金)

 9月30日、横浜で 「元気が出る集会」 が開催されました。集会名称が 「元気が出る集会」 で、毎年開催されています。
 開催に至る経緯を聞きました。
 国鉄闘争は何度も山場を乗り越えてきましたが、2000年に復職は諦めろという内容の 「4党合意」 が提案されると闘争団員の心情は沈んでしまい、なかなか意識が前に向かいませんでした。
 それを見て神奈川の地域の労働組合は国労闘争団を激励する方法を思考します。そのなかで 「元気が出る集会」 を開催しようということを決めます。どのような集会にするかの議論の結論、名称はそのまま 「元気が出る集会」 ということになりました。集会の中味をどうするか。決まったことは、集会を構成する労組・団体が工夫を凝らして登壇するが演説は駄目ということです。

 今年もそれぞれが工夫をこらしての登場です。おんなのユニオン・かながわによる職場のセクハラをテーマにした講談はセミプロでした。バンドあり、闘争中の紛争をテーマにした寸劇ありです。
 国労神奈川は合唱です。国労に 「明日があるさ」 ? などとジョークも漏れましたが 「明日があるさ」 「いつでも夢を」 と続きます。アコーデオンの伴奏での 「国鉄労働組合歌」 は久しぶりに聞きました。最近は、国労から他労組に移った組合員が、「定年退職は国労で迎えたい」 といって戻っているのだそうです。最後まで屈服を続けるのは嫌だという思いです。
 「いつでも夢を」 は国労組合員の思いでもありますが、東日本大震災の被災地で高齢の被災者たちが歌い継いでいます。

  1 星よりひそかに 雨よりやさしく
    あの娘はいつも歌っている
    声がきこえる 淋しい胸に
    涙に濡れたこの胸に
    言っているいる お持ちなさいな
    いつでも夢を いつでも夢を
    星よりひそかに 雨よりやさしく
    あの娘はいつも歌っている

  2 歩いて歩いて 悲しい夜更けも
    あの娘の声は 流れ来る
    すすり泣いてる この顔上げて
    きいてる歌の懐かしさ
    言っているいる お持ちなさいな
    いつでも夢を いつでも夢を
    歩いて歩いて 悲しい夜更けも
    あの娘の声は流れくる

  3 言っているいる お持ちなさいな
    いつでも夢を いつでも夢を
    はかない涙を うれしい涙に
    あの娘はかえる 歌声で
    あの娘はかえる 歌声で


 今、JR北海道で事故が続いています。
 事故は起きる時は続いて起きるといいます。1つひとつの事故に個別の原因があって起こっているのではないからです。今回も経営の問題、管理の問題、作業体制の問題、現場のこなせない業務量の問題が重なった結果、起きてしまいました。
 いろんな 「専門家」 が、いろんな角度から解説しています。しかし国鉄分割民営化の問題にはだれも触れません。

 分割民営は、先に経営・利益があり、逆算して人員体制が作られました。廃止されえた路線もたくさんありましたが、それ以上に人員は削減され、JR発足当時の14.000人体制も今は半減されて下請化が進んでいるといわれます。
 知ったか振りをする 「解説者」 は労働組合の勢力争い云々などと語っていますが、職場の最大多数派は下請労働者です。

 下請労働者が事故を起こしているということではありません。国労組合員を排除してJR14.000人体制を確立するために、国鉄とJRは長期間新規採用を行いませんでした。さらに労働者を異業種に配置転換し、国労の支部・分会の弱体化を目論んだり、間接的退職勧奨を繰り返してきました。
 いくら機械化が進んでも、コンピュータ制御装置が導入されても、現場は現場労働者の“勘” や “コツ” を含む技能で維持されています。日々それらを磨きながら若い世代に伝承していきます。
 これが本物の保安維持体制です。しかしそれが途絶えてしまいました。
 たとえば、北海道には泥炭地帯があります。風雨にさらされたり晴天が続いたりすると線路に凸凹が形成されます。冬の霜柱、豪雪の年の雪解けなどが凸凹を形成する原因にもなります。線路は天候に影響されますが、保安は自然に順応していかなければならないのです。定期的検査などですむ問題ではありません。
 また、人員不足のため線路の近くの草木を放置しておくと根が延びて線路を持ち上げたり、ずらしたりします。
 労働者は、自然の力と地形と地域を知っていることが必要です。
 だから労働者の経験にもとづく “勘” や “コツ” が何よりの安全装置なのです。
 保線に従事した労働者は 「線路というものは、下から守っていくもんだ」 と語っています。(橋本勝彦他著 『鉄道物語』 宝島社)


 国策である国鉄分割民営化は、JR北海道発足に際して、“おいしい” ところは自動車輸送と奪い合い、“おいしくない” ところはJRが維持し、“まずい” ところは双方が撤退して過疎化を進めました。
 保安維持の困難さと自動車輸送との競争の中で、人員を削減して下請化を進め、人件費を含んだ経費削減を推し進めてきました。さらに社員・下請労働者を合わせた人員全体も削減されていきました。保安維持のための人員体制が確保されていません。

 本来、保安維持に問題があると思ったら指摘して改善させるのが労働組合の役割です。聞き入れられなかった時に労働組合として行使するのが “順法闘争” です。
 しかしJR北海道の最大の労働組合は、国鉄闘争においては自分たちだけは助かろうと 「労使共同宣言」 を結んで積極的に屈服していった連中です。いったん屈服した労働組合は再起できません。
 例外に新日本窒素労働組合があります。そのためには深刻な総括を続けました。
 JR社員は下請労働者にとっては現場の管理監督者になっていました。

 これらの構造が今回続発する事故を誘発したのです。しかし事故は現場の労働者だけが悪いという原因究明が進められています。まさにトカゲのしっぽ切りです。
 原因究明は国鉄分割民営化の是非からの点検が必要です。
 国鉄分割民営化は、最大の使命であった安全の分割民営だったのです。利用していた地域住民の生活維持の民営化でした。その結果、「地域格差」 も拡大しました。


 国鉄分割民営化は、赤字経営の構造を克服し、自立した経営体制を確立するということでした。
 国鉄はいつから赤字構造になっていたのでしょうか。
 1964年、東京オリンピックの年からです。開催に間に合わせて開通させた東海道新幹線が赤字構造を作り出し、その後の新幹線の延長は雪だるま式に膨らませました。一方ローカル線は切り捨てられました。
 東北新幹線と常磐線の関係をとらえると、福島の 「原子力ムラ」 の問題の一面も浮かび上がってきます。
 東京オリンピックを象徴とする戦後復興は、虚像でしかありませんでした。
 そのつけを構造改革と国鉄分割民営化という労働者と住民を犠牲にした手法で解消しようとしたのです。

 明治時代に鉄道はなぜ国有化されたのでしょうか。
 兵士や軍事物資を運ぶ時に、外国資本が入っていると軍事機密が守れなくなるからだといいます。
 とはいいながら、都会でのラッシュの電車料金も、過疎地帯の料金も同じ体制を作り上げて維持してきました。そこには支え合いの精神がありました。
 しかし国鉄の分割民営化は総評をけん引していた最大労組国労を潰し、労働組合同士の連帯を破壊し、「連合」 を登場させました。

 
 もう一度、国鉄分割民営化を 「線路というものは、下から守っていくもんだ」 の視点で捉え直してみる必要があります。
 その視点は労働運動を捉えかえす時の視点でもあります。
 

   当センター「いじめメンタルヘルス労働者支援センター」ホームページ・ご相談はこちらから
この記事のURL | 仲間・連帯・団結 | ▲ top
| メイン |