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『きけ わだつみの声』 を繰り返さないために
2011/08/13(Sat)
8月13日 (土)

 大昔、『はるかなる山河に』 を読みました。戦争体験者がまだ周囲に沢山いた頃、戦争がもたらす悲惨さとともに、もったいない人材が犬死を強制されているという思いに至った記憶が残っています。
 『はるかなる山河に』 は 『きけ わだつみの声』 に編集しなおされました。
 その後の1969年、立命館大学で、「わだつみの像」 が学生たちによって壊される事件がありました。「像」 を崇拝するだけでは平和は守れないと主張する学生たちの問題提起に共感しました。崇拝と忘れない、繰り返させないという思いは違います。

 『きけ わだつみの声』 を読み返しました。正直言って面白くありません。感動しません。なぜなのか。自分の心象を探ってみました。
 1つには、手記を残した学生たち個々人の心象は時代を照らしていますが、全体からは編集者の心象がバイパスしていると思われます。たくさんの手記からの選択段階で傾向が出来上がったのではないでしょうか。手記の学生は、理想とする国家像が欧米に偏っています。日本、アジアへの評価は低いです。「近代化」 が進んだ国家なら、「民主主義」 の国なら 「国民」 を悲惨な目に合わせないとでも言いたそうに。
 もうひとつ。学生たちが、時の政府・権力者をどう評価していたのか、そこに自分をどう存在させていたのかが見えてきません。もちろん自分の思いをストレートに表現できない状況がありました。
 戦時中の民衆の行動におけるヨーロッパと日本の大きな違いにレジスタンス運動があります。伝統的風土の違いが国家・政府の行為に対する民衆の対応姿勢にも表れてきています。

 「1931年7月におこなわれた東京大学学生調査がある。満州事変 (9月) の2か月前の調査である。『満蒙に武力行使は正当なりや』 については、『然り』 が88%もいる。しかも 『直ちに武力行使すべき』 とするものが52%いる。この調査を紹介した著者は、『直ちに武力行使すべき』 を右派、『外交手段を尽くした後にすべし』 を中間派、「(満蒙に武力行使は正当なりやについて) 然らず」 を左派としているが、そうすれば、右派52%、中間派36%、左派12%となる (大学新聞連盟 『現代大学の実態』)。まだ、本格的な国粋主義時代になる以前にも 『右派』 が圧倒的多数派で、『左派』 は10人に1人の少数派にすぎない。」 (竹内洋著 『丸山眞男の時代』 中公新書)
 この後、戦況は拡大していきます。しかし学生層の意識に大きな変化が起きるようなことはありませんでした。

 年少兵までもが戦地に赴きます。しかし学生に在学徴集延期年限、いわゆる徴兵猶予が行われ、学生生活を楽しんでいました。学生というよりは出身階層の特権がありました。
 1943年10月2日、緊急勅令が発表され、徴兵猶予は停止されました。理工科・医科系、農科の4学科、国立教員養成系の学生などは延期されましたがその他の満20歳に達した学生は直ちに徴兵検査を受け、10月21日に学徒出陣していきます。
 早稲田大と慶応大の野球部は、中止命令を受けた大学野球の開催に奔走し、10月16日に 「最後の早慶戦」 を開催します。試合終了後はスタンドのどこからともなく巻き起こった 「海ゆかば」 を合唱。そして10月21日を迎えます。
 当時の学生は、その出身階層から、情報収集の機会・能力から、戦況については他の階層の人びとより情報は集まり、客観的判断ができたはずです。
 しかしもはや流れは止められません。
 徴兵がまさか自分の身の上には降りかからないと思い込んでいた、まさに 『満蒙に武力行使は正当なりや』 に 『然り』 と机上で回答していた潮流は、なすすべがありません。自由奔放に振る舞うことができると思い込んでいても、実際に国家に統合されきって浸っていた意識からは脱出口は見つけ出せません。
 自分の不安と強制する国家への不満の解消先をある者たちはヨーロッパの国家像にもとめました。しかしそのヨーロッパ諸国も理想とするものではありません。
 その心象が10月21日以降の 『きけ わだつみの声』 に収録されているのです。

 「わだつみの像」 を破壊した学生たちは、ベトナム戦争の悲惨な状況を自分に引き付けて捉え、元凶を攻撃し続けました。ベトナムから目を背けて 「平和」 を語ることを拒否しました。『きけ わだつみの声』 を繰り返さないために、繰り返させないための行動を続けました。

 それからも40年が経ちます。
 『きけ わだつみの声』 が現在の私たちに残した教訓は、民衆は簡単に国家に糾合されない、恒常的に社会的対抗勢力を構築して国家を監視する潮流の必要性です。
 平和とは、国家と対置する社会的勢力の押し返しによってこそ守られます。沖縄の民衆の姿はまさにそのようなものです。 

 福島原発事故の惨状はまさに 「きけ わだつみの声」 です。
 かつて安全地帯にいて若者を戦場に送り続けた軍司令部と軍需産業と、安全地域にいて既得権を維持しようとする電力会社と原発製造会社が重なります。いずれも国家を隠れ蓑に利権で肥え太っています。
 福島原発事故の教訓は、国家と対置する社会的対抗勢力を構築して押し返し続けることが騙されない、過ちを繰り返させないためには不可欠だということです。  

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