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「生くべくんば民衆とともに」
2011/11/29(Tue)
11月29日(火)

 東方落語を聞く機会がありました。東北弁での寄席です。
 アナウンサー出身の国会議員の噺家も登場する難民チャリティー寄席で毎年催されています。今年は難民とともに東日本大震災の被災者支援も兼ねました。
 チラシには 「みなさん、どうぞ来てけさいん。」 とあります。
 東北弁と言っても地域によってさまざまですが、仙台弁を中心にした “なまり” です。
 たくさんの観客が来ていましたが全員が宮城県出身ということではありませんので、本物の仙台弁では理解できません。みんなが理解できる程度になまっていました。

 噺家たちは被災地を何度も訪問して寄席を開催しているそうです。被災者の大変な苦労話も東北弁で受け答えすると心を通わすことができると言います。最初は涙を流しながら語っていても、いつの間にか笑顔になり笑い声になると言います。言葉、会話は何にも勝る精神安定剤です。
 落語だから誇張もありますが、ありうるという笑いもありました。
 仮設住宅を訪れたら 「上がれ」 と言われました。中に入りしばらく話をして帰ろうとした時、「ところであんたは誰?」 と聞かれたと言います。東北には来る者は拒まずの開けっぴろげなところがあります。このような関係が続いたら、物騒ではありますが、阪神淡路大震災の時のような孤独死を少しは防げます。

 方言が勘違いを呼ぶこともあります。実話です。
 今回の震災では各地から消防の応援がありました。航空部隊のヘリコプターは物資搬入、孤立した被災者や病人の空輸に活躍しました。地理に不馴れなため地元の消防士と一緒の編成になります。
 3月14日、愛知から応援に来ていたヘリコプターが、宮城県内での救援活動中に墜落したという情報が入り、部隊には衝撃と動揺が走りました。
 誤報でしたが、原因は地元の者の「落ちる」という言葉が墜落ととらえられたということです。宮城県では、「降りる」 ことを 「落ちる」 という人もいます。自動詞と他動詞の区別をしない表現をします。(『ドキュメント東日本大震災 救助の最前線で』 イカロス出版)


 日本は難民の受け入れに厳しいです。また外国人研修生を人間扱いしないなどの状況があります。経済大国でも 「人権小国」 です。
 「世の中に1人だって見殺しにされていい人類がないと同時に、正しい文化には1人だって置き去りにされていい人類がないのだ」
 このような視点で戦前・戦中・戦後と弁護活動をした弁護士がいました。
 宮城県の、現在の石巻市出身の弁護士布施辰治です。
 川崎造船所争議を初めとする労働争議や小作争議、米騒動で起訴され被差別部落の人たちの弁護、戦後は三鷹事件、松川事件、メーデー事件などの弁護活動を展開します。
 日本の植民地とされた朝鮮半島や台湾に渡って民衆の弁護にあたりました。日韓併合に反対する闘争については 「民族の尊厳を守ろうと、日本の官憲と闘う彼等の姿勢はまったく正しい」 という主張でした。
 このような活動は後に 「日本のシンドラー」 と讃えられます。その功績に対して、2004年10月に韓国政府から、朝鮮独立運動に寄与した人物にあたえられる 「建国勲章」 が授与されました。

 23年9月1日に関東大震災が起きると、まっ先に市谷刑務所に駆けつけて被集監者の安否確認を行います。朝鮮人への虐殺が開始されると自宅に匿います。そして目白の自宅で避難してきた100人以上の被災者のための炊き出しをします。
 この時のことを長女の方がパンフレット 『追悼 弁護士布施辰治 顕彰碑建立記念』 (布施辰治顕彰会) に書いています。
 「『避難民』 という言葉が生まれた。すべてを失ったと嘆き、絶望に打ちひしがれている人たちの姿は、避難民以外のなにものでもなかった。しかし父は、その言葉を使うことを禁止した。差別の匂いがするというのである。父のいおうとすることの意味が、私たちにはわからなかった。
 ところが1週間もすると、『避難民』 たちの顔に、生気と決意とでもいうべきものがみられるようになった。そして、1家族1家族、挨拶を残して都心にかえっていった。どの家族の後ろ姿にも、戦におもむく戦士のそれのような、凛としたものを感じさせられた。
 そのときになって初めて、父のいわんとすることが、13歳だった私にも、おぼろげに見えて来たように思った。差別というすべてをいい尽くしているとは思わないが、彼らを、災害に追われた哀れむべき人たちとしてではなく、災害に立ち向かう勇気と才覚を持つ人たちと認識すべきだということである。そして人間の中には、そのような能力が埋もれているということである。」
 関東大震災における朝鮮人虐殺に対しては終生 「日本人がいつも朝鮮人をいじめているために震災の混乱に乗じた報復を恐れる心理が動いて、まず戒厳司令部、警察関係などに “朝鮮人襲来” の妄想が生まれ、流言そのままの新聞号外まで出て、一般市民も民衆としての良識を失った」 と嘆いていたといいます。

 顕彰碑が、石巻市内の生家から少し離れた公園、東日本大震災直後に多くの病人やけが人が運ばれて手当てを受けた石巻日赤病院の近くに、1993年に建立されました。碑には
  「生くべくんば民衆とともに
   死すべくんば民衆のために」
と大きく刻まれています。
 1925年1月、群馬県世良田村の被差別部落が村民に襲われました。
 材木店に買い物に来た村民が差別発言をします。それを聞いていた被差別部落の村民が抗議し、さらに水平社は糾弾会を開催します。そして差別撤廃のための講演会を開催することを約束させます。しかし後日、強迫による約束なので反故にするという手紙が届きます。その背景には、世良田村13の字のうちの被差別部落を除く12の字の自警団が、水平社から糾弾を受けた時は村民が協力してこれを庇護して事件を解決しようと申し合わせをしていたということがあります。
 村長が事態を収拾しようと自警団を集めて会合を開いて調停に努めますが、流会になります。会合の帰り、数人は被差別部落の近くを通る時また差別発言を怒鳴ります。それを聞いた青年が棍棒を持って抗議します。しかしそれを見た村民が 「水平社が襲ってきた」 と誤解し、お寺の鐘が乱打されて12の字から村民が駆けつけます。
 午後7時頃、集まった1000人とも3000人とも言われる村民は一団となって23戸の被差別部落を鍬や鎌、竹槍、鳶口などで襲撃。
 しかし警察が来たのは夜の11時過ぎ頃でした。さらに襲撃された被害者の側も起訴されます。
 布施辰治は現地に駆けつけ、襲撃あとを目にしました。
 「生くべくんば民衆とともに……」 はこの時の発想だといわれています。

 1933年9月13日、共産党員の一斉検挙に連鎖して、非党員の布施辰治も治安維持法違反で逮捕されます。未決拘留は1年半続き、35年3月に釈放になります。獄中では土地問題の史的研究を続け、後に岩手県小繋争議などの入会権確認訴訟で主張する基礎研究を続けていました。
 39年6月、有罪判決で下獄し、400日を獄中で過ごします。
 
 43年4月、3男杜生 (もりお) が治安維持法で逮捕されます。そして44年2月4日に京都刑務所から杜生獄中死の電報が届きました。
 布施杜生の写真や書簡、文芸作品などは、現在、長野県松本深志高校の敷地内に立つ旧制高等学校記念館の一角に展示されています。
 杜生のつれあいは、その後、著名な原子物理学者の家に住み込みで働き続けました。
 縁あって学者の家に行くたびに 「布施さん」 に会いました。
 1970年代、公安事件に連座して家宅捜査の危険性があるという報告を含めて訪れました。その時、毅然として 「慌てないで落ち着きなさい」 とたしなめてくれたのが 「布施さん」 でした。
 布施杜生のつれあいということはしばらく経って知りました。数年前亡くなりました。

 戦後まもなくの頃、学生運動で逮捕された時に布施辰治に弁護活動をもらったという方から話を聞いたことがあります。保釈後、学友が学内でカンパを募ったバラ銭をそのまま袋にいれて弁護費用の支払いとお礼に伺ったら、「その気持ちがうれしい」 と言って受け取らず、逆に歓待されたということでした。
 他の直接知っている方々からもいろいろな話を聞きましたが、異口同音に、権力には厳しく、周囲の人たちには温厚な人だった言います

 布施辰治の生涯を描いたドキュメンタリーと関係者へのインタビューからなる映画 『弁護士布施辰治』 は昨年完成し、現在各地で上映されています。
 撮影は、震災前の石巻市内や女川町で行われました。エキストラとして地元の人たちが参加しています。そして授業で布施辰治を取り上げて研究を続けている女川第4中学校の生徒たちが登場します。
 映画作成に参加、協力した地元の人たちの多くが東日本大震災で被災しました。映画に映し出された光景が消えました。
 
 布施辰治だったら、今回の東日本大震災の被災者にどう接したでしょうか。
 
 
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“いじめ”は机上で起きていない
2011/11/24(Thu)
11月24日(木)

 全国労働安全衛生センター連絡会議は、毎年おこなう厚生労働省への要請行動に「職場のいじめ防止のためのガイドラインを制定すること」の要求項目を盛り込んできました。また独自に「職場におけるパワー・ハラスメント防止対策ガイドライン(案)」を作成して公表してきました。(ホームページの「要請・提案」参照)
 その甲斐があって、やっと今年度から取り組みが開始され、7月8日から「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」が開始されました。しかしその後は非公開の「ワーキンググループ」に議論が委ねられていて状況はわかりません。ホームページで提出された資料や議事要旨を通じて垣間見ることになりますが、そこでは判例分析や第三者機関による集計資料分析が中心になっています。

 これに対して全国労働安全衛生センター連絡会議メンタルヘルス・ハラスメント対策局といじめ メンタルヘルス労働者支援センターは、11月15日付で厚労省大臣あてに、まず労働現場の実態を知ることが必要であるという趣旨の『意見並びに要請書』を送付しました。

     ―――――――――――――――――――――――-―――――――――――
                 『意見並びに要請書』

 貴職の日ごろのご活躍に敬意を表します。
 現在、職場のいじめ・嫌がらせ問題が職場で労働安全衛生の極めて重大な課題になっていることは言うまでもありません。その対策のために今般「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」が開催される運びになったことを歓迎するとともに大きな期待を持っています。
 私たち、「全国労働安全衛生センター連絡会議」(全国安全センター)に参加する各地の安全センターなどや「いじめ メンタルヘルス労働者支援センター」(IMC)は、長期にわたっていじめ・嫌がらせ問題についての相談を日常活動の一環として取り組んでいます。そして「コミュニティ・ユニオン全国ネットワーク」(CUNN)に参加する全国のユニオン・労働組合などとも協力しながら、使用者との交渉や、職場復帰や労災補償などへの対処を行っています。
 そこでの経験を踏まえ、下記のような意見とともに要請をします。

1、「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」は7月8日に第1回が開始され、その後は非公開の「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキンググループ」に議論が委ねられています。
 私たちは、非公開のために厚生労働省のホームページで、しかも議事要旨を通じてしか議論の内容を知ることはできません。ホームページに掲載されている資料は、判例や第三者機関による結果報告と外国の資料の紹介が中心になっています。しかし、「ワーキンググループ」での議論は、労働現場での職場いじめ・嫌がらせの実態を踏まえて行われてこそ、実り多いものになるのではないでしょうか。
 そもそも、裁判は職場のいじめ・嫌がらせの金銭的賠償を求める唯一の機会ですが、再発防止のために、何が問題で、何をなすべきかといったことを見いだす助けにはならず、逆に真実を明らかにすることを困難にするといっても過言ではありません。判決は、一方が真実であると認められれば、他方が誤りとなってしまう、矮小化された敵対的な視点に基づいて下されます。この二つの視点を主張する弁護士は、職場の実情を熟知した専門家ではなく、原告・被告の主張する様々な事実を法律用語に変換する者に過ぎず、そうした主張に基づく法的な枠組み、立証の優劣で裁判官が勝ち負けの判断を下しています。その意味で、判決は二重・三重にバイアスのかかったものにならざるをえません。こうした判決を検討して、どれだけ職場のいじめ・嫌がらせの実態に迫れるでしょうか。
 労働者が解決のために提訴を決意するには、時間的、経済的な問題だけでなく、さらなる心的負担などの困難が伴います。提訴は「恵まれた」少数の労働者しか遂行することができません。その意味では、裁判に登場できない多くの、より深刻ないじめ・嫌がらせ事件の被害者の存在を等閑視するものといえます。裁判に現れた事件は、氷山の一角に過ぎないのです。加えて、判決は、事件を強制的に「終了」させますが、「解決」するわけではありません。「終了」と「解決」は違います。裁判でたとえ被告が勝訴したとしても、多くの場合、被害者の心の傷は癒えず、加害者は納得するのではなく、不承不承判決に従うだけであり、反省するわけではありません。判決によって、荒廃した職場の人間関係を再構築することはほとんど不可能といってよいでしょう。判例は労使紛争の解決の失敗例です。
 「円卓会議」の議論において、職場のいじめ・嫌がらせの発生およびその再発防止に向けて、何が問題であり、何をなすべきかといったことを発見しようとするのであれば、判例等を重視するのではなく、職場の実態調査を行い、労働現場の声を収集するのでなければなりません。

2、去る10月1日と2日に「コミュニティ・ユニオン全国ネットワーク」は「全国交流集会」を開催しました。 そこでは「いじめ・いやがらせ」の分科会も持たれました。その中で出されたいじめにあった当該の報告を紹介します。
 ある労働者は、作業場の職場で現場の上司から殴られたり、言葉の暴力を受け続けて体調を崩し、休職をしました。復職後も同じようなことが繰り返され、車で体当たりされたりもしました。加害者からは「自分の身を守れない方が悪い」と居直られました。
 なぜ当該は我慢したのでしょうか。当初は自分が悪いからそうされると受け止めていたといいます。その後は、会社に訴えたら自分が辞めざるを得なくなる、現在のような就職難の時に仕事がなくなると困ると我慢を続けました。同僚に相談すると「俺もヤバくなる」と言われたといいます。
 その後、我慢ができなくなって地域のユニオンを探して相談し、団体交渉を開催して条件和解に至りました。今は元気を取り戻しつつあります。
 労働者は、いじめにあっても声を上げることがいいかどうかで迷い、上げない場合もたくさんあります。否、声を上げないことの方が、圧倒的に多いといってよいでしょう。いじめに遭うこと自体が自己の責任だと考えたり、沈黙することが自分を守ることだと判断するのです。
 もう一人の例です。
 上司から仲間はずれにされていじめが続いているが、いじめを証明するのは難しいがどうしたらいいかという質問が、集会に参加した当該から出されました。周囲の同僚は同情しても証言してくれません。
 いじめはいつの間にか始まっていて、当該が気付いた時には既にいじめの構造が出来上がっています。このような場合は“証拠”を集めることは難しくなります。
 第三者機関に相談しても証拠が不充分だと対応が困難で、結果的に門前払いにされる場合もたくさんあります。
 私たちの相談活動においても、当該がいじめの証拠を集められないために、闘いを断念することを説得することが少なくありません。それに加え、当該が深刻な精神的な打撃を受けているために、闘いの当事者として登場することが却って精神疾患の悪化を招くため、あるいは精神的な状況から闘うこと自体不可能だと判断して、闘わないように説得することも少なくありません。
 当該にとっては、まさに泣き寝入りです。
そしてこのようないじめを、積極的に会社が主導し、あるいは黙認することによって「問題社員」を排除しようとするための、ある意味で間接的退職勧奨の手段として容認している例も枚挙にいとまがありません。
 判例や第三者機関の事例は、当事者の精神的な抑圧状況が相対的に弱いがため声を上げることのできた、且ついじめの証拠を集めることのできた希有なケース、まさに職場のいじめ・嫌がらせの氷山の一角というべきものです。
 「円卓会議」はこのような状況があるということを踏まえたうえで職場のいじめ・嫌がらせの具体例を検証しなければ実態がつかめません。

3、馬が合わないといった個人的な事情から発生したと思われる事案も、底流には雇用問題や処遇・制度問題などの構造的問題が潜んでいます。
 職場のいじめ・嫌がらせを根絶するためには、根本的には、そうした構造的な問題をなくすことが必要ですが、個別企業で一朝一夕に行えることは限界があります。しかし、限界があるからといって、いじめをなくす努力を行わないというエクスキューズは、精神障害を発症し働けなくなった被害者の悲惨な状況からのみではなく、企業経営上からいっても許されない状況になっているといえるでしょう。
 一旦、いじめが発生し、それが黙認されるようになると、そうした職場の荒廃を奇貨として加害者は次から次へと被害者を作り出します。いじめによって職場の人間関係が解体すれば、多くの労働者は仕事に集中できず、生産性を上げることも不可能になります。一度、崩壊した人間関係を再構築することは、きわめて困難かほとんど不可能です。それだからこそ、いじめ・嫌がらせ対策は、事後処理ではなく、問題を起こさせないための予防対策と、起きない職場環境作りの防止対策が重要になるのです。これは使用者の責務です。
 使用者は、まずどのようないじめ・嫌がらせも絶対に容認しないという意思を表明することが必要です。いじめ・嫌がらせを行わない/行わせないという会社の方針に背く社員は、たとえ馬謖でも斬るという決意を表明し、実行することです。いじめの「文化」は、子供の世界に始まり、学校・会社や社会のなかに深く根付いているからです。
 今の若者の就職したい会社は、必ずしも給与の高い会社ではなく、むしろ人間関係のよい職場、働きやすい職場だといわれているようです。一日の3分の1以上を生活する職場が、明るく、自由闊達で、気がおけず、楽しいものであることを望まない者はいないと思われます。しかし問題が発生した場合でも会社が初期の段階から真摯に取り組めば、被害者の心の傷は深刻なものとならず、職場の人間関係の荒廃を防ぐことは不可能ではありません。そして何よりも、解決の経験は会社の財産になり、労働者は安心して働き続けることができるようになります。そのことを実感したら労働者は積極的に取り組まないはずがありません。
 すでにこのような対策を推進しての成功例は、ILOや日本の人事管理研究会の中などで報告されています。
 いじめ・嫌がらせ問題として、最初に禁止・義務事項を羅列する対策は労働者を委縮させ、ぎすぎすとした人間関係をもたらし、逆に職場環境を悪化させてしまって防止にはつながりません。
 「円卓会議」は、いじめをなくすためには、何をしてはいけないかという観点からではなく、何をなすべきかという観点から議論を行い、「報告書」には取り組んで成功した例示などを盛りこむことを要請します。

4、7月8日に開催された第1回「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」は公開されました。しかしその後に開催された「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキンググループ」は非公開で議論が行われています。
 いじめ・嫌がらせ問題に対策が必要であるという要請が労働者側だけでなく使用者側からもあったと聞きます。
なぜ「円卓会議ワーキンググループ」の論議を毎回非公開にするのでしょうか。
 厚労省は個人情報の保護を理由にしています。だとしたら保護が必要な回だけそうすればいいのです。非公開にする理由には説得力がありません。
 「人間至る所青山あり」ではありませんが、価値観の全く同じ人間はいないのですから、人間あるところに「争い」があるのは必然です。だからといって、それがいじめに発展するとは限りません。多くの場合は、話し合いによって解決されています。非対称的な関係の下において、「争い」はいじめに発展します。「争い」がいじめに発展する、その芽をいかに摘むかが問題なのであって、それゆえにこそ、いじめ・嫌がらせ対策は難しい問題です。だからこそ公開にし、経験者、取り組んでいる団体等から広く意見・提案を受けて議論をする必要があります。
 いじめ・嫌がらせの被害者は労働者=被害者・加害者であり、会社でもあります。
 いじめ・嫌がらせ問題解決に向けて労働者、使用者ともに積極的に取り組む意欲を湧き起こさせる「報告書」にするためにも、公開を要求します。

                                         以 上

 
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「私の叫び」を「私たちの叫び」に
2011/11/21(Mon)
11月21日(月)

 「ユニオン活動の経験を語る」 の話を続けます。


 ユニオン運動を本物の 「面」 にするためには身近なところからの改善要求が必要です。愚痴を言う、愚痴を聞く、そして一緒に考えることから運動を始めることができます。
 「1人でも加入できる労働組合」 のスローガンは、労働組合法に沿った “戦術” です。
 「1人を大切にする労働組合」 が運動のスローガンなはずです。
 1人ひとりの相談者、組合員は価値観が違うことを確認しながら、
  「私の叫び」 を 「私たちの叫び」 に、
  「私の主張」 を 「私たちの主張」 に、
  「私の要求」 を 「私たちの要求」 に
認識を共有し、共通の課題の解決方法を模索する共同活動が必要です。
 労働者の共通の課題として、
  みんなが安心して長期に、安全に働ける職場環境とはどのような状況か。
  どんな労働をすることが労働者の豊かさや幸せにつながるのか。
  自分の仕事は社会に有用か。誰のための会社か。
  どうしたら労働者として仕事に自信との尊厳を持てるか。
などを共同活動の中で論議を繰り返しながら自己の意識を変化させ、「確信」 「自信」 「飛躍」 を獲得していきます。

 東日本大震災で大きな被害を受けた東北地方は、かつて 「金の卵」 「銀の卵」 と呼ばれた労働力提供基地として戦後の高度経済成長を支えました。たくさんの女子労働者が繊維産業、電気機器産業などで低賃金、長時間労働を寮生活の中で我慢を続けました。
 そのなかで彼女らは自分見つめ直し、会社に要求を始めます。
  「化粧品が買えるくらいの賃金のゆとりを!
   化粧ができるくらいの時間のゆとりを!
   化粧をするくらいの心のゆとりを!」
 このようなスローガンを掲げ、権利紛争と利益紛争を合わせて賃金アップと労働時間の短縮を獲得しました。彼女らに化粧品を提供したのが 「100円化粧品」 です。

 人格権獲得・回復とはどのようなことを言うのでしょうか。
 労働条件の改善に向けて、1人ひとりの主張を要求にした権利紛争を復活させる必要があります。そしてその要求は人間性の回復を含めたものとして練り直す必要があります。
 三池労組では戦後の民主化闘争の中で、組合員は全員の名前を 「さん」 付で呼び合う運動を展開します。そのような中で下請労働者の本工化要求を勝ち取ります。「みんな 仲間だ 石炭掘る仲間……」(「三池労働組合の歌」) を実感させます。
  「幼いとき、貧乏ゆえに、よびすてにされたことがくやしくて、怒りがむしょうにこみあげたことをい
  まも忘れることができない。
   高等小学校をあげると (1930年) すぐはたらきにでた。
   はじめての給料日、50銭の小遣いを母からもらい、町の書店でほしくてたまらなかった 『字引』 をも
  とめ、だいじに胸高くだきあげるようにして星空の下をわが家へ跳んで帰ったことを、いまもまざまざ
  と覚えている。」 (『石蕗 (つわ) の花が咲きました 高椋龍生詩文集』 (労大新書)
 貧乏は教育を受ける機会を奪いました。そして下請労働者を強制します。
 宮浦鉱の高椋さんは文学作品を書き始めます。
 子供が大学入試に合格した時のことを書いた詩には、「(これで、差別も、なにもかもふきとべだ)」 というフレーズがあり、家族みんなで泣きながら頑張りあうことを確認した光景があります。
 組合運動を通じて人格・尊厳を獲得した高椋さんは労働組合に強い信頼を寄せました。そして立派な労働者でした。
 高椋さんは三池闘争では文化活動の中心を担います。
 10月4日の活動報告に書いた、60年9月8日に三池労組が闘争終結のためのあっせん案を受け入れた後、組合員にその報告をするビラに書かれていた詩 『やがて来る日に』 は高椋さんが書いたと言われています。
 現在の職場では雇用関係の多様化のなかで、同じ職場でも契約内容が違う労働者が混在して殺伐としています。会社は人件費の削減ができていると株主に説明します。しかしみんなで業績を下げています。契約内容を透明にし、殺伐とした職場の改善に取り組んだなら、人件費の削減にまさる業績向上が可能になるのではないでしょうか。

 ユニオン運動の精神は 「友愛」、「共生」 だともいわれます。
 「友愛」、「共生」 が期待されています。
 「友愛」 はキリスト教に裏打ちされたヨーロッパの精神です。本来の意味には日本語には訳せない横の繋がりが含まれています。儒教に裏打ちされた東洋の 「縦型の秩序」 が色濃く残っている旧来の労働組合運動とは根本的に違いがあります。
 東日本大震災における被災者とボランティアの活動を通して、改めて 「共生」 ということについて見せられ、考えさせられました。
 それぞれ生活基盤は違っても、本来、人間が持っている価値観は、不公平・不平等、モラルダウン、人間同士のいがみ合いを受け入れません。
  「人は、他者に対して行われている不正義、違法・不当行為を見逃すと苦痛を感じる。それに対して何
  らかの理由付けをしてそれを正当化し、慣れてくると感情が麻痺して受け入れてしまう。同じように周
  囲のだれもおかしいと声をあげない対応をしていると安心感を持つようになる。この状態に存在するこ
  とが加害者になっているとは思わない。
   実際には、被害者に対してだけではなく、自分の正義感に自分で傷を負わせている加害者でもあ
  る。」 (『メンタルヘルスの労働相談』)
 このような状況に多かれ少なかれ馴らされてしまっています。

 ではどのような労働組合・ユニオンに作り変えていったらいいのでしょうか。
 「私は好かれたい、愛されたい、自信をもって生きてゆきたいと切望している。」 「あなたもそうでしょう」の思いは本来、人間が持っている価値観です。
 「私が嫌なことはみんなも嫌なはず。私が大変なことはみんなも大変なはず。」 という思いやりのある 「はず」の意識を共有できる時、「秩序」 があると言います。

 ユニオン運動として、自立した、秩序ある労働者は自分たちで、「人権」、「倫理」、「道徳」 の 「対案」 を会社・社会へ要求することができます。
 人権とは、労働者が安全に、安心して働ける職場環境の保障です。人格が認められ、差別のない処遇の保障です。
 倫理とは、「お金を儲けることは悪いことですか」 の問いに 「労働者を差別して、踏み台にしてお金を儲けることは悪い。そのために生死の境に追いやられているものもいる。私はそうしない。私はそのような社会を変えたい。」 という認識と行動です。
 道徳というと勤勉、倹約、禁欲など内面化する徳目の押しつけを想定しますが、そうではなく、法律にはなくてもお互いに守る秩序維持のための社会規範です。「人間の破局」 の現実から目をそむけないで行動しようという確認です。
 ヨーロッパで社会運動として展開されたパワーハラスメント防止法制定、人権獲得の闘争もこのような視点から展開されました。
 日本でもこの可能性は、すでに日比谷派遣村などから見出すことができます。
 格差社会の中で 「自助努力」 では生存権も保障されない労働者の存在を知った時、人権を脅かされている労働者を見た時、「ともに生きよう」 とたくさんのボランティアが駆けつました。物資支援、カンパ、支援メッセージの中には平等、公平、人権回復の思いが込められていました。
 今回の震災ボランティアからも見出すことができます。

 運動を通して 「友愛」、「共生」 は共有できます。「人権」、「人格」 を再発見できます。
 人間の豊かさや幸せにつながるものは共同で作るものです。
 共同で何かに挑戦していると自覚できたとき、「仲間がいる」 と言えます。「ガンバロー」 と一緒に叫べます。
 これらを推進する力を確認できる人間関係が再構築できた時、「団結」 していると言えます。
 そして 「面」 としてのユニオン運動は、社会的運動体としての強固な 「立体形」 となって確固たる位置を占めます。 


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「人間関係が一番の労働条件」
2011/11/18(Fri)
11月18日(金)

 水を補給したので「ユニオン活動の経験を語る」の話を続けます。

 ユニオンにはさまざまな職種の、さまざまな階層の労働者が相談に来ます。職場で労働者同士が対立していることもあります。
 個別労使紛争、労労紛争は、話を聞いていくと、相談を受ける側としては一方が100%正しいということはほとんどないといえます。これが現在の労働現場の状況です。
 しかしユニオンは相談者の“すべてを受け入れ”ます。相談を受ける側の役割は、相談者個人との対話から客観的事態と職場の雰囲気を掌握し、解決策を探し出すことです。相談者の側に立って対策を考え、解決に向います。
 相談活動は“わがまま”を聞き入れることではありません。メンタルヘルスの労働相談活動でいわれるように、思いに「共感」はしても「共有」しては問題の本質を見失います。
 起きている問題は「personal is political」(個人的なことは社会的なこと)です。この構造は、どことも利害関係がない、しがらみがない「芥」だからこそ見えやすいです。社会で起きている傾向を発見することもあります。
 「個人的なこと」を個人的にはなかなか解決しません。

 労働者は職場で、自分なりの方法で自己防衛しています。これは“わがまま”ではありません。
  「上司や同僚の批判を一方的に続ける、暴言を吐く、他者を攻撃する相談者がいます。“いじめ”が強ま
  るほど、周囲からの意見等を一切拒否して排他的になり、自分の殻に閉じこもって自己を正当化しま
  す。実は、自己を防衛する手段として相手を排除する方法が批判や暴言、攻撃なのです。脅威、不安、
  困惑などの二次的な感情で、『涙が変形した表現』です。
   だから相手への批判などで自己の正当化を繰り返してもトラブルの本質的原因について言及するこ
  とはありません。しかしこのような行為を続けることは相手への憎しみを増し、自己をコントロ-ルでき
  なくなっていきます。
   本質的原因は別にあります。
   お互いが被害者と主張しながら実は加害者でもあったということもあります。
   相談を受ける側は、このような状況が続くことに耐えているのは辛いねと弱音を吐かせます。そしてそ
  の弱音に共感します。攻撃的緊張関係が解けると相談者から『本当はこうして欲しかった、ああして欲し
  かった』と期待している状況が浮かび上がってきます。
   『現象』が起きる原因を追及することから、紛争の本質を探り当て、脅威、不安、困惑などを取り除い
  て解決に立ち向かわせることが可能となります。」(『メンタルヘルスの労働相談』メンタルヘルス・ケア
  研究会編)
 このようにして問題の本質に気が付き、対応を始めると相談者も変わります。誘導はダメです。繰り返しますが相談活動は「自己決定権」が原則です。
  
 労働紛争の解決とはどのようなことを言うのでしょうか。
 原状回復は解決途中です。
  「では紛争の本当の解決とはどういうことを言うのでしょうか。
  相談者の『成長』を確認し合うことです。そして自立した生活を取り戻すこと、または再スタートに立つこ
  とです。つまりは職業生活を培っていける自信をつけるようにすること、自分らしい納得した生活を送る
  ことです。
   トラブルが雇用継続や合意退職の解決に至っても、相談者が貴重な体験をその後の教訓として活か
  すことがその後のトラブルを防止し、長期的に見た場合の問題解決となります。これが本物のセーフ
  ティーネットです。
   そういう意味で、ユニオンの相談活動は、人生の次の段階に確信を持って攻勢的に挑戦するための
  サポーターの役割も果たすものでなければなりません。
   『人は人で悩み、人は人で癒される』。
   労働組合とのかかわりを通して『社会の見方が変わった』『自信がついた』『みんなに励まされて嬉
  しかった』という発言を聞くと相談活動は一役果たしたといえます。これが本来の労働組合の役割で
  す。
   そして相談活動は、相談者からうまく離れる、消えることが必要です。」(『メンタルヘルスの労働相    談』)
 職場の個人に対して“恨み辛み”を持ち続けている相談者がいます。持ち続けるということはその人からの被支配関係を持続しているということです。「自分は社長のような人間にはならない、まともな人間になる」と捉える直すことも立派な解決方法のひとつです。“つまらない”会社や社長といつまでも関係を維持することは“つまらない”ことです。

 最近、ユニオン運動を語るとき、人権・人格権回復闘争と言われたりします。しかし中味はあまり語られていません。
 どのような人権・人格を労働者は期待しているのでしょうか。
 「労働者の働き辛さは、状態は違うが『勝組み』にも『負組み』にも、正規にも非正規にも増している。それぞれの立場で権利や生命までが奪われている。労働者の権利は会社内だけ、部署だけでは守られない。」
 人権・人格回復闘争は個人の問題ではないという認識の共有が必要になってきます。
 労働者にとって「人間関係が一番の労働条件」です。

 島崎藤村の小説『夜明け前』は明治維新前後を舞台に、主人公は藤村の父親をモデルにしています。主人公の青山半蔵は、庄屋で問屋で本陣も兼ねている豪農です。
 小作農民のことを思って奔走しています。
 しかし小作農民たちは半蔵に断りなく農民一揆に参加していきます。半蔵は、どうして自分に相談をしないで行動するのかと問い詰めます。すると小作農民から「半蔵さま、お前さんに真実(ほんとう)のことを云うものがあらんすか」という返事が返ってきます。
 身分が下位の者が、上位の者に何でも話すということはありません。噛み締めておかなければならないことです。
 現在においては、上司は、業務指示がこのような関係性の中でどう受け止められているのかを捉え返す必要があります。
 正規労働者の非正規労働者への対応も同じです。対等だと思い込んでいる者がいたとしたら、職場の人間関係に“鈍感”なだけです。もう一つは、差別は当然だという認識を持っているからです。
 このことは企業内の労働組合活動においても同じです。労働組合役員の“よかれ”が組合員の要求と乖離していることが多々あります。このことを組合役員は理解しなければなりません。
 組合活動が、社員全体の利益を増大、権利を獲得するものでなければ組合指示は簡単には伝達されません。姿が見えない労働組合を支持できません。
 正規労働者の処遇改善が非正規労働者を踏み台にするものだと捉えられたら敵対関係になります。その結果さらに正規労働者の労働組合は弱体化していきます。


 もう一回給水します。
 

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「ごみ組合」「芥組合」は名誉です
2011/11/15(Tue)
11月15日(火)

 11月13日、あるユニオンから「ユニオン活動の経験を語る」というテーマで話をしろという指令が出されました。失敗談なら適任ですが、うまく運用していくための方向性を探るということなら人選が間違っているのではないかと思いながらも了承しました。
 さて何を語るか。出来上がったレジュメに沿って当日語った内容です。

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 ユニオン運動とは何か。東京都労働委員会労働者側委員の水谷さんはユニオンの草分け「江戸川ユニオン」創設者の1人です。最近のブログに書いています。
 「企業別組合を点とすれば、産別組織はそれを結ぶ線になる。しかし、コミュニテイ・ユニオンはいわば労働組合を「面」とする組織として発想した。したがって、地区労という地域労働運動の組織と運動が、コミュニテイ・ユニオンを支える背景だった。」
 企業別組合は「点」と言っていますが、最近は多くが企業内組合(house union)から労使協調になっています。固定した労働組合観を確立しています。
 産別組織は「線」でも「縦の線」です。大単産は上部に拒否権を持っています。
 総評時代に「全国一般」は他の産別から「ごみ組合」と言われました。大単産には加盟できない小さな雑多な労働組合・労働者が混じっているということです。しかしこの表現は差別発言で、偏見もあったと思われます。
 ユニオンは「全国一般」より小さな混合組織です。だとしたらユニオンは「芥組合」だといって笑ったことがあります。
 「ごみ組合」「芥組合」という表現は、他の単産が捨てた、奪われたものを大切にしているということでは正しい表現です。名誉です。他の単産は何を捨て、奪われたのか。権利紛争、団体交渉権です。ユニオンはこれを大切にします。ユニオンの武器です。
 「ごみ組合」「芥組合」は、いろんなものが混在しているから、純粋でないから、逆に視野が広くなり、社会が見えます。自己を検証できます。
 「雑多な面」は労働運動の宝です。

 「面」のスタートは、地区労の支援、大単産の地域組織化として、個からがあります。
 地区労の支援、大単産の地域組織化の場合は、連携したり自立したりして存在しています。自立から独立もあります。
 個からのスタートの場合は、個人の頑張りで維持されているユニオンが多くあります。カリスマ性が体質になっていたりします。しかしユニオンに独特の価値観が固定されてしまう恐れもあります。

 ユニオンが占める客観的位置はどのようなものかを捉えておく必要があります。
 ユニオンは会社にとっては社外の組織です。情報が外部に漏れることをかなり意識します。また対応の仕方がわからない、無理を言われる危険性がある組織です。「まあまあ」、「なあなあ」が効かないと捉えます。「交渉などしたことがない」という場合もたくさんあります。
 緊張関係の中から新たな労使関係を作ることができます。
 労使関係は法律ではありません。ユニオンは会社に対して、違法・合法だけでなく、不当・正当、正義・不正義などと主張し、原則的要求を掲げて交渉します。本来の権利紛争の再現です。だから「ごみ」と「芥」は会社から嫌われます。
 腐った鯛より「ごみ」「芥」が労働者の権利を守っています。

 ユニオンを維持するのは大変です。
 まず人的、財政的困難にぶつかります。財政は見えにくい問題です。ややもすると誰かが“犠牲”になっていたりします。正直、不正はなくても表に出せない問題もあります。
 相談する側とされる側の関係があります。ユニオンが持つ体質に、新規組合員は「労働組合とはこういうものだ」と簡単に染まってしまう危険性があります。
 また相談する側とされる側が個人的上下関係になってしまう危険性があります。そうするとユニオンとしての飛躍が困難になり、突破口が見えなくなってしまったりします。
 よく聞く話に、新規組合員はすぐ脱退する、一過性だというのがあります。
 ユニオンは「駆け込み寺」と言われることがあります。正しいでしょうか。
 そう受け止めて来る相談者は“お任せ”になる危険性があります。ユニオン運動は“支えあい”です。方針を決定するとき「自己決定権」が保障されます。
 一過性を克服するためには、ユニオンが新規組合員に紛争体験の中で魅力を示し、吸引力を持つことが必要になります。ユニオンが当てになると捉えたら、解決しても今後の“保険”のためにも残ります。紛争解決だけでなくユニオン運動が楽しいと思ったら残ります。お世話になったと思ったら残ります。このような魅力、吸引力を日常的にどう保障するかの問題です。
 もちろん辞めたいと言う者もたくさんいます。しかし脱退する組合員も、ユニオンを肯定的に捉えていれば周囲の者が困ったときに紹介します。長期的にはユニオンの営業マンが増えたと先行投資の考え方もできます。
    
 ユニオン同士が地域的、分野的に競合することもあります。関係性を保つのは簡単なようで難しくもあります。自分のユニオンを愛していて責任を持っているからです。 
 自分のところが一番という自信過剰で捉えたり、「隣の芝生は青く見える」という不充分さを自覚することもあります。
 相談を受ける者(多くの場合、専従者)は万能ではありません。なおかつ今、労働組合の守備範囲が広がっています。
 相談者にわからないことはわからないと、できないことはできないとはっきり言うことが必要です。その時は、遠慮なく他者、他ユニオンに相談した方がいいです。「できない」ことを突破する方法として地域交流があり、コミュニティユニオン全国ネットワークが存在します。他のユニオンのいいところを真似る、盗む姿勢が必要です。自己点検にもなります。真似られて、盗まれて文句を言うユニオンはありません。
 できないことの原因が社会的問題だったり、制度の場合は一緒に制度・政策要求をすることが必要になります。

 ユニオンを魅力あるものにするためには「役員(専従者)は組合員の半歩前を歩いてください」という要望を専従者は意識しなければなりません。
 今回の東日本大震災で被災した陸前高田市消防団高田分団で、100人の消防団員を仕切った分団長が質問に答えています。
  「最後に大阪分団長に一番腹が立ったことを聞くと、こういう答えが返ってきた。
  『いっぱいあるけど言えない。死ぬまで腹の中においておこうと思う。オレはその日から怒りまくってい
  る。その日から家はない、嫁はいない、娘はいない。が、怒れば怒るほど自分が情けなくなるから、怒
  らないことにした。いちいち腹を立てていたら、怒りの矛先が飛び火するし、人間が下がってしまう』」
  (『ドキュメント東日本大震災 救助の最前線で』(イカロス出版)
 役員(専従者)の業務は、はたから見えるほど楽しいものではありません。実際はその逆です。そこをそう見せないのが役員(専従者)の度量です。
   
 労働組合では「団結」ということが言われます。「団結」とはどんなことを言うのでしょうか。
  「労働組合がたえずいだいていた自負は、自分たちこそが社会正義を体現していて、自分たちは社会
  の進歩を推進していく勢力だ、ということであった。……今日では、労働組合の軸に置かれていた思想
  自体が動揺にさらされているのである。だから新しい基軸になる思想をつくりださないかぎり、労働組
  合が社会変革の大きな勢力として再生されることはないだろう。そして、労働組合と同じような矛盾の
  なかに、私たちの労働の世界も置かれている。なぜなら、どのような思想で自分たちの労働を考えたら
  よいかは、現在の私たち自身の課題でもあるのだから。」(内山節『戦争という仕事』)
 戦後の労働組合は、多くの場合、戦中の産業報国会の焼き直しとして登場しました。ですから上位下達の指示系統と統制・規律の性格を色濃く持っています。
 それを「団結」と捉えて来ました。
 また、かつては労働組合は社会的に大きな存在でした。吸引力がありました。

 今、社会・会社への対抗勢力としての労働組合は位置づいていません。
 職場の状況を考察してみます。
 職務の専門家、職階の多様化、評価制度、雇用関係の多様化などがあります。
 一方、社会の“自己責任”化の強制があります。価値観は多様化しています。
 つまり、社会・会社が「自己中」を育てています。そのなかで労働・労働現場はストレスが蔓延しています。トラブルが発生しない方がおかしいです。
 春闘の中央集中化、交渉機関の上部への吸い上げの中で現場の交渉力が弱まってしまいました。職場の権利紛争は意識されなくなりました。たとえば労働組合は.評価制度、体調不良者に対応できなくなっています。拒否する口実として「個人的問題」「プライバシーの問題だから」と言います。
 その結果、労働組合が交渉しないことも職場の雰囲気になっています。なんのための労働組合なのでしょうか。 「はじかれた」労働者がユニオンに相談に来ます。
 国労闘争は「現場協議制」解体に反対する闘争でもありました。国鉄当局と分割民営化は各職場から交渉権を奪っていきました。
 評価制度が普及すると利益紛争、賃金闘争も難しくなりました。評価制度による個別賃金体系は「利益」で競争している(させられている)労働者群を登場させました。「万国の労働者は団結できない!」
 かつて査定による労働者の分断に反対した労働組合がありました。
  「1977年頃、近畿日本ツーリストの労働組合は、良好な個人成績を挙げた社員を表彰する制度の導
  入に数年に渡り反対し続けました。旅行契約をどれだけ取ってきたかは、外交販売員だけの成果では
  ない、表彰するなら、その契約に協力した全員、少なくとも支店単位で行えと主張しました。(『躍進 
  近畿日本ツーリスト労働組合20年史』)」(熊沢誠著『格差社会ニッポンで働くということ』から孫引き)

 「団結とはなにか」を問い直すことが課題となります。
 現在の職場の状況を踏まえたならば、労働組合・ユニオンにとっては人間関係の再構築がその課題になるのではないでしょうか。

 ここでのどが渇いたので水を補給することにしました。


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