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カジノ  利用者・ストレス 労働者・健康被害 地域・崩壊  三方に悪影響
2020/01/15(Wed)
 1月15日 (水)

 1月10日、厚労相の諮問機関である中央社会保険医療協議会は、政府が進めるカジノを含む統合型リゾート (IR) の設置をめぐってギャンブル依存症患者が増えることを予想し、今年4月から治療を公的医療保険の適用対象とする方針を示しました。自己責任で行うカジノや競馬、パチンコなどのギャンブルの依存症治療に、公費や保険料などでまかなう公的保険を適用します。
 深刻なギャンブル依存症患者問題が発生することを政府自身が予測しているということです。政府がギャンブルを推進して患者を作り、治療を公的医療保険の適用対象として医療費の増大を進めます。
 一方で今、政府は、医療費が拡大しているとして財源確保のために高齢者に対してもその負担を高めています。さらに消費税率もアップしました。


 さらにギャンブルは行う側だけでなく、従事するサービス業労働者の健康被害も及ぼします。
 韓国では1967年に外国人向けカジノが合法化され、17あるカジノのうち16は外国人用です。韓国人も入場できるのは、2000年に開業したカンウォンランドだけです。

 韓国における感情労働の問題をとり上げた2011年9月16日の 「ハンギョレ新聞」 です。タイトルは 「〔低い声〕 灰皿投げられても喉首捉えられても… “愛しています、お客様”」 「感情労働者の涙」 です。
「あなたのご両親が亡くなっても笑わなければならないとしたら?
 一般人としては想像だに難しいことだ。だが、こういう状況に置かれている人々がいる。
 ほかならぬ ‘感情労働者’ だ。‘感情労働’ (emotional labor) という単語は米国の社会学者ラッセル ホックシールドが著書 <管理される心:人間感情の商品> で書き初めて世間に知られた。感情労働は本来の感情は隠し職業上他の表情と身振りをしなければならない状況を称する。美容業、コールセンター、販売職、カジノディーラー、スチュワーデスなどがこれに該当する。韓国ではまだ統計上 ‘感情労働者’ の項目が別になく、販売・サービス職従事者統計を根拠に630万人余りの感情労働者がいると推定している。
 ちょっと見には感情労働者は華麗に見える。労働をする場所がホテル、デパート、カジノのような消費の上層を占める空間であるためだ。だが、こういう華麗さの裏面に ‘蝕まれた心’ が存在するということが専門家たちの指摘だ。

 今回の ‘低い声’ ではカジノ ディーラー、デパート販売職に従事する女性感情労働者の声を聞いてみた。彼らは “中が腐る一歩手前” とし鬱憤を晴らした。以下の記事はインタビューを土台に独白再構成されたものだ。名前は全て仮名だ。

   特級ホテル カジノディーラー キム・ジョンミン氏

 こんにちは。私はソウルにある特級ホテルのカジノでディーラーとして仕事をしているキム・ジョンミンといいます。年齢は28才で経歴5年目です。初めて入社した時は私の特技である中国語を思う存分活用できるという夢を膨らませていました。しかし、教育を受けた時から何か変でした。基礎的なディーラー技術を習ってからは継続的に ‘忍耐’ 教育を受けました。会社では "無条件に我慢しろ" とばかり言いました。"カジノという所はお金を得る人より失う人々が多いので、顧客が怒るのは当然だ" と言いながらです。 
 教育を終えて現場に投入されると、なぜこらえなければならないのか実感できました。悪口くらいは基本ですよ。お金を失った顧客がテーブルを叩き、ののしり、乱暴を働いてもじっとしているほかはありませんでした。そのように教育を受けたからです。 韓国のお金で最大8千万ウォンまでベッティングが可能ないわゆる ‘大口’ 顧客たちにはより一層気を遣わざるを得ません。実際ディーラーに何の罪がありますか。自分たちが失敗してお金を失ったのに、なぜ私たちが災いをみな受けなければならないのですか。

  "お金を失い、なぜ八つ当たりするの
  灰皿投げるのは止めてください
  各種疾病にうつ病まで…
  あと5年やったら辞めます"

 私たちはタバコの煙にも無防備に露出しています。勤務が終われば喉に痰がいっぱいです。賭博する人々はなぜタバコをあんなにたくさん吸うんでしょうか。自然にテーブル上の灰皿も多くならざるをえません。ところで灰皿が最近、陶磁器からプラスチック製に変わりました。お客さんが腹が立てば投げるからです。よく知っている後輩はお客さんの投げた灰皿に当たって病院で治療を受けたこともあります。本当に生命の脅威を感じる程度まで達して初めてプラスチック灰皿に変えたんですよ。
 顧客たちの暴力はそれでも耐えることができます。あまりにひどければ保安要員が制止したりするからです。でも、外国人が自分たちの言語でするセクハラは本当に我慢できません。私たちが聞き取れないだろうと思って、あらゆるわい談をならべます。私たちはみな分かっていますね。 ほとんど全員が外国語を特技として選ばれた人々なのに、それが分からないと思いますか? ア、考えただけで怒りがこみあげてきます。

 勤務環境も劣悪です。朝6時~午後2時、午後2時~夜10時、夜10時~朝6時、このように3交代で回ります。一回時間が指定されれば2か月連続で勤めます。深夜班になれば2か月間何をして暮らすのか、ぼんやりしています。一日8時間勤務で良いですって? 中間に昼休みもありません。ご飯を10分で食べなければなりません。そのためかディーラーたちの大部分が神経性胃腸病を持っています。ここに一日中立っていると首・腰・膝が全て良くありません。太陽の光を見られずに屋内生活だけする結果、うつ病症状も出てきます。精神科診療を受けている同僚も多いのです。私も3年目になって、からだが壊れていくのが感じられましたよ。風邪を引くとなかなか治りません。名節ですって? 外国人対象カジノなので国内の名節とは関係ありません。ストレス解消はどのようにするかですか? 大部分は ‘お酒’ です。不規則な勤務時間のせいで友人たちと会うことも難しく、仕事を終えて同僚たちとお酒を飲むのがストレス解消の全てです。からだはもっと壊れることですね。本当に、私はぴったり5年だけ働いて辞めます。ぴったり5年だけ。」

 11年11月28日の 「ハンギョレ新聞」 です。
「感情労働とは顧客満足のために自身の感情を抑制し、常に親切な表情と語り口で応対しなければならない労働形態を意味する。販売・サービス業の競争が熾烈になる中で労働者に過度な親切を要求する傾向が増え関連業種従事者らのストレスとうつ病が激化している。昨年11月、民間サービス産業労組連盟が労働環境健康研究所とともに民間サービス労働者3.096人を対象に職種別うつ病程度を調査した結果、専門的な相談が必要な重症以上のうつ病が化粧品販売員の場合、32.7%、カジノディーラー31.6%、レジ26.5%と現れた。これは事務職の23.9%、施設職23.7%より高い数値だ。」


 なぜIR誘致を進める動きが出てくるのでしょうか。横浜市の例をあげます。
 市が作成した資料では、「IRによる納付金や入場料収入、さらには法人市民税や固定資産税、都市計画税によって年間820億円から1200億円の増収効果が期待できる」と試算されています。この金額は、横浜市が1年間に企業から得られる法人市民税 (570億円=2017年度決算) をはるかに上回る数字です。個人市民税に頼ることへの懸念は、超高齢化社会を迎えるなかで、今後の税収増は望めず、逆に医療や介護に使われる費用は増えることが予想されること。
 これに加え、年平均額で約900億円かかるという老朽化した公共施設の建て替え期限も迫っており、市の定期的な“出費”は増える一方というのが市の説明です。
 IRは市の財源確保に寄与するだけでなく、市の資料によると、運営時には年間6300億円から1兆円の経済波及効果があり、さらには年間7万7000人から12万7000人の雇用を生み出すとしています。


 だからといって市政をギャンブルに委ねていいのでしょうか。
 地元の反対集会での江田憲司衆議院議員の発言です。
「カンウォンランドに行ってきました。自殺率トップで奇怪な風景の町。そうなってしまったと地方自治体の人が嘆いていましたよ。もう、青少年に顔向けできないんだと。昔、石炭の町だった。炭鉱が閉鎖されて、カジノが地域振興の目玉ということで我々は誘致した。しかし、15万人あった人口が3万8000人に減ってしまった。奇怪な風景の町とはなんでしょう。風俗店と質屋とサラ金が立ち並ぶ町。金をすった人が野宿をし、地域住民と諍いを起こす。治安が乱れ、風紀が乱れ、小学校が隣の町に移転した。カンウォンランドの社長は最高検検事出身で国会議員出身。韓国でパチンコを禁止した方なのですが、『江田さん、横浜でもカジノを誘致する動きがあると聞いていますが、横浜は人口何万人ですか?』 と聞くので、370万人と答えると、『絶対辞めた方がいい』 と社長が言うんですよ。(中略) 『江田さん、横浜みたいな大都会に設置したらもう、規制をしたり監督すればいいというレベルを超えて、大変な事態になりますよ。絶対に辞めた方がいい』。社長の言葉を噛みしめて帰ってきました」
 江田議員は、カジノで成功したシンガポールも昨年視察しました。
「シンガポールは明るい北朝鮮といわれるほど、規制・監督・取締国家です。顔認証、指紋認証で、個人カードにはすべての個人情報が入っています。植栽の陰には、監視カメラが町中に張り巡らされています。タクシーで乗り逃げしても翌日には捕まる。それほどの規制・監督・取締国家だからこそ、やっと成功しているのがシンガポールです。懸念される風紀、治安、反社会的勢力とのつながりですが、20、30年前に、そういう組織は壊滅して、今はひったくりの類しかいないそうです。シンガポールは、きわめて例外的なカジノの成功例です。(中略) 我々、横浜の将来、我々の子供や孫の将来を真剣に考えると、横浜のカジノ誘致は選択肢として絶対にありえないと思います」


 統合型リゾートでは膨大な利権がうごめきます。すでにその動きは明らかにされています。
 ギャンブルは、まず主催者が儲けます。ですからすべてのひとが儲かるわけではありません。次に一部の客が儲けます。外国人向けカジノは儲けたお金は海外に送られます。多数のすってしまった客等の対応をするのがサービス業に従事する労働者です。
そして、統合型リゾートを誘致する地域の政策そのものがギャンブルです。市として、地域としてすってしまう危険性があります。

 労働者の健康に害を加えて金儲けをするようなことは金額の多寡にかかわらずやめるべきです。労働者の健康を害する産業はいりません。

  「いじめメンタルヘルス労働者支援センター」 ホームページ・ご相談はこちらから
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薬では飢えや乾きは治せぬと 水路作った中村医師逝く 
2020/01/06(Mon)
   謹 賀 新 年 

 「中村哲氏 世界を照らす」

 ・アフガンの大地に水を引いた日の 中村医師の輝く笑顔
 ・「一隅を照らす一灯でありたい」 と記せし中村哲氏 世界を照らす
 ・先生を返せ お前も井戸を掘れ 正しいことなら何故撃って逃げた
 ・「悔しい」 とただそれだけを思い泣く 中村医師を知る人はみな
 ・質問にはぐらかさずに答えてた中村医師の人柄偲ぶ
 ・恩人と敵の区別ができなくて自動小銃放つバカモノ
 ・アフガンの大地に水と人の 「道」 創りし仕事 中村氏逝く
 ・生きるため傭兵になる男らを 緑の大地に導きし人
 ・薬では飢えや乾きは治せぬと 水路作った中村医師逝く
 ・日本で政治家をして欲しかった中村哲は偉大なる人
 ・無残でも無駄と思へぬ死に様を 中村哲は吾らに示す
 ・井戸を掘る (比喩でありまた比喩でなく) アフガニスタンに中村医師死す
 ・訃報までその存在もアフガンでの偉業も知らざりし 己を恥じぬ
 ・助けんと尊きことを為すも人 容赦なくいのちを奪うも人ぞ

 「朝日歌壇」 は4人の選者が10作品ずつ選びます。12月29日にはアフガニスタン・ペシャワールで銃殺された中村哲氏についての作品があわせて14首選ばれました。中村氏の人柄とその活動をたたえるとともに、その無残な死を惜しんでいます。

 「ストライキやらんで、組合の役はないんじゃないか」

 中村医師は小説 『花と竜』 などの作家火野葦平の甥にあたります。
 『花と竜』 の主人公は任侠玉井金五郎で、モデルは火野葦平の父親です。後半には火野葦平そのものがモデルの息子・勝則も登場します。
 金五郎は北九州・福岡県若松港で、筑豊炭鉱から掘り出されて若松港に運ばれてきた石炭を帆船に積み込む荷役を請け負う請負師です。請負師は仲仕を抱えて仕事をします。
 1910年代末になると、請負師の中の小頭が集まって聯合組を作ります。金五郎はそれとは別に 「小頭組合」 の結成に奔走します。
 炭鉱会社は大型運搬船を取り入れ、運搬費を安くするために請負師にも工作します。聯合組と小頭組合が衝突するようになります。小頭組合が切り崩される危険性が予想されると勝則は金五郎に提案します。
「あくまで、こっちの主張を貫徹しようというのでしたら、今よりもっと強力な組織が必要です。それで、沖仲仕労働組合を作った方がよいと思います」
 了承されると続けます。
「きっとお父さんが小頭組合を作ったときと、同じことが起きるでしょう。どうも、変ですね。請負師というものは、僕には、働く者の側に立つ人としか思われんのに、友田さんは、いつでも、労働者の敵に回っとる。・・・友田さんの居るかぎり、仲仕に有利になることは考えられません。友田さんは資本家と結びついています。これに対抗するには、組合の力以外にないと思うんです」

 荷役も機械化されていきます。「三菱炭積機建設問題」 が起きます。
 建設中止嘆願書が作成され、反対運動が起きます。
「洞海湾における数戦の石炭仲仕は、石炭荷役をすることによって、僅かに、生きている。然るに、次々に、荷役は機械化され、仲仕の仕事は減少した。仲仕の生活は、貧窮の底に叩き落された。そのうえ、またも三菱炭積機が建設されるということは、そのまま、仲仕の飢餓と死を意味する」
 しかし止めることまではできません。
 金五郎は、小頭組合総会で小頭組合として、三菱、三井、麻生、住友、貝島、その他をふくむ 「若松石炭商同業組合」 に対して、転職救済資金25万円を要求することを提案し、決議されます。
 しかし交渉はうまく進捗しません。

 金五郎の妻マンは2人に何度かストライキを進めます。
「お父さん、あれよ、あれ、ストライキ、もう、その一手よ」
「勝則、お前、なんのために、仲仕の組合作ったの? こういうときに、ストライキやらんで、組合の役はないんじゃないか」

 小頭組合総会で怠業が決議されます。
 しかし決議を破る組が出てきます。後ろで手を引いているのは友田です。金五郎は、友田を訪ね直談判します。そしてストライキの同意書に署名させて判を押させます。
 総罷業を決行することが決定されます。
 しかし当日操業を続ける船がありました。金五郎は船に乗り込み、機械を止めます。洞海湾内のすべての沖積荷役は停止されました。
 総罷業は、石炭を掘り出す炭坑元をはじめ、鉄道、桟橋、汽船、湾岸諸工場、関門地方から阪神地方までさまざまの影響を起こし重大化します。
 石炭商組合に、最終的に6万円と争議費用3千円を支払わせます。
 下請の 「経営者」 連合と一般労働者が協力して、無統制の、強い者勝ちの労働現場に秩序と規律を作り上げて争議に勝利します。

 集団の力で大資本、ゼネコンにモノを言う

 似たような争議を、今、全日建運輸連帯労組が展開しています。労働組合のホームページから引用します。
 労働組合は今、権力から60人を超える組合員が不当な弾圧をうけ、長期の拘留も続いています。

 生コン業界で働く労働者の賃金を上げるには、生コンの単価を上げることが必要です。そのためには中小企業を協同組合に結集させて、集団の力でゼネコンやセメントメーカーに運賃などを含めた値上げを求めていかなければいけません。より多くの事業者を協同組合に入れる取り組みが必要です。競争にのみ込まれてしまうと、必ず値段の買いたたき、ダンピングが始まります。多くの中小企業が協同組合に結集し、集団によるスケールメリットを拡大させることができれば、大資本、ゼネコンにモノが言えます。

 しかし、こうした状況に慣れてくると業界側は労働組合との対決姿勢をあらわにします。
 2004年から、これまで協同組合に参加していない「アウトサイダー」といわれる業者17社、18工場を協同組合に入れようと議論をしてきました。その結果、「大同団結をしよう」ということで、協同組合に入ることが決まりました。ところが、このなかから2社ほどがゼネコンやセメントメーカー、あるいは権力から圧力を受けて、協同組合への加入の約束を反故にします。
 労働組合は約束の履行を求め、会社に申し入れに行くと、警察は 「威力業務妨害」 をでっち上げて、05年ごろから弾圧を始め、弾圧は5次にわたりました。その結果、業界はまた混乱した状態が約10年間続きました。

 15年に業界の有力な人たちから労働組合に業界再建に向けた協力の要請がありました。
 要請に対して労働組合は 「協力は惜しまないけど、今までの約束をどう履行するのか」 「生コン価格の適正化を図ったときに、出入り業者の運賃も見直してほしい」 と求めました。
 約束とは、1リューベ=100円を積み立てて、日々雇用の人たちに対する相互扶助、あるいは技術センターや生コン会館をつくることでしたが、結局、弾圧でつぶされてしまっていました。
 業界側は私たちの要求に対して、「約束する」 と明言しました。
 こうして、2015年に大阪府下の3協同組合(大阪広域協組、阪神生コン協組、レディース生コン協組)が大同団結し、今や164社、189工場を擁する日本最大の生コン協同組合にまで成長しました。組織力も高まり、生コンの値段も高めになりました。
 しかし業界側は生コンの値段上昇を背景に収益を上げたにもかかわらず、出入り業者 (ミキサー輸送、セメント輸送、ダンプ) へ値上げの還元をしないので、労働組合はストライキを展開しました。ストに対して、業界側は「自分たちの権益が侵された」と思い込み、「威力業務妨害」 「恐喝」 などと事件をつくり上げます。労働組合と業界団体が共同でつくった大阪広域協組を、今、一部の人間が牛耳って、労働組合を敵視しています。

 権力は、中小企業が大同団結し、労働組合といっしょに大資本にモノを言うという産業民主化の流れが、やがて関西から全国に広がることを恐れています。この対立に介入して弾圧つづけています。たとえ協同組合をつぶしても労働組合がまた再建させるので、まずは労働組合をつぶそうということです。
 一部の業者だけに膨大な利益が集中しているような状況が続けば、生コン業界の崩壊につながります。
 権力の労働組合つぶしを全国の労働者の力を団結させて跳ね返していかなければなりません。

 一時的な 『焼石に水』 に終らないように

 昨秋、藤野豊著 『「黒い羽根」の戦後史 炭鉱合理化政策と失業問題』 (六花出版) が刊行されました。終戦直後から1960年の三池闘争までの政府の石炭政策、炭鉱地帯における失業問題がテーマで、最後は、59年8月に始められた「黒い羽根運動」が取り上げています。
 「黒い羽根運動」 は、政府が閉山を推し進めながら失業対策には取り組もうとしないなかで、地元自治体も対応する力量を失って学校の給食体制も維持できなくなってしまったなかで、炭坑一帯の家族を襲う住宅・食料問題、子どもたちの教育問題に対して、全国から 「赤い羽根募金」 をまねた形式で支援することが目的でした。1本10円の募金、寄付金で炭坑失業者の家庭に食料、医療、学用品などを供給するとともに政府に対して失業者救済の施策を求めます。
 自治体や労働組合ごとに、そして社会運動団体、キリスト教関連団体が運動を展開しました。

 報道機関もさまざまな角度から取り上げます。文化人も運動への協力を呼びかけ全国化していきます。
 朝日新聞は運動の進行とあわせて賛同を求める報道を続けました。9月7日に掲載された火野葦平の意見です。
「生活にあえいでいる人たちを救おうという運動が起きているというが、いくらかの金を集めるだけでは焼け石に水のような気がする。小さな手をさしのべることももちろん大切だが、もっと大きな政治の手を動かして、思い切った救済と復活策をとってもらいたい」
 9月14日の紙面には、火野葦平の 「黒い地獄――かつての石炭天国にあえぐ失業者たち」 の論稿が載っています。
「売春防止法でも、女たちの行先を作らずに禁止だけをしたために、悪弊のみを残した」 ことを教訓に 「黒い羽根によって多くの募金が集まって欲しいけれども、それが一時的な 『焼石に水』 に終らないようにしなくてはならない」 「この際、早急に、思い切った政治的対策と復活を祈ってやまない」
 この火野葦平の思いは、自らが指導した若松港での争議での教訓と仕事を追われた仲仕たちへそれと重なります。炭鉱の栄枯を近くで見てきました。

 運動は世論を喚起し 「炭鉱離職者臨時特措法」 を成立させます。

 火野葦平――中村哲 そして私たちの今年

 火野葦平の思いは、生活のために働く労働者を路頭にまどわさないようにすること。
 中村哲の思いは世界中で憲法9条を豊富化し実践すること。
 火野葦平の一時的な、表面的な問題の解消ではなく根本的な、そして恒久的な解決方法を希求する思いと、アフガンでの中村哲医師の実践は似ているように思えます。
 その思いをしっかりと受け継いでいくことこそが大切です。

 2020年を、貧困・格差を解消し、労働者がよりよい生活を送ることができる 「共に生きる」 社会を作り上げていきましょう。
 「生きるため傭兵になる男らを 緑の大地に導きし人」 のような活動を広めることが地球上から武器を持って争うことをなくすことにつながります。辺野古基地建設を阻止しましょう。沖縄に基地はいりません。そのような社会を目指して手をつないでいきましょう。


   涙を流して種まく人は
    歓喜をもって収穫をする
     そのための努力を
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ああ、光州よ、無等山よ
2019/05/24(Fri)
 5月24日 (金)

 1980年5月18日から10日間、韓国・光州で学生・市民らによる民主化運動が繰り広げられました。27日早朝、「市民軍」 がたてこもっていた旧全羅南道道庁は戒厳軍によって制圧されます。その後も弾圧は続きました。死者・負傷者数はいまだ不明です。
 最近になって市民が銃をとる引き金ともなった高校生への弾圧に関する本が出版されたりしています。

 それから39年が過ぎます。
 5月18日、光州で犠牲者追悼式典が開催され、文在寅大統領が演説しました。文氏は大統領就任直後の2017年5月の式典で、光州事件などの民主化運動の理念を憲法前文に盛り込むと表明しました。しかし野党の強い反対で改正のめどは立っていません。
 「憲法前文に運動の精神を盛り込むとした約束を今まで守れていないことが申し訳ない」 と謝罪しました。さらに 「虐殺の責任者や (兵士による) 性暴力問題、ヘリコプターからの射撃など、明らかにしなければならない真実がまだ多い」 と述べ、政府を挙げて事実解明を続けることを表明しました。


 11年9月13日の 「活動報告」 の再録です。
 当時、「市民学生闘争委員会」 のスポークスマンだった尹祥源 (ユン・サンウォン) さん (映画 『光州5・18』 の主人公のモデル) は、ソウルに出て働いていた時、平和市場で焼身自殺をした全泰壹のオモニ李小仙さんが開設した労働者のための夜間学校の手伝いをしていました。
 光州にもどって 「野火夜学」 を開設します。その時に一緒に手伝いをしていたのが朴棋順 (パク・キスン) さんです。朴棋順さんは 「労働者の永遠の姉」 と慕われていました。しかし78年冬、練炭ガス中毒ガスで亡くなります。
 25日、戒厳軍の襲撃が予想された “自由光州” の道庁では、学生たちにまじって、工順 (コンスン・女子工員) たちが炊き出し、連絡係、看護隊、放送担当と忙しく活動しました。「野火夜学」 の 「生徒たち」 です。
 尹祥源さんは立て籠もっていた道庁での銃撃戦で亡くなります。

 82年2月20日、尹祥源さんと朴棋順さんの 「霊魂結婚」 式 (死んだ後に行われる結婚式) が生き残った仲間たちによって執り行われました。仲間たちは 『イムのための行進曲』 を2人に捧げます。作詞は作家の黄ソギョン、作曲は金ジョンニュル。

  愛も名誉も 名も残さずに
  命かけようと 誓いは燃える
  同士は倒れて 旗のみなびく
  やがて来る日まで ひるむことなく

  時はゆくとも 山河に響け
  我らの叫び 尽きない喚声
  立ち上がれ友よ かばねを越えて
  いざ前に進まん かばねを越えて

 光州蜂起30周年の5月18日光州を訪れました。 「5、18記念公園」 の墓地にはたくさんの市民が眠っています。ですからいつもだれかが訪れています。そしをて墓の前で拳を振り上げながら 「イムのための行進曲」 を歌います。
 尹祥源と朴棋順の2人の名前が並んで刻まれた墓石があります。
 闘いは受け継がれて行きます。

 しかし、市が主催する追悼集会では20数年間歌われつづけてきた 「イムのための行進曲」 はプログラムからはずされました。遺族会が抗議して檀上に近づくと追悼集会は中止になりました。
 政権とともに歌われたり取りやめになったりします。


 「イム」 とはどういう意味なのでしょうか。詩のなかにはよく登場しますが、特に日本においては難しい概念です。
 金学鉉著 『荒野に叫ぶ声 恨と抵抗に生きる韓国詩人群像』 (柘植書房 1980年) から探ってみます。
「ニムについて多くの人が語っている。(引用文献は省略)
 『先生の一生のニムは 『民族』 であった。……先生のニムは衆生であり、また韓国であ
 るがゆえに、韓国の衆生すなわちわが民族がそのニムであった』
 『……ニムはあるときは仏陀となり、自然にもなり、日帝に奪われた祖国にもなった』
 『かれのニムは仏陀でも異性でもない。まさに日帝に奪われた祖国であった』
 『私が憧れ、相手も憧れるものがすべてニムであるという。このニムはいうまでもなく韓
 国であった……』
 『……ニムははたしてだれだろうか、ニムは愛人であり、仏教の真理それ自体で あり、韓国
 人全体を意味する。……この詩集の主題はこの国に住むすべての人である。
 衆生である。』
 『……数種のニムをすべて認める仏教でいういわば 『衆生』 をその代表的ニムと確定する
 ことにする』
 『ニムがなにを印象あるいは象徴しようと……1人の詩人の生命の焦点が、熱慕の対象が、
 感情のもっとも高まった頂点が、ニムとして放出されたのである。したがってこの場合重要な
 ことは、そのニムが愛人であるか、友人であるか、祖国か、民族かということにあるのでは
 なく、1人の詩人がその生命と情熱のすべてを捧げる対象をもっていたという点である。』

 ところで、このようにニムの像が多様性をおびてくる原因の1つは、もとはといえば 『ニムの沈黙』 (詩人萬海・韓龍雲の詩集 1926年上梓) の冒頭に書かれた序文にあたる 〈ぜい言〉 のせいでもある。この 〈ぜい言〉 のために、詩人高銀が述べているように 『凡俗で退屈な離別の恋歌をまったく異なる領域に押し上げることができた』 とも言えよう。
 〈ぜい言〉 はつぎのとおりである。
 『愛人 (ニム)』 だけがニムではなく 憧るるものすべてニムである 衆生が釈迦のニムな
 ら 哲学はカントのニムである 薔薇のニムが春雨なら マッチーニのニムはイタリアであ
 る ニムは私が愛するだけではなく 私を愛するのである
  恋愛の自由だとするならニムも自由であろう しかしおまえたちは耳ざわりのいい自由
 という名の つつましい拘束を受けているではないか おまえにもニムがあるのか ある
 とすればニムではなく おまえの影にすぎないのだ
  私は夕暮れの野に帰り道を失いさまよう幼い羊がいとしくて この詩をしるす

 ニムの正体はこの 〈ぜい言〉 においてその全貌をあらわしていると言える。私は以前、ニムを 『存在するものを存在たらしむ愛の対象』 として考え、それは、愛しきもの、憧るるもの、讃えられるもの、待ちわびるものであり、ニムはこれらすべてが混然一体をなして、時にはそれが奪われた祖国となってあらわれ、ある時は一切衆生となってあらわれるものとして把握した。そしてこのニムとの 『離別』 を新たな生へ導く弁証法的過程としてとらえようとした。しかしながら、もっとも大切なことを忘れていたようである。すなわち、なぜニムの 『沈黙(・・)』 かという点である。問題は 『沈黙』 の方にあるのではないか、どうしてニムは沈黙しなければならないのか。」

 ニムの姿がおぼろげながら浮かんできます。「沈黙」 は、遠藤周作の小説 『沈黙』 を想定することができるでしょうか。


 韓国の民衆の意識をとらえようとするとき、もうひとつ 「恨」 という日本では理解がむずかしい概念があります。どう理解したらいいのでしょうか。
 著者の説明です。
「『恨』 と 『抵抗』 の織りなす歴史がわれわれの生きる歴史である、と言ってもそれは言い過ぎではないように思える。なぜわれわれは苦難の歴史を生きなければならないのか。なぜ、われわれはごくあたりまえの、自律的な生にあずかることができず、つねに他人のいけにえにならねばならないのか。
 『大国』 の利益のために国土は分断され、東西対立の最前線に身をさらし、自らの手で創造しえず、波間に漂う一葉の小舟のように、時代の激流に押し流される。民族の統一という荷が重すぎるのだろうか。でなければ運命の女神の意のまま 『諦念』 のなかで我をすっかり忘却させてしまったのだろうか。
 1945年の解放以来今日まで 『過渡期』 のなかでわれわれは生きてきた。『過渡期だから』 『仕方がない』 『明日のためにがまんしよう』、北においても南においてもこの言葉が、いかに威力を発揮してきたことか。今もそれは変わりない。そして、一方では今日の苦難・不幸が外部勢力いわゆる 『外勢』 に困る、という観念が固定してしまった。近代化の過程において徹底した 『我』 の自覚が行なわれる余裕もなく、時代の移り変わりにただ身を任せ、そのつど異なる思想にとびついた。はたしてわれわれは独自の思想を想像してきたことがあったのか。あるとすればそれは一体どのような思想だったのか。」

「苦悩の百年を経て、われわれはようやくにしてわれわれ自身のたしかな思想、哲学を持とうとしている。輸入された借り物の思想でなく、『恨』 の歴史のなかで、金芝河の言葉を借りるならば、韓国の民衆が 『これまで個人的自我と同時に、集団的自我のなかで、数知れぬ傷を受け、抑制を受け、踏みつけられてきた過去の哀しい歴史になかで蓄積されてきた恨み』 (李恢成訳 『不帰』、中央公論社) の爆発をつうじて想像される思想である。
 この思想は一個人あるいは特定の階級の歴史ではない。集団の思想である。あるすぐれた哲学者の思想でもない。民衆の、人間らしい生にあずかることができず抑圧され、利用され、くずのように捨て去られてきた人々の、『人間として』 生きるがための思想である。」

「『恨』 というのは、要するに個人的・集団的を問わず、解放されることのない 『気』 の状態を意味する。『恨』 は文学的意味合以前の、われわれ韓国人の生と深くかかわっているもの――ある意味ではわれわれの生それ自体の在り方、といったほうが正しいかもわからないが――生の生成過程において常に胸の底にうっ積している情緒をいう。
 ふつうわれわれは 『恨』 という言葉をよく使う。ごく一般的な日常の言葉でもある。それは個人的な場合と、集団、あるいは民族全体の場を問わず等しく使われ、怨恨・恨歎・くやしさ。憤懣など、いわば発散できずに常にしこりとして残っている感情を言い表す言葉である。」


 「ニム」 にしても 「恨」 にしても韓国の歴史のなかで培われてきたものです。
「わが国は、海を渡り国境を越えて執拗に伸びてくる外勢に抵抗した歴史の繰り返しであるが、ちなみに、李朝までの外敵の侵入回数をあげるとつぎのとおりである。衛氏朝鮮以前のおよそ2年間に外敵の侵入が11回に達し、三国時代には大陸から110回、海洋から32回、高麗時代には大陸から125回、海洋から417回、李氏朝鮮時代には大陸から192回、海洋から168回で、大陸と海洋合わせると計931回の侵入を受けている (この記録は宋建鎬著 『韓国民族主義の探求』)。
 そして近代の波が押し寄せてくるようになると、外勢もその様相が変わってくる。外勢と手を結ぶ内部の権力層 『内なる外勢』 が台頭し、逆に今度は外勢を引き込んでくるようになった。李朝時代以来の特権階級の事大思想は連綿としてつづくのである。」
「『朝鮮をして倭国とならざるよう』、祖国を外勢に奪われまいとする東学農民の悲劇はそのまま民族の悲劇でもあったが、その後の歴史は逆の方向に歩んだ。」


 そして1980年を迎えます。
 1979年4月18日、ソウルでの 「『4・19』 19周年記念講演会」 で光州出身の詩人・趙泰一(1941年生まれ) は自作の詩を朗読します。

   あなたたちは地下に横たわって言う
    ――「4・19」 19周年に寄せる献詩――

  あなたたちは地下に横たわって言う
  われらの死が20年にもなれば
  目をつぶる時にもなったが
  どうしても閉じられない目を開いて
  悔しさに胸を叩きながら言う

   (中略)・・・

  あなたたちは地下に横たわって
  わたしたちに繰り返し言う
  4月は いっせいに動いた月
  馬蹄よりもなお勢いよく駆けた月
  退け もはや独裁の旗を降ろせと
  退かなければわたしが死ぬんだと
  死んでも必らず歴史を想像するんだと
  若いからだを銃剣にあずけ
  自由を 民主を樹立した月
  閉ざされた声を張り上げ 永遠を叫んだ月
  民族の良心を残らず磨きに磨いて
  革命のためすべての偽りをわれがちに捨てた月

   (中略)・・・

  行動した 斃れた
  斃れながら永遠をみたのだと
  4月は 退かない月
  4月は 5千年の深い眠りを覚ました月だと
  あなたたちは地下に横たわって いまも言う


 それから1年1カ月後に光州民主化闘争は繰り広げられます。
 光州民主化闘争のさなかに戒厳司令部によって逮捕された詩人・金準泰 (1949年生まれ) は、長編の詩を発表します。

   ああ、光州よ、われらが国の十字架よ

  ああ、光州よ、無等山 (ムドウンサン)よ
  死と死のはざまで
  血の涙だけが流れる
  われらが永遠の青春の都市よ
  われらの父はどこへ行ったのか
  われらの母はどこで斃れたのか
  われらの息子は
  どこで死に どこに埋められたのか
  われらのかわいい娘は
  また どこで口を開けたまま横たわっているのか
  われらの魂は また どこで裂かれ 散り散りになってしまったのか

  神と鳥の群れも
  去ってしまった光州よ
  だが 人間らいい人間だけが
  朝に 夕に 生き残り
  倒れても倒れても ふたたび起き上がる
  われらの血まみれの都市よ
  死によって撃退し
  死によって生きようとした
  ああ 慟哭だけの南道 (ナムドウ)
  不死鳥よ 不死鳥よ 不死鳥よ
  潮風が荒れ狂い
  この時代のすべての山脈が
  虚勢を張り そびえ立つ時
  だがだれも引き裂くことはできない
  奪うこともできない
  ああ 自由の旗よ
  人間の旗よ
  肉と骨の凝結した旗よ

   (中略)・・・

  光州よ、無等山よ
  ああ われらの永遠の旗よ
  夢よ 十字架よ
  時が流れれば 流れるほど
  いっそう若返る 青春の都市よ
  いま われわれは 確かに
  固く結ばれている 確かに 固く手を取りあって立ちあがる


 いまも 「5、18記念公園」 で、仲間との思いでの場所で、労働運動の現場で、それぞれの心のなかで 『イムのための行進曲』 は歌われています。闘いは受け継がれて行きます。
 来年は40周年。光州を訪れます。

 「活動報告」 2018.5.18
 「活動報告」 2014.5.13
 「活動報告」 2012.8.10
 「活動報告」 2011.9.13
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緊急事態条項は檻のなかのライオンに外から鍵を開けること
2019/05/08(Wed)
 5月8日 (水)

 憲法記念日からは日にちがずれていますが憲法記念日集会に参加しました。
 講師は、前文部科学省事務次官の前川喜平さんです。タイトルは 「守り抜こう!憲法9条 不戦の誓い ・・・みんなの声と力をあつめて 止めよう戦争!」 です。
 前川さんは、今、福島、厚木などの夜間中学でボランティア活動もしています。安倍政権から解放された元官僚の姿がありました。


 安保法制は2014年9月18日に成立してしまいました。私はその夜に仕事が終わった後、次官になる前でしたが、国会正門前のシールズの若者たちのデモに参加しました。この法案は明らかに憲法違反であると思っていましたから、国家公務員でしたがこれはおかしいとおもって1国民として、一度は反対の声を挙げておかなければならないとおもっていました。「9条を守れ」 「安倍はやめろ」 と声を挙げていました。昔のシュプレヒコールでは 「9条はいらなーい」 「安倍はやめろー」 ですが今はラップのリズムです。私もラップ調で一緒にしました。

 安保法制は集団的自衛権を前提にするもので明らかに違憲です。自衛隊は合憲と考える人であっても個別的自衛権の範囲でしか自衛権を行使できないと考えていました。
 元自衛官で、亡くなられましたがた茂呂さんという方がわかりやすくいっています。自衛官は命をかけて日本を守るためにいるんだ。しかし集団的自衛権というのは他人の喧嘩を買って出る話だ。縁もゆかりもないところに行って、自分としては何の恨みもない人に戦争を仕掛けることを認めるのが集団的自衛権。そんなことをやったら逆に恨みを買う。これからの戦争というのは国と国との戦争ではなくてテロだ。テロは自衛隊では防げない。

 安倍改憲4項目の中で9条2を追加するということは間違っています。
 アメリカと同盟関係だとよくいいますが、確かに今日米は同盟関係です。しかしアメリカと一緒に戦争をすることは間違っています。第二次世界大戦後、他の国に行って一番戦争をした国はアメリカです。そのアメリカと一緒に戦争をするということは、世界中で他国に行って戦争をすることになります。このようなことは絶対にしてはいけない。
 これは新たな富国強兵政策です。実際経済は回っています。国が回っているからです。しかし安倍政権の考えは、国家を個人より重要なものととらえる倒錯した思想です。戦前回帰志向です。日本人、日本民族という自分たちが世界の中心だという自民族中心主義です。これは戦前の「国体」思想と同じです。

 安倍首相はいろいろなものを私物化しています。
 安倍首相が考えている美しい国とは、戦前のような教育勅語の道徳教育を信奉する、洗脳されるような国をいっているようです。
元号を説明した時も、記者会見で 「くにがら」 という言葉を使いました。「日本の国柄を次の世代へ引き継いでいく」。くにがらという言葉は国体と同じように死語です。72年前に日本国憲法が施行されて以来、使えないことになっています。
 むしろ日本国憲法は人類普遍の原理に立っています。日本だけの憲法ではありません。人類の歴史の波に積み重ねられてきた知恵が詰まっています。そのことは日本国憲法の前文に書いてあります。人類という言葉はもう一回第97条に出てきます。
 そもそも憲法は、人類普遍の原理の上に立っています。先行する様々な憲法を作った人たちから引き継いできたものです。例えば憲法25条の生存権はドイツのワイマール憲法を引き継いでいます。第一次世界大戦のあと、二度とこんな戦争してはするまいと当時の人たちは思いました。そして1928年にパリに集まって 「パリ不戦条約」 で誓い合いました。戦争は国際法上違法なんだということを申し合わせました。これは人類が到達した1つの見識でした。
 それまでの社会は、国と国は戦争をする権利がある、宣戦布告さえすればいいということでした。そうではなく戦争はそもそも違法なんだということを宣言しました。

 しかし 「パリ不戦条約」 の3年後、日本は満州事変を始めました。日本やドイツが戦争を始めました。
 1945年に第二次世界大戦が終わって何千万人という人が死んで、こういうことは二度と繰り返してはならないということで国際連合がつくられ、国際連合憲章がつくられて国際条約が結ばれました。国際連合憲章は改めて戦争は許されないということを国際法上しっかりと確認しました。その際に、武力の行使と武力による威嚇もしないということも決めたわけです。
 それをいち早く取り入れたのが日本国憲法です。それを46年11月3日に公布して取り入れます。9条の思想は、人類が積みかさねてきた戦争は違法だという思想をうけついだものです。人類が到達した最高地点、成果をそのまま憲法は取り入れているのです。そういう意味で、日本だけでなく人類のものだといっていいと思います。

 しかし安倍政権の系譜の人たちは憲法改正を進めようとしてきました。
 改正しようとする人たちの頭の中にあるのは、日本というのは特別に優れた国だという 「国体」 思想です。その人たちが使う言葉が 「くにがら」 です。
 「日本の国柄を次の世代へ引き継いでいく」は言葉を変えれば国体の護持です。国体という言葉は、日本国憲法が書いている象徴天皇制ではありません。天皇は神様に由来するという神話的国家観です。
 それに基づいて国に忠誠心を持って尽くすものこそが立派な人間だと評価します。個人は国家に従属するものだという考え方です。それで憲法を改正しようとしています。


 安倍政権が進めているネオ富国強兵政策は、具体的には、経済政策は弱者切り捨ての新自由主義経済です。小さな政府こそがいい政府だという考え方です。
 一方で教育政策に表れてくるのは国家主義、自民族中心主義です。こういう新自由主義と国家主義の合同政策が安倍政権の政策です。
 これが教育政策のうえではっきりと表れたのが第一次安倍政権のときの、2006年の教育基本法の改正です。国家主義的な、全体主義的な目標が盛り込まれました。道徳心を培う、公共の精神にもとづき社会発展に寄与する態度を養う、伝統と文化をはぐくんできた郷土を愛する態度を養うという文言が入りました。
 道徳心、公共の精神や国を愛する態度とかをどう考えているかというと、個人を超越した国家があることを前提にしています。これが教育基本法に取りこまれました。

 もうひとつ、教育基本法の改正で政治の介入が強まりました。
 かつての教育基本法を変え、法律の根拠があればいくらでも権力が介入できるという考え方を盛り込んでしまいました。具体的にはかつての教育基本法第10条に 「教育は国民全体に対して直接責任を負って行われるべきもの」 とありました。つまりは、間接的民主主義の政治プロセスを経ない、政治権力に支配されるものではないということです。
 ところがこの文言がバッサリなくなり、代わりにどういう文言が入ったか。「教育は法律の定めるところにより行われるべきものである」、つまりは法律に基づいて行われるものというふうに書き直されました。そうすると法律的根拠さえあれば、いくらでも国家権力が教育に介入できるということになりかねないです。

 憲法上は、いくらでも国家権力が教育に介入できるというものではありません。学問の自由がベースにあり、ねじ曲げられてはいけないです。
 道徳についても憲法の価値観に外れるような教育をしてはいけません。憲法が保障するバリアがあって、それを超えて国家権力が介入することはできません。
 しかし改正された教育基本法だけをみると法律の根拠さえあればいくらでも国家権力、政治権力が介入できるように読めてしまいます。

 このようにして政治介入が非常に強くなってきています。
 教育現場の自主性を侵害する、介入しようとする動きが非常に強まっています。
 例えば、去年の2月に名古屋の中学校がある元文部官僚 (?!) を呼んだのですが、政治家が介入してきました。文部科学省の私の後輩たちは弱腰で、政治家にいわれたことを唯々諾々と受け入れてしまいました。授業の録音テープをだせといいました。名古屋市の教育委員会も現場の校長も非常に立派な対応をし、録音テープを出しませんでした。賢い賢明な対応をしました。
 例えば、教科書の検定、採択もそうです。市町村の首長や議員が声を出してこれは採択するなどと言ってきている。教育の自主性を侵害するような介入が増えています。

 もう一つは、憲法の理念に背くような教育をさせようとする、自分で判断しないで全部言うことを聞けというような国家主義、全体主義に資するような道徳教育のような動きが強まってきています。
 特に教育の自主性の侵害ということでは性教育もそうです。異常な関心を持っていまして、性教育をしようとするとそれは家族のあり方にそぐわないといってきます。
 しかし性教育に関しては、2011年に東京高裁から政治の介入に対して鉄槌を加えるような判決が出ています。確定判決です。
 東京都立七生養護学校で、知的障碍者が学ぶ特別支援学校で、ある事件が起きたことをきっかけにちゃんとした性教育をしなければいけないということになりました。教職員が知恵を絞って教材を作り、知的障害がある子どもたちがちゃんと自分と他者の人権を守る、自分の身体を大切にする人権教育の一環としての性教育の非常に優れたプログラムを開発し実践してきました。
 それに対して右翼系都議会議員がかみつきました。議員は東京都教育委員会の指導主事をつれて乗り込んできて使用していた教材を没収していきました。その後、東京都教育委員会は性教育をおこなっていた教職員を処分しました。それに対して教職員と保護者たちが不当だと裁判を起こしました。原告のいい方は 「心と身体の学習裁判」 です。
 判決は、政治家がおこなった行為は教育基本法が禁じている不当な支配であるといいました。教育基本法には 「教育は不当な介入に屈することなく行われなければならない」 とあります。これは改正してもかろうじて残っています。
 東京都に対しても処分は不当だとして取り消しを命じました。
 理由は、教育が政治から不当な介入を受けたとき、教育行政はそれをはねのけなければいけない、現場を保護する義務がある現場の自主性を守るために盾にならなければならないということです。それを怠った。
 教育行政は文科省にもいえることで、政治家が何かをいってきても拒否しなければいけません。

 教育の自主性を侵害する動きが一番激しく出てくるのが歴史教育です。
 安倍政権は、歴史修正主義者の集まりです。しかし修正ではなく、学問の自由によって積み上げられてきた蓄積を政治的意図をもって否定してしまいます。これは改ざんです。
 歴史改ざん主義は、特に戦前の日本軍は正しかった、悪いことをしなかったと強調しようとします。
 歴史学で明らかにされていることに文句をいうことが起こっています。例えば従軍慰安婦、日中戦争のときに起った南京虐殺事件での非戦闘員に対する虐殺、暴行などにたいして日本軍はそんな悪いことはしないという思い込みです。
 あるいは沖縄戦で集団自決について軍の強制はなかったとかいう人たちです。

 人はそれぞれ個性があります。人柄はそれぞれです。しかし今使えない言葉として「家柄」「国柄」があり、死語です。日本国憲法には存在しません。使いたがる人は戦前回帰の思考をもった人たちです。
 1997年に、若手の議員たちが 「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」 をつくりました。その代表が中川昭一です。中川を兄貴分とあおいで会の事務局長をしていたのが安倍晋三です。ここは歴史修正主義者の集まりで、文科省などに介入してきて教科書改ざんをしたりします。

 この歴史改ざん主義の安倍が2006年に総理大臣になった。その時に当時の文部省はやってはいけないことをしてしまいました。政権に忖度した教科書検定をおこないました。それ以前の検定では通っていた高校の日本史教科書で沖縄戦における集団自決の記述について通さなくしました。集団自決においての軍の命令、強制を全部消したわけです。
 発表されたとたんに沖縄では大きな反対運動が起きました。10万人を超える県民集会が開かれました。前知事の翁長さんがイデオロギーよりもアイデンティティーと路線を切り替えたのはこれがきっかけです。この検定は明らかに間違っています。

 当時から安倍政権への忖度があったのです。しかしどんなに歴史改ざん主義者が国会で多数を占めたからといって南京大事件がなかったとか集団自決に軍の関与はなかったとか、教えることは間違っています。学問の自由の積み重ねを否定することです。
学校で教えられること、教材の選定は学問の自由をベースにしていなければなりません。自由を基礎に評価はきめられなければならない。政治家が決めてはいけないのですが、政治の力で捻じ曲げようとしているのが今の現状です。

 忖度で委縮することはいろんなところで起きています。
 1つの例は、埼玉の公民館の9条俳句問題です。俳句サークルで優れた句を詠んだ人の作品は公民館だよりに載せるということになっていたのに、ある句については政治的な意味が含まれているから載せられないということになりました。「梅雨空に 9条守れの 女性デモ」。
 政治的な自由を表現することを政治的公平性、中立性ということで抑圧しています。学校教育ではもっと激しく起きています。
 政治的公平性、中立性がということが政治的規範を封じるために利用されています。権力側が都合よいように使い、当事者たちが委縮してしまいます。

 同じことがメディアで起きています。今の政権はメディアに対して公平性、中立性を強く求めます。取材でメディアが政治批判をしてはいけないと委縮していきます。
 加計問題についてさわりだけいいますと、安倍首相は2015年2月の段階ですでに加計理事長と面談し、獣医学部を作ってほしいと直接要請をうけ、いいねという対応をしています。愛媛県の文書には残っています。
 しかし安倍首相は国会で、新設の計画を初めて知ったのは2017年1月で、加計幸太郎と直接獣医学部のことについて話をしたことはないと答弁しています。安倍首相の答弁は虚偽答弁です。


 政治への忖度、政治の圧力で教育がゆがめられる、特に歴史教育がゆがめられる。ゆがめられた歴史教育をうけている子どもたちが増えてきたらどんどんおかしな国になります。
 もう一つは 国家主義的な観点からする道徳教育が政権によって推し進められています。私もそれを推し進めていた政権にいたわけです。

 ついに去年の4月から小学校で、今年の4月から中学校で道徳の教科化が始まりました。道徳の教科化とは何か。検定の教科書を必ず教材として使用すること、もう一つは子どもたちが道徳の授業を受けたことでどのように道徳的に成長したかを評価することが義務として教員に課せられました。
 道徳の教科書のなかには問題になることはたくさんあります。道徳以外でも強制されることが増えています。行動を規律していこう、校則を厳しくしていこうという傾向が教育基本法の改正以降全国的に強まっています。その一つで全国に広まっているのが無言清掃、無言給食です。
 個人の尊厳という日本国憲法がいちばん大切にしていることにはまったく触れていません。国境をこえた地球市民としての位置づけにもまったく触れていません。個と地球の欠如です。

 公教育は国が基準を決めていますが、それは憲法の範囲以内です。これが国民が憲法を作って国に守らせる立憲主義です。国は憲法の枠内でしか仕事ができません。
 そのことを広島の若い弁護士楾大樹さんが 『檻の中のライオン』 に書いています。ライオンは国家権力で、檻は国民です。国民はライオンを檻のなかに閉じ込めて鍵をかけてそこから出ないようにします。国家は憲法からはみでてはいけません。
 しかし今の道徳の教科書は憲法から導き出されないことがたくさんあります。例えば父母・祖父母に対する敬愛の念を持ちなさい。自然の感情として持つのはいいですが、父母・祖父母だから敬愛できると必ずしもいえますか。
 個人の尊厳は憲法が大切にしています。1人ひとりの命、生活、幸せが大事、1人ひとりが自分らしく生きられることが一番大事です。これはちゃんと教えなければいけません。そこから基本的人権、平和主義がでてきます。
 平和主義、戦争放棄は個人の尊厳から出てきます。戦争ほど個人の尊厳を踏みにじる害悪はありません。何百万人の尊厳が踏みにじられた第二次世界大戦のようなことは当然のことですが二度と繰り返してはいけません。

 私は、安倍政権を支えている人たちが、道徳教育について次に打ち出すのは何かと考えると、道徳の学習指導要領に天皇に対する敬愛の念を盛り込むのではないかと思います。これが入ったら教育勅語の考え方が完成します。親に孝はすでに入っています。それに天皇を敬いなさいが入ると忠と孝がそろいます。


 アメリカのホロコースㇳ記念博物館に、ファシズムを研究した政治学者のローレンス・ブㇼッㇳの言葉が書いてあります。14項目のファシズムの初期症候といわれるものです。
 1、強大で執拗な国家主義の宣伝 2、人権の重要性の蔑視 3、団結のための敵/スケープゴートづくり 4、軍隊の優位性/熱烈な軍国主義 5、性差別の蔓延 6、マスメディアの統制 7、国家の治安への執着 8、宗教と支配層エリートの癒着 9、企業権力の保護 10、労働者の力の抑圧もしくは排除 11、知性と芸術の軽視と抑圧 12、犯罪取り締まりと刑罰への執着 13、縁故主義と汚職の蔓延 14、不正選挙
 これらはすべて安倍政権に当てはまります。

 私がいちばん怖いのは憲法9条の改憲です。自衛隊を合法化するだけでなくて集団的自衛権を合憲化するということです。緊急事態条項は憲法をなきものにしてしまいます。『檻の中のライオン』 でいうと、檻のなかのライオンに外から鍵を開けることで憲法がなくなることです。

 憲法改正の4項目のうちに憲法26条3項追加があります。教育の無償化、教科書無償化、教育環境を整備するとあります。
 毒が含まれています。目的の中に、学習権の保証から外れたことが盛り込まれています。「教育が国の未来を切り開くうえで重要な役割を担うものでることに鑑みて」。国の役に立つならば環境整備をするが役に立たないならしないという論理が紛れ込んでいます。これは危険です。
 私も現役時代に帰さなくてもいい奨学金を何とか作りたいと思っていました。夜間中学校に行くための給付型奨学金の給付金が予算化されました。それ自体はいいことです。
 安倍政権が進めている給付型奨学金には大きな問題があります。
 出す大学は、産業界の要望に応える大学です。具体的には、実務家による教育が1割以上開設されている、大学の理事に産業界の代表が加わっているの条件を付けています。進学先で選別するのは問題です。なにを学ぶかは学生本人が決めればいいことです。既に起こっています。

 平和教育についてです。
 ユネスコ憲章の前文に 「戦争は無知から生じる」 と書いてあります。逆にいうと学ぶことで戦争は防げます。
 何を学ぶか。まずは隣の国の人たちのことを学ぶ、そして歴史を学ぶ、歴史に学ぶ、加害の歴史を学び被害の歴史を学ぶ、人類の歴史の積み重ねを学ぶ、核兵器を禁止する人類の知恵もあるということを学ぶ。そして世界を学ぶ、世界に学ぶ。
 現在の紛争のマイナスの面を学ぶだけではなくて、世界の知恵でどんなことがおこなわれているかも学ぶ。ICANの活動とか、国際教科書を作っているドイツに学ぶとか。
 ユネスコ憲章の前文には「戦争は人の心の中に生まれるものであるから人の心の中に平和の砦をきづかなければならない」とも書いています。これこそが本当の永久の平和の礎です。学ぶことで平和は達成されます。

 「積極的平和主義」 とは1958年にノルウェーの平和学者ヨハン・ガルトゥングが主張した概念です。単に戦争のない状態をいうのではなくて、人びとが幸せに暮らしている状態、人権が保障されている状態で生存権、学習権、表現の自由、思想の自由の条件が保証され、満たされている状況についてはじめて積極的平和主義という言葉が使われたのす。

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自衛隊は憲法違反です
2019/02/26(Tue)
 2月26日 (火)

 国会で、野党議員が以前に首相が発言した、自衛隊の息子が 「お父さん、自衛隊は憲法違反なの?」 と泣きながら聞いたというのは実話かと質問をしました。
 答弁した首相は 「私がうそをいっているというのか」 と語気を荒げました。
 話がかみ合いません。首相は自衛隊批判の発言は一切許さないというような意気込みでした。

 その少し前、「梅雨空に 『九条守れ』 の女性デモ」の俳句がさいたま市の公民館だよりに掲載されました。
 ここに至るまで大変な闘いがありました。市が 「公平中立であるべきという観点から好ましくない」 という理由で掲載を拒否したことに対して市民は訴訟を起こしました。昨年12月21日までに最高裁が市に5000円の支払いを命じる判決を出したことにより市民側の主張が認められました。
 今、憲法9条を議論するだけでも困難が伴います。

 
 子どもたちが憲法、憲法9条を知るのは学校の授業においてです。
 9条の説明・解説は、憲法前文から進められていきます。
「・・・これは人類普遍の原理であり、この憲法はかかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。・・・」
 前文と各条文は一体のものです。
 9条です
「第2章 戦争の放棄
第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」

 子どもたちだけでなく自衛隊は憲法違反なのかと聞かれたら、そうだという答え以外ありません。
 授業でそれ以外の解釈がおこなわれたら教師の読解力が問われます。意図的解釈をしたとしたら偏向教育です。

 そして第99条は 「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」 です。
 市民が 「九条守れ」 と主張することが 「公平中立でない」 と判断するさいたま市の行為は憲法を守るなということで憲法違反です。


 たしかに9条をめぐる論争はずっと続いています。政府は手を変え品を変えて自衛隊の定着化、強化を続けてきています。
 かつては、防衛大学を受験するクラスの仲間に受検を止めるよう説得する活動が各校でおこなわれました。
 沖縄が 「返還」 されても、沖縄の住民が期待した状況はもたれませんでした。それどころか自衛隊が反対運動をしり目に沖縄に駐留を始めます。そのなかで住民は沖縄戦のとらえ直しを始めます。そして 「軍隊は住民を守らない」 の認識を強めます。現在の辺野古基地建設反対の意思表示につながります。

 自衛隊が改めて世間に曝されたのは海外派兵をめぐったPKO法案の国会審議です。自衛隊が海外に派遣されるということだけでも恐怖でした。戦闘加担だということで連日国会を取り囲んだ抗議行動が続けられました。国会内では審議を遅らせて廃案に追い込もうとする野党議員による牛歩戦術がとられました。国会内外が1つになって反対運動を展開しました。
 しかし法案が通過すると世論は変化していきました。


 自衛隊の評価を大きく変えたのが阪神淡路大震災です。
 自衛隊の災害支援活動について、18年10月12日付の文春オンライン 「『災害派遣』はいかにして自衛隊の 『本来任務』 となったのか」 に詳しく書かれています。

「そもそも自衛隊の災害派遣とはなんだろうか? 現在でこそ自衛隊の本来任務として災害派遣は位置づけられ、自衛隊法にも災害派遣に関する条文が存在する。だが、自衛隊の前身となる警察予備隊はその発足当初、災害派遣は任務として定められていなかった。
 ところが、災害が頻発した1951年には、7月、8月に福知山と善通寺の部隊が現地部隊長の判断により非公式に派遣された事例があり、同年10月のルース台風では、山口県知事の要請により、被害の大きかった山口県北河内村へ小月駐屯部隊の2個中隊300名が派遣され、物資輸送や道路啓開といった活動に従事している。このルース台風での事例が公式な初の災害派遣とされる。
 しかし、このルース台風の事例でも警察予備隊に災害派遣に関する規定はなく、総隊総監部 (現在の陸上総隊に相当) からの 『出行命令第一号』 によって派遣されている。法律の条文として災害派遣が定められたのは、1952年の保安庁法からだ。以降、自衛隊は多くの災害で部隊を派遣することになる。」

「この 『大災害には自衛隊』 という意識の浸透は、世論調査の中にも現れている。内閣府による2017年度の 『自衛隊・防衛問題に関する世論調査』 では、『自衛隊に期待する役割』 で 『災害派遣 (災害の時の救援活動や緊急の患者輸送など)』 を挙げた割合が79.2%と最も高く、『国の安全の確保 (周辺海空域における安全確保、島嶼部に対する攻撃への対応など)』 の60.9%を上回っている。
 国民が軍隊 (敢えてこう言った方がいいだろう) に見出す存在意義で、最も高いものが 「国防」 ではなく 『災害派遣』 であるのも、災害が頻繁に襲ってくる我が国らしいと言えばそうだが、この傾向が見られるようになったのは、実は割と最近になってのことだ。」

「前述の内閣府による世論調査は、1972年度から3年に1度行われているものだ (ただし、1995年度は阪神淡路大震災後に例外的に行われている)。1972年度の調査から2014年度の調査まで、自衛隊に期待する役割、存在目的について、『災害派遣』 と 『国の安全の確保』 の推移についてグラフ化してみよう。・・・
 1972年度から 『国の安全の確保』 に大きく差をつけられてきた 『災害派遣』 が、阪神淡路大震災後に行われた1995年度の調査で一気に抜き去っていることが分かる。自衛隊の存在目的を災害派遣に求める傾向は、阪神淡路大震災以降のものなのだ。
一方で、1972年度の調査の段階でも 『自衛隊がこれまでどんなことで一番役に立ってきたと思いますか?』 という質問に対し、74.4%が災害派遣と答えてトップになっている。自衛隊に対する評価とその存在目的は、多くの国民は別に考えていたことが分かる。ところが、それも阪神淡路大震災で評価=存在目的になってしまった感がある。」

「阪神淡路大震災を契機に、なぜ自衛隊に対する国民の意識に変化があったのだろうか。いくつか仮説を挙げることはできるが、ひとつは冷戦が終息し、日本周辺の安全保障環境が冷戦期と比しておおむね平穏になった時期と重なる点。実際、ソ連崩壊後初となる1993年度の調査では、災害派遣と回答する人が初めて20%を超えており、増加傾向が見られている。
 もうひとつは、1959年の伊勢湾台風から1995年の阪神淡路大震災までの30年以上、死者数が1,000名を超えるような大きな災害が起きていなかったことだ。・・・
 1959年の伊勢湾台風以降、長らく平穏な時期が続いていたことがわかる。その間に日本は高度経済成長を遂げ、阪神淡路大震災の被害の様子はカラー映像で全国に配信されるまでになった。災害映像のインパクトは計り知れない。2010年のハイチ地震は東日本大震災の10倍以上の死者行方不明者を出したが、津波が町を襲う様子が世界中に中継された東日本大震災と比べ、明らかに国際的なインパクトは小さかった。1995年当時、多くの日本人が経験していなかった大災害の映像は、その被害の大きさと共に多大な心理的インパクトをもたらしたことだろう。」

「阪神淡路大震災を契機に大きく変化した自衛隊に対する国民意識だが、そもそも当の自衛隊ではどうだろうか。先に災害派遣は自衛隊の 『本来任務』 であると書いたが、この本来任務は 『主たる任務』 と 『従たる任務』 に分かれており、災害派遣は従に該当する。主はもちろん国防だ。
 国防を第一義とする軍隊のマインドにとって、戦闘以外の任務に対する抵抗感が表出することがある。イラク戦争でイラク軍を打倒した後、米第82空挺師団の一兵士が上官に語った次の言葉が象徴的だ。『さあ、もう帰りましょう。私は下水道整備や学校建設の手伝いの最中に銃弾を食らったりするために第82に入隊したのではありません』 (福田毅 「米国流の戦争方法と対反乱 (COIN) 作戦」 『レファレンス』 2009年11月号 )。このような一兵士のマインドが象徴するように、戦闘に特化した少数部隊でイラクに侵攻した米軍だったが、この後に治安維持とイラク統治に失敗し、長期に渡り多大な犠牲を払うことになる。
 この米軍兵士ほど露骨ではないものの、自衛隊の災害派遣時でも、任務によっては隊員から不満が漏れることがある。しかし、自衛隊の広報や募集案内を見れば、災害派遣での実績が強調されているし、装備品の調達にあたってもかなり無理して災害派遣に絡めているものもある。国防という 『主』 と、現実の間に齟齬があるのは否めない。
 災害が相次ぐ現在の日本において、軍事的脅威より災害の方を身近な脅威と多数の国民が感じているのは無理からぬことだ。しかし、国民意識と自衛隊任務の乖離は、望ましいものではないだろうし、自衛隊側も無理してそれに合わせている感もある。任務のありようを見直すか、国民と自衛隊のどちらか、あるいは双方のマインドが変わるべきなのだろうか。」


 阪神淡路大震災のあと、自衛隊は1年間神戸に常駐しました。その間、三ノ宮駅前の歩道橋には 「自衛隊のみなさんありがとうございます」 の横断幕がかけられていました。消防など他の組織にはできません。暇な組織だなと実感しました。
 アメリカの軍隊は、災害支援への派遣は本来の任務ではないので最長2週間です。
 自衛隊法の 「主たる任務」 が同時期に発生したらどうするのでしょうか。そもそも人を殺すという攻撃の任務と、助けるという救援の任務は正反対です。「本来任務」 そのものが矛盾しているのです。
 現在の国際紛争をみるなら、領土争奪の軍事的戦争ではなく多くが市場獲得の経済的戦争になっています。国家が民族単位のものではなくなり、民族に関係なく交流がつづいているなかで領土争奪戦は自国民も虐殺してしまいます。
 軍備拡大が政府と軍事産業に関連する企業の企図する戦略になっています。その戦略は外交を排除して進められます。

 災害が発生し自衛隊が派遣されるたびにいわれますが、日本では自衛隊とは別の常駐の 「災害救助隊」 のような専門の組織を創る必要があります。そうでないと災害支援任務の釣り文句で自衛隊員が募集され、陰で強化・拡大されていきます。自衛隊員は混乱します。
 自衛隊は縮小・解散へと向かわせなければなりません。それはICAN運動の拡大で可能です。そのなかに九条をかかげてみると輝きは増します。

 「活動報告」 2017.12.15
 「活動報告」 2017.12.1
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