2011/03 ≪  2011/04 123456789101112131415161718192021222324252627282930  ≫ 2011/05
間もなく49日
2011/04/28(Thu)
4月28日(木)

 4月29日、震災で不通になっていた東北新幹線全線が再開します。
 かつて、中学、高校を卒業した労働者は「金の卵」と呼ばれました。その「金の卵」を大勢送り出す東北地方からは3月下旬には集団就職列車が走りました。各駅から「蛍の光」のメロディーで送り出します。集団就職列車がなくなった後もしばらく、3月下旬から4月上旬の仙台駅では、上りの列車が出発するたびに「蛍の光」が流れていました。東京まで急行で6時間、特急で4時間の頃です。
 1982年に東北新幹線・大宮-盛岡間が開業しました。内陸を走り東京まで2時間です。
 東京の流行は、東北地方にはまず仙台に届き、その後に、南の福島、西の山形、北の盛岡に広がります。
新幹線は幹線です。東京・仙台間は東北本線と常磐線が走っていましたが、新幹線が開通すると常磐線は利用が減って行きます。沿線地域では流通網が少しづつ狭められていきました。
 そのようななかで福島浜通りの沿線地域の住民にとっては、1966年から建設が開始された原発は出稼ぎをしなくていい、地元を離れなくてもいい地域の産業でした。いつの間にか6基の原発と共存することになっていました。
 4月29日の再開は、何をもたらすでしょうか。ボランティアが現地に行きやすくなります。その一方、地元での生活を諦めて上京する被災者を乗せることにもなるでしょう。「蛍の光」が流れなくても。

 間もなく3月11日から、仏教のしきたりでは49日です。被災者にも意識の変化が表れてきます。
4月24日付『毎日新聞』の「余録」に載った、精神科医師の中井久夫編著『昨日のごとく』を紹介しています。
「阪神大震災で被災者のケアにあたった精神科医は、地震の40日~50日後に人々の間にある変化に気づく。ふだんより元気になった人と、ひきこもってしまう人の違いが目につく。その差がまるで開いたはさみの刃のように広がっていくのだ▲柔軟に新発想を出す人と考えられないほど頑固になる人、酒を飲まなくなった人とアルコールにのめり込む人、仲がよくなった夫婦とヒビが入った夫婦――最初のわずかな差が日を追ってどんどん開いていく。医師はそれを経済用語を借りて「鋏状較差」と呼んだ▲貧富の差もはさみ状の広がりを見せる。経済力や社会的人脈、地縁をもつ人々と孤立した人々の境遇の違いが拡大した。人々の生死を分けた震災は、その後も人々の幸不幸を切り分けた」

 今回の震災では被災者が冷静であったということが世界的に驚かされています。
 世界共通の諺に「地震は金持ちを貧乏にし、貧乏を金持ちにする」というのがあります。しかし日本には阪神大震災でも、東日本大震災でも当てはまりません。その代り共同体、地域のつながりが見直されました。
 混乱の中で恐怖や不安そして離別の悲しみに襲われた時、それを克服することができたのは共同体の人たちでした。お互いに「怖かった」という言葉をかわすうちに恐怖感を少しは緩和することができました。お互いの安否を確認し合う中から安心感を取り戻して行くことができました。親族との離別にも周囲からの声かけがありました。
 「心のケア」に専門家はいりません。地域共同体が「心のケア」の本当の「専門家」です。
 停電、断水にも一緒だからこそ我慢することができました。

 今回の災害には、自営業である農民や漁民の家族が多くいます。農民は「家」ではなく「屋敷」を失いました。生産手段の田畑も一緒に奪われたのです。漁民は船と港を奪われました。彼らは生まれた時から「転勤」などということとは無縁の生活をしてきました。自然を相手に、自然と共存して、自分で段取りをつけて仕事をこなしてきました。
 だから避難所への移動はそれだけで辛いことでストレスが増します。ましてや「屋敷」から遠く離れる避難所への移動は考えが及ばないことです。
 避難生活が長期化するなかで、共同生活が苦痛になってくるのは必然です。やはり共同生活は、地域の繋がりや共同活動である「行事」とは違うのです。
 さらに、それぞれが置かれている家庭の事情が違います。今後の生活設計の条件が違っています。自営業の人たちにとって生活の糧は蓄えです。労働者にとっては雇用保険です。高齢者にとっては年金です。そして家族単位ではそれらの組み合わせとなります。このようななかで、子供がいる家族にとっては子供手当が支給されるとしたら有難いことです。
 この違いは少しづつ拡大していきます。

 阪神淡路大震災の時の避難所で、地震の数日後から、スーツ姿で出勤する労働者がいました。この家族は家を失ったが収入が途絶えることはありません。立ち直りが早いです。自営業で職を失った人がいます。その人たちの中にはかろうじて家は大丈夫だったとしても収入の当てがありません。家も職も失った人もいました。長期に避難所にいると老人は痴呆の進行が早いです。
 自助努力できる人とその条件がない人に分かれました。
 それぞれの置かれている条件で避難所に対する要望も違ってくるし、行政への要求も違っています。ひとつにまとまることが難しくなります。
 最初はみんな仲良くできたのが、不満を持つようになります。そして不満は身近な者ににぶつけます。
 被災者が避難所から仮設住宅などへの異動、つまり「生活の再建」がスタートするとことになり、自己を見つめ直すことができるようになるとストレスが表面化し、PTSDが発症することが多くあります。

 今後も被災者のフォローは、
 ①被災者のもとに出かけて援助を提供する(アウトリーチ)
 ②他の援助と組み合わせる
 ③継続したサービスを提供する
が必要です。(「こころのケアセンター」編『震災とトラウマ』みすず書房刊)
 震災後に精神保健システムの援助者が被災者に積極的に足を運ぶという取り組みは1991年の長崎雲仙普賢岳噴火災害からだと思われます。数年間にわたって展開されました。「こころのケア」と言うことにまだ偏見があるなかで、日常の保健活動の中に精神保健へ要素を溶け込ませた啓蒙活動を含めて取り組まれました。
 住民への「心のケア」は、社会性に富み、地域を知り、そして医療機関と連携しながら対人援助が任務でしかも継続的に関係を築くことができる保健師が最適です。保健師の介入が「心の後遺症」を防止することになります。
しかし、現在、保健師が過重労働にあるのも現状です。
 問題の解決は、やはり行政の全員を対象にした生活全般への希望が持てる早期の支援策の発表と途切れない生活保障です。
 そして長期にわたる様々な不安を聞き入れてくれる相談機関と人の確保です。


当センター「いじめ・メンタルヘルス労働者支援センター」のホームページ・ご相談はこちらから
この記事のURL | 災害ストレス | ▲ top
出動したくない自衛隊員を無理やり出動させるのは人権無視
2011/04/22(Fri)
4月22日(金)

 19日、陸上自衛隊は、第一特殊武器防護隊所属の3等陸曹が逮捕され、同日付で懲戒免職にしたと発表しました。「原発事故への対応で除染作業をする部隊の無線通信を担当していた恐怖心でパニックになり、自衛隊のトラックで逃走しました。容疑はトラック等の窃盗ということです。
 20日、神奈川県警港南署は、海上自衛隊横須賀基地所属の潜水艦救難母艦「ちよだ」乗組員の3等海曹を公然わいせつ容疑で現行犯逮捕したと発表しました。3等海曹は前にも、宮城沖の遺体収容作業に従事したが再出動予定でした。捕まったら出動しなくていいと思ってわざとやったと言います。

 前者の恐怖は誰でも抱きます。
今回の福島原発事故でも、もおそらく災害援助の訓練をもっとも重ねている東京消防庁の指揮者が、任務終了後に涙ながらに記者会見をしたのを皆見ました。これまで訓練したことのない、相手が見えないなかでの事態への対応でした。そこにあったのは恐怖を克服する「使命感」です。
 ましてや自衛隊にとって原発事故への対応は、本来の任務である「攻撃」の一環ではありません。訓練経験がありません。
 遺体収容作業は誰にとっても辛いものです。救助活動訓練を重ねてきた者たちにとってもそうです。消防庁の惨事ストレス調査でも原因の1位が「死体を見た、あるいは死体に触れた」、2位が「死体が凄惨、あるいは衝撃的な災害であった」で他の項目を大きく話しています。子供の遺体を見るのと異臭はいつも、本当につらいと語っています。悪夢、不安感、睡眠障害、抑うつ傾向に襲われます。
 自衛隊は、体力勝負の人海戦術で救助活動や遺体捜索を展開していますが、救助活動の訓練はあまりしていません。やはり本来の任務ではないからです。
 ここに現在の自衛隊が持つおかしな「立ち位置」、「攻撃」と「救助」という二面性の矛盾があります。だから救助活動で恐怖を感じたとしても当たり前のことです。
 4月4日にも書きましたが、自衛隊は採用に際して適応性の心理テスト・スクリーニングを行っています。しかし諸外国では行っていません。なぜなら戦闘状況でのストレスに強いパーソナリティーなどそもそも存在しないからです。だれでも限界を超えればブレークダウンします。事前予防はできません。不安反応は、古兵といえども戦闘期間の長期化とともに、高い頻度で必ず出現します。つまり戦闘機械のような兵隊は作れないのです。
 出動したくないという隊員を無理やり出動させるのは人権無視です。
 
 自衛隊は逃亡した隊員は隊の秩序を乱した等々主張します。
 しかし恐怖が原因で心身に異変が見られる隊員に同じ恐怖を体験させることを秩序とは言いません。拷問です。そのようなものは指揮命令にはなりません。「使用者の安全配慮義務」に違反します。
 すでに夜眠れないなどと訴えている自衛隊員もたくさんいます。
 今自衛隊がしなければならないことは、ストレスがたまっている、心身ともに不安定に陥っている隊員のチェックとケアです。そのような状況で救援活動を強制させると、大きな事故を誘発します。

 米軍の制服組を養成する学校には遺体を扱うときの留意事項が列挙されたマニュアルがあります。『遺体が救援者に引き起こす気持ちの変化:救援者向けパンフレット』として防衛医科大学の医師が翻訳しています。日本でも消防庁では活用されています。(加藤寛著『消防士を救え!』東京法令出版刊)
 しかし、自衛隊では救援活動は本来の任務でないということからかあまり活用されていないのでしょうか。
 パンフレットを紹介します。
【基本的な心構え】
 ・業務の目的を忘れないでください。そして、それを見失わないようにして下さい。
 ・業務前に「心の準備」をすることは簡単ではありません。そのため、業務内容で何が求められているの
  か、可能な限り事前に知ることが大切です。また、同じような経験をした同僚から話を聞くことも大切で
  す。
 ・休息をこまめにとり、衛生を保ち、食事と水分をしっかり摂って下さい。
 ・業務外の時間では、心身ともに休んでください。
【遺体への接し方】
 ・遺体に接する時間は必要最小限にして下さい。そして、ほかの人にも必要以上に見せないように、敷
  居、カーテン、パーティーション、カバー、袋などを用いて下さい。
  業務中は、防御服・手袋を着用し、二次感染の危険性を減らしてください。
 ・特定の遺体に集中しすぎないようにして下さい。自分が強い気持ちを抱きやすい遺体には、特に注意
  が必要です。
 ・遺体はあくまでの遺体であって、もう生きてはいないことを、自分の中で言い聞かせてみるのも一法で
  す。これは、必要以上に気持ちが流されないためなので、業務終了後、そのような距離感を取ったこと
  に対して、決して自分自身を責めないでください。
 ・遺体の近くにある遺留品は、身元確認のために重要であり、遺族にとって大切な所持品です。扱いには
  注意を払ってください。しかし遺留品への必要以上な執着は、あなたの気持ちを必要以上につらくしま
  すので、注意が必要です。
 ・臭いを消すための香水や香料は、業務体験とともに後々の記憶に(悪い形で)残してしまうことがありま
  すので、使用にあたっては注意が必要です。
 
 JR西日本の福知山線脱線事故に駆けつけた兵庫医科大学救命センターの看護師が、その時の心情を語っています。
 「普段であれば、心肺蘇生をしながら病院搬送されていたかもしれない、または家族に付き添われ最期を迎え、清拭し死化粧をされていたかもはずのご遺体を目のまえにし、せめてもの思いで、できる限り傷病者の目を閉じ、着衣を整え、手を胸の前で組むように毛布でくるんでいった。」
 できる範囲でエンゼルケア(患者の死後、看護師が遺体に対して行う清拭などの処置)を行い、毛布でくるんでメディアの目から守ろうとしました。
 「『私は何をしているんだろう』とすごく思いました。ただ、私にもこだわりがあって、看護師として何かしたいという思いがすごくあったんです。何ができるかと思ったときにエンゼルケアがあり、手足の位置や服を整えたり、タオルケットでくるむことだったのです……。」

 自衛隊は、戦闘攻撃が本来の任務のはずです。しかしかなり長期に救助活動に従事します。(米軍では、軍隊が戦闘行為から離れる最長期間は2週間です)今回は24万人体制で10万人が1か月以上動員されています。ということは、戦闘攻撃の本来の任務にとって10万人は余剰人員ということになります。
 今回のような震災・災害に備え、「攻撃」と「救助」という矛盾した二面性を抱えたままにしておくのではなく10万人は自衛隊から分離して災害救助隊として再編成される必要があります。「救助」に特化した訓練を重ねて備えた方が、緊急な事態に対してより積極的な対応ができ、隊員が受けるリスクも小さくなります。そして、恐怖のなかであっても「やりがい」を持つことができます。
 阪神淡路大震災の時もそうですが、救助活動で市民権を得て戦闘攻撃態勢を強化するのはずるいです。


当センター「いじめ・メンタルヘルス労働者支援センター」のホームページ・ご相談はこちらから
この記事のURL | 災害ストレス | ▲ top
長時間労働は労働者の人権を侵害している
2011/04/20(Wed)
4月20日(水)

 今、精神障害の労災認定の基準として、残業の時間数が論議されています。そこでは80時間、100時間、120時間、あるいは140時間という数字も挙げられます。
 これだけ聞いても問題がはっきりしませんが、1日24時間、1か月720時間から逆算するとわかりやすくなります。
 労働者は昼の休息を含めて9時間労働に従事します。
 NHKが5年毎に実施している世論調査では、労働者の1日の生活スタイルの平均時間は、睡眠時間が7.4時間、生活必要時間 (通勤時間を含む) が5時間となっています。それに労働時間9時間を足すと、21.4時間です。残りの2.6時間を趣味・娯楽時間に充てることができます。

 以前の安全衛生法改正の検討会において、労働者が6時間以上睡眠をとった場合は医学的に脳・心臓疾患のリスクはないが、5時間未満だと脳・心臓疾患の増加が医学的に証明されていると説明されました。
 リスクがないと言われる6時間の睡眠に、労働時間9時間と生活必要時間5時間を足すと20時間です。そうすると使用者と厚労省は残りの4時間を残業に充てることができ、問題はないと判断します。4時間の残業を週5日行うと4週で80時間になります。
 これが80時間の基準の根拠です。
 睡眠が5時間未満だと脳・心臓疾患が増加するということで最低睡眠時間5時間を保障した場合の判断基準が100時間の基準の根拠です。
 現在の労働基準法では最低週休1日しか保障していません。週労働6日は違法ではありません。土・日曜出勤をした場合や生活必要時間が5時間未満でそれを残業に充てた場合の基準として120時間や140時間があります。
 使用者と厚労省は労働者の最低限の睡眠時間以外はすべて自分たちの管理・支配下にあると捉えているのです。このような基準そのものが労働者の人権を侵害しているという主張を広げていく必要があります。

 厚労省は2006年3月、「過重労働による健康障害防止のための総合対策」 を策定し、具体的には1か月100時間、2~6か月平均では月80時間、長期間では月平均45時間以上の時間外労働は健康障害のリスクが高い、時間が長くなるほどリスクが高くなるということを踏まえ、適切な就業上の措置を総合的に講じることを提案しています。
 月平均45時間以上の時間外労働は健康障害のリスクが高いのです。
 残業の上限を45時間に制定させなければ労働者の健康は守れません。
 労働基準法36条は改正させる必要があります。

 EU (イギリスを除く) の労働時間指令は、労働者の健康と安全の保護を目的としています。そこでは週労働時間の上限は48時間とされています。しかし恒常的に48時間働いているという労働者はいません。例えば、ドイツの場合、1日当たりの労働時間は8時間を超えてはならないとなっているが、6か月間の平均で8時間を超えなければ1日の労働時間を10時間まで延長できるということを含めてです。
 そしてEU指令は1日につき最低連続11時間の休息期間を求めています。さらに1週間ごとに最低24時間の絶対休日を求めています。
 日本の生活必要時間が平均が5時間となっていますがEU指令の休息期間とは位置づけが違います。計算は家族単位の家事時間を二分の一にします。日本の正規労働者の通勤時間は他と比べて突出しています。家族やその他の時間を犠牲にして生活が維持されています。

 日本でも情報労連傘下の7社は、2009年春闘から残業終了から翌日の勤務開始までの勤務間インターバル制度の導入を経営者と妥結しました。2社が10時間、7社が8時間です。
 情報労連の勤務間インターバル制度10時間もおそらく最低限の睡眠時間5時間プラス生活必要時間5時間の計算だと思われます。勤務間インターバル8時間も保障されない状況があったのでしょうか。そうだとしても確立した制度を今後さらに延ばす交渉をしていけば労働者の健康は守られていきます。

 一方に過重労働と体調不良者がいて、一方に5%を超える失業率と就職浪人がいます。
 日本の厚生労働省には労働政策がありません。


     当センター「いじめ・メンタルヘルス労働者支援センター」のホームページ・ご相談はこちらから
この記事のURL | 長時間労働問題 | ▲ top
悲しみを喜びにするために
2011/04/18(Mon)
4月18日(月)

 4月16日、東京で、「済州島四・三事件63周年追悼の集い」が開催されました。東日本大震災のため、開催が例年より遅れました。
 済州島四・三事件は、金石範の長編小説『火山島』で知られるようになりました。1949年、アメリカと李承晩政権は政権を確立するため、反対運動を押し切って南朝鮮単独での選挙を強行しました。朝鮮半島の南に浮かぶ『火山島』・済州島では反対した人たちだけでなく多くの住民も韓国軍によって弾圧、虐殺されました。
 家族を殺された遺族は、軍事独裁政権下では悲しむと“アカ”と言われるため「悲しむ自由」もありませんでした。死者のために涙を流すことさえ罪に問われました。
 毎年命日を迎える真夜中12時、遺族は口を手で蔽い、押し殺して泣いて過ごしてきたといいます。事件の真実が掘り起こされ、軍事政権が終焉するとやっと大声で泣けるようになったといいます。
 人には「悲しむ自由」があります。泣くことができる自由を獲得した時、自分を取り戻し、泣くことが歓びになりました。

 今回の東日本大震災では多くの方が一瞬のうちに亡くなりました。残された者はなかなか心の整理ができません。どのようにして乗り越えるか、一緒に乗り越えることができるのでしょうか。
 聖路加国際病院の日野原重明理事長は、4月11日の毎日新聞で「死別の悲しみ寄り添う本」3冊を推薦しています。
 まず、『愛する人を亡くした時』(E・A・グロルマン編著)です。
死別の喪失感は、
 「愛児を失うと 親は人生の希望を奪われる
  配偶者が亡くなると ともに生きていくべき現在を失う
  親が亡くなると 人は過去を失う
  友人が亡くなると 人は自分の一部をうしなう」
と言います。

 もう1冊がグリーフケアの古典であるG・E・ウェストバーグ著『すばらしい悲しみ -グリーフが癒される10の段階-』(地引網出版)です。
 Griefとは「深い悲しみ」の意味です。著者は、深い悲しみが癒されるには10段階のプロセスがあるといいます。そのそれぞれの段階の特徴と、どうしたらその段階を乗り越えることができるかを説明しています。
 「深刻な悲しみ」には5つの特徴があります。①身体的苦痛、②死への願望、③死への願望、④罪責感、⑤行動様式の喪失、です。
 10段階は、喪失(肉親・知人などの死・家屋や財産の消失)に立ち向かうにあたってはほとんどの人が立ち向かわなければならないプロセスです。すべての段階を通る必要はないし、順番通りである必要はありません。
 
 10段階を紹介します。
 第1段階。ショック状態に陥る。
 ショック状態とは、悲しみがあまりにも大きい時、その悲劇的な体験に反応して一時的に感情が麻痺してしまうことです。一時的な現実逃避です。
 周囲の者の対処方法は、すべてが崩れ去った時に対応できるようその人のそばにいてあげることです。できることを可能な限りさせることは癒しになるので取り上げないことです。
 第2段階。感情を表現する。
 感情をいたずらに封じ込めることは、自分自身を傷つけることです。感じた悲しみを表現することが必要です。気恥しい場合には、一人になり、自然に出てくる感情に身を委ねます。
 第3段階。憂うつになり孤独を感じる。
 感情を表現した結果、ひどい憂うつと孤独を感じるようになります。周囲の者はそっとそばにいてあげます。「放っといて」という反応でも通常、本心は違います。心が平安になり、心配が本物であると理解したなら援助は大きな進展を見せます。
 第4段階。悲しみが身体の症状として表れる。
 悲嘆を原因とする身体的な症状が現れるのは、10段階ある悲しみのプロセスのある段階で止まってしまっています。その段階に含まれた感情的な問題を乗り越える手助けを周囲の者がしない限り、病気は回復しません。
 第5段階。パニックに陥る。
 喪失を体験するとき、そのこと以外に何も考えられなくなってパニックに陥ることがあります。悲しみの時に何事にも集中できないのは悲しむことと同じくらい自然なことです。パニックでさえ普通のことだと知ると心の安らぎを得ます。
 喪失以外何も考えられない時期を乗り越えるためには、今までとは違った新しい人間関係を築く必要があります。
 第6段階。喪失に罪責感を抱く。
 「正常な罪責感」と「神経症的な罪責感」があります。
 「正常な罪責感」は、社会的基準で考えて気が咎めるようなことをしたり、なすべきことをしなかったりしたときに感じます。「神経症的な罪責感」は、個々の問題によって生じる実際的な関わりとはまったく不釣り合いな罪責感を抱いてしまうものです。
 罪責感をそのままにし、自分自身の感情が理解できずにいると、惨めな状態が続き、悲しみを原因とする様々な身体的症状に悩まされます。罪責感に向かい合いことは大切なことです。恐れず、恥ずかしがらずに周囲に語ることが必要です。
 第7段階。怒りと恨みで一杯になる。
 少しずつ憂うつから抜け出していくと、これまで自分では気付いていなかった怒りや恨みなどの強い感情を表現できるようになります。これらの感情は人間にとって普通です。
 しかし恨みは健康的な感情ではなく、それに心を支配されるなら、有害なものになります。にもかかわらず、恨みは、悲しみが癒されるプロセスの正常な一部分です。人間は、責任を負うべき人をいつも探しもとめています。
 第8段階。元の生活に戻ることを拒否する。
 悲しみを癒す作業によってすっかり元気を取り戻し、日常の生活に戻りたいと本気で願っていても、心の中の何かがそれを拒否します。自分の体験した喪失が何か特別のものであり、それがどれだけ大きなものであったか他人には全然わからないと感じているのです。周囲の者は他のことをしゃべっていて、自分1人が悲しみの中に取り残されているかのようです。
 誰かが、それを覚えていて挙げなければなりません。「何もなかった」という状態に戻してはならないのです。
 さらに、元の生活に戻ろうと試みる時、それが耐え難いほどの痛みを伴うものであることを知ります。そこで、新しい状況に対処して戦うよりは、悲しみ続けることを求めます。新しい予測不可能な世界に身を置くより、悲しみの中にいた方が快適なのです。慣れ親しんだ状況にとどまっていたいのです。
 愛した人の記憶が薄れないように助けてあげて、お互いに関心を表しあうことは友人の務めです。
 第9段階。徐々に希望が湧いてくる。
 周囲の者からの愛情を受けていると、自分の考えの非現実的な部分が見えやすくなり、「生きていてよかった!」と思えるような人生に1歩近づきます。そして、他のあらゆる人生経験も、再び意義あるものになってきます。
 第10段階。現実を受け入れられるようになる。
人は深刻な悲しみの体験をすると、まるで違う人のようになります。その出来事への対応次第で、以前よりも強い人間にもなれば弱い人間にもなり、心が健康にもなれば病むこともあります。
 悲しみを癒す作業を1人ですべきだという考えは誤りです。
 周囲の者は「悲しみなさい。しかし、他の望みを持たない人々のようにではなく」と言います。
 現実を受け入れようとしはじめると、現実世界を恐れる必要などないということに気が付きます。
 「素晴らしい悲しみ」です。

 復興のためには、まず「心の復興」を実現させなければなりません。
 それが人が住む街の復興の礎になります。


    当センター「いじめ・メンタルヘルス労働者支援センター」のホームページ・ご相談はこちらから
この記事のURL | 災害ストレス | ▲ top
山口委員に辞任を 厚労省に事実経過の説明を要求します
2011/04/15(Fri)
4月15日(金)

 4月14日、第5回精神障害の労災認定の基準に関する専門委員会が開催されました。第3回の委員会で問題発言をした山口浩一郎委員は何事もなかったように出席して発言していました。
 再三になりますが山口委員は確かに「地方公務員の判断指針は緩くできている。なぜなら地方公務員は残業しないから、5時で帰るから、該当者がいないから基準が緩くてもいいんだ」と発言をしました。厚生労働省も認めています。

 発言は何が問題なのかを整理してみます。
 1つに、労災認定における残業時間の基準については医学的根拠があります。
 日常生活のなかで月80時間の残業時間は、9時間の労働時間、6時間の睡眠時間、5時間の生活時間(含む通勤時間)以外をすべて残業に充てた時間です。80時間以上ということになれば睡眠時間の減少か休日出勤をすることになります。80時間でも通常の生活を送っているとは言えません。
 ましてや100時間や120時間の基準にするほうが安全だという医学的根拠もなく、人間の生理的状況においてはだれでも異常をきたします。
 いずれも使用者の安全配慮義務を免除し、労働者を人間と見なしていないのです。
 かつて貿易摩擦の原因として挙げられたのが日本の長時間労働でした。
 現在、厚労省は日本の年間労働時間を1700時間代と発表しています。しかしこの数字は超長時間労働者と短時間労働者の二極化を含めた平均です。実態が隠されています。
 同じように、労災認定者数を抑えることで国際世論から日本の労働実態を覆い隠しているのではないでしょうか。

 2つ目に、山口発言は、判断指針は医学的根拠も他の根拠もないということを暴露しています。
 民間の判断基準の方が、まず認定者数があって、逆算して認定基準を定めるという方法を取っているのです。
 委員会はそのことを容認する機関でしかないのです。

 3つ目に、地方公務員は残業しないから、5時で帰るということは事実に反します。
 山口委員はどこをどのようにして調査したのでしょうか。
 実態は、行政改革による人員削減やクレーム処理で長時間労働が蔓延しています。
 政府やマスコミが、地方公務員を住民の不満のはけ口に仕向けるためストレスも蓄積しています。

 4つ目は、山口委員は事実に反することをあたかも事実であると発言して、他の委員を残業時間の判断基準を長い方に誘導したことです。

 5つ目は、問題発言であったと、山口委員からの申し出か厚生労働省の独自の判断下で議事録から削除したことです。
 いずれかが双方は問題発言だと捉えたのです。
 しかし公開で解された委員会の議事録を簡単に削除することは許されるのでしょうか。委員会は山口委員や厚生労働省の個人的期間ではありません。厚生労働省は他の委員会や審議会などでもこのようなことをしているのでしょうか。
 傍聴者の存在は無視されました。
 委員会を誘導し、流れをつくりながら、議事録はその部分を削除して、委員会は冷静に進行したという記録を残し、最終的には報告書を作成するのでしょう。
 これでは精神障害の労災認定の基準に関する専門委員会の「専門委員」と厚生労働省は一体となって民意を排除してあらかじめ予定された報告書を作成するためのセレモニーを行っているとしか受け止められません。

 このようなことを踏まえ、改めて、
 1、山口委員の委員会からの解任
 2、議事録捏造にいたる経緯説明
を要求して行きます。


     当センター「いじめ・メンタルヘルス労働者支援センター」のホームページ・ご相談はこちらから
この記事のURL | 厚労省 交渉・審議会 | ▲ top
| メイン | 次ページ