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復職最初の日に同僚が 「お帰りなさい」
2013/05/31(Fri)
 5月31日(金)

 大きな組合で復職問題をテーマに報告する機会がありました。
 昨今は、メンタルヘルスの話し合いをしていると必ず復職問題が出されます。深刻な問題になっていますが、いい話が少ないのも確かです。
 民間の労務関係セミナーなどでも取り上げられていますが、事例は症状が軽い段階の成功例です。
 2012年3月2日の 「活動報告」 にも書きました。内容が重ならないように報告します。


 体調不良で休職者が増えているということは、現在の政府の、会社の労働安全衛生政策に問題があるということです。
 以前にも紹介しましたが、精神科医の荒井千暁医師は著書 『職場はなぜ壊れるのか-産業医が見た人間関係の病理-』 (ちくま新書) で 「労働衛生の3管理」 を取り上げています。
 「労働者が健康を害さないよう措置を取る 『労働衛生の3管理』 とは何か。
 『作業環境管理、作業管理、健康管理』 で、これについては順序が大切です。
 労働組合はこのことをもう一度自覚する必要があります。『作業環境管理、作業管理』 を抜きにして 『健康管理』 はありえません。」
 しかし、現在のメンタルヘルス対策は 「健康管理」 だけが問題にされています。しかも、個人の問題にしてです。ですから対策は精神科医、カウンセラーなどの外部資源に依存して症状を消す治療だけしかとられません。

 「健康管理」 だけが問題とされている典型例が、今国会に上程されようとしている 「メンタルチェック義務化法案」 と呼ばれる 「労働安全衛生法改正案」 です。
 メンタルチェックで労働者は体調不良を正直に申告するでしょうか。労働者は 「弱い」、「病気」 を嫌います。競争に負ける前に戦力外通告をされるからです。そうでなくても低い評価を受けたり、「怠けている」 や偏見の目で見られます。
 一方、長時間労働者をチェックして 「大丈夫」 という結論になったら長時間労働は継続します。その結果、体調不良になったら 「使用者の安全配慮義務」 は免除さ、労働者の自己の管理不足の自己責任論が出されます。
 メンタルヘルスに罹患する本質的問題である 『作業環境管理、作業管理』 への課題が無視されています。

 職場においてもメンタルヘルスケアへの関心度は高くありません。
 関心度は、使用者が労働者をどう捉えているかのバロメーターです。労働者を大切にするか、代わりがきく物と捉えているか。
 労働者にとっては同僚、仲間をどう捉えているのかのバロメーターです。気遣い、かばい合い、一緒に声をあげることをしているか。休職者が出ると負担が増えて迷惑の愚痴をこぼしたり、ライバルが消えたと捉える同僚もいます。
 関心を示さない理由として 「取り組み方がわからない」 と答える使用者や労働組合、労働者がいます。口実です。取り組む気があるなら方法を探すはずです。


 復職問題の取り組みは、対応方法が難しい、わからない、面倒くさいと回避されてきた中で休職者が多すぎるという実態を作ってしまいました。その結果休職期間が長期化しています。現在は、対応方法をわかっても手が回らない状況に至ってしまっています。
 そのことを知っている労働者は体調不良のまま働き続けています。休職すると復職できないと知っているからです。
 これ以上体調不良者を出さない対策を優先させて、同時に休職者・復職者の対応を進めないと深刻さはさらに増します。

 復職に際して回復とはどのようなことを言うのでしょうか。
 精神疾患の障害は “disorder” と言います。症状は因果関係がある反応です。「体調不良は、異常な事態への正常な反応」 です。
 身体の障害は “disability” と言います。身体の一部が機能停止している状態です。
 しかし日本の精神医療は、“disability” つまり患者の病的な症状を発見して症状を治療することを目的にしています。だから投薬治療中心です。主治医等の復職可能の診断基準は症状が消えたことです。
 患者が社会のなかに存在する人間、労働現場で使用者の指揮命令の下で働く労働者であるということの因果関係は問題にしません、できません。
 欧米では、回復とは患者が社会生活、労働生活を送れる能力を発見することです。


 実際には復職問題は簡単ではありません。
 日本において就労するとは、「就業」、「就職」 の前に 「入社」 です。日本的風土、「文化」、社風を強制されて慣らされます。そこでは労働者の個性は殺されます。
 そのような中で体調を崩して休職に至る原因がいくつかあります。
  ① 長時間労働
  ② 過重労働 (責任過多。裁量権がない)
  ③ 人間関係
  ④ 異業種への配置転換 (適性配置違反)
  ⑤ 顧客、住民、モンスターペアレントからの攻撃
などです。そうすると復職に際してはまずそれらの問題が消去されないと安心できません。
 使用者も周囲の労働者も職場環境改善を何もしなければ、原因は存続することになり、再発の危険性は大きくなります。

 休職者の状況は
  ① 比較的軽度で仕事に影響がなく早期の回復が見込める場合
  ② 短期間の1~2回の休職を経てその後は安定就労が見込める場合
  ③ 医療的なケアが適切に行われておらず、回復にむけてのプロセスも確立されておらず、
   休復職を繰り返したり、周囲の対応も困難が伴う場合
  ④ 比較的重い疾病により休復職を繰り返したり、回復が困難な場合
に分かれます。
 休職に至った原因と合わせてそれぞれ復職プログラムは違ってきます。

 さらに休職中は体力、精神状態にいろいろな反応が出てきます。
  ・体力が低下する。思考能力が低下する。
  ・生活スタイルが維持できない。
  ・社会との関係性が薄らぐ。
  ・業務上のスキルが低下する。
 芸人の世界では 「稽古を1日休むと自分が気付く、2日休むと相手 (師匠) が気付く、3日休むとお客が気付く」 と言われています。だから毎日稽古に精進します。
 休職者はこれらのことを自覚する必要があります。だから復職プログラムがリハビリ勤務やためし出社を含めて必要になります。
 しかし理解できない、しない使用者が多くいます。復職までのプロセスをすべて自助努力とし、復職と同時に即戦力を要求します。
 休職者の側も反応に気付かない、認めない者が多くいます。
 復職に向けては休職者も変わる (成長する) ことが必要です。

 休職期間が長くなるほど不安感は増します。“disability” と違います。しかし 「ゆっくり休め」 と不安感を増すようなアドバイスが多くあります。方針がない場合や期待がない時の対応です。そうすると取り残された、当てにされていないと受け止めたり、自信喪失に陥ります。休職・復職を繰り返すと労働者は自信を喪失していきます。
 長期休職者は簡単に 「寛解」 や 「完治」 しません。無理に復職したら再発の危険性は大きくなります。
 人間関係や異業種への配置転換などの違和感が原因で適応障害、出社拒否のような症状に罹患して休職すると休職期間終了間際まで至ることが多くあります。期限切れが近づくと焦り出します。3月になると 「復職可」 の診断書を提出する教員がいますが使用者から見透かされます。
 休職が長期に至った場合は、個人だけでの努力では無理です。集団生活での訓練、例えば職業教育訓練などが必要になります。
 職業教育訓練学校は、通学することで生活スタイルを確立しながらスキルアップができます。しかも競争がない、助け合いがある関係性での共同生活はコミュニケーションの力が付きます。
 コミュニケーション能力をアップさせるためには、例えば、意識的に地域活動、父母会、ボランティア活動への参加も有効です。視野が広がります。会社と違う社会が獲得できます。
 社会への復帰ができるようになって初めて職場に復帰できます。


 休職者が出た場合、使用者はこれ以上体調不良者を出さないために 『職場の復職プログラム』 の5段階のステップのうち、最初に<第5ステップ>を実行しないと復職は成功しません。
 <第5ステップ>は、「職場復帰後のフォローアップの段階であり、『疾患の再燃・再発、新しい問題の発生等の有無の確認』、『勤務状況及び業務遂行能力の評価』、『職場復帰支援プランの実施状況の確認』、『治療状況の確認』、『職場復帰支援プランの評価と見直し』、『職場環境等の改善等』 及び 『管理監督者、同僚等への配慮等』 で構成される。」 です。
 使用者は、体調不良者が出たことは職場環境の問題として捉え、「使用者の安全配慮義務」 を果たさなければなりません。そのためには、使用者・管理監督者だけでなく職場の全員で問題の洗い出し、社員や労働組合からの要求・提案をうけ入れて改善策を検討する必要があります。
 かつて炭鉱ではカナリアを連れて入坑しました。カナリアはガス漏れに敏感に反応します。カナリアが騒いだらガス爆発の危険性があるという判断をして坑夫は避難しました。
 体調不良者が出現したということは職場環境に問題があると捉えて点検しないと続出します。

 リハビリ勤務やためし出勤は、災害が発生した時に労働災害にならないということを理由に嫌がる使用者がいます。労災の危険性への対策として、休職者を短期間生命保険や共済に加入させた使用者もいます。

 復職を成功させるためには、まず、使用者は復職を拒否していないことの意思表示が必要です。ためし出勤の活用はその意思表示です。
 期待の表明としては、復職最初の日の朝に同僚が 「お帰りなさい」、「何かあったら遠慮なく言ってね」 と表明すると安心したという体験談の報告があります。
 

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「労働は生活を与えるものであって、死の原因となってはいけない」
2013/05/28(Tue)
 5月28日(火)

  「胆管がん」 が新たな労災問題として取り上げられ始めています。勉強会に参加しました。
 印刷業界ではすでに多くの死者が出ています。今年になって洗浄剤が原因であると突き止められ、労災も認定されました。
 洗浄剤の 「1、2ジクロロプロパン」 「ジクロロメタン」 などの物質を吸ったことが……と説明されても正直ちんぷんかんぷんです。〇拾年前の化学の授業を思いだし、「ジ」 だから2個のクロロプロパンがあり、プロパンだからアルキル基が3個あって……とまさに机上の物質しか連想できません。

 しかし 「胆管がん」 を労災認定させるに至る労働安全センターと医者の奮闘の報告、労働安全衛生についての問題提起は敬服することししきりでした。
 配布された資料に、今年3月14日付 『毎日新聞』 夕刊に載った産業医大熊谷信二准教授のインタビュー記事があります。
 「今回の特徴は、胆管がんとの関係が知られていなかった1、2ジクロロプロパンなどを労働者が吸ったことで発症したことと、この化学物質が規制されていなかったことだ。早期発見と予防のため3つの提案をしたい。
 第一に、法的規制がない化学物質でも、健康被害が発生すれば事業主の責任だと明確にすることだ。
 産業現場では、法的規制がない化学物質を安易に使用する傾向あり、新たな健康被害を引き起こしてきた。事業主の責任を法的に明確にすることで、未規制の物質の安全対策を十分、実施した上で使うようになるだろう。
 第二に、健康を守るための労働者の知る権利、予防のため職場改善に参加する権利を強化、確立することだ。化学物質を販売する者は、販売先の事業主に、毒性情報を記した化学物質安全データシート (MSDS) を提供することが労働安全衛生法で定められている。しかし今回、元従業員の依頼で私が毒性を調べようとしたが、販売者にMSDSの情報提供を拒否され、調査の妨げになった。
 労働者が化学物質対策の決定に参加する権利も欠かせない。職場環境は事業主が改善を図り、労働基準監督署の監督官がチェックするのが建前だが、実際は人数不足で手が回らない。労働者が職場改善に関われるように法令を改めるべきだ。
 第三に、医師らが異常な病気の発生などを発見した際、労基署に通報するシステムが必要だ。今回、患者が 『同僚も同じような病気になっているので、仕事が原因ではないか』 と医師に訴え出たが、『証明が難しい』 と言われたケースがあった。特定の感染症は発生の報告が義務づけられていることにならい、異常事態を医療現場から労基署などに通報するシステムを構築すれば、予防に効果的だ。」

 使用者は、労働安全衛生問題に限らず、法的規制がないと 「合法」、「違法でない」 と主張します。労働者が危険を察知して忠告しても止めません。
 被害者が裁判に訴えて初めて使用者の過失責任とともに国の規制の放置が問題にされます。そして長い年月を経て被害者が勝利しても、使用者が賠償責任を負う能力を欠いているということもあります。使用者が損害を作って国が賠償するということもあります。
 これでは使用者は、危険を察知してもやりたい放題で、被害者は拡大します。
 金銭で賠償されても労働者の健康は戻ってきません。
 法的規制がない化学物質を使用しても健康被害が発生したら事業主の責任だと明確にすれば、使用者は安全を追及することになります。

 労働者は、使用者が提供する物質を疑うことなく使用します。しかし安全の保障がないのが実態です。労働者が健康を守るために知る権利、予防のため職場改善に参加する権利を強化、確立するのは当然のことです。
 異変を最初に気付くのは労働者です。その声をより早くあげることができ、問題化することができる体制を保障しておくことが必要です。


 全国労働安全衛生センター連絡会議の機関誌 『安全センター情報』 は、今年の4月号で 「胆管がん多発事件はどうして起こったか」 を特集しています。取り組みの経過、医学・疫学的解説、シンポジウム報告、資料などが載っています。
 化学物質の知識がなくても、医学的知識に乏しくても、それらの部分を飛ばして読んでも、労働安全衛生問題についてわかりやすい解説と提案をしています。

 熊谷准教授が提案した 「早期発見と予防のため3つの提案」 の第二を具体化した内容が、いくつかの国際的労働組合組織が共同で作成した 『職業がん/ゼロ・キャンサー 労働組合の予防ガイド』 に載っています。紹介します。
 「……代わりに、原因が隠され、実態が伏せられたまま、殺人が続く。
 これ以上放ってはならない。職場のがんリスクは、労働組合に突き付けられたチャレンジである。……
 労働は生活を与えるものであって、死の原因となってはいけない。……

   職場をチェックする
 書物に頭を突っ込むことで職場のがんリスクについてのすべての回答を得られると考えていたとしたら、間違いである。労働において使用されている化学物質のわずかに100分の1だけが、体系的にテキストされているにすぎない。
 職場にリスクがあるかどうかを調べるには、労働組合による警戒が必要である。これは、あなた自身が調査活動をすることを意味している。…
 可能な限り物事をシンプルにすることが重要である。労働組合の集まりにおける素早い議論が、あなたの必要とするすべての情報を提供するかもしれない。職場の人たちを巻き込むこと――彼らは自らの仕事、同僚、真のハザードを知っている。

  何が問題か?
 聞いてまわる:職場の特定の部分の病気休暇のレベルが高くなっていないか? 労働者または元労働者のがんの事例を知っているか? 影響を受けた労働者全員が……同様の仕事をしたり、同じ物質を使っていなかったか? 他の労働組合代表や同僚、とくに長期間その会社や同じ業種で働いてきたものに聞いてみよう。

  ●リスク・マッピング
 簡単な職場の地図を描き、機械、作業場所、使われる物質やプロセスを書き込む。特定の仕事をしている労働者によって報告された健康問題をすべて、リスクマップの上に記録する。この作業を定期的に繰り返しながら、何らかの問題が現われていないかチェックする。……
  ●ボディ・マッピング
 大きな紙にふたつの身体の輪郭を描く。片方は人間の前側を片方は裏側を示している。痛みを感じる場所、健康問題や症状をもつ部位を、労働者に書き込んでもらう。同じ仕事をしている労働者たちが同様の問題をかかえている場合には、職場の要因と彼らの健康問題を関連づけるスタートになる
  ●調査(Investigate)
 職場の病気休業、災害、補償や年金記録など、入手可能な情報言を見直す。……

  ●調査 (Survey)
 しろうとが自分でやれる調査で迅速に問題を確認することができる。高度に科学的だったり、時間のかかる作業は必要としない。労働組合代表は、休憩時間に労働者に、特定の仕事や物質が気にかかってないか、同僚たちの間で気にかかる病気休業の傾向や健康問題の原因に気づいていないか聞いてみることができる。
  ●優先順位を付ける
 がんを引き起こす物質やプロセスが使用させていることがわかったら、速やかにより安全な物質やプロセス、作業方法について交渉しよう。職場にいかなるがんもないようにするための最善の方法は、労働者がリスクにさらされる仕事を確実になくすことである。」


 欧州労働組合研究所 (ETU) 労働条件安全衛生局ディレクター Lauret Vogel の論文 「職業がん:共同体新戦略の重要な課題」 は次のように結ばれています。
 「(欧州委員会が) 法令の見直しを行わないためのあらゆる言い訳が考え出されてきた。労働災害件数減というバラ色の絵の裏側に隠すことはできない重大な過ちがある。毎年、労働災害で死亡する者の15倍もの人々が、欧州で劣悪な労働条件によるがんによって死亡している。科学者であり、アスベスト・ロビーの指導的反対者としてアーヴィング・セリコフ博士は、『統計は涙をぬぐった人々のことである』 とかたった。」


 職場の安全衛生を獲得するには労働者と労働組合の活動が必要です。「事件は現場で起きている」 です。労働者・労働組合だからこそ出来る有効性がある疫病調査があります。それが罹災者を減らすための近道です。


 以前、使用者と管理者を対象にしたメンタルヘルスケアの講演会に参加した時、会場から質問が出ました。
 「職場に体調不良者が数人いるのですが、自分も体調不良になるのではないかと不安です。どうしたらいいでしょうか」
 医師が答えました。「うつ病は伝染病ではないですが、よくうつると言われます。その人たちの感情を受け入れてしまうからです。遠ざかることが必要です。」
 本当の話です。質問者も質問者なら、回答者も回答者です。ぐっと力が抜けてしまいました。
 あれからどれくらい問題の捉え方が進み、職場は改善されたでしょうか。労働者の意識は変わったでしょうか。
 まだまだ他人事、個人の問題と捉えられています。

 職場で同じ症状の者が複数でたら職場に原因があります。
 「社員の病は会社の病 会社の病は社会の病」です。 
 

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憲法9条は 「人を殺さなくていい」 と謳っている
2013/05/24(Fri)
 5月24日(金)

 裁判員制度が開始される前のことです。
 陪審員制度をどう考えるかをテーマにした講演会に参加すると、参加者全員に1つの事案が示され、「あなたはどう判断しますか。有罪ですか、無罪ですか」 と質問されました。
 最初は 「すべての犯罪は社会が生み出している。その根源を問題にすることなく個人の行為だけを問題にすることはできない。だからすべての事件の判決は無罪」 と本気で構えていました。事案を検討する前から結論は無罪でした。99対1になっても変えるつもりはありませんでした。
 しかし与えられた30分間事案を検討している間に別の捉え方が生まれてきました。日本社会で個人が束縛されることなく自由に検討する機会はあまりありません。これを機会に “長いものに流される” “おまかせ民主主義” の社会風土が変革される方向に向かえば別の意味ではいいなという思いが湧いてきました。
 そうするとその思いに引き込まれて真剣に“検討してしまった” のです。

 しかし裁判制度の改革は、陪審員制度からはかけ離れた裁判員制度を導入しました。
 4年が経ちます。改めてたくさんの賛否の意見が出されています。

 5月7日、福島地裁郡山支部で裁判員だった方が、証拠調べで殺害現場や被害者の遺体のカラー写真を見せられて体調を崩し、急性ストレス障害と診断された、その後もフラッシュバックや不眠などが続いて今も治療中ということで損害賠償訴訟を起こしました。死刑の結論も重荷になったのかもしれないといいます。

 日本社会では個人が社会参加する機会が少ない、議論をして決定する、個人が責任持った判断をすることに慣れていない実情があります。
 しかし突然裁判員に選ばれると隔離された場所で、誰にも相談することなく被告の生活を左右する判断、時には生死を決定する判断を迫られます。どんな判断に至ってもストレスを感じないということはありません。

 裁判官もそうです。死刑判決は慎重な判断が必要だからということだけで合議制になっているのではありません。1人ひとりの裁判官が自分だけの判断ではないと逃げ道を作れるためです。地裁の裁判官は、被告に控訴してくれ、そうすると自分たちの責任が小さくなると期待するといいます。
 また、死刑判決を決定したのは国の法律や制度であり自分ではない、自分は裁判官として職務を履行しただけだと納得させます。
 裁判官のストレスは、それぞれが独立して存在し、守秘義務があるといっても夜の裁判所という密室は酒場と化し、そこでお互いに思いを吐くことができます。
 このようにして国家の名のもとに人が人を殺す行為の “共同共謀” に加担します。
 
 しかし裁判員は守秘義務があり、ストレスを1人で抱えます。今回の例がまさしくそうです。


 S・L・A・マーシャルは第二次世界大戦中、太平洋戦域の米国陸軍所属の歴史学者でした。彼の下に歴史学者のチームがあり、面接調査に基づく研究を行っていました。
 その成果を 『発砲しない兵士たち』 で発表しました。
 米国陸軍に勤務し、陸軍士官学校教授などを歴任した心理学・軍事社会学専攻のデーヴ・グロスマンは、著書 『戦争における 「人殺し」 の心理学』 (筑摩書房) のなかでマーシャルの 『発砲しない兵士たち』 を引用しています。
 「何百年も前から、個人としての兵士は敵を殺すことを拒否してきた。そのせいで自分の生命に危険が及ぶとわかっていてもである。これはなぜだろうか。そしてまた、これがあらゆる時代に見られる現象であるとすれば、そこにははっきり気付いた人間がなぜひとりもいなかったのであろうか。」
 「マーシャルはこう書いている。『平穏な防衛地区に移されると心底ほっとしたのをよく憶えている。……ここなら安全だからというより、これでしばらくは人を殺さなくてすむと思うと、じつにありがたい気持ちになるのだ』。マーシャルの表現を借りれば、第一次大戦の兵士の哲学は 『見逃してやれ、こんどやっつけよう』 だった。」

 兵士のストレスが最初に取り上げられたのは、アメリカの南北戦争の帰還兵と市民に戦争という外傷体験によって心身に異常が発生するこがみられたことからだといわれます。
 昨今、リンカーンと南北戦争の捉え返しが新聞等でおこなわれています。アメリカで、これまでの戦争による兵士の死者数は南北戦争が一番多かったという史実があります。戦闘だけでなく栄養失調などによる病死者もかなり出ました。
 第一次世界大戦の塹壕戦でイギリス軍兵士に 「戦争神経症」 や 「シェル (砲弾)・ショック」 と呼ばれる症状が表れ、精神科医は対策を取りました。(2011年4月4日の 『活動報告』 参照)
 「1914年にはじまる第一次大戦は、それまでの戦争にはなかった膨大な数の死傷者を生み出した。『総力戦』 という言葉がはじめて使われたことからもわかるように、前線兵士のみならず、一般市民にも食糧不足などの深刻な影響が及んだ。また、当初は簡単に終結すると思われていた戦闘は、長期の塹壕戦となって前線兵士に心身の消耗を強要した。銃砲や戦車、潜水艦、飛行機などの新しい兵器が次々に登場したことで、『砲弾ショック』 などの新用語が生まれ、また世界初の毒ガスの使用は新たな恐怖と心理的ショックをもたらした。
 4年余りに及んだ戦闘が終わったのちには、『戦争神経症』 (「戦争ヒステリー」) という新しい名の後遺症が残され、その治療が精神医学の世界で大きな問題になったのである。」 (小俣和一郎著 『ドイツ精神病理学の戦後史』」)


 『戦争における 「人殺し」 の心理学』 によると、戦場で敵に遭遇した兵士の行為は、「闘争」 「逃避」 「威嚇」 「降伏」 の4つのパターンになります。
 敵に遭遇した時、最初に取る行為は 「威嚇」 です。実害のない 「威嚇」 で撃退できなかった場合に 「闘争」 「逃避」 「降伏」 の選択肢になります。奇襲攻撃の作戦以外では、お互いが生き残る方法を選択します
 マーシャルの調査では、第二次世界大戦中、平均的な兵士たちは敵との遭遇戦に際して、火戦に並ぶ兵士100人のうち、平均して15人から20人しか 「自分の武器を使っていなかった」 のです。しかもその割合は、「戦闘が1日中続こうが、2日3日と続こうが」 常に一定だったといいます。
 「リチャード・ゲイブリエルはこう述べている。『今世紀に入ってからアメリカ兵が戦ってきた戦争では、精神的戦闘犠牲者になる確率、つまり軍隊生活のストレスが原因で一定期間心身の衰退経験する確率は、敵の銃火によって殺される確率よりつねに高かった』。」 と言います。
 「イスラエルの軍事心理学者ベン・シャリットは、戦闘を経験した直後のイスラエル軍兵士を対象に、なにがいちばん恐ろしかったか質問した。予想していたのは、『死ぬこと』 あるいは 『負傷して戦場を離れること』 という答えだった。ところが驚いたことに、身体的な苦痛や死への恐怖はさほどではなくて、『ほかの人間を死なせること』 という答えの比重が高かったのである。」
 ごく普通の人間は、なにを犠牲にしても人を殺すのだけは避けようとします。


 マーシャルの報告は、アメリカでは評価されず、公表されることはありませんでした。しかしその事実に対する対策は進められます。「反射的な早打ちの訓練」 などが行われます。
 その結果、ベトナム戦争での発砲率は90%から95%に昇ったといいます。
 その結果です。
 「ベトナムで何がおきたのか。40万から150万ともいわれるベトナム帰還兵が、悲惨的な戦争のすえにPTSD (心的外傷後ストレス障害) に苦しんでいるのはなぜなのか。いったい、アメリカは兵士に何をしてしまったのか。」
 戦闘の近代化は兵士が戦場・現場に赴くことなく、遠方の安全地帯からの機械操作で画面を見ながら行われます。しかしその安全地帯で機械を操作する兵士も体調を崩しています。
 ベトナム戦争帰還兵から、イラク、アフガン戦争の帰還兵からもたくさんの自殺者が出ています。
 米軍が米兵を殺害しているのです。


 裁判員制度に反対している人たちの理由の1つに、国から裁判員の呼び出しが届いたら断れない、現代の 『赤紙』 (召集令状) だというのがあります。“人を裁く” ことを強制されるのです。しかも死刑宣告をしなければならない場合もあるのです。
 裁判員制度の賛否はさておくとしても、継続させるならまず死刑制度を廃止すべきです。
 「人が人を殺すこと」 は誰にもできません。させてはいけません。巻き込んではいけません。
 犯行事実が刑法の構成要件に該当するかどうか、判例に照らし合わせたらどうかなどという作業に裁判員を参加させるのは裁判制度改革の目くらましでしかありません。
 いま 「犯罪」 は悪循環を繰り返しています。重い刑は更生・生活の再スタートを困難にするだけです。
 裁判員制度を維持するのなら、公判と判決は広く議論をして被告に更生を期待して提案する内容に改革してはどうでしょうか。そして更生することができる社会と制度の整備を提案してはどうでしょうか。

 
 裁判員はまさしく兵士と同じ心情に至ります。「国家的暴力」を強制されるとストレスが生じます。
 だれでも『ほかの人間を死なせること』 は嫌です。


 いま憲法を変えようとする為政者たちは、戦地に行くことのない人びとの階層で、軍事と軍事産業を経済成長に取り込んで栄華を謳歌しようとしています。だから侵略に備えて云々などと言いながら、格差社会の 「負け組」 に追いやられた人びとに自己責任を強制し、自殺者や餓死者が発生している状況にも積極的に対策を取ろうとしないのです。貧困な政策が貧困を作り出しています。人の命を軽んじています。
 戦争という行為は、敵も味方も心身を長期に破壊します。そして今も続いている戦後補償訴訟のように、後方部隊、第三者も巻き込んで心身を長期に破壊します。
 憲法9条は 「人を殺さなくてすむ」 ことを謳っています。人がいちばん嫌なことをしなくていいと言っています。その保証があるから人びとは物事をポジティブに発想できるのです。変える必要はありません。 
 

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労働時間と労働条件は別のもの
2013/05/21(Tue)
 5月21日(火)

 5月15日、日本労働弁護団主催の 「解雇規制の緩和に反対する集会」 が開催されました。
 2月15日に開催された政府の第2回規制改革会議は70項目におよぶ検討課題を提示しました。そこには解雇規制の柔軟化、裁量労働制の対象業務拡大、派遣労働の対象となる業務範囲の見直しなども含まれています。25日に開催された第3回会議では 「労使双方が納得する解雇規制の在り方」 として 「解雇に係る規制を明確化するとともに、解雇が無効であった場合における救済の多様化により、使用者及び労働者双方が納得するルールの下で仕事ができるよう労働環境の整備をおこなうべきではないか」 との検討項目が記され、ワーキンググループの検討項目にしました。

 大阪市立大学の根本到教授が講演しました。
 資料の中に、OECDが作成した 「解雇規制の国際比較 (2008年)」 がありました。「正規雇用」「非正規雇用」「大量解雇」 の3つの観点からOECDが指標化しました。数値が大きいほど規制が厳しいということですが、上位からフランス、ドイツ、韓国、スウェーデン、デンマークの順で、日本は30か国中24番目です。日本の下位にイギリス、アメリカが位置しています。
 ここからは、日本は解雇が厳しいという経済界の主張は当りません。
 もう1つのことが言い得ます。
 24位以下にイギリス、アメリカが位置していますが、1980年代に新自由主義を掲げて行政改革を推し進めた中曽根、サッチャー、レーガンによって労働運動・労働組合が攻撃を受け、その後立ち上がれていない国です。
 また、日本が24位、下位から7位ということは、言い方を変えると労働組合が弱い、“だらしない” のが7位ということです。4月28日の 「活動報告」 に書きましたが、前回 「整理解雇の4要件」 の判例が履えされ続けた時も、大企業労組や連合が抗議の運動に積極的に取り組むことはありませんでした。運動を中心に担ったのは中小の労働組合が集まった実行委員会です。

 上位の国と比較した時、日本の労働政策は政策と言えません。
 雇用政策と社会保障の連結、賃金や労働時間等、労働安全衛生などの政策は厚労省内部でも縦割りでバラバラになっていて連携がなく、総合的な対策が取られていません。


 フランスの労働法についてわかりやすい解説をしているミシェル・デスパックス著 『労働法』 (白水社 1993年刊) から引用します。少し古いですが、思想、思考方法だけでも参考になります。
 フランスの労働法は、(1) 労働時間、(2) 労働安全衛生、(3) 労働条件の改善の規定を定めています。
 日本の労働者の感覚では、労働時間は労働条件ではないのかと面喰います。
 労働時間と労働条件は分けて捉えられます。
 労働時間は、生活時間の中の労働時間の部分です。生活時間の確保は使用者が支配する労働時間に優先します。有給休暇、バガンスなどは生活上の権利と位置づけられます。
 そして3項目の順序は優先順位です。労働時間は労働安全衛生に優先し、労働安全衛生は労働条件に優先します。生活を犠牲にして長時間労働をすることも、健康を崩してまで労働することもありません。
 基本的人権は個人と家庭生活を尊重します。ですから日本の労働者のような長時間労働の状態は理解不可能です。

 基本的人権の尊重は雇用の安定に繋がっています。
 雇用の保護という視点から、1973年の石油ショックの後に解雇に関する改正が議論された時も、経済的理由の解雇に対して労働者の保護制度を完全なものにしました。
 80年代になって使用者から 「柔軟性」 の要求が出されますが、改正においては 「経済的解雇の予防と転換の権利」 が盛り込まれました。解雇された労働者の受ける損害の予防と補償を重視しています。
 法律的には使用者は労働者を解雇できます。しかしその結果訴訟に至った時、挙証責任は使用者にあります。
 政策としては、解雇を量的にできるだけ少なくし、その影響をくい止めるために、種々の防壁がおかれています。経済的解雇については予防的であり、治療的です。ですから解雇に伴う損害の賠償のみならず、解雇された労働者の 「転換」 が配慮されています。

 解雇予告期間は、勤続年数6か月以上2年未満の労働者に対しては1か月、それ以上の場合は2カ月です。
 解雇の金銭的解決については、破毀院 (日本の最高裁) の判例が確定しています。
 「補償の最低額を定める規定は、実際に復職が可能であると裁判官に判断される場合にのみ限られると解釈されるものではなく、『法律によって設けられた補償のあらゆる措置を欠くとき、この規定は一般的に適用されるものと考えられ、解雇が、現実的かつ重大な理由を欠き、復職がない場合にも適用しうるのである。』」
 少なくても6か月分の賃金に相当する補償手当を支払わなければならないという見通しは、現実的かつ重大な理由なく解雇した使用者に威嚇的な効果を有したといいます。使用者は「解決金を支払うより雇用を続けた方が得」 という判断をしました。
 フランスの使用者が駄目だと結論付けている制度と似たものを日本の経済界は 「解雇の金銭解決制度」 として提案しようとしています。曲者と捉えない方がおかしいです。

 そして継続的職業教育制度を確立しています。
 企業に職業教育税を課し、それを原資にして労働者に 「教育休暇」 を保証しています。
 教育休暇の 「目的は、職業生活の途中で、労働者が働いている企業の教育計画の中に含まれている要請とは別に、労働者の発意に基づき、かつ個人の資格で職業教育をうけることである」。
 企業は税を払っているのだから活用しない手はありません。
 教育休暇は、労働時間中または一部を使って行われます。高められた労働者の職能は企業で発揮されます。
 日本では、職業教育は労働時間外の自己責任です。金銭的にゆとりがなければ受けられません。高められた労働者の職能は、労働者の個人財産です。

 このように捉えるとフランスの労働法は企業に厳しく、労働者を保護し過ぎていると捉えられかねません。
 しかし政府は、納税者である労働者を保護し、「労働者の量」 を維持することで国家財政を維持し、社会保障をしているのです。だから企業からの反対や抵抗があっても合意に至ります。
 確か1990年代、「整理解雇」 が避けられなかった時、解雇者は若者、勤続年数が短い者の順に指名されました。若者の方が転換・転職しやすいという理由です。日本とは逆です。
 

 安倍政権発足直後、政府は 「中間層を育成して……」 ということを言っていました。
 高度経済成長の時期は 「中流階級」 が納税して社会保障を充実させました。安倍政権もその方向に向かうのかと思っていたら、失業者を増大させる政策が進められようとしています。
 「中間層を育成して……」 は、中間層を投資家にするということのようです。
 景気変動による失業者の増大に対しては雇用保険で対処することも可能です。
 しかし構造的不況、産業の転換期には労働力の移動は不可欠です。雇用保険での対応は役に立ちません。 そのためにこそ労働者の職業教育が必要です。
 方向性のない雇用の流動化は生産性向上と相反します。そして悪循環を繰り返します。
 不安定な雇用政策は、社会不安と共に国家を危機に落とし込めていきます。「貧困政策に自立重視」 などという政府はいりません。


 「余剰人員」 が発生した場合の対処のヒントを、また古い本ですが、イギリスの 『ルーカス・プラン 「もう一つの社会」 への労働者戦略』 (ヒラリー・ウエインライト、ディヴ・エリオト共著 緑風出版) から探ってみます。
 まずカバーの裏側の解説です。
 「1970年代、『イギリス病』 と呼ばれるほどに慢性化したイギリス経済不況は、合理化、企業合併、工場閉鎖、倒産の嵐を引き起こしつつ、大量の失業者を産み出している。主に軍事用航空機部品メーカーとして知られるルーカス・エアロスペース社に働く労働者は、合理化・人員整理もやむなしとする経営側の理論の前に、脆くも崩れ去っていく労働運動の現状を打破すべく、『契機後退と人員整理に対する積極的代案』 を作成する。軍事生産よりも社会に役立つ製品の開発をというこの 『経営プラン』 を武器に、ルーカス労働者は闘いを展開する。」

 本文です。
 「1974年1月に中央の経営陣がルーカス・エアロスペース社全体に及ぶ800人の人員整理を発表した際も、……会社側は、この人員整理について公表する前に連合委員会に知らせてきた。それだけではない。連合委員会にある提案をした。この人員整理をどのような形で実施するかについて連合委員会に決定権を、つまりどの労働者をクビにするかを決める権利を与えようというのである。経営側の計算はこういうことだったのであろう。連合委員会は、これを自己を認めさせ正当なものとして地位を得るための機会とみなすだろう。連合委員会にとって雇用を守ることよりもこのことの方が大事にちがいない、と。ところが、実際は、連合委員会は状況を逆手に取った。この全般的な人員整理という脅威を良い機会ととらえ、人員整理に対する初めての効果的な全国キャンペーンを開始したのである。」
 経営者による労働組合幹部の抱きかかえは古今東西どこでもあることです。
 しかしルーカス・エアロスペース社の労働組合・連合委員会は逆手に取りました。

 「キャンペーンの計画が立てられたのは1974年1月に開かれた連合委員会の会合の場であった。これは、連合委員会の代表たちが会社側の出してきた 『人員整理の共同実施』 という提案を拒否してから10日後のことだった。この会合に集まった代表たちは、次のように宣言し、この方針をとるよう各事業所のショップ・スチュワート委員会に勧告した。
 もし会社側が人員整理を実施しようとするなら、次のような措置がとられるだろう。
 (a) 超過勤務禁止措置
 (b) 中心的部門からの労働者の引き上げ
 (c) 外注禁止措置
 (d) 順法
 (e) 全面的採用阻止 【経営側は全般的な人員整理を行っている時でも、特別な部門で新しく人を雇うこ
   とが必要な場合があるが、それをすべて阻止しようというもの】 これらの提案がどのような形で実施に
   移されたかは事業所によって異なる。」
 「措置」 のそれぞれは労働組合としての当然の主張です。
 しかし現在の日本では考えられません。労働者は、会社に長時間労働を含めて忠誠を誓うことで自分だけは助かろうとします。前提として労働組合が信頼を完全に失っています。

 「『経営プラン』 作成の時点でルーカス・エアロスペースの労働者が直面していた最大の問題は、人員整理と不況だった。これらは、部分的には航空宇宙産業に特有の問題がもたらすものとみられていた。……連合委員会は、軍事費の削減は避けられないと同時に好ましいことだと考えた。このため、新しい戦略が必要だった。さもなければ、軍事産業の労働者たちは、失業してしまうか、それとも軍事費の増大をもとめるかという立場に置かれることになる、と連合委員会は主張した。
  ……
 『経営プラン』 が指摘したもう1つの問題は、残っている仕事の技術面での内容やそのおもしろさが低下しているということだった。『経営プラン』 の序文は、この70年間にわたって、仕事を小さな限られた職務に細分化し、その遂行の速度を上げていくということが系統的な形で試みられてきた、と述べている。序文は、さらにつぎのように続けている。『奇妙なことに 「科学的管理」 という名で知られるこの過程は、労働者を自分が扱っている機械または工程に付随している無目的で思考力のない付属物としての存在にまでおとしめようとするものである……』。
  ……
 『経営プラン』 の目的の1つは、連合委員会のメンバーをこのような作業の単純化から救い、彼らの技能を伸ばすために役立つような根本的な作業内容の変革をめざしたキャンペーンを行うことである。『経営プラン』 は、続いて、ルーカスのテクノロジーによって満たすことのできる社会的必要について述べる。……
 『経営プラン』 はそう主張した後、このギャップをうめるためのいくつかの方法を挙げている。これらの方法は、次の6つの主要分野に分かれている。
 1 医療機器
 2 『もう一つの』 エネルギー源
 3 輸送システム
 4 ブレーキ・システム
 5 海洋工学
 6テレカイアリップ――遠隔操作――機器
 これらの分野の提案は、連合委員会の代表者たちがアンケートに対する答えの中から集めた150件ほどのアイディアを基にしたものである。」
 労働組合は労働のやりがいを探求するとともに、合理化攻撃を、軍事産業からの脱皮、福祉産業、平和産業への転換ではねのけようとします。
 ルーカス・エアロスペース社の連合委員会の挑戦は、「社会的労働」 について議論される機会になりました。

 これらの中には日本における雇用政策にもさまざまなヒントを与えてくれます。
 長時間労働が続く中で 「余剰人員」 は矛盾します。労働時間のワークシェアリングは社会的に進められなければなりません。
 日本で軍事産業や原子力産業に従事させられている労働者は雇用確保のために事業の維持に固執します。しかしせっかくの職能を福祉産業や平和事業、環境保護事業で生かす方向での提案と転換に挑戦させる力は労働者と労働組合は持っています。やりがいは生まれます。
 そして労働者と労働組合は改良だけでなく、ルーカス・エアロスペース社の連合委員会のように 「対案」 で対抗する力を秘めています。そのような認識を共有して対応すると雇用の安定を確保できる方向に向かわせることができます。


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労働者のための遺産 山本作兵衛の炭坑絵巻
2013/05/17(Fri)
 5月17日(金)

 3月中旬からゴールデンウィークまで、東京タワーで 「世界記憶遺産の炭坑絵師 山本作兵衛展」 が開催されていました。最後の日にいきました。
 2つは異色の組み合わせのように思われますが、東京タワーのオープンと山本さんが絵を描き始めたのが同じ1957年ということのようです。
 山本さんが描いた600点近くの炭坑画や原稿などがユネスコの世界記憶遺産に登録されたことについては2011年6月28日の 『活動報告』 に書きました。
 山本さんは、1904年に12歳で筑豊の炭坑に入ります。その後、一時鍛冶工にもなりますがほとんどを炭坑で働きます。55年に閉山に伴って解雇され、夜警宿直員として働き始めます。そのつれづれに水彩画で炭坑の記録絵を描き始めます。
 文書だと嘘を含んでしまうので、嘘のない絵にして炭坑の記録を遺そうとしたのだそうです。
 59点が展示されていました。筑豊地域の炭坑に関して、労働の状況、労働現場の状況、労働者の生活、工具、地上の事件などをテーマにしています。絵の中に解説も書かれていて時代や背景も知ることができます。

 本当は暗闇の坑内も色鮮やかに描かれています。男も女もたくましく描かれています。
 年配者を中心に結構見学者が訪れていました。懐かしがっている人もいました。常磐炭坑で働いていたという方は同伴の方に描かれている場面にあわせて当時の状況を語っていました。

 絵を文書で説明するのは難しいことです。米騒動と労災制度の絵を紹介します。

 1918年7月に富山県で漁村の婦人たちが生活困難を訴え、米の県外移出拒否と安売りを要求して立ち上がったことに端を発した米騒動は、筑豊地方にも波及します。8月17日に峰地炭坑で始まり、三菱方城、貝島、三菱鯰田、古河目尾、日鉄二瀬、麻生上三緒炭坑へと広がりました。
 山本さんは、麻生山内炭坑の機械工場で働いていました。その時の状況を 本『炭坑に生きる』 に書いています。
 「A系統のヤマは、坑外の固定日給者の場合ですら勤労者の一番苦労する夏季、ほとんど十二時間勤務で約半年は日が永いとて使用しており、冬期だけ二カ月十時間位で、平均すれば十一時間働かせておった。その上給料は日本一低給であったのである。」
 「前途は真っ暗闇、なんとも心細い限りでありました。ですから、豊前の峰地炭坑に暴動がおこったということを新聞で知ったときには、とうとうやったかと痛快に思ったものです」

 米騒動を描いた絵の右上には解説と〇の中に数字が書いてあります。9まであるようです。
 その中の1枚です。ダイナマイトが爆発した瞬間が絵の中の大きな円に描かれています。坑外で人びとは逃げようとしています。解説文です。
 「ヤマの米騒動 嘉飯地区 麻生上三緒炭坑のボタ山にダイナマイトが三回爆発した 大正七年九月三日の夜 飯塚に駐屯の兵は十余名警官と駆足でやって来た 約四キロ。マイとは数十本を組合せてあったから大音響と共にボタ塵を冲天に吹上近傍の人々を驚かせた。その犯人は不明 よって賃あげ交渉中のナヤ頭十余名がケンソクされ、十二月に犯人三名判明、其後福岡未決カンをナヤ頭は放免された。」
 この事件で9月1日、山本さんのお兄さんが逮捕され、治安維持法違反で懲役2カ月、執行猶予3年の刑を受けました。ところが、それを知った他のヤマの坑夫たちが同情して競って差し入れをはじめ、未決監を出た時は栄養が付き過ぎて丸々と太っていたといいます。

 米騒動は全国の鉱山や炭坑に燃え広がりましたが軍隊、警察が出動し、結果は坑夫側の敗北となります。しかしその後、会社・係員の坑夫に対する対応はがらりと変わったといます。
 しかし足尾鉱山では起きませんでした。
 「坑夫にとって日常必要な日用品は銅山 (鉱工業所) が倉庫品 (売店用品) として一括購入し、鉱夫たちに貸下げ (月末に賃金から差し引く) した。……このような倉庫制度により、従業員たちは作物の作不足や物価の変動にほとんど左右されることなく生計の営みができるようになった。
 米騒動の時も足尾では貸下制度のため騒動は起こらなかった。米価の差額は鉱業所が出した」(太田貞祐著 『続足尾銅山の社会史』)

 日露戦争のさ中から物価が高騰し、賃金の上昇は追いつきませんでした。06年2月、東京・石川島造船所、8月、東京小石川の砲兵工廠、呉海軍工廠、12月、大阪砲兵工廠、07年2月、足尾銅山、三菱長崎造船所、4月、北海道幌内炭鉱、6月、別子銅山などで賃上げ、待遇改善を要求してストライキや暴動が起きます。
 これに対して政府は工場法の制定に向かうとともに、大企業では共済組合方式や企業からの補助金による企業内福利厚生施設の完備がおこわれます。このことは、職工の企業に対する忠誠心を培わせ、「経営家族主義」 に包含されていきます。
 足尾銅山では、鉱業所の働きかけで1908年に 「三養会」 という鉱夫の 「自治的」 組織の購買組合が設立されます。米騒動の時は、この 「三養会」 が倉庫制度での取り扱い以外の日用品を取り扱いました。


 労災制度です。
 タイトルが「明治 ヤマの救済法 其二」の絵の解説文です。
 炭坑や鉱山で、労働者は友子制度、そして山本さんの絵の説明文のような互助制度を確立していました。
 「絞引義金 私傷病者救助に これもヤマの有志者カオヤクが モンビキ紙を使用して二、三人で戸別訪問をして一ツ絵づつ売りつける 一画十銭又は十五銭 モンビキ紙は半紙一枚半又は二枚分位の広さ厚さも倍位あり絵は五十又は百種位あり一枚十銭以上する。全部売って開封する 一、二、三等まで当り箋 (カクシ) 画がある。それには足袋や手拭の粗品を貽る。 その紙は鮮魚商人など大魚を売捌くのに使う その際はフクビキと称していた。
 昭和二年から健康保険ができてその悩みは解消した。しかし健康保険誕生に就てヤマ人は其真相その正体、その性質その味がわからず 会社から何%の引去られると言うことで半信半疑躊躇タメラウていた人もおった。后になってその有難さを思い知ったのであった。但し昭和中期まで脳病と神経痛は除かれていた。」

 炭坑、鉱山で最も多かった職業病は珪肺・塵肺です。
 官営の三池炭鉱は囚人を使用しました。
 熊本医学校は熊本監獄の病囚を研究材料に使っていました。その調査として三池炭鉱に労働力として送った5人のうち4人までが「病囚の肺患は真の肺労 (肺結核) にあらずして単に炭粉刺激に原由する慢性肺炎即ちアントラコージス (所謂坑夫肺労) なると判然たり」 と報告しています。(沢田猛著 『黒い肺』 から孫引)
 その当時から原因ははっきりしていました。
 1925年3月の労働総同盟大会で労働者保護の問題が要求としてだされ、啓蒙活動が開始されました。
 全日本鉱夫総聯合会は 「ヨロケ病調査」 を発表し、初めて珪肺を告発しました。
 「即ちヨロケ病は、社会に必要な産業のため、労働を行ひ、その為めに起こった病気である。故にこの病気の社会的の値打は著しく高い。故にか様な病気は、当然社会が責任を以って予防し治療し保護すべきものであり、若し斯様な産業が一資本家の利益の為に、その手で経営されてゐる場合には、この予防、治療、保護は当然その資本家の責任を以って為すべき事である。況や現今におけるが如く、その原因の大半が資本家の横暴なる酷使、残虐なる搾取、欠陥だらけの設備等に基くものに就ては特に然りである。」
 しかし 「けい肺が重要な労働問題として進展を示さなかった理由は、この病気が極めて慢性な経過をとり、殆んどが結核を合併していたので、患者の多くは全く 『よろけ』 きらないうちにぽつぽつ脱落して鉱山を去って行ったし、結核を合併した場合は、けい肺は全く無視されて結核だけを重視して私傷病として取扱われることが多かった」(『近代民衆の記録』 から孫引)。
 30年、内務省社会局は職業病扱いの通達をだします。
 足尾銅山などでは、けい肺の疑いがあると何とか理由をつけて労働者を追い出した。
 珪肺・塵肺問題は現在も解決していません。

 山本さんの絵は、記録だけではなく、現在の労働者に自立、生き様を訴えています。 


   当センター「いじめメンタルヘルス労働者支援センター」ホームページ・ご相談はこちらから
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