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労働実態を隠す 『労働経済白書』
2012/09/28(Fri)
 9月28日(金)

 9月14日に厚生労働省は2012年版 『労働経済白書』 を発表しました。
 労働は賃金と労働時間の基本原則から捉えられる必要があります。しかし 『白書』 でこれらに触れているのはほんのわずかです。さらに載っている資料から労働時間の実態を探ったり、分析するのは本当に至難の業です。わざと分かりずらくしています。
 それにめげずに追及します。
 データは 「毎月勤労統計調査」 から作成されています。毎月勤労統計調査は、全国調査約33.000、地方調査約43.500、特別調査約25.000の事業所を対象に、全国調査と地方調査は常用労働者を5人以上雇用する事業所について毎月調査を行い、特別調査は毎月の調査では把握されていない常用労働者1~4人規模事業所について年1回調査しています。時系列データの安定性を確保するため、概ね3年ごとに調査対象事業所 (規模30人以上事業所) の抽出替えを行い、その間、同一事業所に対して継続して調査を実施しています。

 2011年度は東日本大震災直後からの状況ですので傾向を探し出すのは難しさがあります。しかし2010年度以前と比較して極端に違う数値は見出せません。
 一般労働者、パートタイム労働者を合わせた全体の月平均総労働時間は145.6時間です。内訳は、一般労働者167.2時間、パート労働者は90.8時間です。全体の所定労働時間135.6時間、所定外労働時間10時間です。この数字だけを見せられたら日本で残業労働問題は解決済みです。長時間労働による労災申請・認定は例外中の例外の事件です。

 産業別に全体の総実労働時間が長い順にみると、運輸業・郵便行174.8、建設業170.2時間、鉱業・採石業等169.5時間、情報通信業161.2時間、製造業161.0時間、電気・ガス業159.1時間です。正規・非正規労働者の違いはさておき、比較的短時間労働者が少ない業種です。
 逆に短い順にみると、飲食サービス業は106.7時間、教育・学習支援業126.9時間、医療・福祉136.9時間です。しかし誰もこの産業が労働時間が短い、残業が少ないとは捉えていません。圧倒的多数の短時間労働者と少数の長時間労働者の両極に分かれる産業です。

 事業所規模ごとの分類があります。
 500人以上の事業所の総実総労働時間は152.6時間、所定労働時間は38.7時間、100人~499人は151.1時間と138.7時間、30~99人は146.1時間と135.4時間、5人~29人は140.7人と133.4時間です。
 これだけを見ると、日本で労働時間に関する労働条件がいつから大企業より零細企業の方が良くなったのでしょうか。
 表面的数字から実態がまったく見えてきません。

 ここにはからくりがあります。
 調査は事業所を対象にしているので事業所が回答します。「△△の通達を出していて守られているはず」 の回答です。机上の数字です。
 管理職、裁量労働の労働者、フレックスタイムの労働者は 「残業をしていません」。残業時間を月間で定まった時間数に、しかも少なめに固定されている営業関連などの労働者がたくさんいます。残業を正確に申請すると 「仕事ができない」 との評価を受けるので申請しない、風呂敷残業で業務をこなしている、いわゆる 「サービス残業」 をしている労働者がたくさんいます。これらの労働者は平均値を小さくする役割を果たしています。QC運動が労働時間か否かと裁判で争われたこともあります。定時後の研修が労働時間に含まれない企業がたくさんあります。
 短時間労者は1日8時間までの労働は残業とみなされません。
 しかし正規労働者も非正規労働者、短時間労働者も平均値を算出する母数に合算されています。
 昨年の 『白書』 の 「賃金の動向」 の章に (パートタイム比率の上昇により所定内給与は減少を続ける) という小見出しがありました。同じことが 「労働時間の動向」 にも言えるはずです。(パートタイム比率の上昇により平均総労働時間は減少を続ける) です。しかし都合悪いところには断わり書きもありません。
 厚労省はこの発表で事足れりとしています。労働者が自分らの労働時間の実態を客観的につかむ資料がありません。関心を持たせないように工夫しています。
 では誰のための 「白書」 なのでしょうか。世界的にもまれな長時間労働への国際的批判をかわすための資料です。(ILOではそもそも月当り残業60時間以上のデータベースがありません。必要ないのです) 労働組合の連合体にとっても都合悪いことが起きかねないので詳しいデータを盛り込むことを要求しません。


 労働時間の実態はどうしたら探し出すことができるでしょうか。
 7月13日、総務省は、「平成23年度 社会生活基本調査 生活行動に関する結果」 を発表しました。その中に、年代別ごとに平日の主な行動の時間数が表になっています。
 仕事時間について見てみます。有職者数は53.455.000人です。
 有職者全体で、仕事時間12~14時間が10.7%、14時間以上3.7%に及びます。年代別では35歳~39歳が15.2%と4.5%、30歳~34歳が14.6%と5.4%、40歳~44歳が13.6%と6.4%の順になっています。
 1か月の出勤日数を21日で計算すると、1か月の残業時間が84~126時間の労働者が534.572万人、126時間以上が198万人います。

 もう1つ、1週間当りの就業時間数の表があります。
 仕事時間が49~59時間の労働者 (1か月を4週で計算するとして1か月の残業時間36~76時間) は887万人、60時間以上 (1か月の残業時間80時間以上) が489万人です。9%以上の労働者が4週で残業時間が80時間以上になっています。
 この数値は深刻です。
 しかし、希望週間就業時間数が、40~48時間が1868.6万人、49~59時間が457.6万人、60時間以上98.1万人となっています。理由はさておき、長時間を希望する労働者がいることも確かです。


 7月30日、政府は 「日本再生戦略 ~フロンティアを拓き、『共創の国』 へ~」 を発表しました。そこでは具体的目標数値を2段階で出しています。(9月4日の 「活動報告」 参照)
 労働時間については 【2020年までの目標】 週労働時間60時間以上の雇用者の割合5割減、【2015年度の中間目標】 週労働時間60時間以上の雇用者の割合7.4%です。
 具体的に言うと2020年に目標が達成されても250万人近く、20人に1人が月間80時間以上の残業をしているのです。
 これは目標や方針と呼べません。

 厚生労働省の実態を伝えない 「白書」 と総務省の深刻な 「調査結果」 に乖離があります。それを放置する政府、労働者代表を自称する連合の加担があります。これが日本の労働行政の現実です。連合の職業幹部は自分の既得権益だけを守っています。

 時間外労働に関する規制は、労基法36条に謳われています。
 しかし厚労省は法律ではなく、つまり世論に曝されることも国会の審議を経ることなく 「通達」 で36条を改悪しています。(2011年7月20日の 「活動報告」 参照)
 2003年10月22日に労基法36条の運用に関する 「通達」 (基発第1022003号) のなかに 「特別条項付き協定」 があります。
 「労使当事者は、……『限度時間』 以内の時間を一定期間についての延長時間の原則として定めた上で、『限度時間』 を超えて労働時間を延長しなければならない 『特別の事情』 が生じたときに限り、一定期間として協定されている期間ごとに、労使当事者間において定める手続を経て、『限度時間』 を超える一定の時間まで労働時間を延長することができる旨を協定すれば、当該一定期間についての延長時間は 『限度時間』 を超える時間とすることができることとされているところである。」
 具体的には 「特別の事情」 がある場合は 「1日を超え3箇月以内の一定期間について、原則となる延長時間を超え、特別延長時間まで労働時間を延長することができる回数を協定するものと取り扱うこととし、当該回数については、特定の労働者についての特別条項付き協定の適用が1年のうち半分を超えないものとすること」 です。
 要するに、「特別条項付き協定」 を結べば、限度時間を超える時間を延長時間とすることができます。その運用 (悪用) 次第では労働時間の上限はないともいえるものになります。
 労働時間についての規制は使用者の都合だけが配慮され、労働者の健康問題は後付けになりました。
 さらに 「協定」 ということで労使双方に責任を課しています。

 その結果です。
 外食産業での残業に関する協定は、スイートスタイル月間135時間・年間1080時間、ワタミフードサービス120時間・950時間、バケット100時間・870時間、サンマルクカフェ100時間・870時間、モンテローザ75時間・700時間などです。しかもその協定さえ守られていません。
 総実労働時間平均が106.7時間の飲食サービス業における少数の長時間労働者はこの36協定にしばられます。
 日本経団連の会長・副会長を出している16社中13社が80時間を越える協定を締結しているとのことです。会長・副会長を出している大企業に膨大な数の組合員を抱える労働組合があります。その労組がこのような協定を締結しているのです。
 36条はザル法です。これでは長時間労働は改善されません。「特別条項付き協定」 は直ちに撤回させなければなりません。

 このような状態の一方で、失業者数が高い数値を示したまま、自殺者が減少しないデータがあります。これらの問題も 「提言」 や対策案は出されてはいますが、解決に向けた真剣さが見られません。
 問題がそれぞれ分断されています。失業者対策、自殺者防止対策、長時間労働問題はリンクさせて総合的な対策が取られなければ解決しません。
 しかし政府、厚労省、連合のやる気のなさが強固にリンクしています。
 その犠牲が労働者に降りかかり続けています。  
  
  
   
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各ユニオンは苦労しながらも、経験を蓄積して問題解決に対応している
2012/09/25(Tue)
 9月25日(火)

 9月15日と16日、京都で「第24回コミュニティ・ユニオン全国交流集会 無縁社会を生きる、コミュニティ・ユニオンの希望!」が開催されました。
 2日目は、12のテーマに分かれて分科会が開催されました。その中の第一分科会「メンタルヘルスⅠ パワーハラスメントをなくすためにできること -相談・予防対策の現状と課題-」について報告します。33人が参加しました。
 呼びかけ文です。
 「職場のいじめ・嫌がらせ行為で被害にあった労働者は、身を守るために退職したり、職場内の人間関係などから声を上げられずに泣き寝入りしてきました。そのため長い間、職場の問題としてきちんと捉えられずに放置されてきました。
 しかし最近では、被害を受けた労働者が少しずつ声を上げ、労働組合などで対応するケースが増えてきています。行政や労働組合、労働団体に寄せられる職場のいじめ・嫌がらせの相談件数は激増していますが、それぞれの相談窓口が問題解決の困難性をかかえて対応に追われる事態となっています。
 相談を受けるにあたって心がけている点、社会への要求・交渉におけるポイント、職場復帰・社会復帰に向けての取り組み等、具体的な事例や対策を交流しましょう。そして、働きやすい職場作りにつなげましょう。」

 はじめに今年3月15日に発表された「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」から提出された「職場のパワーハラスメントの予防・解決に向けた提言」の解説と評価の報告がありました。(「提言」は、「ホームページ」 → 「全衛生」→ 「“いじめ”とは」 に載っています)
 「予防・解決に向けた取り組み」の中の、それぞれの立場からの取り組みの最初に「トップマネージメントへの期待」が掲げられています。取り組みは上司が主導して組織的におこなわれなければなりません。
 しかし「提言」全体としては、いじめを個人的問題として捉え、構造的に発生しているという捉え方が希薄です。個人的問題と捉えると、予防・防止策も個人的対応に終始します。
 いじめは、実際は会社ぐるみ、会社の指示、暗黙の了解、「社風」から発生している現象がほとんどです。解決にあたっては構造的問題にメスを入れる必要があります。それが「予防」にもつながります。
 労働者にとって雇用不安が一番のいじめです。雇用不安がトラブルを発生させています。

 パワハラという言葉に初めて概念規定が行われたことは歓迎します。
 「職場のパワーハラスメントとは、同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為をいう。」です。
 概念規定についての評価はこれからの活用如何です。解釈をめぐって「ここまでは大丈夫、許される」というような議論に終始する関係性はいい労使関係とはいえません。つまらない議論です。そのようにして解決しても問題の芽は残ります。根を絶やすという取り組みが必要です。

 いじめはどのような関係の下で行われるかということでは、「報告」全体は「職場」にせばめられています。社員以外は対象になっていません。
 処遇の格差や雇用形態の差別は労働者個人としては克服できない課題です。しかし「人間扱い」しない処遇・人権感覚の欠如がはびこっています。労働者にとって差別は二番目にきついいじめです
 いじめはつまらないものという感性・価値観の習得による肌感覚での気づきができる職場環境・雰囲気作りが必要です。そのためには、自分たちの職場環境を自分たちで作り上げて認識を共有する“仲間”が必要です。そしていじめが起きてしまっても、会社や職場、労働組合が自力で解決したという自信は労働者からの信頼を呼びます。自力で解決した経験は会社の財産です。

 この後、「報告」と関連する質問・報告がありました。
 労働政策研修研究機構の内藤忍研究員も参加し、質問に回答をしていただきました。
 内部告発をしたら村八分にあったという報告がありました。
 会社に都合悪いことをすると、別な理由をつけられていじめ・嫌がらせの仕返しをされるということはよくあります。しかしそのような行為が行われるということ事態、職場の雰囲気が働きやすくなっていないということです。労働組合から雰囲気つくりの対抗策を出していくのも解決方法になります。

 上司としての指導がパワハラといわれたという報告がありました。「業務の適正な範囲」の受け止め方です。
 厚労省が円卓会議を開催するに至った契機として、使用者側から業務指示を出しにくいのでパワハラの定義を出してほしいという要望もあったといいます。
 何をもってパワハラというか。上司が部下の力量をどう評価していたか、何をどう指導しようとしているのかが問題になります。力量以上のことを要求するのはパワハラですが、期待はそうではありません。そこでの問題は双方に信頼関係があるかどうかです。
 一方、嘱託職員として就職したが指導ということでパワハラを受け解雇されましたが、今就労闘争と団体交渉を続けているということが報告されました。

 職場で、お手盛りで賃金が決定されたりヤミ賃金が支払われるなど職場で分断支配が行われているという報告がありました。
 使用者は、労働者・労働組合の分断のためには“なんでも”してきます。追及されると事実を否定したり居直ったりします。労使関係は悪化の一途をたどります。

 続いて兵庫ユニオンから、メンタルヘルス相談の対応について事例報告が行われました。
 相談は3つのタイプがあります。
 1、長時間労働を強いられて、躰・精神に変調をきたす。
 2、職場の環境や働かされ方に適応できずにトラブルになり、躰・精神に変調をきたす。
 3、職場以外の、本人の性格・資質(病気?)が原因でトラブルになり、躰・精神に変調をきたす。
 1、の具体例です。
 大手建築資材会社の代理店での発注業務で、定額残業制・月20時間となっていますが7時から20時までのシフト表が配布されます。上司2名も過労で倒れて退職しました。2011年12月から出社拒否症になり、うつ状態の診断で休職します。ユニオン加入して団体交渉をし、未払い残業代と退職条件を整備して退職することで解決に到りました。
 1、のもう1つの具体例です。
 冷凍・冷蔵庫の入出庫業務で、月100時間以上の法廷時間外労働をしていました。今年3月初旬の早朝、勤務の帰りにうずくまり動けなくなりました。同居人が出勤できないことを会社に告げると会社は退職の手続きをしたため社会保険の資格を喪失し、傷病手当の申請もできなくなりました。生活保護を受給しながら労災を申請し、認定を受けました。損害賠償訴訟の提訴を予定しています。
 2、においては、職場に成果主義、目標管理が導入されていて、仕事の遅い人や周りにうまく溶け込めない人などが職場から排除されています。ユニオンとしてはできるだけ雇用を継続する形での解決を望むが、小さな職場で人間関係が崩壊していて復帰が難しく金銭解決となるケースが多くなっています。
 3、の具体例が2つ紹介されました。しかし個人情報に及びかねませんので省略します。
 兵庫ユニオンは、組合員の要望を聞きながらも客観的状況を分析してベターな解決を丁寧に目指していると受け取ることができました。

 この後、パワハラ問題で交渉する場合の注意点について質問がありました。
 「報告」は「職場のパワーハラスメントの行為類型」として
 ①暴行・傷害(身体的な攻撃)
 ②脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言(精神的な攻撃)
 ③隔離・仲間外し・無視(人間関係からの切り離し)
 ④業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害(過大な要求)
 ⑤業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと(過
  小な要求)
 ⑥私的なことに過度に立ち入ること(個の侵害)
を挙げています。これらにあてはまるかどうかが問題になります。
 しかし実際の交渉場面では判断や評価が分かれることが出てきます。その部分の詰めは今後の課題です。またいじめ・パワハラの形態は常に変化していきます。

 このほか、いくつかのユニオンからパワハラ問題に対応・解決に至った経験や経過が報告されました。
 札幌パートユニオンからは、2007年からトラブルが発生してパニック障害になりましたが労働組合の支援で元気を回復し、医者からも回復の速さに驚かれたという報告がありました。回復を促進させたのは労働組合です。「今は労働組合に感謝しています」という言葉が繰り返されました。
 札幌パートユニオンは、労働者が職場に求めている安心を保障する癒しの場でもあるようです。労働組合の1つの役割でもあります。

 今年は個別紛争を取り上げる分科会がなかったからなのか、「メンタルヘルスⅠ」の分科会は「パワハラ」問題、個別紛争対応が議論の中心になりました。
 その中での特徴は、やはりパワハラは個人的関係性で発生しているのではなく会社ぐるみ、組織的に起きているということです。問題解決に向けてはその部分を切開していかなければなりません。
 各ユニオンからの報告は、それぞれ苦労しながら経験を蓄積して問題解決に対応していることがうかがえました。いじめの実情の訴えだけではなく、このようにして泣き寝入りをすることなく解決したという報告が目立ちました。そのような報告を参加者が持ち帰り、それぞれのユニオンで生かしたら来年はもっといい報告が聞けると実感することができました。
 コミュニティ・ユニオンには希望があります。 
 
  
   
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現実をどう“突き破る”か
2012/09/21(Fri)
 9月21日(金)

 9月15日と16日、京都で 「第24回コミュニティ・ユニオン全国交流集会 無縁社会を生きる、コミュニティ・ユニオンの希望!」 が開催されました。

 プログラムの表紙に大文字山の挿絵がありました。見た瞬間、引いてしまいました。
 昨年の大文字焼は、陸前高田の震災でなぎ倒された松で作った薪を燃やすことを拒否しました。死者を安楽浄土に導く仏教がそれを止め、生き残った被災者を傷つけたのです。生きている人びとに説法する仏教が一部市民の世論に迎合したのです。今や仏教は観光資源でしかなくなりました。
 しかし大文字焼での拒否は被災者を前進させました。いつまでも全国から寄せられる善意に依拠するのではなく自立しようと意識を切り替えるきっかけになりました。

 実行委員会の人たちの歓迎準備は大変でした。駅からの道順案内担当の方は炎天下にもかかわらず角々に立っていました。矢印を書いた張り紙で間に合わせればいいのにという思いでした。夜の懇親会は地元の人たちによるマダン (ひろば) の演舞とキムチなどの食べ物やマッコリの差し入れもあり身体的にも満足過ぎるものでした。

 1日目には神田香織さんの講談がありました。演題は 『福島原発震災 ―被災者のさけび―』 です。
 神田さんは、講談との出会いから語り始めました。そして講談という話芸の歴史や技法におよびました。庶民と喜怒哀楽を共有する講談の題材を探しているとき 「戦争の傷跡」 に遭遇します。その問題にこだわる中で、二つ目だった1986年に 『はだしのゲン』 を発表します。中沢啓一の原作を焼き直したものです。
 実はこの時、招待状をもらったので東京演芸場に観にいきました。神田山陽師匠に後押しされながら立派に演じていました。正直その時は、重い演題で成功するとは思えませんでした。しかし着実に観客の心をつかんでいきました。

 その後 『チェルノブイリの祈り』 なども演じ続けています。今回はさわりが語られました。
 ささやかな幸福を満喫していた 「原発推進派」 のエリート消防士夫婦がいました。夫は事故発生とともに出動します。しかし被爆して病院に運ばれます。妻は病院で2週間介護を続けますが亡くなってしまいました。その後に、事故の時6か月目を迎えていたお腹の子が誕生します。しかし1週間で亡くなってしまいました。お腹の中にいた時、母親の放射能を一身に受け入れていたのです。そのかわり母親は元気です。実話です。
 母親の話が小説になりました。それを演題にしました。
 神田さんは故郷・いわき市で、事故前に福島原発について親戚の方と話をしたことがあったといいます。事故が起きた場合の被害状況の話になると 「風向き (次第) だろうな」 と答えられたといいます。この時は、福島原発でここまでの大事故が発生するとは誰も思っていませんでした。

 チェルノブイリも福島も、想定していながら “まさか” で打ち消していたことが起きてしまったのです。
 昨年の東日本大震災の後は “福島” を題材にした演題の創作に取り組んでいます。今回は福島を取材して構成中の一部を披露しました。
 福島に残っている被災者、離れた被災者とも思いは複雑です。1つの検査数値に対して大丈夫と受け取る人も、危険と受け止める人もいます。背景に生活維持の問題があります。1人ひとり生活基盤が違っています。ですから家族がバラバラに暮らしている人たちもたくさんいます。
 離れて暮らす人たちに周囲の人たちは親切に接してくれます。しかしその生活に慣れると福島に帰れなくなるとわざと溶け込むのを避けている人もいます。
 「講釈師 見てきたような 嘘をつき」。しかし神田さんの講談は嘘でない厳しい現実と課題ばかりです。

 集会は550人というこれまでにない参加者の結集で成功裏に終了いました。京都の実行委の皆さんお疲れ様でした。


 集会終了後は3つのオプションツアーが企画されていました。
 「東九条・・・映画 『パッチギ』 のまちを歩こう」 に参加しました。
 まずは焼き肉とキムチで体力をつけ、続いてスライドと資料を交えての東九条地域についてのレクチャーをうけて下準備をしました。
 京都を通る鉄道は京都市と京都府の境界に敷かれました。北側が京都市で南側は京都府、つまり京都市内ではありませんでした。東九条は京都市外だったところに位置します。京都市になったのは1918年です。
 今は在日韓国・朝鮮の人たち、被差別部落の人たち、アジア各国出身の労働者が協力し合って住んでいます。毎年秋に開催される東九条マダンは今年で20回目を迎えます。しかし御多分に漏れず最近は高齢化が進んでいます。
 一方、京都朝鮮第一初級学校への襲撃があった地域でもあります。改ざんされた歴史を教えこまれた者たちが排外主義を煽ります。彼らは現在の自分たちの処遇への不満を “弱者” にぶつけることで解消できると信じています。襲撃の時は侮蔑的な言葉を何度も浴びせました。しかしこの蛮行に地域の人たちは毅然と対応し、排除しました。
 オプションツアーは、彼らが結集した公園や京都朝鮮第一初級学校もまわりました。

 そして映画 『パッチギ』 の撮影現場をまわりました。
 『パッチギ』 は1968年の京都が舞台です。主人公の高校生が隣の朝鮮高校にサッカーの対抗試合を申し込に行くと 「イムジン河」 のブラスバンドが聞こえてきます。魅せられて近づきます。そしてフルートを吹いていた女子校生に惹かれて知り合いになります。主人公はギターで 「イムジン河」 を覚えます。
 女子高生の親族が宴会している公園に出かけ、フルートに合わせて 「イムジン河」 を歌います。
 それを放送局のディレクターが聞いていて番組出演を提案します。しかし当時 「イムジン河」 は 「放送禁止」 (実際は放送自粛) でした。生放送への出演を止めようとするプロデューサーの反対を押し切ってディレクターが強行します。「世の中に歌って駄目な歌なんてないんだ」。

 この部分のストーリーは実話です。西村秀樹著 『大阪で闘った朝鮮戦争 吹田・枚方事件の青春群像』 (岩波書店刊) によるとディレクターは吹田事件の関係者でした。
 1950年に始まった朝鮮戦争に対して各地で反米・反戦運動が繰り広げられました。大阪・刀根山にはアメリカ軍のキャンプがありました。そして国鉄吹田操車場からは連日、国連軍への支援物資を乗せた貨物列車が編成されていました。在日朝鮮人や学生たちは 「軍需列車を1時間遅らせると、1000人の生命が救われる」 のスローガンを掲げて吹田操車場に押し寄せました。
 そのこともあって 「イムジン河」 には深い思い入れがあったようです。

 『パッチギ』 のラストシーンは川瀬で日本人高校生と朝鮮人高校生が乱闘します。
 映画を観ながら、井筒監督はどちらを勝たせるのだろうかという思いが先走りました。結果は 「引き分け」 でした。上手いなと感心しました。
 川の中での乱闘で双方から赤い血が流されました。その血が混じりあって下流に流れます。乱闘までしたから混じり合うのです。仲良くなります。乱闘事件を 「水に流し」 ました。時代も流れます。
 監督は、まさしく当時という時代からの 『パッチギ』 = 「突き破る、乗り越える」 あたらしい社会・共生の文化を目指して 「引き分け」 にしたと受け止めた記憶があります。

 映画の舞台からは40年が過ぎ、映画の完成からは10年近くが経ちます。東九条に共生社会へのとっかかりを垣間見ることができました。 


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被災地の公務労働者の状況
2012/09/19(Wed)
 9月19日 (水)

 東日本大震災から1年半が近づくと、地元マスコミは被災地の公務労働者の健康問題を取り上げました。そのいくつかを紹介します。

 8月24日の 『共同通信』 は、「メンタル相談を4割が希望/大震災被災地の市町村職員」 の見出し記事を発信しました。
 自治労は、5月に東日本大震災で被災した岩手、宮城、福島3県の市町村職員労組の組合員に調査を実施し、6.274人から回答を得ました。その結果を8月24日に発表しました。
 メンタルヘルス相談について、35%が 「必要である」、10%が 「受けたい」 と答えています。一方、実際に相談やカウンセリングを受けた人は14%にとどまっています。自治体での震災関連業務の増加や被災住民への対応で、強いストレスを抱えていると分析しています。
 業務に関する質問では、職員の41%が震災前よりも時間外労働が増えたと回答。震災前より忙しいと感じている人ほどストレスが強い傾向も出ました。自治労は 「復旧、復興業務が長引けば、ストレスの強い職員が増える恐れがある」 として、対策の充実を国や自治体に求めています。
 被災した職員に対しては、地方公務員災害補償基金が今秋、昨年度に続き臨床心理士ら専門家のカウンセリングなどを予定しているといいます。

 8月25日付の 『河北新報』 に、「陸前高田に応援派遣の盛岡市職員が自殺 『申し訳ない』 遺書」 の見出し記事が載りました。
 陸前高田市に応援派遣されていた盛岡市の男性職員 (35) が7月下旬に自殺していたことが24日に分かりました。男性は 「希望して被災地に行ったが、役に立てず申し訳ない」 という趣旨の遺書を残していました。岩手県は支援業務が自殺の要因の一つになったとみて、被災した沿岸部の全12市町村に職員の心のケアなどを徹底するよう通知しました。
 陸前高田市などによると、男性はことし4月、技師として盛岡市道路管理課から陸前高田市水産課に派遣されました。任期は1年間で、漁港復旧などの業務に従事していました。県が6月に男性と面談した際は、特に変わった様子などは見られなかったといいます。
 県によると、沿岸部の被災自治体で、県職員や他の市町村職員の応援派遣を受けているのは10市町村で計239人 (1日現在)。派遣先は陸前高田市と大槌町がそれぞれ55人で最も多いといいます。

 9月6日付の 『河北新報』 に、「宮城県・健康調査 『燃え尽き症候群』 職員1割」 の見出し記事が載りました。
 健康調査は、昨年6月、10月に続く3回目を7月9~31日に実施しました。全職員を対象とし、回収率は88.2%で4.662人から回答がありました。
 燃え尽き症候群 (バーンアウト) の項目は今回初めて設けました。その結果、疲労ややりがいの減退を感じ、専門機関の受診が必要とされるレベル3の職員は全体の9.9% (463人) に上り、震災が何らかの心理的影響を及ぼした比較的軽いレベル2は1.5% (72人) でした。
 レベル3の職員の割合を地域別にみると、本庁が最も高く11.2% (211人)。仙台地域の10.7% (118人)、石巻地域の10.0% (41人)と続きました。
 健康調査の中でストレス度を指標に基づき自己診断した 「メンタル健康度」 の結果は、専門機関でのケアが必要なレベル4に限ってみると10%増得ています。
 「震災後に治療を始めた疾患がある」 と回答した職員は10.7% (498人) で、前回比3.4ポイント増。治療対象の疾患 (複数回答) は高血圧症が111人、「こころの不調」 が54人でした。
 県は、各職場の管理職を対象にしたメンタルヘルス研修や一般職員向けのセミナーを開くなど健康管理対策を強化するといいます。県職員厚生課は 「メンタル健康度の悪化が一部で深刻化している可能性もある。しっかりと対策を講じたい」 と話しています。

 公務労働者ではありませんが社会福祉施設で働く労働者についてです。
 5月14日付の 『河北新報』 に 「宮城県内の社会福祉施設 震災後、職員の3割精神状態悪化」 の見出し記事が載りました。
 調査は2月、全国福祉保育労働組合 (東京) と石倉康次立命館大教授 (福祉労働) の研究室が、高齢者や障害者、児童が利用する115施設の職員345人を対象に実施。このうち132人 (回収率38.3%) から回答を得ました。
 東日本大震災発生後、宮城県内の社会福祉施設で働く職員の3割が精神状態を悪化させています。非常事態の中、施設利用者の生命に危険が及ばないよう神経をすり減らしたことや、被災して行き場を失った高齢者らを新たに受け入れたことによる過重労働が心身への強い負担につながったとみられます。
 心の状態は、「あまり良くない」 が11.9%、「一時、調子を崩したが回復」 が17.8%で、震災後に精神的な状態を悪化させた職員は計29.7%に上りました。体調は、「あまり良くない」 が9.1%、「一時、調子を崩したが回復」 が14.9%で計24.0%でした。震災後の勤務状況は、「泊まれる職員は泊まり込んだ」 が72.9%。一部施設が避難所になったことなどから、「通常とは別の業務が増えて職員の体制に困った」 との回答も26.4%ありました。
 施設利用者の変化については、「健康状態が悪化」 「心理的に落ち込むことが増えた」 「新しい利用者が増えた」 がいずれも2割前後ありました。
 石倉教授は 「利用者の生命を守る責任感や、新たな利用者を受け入れて仕事が増えたことがストレスにつながった」 と分析。「非常事態に備え正規職員を増やし、他施設との連携体制を築いておくべきだ」 と、人手の確保の必要性を指摘しています。


 昨年11月16日の参議院予算委員会で、民主党の相原久美子議員は自治体職員のメンタルヘルスについて質問しました。
○相原久美子君 ……
 それから、少し実例を挙げてまいりたいと思います。宮城県の石巻市では六月から東北大による自治体職員の健康調査が行われました。先ほども申し上げましたように、自身も肉親を失ったり住宅が流されたりの被災者でありますけれども、被災住民の対応に追われております。南三陸町では三十六人の職員が死亡いたしました。家族を失った職員もおります。労働組合の調査では、震災発生からの四か月半で取得した休日は五日とか、全体でも、一か月間で二日未満の休日しか取れなかった職員が二割にも上っています。
 先日、私どもも福島県の浪江町の視察に参りました。浪江町は、まさに自治体の現場全てが二本松市にある男女共生センターに移って業務を行っております。行政機能を果たせるんだろうかというような非常に狭い中で業務を行っておりました。
 職場環境がこれだけ劣悪な状況があったり、自身が被災者であったり、職員が半数近く死亡されたりという、こういう状況の中で、実は国立精神・神経医療研究センターの吉川武彦さんの講演の中に、阪神・淡路大震災の際の神戸市職員の自殺を取り上げております。震災発生後、三か月過ぎくらいから職員の自殺が頻繁に起きてきたということでございます。まさに今の時期が一番大変な状況になってくるということです。目の前の被災者の対応に追われている、そうすると自分自身も被災者であるにもかかわらず家族のケアができない、一旦職場から戻ると家族からも責められてしまうという、このような状況の中で職員がどんどんどんどん疲弊していっているわけです。
 このような現場がございますことから、自治体職員に関して、財団法人地方公務員安全衛生推進協会に委託して対策が取られているというふうに聞いております。その内容、現段階までの経過、実効性、そしてまた消防職員等はどうなのか、お伺いしたいと思います。

○国務大臣 (川端達夫君) 御指摘のように、ほとんど自らが被災者である職員さんが、被災者の皆さんの対応、それから先ほど、復旧復興の仕事の忙しさ、大変な負担の掛かっていることは事実であります。そういう意味で、今委員御指摘のように、地方公務員災害補償基金の事業として、心の健康ケア対策事業というのを実施しております。それまでに、四月十四日と七月十二日付けの通知で、職員の健康管理、安全衛生対策については基本的にはお願いをしているんですけれども、この基金事業がございます。
 これは、被災地の自治体に臨床心理士など専門家を派遣して研修あるいは個々の相談等々を実施するものでありまして、八月二十三日から要望のあった自治体から随時実施しておりまして、これまでに十六団体で実施をしております。今若干お触れいただきました例えば浪江町ですと、研修ということで、百名の皆さんに九月二十八日に臨床心理士が一名行ってそういう研修を一日行ったというふうなことをやっております。
 一方、消防職団員に関しましては、これはまた別の意味を含めて大変な心の負担の掛かる仕事でございまして、これはまた別の仕組みがございまして、被災地の要請に基づいて消防庁独自に精神科医等の専門家を派遣して、これまでに合計で十一か所で実施をいたしております。さらに、今般の三次補正でも、専門家の派遣を行う経費の増額、あるいは惨事ストレスの対策を広くまとめる相談会の開催経費等々を要求しているところでありまして、これも消防署員、それから消防団員、担当する部署は違いますけれども、仕組みとしては同じような仕組みで、要望、要請があれば実施できるという仕組みになっておりますので、引き続き被災地で十分な活動ができるように適切に対応してまいりたいと思いますし、こうした事業を通じてメンタルヘルスをしっかりとやるように支えてまいりたいと思っております。

○相原久美子君 私、伺いますと、研修って本当に意味があるんでしょうかと思っちゃうんですよ。実は、今この状況というのは、本当にもう追われて追われてしまってゆとりがなくなっている、そんな状況なんだろうと思うんです。研修も必要だろうとは思いますけれども、実はメンタルにならないためには何が必要なのかといったら、休養が一番なんですね。ところが、休んでしまうとほかの人たちに大きな負担が行ってしまうというジレンマに陥って、結果として皆さんが疲弊していくという状況になっているわけです。ですから、先ほど申し上げましたように、マンパワーの必要なところには何としてもマンパワーを注入していくという、この姿勢が必要なんだろうと思っております。ある意味で、二次被害者を出さないのだと、こういうやっぱり姿勢をしっかりと持っていただくということが必要なんだろうと思っておりますので、是非ともよろしくお願いしたいと思います。

 残念ながら、このような自治労や民主党の主張と政府の対策は自治体労働者の惨事ストレス、メンタルヘルス対策には役に立たないと思われます。惨事ストレスについての理解がまったくありません。人員体制の確保と休養保養だけでは防止できません。長時間労働は臨床心理士や専門家のカウンセリングなどで解決できません。
 震災は様々な後遺症を残します。被災者が孤独な状況に陥るのと同じ頃、災害対応に従事した職員に惨事ストレスの症状が発症します。職員が被災者しているという場合もたくさんあります。しかし各自治体は阪神淡路大震災などの状況を教訓化していません。


 9月7日の 『活動報告』 に書いた神戸市消防局の消防士の手記から垣間見られる神戸市消防局の予防・防止を含めた惨事ストレス対策を探ってみます。
 「活動状況も各部隊長から説明してもらうようにしたところ、……直接災害対策本部の状況が伝わることで、隊員の士気高揚にもつながった。」
 お互いが、今自分が全体の中のどの位置で任務をこなしているかを理解することは任務の重要性を再確認できます。そして他の者と一緒に頑張っていると受け止めることができた時、より任務に邁進できます。

 「ときには隊員間で激しい意見のぶつかり合いもあったが、まったく個性の違うメンバーのさまざまな発想で窮地を乗りきることができた。」
 わけがわからない状況で、納得できないで任務を遂行していると成果も達成感も享受できません。窮地に陥った時こそ、困難に遭遇した時こそ、意見をぶつけ合って一緒に突破口を探し出す努力が必要です。そのことを通して信頼関係が作り出されます。そのための前提として日頃の風通しのいい職場環境が必要です。

 「我々の想定している範囲での現場活動となるのか不安は募るばかりであった。『今やれることを一生懸命やろう』。そんな気持ちで自分を奮い立たせていた。」
 消防士の日常的訓練の目的は何か。未経験の事態に遭遇しても瞬時に的確に判断する能力を身に着けるためにです。自分らの力量を超える危険な局面か、何とか突破できるかの冷静な判断力です。突破できるという判断は訓練から来る自信がさせます。
 日常的任務をきちんと遂行しているという確信が困難を克服させる力です。

 「当時は原発そのものの情報が乏しく、私自身も特殊災害隊員として原発派遣に自ら手を上げたものの、不安感は非常に大きかった。しかしそれらの業務や不安感はさまざまな方々の協力により解決することができた。……
 北村先生は、我々とともに福島県まで同行し、寝食を共にしてくださった。現地での隊員の汚染検査時などでも的確なアドバイスをいただくことができ、非常に心強かった。」
 組織はどのように組織構成員に安心感を与えるか。指揮者が精神的に鼓舞するだけではなく、安全と危険の境界を、根拠を示してはっきりさせ、危険には曝させないと断言することです。
 北村先生は、学者の鏡です。

 「毎晩それぞれ疑問点や反省点を出し合い、ディスカッションやブレーンストーミングを行なった。
 ……、心が締め付けられるような想いと自分自身の不甲斐なさ……。『やれることはしたはずなのに』と自問自答……。しかし、活動をともにした小隊長や隊員たちに救われた気がする。何もできなかったが、このチームで活動できたことは誇りである。ありがとう。」
 ブレーンストーミングの効果、功罪は世界的に評価が分かれます。しかし一緒に行動した者たちがそこで感じたことを出し合い、思いを共有することは “心を軽く” します。“口に出す”だけでもそうなります。その場のリーダーは、上手に思いを閉じ込めさせないで “吐き出させる” 力量を身に着けていなければなりません。そして“チーム”の存在を確認させ、事態を前向きに捉えさせる必要があります。
 臨床心理士やカウンセラーなどの “他人” ではなく、自分の感情を表出できる “仲間” の存在が一番のストレス解消になります。今現在の自治体職員にはこのことが必要です。

 「ベースキャンプに戻り、個人装備を解除しての休憩と温かい食事を摂ることが可能になった。……そして泥と砂まみれになり捜索活動から戻った隊員のために湯を沸かし迎えてくれた。
 後方支援隊は非日常という被災地の中に日常を造りだし捜索活動を支えてくれた。」
 気分転換とストレス解消のためには温かい食事、温かい風呂・シャワーが最適というのは100年前のイギリス軍の経験から受け継がれています。
 そして短時間でも “日常” を取り戻すことです。自分を取り戻すこと、精神的 “ゆとり” を取り戻すことです。そのための時間と場所の保障が必要です。ただの休養ではありません。

 現在、人的不足の問題は切実ですが、このようなことが行われなければ体調不良者がさらに増えて人的不足が加速します。  
 

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モラルハラスメント規制の目的は予防措置
2012/09/14(Fri)
 9月14日(金)

 9月8日、フランス・ボルドー第4大学で労働の心理・社会的リスクやその立法制度について研究しているLoic Lerougeさんの講演会「フランスでの労働におけるストレス、ハラスメント、自殺、過労死問題への取り組み状況」を開催しました。
 フランスというとモラスハラスメントを連想し、法整備、制度の確立を勝手に羨ましがります。講演はそこに至る経緯やその後の状況までおよびました。“万国共通”の労使の攻防戦があったことが理解できました。講演内容は追ってパンフレットにしようと思います。

 1998年に精神科医のマリー=フランス・イリゴイエンヌさんが『モラルハラスメントが人も会社もダメにする』を出版します。その中で初めて“モラルハラスメント”の言葉を使用して問題を指摘します。
 それまでは、労働者は職場でさまざまないじめや嫌がらせのような現象・雰囲気に遭遇していましたが、言葉で表現したり、主張することができませんでした。『本』を読んで初めて自分たちの周囲で起きている現象・雰囲気について捉えなおして議論することができるようになりました。同時に社会的に広範な議論が起こっていったといいます。

 それまでの労働法典にも「使用者は職場の福祉増進のために健康と安全に厳格な責任を持っている」と身体的な安全衛生義務は盛り込まれていました。
 1989年6月12日には、職場における労働者の安全と健康の改善を促進する基準が導入されます。労働災害と職業病から労働者を予防、保護、リスクの予防と評価、安全と健康の保護、リスクと災害要因の排除などです。
 1991年制定の「安全衛生法」は、使用者に予防を強制する一般的義務の中にあらゆる業務中のリスクを盛り込み、予防範囲を広くしました。そして労働者が労働条件に合わせるのではなく労働者個人に労働条件を合わせるための具体的運用方法を示しました。

 『本』を契機にした議論を経て、“精神的健康(メンタルヘルス)”の概念を労働法に取り入れるべきかどうかの議論になります。結論として2002年1月17日に制定された「社会近代法」は、使用者の安全衛生義務にメンタルヘルスを加え、職場でのモラルハラスメントに対抗するための規定が盛り込まれました。
 モラルハラスメントは
 「雇われている労働者の権利や尊厳が侵されるような労働条件の切り下げを目的にした、またはその効果を狙って繰り返される行為。労働者の身体的、精神的または職業上の将来の名誉を傷つけることを目的にして繰り返される行為。」
と定義づけられました

 しかし一般的な定義のためどこまで含むのか、何が該当するのか明確でないという問題が出てきました。解釈をめぐって駆け引きが繰り返されました。モラスハラスメントに該当するかどうかを区別しなければならないことが課題になりました。

 「社会近代法」制定後、モラルハラスメントの取り組みは使用者だけでなく、安全衛生委員会、労働者代表などさまざまな機関で組織が責任を負う、全体で取り組む必要があると盛り込まれました。
 フランス労働法は、雇用関係、特に労働契約においては良好な信頼関係の中で実行されなければならないという民法の原則を繰り返しています。“人間尊重”、労働者に対して人間として誠実に対応するということです。

 そのような中で、良好な信頼関係に基づく雇用契約のための必要条件に関係する判例が積極的に出されました。踏み込んだ解釈が広がりました。
 「たとえ業務上のリスクを防ぐための処置を講じたということであっても、使用者は責務を免れることはできない。」
 「使用者は、労働者が危険にさらされると知っていた、または知るべきであったのに、彼/彼女を保護する措置を取らなかった場合は、“弁明できない過失”となる。」
 メンタルヘルスを保障する厳格な義務が確立していきました。

 モラルハラスメントの法的規制が導入されると社会運動が起き、様々な変化が生じました。
 労働組合は、モラルハラスメントについて自分らの代表者を通じて聞かされました。
 職場におけるストレスやハラスメント、暴力問題について、ヨーロッパ機構で取り組むことが同意されました。
 フランステレコムのように1000人以上の企業で心理的ストレスが生じた時は労働組合が交渉できるようになりました。
 労働組合が精神的リスクについて知るようになりました。
 最高裁からもこのような方向での判例が出されます。

 モラルハラスメントを規制する目的は、使用者に、この項目に掲げるような責任を取らなくてもいいように、会社での精神的リスクを防止するための実効性ある政策を行うよう措置を講じることを促進することです
 まさに予防措置です。

 講演の後に質疑応答がありました。
 モラルハラスメントをどのようして周知させていったのかという質問がありました。
 「社会近代法」は法制化の前に通達による説明がありました。
 裁判所でどう適用させるか、定義が一般的すぎるなかでどう職場に落とし込めていくかが課題になりました。
 使用者はどうして責められるのかわからなかったといいます。
 法制化の時に内容が理解しやすいように改善されました。
 しかし経営方針とモラルハラスメントを関連させることができませんでした。
 使用者は、なんでも規制の中に導入するのは不利益として受け入れませんでした。また職場環境は民間と公的機関は違っています。労働法と刑事事件で関係性が不十分なところもあります。全体を網羅する概念にはなっていませんでした。
 2008年に最高裁はモラルハラスメントの範疇に踏み込んだ判決を出しました。今は最高裁の判例が基準となって判断しています。


 フランステレコムについても話は及びました。Loic Lerougeさんからは、この話は細かい説明が必要になるので関心がある人は講演が終わった後の懇親会で質問してくださいという要請がありました。
 概略だけです。フランステレコムは、1989年に国の郵便電信電話事業のうちの電信電話部門を民営化しました。
 Didier Lombartが社長に就いた2008年以降、“労働市場の流動化”“フレキシビリティ”の名のもとに“モビリテ”(可動性、流動性)を積極推進します。そのなかで労働者の自殺が相次ぎ35人にも及びました。
 2009年12月、労働監督官の報告書と労働組合(SUD-PTT)が中心に首脳部を刑事告訴します。告訴理由は「“他人の生命を脅かす”ようにしたモラルハラスメントの体制を築いた」ことです。
 2012年8月には社長が加害要因を解除しなかったということで呼び出しを受けています。裁判所も“他人の生命を脅かす”ことに加担しているということで調査をしています。

 フランステレコムの話は、やはりじっくり話を聞かないと理解しにくいところがあります。懇親会でフランステレコムの話を聞いた参加者の感想です。「日本でも公共事業体の民営化が強行され労働者の自殺者が相次いだけど問題にならなかった。例えば国鉄分割民営化の時の自殺者数はフランステレコムの比ではないけど国労は追悼集会だけでそれ以上の関心を示さなかった。」「日本の労働者は働き方を問題にしない。」「電電公社の民営化でも自殺者が出たということは聞いたけど外には漏れなかった。」「郵政の民営化の時も自殺者がでた。郵政ユニオンは取り組もうとしたけど世論にはならなかった。」

 主催者は講演で「過労死問題」についても触れてほしいとお願いしていました。
 Loic Lerougeさんからの回答は、「フランスに過労死はありません。日本の労働者はどうしてそこまで長時間労働をするのですか。」と逆に質問されてしまいました。
 同席していた全国労働安全衛生センターの古谷事務局長は、タイを訪問した時に過労死問題を報告すると、タイの労働者は嘘だといって笑って取り合ってくれなかったというエピソードを紹介しました。
 過労死は、日本と韓国、台湾にしかありません。

 日本の“常識”は世界の非常識。日本の労働者の“穏健”さは世界からみて不思議なようです。
 日本の労働者と労働運動を見直すことができる貴重な講演会でした。 
 

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