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「労働時間は生存権の問題」
2012/11/30(Fri)
 11月30日(金)

 会社から受けた注意等に納得がいかず、上司とやり取りをしている間に精神的に体調を崩してしまって休職しているという案件で、「使用者の安全配慮義務」 と復職を要求した団体交渉が開催されました。
 当該に対しておこなわれた注意の1つが、社員が個人の思いを輪番で書いて交流を深める 『業務日報』 に 「闘う」 という言葉を使ったことでした。労働組合を組織して会社と闘う、というような内容ではありません。頑張るという意思表示です。しかし 「社員が動揺するため柔らかい表現にしてください。」 「社会通念上ふさわしい業務日報の記載をしてください」 と責められます。
 「社会通念上」 とは、他の社員に倣うならば、食事や音楽、アイドルの話題のようです。
 つまりは、誰に対しても差し障りのないことを書けということのようです。
 しかし本当の目的は、嫌がらせを重ねての 「間接的退職勧奨」 です。

 このような 『業務日報』 に使用者が干渉することは、労務管理上の対応として上手なのか下手なのか判断がつきません。
 「上手」 な対応としては、自由に書かせ、それで社員の思想・素行チェックをします。
 ずるい利用は、目標などを決意表明させ、他者を煽らせたりします。
 「下手」 な対応とは、社内で業務に関係ないことに話題を集中させ、業務を散漫にさせます。
 誰か1人でも注意を受けた社員がいることが発覚すると、社員は自分の思いを隠して使い分けをします。
 会社は、せっかくコミュニケーションを活性化させるための手段と捉えているならば、目的等をはっきりさせたうえで不干渉を貫くと自浄作用も出てきます。 (2010年11月3日と12月1日の 『活動報告』 参照)
 今回の場合はやはり 「間接的退職勧奨」 の手段です。

 会社の回答を聞きながら、数年前のテレビコマーシャルを思い出しました。
 「24時間闘えますか。ビジネスマン」 という栄養ドリンク剤のコマーシャルが流され続けました。
 ビジネスマンは、会社から離れていてもテレビから闘うことを要請されます。それに応えるために栄養ドリンクを飲み、自分の身体の具合を誤魔化します。心が休まる暇がありません。
 コマーシャルに煽られた労働者が多くいました。社会的にそのような雰囲気が作り出されました。
 しかしこのコマーシャルは労働基準法36条違反です。抗議をした人たちもいましたが相手にされませんでした。

 コマーシャルについて議論をしていたら、「ビジネスマンは労働者ではない。労働者は権利を主張するけどビジネスマンには権利はない」 と主張されました。「労働者でないならなんだ」 と言い返すと 「企業人」 そして 「企業戦士」 という答が肯定的に返ってきました。
 総評時代は 「従業員」 の言い方がありました。会社に従属しているという意味合いです。連合時代になると 「企業人」 が登場します。会社と一緒にリスクを負担するパートナーの位置づけです。もう多くの職場で労働組合は機能していませんでした。しかしユニオンショップ協定で縛られているが、このような意識の労働組合員がたくさんいたのです。
 今も違法なコマーシャルがたくさん流れています。


 古本市を廻っていたら、正式なタイトルは忘れましたが 『時間外労働の法的問題』 とかいう、かなり古い本が目に留まりました。
 手に取ると書き出しは 「労働時間は生存権の問題」です。生存権とは、①健康な生活を送る権利と、②文化的生活を送る権利、です。
 憲法では、第三章 国民の権利及び義務 の中で
 第25条で、「健康で文化的な最低限の生活を営む権利」 を保障した 「国民の生存権、国の社会保障的義務」、
 第26条で、「教育を受ける権利、義務教育」、
 第27条で、「賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は法律でこれを定める」 とする 「勤労の権利義務、勤労条件の基準、児童酷使の禁止」、
 第28条で、「勤労者の団結権」
が続いていて相互関係にあるという主張です。

 しかしややもすると、これらを別個に解釈し、しかも憲法よりも第27条の 「基準の法律」 の方が勝る、「基準の法律」 である労働基準法よりも長時間労働を無制限に認める 「特別条項」 を遵守しなければならないという逆転した発想に陥っています。
 古本市で見つけた 『本』 が書かれた頃は 「特別条項」 はありませんが、その基調から解釈すれば、労働基準法の精神を逸脱します。そして憲法違反です。
 裁量労働時間、フレックス制、変形労働時間制も同じことが言えます。労働時間の基本単位が否定されて長時間になっています。労働時間が生活時間に優先して変更されたり、生活時間が短縮されるのは憲法違反です。
 この視点が忘れられてしまいます。

 戦後、ヨーロッパでも、日本でも、時間外労働はイレギュラーなものという捉え方でした。
 ヨーロッパでは、法律で1週間の労働時間が48時間から40時間に短縮されていきました。しかもそれらは 「基準」 で、実際の労働時間は労働協約では、変動はしていますが、35時間前後です。
 一方、日本では 「基準」 は 「最低基準」 で、法を侵して少しづつ長時間労働が違法ではないというように変更され、現在は無制限にされてしまいました。

 古本市で労働問題に関する本をもう一冊見つけました。『國際労働法史』 です。
 ILOの成立過程が詳細に書かれています。
 1919年に締結されたベルサイユ平和条約の「第13編 労働」のなかの「第2款 一般原」則には 「1 労働は単に貨物又は商品と認むべきものに非ずとの前記の基本原則……4 1日8時間労働又は1週間48時間の制を実行するに至らざる諸国に於ては之を其の到達の目標として採用すべきこと」 とあります。
 1944年5月10日に採択された 「フィラデルフィア宣言」 は基本原則を再確認しています。
 「1 労働は、商品ではない (labour is not a commodity)」
 そして日本国憲法の 「第三章 国民の権利及び義務」 が盛り込まれています。
 憲法はILOの精神に連結しています。“アメリカから押し付けられた”のではありません。


 しかし日本の労働者は、ILO憲章も憲法、労働基準法も放棄しています。“押し付けられた”ら労働者の権利はもっと保障されたと思われます。労働組合幹部は第28条 「勤労者の団結権」 を 「特権者の生活保障システム」 に変形させています。
 労働時間の問題を、生存権の問題、具体的には健康な生活を送る権利と文化的生活を送る権利確保の問題として捉え返し、作り変えていかなければなりません。権利を奪い返さなければなりません。


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他者の痛みに共感できる感性がユニオンの基礎力
2012/11/26(Mon)
 11月26日(月)

 11月17日と18日、首都圏にあるユニオンの討論合宿に参加しました。
 労働組合の合宿というと、1日目の最初にちょっと小難しい講演があり (講師が勝手にしゃべっているのを参加者は聞き流し)、その後は交流会という名の宴会で、さらに2次会、3次会となるというのが “恒例” ですが、まったくその逆でした。

 第1テーマは、9月に開催されたコミュニティ・ユニオン全国交流集会in京都の参加者から、各人が参加した分科会の報告が行われました。(ということは、分科会はしっかりとメモを取りながらの参加でした) 続いて参加しなかった組合員からの質疑、応答そして討論です。
 参加できなかった分科会の報告を聞いて議論の雰囲気が伝わってきました。全国からの経験を持ち寄っての参集は、全国交流会の意義と立ち位置を改めて確認することができました。
 第1分科会 「パワハラをなくすためにできること ~相談・予防対策の現状と課題~」 の報告もありました。
 第1分科会の報告は9月25日の 「活動報告」 に書きましたが、分科会を 「仕切った」 側の立場としてはそれぞれの参加者がどのような受け止め方をして帰ったか気になるところでした。

 全体の流れの報告の続きです。
 <全体的な感想>
 大変に盛り沢山な事例や報告を聞きました。その1つ1つが重いし複雑で、各ユニオンが大変苦労して取り組んでいることがしみじみと分かりました。
 相談を受ける側も1人で抱え込ます、情報の共有や、本人との関わりなどにおいて、ユニオン全体で取り組む姿勢でのぞもうと思いました。
 <印象に残った発言>
 ※ パワハラは、個人的な関係での問題ではなく、組織的な構造の中で起きている。
 ※ 闘えるようになるまで、待つ。裁判は回復の手立ての1つ。
 ※ 組合員どうしの支え合いが一番。
 ※ 組合に加入したことで、話ができるようになった。病状回復の力となった。今は精神保健福祉の勉強
   をしている。自分の経験を活かして、他の人にも 「1人で悩まないで。ユニオン加入がベスト」 と
   伝えていきたい。
 ※ 提言を活用しよう。
 ※ 解決のノウハウを蓄積しながら、各ユニオンで取り組もう。
 ※ 会社から謝罪文をとることが無理な場合は、会社から本人への感謝状を出させる。

 1つずつ補足の解説をすればもっとわかりやすくなりますが、これだけでも各ユニオンが真剣に組取り組んでいる状況が伝わってきます。

 第2テーマは、「自分だったらどうする」 という5人ごとのグループ討論。結論を模造紙に書いて代表が発表します。
 1つの目の設問は、「自分の職場の非正規労働者が困っている時、組合員の自分はどうするか」 です。実際問題としては難しい設問です。
 参加したグループでは、実際に声をかけてもうまくいかなかった経験が話されました。正職員化の要求を一緒にしようと声をかけたら、自分がやらなくても誰かがやってくれるから待っている、「だんなから組合活動はやめろと言われているから」という理由で相手にされなかったことがありました。労働組合運動は恐ろしい人たちがやっているとも言われました。自分の問題を自分で解決しようというところまで中々辿り着きません。
 雇用機会均等法など、労働者は平等だという権利を教える。
 自分が日常的な関係性、なんでも話し合える雰囲気、相談されやすい雰囲気を作っておく。
 自分の方から積極的に働きかける。
 自分が率先して会社が辞めさせにくい雰囲気を作っていく。
 自分の体験を話してあげる。
などなどの意見が出されました。

 他のグループからは、自分たちのグループでは思いつかなかった報告が行われます。それぞれに、なるほどと頷きながら聞いています。
 模範解答は必要ありません。自分だったらこうすると考え抜き、他者の意見も聞き入れてさらに検討するところから解決策の突破口は見つかります。
 あるグループからは、経験談が報告されました。職場にもう1つある大きな労働組合は職場の問題には取り組まなかったが、自分たちは身近にある切実な問題に取り組んで信頼関係を作り、組合員に加入させて他の問題にも取り組んでいったということでした。

 もう1つの設問は、「同じ職場の契約社員がいじめに遭って体調を崩して休職し、復職したが辞めさせられようとしている。組合員の自分はどう対応するか」 です。
 グループ討論には加わりませんでしたが、各グループの報告を聞いて感心させられました。
 体調が一番大切だからきちんと治すことを勧める。無理をしないよう忠告する。いい病院を探して勧める。ゆっくり休むよう傷病休暇制度を教える。
 みな体調を第一に捉えていました。
 その他には、ユニオンというのがありそこに加入して団体交渉ができるということを教えて勧める。話を聞いてあげる。などなどでした。
 みな自分の体験から、他者の痛みにも共感できる感性を持っています。その感性がユニオンの基礎力です。

 実際には、当該と接点を作るまでが大変です。どのような解決を期待しているかを抜きに勝手な対応はできません。

 2つ目の設問にコメントを求められました。
 この案件は、「使用者の安全配慮義務」 から逸脱していて、会社に改善を要求できます。
 当該はなかなか声を上げません。何らかの方法で自分を防衛しています。しかし防衛しきれなくなって体調を崩しています。どのようにして接点を作るか。
 トイレ、休息時間、退社時に周囲から気が付かれないように声をかけます。その時 「困っているでしょう」 「がんばれ」 というような口調ではなく、「大変だね」 「よく我慢できるね、心配しているよ」 と共感する姿勢を示し、「私もね……」 と弱音を吐いたり、少し愚痴をこぼし、味方がいることを意識させます。そうすると当該は心を解しやすくなります。
 そして 「無理をしないでね」 「一緒に頑張ろうね」 と話をしながら、本人はどうしたいと思っているかを探ったり、話してもらいます。
 当該以外の周囲の人たちにも 「教師のやり方ちょっとひどいよね」 と探りをいれたりして慎重に情報を集めます。ギシギシした職場はだれも満足していません。同じ思いのはずです。ただ一緒に行動を起こすかどうか、どちらの側に加担するかはわかりません。
 当該から話が聞けたら、同調者が加わったら対策を考えます。ユニオンの出番です。


 数日前の新聞に、卒業の時にクラスでいじめられていた人から 「いつも普通にあいさつしてくれてありがとう」 とお礼を言われて、傍観者だったことを謝ることもできなかった、という投書が載っていました。いじめに遭った者は1人では耐えきれません。周囲に救いを求めています。わかってくれる人を探しています。手を差し伸べられるのを待っています。
 ユニオンの組合員は、だれとでも普通に対応していると、それだけで信頼感も得ています。

 ここまで終了して夕食です。真剣な討論で気持ちを満腹にした後は体を満腹にしました。何を食べてもおいしく感じられました。 
 
  
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「差別」 は 「人格」 を破壊し、未来を奪う
2012/11/20(Tue)
 11月20日(火)

 最近一番 “むかついた” のは、『週刊朝日』 の橋下大阪市長に関する掲載事件でした。日本における人権感覚はこの程度なのかと実感させられました。
 当該が公人だということで出自が大きく取り上げられました。橋下市長は反撃しました。
 11月12日、朝日新聞社の第三者機関 「報道と人権委員会」 は 「見解」 をまとめて発表しました。「見解」 を受けて朝日新聞出版は橋下市長に説明と謝罪をし、橋下市長は 「理解し納得した」 と表明しました。一件落着です。
 しかしこれで事足れりなのでしょうか。何が解決したのでしょうか。後味の悪さだけが残ります。
 『週刊朝日』 は読む気が起きませんでしたが、それに関する報道と 「見解」 から問題点を整理してみます。

 「差別」 とはなんでしょうか。
 かつて、前東京都知事が自民党の衆議院議員だった頃、同じ選挙区の自民党議員のポスターの上に 「帰化」 というステッカーが貼られました。
 貼られた議員がインタビューで訴えました。「自分の到らないところを指摘されたのなら努力して改善する。しかし国籍の問題について自分は努力できない。どうしろというんだ。」
 個人がいくら努力しても克服できないことを取り上げて落とし込めようとすることは 「差別」 です。「国籍」 は 「個人が到らない」 問題ではありません。
 同じことが今回の事件でも言えます。人は生まれる場所も親も選べません。そのことを調べあげて暴き、いかにもそこに人格の“ルーツ”があるように結び付け、決めつけています。
 人格は生まれた地域・地区、そして親、親の職業によって生涯不変のものとして形成されるのでしょうか。しかも今回の場合は、社会から受け入れられないものとして。何の根拠もありません。
 人格は受け継ぐものではなく培われるものです。
 今回の事件は、「差別」 をもとに 「偏見」 を導き出して煽っています。
 この思考方法は努力や人間の成長を否定します。「未来」 が否定されます。差別する者は、自分にたいする 「今」 の足掻きを、他者を引きずり落とすことで安心を得ようとします。

 被差別部落への差別はなくなっていません。まだまだ深く存在しています。ある日突然露出します。潜在意識の蓋が外れるからです。
 なぜ 『週刊朝日』 は橋下市長の特集を組んだのでしょうか。売れるからです。人びとが買うからです。『週刊朝日』 は 「差別」 と 「偏見」 で商売をしようとしたのです。
 だれが買うのでしょうか。
 まず橋下市長を批判・攻撃しようとする人たちです。橋下市長は弱肉強食を説いています。格差拡大を説いています。公務員バッシングをすることで人々の不満の矛先をそらそうとしています。
 そのような政治姿勢に 『週刊朝日』 が批判を浴びせることは言論の自由です。期待します。しかし今回はそこから外れています。「差別」 と 「偏見」 を煽る行為を言論の自由とは言いません。
 また、言論や表現という手段ではなく、自分にはできないけれど他者に橋下を 「どんな方法を使ってでもいいから」 引きずり落としたいと思っている人たちが買います。しかし記事は、引きずり落とす方法として 「差別」 と 「偏見」 を煽り、排除しようとします。
 読者はその場しのぎで満足し、「安心」 します。「安心」 する感性に慣らされて行くことに気付きません。 『週刊朝日』 はそのことを助長させます。

 そして被差別出身者の人たちが買います。
 かつては「300万部落民」 と言われてきました。この数が多いか少ないかはさておき、現在被差別部落の数は減っています。では300万人はどこに行ったのでしょうか。
 宮崎学は著書 『近代の奈落』 (解放出版社) の中で長谷川三郎解放同盟東京都連書記長の話を紹介しています。
 「全国から東京に流れ込んできている部落出身者がきわめて膨大にいる、その中には出自を隠して、というより出自を隠すために東京に流れてきた部落出身者が多数にのぼる、むしろ彼らが圧倒的多数派であるという。
 ……長谷川は、そうした東京の 『漂流部落民』 は100万人を超えているのではないか、と推定している。」
 彼らの多くは、自分が周囲からどのように見られているのか、公言していない人は周囲に知れたら、名乗り出たらどう対応されるのかを知りたくて不安を抱きながら、恐る恐る買って読みます。内容は、堂々と生きることを否定されるものでした。自己を否定されました。
 記事は、「差別」 の根強さをあらためて教え込みました。

 『週刊朝日』 は、今回の事態を編集体制のチェックのまずさなどの言い訳で逃れることはできません。
 ましてや出版関係者、そして報道関係者は 『部落地名総鑑』 が秘密裏に販売されて社会的に問題になっていることは周知のはずです。批判記事を載せてきたはずです。差別を助長するからです。表現・言論の自由などと主張することはなかったはずです。
 でも 『週刊朝日』 の記事なら許される、この判断はどこから来るのでしょうか。
 実際は、他社が同じような内容の記事を書いても糾弾されていないことが判断基準になったのです。他社も 「差別」 をしているから自分らもするという論法です。
 「見解」 には、内部には問題を指摘した責任者もいたが、最終的には部分的修正で発行に到ったとあります。
 朝日新聞出版には、例えば 『部落地名総鑑』 の問題は、「購入がばれると糾弾されるから止めておいた方がいい」 というような差別の本質を理解しない姿勢が垣間見られます。判断基準から 「人権感覚」 抜け落ちていることを裏付けます。それは朝日新聞出版の持っている体質になってしまっています。
 「差別」 は、小さいから許されるという判断を繰り返すと無頓着になります。だから小さな 「差別」 も摘み取る必要があります。許される 「差別」 はありません。

 「人権」 とは何でしょうか。
 橋下市長に謝罪に訪れた朝日新聞出版関係者は、「今回の記事で橋下市長とご家族、多くの関係者の皆様に多大なご迷惑をおかけしたことを心から反省している」 と謝罪しました。
 市長は公人でも家族は公人ではありません。しかし今回曝露されたのは 「血のつながり」 です。差別に無防備な家族・子供たちはまだまだ差別が克服されない、差別を助長される社会 (それは行政の責任でもあり、その長が市長ですが) に放り出されたのです。
 朝日新聞出版は 「橋下市長とご家族」 に迷惑をかけたのではありません。恐怖に曝したのです。そのことを理解していません。そして 「出自を根拠に人格を否定」 したのです。
 このように問題を軽く考えるから、解決も安易になるのです。
 公人にも人権は存在します。
 日本弁護士連合会会長の経験を持つ中坊公平弁護士は、弁護士になりたての頃、共産党関係者から森永ヒ素ミルク事件の弁護を依頼されます。共産党関係者からの依頼に躊躇して父親に相談します。父親は答えました。「お前は情けないやっちゃなあ。赤ん坊の人権に右も左もあるか」 その一言で受諾したと言います。
 赤ん坊の人権に右も左もありません。同じ人権が公人にも私人にもあります。

 橋下市長の政治主張は危険です。そして行政手腕は乱暴です。しかしその理由を 「出自」 に求めるのはもっと危険で乱暴です。問題の本質が見えなくなります。排除の論理に陥ります。
 橋下市長が得意とする、生贄を設定してそこに不満の矛先をそらそうとする手段は問題の解決にはならないという声を上げることが必要です。騙されないよう宣伝する必要があります。分断政策には横の繋がりを強めて対抗していく必要があります。自由主義経済における競争原理は弱肉強食でしかないこと、格差を助長することのたくさんの実例を挙げて阻んでいく必要があります。
 まずは大阪市民・府民、自治体労働者が声を上げる必要があります。
 その力しか世の中を変えることができません。しかし最強の力です。
 『週刊朝日』 には橋下市長の政治主張に対するするどい批判を期待します。そして 「差別」 を解消に向かわせる特集号を期待します。


 1941年、満蒙開拓団として熊本県菊鹿郷開拓団が送り出されました。その中に全国でただ1か所だけの被差別部落からの分村開拓団・K町開拓団が含まれていました。「満州に行けば差別されずにすむ」 という思いでした。
 しかし終戦時のソ連軍の侵攻後、275人が 「集団自決」 に到ります。
 麻野涼の小説 『満州 「被差別部落」 移民―あの南天の木はまだあるか』 は、K町開拓団の、出発頃から 「中国残留孤児・訪日肉親捜し」 が続いていた1980年代までの状況が題材です。

 大地郎と猛は被差別部落出身だが小学校時代、大地郎たちを猛は被差別部落でない子供たちと一緒にいじめ続けていました。大地郎は満州に渡り、猛は残ります。
 ラストシーンです。
 2人がK町の開発を巡って対立する関係の中で、40数年ぶりに猛から大地郎に声をかけます。
 「いたのか」
 「ああ、最初から話を聞いていた。生きて帰れてよかったな」
 ……
 「何が言いたか」
 「わしはぬしらが満州に渡ってから間もなくK地区を離れて家族で大阪に出た。わしも戦後の混乱期をひもじい思いをしながら闇屋や担ぎ屋をして生きてきた。苦労しながら夜学だが大学まで行って学ぶこともできたと」
 「それで出世したとか」
 「外崎建設という会社に入り、力を認めてもらって社長の娘と結婚したと。女房と義母は知っているが、義父や親せきはわしが部落出身だということを知らん」
 「聞くところによると、つぶれかかった会社を大きくしたのはぬしという話ではなかか。どうして事実を義父に言わんで隠しとる」
 「大地は日本におらんで、部落差別がどげん酷かもんか知らんから、そげんこつを言える。現実を知れば、ぬしだって簡単には言えん」
 「40年ぶりに会ったというのに、そげん泣き言を言いたくて待っていたとか」
 「そうではなか。わしがM地区を買収しようとした理由を知ってほしかっただけたい」
 「理由……、浜中と組んで金儲けばするのがぬしの目的だろう」
 「もちろんそれもある。工場団地にしてしまえば、M地区を消し去ることができる。義父にも親戚にもわしが部落出身だということが知られにくくなる。わしは女房も両親も、子どももM地区に連れてきたことはなか」
 「自分の生まれた故郷を、自分の子供にもみせられんような生き方はわしは好かん」
 「わしは戸籍を女房の籍に入れた。だが出生地まで変えるわけにはいかん。3人子供がおるが、わしが部落の出身だとわかれば結婚に差し障りが出てくる。それでM地区を工業団地に変え、M地区が部落だった形跡をすべて消し去ろうと思った」
 「それで土地を買い漁ったとか。そげんバカなことをして、差別から逃げられるとぬしは本気で思うとるのか」
 猛は黙り込んでしまった。
 「言いたいことはそれだけか」 大地郎は席を立った。
 「大地は差別の恐ろしさを知らんからそげん勝手なことを言えるとたい」
 猛はいきり立った声で言いかえしてきた。
 「差別の恐ろしさは、ぬしよりよう知っとる。差別は差別する者からだけでなく、差別された人間からも人間の熱い心を奪うもんたい。今のおまえがそれたい。どんなに貧乏しても、差別されようが、わしはぬしのようには生きん。差別が人間の作り出したもんなら、人間の力でなくすことだってできるはずたい。わしはそう信じとる」

 大地郎と猛のそれぞれの苦悶し続ける生き方のどちらが正しいかなどということを他者は言えません。ましてや苦悶している者を落とし込めようとすることは絶対に許されません。


 以前、水平社資料館を訪れた時買ってきた、1922年3月3日の水平社結成大会で読み上げられた綱領と宣言が載ったビラのコピーを事務所に飾っています。
 「……
  吾々がエタである事を誇り得る時が來たのだ。
  吾々は、かならず卑屈なる言葉と怯懦なる行爲によって、祖先を辱しめ、人間を冒涜してはならなぬ。
 そうし て人の世の冷たさが、何んなに冷たいか、人間を勦る事が何であるかをよく知ってゐる吾々は、
 心から人生の熱と光を願求禮讃するものである。
  水平社は、かくして生れた。
  人の世に熱あれ、人間に光りあれ。」

 90年を過ぎた現在読み直しても道半ばです。
 「人の世に熱あれ、人間に光りあれ。」
 部落差別問題に取り組むことは、お互いが認め合い、尊重し合う関係性を作り上げ、広げていくことです。「未来」 を自らの手で切り開くことです。
 社会全体で、1人ひとりが挑戦しなければならない課題です。



 そのためにも、橋下市長が受けた 「差別」 を今後繰り返させないためにも、先代の苦闘の中から獲得してきた人権を守り、豊かな人権を未来に手渡すためにも、大阪府と大阪市は、「大阪人権博物館 (リバティおおさか)」 への補助金を打ち切るのではなく、行政として存続のために支援を続けるべきです。 
 

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「人の気持ちをちゃんと考えられるひとが   いちばんかっこいい人間だ」
2012/11/16(Fri)
 11月16日(金)

 大阪に行くたびに、時間を作って浪速区にある 「大阪人権博物館 (リバティおおさか)」 に足を運びます。何度行っても、長時間いても飽きません。
 しかし松井府知事、橋下市長になると、展示内容が 「差別や人権に特化されており、子どもが夢や希望を持てる内容になっていない」 という理由で、13年度以降補助金を廃止しようとしています。(12年5月29日の『活動報告』参照)
 これに対し、博物館は 「リバティサポーター」 を募集して維持していくことを決めています。
 チラシに書かれている呼びかけ文です。
 「多くの人びとの願いと努力で設立された、日本で唯一の人権博物館。人権に関する貴重な資料と博物館を未来に手渡せるよう、ご支援をお願いいたします。」

 テーマごとのたくさんのコーナーがあります。
 「いのち・輝き」 コーナーには、大阪・大東市立住道中学校のいじめ問題への取り組みの報告が展示されています。

 住道中学校では、卒業を控えた2008年2月に、3年生全員 (158人) が 「道徳」 の科目で 「いじめNO! 宣言を作ろう!」 という課題に3時間取り組みをしました。
 第一限目は、グループワーク
 第二限目は、ロールプレー
 第三限目は、私の 「いじめNO!宣言」 発表
です。

 第一限目の 「グループワーク」 です。
 「ねらい」 は、「グループメンバーが協力し課題を達成することで、協力について学び、自分の発言について考える。(人間関係づくりに必要な力を身につける) 自分自身で体験の中から発見。再発見、再認識していく。」 です。
 「まとめ」 です。
 「人と人とのつながりの中で、コミュニケーションが重要であること、またコミュニケーションってこんなことなのかなあということに少しは気ずいてくれたと思う。リーダーシップも大事だし、自己主張 (自分の意見を伝える) や情報を組み立てること、協力することも大事である。
そういうことを人から学ぶのではなく、自分の体験から感じ、気づくことがこの 『グループワーク』 のねらいなのである。」

 第二限目の 「ロールプレー」 です。
 「ねらい」 は、「いじめをなくすためには、同じ状況であっても人によって感じ方が違うことを知る。『これ以上近づかれると嫌な気持ち』 になってしまう 『心の境界線』 は、人によってその距離感が違うことに気づく。」 です。
 子どもたちからの発言が 「子供へのインタビューより」 として載っています。
 ・みんな、イヤだと思う度合が違うことが分かった。
 ・自分で意識せずに人の嫌がることをしている場合があった。
 ・同じ状況でも、人によって感じ方が違うことが分かった。
 ・いじめをなくすために、自分も友だちも大切にしようと思った。

 第三限目の 「私の 『いじめNO! 宣言』 を作ろう」 です。
 「ねらい」 は、「卒業を前に、自分たちが最も大切にしなければならないのは、いったい何なのかを考える。 『いじめは絶対に許さない』 という決意で中学校を卒業していくためにも1人ひとりの 『いじめNO! 宣言』 を作る。
 後輩たちに59期の思いを伝えるために、住中59期生 『いじめNO! 宣言』 を作る。」 です。
 そこに出された 「私の宣言」 です。
 ▼ いじめは絶対に許さない。
 ▼ いじめを見抜く目を持とう。
 ▼ 仲間を信頼しよう。
 ▼ いじめはアカンという勇気を持とう。
 ▼ 一人一人を大切にしよう。
 ▼ 生命の大切さ、人としての尊厳の大切さを確認しよう。
 ▼ 思いやりの心を持とう。
 ▼ 自分に責任を持とう。
 ▼ 感謝の気持ちを忘れない。
 ▼ 「こころ」 のルールを持とう。
 ▼ 自分の本気が自分の未来を開きます。

 全員の 『いじめNO! 宣言』 が作成されました。

  「いじめ」 は人を傷つける行為だ
  人によって 「心の境界線」 はちがう
  自分がなにげなくしていることでも
  他の人には いやに感じることもある

  人にはだれにだってよいところが絶対にある
  そういう人の良いところを見つけていこう
  「いじめ」 はアカンという勇気を持とう

  一人ひとりを大切にしよう
  仲間とつながっていこう
  お互いに支え合うのが 本当の友達だ

  私たちは 「いじめ」 を絶対に許さない
  お互いを思いやり 信頼できたら
  きっと 「いじめ」 もなくなるはず
  人の気持ちをちゃんと考えられるひとが
  いちばんかっこいい人間だ

           2008年3月7日
           大東市立住道中学校第59期生一同

 そして後輩たちに思いを伝えるために、「いじめNO! 宣言」 を、一文字づつを版画に彫って繋ぎあわせ、大きな額縁の作品にし上げて展示しました。その写真が載っています。

 生徒たちは 「自分たちが最も大切にしなければならないのは、いったい何なのかを考える。」 にちゃんと回答を見つけ出しています。
 松井府知事や橋下市長が言うような 「差別や人権に特化されており、子どもが夢や希望を持てる内容になっていない」 の逆です。
 この博物館を潰すと、先代が苦闘の中から獲得してきた人権を覆いかくし、豊かな人権を未来に手渡せなくなってしまします。


 10月18日の 「活動報告」 に大津市の 「いじめ」 事件についての講演報告を書きました。住道中学校の 「いじめNO!宣言を作ろう!」 の取り組みと合わせて、生徒を労働者、学校を経営者、教師を管理職と言い換えて自分たちの職場の状況を捉えなおすと、これまで気がつかなかったことに気づかされます。
 
  
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「職場のいじめ問題」で、天と地の違いのEUと日本
2012/11/13(Tue)
 11月13日(火)

 『季刊労働法』 2012年秋号が、「職場いじめ規制のあり方」 を特集しています。『季刊労働法』 はこれまでも 「職場のいじめ」 問題を特集していますが、毎回紹介される海外の取り組みは、日本の状況を考えるとき大きなヒントを与えてくれます。

 今号の内容は、
 ・「職場いじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」 提言と今後の法政策上の課題
    ―労使ヒアリング調査結果を踏まえて―
   労働政策研修・研究機構研究員 内藤 忍
 ・ベルギーにおける 「職場いじめ」 規制法
   滋賀大学教授 大和田 敢太
 ・予防に重点を置く、スウェーデンの職場いじめに対する法制度
    ―雇用環境規制AFS1993:17を中心として―
   中央大学大学院博士後期課程 西 和江
 ・職場いじめ・嫌がらせ問題
    ―徳島労働局での取り組みについて―
   徳島労働基準監督署次長 岡田 英樹
です。

 この中の 「ベルギーにおける 『職場いじめ』 規制法」 について紹介します。ベルギーはEUの中でも取り組みが進んでいて、他の諸国のモデルになっています。

 まず、EUにおける職場のいじめ問題について概観しています。
 「生活・労働条件改善ヨーロッパ機構」 は 「ヨーロッパ労働条件調査」 を5年ごとに実施しています。第2回調査の1996年から 「職場のいじめ」 問題が取り上げられていました。
 最新の第5回調査では、調査報告書の 「不利益な社会的行動」 の累計では6種類の行動を対象にしています。「ハラスメント的な口頭による言辞」、「望ましからぬ性的関心」、「脅迫的・侮蔑的行為」、「肉体的暴力」、「いじめ行為(bulling and harassment)」、「セクシャルメント」 です。調査における質問項目の変遷や分析手法が 「職場のいじめ」 概念を巡る関心と位置づけの動向を反映しています。

 EUにおける実態調査結果では加盟国の結果数値の違いが明らかになっています。そのについて説明しています。
 「一部の国では過小評価によるもので、一部の国では認識がより広まっている結果」 であり 「問題の顕在化の水準は、文化的および言語的な相違の反映でもあって、実際の発生状況とは限らない。特に概念や定義は、文化的な重しを課せられていることがあり、深く根付いた紋切り型観念や伝統の中で拘束されており、それが、現象の過小評価に結びついたり、受け入れがたい行為を忍耐することになったりする。そのため、南ヨーロッパなどの国では、モラルハラスメントの概念は、時に被害者の側のある意味での弱さを言外に含ませたりしており、そのことにより、問題が明らかになったとしても、被害者に 『難しい人』 とか 『精神的に弱い』 とかいう烙印を押される恐れを抱かせている」 といて、「職場における暴力、特にハラスメントの影響の最も比率の高い国を確実な方法で特定することは困難である」 と、逆説的にその普遍性を結論づけています。

 「ヨーロッパン実態調査における質問項目の表記の変遷は、職場における暴力やはらスメントの定義の共通認識を深めていった過程の反映」といえます。
 「職場における暴力やハラスメント」 については様々な定義の共通認識を深めていき、様々な用語が用いられています。「重要な視点は、ハラスメントは、否定的・攻撃的・敵対的行為であり、多様な形態をとるとともに、被害者は自己防衛することが困難であることを重視することである」 ということです。

 各国における職場のいじめ問題に対する立法的規制の規制方法 (立法形式) と規制対象を比較しています。
 ・単独特別立法 (職場のハラスメント・暴力)  ベルギー
 ・特別立法 (労働法に編入) (職場のハラスメント・暴力)  フランス
 ・職場安全衛生法 (暴力・ハラスメント)  フィンランド
 ・労働環境法 (ハラスメント)  ノルウェー・スウェーデン
 ・一般法 (ハラスメント・セクシャルハラスメント・第三者暴力を個別に規定)  ドイツ
 ・労働法 (ハラスメント)  ポーランド
 ・職場の安全衛生 (リスク)  キプロス
 ・刑事法  アイルランド
 ・性平等法  スロヴァキヤ
などです。


 ベルギーにおける職場のいじめの規制立法は、「労働における暴力、モラルハラスメントあるいはセクシャルハラスメントに関する2002年6月11日法」 (2002年7月11日政令) の制定によって実現しました。
 「2002年法」 は 、「労働における福祉に関する1996年8月4日法」 の改正という形式によって、労働福祉法に編入され、その一部 (第5章の2) となり、「労働における暴力、モラルハラスメントあるいはセクシャルハラスメント」 問題について、労働福祉の課題として位置づけ、労働における暴力およびハラスメントからの労働者の保護を 「労働における福祉」 という概念の中に包摂しました
 そのため 「労働環境リスク」 視点からの 「労働における暴力、モラルハラスメントあるいはセクシャルハラスメント」 問題の分析という独自的な視点が重視され、そのような理念に基づき制度設計されました。
 「2002年法」 の成果としては10点強調されています。
 ① 長年無視されてきたこの問題へのタブー視を打破した。これまで、犠牲者による 『個人的な、主観
  的なかつ過剰な』 ものと受け止められてきたが、客観的に検討され、取り扱われるようになった。
 ② 使用者は、ハラスメント的行動の防止政策を実施する義務を負うことになった。このことが企業の雰
  囲気を改善することに役立ち、経済的な効率性にも寄与している。
 ③ 企業の構成員が、このような方針に関心を持った結果、企業風土に協力するようになり、相互に尊
  重する関係を持つようになった。
 ④ 使用者は、ハラスメント的行動と闘う義務を負うようになり、それを構造的な問題と捉えるようにな
  った。
 ⑤ 法の適用の結果、ハラスメント的行動の根本的原因は、主として組織上の欠陥やコミュニケーション
  の欠陥に求められるようになり、反対に、個人の人格上の特徴と言った個人的要因に帰せられることは
  少なくなった。
 ⑥ 苦情の分析からは、労働によって引き起こされる心理・社会的負担が増大していることが明らかにな
  った。
 ⑦ 法の適切な運用は、すべての関係者 (使用者、管理職、労働者、防止委員、専門員、労働組合代
  表) の啓発、情報提供および教育のための活動を必要としている。
 ⑧ 法の的確な運用は、リスク分析方法の策定と活用を必要としている。
 ⑨ 法は、個人的な苦情に基づき、労働者の保護を具体化することを目指した。個人的な苦情を減らす
  ため、使用者は、ハラスメント的行動の防止に関心を払い、防止策を実行的に実施しなければならな
  い。しかし、防止策は、ハラスメント的行動だけを対象とするのではなく、心理・社会的負荷を生じさせ
  るあらゆる可能性をも対象にするものでなければならず、企業は、労働によって引き起こされる心理・
  社会的負荷に関する広範な防止策を実施することが求められる
 ⑩ 法の適用に関して、不明確な問題点も残っている。特に (訴状を附した) 苦情の届出の方法等であ
  るが、立法による規制と使用者に委ねられるべき範囲とについて検討課題となっている。

 「2002年法」 の実施状況と実効性を検証する作業の成果に基づいて抜本改正が行われ、2007年1月10日法 (2007年6月16日施行) が制定されました。従来の 「労働者の福祉」 や 「労働環境リスク」 理念を基礎に、「心理・社会的」 的アプローチがより重視されてきます。
 いじめ対策は独立してあるのではなく、労働環境、そして福祉政策の一環として捉えられるようになりました。
 2007年法制定では、以下の事項が課題となりました。
 ① 制裁よりも、防止や予防に重点を置く。
 ② 当時者の義務を、労働者福祉のための使用者の政策と適合させる。
 ③ 企業外部の手続きよりも企業内部の手続きに優先権を与える。
 ④ 専門員の立場を強化する。
 ⑤ 解雇からの保護の限界を明らかにする。
 ⑥ 第三者がハラスメント的行動に巻き込まれた場合のより適切な規制を策定する。
 「……使用者は、暴力やハラスメントといった行動だけでなく、ストレスや紛争など心理・社会的負荷をもたらす状況に対しても同様に注意を払わなければならないとされている。
 ここでは、労働におけるハラスメントの内部的な管理方法を優先させており、この管理方法が効果を発揮すれば、ハラスメント事案は裁判所まで辿り着かないものと想定しているのである。」

 「2007年法」 に対する評価作業は2010年に始まり、最終報告が2011年4月に公表されました。
 作業は多岐にわたり、しかも詳細に行われ、その結果として、特に心理・社会的負荷の問題と防止、労働におけるストレスおよびハラスメントに対する闘いをさらに強化するために、今後の課題として問題を12点指摘し、立法の役割と修正を強調しています。
 ① 立法における様々な考え方を明確にし、新たな追加的な考え方を機能させる。
 ② 防止対策に関する具体的な義務を明確化する。
 ③ 専門員の役割を強化し、その指名を義務化する。
 ④ 情報公開を明確化し、強化する。
 ⑤ 心理・社会的防止相談員による手続きの続行を促進する。
 ⑥ 防止外部部門の財政を再検討する。
 ⑦ 一般市民と関係者を啓発する。
 ⑧ 連絡・調整機関としての労働監督機関による可視的な権限を与える。
 ⑨ 監視と監督を強化する。
 ⑩ 重大な事案の時効期間を延長する。
 ⑪ 損害賠償の活用を容易にする。
 ⑫ 研究や啓発を継承し、財政援助する。

 このようなことを踏まえて、最後に日本における現状と問題点を指摘しています。
 「……一部の実態調査が取り上げられているが、会社側にしろ労働組合側にしろ、大きな組織に所属し、保護される立場にある構成員を対象にしたものであり、『職場におけるいじめ』 の被害者の多くが、相談窓口もわからず、泣き寝入りせざるを得ないような実態を直視しているとは思われないのである。
 その結果、EUでの調査報告や研究が強調しているように、『職場におけるいじめ』 が構造的問題であり、企業風土や構造的問題であるという視点が欠如しているのである。そのため、『職場におけるいじめ』 問題を個々の現象に還元し、個々の人の役割や対応の重視として予防・解決しようとしているところに重要な問題がある。」
 そして次のようにも言っています。
 「こうした状況に共通する問題点は、この間の 『職場のいじめ』 問題の取り組み方自体に起因している。『職場のいじめ』 問題は、従来から少なからぬ民間団体による実情報告を踏まえた問題提起や研究者レベルの業績も一定蓄積されているが、一部関係者から、これらの成果を軽視する発言が相次いでいるからである。」

 「従来から少なからぬ民間団体による実情報告」 とは、ユニオンや安全センターのホットラインやアンケート調査等を指すのでしょうか。


 EUそしてベルギーの取り組みと日本を比較すると、日本はEUに対して労働問題に 「鎖国政策」 を取っています。労働時間の問題もそうです。
 職場のいじめ問題に取り組むことは、労働者が安心して、安全に働ける快適な職場環境を作り上げることであり、その成果は社会全体で共有することが出来ます。
 労働者と労働組合も 「鎖国政策」 に対して 「ペリー来航」 を待つのではなく、「ええじゃないか」、「民権運動」 そして困民党蜂起を起こす発想と気概が必要です。 


  当センター「いじめメンタルヘルス労働者支援センター」ホームページ・ご相談はこちらから
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