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気になること
2011/08/30(Tue)
8月29日(月)

 重大な問題をはらむニュースがさらりと語られています。
 タレントの島田紳助が芸能界からの引退宣言をしました。理由は、数年前から暴力団と関係を持っていたことを、本人はこれくらいなら大丈夫と捉えていたが、やっぱりいけないことだと理解したからだといいます。
 いつから暴力団と関係を持つようになったのか。
 テレビ録画中の発言が右翼団体の反発を買い、攻撃を受けた事態を知人に相談したら、知人が暴力団員を介して中止させた時からと説明しています。
 しかし報道するマスコミは、「テレビ録画中の発言が右翼団体の反発を買い、攻撃を受けた」ことが、報道機関内で行われた言論の自由に対する攻撃であることを取り上げようとしません。録画が外に漏れたことを含めて問題としないのは危険で、自殺行為です。報道の自由とはこの程度のものなのでしょうか。もっとこだわる必要があります。
 そして攻撃を受けていたことを知っている出演したテレビ局も、所属するプロダクションも彼を守ろうとしなかったのです。タレントは個人で自分を守らなければならなくなったのです。有名人なら特に恐怖は大きかったと思います。
 言論の自由の結末は「自己責任」なのでしょうか。そのようなものを言論の自由とは言いません。

 そしていとも簡単に暴力団を存在悪と切り捨てます。
 暴力団員と判明し、なおかつ不法行為があった場合は住宅の明渡しをされたりします。
 はたして暴力団の壊滅は、社会的孤立化・包囲で可能なのでしょうか。なぜ存在するのかその基盤から問い直すことが必要なのではないでしょうか。雇用契約を解除されたが再就職が困難に陥ったり、競争社会で「負組」になって追い出されたりした者が辿り着いた「衣・食・住」が保障される社会です。「反社会的組織」に生存権を保障された人たちも多くいます。
 現在は、努力すれば何でも実現可能な社会などでは決してありません。努力する基盤の確保が個人ではどうしようもないところに立たされていたりします。
 「反社会的組織」は社会的に存在しているのです。そこから抜け出すことを呼びかけるなら、社会的生存権の保障を伴なって行われなければ成功しません。
 きれいごとを話されると、聞いている側はむなしくなります。
 「ムチ」の政策ではなく暴力団を「追放」した町があります。かつては「日本のシカゴ」と呼ばれた福島県郡山市です。「追放」の手段は文化活動でした。明るい文化的な町を作る地域活動が盛んになる中で特に力を入れたのが音楽活動です。いつの間にか暴力団は位置を失いました。
 福島県の学校は全国の合唱コンクールで上位を占める常連になっています。
 そして震災と原発被害のなかにあっても音楽は被災者の心の拠り所になっています。

 もうひとつ気になるニュースがありました。
 甲子園大会の準優勝校の生徒が禁煙していたことをツイッターで報告していたというニュースです。
 処分を受けることになりましたが、どうして数人の部員の行為が、部や学校への出場停止という処分になるのでしょうか。戦時中の軍隊の連帯責任を連想させます。
 不祥事が起きるたびに、監督不行届という責任追及は、出来ないことをしなかったことが悪いと言ってうやむやにする悪習の解決方法です。このやり方は、ビジネス商品としての校名を守りますが、当事者でない選手たちが犠牲になります。他者が行ったことで全体が影響を受けることはおかしいです。納得できるはずがなく、問題は解決しないままになります。
 社会は余りにも高校野球を神聖化し、学校はビジネス化しています。高校野球の球児だからといって、スポーツ選手だからといって、すべてに他者の模範にならなければならない理由はありません。選手1人ひとりに人格があります。選手たちをもう少しリラックスさせて、楽しんで野球をさせることが出来ないものでしょうか。自分たちの高校生活を自分たちで謳歌させてやってもいいのではないでしょうか。
 選手たちだって息抜きも必要です。しかし煙草を吸ってはいけません。

 ついでながら、夏の甲子園大会にはずっと不満があります。なぜ開会式が8月6日午前9時からなのか。以前はそうではありませんでした。10日過ぎではいけないのか。15日以降の方が涼しくなってコンディションが良くなるのではないでしょうか。
 あえて広島に原爆が落とされた日の、時刻が近い時間開始というのは、人びとが忘れてはいけない日を忘れさせようとしているとしか思われません。
 そしてなぜ1つの会場だけを使用して長期間選手を拘束して開催するのか。出場校の経済的負担は大変なものです。それでも私立高校はトータル的には採算がとれています。これでも健全といえるのでしょうか。

 同じ時、短い期間ですが、全国高等学校定時制通信制軟式野球大会が神宮球場を中心にして開催されています。今年は東北の被災地から代表2校が出場しています。
 かつては観客がゼロという試合も珍しくありませんでした。しかし出場校とは縁がなくても仕事の合間を縫って駆けつける自主応援団がいました。1塁側が攻撃の時は1塁側のベンチの上で、3塁側が攻撃の時は3塁側に移って声援します。面白かったのは、カセットデッキから早稲田大学野球部の応援歌「コンバットマーチ」を流しながら応援団員の素振りで応援しているファンもいました。
 九州地区は2県から1校の地区代表を選びます。かなり前、ある高校は県代表にはなったけど、勝っても遠征費がないという理由で地区大会を棄権しました。ある年は、決勝戦を残して雨天が続きました。選手たちは仕事を休めないと決勝戦を残して帰省しました。
 このことを聞き付けたコメディアンの萩本欽一たちが翌年から応援に駆け付け、その後少しずつファンが増えてきています。今はかなりのファンがいます。
 今年は決勝戦が雨天のため2日間延期になりました。しかしちゃんと行われました。
 この大会が面白いのは、選手は野球が好きで真から楽しんでいるからです。自分のために野球をしています。これこそが高校野球です。


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