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押し付ける基準は 「自分」
2012/05/29(Tue)
 5月29日(火)

 かなりもかなり前の話です。毎日残業が続いていました。経営者は時間外手当を支払わなくてすむように末端管理職を乱造しました。労働組合は人員増要求を続けます。
 職場に身体障碍者の人が入ってきました。
 団交で労組は 「ちゃんと働ける職員を入れろ」 と要求しました。すると経営者から 「あんたたちはかわいそうだね。大の大人がぞろぞろいても障碍者1人の面倒も見れないんだ」 と反論されました。
 団交終了後、執行委員会がもたれました。そこで 「俺たちの主張の方が間違っていた。今後は障碍者問題に積極的に取り組もう」 と確認します。
 人員増の要求は実現しません。しかしその後、労組役員を中心に夜間や休日に地域の障碍者の介助などに参加していきました。その運動は地域のなかに根付いて今も続いています。

 暫くして、職員は業務中のイヤリングやネックレスを自粛するようにとの指導が行われました。ただし結婚指輪はいいということ。労組で議論しました。「イヤリングやネックレスを身に着けるのを文化とする外国人が働きたいと言ってきたらどうするの。文化を否定して排除するになるのではないか」 「アイヌの人たちは顔に彫り物をする。それを理由に断るのか。」 「結婚指輪だけが何でいいんだ。それこそ仕事に関係ないじゃないか」 「問題なのは働く意欲だろう」。
 揚げ足取りの議論ではありません。障碍者問題を通して差別問題に敏感になっていたのです。職員を納得させることができない中で、指導は徹底されませんでした。
 差別問題に敏感になったということでは非正規労働者の処遇についても真剣に取り組みました。毎年春闘や賞与の要求では最初に人件費総額を決定し、その後に配分をめぐる交渉をして非正規労働者の処遇を厚くしました。経営者は、人事考課が期待できなくなると言って抵抗します。労組は、平等感が労働意欲を高めると主張しました。
 経営陣は、陰で労働組合に経営を乗っ取られたと言っていたとのことでした。労組の執行委員会の会議はついつい半分以上が業務に関する話になってっしまい、そこで若手は仕事を覚えていきました。労働組合の執行委員こそ業務に乗っ取られていました。それでも労働組合への信頼は厚く、楽しく業務を遂行していました。
 結婚指輪はなぜいいのか。後からわかったのですが、指導を提案した者が自分は外したくないと主張したからだということでした。
 大勢に押し付ける基準が 「自分」 なのです。

 今、大阪市長の入れ墨をした職員の排除が話題になっています。
 土曜日の永六輔のラジオ番組からの受け入れですが、「入れ墨」 と 「彫り物」 は違います。市長は文化の違いを認めないのです。
 永六輔のラジオ番組は、続けて大阪市浪速区にある大阪人権博物館 (リバティー大阪) への市からの補助金が打ち切られるということを伝えました。子どもたちに夢や希望を実現するために頑張ろうという気持を起こさせないという理由のようです。
 大阪に行くたびに、去年1年間でも4回訪れました。大阪人権博物館は広い建物の中に被差別部落問題、在日朝鮮・韓国問題、アイヌ問題、沖縄問題などなど様々な人権問題を、丁寧に歴史を掘り起こしながら、今風に言うならビジュアルに展示しています。それぞれのこれまでの苦闘が伝わってきます。1つひとつのコーナーはまだまだ狭すぎるという思いがします。
 歴史問題としてではなく 「このような問題が今もあることを知ろう」 そして 「みんなで考えてみよう」 という設定になっていてわかりやすく工夫されています。「人権」 がやっと総合的に捉えかえすことができるようになり、「共生」 が実感できます。
 この展示が子供たちの夢や希望を削ぐことはありません。もしそのような子どもがいるとしたら、小さい時からなりふり構わず 「勝ち組」 に邁進することを親から強制されているからです。夢や希望が狭められています。

 被差別部落問題、在日朝鮮・韓国問題はいうまでもありませんが、大阪は沖縄問題を抜きにしても語れません。特に沖縄を離れて本土で生活をすることになった人たちの苦労と故郷・沖縄への思いが大正区の人たちによって語り継がれています。このような展示施設は沖縄以外ではおそらくここにしかありません。
 このような施設の維持は、個人や営利団体では無理です。残さなければなりません。

 大阪市長は今、「人権の館」 を潰そうとしています。
 本当は人権を潰すことを目論んでいます。
 
 この話を聞いた時、ふと思い出したフレーズがあります。
 「過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目 (ママ) となります。」
 敗戦40周年を迎えた1985年5月8日、西ドイツの連邦議会でのワイツゼッカー大統領の演説です。
 「演説」 はナチスドイツによって虐殺された人びと、弾圧・迫害された人びとに思いを馳せます。そして 「今」 をかたり、「次世代」 に希望を託します。
 終りの方には次のようなフレーズがあります。
 「ヒトラーはいつも、偏見と敵意と憎悪とをかきたてつづけることに腐心しておりました。
  若い人たちにお願いしたい。他の人びとに対する敵意や憎悪に駆り立てられることのないようにしてい
 ただきたい。ロシア人やアメリカ人、ユダヤ人やトルコ人、オールタナティヴを唱える人びとや保守主義
 者、黒人や白人、これらの人たちに対する敵意や憎悪に駆り立てられることのないようにしていただきた
 い。
  若い人たちは、たがいに敵対するのではなく、たがいに手をとり合って生きていくことを学んでいただ
 きたい。」
 読み返すと全文が心に染み入る内容です。

 大阪市長は過去を消そうとしています。それは市長自身が現在に不安で自信がなく、未来に対して無責任を貫こうとしているからです。

 大阪で実際にあった、沖縄に対してだけではない差別と差別の構造を含んだ事件を、沖縄のシンガー佐渡山豊が歌にしています。

    「人類館事件の歌」

   これは今からちょうど百年前のこと
   この国であった本当の話だ
   日清戦争や日露戦争があって
   皇国ニッポン帝国主義バリバリの頃のこと

   ところは大阪天王寺公園あたり
   明治国家主義による天下の一大イベント
   第5回内国勧業博覧会と銘打った
   万国博まがいのお祭り会場でのこと

   例のごとく 商売上手なニッポンジンたち
   人の集まるところ必ずお金がおちるよと
   文明の産物やその展示物をあざ笑うかのように
   正門前に立ち並ぶは営利目的のパピリオン

   その場外余興のパピリオンの一角に
   みすぼらしい茅葺の見世物小屋があって
   ふとみればサーカスの調教師のような男が
   「コイツらは琉球の貴婦人ナリ」 などと
   鞭でさしてえばっているんだ

   そう数百万人がその小屋で見たもの
   モノでなく動物でなく写真でなく人形でもなかった
   その陳列された出し物に民衆は誰もが目を疑った
   なんとそこには生身のニンゲンが展示されていたんだ

   マレー人がいて・朝鮮人がいて・アイヌがいて
   台湾人・インド人・そしてザンジバル人がいた
   ジャワ人・トルコ人・アフリカ人
   それから沖縄人が展示されたんだ
   誰がつけたか そのパピリオンの名は 『人類館』

   「ニンゲン動物園」 でもあるまいし
   ニンゲンが人間を優越感のまなざしで眺められようものか
   これを以て 『アジアの一大帝国たる実力』 を強調せんとしたのか
   それとも 「民族は色分けすべきものだ」 と言いたかったのか

   だが問題はその後に重大な尾を引いたんだ
   それを見た1人の沖縄人が新聞に投書した
   「わが琉球民族は大和民族と同じなんだから
   アイヌや朝鮮人なんぞとは一緒にするな」 と言い出したのだ

   これには誰もが呆れ返ったはずだ
   差別された者が同じ差別を受けるものを見下したのだ
   差別する側につくことでぬけぬけと生き延びようとしたんだ
   そこまで言わしめ駆り立てたものは一体何だったんだろうか

   この歌を聴いてどう思うかは自由だ
   10年を一昔というから百年はもっと昔だというならそれもよし
   それは時代錯誤よとそっぽをむかれたってかまわないけど
   足元がほらなんとなく ぐらぐら揺れているのがわかるだろうか?

   ニンゲンという生き物は本当に恐ろしい動物で
   いい加減な理由を正当化して 他国に攻め入ったりもすれば
   ただムシャクシャしたからと言って通行人を切りつけたりもする
   進化するより 退化の一途を辿っているような悲しい生き物だ

   だがぼくらは悲しんでばかりもいられないんだ
   人類館や人間動物園の話をもう少し聴いておくれ
   ヨーロッパじゃもっと以前からそんな話があったというんだ
   サムライ姿の福沢諭吉もロンドンで 「青い視線」 を浴びたそうな

   産業革命から植民地主義時代へと移るヨーロッパじゃ
   ダーウィンの進化論もいつしか 『ニンゲン不平等論』 にまでこじつけられ
   文明というものはニンゲンのつまらない優越意識まであぶり出したんだ
   とうとう彼らは 『植民地のニンゲンたち』 を展示するに至ったのだ

   もともと 「人類館」 も西洋のそれに倣ったもので
   坪井正五郎なる博士が パリ博で観たものを真似たものだった
   檻の中に展示された 『生身のニンゲン』 を鑑賞しているうちに
   このおぞましい光景を 当り前のようにニッポンにまで持ち帰ったのだ

   その後も人間動物園はとどまることを知らなかった
   イギリスで・イタリアで・ベルギーで・ポルトガルで・
   デンマークで・オランダでも
   アメリカじゃインディアンにエスキモーにハワイ人に黒人も
   みんな展示されたんだ
   そして1200人ものフィリピン人が一度に展示されたこともあったとさ

   これはたかだか百年前に この国であった本当の話だ
   人類館事件という名の世にも恐ろしいノンフィクションなのだ
   だが今日も何処かで同じようなことが起きていないとも言い切れないし
   歴史は繰り返されるものだといわれるでしょう

 自己を大きく見せるために誰かを踏みつける。排除のために小さな違いを大きくする。周囲の者たちが気づいても気付かないふりをしている間に、違いは大きく作り変えられていきます。
 気を付けなければなりません。
 違いを違いと認め合う、尊重し合う社会に生きる方が楽しく生きられます。 


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復職問題に取り組んでいない事業所が多い
2012/05/25(Fri)
 5月25日(金)

 独立行政法人 日本労働政策研究・研修機構発行のパンフレット 『職場におけるメンタルヘルス対策に関する調査』 の紹介の続きです。復職問題についてです。

 ここ3年間で、どのくらいの割合の労働者が、休職から復職できているかと質問しています。「全員復職できた」 が28.2%ともっとも高く、「ほとんど全員復職できた」 の13.0%を合わせると4割強の事業所で大多数が復職できていることになっています。一方、「全員復職しなかった」 も16.6%と少なくありません。「7~8割程度」 9.8%、「半分程度」 9.7%、「2~3割程度」 4.6%、「1割程度」 が5.4%です。12.7%が無回答です。いい回答は隠しません。曲者です。
 会社規模別にみると、規模の大きいところほど高い復職率になっています。1.000人以上規模では、「全員」 「ほぼ全員」 復職の合計が50.6%と過半数を占め、逆に 「全員復職しなかった」 のは6.0%と平均を大幅に下回っています。

 休職者が復職する際に問題となった事柄についての質問に (複数回答)、「どの程度仕事ができるかわからなかった」 が59.9%ともっとも高く、「本人の状態について、正確な医学的情報が得られなかった」 が33.7%、「本人に合う適当な業務がなかった」 が21.1%、「本人が不調を受容できず休職前の職場に復帰することにこだわった」 が9.5%、「上司や同僚の理解が得られなかった」 が6.6%、「どこに相談してよいかわからなかった」 が4.5%、「職場復帰に関する就業規則の規定がなかった」 が4.5%、「主治医に会い意見聴取について本人から同意を得るのが難しかった」 が2.4%、12.4%が無回答です。
 復職者の割合と問題になった事柄への質問への無回答の数値が似ています。無回答の事業所は、おそらく事業主にとって復職は問題にもならなかったのだと思われます。

 メンタルヘルス不調者などの病気休職期間の上限 (勤務年数などで違う場合は上限が長い期間。就業規則等に定められていない場合は通常のケース) について質問しています。「6 か月~1年未満」 が18.5%ともっとも多く、「1年~1年6か月未満」 が16.7%、「1 年6か月~2年未満」 が12.8%、「3か月未満」 が12.6%、「3か月~6か月未満」 11.8%、「2年~3年未満」 で11.2%、「3年以上」 が2.6%、「上限なし」 が5.2%です。
 病気有給休職と病気無給休職の区別をしないで質問した結果だと思われます。病気有給休職の後に病気無給休職・傷病休暇に移行する事業所も多くあります。また有給休暇を2年過ぎても消滅させないで病気の時には使用できる制度を設けている事業所もあります。
 1年6か月以上の休職制度が4分の1以上の事業所にあります。


 メンタルヘルス不調による休職者が復職する場合の手続はルールについて3択からの選択で質問しています。「復職の手引き」 については何も触れられていません。ですから回答も抽象的です。「人事担当者がその都度相談してやり方を決めている」 が43.1%ともっとも高く、次いで「社内で復職に関する手続きルールが定められている」 が32.9%、「復職は、それぞれの職場の上司・担当者に任せている」 が17.4%となっています。
 企業規模別では、おおむね規模が大きいほど 「手続きルールが定められている」 割合が高くなっています。30人未満で 「手続きルールが定められている」 割合は22.2%対して、1.000人以上では53.6%と過半数を占めています。ただ1.000人以上でも、「その都度相談」 が34.4%と少なくなく、メンタルヘルスの取り扱いの難しさが伺われる結果となっています。
 また、過去1年間にメンタルヘルス不調で1か月以上休職・退職した労働者の有無別でみると、「手続きルールが定められている」 割合が、休職・退職者がいる場合は40.9%と、休職・退職者がいない場合の30.4%を大きく上回っており、状況が深刻なほど、制度化が進んでいるといえそうだと書いています。
 雇用契約が存在しているなかで復職については 「裁量」 ということはおかしなことです。労働者は安心感、信頼感を持つことができません。
 休職制度も、復職制度も就業規則の一部として整備されなければなりません。そしてその内容は最低の基準で、復職を成功させるために必要に応じで対処するという項目が盛り込まれなけれる必要があります。


 復職の可否を判断する基準が決められているかの質問には、「その都度検討して決めている」 が34.6%ともっとも高く、「独自の基準はなく、医師の診断書に従う」 が28.4%、「ルールとして定めてある」 が21.0%で、「ルールではないが、慣行として一定の基準がある」 が10.1%で、6割強が基準を定めていません。「何らかの基準をもっている」 が3割程度に止まっています。
 復職にあたっては、手続ルールはもとより復職基準についてもその都度決めるケース・バイ・ケースで対応している事業所が多い、メンタルヘルスをめぐっては、症状や発生した状況などがケースごとに様々で一様に捉えることが難しく、そのことが企業の取り組みに反映しているようだと書いています。
 「医師の診断書に従う」 は主治医か産業医かわかりません。質問書の作成者自身がメンタルヘルスケアの問題に関心が大きくないのだと思われます。
 実態は、取り組んでいない、その前に退職に追い込んでいるというのが圧倒的ではないでしょうか。だから基準が必要ないのです。
 

 復職したとしても、様々なサポートがなければ、職場に定着して働き続けることは難しいといことで、復職後の面談や助言などの支援体制について4択で質問しています。「特段の支援措置はとっていない」 が31.2%ともっとも高く、「人事労務担当者や上司のみが定期的に面談、助言する」 が30.9%という結果です。6割強の事業所が専門家のサポートを実施していない実態がわかったと書いています。
 専門家を活用している事業所は、「ルールは決まっていないが、必要に応じて産業医や専門担当者等が面談、助言する」 (24.0%) と 「社内ルールとして、一定の期間、産業医や専門担当者等が定期的に面談、助言する」 (8.8%) を合わせて3社に1社の割合となっています。これを企業規模別にみると、規模が小さいほど 「特段の支援措置はとっていない」 割合が高くなっており、1.000人以上では18.6%なのに対して、100~299人で31.8%、50~99人が44.2%、30~49人では53.3%、30人未満では54.1%となっています。その逆に、おおむね規模が大きいほど、専門家を活用している割合が高くなっていて、1.000人以上では、「必要に応じて産業医や専門担当者が面談・助言する」事業所が30.3%で、「一定期間、産業医や専門担当者が定期的に面談・助言する」 事業所が24.4%となっています。
 「特段の支援措置はとっていない」 は、そもそも復職者がいない・させていないのだと思われます。
 それにしても、支援体制についての質問の選択肢そのものに 「同僚」 等がない (思いつかない) のは悲しい現実です。


 復職にあたっての手続や、復職後の支援計画などを検討するための場 (復職検討委員会など) を設けているかの質問に、「設ける予定はない」 が70.1%ともっとも高く、「設置を検討中 (予定含む)」 が13.5%、すでに 「設けている」 が9.8%と1 割程度に止まっています。企業規模別に 「設けている」 割合をみると、1.000 人未満ではどの規模階層も1桁台ですが、「1.000人以上」 では24.7%と格段に割合が高くなっています。
 「設ける予定はない」 の70.1%の数字が復職問題への実態を物語っているのではないでしょうか。

 職場への完全復帰までのつなぎとして、「試し出勤」 (リハビリ勤務など) 制度について質問しています。あたかも多くの企業が復職問題に取り組んでいるような設問ですが、実際の復職者がいるかどうかの設問への回答の数字と整合性があるように思われません。仮定の回答をしている事業所もあると思われます。
 メンタルヘルス不調者に関する情報について、取り扱うことができる者の範囲について 「本人の同意がない場合」 と 「本人の同意がある場合」 の質問をしています。
 「本人の同意がない場合」 でも取り扱うことができる範囲に 「本人の上司」 が52.8% 、「人事労務担当者」 が51.8%、「産業医等 (産業保健スタッフ)」 25.5%、「経営者」 22.5%という回答です。

 メンタルヘルスのケアでのプライバシーにかかわるルールをどのように定めているかの質問に、「特段のルールはないが、気を付けて対応するよう求めている」 が46.2%と半数近くを占めもっとも割合が高く、次いで 「プライバシー情報全般に関して定めたルールでカバーしている」 が28.1%、「ルールも慣行もなく、特段の対応をしていない」 が18.2%などで、制度としてプライバシーの問題を扱っている事業所は多くないのが現状です。
 企業規模別による違いは大きく、規模が大きくなるに従って、「プライバシー情報全般に関して定めたルールでカバーしている」 事業所の割合は高まり、1.000人以上規模では44.0%となっています。逆に、規模が小さいほど 「ルールも慣行もなく、特段の対応をしていない」 割合が高くなっています。
 事業主のプライバシー保護の認識はこの程度の者です。
今、労働安全衛生法改正法案が上程され、事業主に体調不良のスクリーニングを行うことを義務付けようとしています。本人の知らないところでどのような扱いをされているかわかりません。まさに体調不良者あぶり出しの網掛けの手段でしかありません。



 メンタルヘルスケアが大きな社会問題になってから10数年がたちます。その間、真剣に取り組み続けている事業所もそれなりに登場し、職場環境が改善され、業績も労働者の勤怠状況も良好になるという成果を上げています。しかしまだまだ一部です。
 積極的に取り組んでいる事業所とそうでないところの 「格差」 はかなり大きくなっています。

 データをデータで終わらせない、実行に移すべき課題ははっきりしています。
  

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メンタルヘルスケアは10年以上前からワンパターン
2012/05/22(Tue)
 5月22日(火)

 この3月に、独立行政法人 日本労働政策研究・研修機構はパンフレット『職場におけるメンタルヘルス対策に関する調査』を発行しました。調査の目的は、「メンタルヘルスケアにかかわる検討に資するため、職場におけるメンタルヘルスの実態や、企業の取り組み、企業のメンタルヘルスケアに対する意識など探り、メンタルヘルスケアを進めるうえでの課題を明らかにすること」です。A4版で172ページに及ぶものですのでかいつまんで紹介します。

 調査は、帝国データバンクの事業所データベースを母集団に、産業・規模別に層化無作為抽出した農・漁業を除く全国の従業員10人以上の民間事業所14.000か所に、調査票を郵送する方法で、2010年9月1日現在の状況について行われました。
 有効回収数5.250 件で有効回収率は37.5%です。
 設問自体が事業者向けになっていて、当然、回答は事業所の担当者が記載したもの、つまり使用者側の管理部門からの回答の性格を持ちます。担当者は現場から離れたところで就労していることが多いということがあります。
さらに設問を見ると、作成者はあまりメンタルヘルスケア問題や労働現場、労働者が置かれている状況を知らないと思われます。ですから労働者からのアンケートに対する回答とはかけ離れた結論になっている個所も見受けられます。


 過去1年間にメンタルヘルスで1か月以上の休職または退職した労働者がいた事業所におけるメンタルヘルスの取り組み状況をみると、「取り組んでいる」は64.0%と過半数を占める一方、休職・退職者がいるにもかかわらず「取り組んでいない」が3分の1と少なくないのが目立つ結果となっています。取り組み状況は、大手企業と中小企業に差があります。
 「取り組んでいない」が3分の1の数字は、他の様々な調査の中で出てくる「固定値」です。縮めるのは至難の業です。まず厚労省の“やる気”が問われます。

 メンタルヘルスの問題と、生産性の低下や重大事故など、企業のマイナスのパフォーマンスとの関係をどう考えるかということについては、「関係がある」が42.1%、「密接に関係がある」が22.8%、「どちらかと言えば関係がある」21.3%を合わせて86.2%が、関係ありと認識しており、「どちらともいえない」は9.6%で、無関係(「あまり関係がない」「まったく関係がない」「関係がない」の合計)は3.4%と少数です。
 3分の1の「固定値」を縮める手段としては、取り組んでいる事業所からプラスのパフォーマンスを聞き出してアピールするという方法もあります。

 6割弱の事業所でメンタルヘルスに問題を抱えている正社員がいます。そのうちの31.7%が3年前に比べてその人数が増えたと回答しています。減ったと回答したのは18.4%で、増加傾向があります。
 メンタル不調者(正社員)の有無を企業規模別(正社員数)で見ると、1.000人未満では規模階層にかかわりなく、不調者のいる事業所がいない事業所をわずかに上回る程度ですが、1.000人以上では不調者のいる割合が72.6%と増えて、いない事業所の26.6%を大きく上回っています。
 実際は、1000人未満の事業所は不調者の発症が少ないのではなく、隠れて存在していたり、休職の制度が整備されていないため退職になったり、体調不良で自主的に退職したなどの労働者が多数存在しています。
 産業別でみると、医療・福祉で76.6%ともっともメンタル不調者のいる割合が高く、次いで情報通信業の73.0%、製造業が67.9%などとなっています。この3産業を企業規模別にみても、他の産業と比べて、不調者の多かった1,000人以上規模の割合が高いわけではなく、産業による特性と考えてよさそうだと書いています。
 確かにこれらの産業は自分で業務の裁量を行うのが難しく、長時間労働になりがちです。さらにそれぞれ原因となる特徴があります。医療・福祉は「感情労働」、情報通信業は経営者が若くて労働法制を知らない、代りの労働者はたくさんいるという感覚を持っている、製造業は機械に管理されながら納期に追われるという状況にあります。

 仕事の多さとメンタルヘルスには強い関係があると言われています。結果は、メンタルヘルスに問題を抱えている正社員の有無を仕事量の増減別にみると、問題を抱えた正社員がいるのは仕事量が「増えた」が71.2%、「やや増えた」で61.2%と仕事量が増えるほど、メンタルヘルスに問題を抱えている正社員のいる事業所の割合が高くなっています。一方、仕事量が「減った」「やや減った」事業所では、それぞれ46.9%、59.6%となっています。

 雇用形態にかかわらず、過去1年間にメンタルヘルス上の理由により連続1か月以上休職、もしくは退職した人がいた事業所は25.8%。正社員だけ抜き出すと、23.5%の事
 業所が「いる」と回答しています。正社員について産業別にみると、情報通信で55.8%、学術研究、専門・技術サービス業では35.1%、医療、福祉で34.4%、教育、学習支援業で33.0%、製造業は30.6%などとなっています。
 情報通信業が他産業よりも大幅に高い割合で1カ月以上の休職者や退職者を出しているのが目立ちます。企業規模別にみると、30人未満では10.8%なのが1.000人以上だと31.2%と、おおむね規模が大きくなるほど休職者・退職者が「いる」割合が高くなっています。

 メンタルヘルス不調による1 カ月以上の休職者を役職別にみると、若年層が多いと推定される「役職なし」が66.6%ともっとも高く、次いで「係長クラス」が19.8%、「課長職」が8.1%と続き、「部長職」は2.1%、「役員」は0.1%でした。これを会社規模別にみると、「役職なし」の割合が、300人以上の中堅・大手企業では7割強なのに対して、300人未満の中小企業では4~6割程度。300人未満では、課長職、部長職の休職者、退職者が若干多くなっています。
 若年層については様々なことが言われていますが、新入社員が即戦力を要求されたり、ノルマを課せられたりすることは人間不信、会社不信、社会不信に陥ります。体調不良になったではなく「体調を壊された」のです。「係長クラス」の体調不良者はかなり前から多く出ていました。職場の人間関係の上下や横から、時には全く逆の話も含めて様々な話が持ち込まれ、こなそうという意気込みはありながら空回りして、逆に自己の頭の中で整理がつかなくなる役職だといわれています。

 メンタルヘルス不調者が現れる原因について、事業所がどのように認識しているか聞いたところ(3位までの複数回答集計)、「本人の性格の問題」が67.7%、次いで「職場の人間関係」が58.4%、「仕事量・負荷の増大」が38.2%、「仕事の責任の増大」が31.7%、「上司・部下のコミュニケーション不足」が29.1%、「家庭の問題」が29.1%、「成果がより求められることによる競争過多」が12.6%などの順となっています。
 調査書への記載は使用者側の担当者です。「うつ病100万人時代」と言われます。その中にあっても「本人の性格の問題」が67.7%の把握は驚きです。メンタルヘルスケアに「取り組んでいない」が3分の1の認識とも繋がります。この認識が体調不良者を増やし、対策が遅れている原因です。そして使用者にとっては一番安易な対応と言い訳ができる理由づけになります。
 しかし人材や職場環境の問題としてとらえた時、使用者は大きなリスクを負っているという視点に立とうとはしません。


 事業主に「心の健康状態に問題を抱えた従業員を把握した最初の入り口として最も多いのはどれですか」と選択肢を示しています。理解に苦しむ設問です。労働者が誰に訴えたかという設問なら理解できますが、この設問には回答者も混乱したと思います。回答者は何を根拠に回答したのでしょうか。
 多くの労働者は体調不良になっても隠します。同僚は気づいても知らんぷりをします。上司に報告するの「○○は仕事をきちんとしない」というクレームとしてです。

 結果としては「職場の上司など管理監督者」が48.4%ともっとも高く、次いで「職場の同僚」が31.5%、「社内外の相談窓口」が10.9%、「家族・友人・恋人」が5.8%、「企業内の労働組合」が0.1%、「その他の社外」が0.1%の順です。企業規模別にみると、おおむね規模が大きくなるほど「社内外の相談窓口」「職場の上司など管理監督者」をあげる割合が増え、逆に、「職場の同僚」をあげる割合は少なくなっていると書いています。
 結果を踏まえ、おおむね規模が大きくなるほど「職場の同僚」をあげる割合は少なくなっているということの分析をすると現在の職場の実態が見えてきます。
 そして「社内外の相談窓口」「家族・友人・恋人」「企業内の労働組合」「その他の社外」、つまり管理監督者や同僚などではなく、本人の直接の訴えでもないところから状況は報告される合計が17%ということが職場の殺伐さを物語っています。


 このような状況のなかで、どのくらいの事業所がメンタルヘルスケアに取組んでいるのでしょうか(実際には「取り組んでいる」と主張しているのでしょうか)。「取組んでいる」は50.4%で、「取組んでいない」が45.6%とほぼ拮抗した形となっています。企業規模別でみると、規模が大きいほど「取組んでいる」割合が高くなっており、1,000 人以上では75.4%の事業所が「取組んでいる」となっています。
 産業別にみると、「取組んでいる」事業所の割合が高いのは「電気・ガス・熱供給・水道業」が88.8%でトップ、次いで「金融業、保険業」の75.3%、「情報通信業」の75.0%などとなっています。「取組んでいない」割合が高いのは、「鉱業、採石業、砂利採取業」が98.0%ともっとも高く、「生活関連サービス業、娯楽業」(70.4%)、「宿泊業、飲食サービス業」(63.5%)、「卸売業、小売業」(54.3%)などと続いています。

 過去1年間にメンタルヘルスで1カ月以上の休職または退職した労働者の有無と取り組みの有無の関係をみると、休職・退職した労働者がいた事業所の方が取り組みの割合が高くなっています。しかし、休職・退職者がいる場合でも「取組んでいない」事業所が3割強と少なくなく、メンタルヘルス不調者がいるからと言って、必ずしも取組んでいるわけではないことがわかります。
 休職・退職者がいる場合でも「取組んでいない」事業所が3割強あります。繰り返しますがこの3割の居座り・「固定値」が、取り組への消極性をけん引します。
 取組みの有無と不調者のその後の状況パターンの関係をみると、「取組んでいる」方が「休
職を経て復職している」完全復帰の割合が高く、結果的に退職してしまったパターンでは、
「休職を経て退職した」「休職せずに退職した」「休職を経て復職後、退職した」のいずれも「取組んでいる」事業所の割合が低くなっています。メンタルヘルスケアの取組みが、復職に関して一定の効果を上げているという結果あります。

 メンタルヘルスケアに取組んでいない事業所に理由は(複数回答)、「必要性を感じない」が42.2%ともっとも高く、次いで「専門スタッフがいない」が35.5%、「取組み方が分からない」が31.0%、「労働者の関心がない」が14.1%などとなっています。これを企業規模別にみると、「経費がかかる」「必要性を感じない」を理由にあげた事業所の割合は、規模が小さいほど高いです。「専門スタッフがいない」を理由にあげたところは、300人未満規模で比較的高い割合を示し、300人以上では低い割合となっています。「取組み方がわからない」では、規模との特段の関係は見られず、大手企業であってもメンタルヘルスケアの取組み方に悩んでいる様子が伺われると書いています。
 過去1年間にメンタルヘルス不調で1カ月以上の休職または退職した労働者の有無と、取組んでいない理由の関係をみると、休職・退職者がいない事業所では46.5%と約半数が「必要性を感じていない」を理由に挙げ、休職・退職者がいるところでは「取組み方がわからない」が52.1%と過半数に達し、次いで「専門スタッフがいない」(45.9%)が続きます。また、休職者・退職者がいても21.5%の事業所が「必要性を感じない」としてメンタルヘルスケアに取組んでいないのが目立ちます。
 「取組み方が分からない」は言い訳にもなりません。労働者が「仕事の仕方がわからない」という理由で仕事をしなかったら使用者は了承するでしょうか。 「経費がかかる」「必要性を感じない」という回答者はリスク管理ができていません。目先のことは捉えても長期ビジョンを描けていないことの裏返しです。労働者は二重に不幸です。

 メンタルヘルスケアの取組みの具体的な内容については(複数回答)、「労働者からの相談対応窓口の整備」の割合が55.7%ともっとも高く、「管理監督者への教育研修・情報提供」が51.0%、「労働者への教育研修・情報提供」が41.7%、「メンタルヘルス対策について衛生委員会等での調査審議」が32.2%と続き、そのほか「メンタルヘルスケアの実務を行う担当者の選任」が24.3%、「労働者のストレスの状況などについて調査票を用いて調査」が20.5%、「職場復帰における支援」が16.8%、「医療機関を活用した対策の実施」が15.2%などの順となっています。
 10年以上前からワンパターンです。 


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警察官の惨事ストレス
2012/05/18(Fri)
 5月18日(金)

 4月27日の 『朝日新聞』 に、タイトル 「岩手県警 『心が重傷』 1割 警官ら、震災後ストレス」 の記事が載りました。
 震災後、県警は体調不良を訴えた沿岸勤務の68人に臨床心理士を派遣しました。警察署員らは 「家族を亡くした」 「目の前で人が波にのまれた」 「失った同僚が夢に出てくる」 などと答えたといいます。
 同時期の昨年4月、県警の専門医が 「睡眠中に目が覚める」 「怒りっぽくなっている」 などの32項目について5段階で回答するチェックシートを作り、当時の全職員2.612人に配布し、2.462人から回答を得ました。その結果、237人が 「重傷な惨事ストレス」 と判定されたといいます。このうち内陸勤務は185人 (回答2.132人)、沿岸勤務は52人 (回答330人) で沿岸勤務の割合が1.8倍だったといいます。
 昨年9月に第2回調査を行いました。回答した2.492人のうち重症は87人だったといいます。
 県警は、近く3回目の調査を実施する予定で 「中長期的にケアしていきたい」 と語っていると結んでいます。

 警察官の健康状態がニュースになることは多くありません。
 これ以外に、これまで新聞に載った警察官の 「心のケア」 の記事を拾ってみます。

 昨年4月26日の 「共同通信」 は、タイトル 「3県警対象に精神的ケア 捜索などのストレス懸念」 の記事を発信しました。
 「東日本大震災で捜索活動などに当たっている警察官らが、凄惨な現場で精神的ショック (惨事ストレス) を受けた恐れがあるとして、警察庁が来月から対策に乗り出すことが26日、分かった。同庁による職員への惨事ストレスケアは初めて。」
 「警察庁によると、ケアの対象は岩手、宮城、福島の3県警の全警察官・警察職員の計約1万500人で、問診票を配り震災対応後の心身の状態について調査。惨事ストレスが強い場合、心的外傷後ストレス障害 (PTSD) を発症する恐れもあり、ストレスが強いとみられる職員には来月、委託先の民間機関から臨床心理士らのチームを派遣し、面談を行う。
 3県警では捜索活動や検視、被災者対応に当たった職員などから 「眠れない」 といった心身の不調を訴える声があり、警察庁に対策の要望が寄せられていた。同庁給与厚生課は 『職員自身も被災者というケースもあり、早めに手を打つ必要がある』 と説明。被災地へは、他の都道府県警も派遣しており、同庁は対象を広げるかどうかも含め、対策を検討していく。」

 7月6日の 『京都新聞』 は、タイトル 「東日本大震災の惨事ストレス対策 息長い支援に不可欠」 の長い記事を載せています。全文を紹介します。
 「(写真説明) ロールプレーイング形式の研修会で悲しみに暮れる遺族への対応を学ぶ京都府警の警察官ら。遺族支援役として心の動きを事前に知ることが惨事ストレス対策にもつながる (6月21日、京都市伏見区・京都府警察学校)
 東日本大震災で、京都府警が被災地に派遣した警察官の 『惨事ストレス』 対策に乗り出している。恐怖心、悔恨、無力感、自己嫌悪。現地で見た悲惨な光景や生存者を救えなかったとの考えから生じる心の傷を軽減する取り組みだ。放置するとPTSD (心的外傷後ストレス障害) になる恐れもあり、被災地を息長く支援するという視点からも不可欠な対策との思いを持った。
 『もっとできたのでは、と自分を責めてしまう』 『被災地の映像を見ると涙がこぼれてくる』 『歩いていてもふわふわした感じがした』。派遣された複数の警察官を取材するなかで、遺体収容などに従事した1人は、帰任後の心の変化をこう説明した。
 府警はこれまで延べ約1.400人を被災地に派遣した。特に遺族支援に当たった警察官の任務は厳しかった。ランドセルを背負ったまま息絶えた小学生、亡き妻から離れない若い男性…。『900体の遺体で埋め尽くされた安置所で、一日10組ほどの遺体引き渡しに立ち会った。精神的につらい任務でした』。犯罪被害者支援室の巽 (たつみ) 英人警部補 (44) は振り返る。
 一方で、その現場には既視感もあった。今年1月、府警が大規模災害を想定し、遺族対応と従事者の惨事ストレス対策をテーマにした訓練を、ロールプレーイング (疑似体験) 形式で行っていたからだ。『ため込んだら駄目というのは学んでいた。夜は同僚らとその日の出来事を話し、はき出すことを心がけた』。訓練を受けたことで自身の心の動きが予測でき、精神的に大きくダメージを受けることはなかったという。
 府警の惨事ストレス対策は手厚い。まず、現地への派遣前に想定される心の傷について事前教養を行う。任務終了後は京都までの車中で睡眠や食欲などを問う21項目のアンケートを行い、帰任後も 『胸が締め付けられるような痛みがあるか』 など心身に関する39項目の問診票を送付し、不調者を網にかける。結果を見るのは医師と保健師、臨床心理士に限られる。
 府警厚生課によると6月末現在、アンケートで25人、問診票で45人に不調の兆しがあり、医師が直接、電話によるカウンセリングを行った。深刻なPTSDを引き起こす例はなかった、という。
 警察に限らず、消防や自衛隊、海上保安庁など災害現場で活動する組織には社会の期待を背に、弱音を吐きにくい精神的風土があると言われる。惨事ストレス対策に詳しい龍谷大学短期大学部の黒川雅代子 (かよこ) 准教授は 『自責の念などは正常な反応で、重篤化を避けることが大事』 とした上で 『人事面で不利益を被らないなど、不調を訴えやすい職場環境が大事で、その意識をいかに組織に浸透させるかが課題』 と指摘する。
 府警は震災直後に派遣した第一陣約100人の機動隊員ら全員を表彰した。遺体収容ばかりで生存者は発見できなかったが、若い彼らに負い目を感じてほしくない-。使命感と達成感のギャップを埋める対策のひとつだ。
 被災地では依然、多くの警察官や自衛隊員らが活動し、支援の長期化は避けられない。府警は根性論を排したきめ細やかな一連の取り組みをさらに推し進め、モデルケースとして外部へ情報発信してほしい。質の高い支援を続けられる環境整備が結果的に、被災者への一番の貢献につながると思う。」
 京都府警の対策は独自のものですが阪神淡路大震災の経験と神戸消防署の経験を取り入れているように思われます。
 
 警察関係者のための 『月刊交通』 は、長井進常磐大学教授の 「警察官のストレス講座」 を連載しました。2011年6月号で特別編 「警察官の惨事ストレス・ケアの基礎知識」 を載せています。
 しかし内容は本当に 「基礎知識」 なのです。ないよりましという程度までにもいたっていません。京都府警の真似をする方が役に立ちそうです。
 惨事ストレスの症状は、1年後から3年後に発症することが多いといわれます。
 まともな対応をしない、発症を防止したり症状を軽くする努力をしなかったとしたら、その責任は組織にあります。

 日本では警察官も、自衛隊も 「健全な身体に健康な心が宿る」 のような精神論が支配し、人間にとって 「心」 が傷つきやすいということは問題にされてきていませんでした。頑強な肉体は物理力としては認められても、感情を持つ人間としては認められてこなかったのです。その結果、重大事件や事故に遭遇して警察官が惨事ストレスに罹患したという話は聞きますが、組織的に対策が取られてという話は聞いたことがありませんでした。
 我慢は美徳ではありません。自分の健康管理、体調管理、生活、人生設計に無責任なだけです
 惨事ストレス以外の精神疾患で休職している警察官や自衛隊もたくさんいます。しかしなかなか外部に数字は発表されません。発表することは恥を晒すこと捉えているようです。それがまた対策が進まない原因の1つにもなっています。

 それでも最近はやっと対策が進められはじめたという状況です。しかしどれもこれも似通っています。どこからかの借りものだからです。
 この間、労働安全衛生法改正問題の中で指摘されているように、調査やスクリーニングでどの程度の問題掌握ができるかははなはだ疑問です。しかし調査をする必要があるという認識が生じたり、実態を何とかしようととらえただけでも前進といえます。
 現場の状況や業務内容は当然それぞれ違う特殊なものです。それらを知らない臨床心理士などに依存するのは危険です。症状が悪化することもあります。物まねをして対策をとったという口実を作って終わるのではなく、今すぐには間に合わなくても自らの組織のなかに相談やカウンセリングを日常的にできる担当者を育成する必要があります。効果ある対策を模索しながらでも進めることが一番の成果を残します。  


  「こころのケア」
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「基地移設は右手の荷物を左手に持ち変えるだけ」
2012/05/15(Tue)
 5月15日(火)

 沖縄にはたくさんの 「記念日」 があります。1944年10月10日、米軍の空襲で那覇市が燃えた日です。45年3月26日、米軍が慶良間諸島に上陸した日です。45年6月23日、組織的沖縄戦が終わった日です。そして52年4月48日、サンフランシスコ条約により沖縄が日本から捨てられた日です。72年5月15日、沖縄が日本に 「復帰」 した日です。
 今年は 「復帰」 から40周年です。記念式典も開催されていますが、「復帰」 とはなんだったのかという捉えかえしが様々な方向から行われています。
 この40年間、そして40年以前にもいろいろなことがありました。しかし基地の居座りは変わりません。強化されても縮小されません。表面上は縮小されても機能は強化されました。

 「復帰」 前の1963年の第40回全国高校野球選手権大会・春の甲子園大会に、記念大会の特別枠で沖縄代表として首里高校が出場しました。しかし1回戦で敗けてしまいました。試合終了後、選手たちは記念にグラウンドの土を袋に入れているところをテレビが映します。「本土の土を沖縄に持っていこうとしています」 とアナウンサーが語ります。(甲子園大会で選手がグラウンドの土を持ち帰るのはこの時から始まりました) スタンドから 「また来いよ」 とたくさんの声援が飛ぶのが聞こえてきまいた。小学生でしたがこの光景をしっかりと覚えています。
 数日後、当時は甲子園から汽車で鹿児島に向い、そこから船で沖縄に帰る時、北緯27度線の手前で甲子園の土は植物検疫法にひっかかるということで捨てさせられたというニュースが報じられました。
 沖縄は記念大会の特別枠、本土の土、植物検疫法ということは外国?。理解できないことが続く中で 「沖縄ってなんだろう」 という疑問が湧きました。本土と沖縄の往来にはパスポートが必要でした。
 選手たちは 「本土の土」 にどのような思いを抱き、それを捨てたのでしょうか。
 このニュースが報じられた後、日本航空のスチュワーデスが甲子園の石を首里高校野球部にプレゼントしました。
 高校はその石を校庭に飾っているということでした。

 パスポートが必要なくなってから、その石を見たくて首里高校に行きました。
 高校の門を入り、生徒に場所を尋ねても、そのような話は知らないと言います。やっと何人目かの生徒が案内してくれました。甲子園大会出場記念の碑の台座部分に球場をかたどってはめ込まれていました。

 毎年6月23日に沖縄に行っていましたが、最近は休んでいます。
 普天間基地は 「あんぱん」 と言われてきました。真ん中においしいところがあるという意味なのだそうです。
 1996年4月に今問題になっている普天間基地撤去の話が出た時は 「撤去」 であって 「移設」 ではありません。いつの間にか 「移設」 に切り替えられ辺野古が予定地になりました。
 辺野古基地建設の話が出た後は、予定地にも行きました。その後予定地には入れなくなりましたが住民が座り込みを続けている小屋に行きます。
 「基地建設が始まったらどうなさいますか」 誰かが住民の方に聞きました。「海に座るさー」 とおばあは答えました。「戦時中も、戦後の何もない時も、子供たちに食べ物をくれた海だもの。守っていくさー。そうすれば食う心配はないよー」
 辺野古基地建設は日本の大手建設会社の設計です。普天間基地移設の話が出る前に設計図ができ上がっていたと聞きます。だから最近になって米国からも 「いらない」 と言われても日本政府は 「必要」 と言い続けています。

 少し古い話ですが、宜野湾市で普天間基地撤去の運動を続けている女性団体の方から話を聞く機会がありました。「基地移設は右手の荷物を左手に持ち変えるだけ」 という主張です。
 彼女たちは、基地が宜野湾市からなくなればどこに移設されてもいいという考えを持ちません。たらいまわしをしても何の解決にもならない、他の人に同じような苦痛を味わらせたくないという思いです。
 辺野古がある名護市に行って住民と話をします。「沖縄から基地をなくすためには新しい基地を作らせないことが一番の近道。もし新しい基地を作らなければ宜野湾にずっと置いておくというならそれでいい」 と一軒一軒説得して回ったといいます。
 すると小さい子供を持つお母さんから 「宜野湾は普天間基地で危ない思いをしているから、長いこと苦労しているから、今度は私たちが引き受けなきゃいけないんじゃないかという気持ちがあって、簡単に反対なんかできないねという話をしていました」 と言われたといいます。
 話を続けているうちに、「じゃあはっきり反対に〇をつけていいんですね」 と言ってくれたといいます。
 辺野古基地建設は、このような沖縄の人びとの思いを踏みにじって、分断の楔を打ちながら続けられてきました。それも功を奏さないとなると札束を撒き散らしています。

 かつて沖縄では 「沖縄からは東京がよく見える」 と言われていました。東京=政府の対米政策が日々の状況から掌握出来ます。「復帰」 は 「憲法9条への復帰」 を期待していましたがそうではありませんでした。 「沖縄からアジアが見える」 とも言われました。沖縄は戦場への出撃基地です。
 続けて 「東京から沖縄は見えない」 とも言われました。「復帰」 は基地を押し付ける県が1つ増えただけのことでした。沖縄が抱える問題は1地域の問題でしかありません。
 宜野湾市の女性たちと名護市の女性の基地をめぐる会話を、原発の問題と東日本大震災の瓦礫の問題とに重ねると共通する問題が浮かんできます。
 
 「復帰40周年」。
 もう一度、それ以前を含めて 「沖縄」 を東京から、アジアから捉えなおさなければなりません。


   ザワワ ザワワ ザワワ
   広いサトウキビ畑は
   ザワワ ザワワ ザワワ
   風がとおり抜けるだけ
   今日も見わたす限りに
   緑の波が揺れる
   夏の陽射しの なかに

 「サトウキビ畑」 の歌がはじめて歌われたのは 「復帰」 前の65年。
 歌の主人公のすぐ後の世代にとっては聞くたびにしみじみとさせられる。
 沖縄を回って、サトウキビを眺めるたびに、この歌を思い出した。

   むかし海の向こうから
   戦がやってきた
   夏の陽射しの なかに

 人びとが南へ南へと向かって逃げまとい、たどり着いた本島の突端近くを回る。
 第二高女の女学生が看護隊として動員された野戦病院があった八重瀬岳やガラビガマの付近には、サトウキビ畑が広がっていた。その姿は、大地の水を吸い、もっと伸びようとしていた。
 沖縄では昔から主要な作物で、戦中は人びとが逃げながらもいで、かじって命をつないだ。そのサトウキビ畑がなぎ倒されたとき、人びとも倒れていった。

   あの日 鉄の雨に打たれ
   父は死んでいった
   夏の陽射しの なかに

 ひめゆりの塔から魂魄の塔までのデモ行進の路上から見わたすサトウキビ畑は、ちょうど私たちの背丈ほどで、風にそよいでいた。その姿は、私たちとスクラムを組みたがっているようだった。
 かつて、皇族や日本政府の高官が沖縄に来る時、事前にサトウキビは刈り取られた。反対勢力が潜むのを警戒した手段だった。「ぬちどぅ宝」の人びとに、ヤマトの思想の押し付けと基地の居座りのための訪沖は、ふたたびサトウキビをなぎ倒した。

   そして私が生まれた日に
   戦の終わりが来た
   夏の陽射しの なかに

 戦時中、日本軍が住民から土地を取り上げて建設した飛行場は、戦後そのまま米軍のものとなった。
 読谷村の補助飛行場の中の黙認耕作地に、サトウキビは他の作物より背丈を高く伸ばしていた。その姿は、この土地は人を殺すためのものではなく、人びとの生活のためのものだと、みずからの身体を張って主張しているようだった。その主張は読谷村、いや沖縄中の平和を願う人びとの思いでもある。

   ザワワ ザワワ ザワワ
   忘れられない 悲しみが
   ザワワ ザワワ ザワワ
   波のように 押し寄せる
   風よ悲しみの歌を
   海に流してほしい
   夏の陽射しの なかに

 ザワワ ザワワと葉擦れの音は聞こえはしなかったが、海風に乗ったサトウキビの波が押し寄せてきたのは、今は声なき20数万の死者たちの私たちに伝えたい「生」の叫びだったのかもしれない。そうなら、その思いを受け止めたいと思う。
 ふたたびサトウキビが収穫時ではなくなぎ倒されることを許してはいけない。
 サトウキビが生い茂る島に基地はいらない。
 軍用機の騒音のない、青い空の下の緑の畑で労働に励む歓喜の声があふれる島を取り戻そう。
 そして沖縄で、アジアで、世界中であらたな悲しみの歌が作られることがなくなるよう、私たちは平和のための闘いを強めよう。

  
   
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