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「高プロ」、労働裁量制は経団連の要請
2018/02/23(Fri)
 2月23日 (金)

 2月18日付の朝日新聞に 「財界 団結から分散へ 崩れた55年体制 そしてグローバル化」 の見出し記事が載りました。「『財界の総本山』 と呼ばれた経団連 (日本経営者団体連盟) は、平成の間、その存在意義を問われ続けた。」 とあります。
 現在の経団連は、東証第一部上場企業を中心に構成されます。経済政策に対する財界からの提言および発言力の確保を目的として結成された組織で、経営者の意見を取りまとめて発信し、その利害が社会問題に対する見解や主張に反映されています。

 経団連とは別組織として1948年4月、大企業経営者の立場から労務政策を専管事項として議論・提言することを目的とした 「経営者が団結して戦うための戦略本部」 ・日経連 (日本経営者団体連盟) が発足します。「経営者よ強かれ」 のスローガンを掲げ、経営権の確立に乗り出します。
 戦後混乱期の多くの労働争議や三井三池闘争などの大争議に 「総資本」 の側から対応したのが日経連でした。しかし労使双方が疲弊すると双方が 「企業内組合」 「年功序列」 「終身雇用」 の労使協調路線にむかいます。
 1974年に会長に就任して1979年に退任した桜田武は 「官僚機構と裁判所と警察 (本音は軍隊) がしっかりしていたら日本は安泰」 と豪語しました。これらが連携して労働者や市民の抵抗を抑え込むという管理支配が進みました。

 米国の学者エズラ・ボーゲル著 『ジャパン・アズ・ナンバーワン』 には 「2度の石油危機を乗り切り、超インフレを抑えた日本の団結力に目を見張った」 とあります。その主役は労使でした。財界で労使と向き合ったのは日経連でした。第一次石油危機後の74年、当時の桜田武会長は 「大幅賃上げの行方研究委員会」 を設置し、74年春闘で32.9%を記録した賃上げを1ケタに抑える報告書を出すと、労組は賃上げ要求を抑えました。
 その後、労働組合は使用者にとりこまれ抵抗する力を奪われてしまっていました。労の側としては1987年総評が解散し連合 (
全日本労働組合総連合) が発足します。

 経済団体としては他に1946年に結成された、経営者が個人の資格で加入する会員制組織の経済同友会がありました。結成当初は第2次世界大戦後の経済再建を新しい経営理念で目指す若手経営者の集まりでした。国内外の問題に対して財界の立場から国の経済政策に意見や要望を表明します。
 桜田にいわせると 「経済同友会の活動は、過激な労働争議に脅える経営物側の “単なる仲良し団体” でした。

 これらに日商 (日本商工会議所) を加えた4団体について 「大企業の利益を代表する経団連、時代を先取りする同友会、商工業発展のための地域経済団体を総轄する日商、労働問題を専門に扱う日経連」 (白井久也 『危機のなかの財界』 サイマル出版1973年) といわれていました。


 1995年、経団連は報告書 「新時代の 『日本的経営』」 を発表します。労働者を① 「長期蓄積能力活用型グループ」 (総合職正規社員) ② 「高度専門能力活用型グループ」 (一般正規職員) ③ 「雇用柔軟型グループ」 (パート、臨時、派遣) に分けた雇用の方向づけをおこないました。
 雇用の柔軟化、流動化といっても①から②や③に、②から③になることはあっても、②から①に、③から②や①になることはほとんどありません。雇用は継続しても大幅な処遇の劣化が伴う対処方法の提案でした。
 この報告書発表に至る論議が2007年5月11日付の 『朝日新聞』 に掲載されました。
 94年2月25日、経済同友会は研究会を開催したが、そこでは激論が交わされます。
「企業は、株主にどれだけ報いるかだ。雇用や国のあり方まで経営者が考える必要はない」
「それはあなた、国賊だ。我々はそんな気持ちでやってきたんじゃない」
 前者はオリックス社長の宮内義彦で後者は新日鉄社長の今井敬。
 「終身雇用を改めるなら経営者が責任をとって辞めた後だ」 と今井に同調する日産自動車副社長塙儀一。
 「人口構成が逆ピラミッド型の高齢社会で終身雇用・年功序列は持たない」 と宮内を援護するウシオ電機会長の牛尾治朗。そして 「終身雇用が会社人間を作ってきた面もある。行き過ぎた会社中心社会を改める機会だ」 と主張する日本IBM会長の椎名武雄。
 さらに宮内は 「これまで企業が社会に責任を負いすぎた。我々は効率よく富を作ることに徹すればいい」 と発言。今井は 「苦労していない経営者に何がわかるか」 といら立つ。

 その後、日経連で同じ論議が始まり、決着がつかないまま 「報告書」 は発表されました。
 同友会の研究会に参加した富士ゼロックス会長の小林陽太郎は後に 「効率や株主配当は重要。場合によっては雇用にも手をつけなければいけないのは分かる。だが一にも二にも株主という意見にはちょっとついていけなかった」 と話しています。
 日経連は、労働対策では強権的姿勢をつらぬきながらく 「終身雇用」 を基本にした労使協調の地平を作り上げました。しかし 「新時代の 『日本的経営』」 は、新たな労使対立・紛争を生み出す危険性がありましたが経済同友会は関心がありません。

 富士ゼロックスは、九五年 「成果主義賃金制度」 を日本で最初に導入します。雇用を維持するためには、経営者は人権費予算増減の裁量権を持つ必要があるという論です。実際は 「成果主義賃金制度」 は、正規労働者の人件費縮小を目的にしたもので、この後、他社も取り入れていきます。
 「報告書」 を書いた日経連賃金部長小柳勝次郎は 「雇用の柔軟化、流動化は人中心の経営を守る手段として出てきた」 と振り返ります。「これが派遣社員などを増やす低コスト経営の口実としてつまみ食いされた気がする」 とも。
 この後雇用の流動化は加速します。これに反撃したのは、小さな組合・各地のユニオンでした。
 経団連が 「その存在意義を問われ続けた」 ずっと以前から連合は存在意義を問われ続け ています。


 2002年5月、日経連と経団連 (経済団体連合会) が経済政策に対する財界からの提言及び発言力の確保を目的として統合して発足しました。加盟企業のほとんどが重複していました。
 労使協調路線は強まり、「ストライキなどで労組とドンパチやる場面が減った。労使関係が安定すると、労組対策が財界に占める割合が落ちた」、日経連は労使間の対立の収束とともに役割を終えつつあるとの理由からでした。
 経団連は政権とタッグを組むことを目指します。労務対策が必要ない時代になっていました。そして連合はパートナーになりさがっています。


 世界人権宣言に基づく社会権規約委員会は、2013年4月30日にジュネーブの国連人権高等弁務官事務所で日本の社会権規約の実施について第3回の審議をおこないました。
 社会権規約は、さまざまな問題を取り上げ、労働における社会権保障としては公務員のストライキ権、雇用の機会均等、休息、余暇、労働時間の合理的な制限、定期的な有給休暇なども含みます。締約国は、取り組みの進捗状況を定期的に審査されます。
 日本政府の第2回報告の審議は2001年8月に行われ、見解が発表されました。これに対して日本政府は2009年9月に 「政府報告書」 を提出しました。
「4.休息、余暇、労働時間の制限及び有給休暇
 (1) 所定労働時間と残業時間
 労働基準法においては、休憩時間を除き1週間について40時間、1週間の各日については、休憩時間を除き1日について8時間を超えて労働させてはならないとされている (第32条)。この法定労働時間を超えて労働させることができるのは、非常災害の場合 (第33条)、又は、労使が書面で時間外労働に関して協定を行い、これを行政官庁に届け出た場合 (第36条) に限られる。」
 いかにも8時間労働がきちんと守られているかのようです。

 これに対し、国際人権活動日本委員会は12年3月に 「カウンターレポート」 を提出します。そこではNPO株式オンブズマンが労務上のコンプライアンスの現状を把握するために、経団連の会長・副会長歴任者出身企業の36条協定の実態を所轄の労働局を通じて得た情報を取り上げています。
 添付された表に、経団連の会長・副会長を出している16社の「日本経団連会長・副会長企業の36協定の概要 2009年4月12日現在」があります。そこでは1日の延長できる最大時間は、キャノン15時間、パナソニック13時間45分、三菱重工13時間30分、日立製作所13時間、三井物産12時間45分、東京電力12時間10分、みずほFG11時間などとなっています。キャノンの15時間の時間外労働協定は、休憩時間を除くと睡眠時間は保障されていません。
 月の延長できる最大時間は、東レ160時間、三井物産120時間、野村H104時間、新日本製鉄、新日本石油、パナソニック、東京電力が100時間などでした。13社が80時間を越える協定を締結しています。年の延長できる最大時間は、東レ1600時間、キャノン1080時間、三井物産920時間、みずほFG900時間、パナソニック841時間、三菱重工業720時間、トヨタ自動車720時間、新日本製鉄700時間などでした。
 各企業は無制限の残業時間を認める 「特定条項付き時間外労働に関する労使協定」 を締結すると 「違法ではない」 となります。協定を締結しているのは16社中、金融関係の3社以外は労働組合です。


 昨年12月4日付の朝日新聞に 「残業上限、過半が月80時間以上 過労死ライン労使協定225社調査」 の見出し記事が載りました。
 東証1部上場の主要225社について、16年10月時点で結んだ36協定について、各地の労働局に情報公開請求をしました。その資料をもとに、17年7月時点の協定時間を各社の本社に尋ね、179社から回答を得ることが出来ました。その結果、125社が月80時間の労使協定を締結し、そのうち41社が100時間以上の協定を締結していました。
 現在の経団連の会長・副会長を出している企業はどうでしょうか。会長を出している東レは100時間です。副会長の日立製作所は3か月400時間でした。大成建設150時間、三菱電機110時間、三井物産120時間、三菱商事100時間です。これ以外は80時間にしたと思われます。
 会長・副会長を出していない企業の状況は、IHI150時間、日本たばこ産業140時間、大林組150時間、東急電鉄150時間、東洋製缶GHD150時間、住友重機機械工業140時間などです。
 労働時間規制の“働き方改革”の法案成立がもっと早いと予測した対応でしたが、経団連の会長・副会長の企業が率先して労働時間の短縮・過労死防止に取り組むというような姿勢は見えません。各企業が法案の最長の協定を締結しています。
 では “消えた残業時間” はどこに行ったのでしょうか。人員増が行われたという話は聞きません。業務遂行の工夫が進んだという報告がありますが、ではこれまでは時間を浪費していたのでしょうか。工夫によって業務内容が過密となったり、これまで以上にゆとりがなくなったという話も聞きます。

 ゆとりがなくなった中で出退勤管理のごまかし、持ち帰り残業、下請け・関連会社への犠牲の転嫁が進んでいます。見せかけの短縮です。
 会社は長時間の協定を繁忙期対策だと説明します。しかし緊急時の時間外労働については緊急の協定を締結すればことたります。実際は “恒常的繁忙期” の状態を合法化しています。
 経団連にとって現在議論が進んでいる労働時間規制の法案は迷惑なことです。そのため、「高プロ」 と労働裁量制の拡大導入は必死です。政府は経団連に代わって労務政策を提起しています。しかし労働者にとって 「過労死促進法案」 は絶対に容認することはできません。

 厚労省の 「過重労働による健康障害防止のための総合対策」 (2002年2月12日付け基発第0212001号) では月45時間を超えると健康障害のリスクが高くなるとあります。労働者は健康障害のリスクをかかえてまで残業をする必要はありません。
厚労省は残業規制は過労死ラインといわれる月80時間ではなく、45時間を “健康障害防止ライン” として法規制すべきです。

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教職員の長時間労働
2018/02/20(Tue)
 2月20日 (火)

 文部省は、昨年末 「2016年 (平成28年) 度公立学校教職員の人事行政状況調査について」 を発表しました。その中の精神疾患による病気休職者数等について検討してみます。しかし、毎年少しずつ推移を検討するための資料が消えていき、実態が分からなくなっています。
 全国で児童生徒数が減少していますが、在職者数は04年以降910.000人台でしたが15年度に920.000人台になっています。正規教員数が増えたのではなく、休職者・産休・育休代替え、非常勤講師が急増しているものと思われますがその内訳はわかりません。体調不良者は定年後、再任用に応募しないし採用されません。そうすると必然的に在職者数は増え、休職者の率は下がります。
 新規任用者からは、「条件附採用期間を経て正式採用とならなかった者」、つまり1年は本採用ではなく2年目に至る時ふるい落とされたり、自ら任用を希望しない者がいますがそこにおける体調不良者の状況はどうなのでしょうか。産休・育休代替え、非常勤講師等は有期雇用ですが、体調不良者は継続雇用を希望しません。
 このような中で発表される数字から実態の分析はできません。
 数年前まであった、り患は勤務校での勤務がどれっくらい経ってからかのようなデータは消えました。

 とはいいながら、2016年の全国で精神疾患で休職している教職員の数は、在職者数920,058人中4,891人で0.53%を占めます。3年ぶりに5.000人を割っています。
 多いのは、中学校0.58%、小学校0.54%です。年代別では40代が0.62%、50代以上0.57%です。
 都道府県ごとの率の発表はありませんが、ここ5年間の推移をみると、東京は12年度466人、13年度529人、14年度525人、15年度528人、15年度560人と2度急増しています。何が原因なのか追及される必要があります。
 東日本大震災の被災地岩手県は人口が減少しているにも関わらず50人、51人、55人、60人、61人と増えています。惨事ストレスは、数年後に発症することもあります。
 一方、九州地方は人口の変動はさておくとして徐々に減少している傾向がみられます。例えば、大分県は73人、66人、52人、53人、47人です。


 地元紙は、地元の教職員の勤務実態を調査して発表することがあります。
 昨年9月5日の北海道新聞です。
 道教委は、16年11~12月における連続7日間の勤務時間などを、道内の86の公立小中高校と特別支援学校の教職員勤務実態調査校を抽出して調査をしました。
 その結果、中学教諭の約46.9%が、国が示す 「過労死ライン」 に達する週60時間以上の勤務となっていました。長時間労働の背景として、平日は授業の補助や準備、休日は部活動指導に時間を取られていることが影響しています。小学校では23.4%、高校は35.7%でした。
 最も多いのは、中学校で55~60時間、ついで50~55時間、60~65時間の順です。80時間以上も5%いました。小学校では、50~55時間、45から50時間、55~60時間の順です。
 休職者の推移は12年度220人、13年度216人、14年度217人、15年度201人、16年度180人です。全国の休職者の約4%を占めます。数字は埼玉県や愛知県とにています。教員数の推移はわかり合せんが、15年度の人口は5,381,733、埼玉県7,266,534、愛知県7,483,128です。
 文部科学省の全国調査では小学校33.5%、中学校57.6%で、いずれも全国平均は下回ったといいます。


 文科省の2016年度の調査では、残業が月80時間以上の状態が続いているなど 「過労死ライン」 に達している教諭が小学校で34%、中学校で58%に上っています。
 昨年11月28日、長時間勤務が問題化している教員の働き方について議論する中央教育審議会 (中教審) の特別部会は、教員の働き方改革について中間まとめ案をまとめました。それを受けて12月26日、文科省は 「学校における働き方改革に関する緊急対策」 を発表しました。 そこには
「政府全体の 『働き方改革実行計画』 において,時間外労働の限度について原則月45時間、年360時間と示されている。それを参考にしつつ、教師が、長時間勤務により健康を害さないためにも、勤務時間に関する数値で示した上限の目安を含むガイドラインを検討し、提示する。」
 とあります。勤務時間の把握については 「手段」 であって 「目的」 ではないとし、「国、教育委員会は業務の削減や勤務環境の整備を進めなければならないと自覚すべきだ」 と強調しています。

 教育行政の要求により、学校現場の仕事が次々と増やされてきたことへの 「反省」 にも言及しました。
 さらにこれまで学校と教員が担ってきた14業務を整理し、今後のあり方を検討しました。「登下校に関する対応」 や 「放課後から夜間の見回りや児童生徒が補導された時の対応」 「給食費などの学校徴収金の徴収・管理」 「地域ボランティアとの連絡調整」 の4業務を 「学校以外が担うべき業務」 に分類し自治体や保護者に委ねる方針を示しました。「調査・統計への回答」 「児童生徒の休み時間の対応」 「校内清掃」 「部活動」 「給食時の対応」 の5業務は 「学校の仕事だが教員以外も担うことを検討」 に分類。「授業準備」 「学習評価や成績の処理」 「学校行事などの準備・運営」 「進路指導」 の4業務は 「学校と教員の仕事だが一部は教員と連携したサポートスタッフの積極的な活用を考えるべきだ」 に分類しました。
 教員の残業を修学旅行や災害など4項目に限定している教育職員給与特別措置法の見直しについては 「引き続き議論する」 と記すにとどめた。

 
 教員の長時間労働の原因に部活指導があげられています。部活動は、生徒の自主的な活動です。
 緊急対策のなかの 【部活動】 についてです。
○ 運動部活動については,「学校における働き方改革に関する総合的な方策 (中間まとめ)」 を踏まえ,本年度末までに,部活動の適切な運営のための体制の整備や適切な活動時間や休養日についての明確な基準の設定,各種団体主催の大会の在り方の見直し等を含んだガイドラインを作成し,提示する。また,文化部活動に関しても運動部活動と同様にその在り方等について検討する必要があることから,ガイドラインを作成する等必要な取組を行う。
○ 部活動の顧問については,教師の勤務負担の軽減や生徒への適切な部活動指導 の観点から,各校長が,教師の専門性や校務分担の状況に加え,負担の度合いや専門性の有無を踏まえて,学校の教育方針を共有した上で,学校職員として部活動の実技指導等を行う部活動指導員や外部人材を積極的に参画させるよう促す。 部活動指導員については,スポーツ庁が作成予定の「運動部活動の在り方に関する総合的なガイドライン (仮称)」 を遵守すること,部活動指導員の参画が教師の働き方改革につながる取組であること等を条件として支援を行う。
○ 少子化等により規模が縮小している学校においては,学校に設置する部活動の数について,部活動指導にたけた教師の配置状況や部活動指導員の参画状況を考慮して適正化するとともに,生徒がスポーツ等を行う機会が失われることのないよう複数の学校による合同部活動や総合型地域スポーツクラブとの連携等を積極 的に進めるよう促す。
○ 大会・コンクール等の主催者に対して,部活動指導員による引率や,複数の学校による合同チームや地域スポーツクラブ等の大会参加が可能となるよう,関係規定の改正等を行うよう要請する。
○ 一部の保護者による部活動への過度の期待等の認識を変えるため,入試における部活動に対する評価の在り方の見直し等の取組も検討するよう促す。
○ 各種団体主催の大会も相当数存在し,休日に開催されることも多い実情を踏まえ,各種団体においてその現状の把握と見直しを要請する。
○ 将来的には,地方公共団体や教育委員会において,学校や地域住民と意識共有を図りつつ,地域で部活動に代わり得る質の高い活動の機会を確保できる十分な体制を整える取組を進め,環境が整った上で,部活動を学校単位の取組から地域 単位の取組にし,学校以外が担うことも検討する。

 外部指導者は1990年代後半頃から、「開かれた学校づくり」のなかでその必要性が訴えられるようになり、2017年度時点で全国に約31,000人が部活動の指導にあたっています (日本中学校体育連盟調べ)。

 部活の外部指導者の導入、学校からの切り離しには、学校内においても、保護者・地域においても賛否は真二つに分かれます。その議論はもっと議論が必要ですが、甲子園大会などのような、教師だけでなく生徒の酷使も同時に見直す時期にきているのではないでしょうか。

   「平成28年度公立学校教職員の人事行政状況調査について」
   「学校における働き方改革に関する緊急対策」
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過労死は長時間労働だけの問題ではない
2018/02/02(Fri)
 2月2日(金)

 地方のあるサークル団体から定期的に交流誌が届きます。
 最新号の扉を開くと詩が載っていました。

   失業者の自殺
           児玉 花外

 鬼こそ堪えめ、人なるを
 長き苦しき 労働 (はたらき) に
 身は青草の 細くのみ
 一たび肺を 病みしより
 血を喀 (は) き遂 (お) はる 杜鵑 (ほととぎす)
 彼方此方と さまよいて
 今はすみかも あら悲し

 両国橋の 欄干に
 流るゝ水を ながめしか
 夜の鷗(かもめ)の 侶となり
 哀れや水に 沈みけり
 越中島の 蘆 (あし) の邊に
 死骸は浮きぬ、そのあした
 嗟呼 (ああ) 惨 (いた) はしや 聞くさえに
 これぞ働く 人の果。

 1903年に刊行された 『社会主義詩集』 に収められていました。
 両国橋は、隅田川に架かる橋です。越中島は下流にある地名です。
 亡くなった失業者の性別はわかりません。しかし 「肺を 病みしより」 から想像すると当時近くにあった紡績工場の女工でしょうか。粉塵のなかでの長時間労働で結核を発病する労働者はたくさんいました。発病し、働けなくなったら “自己責任” です。

 作者の児玉花外は、明治大学の校歌 「白雲なびく 駿河台・・・」 の作者でもあります。
 校歌に関する明治大学のホームページです。
「大正9年当時隅田川で行われた大学の漕艇レースは現在にみる六大学野球に似て全学熱狂的な対校試合であった。校歌作成の動機はこのスライデング式による第1回の対校競漕に歌う歌を必要としたことである。校歌作成の動機は学生大会において可決され、その歌をもって校歌とする約束を大学側からもとりつけた。武田孟 (元総長) ・牛尾哲造両氏が使者となり社会主義詩人であった児玉花外、そして欧州帰りの新進作曲家山田耕筰を説き伏せて出来たのが白雲なびくの校歌である。歌詩は現在と若干異なっているが、しかし、校歌は時代と共に学生と共に歌いやすい様に変わっていったのであろう。」

 2つとも隅田川にまつわります。時代はずれますが対照的な陰と陽です。


 この詩に接した時、2014年11月14日に厚労省主催で開催された 「過労死等防止対策推進シンポジウム」 での過労死弁護団全国連絡会議幹事長の川人博弁護士の講演を思い出しました。
 1926年、長野県諏訪湖畔に 「母の家」 が建てられました。紡績工場の舎監から逃げ出して諏訪湖に入水する女工があとを絶ちませんでした。いまも諏訪湖畔には遺体が埋められた跡に乗せたと思われる石が見かけられるそうです。
 このような状況にあって、女性社会事業家は自殺防止のために湖畔や線路わきに立札をたてながら巡回し、生き悩む工女たちを絶望の淵から救う活動をつづけました。
『ちょっとお待ち、思案に余らば母の家』
 立札にはこう書かれていました。
 「湖水に飛び込む工女の亡骸で諏訪湖が浅くなった」 と言われました。


 1927年3月、諏訪湖の近くの岡谷町にある山一林組製糸所で、日本労働総同盟加盟の全日本製糸労働組合が誕生しました。(15年8月25日の 「活動報告」 参照)
 組合結成後、女工たちは歌をうたいながら街をデモ行進します。

  朝に星を いただきて
  夕になおも 星迎う
  わが産業に つくす身に
  報われしもの 何なるぞ

  搾取のもとに 姉は逝き
  地下にて呪う 声をきく
  いたわし父母は 貧になく
  この不合理は 何なるぞ

  かくまでわれら 働けど
  製糸はなおも 虐げぬ
  悲しみ多き 乙女子や
  されどわれらに 正義あり

 ここにも長時間労働と姉妹が殺されたことが語られています。


 小島恒久著 『ドキュメント働く女性 百年のあゆみ』 (河出書房新社) からの引用です。
「『工場づとめは監獄づとめ』 といわれましたが、寄宿舎のまたそれにおとらずひどいところでした。女工の募集が遠隔地にひろがるにつれて、寄宿舎制度が普及し、1910年の調査では、紡績女工の66パーセント、製糸女工の86パーセントが寄宿舎に住んでいました。(石原修 『女工と結核』 による)。
 だが、この寄宿舎の実態は一般にきわめてお粗末なものでした。どくりつの家屋であればいいほうで、工場の建物の一部をさいたり、事務室の2階などがあてられたりしていました。『生糸職工事情』 はこうのべています。『ソノ設備ハ甚ダ不完全ナリト云ウノ外ナシ。各室ノ広サハ十畳乃至二十畳ナルモノ多ク、往々一室ニシテ、五、六十畳ナルモノアリ。大概一畳ニツキ工女一人ヲ容レ、工女二人ニ対シ寝具一組 (上下各一枚) ヲ給ス。室ニ押入モナク棚モナク、往々畳ニ代ウルニ莚ヲモッテシタル処モアリ、マタ避難設備モナキモノ多シ』。これでは身体を休めるどころか、まさに 『拘置所』 といったところです。」

「そもそも繊維資本が、寄宿舎の付設に力を入れたのは、女工に快適な宿舎を提供するというより、労働力を確保し、労務対策にそれを利用するところにねらいがありました。というのは、寄宿舎はまず女工の出勤督励に好都合です。長時間労働、とくに深夜業のばあいは、欠勤者が多く、必要労働力をなかなか確保できませが、寄宿舎はその点、労働者をいやおうなしにかり出すのに便利でした。次に寄宿舎は、女工の移動や逃亡が頻発する 『状況』 のもとでは、それを防止する 『城砦』 の役割をはたしました。」


「女工の勤続年数は一般に短期でした。石原修の 『女工と結核』 はこういっています。『紡績と織物は女工の半分は1年と続いたものがありませぬ、勤続1年未満のその中の半分は六か月続いて勤めないものであります』。また1909年、新潟など12県の出かせぎ女工2万5600名について調査されたところによると、その年中に約40パーセントの女工が帰郷しており、その帰郷理由の28パーセントが疾病ということになっています (岡実 『工場法論』 による)。
 このように農村からはたらきにでた新鮮な労働力を、資本はつぎつぎに食いつぶし、役立たなくなれば弊履のように捨てました。」

「女工の病気にはむろん種々のものがありましたが、そのなかでもっとも恐れられ、死亡率も高かったのは、当時 『不治の難病』 といわれた結核でした。細井和喜蔵は 『女工哀史』 のなかで、『工場へ行ったがため、やった故に、村にはかつてなかった怖るべき病い――肺結核を持って村娘は戻った。娘はどうしたのか知らんと案じているところへ、さながら幽霊のように蒼白くかつやせ衰えてヒョッコリ立ち帰って来る。彼女が出発する時には顔色も赧 (あか) らかな健康そうな娘だったが、僅か3年の間に見る影もなく変わり果てた』、と書いていますが、同じような光景は当時農村の諸所で見られました。」


「なお、ついでながら紹介しておくと、こうした女工と疾病の関係について、鋭い分析と告発をおこなった先駆的な医学者に石原修がいました。石原は内務省や農商務省の嘱託として、工場や農村の調査に従事し、1913年、論文 『衛生学上ヨリ見タル女工ノ現況』 や講演 『女性と結核』 などをあらわしました。そして、繊維資本の酷使がいかに女工を食いつぶしているかを、詳細なデータにもとづいて明らかにし、つぎのように資本家を断罪しています――
 日本の女工の死亡率は最低に見積もっても、1000人につき18人であり、その死因の7割は結核、残りが脚気、胃腸病などである。いま日本の女工を50万人とすると9000人の女工が死んでいることになり、これは同年齢の一般死亡率4000人より断然多い。この差5000人は女工になったがゆえに早死したものである。『……工業の為にこれだけのものが犠牲になった。春秋の筆法で言えば工業五千人を殺すということを言ってよかろう、謀殺故殺は刑法上の責任がございますのに、人を斯くして殺したのは何の制裁がない、工場は見様に依っては白昼人を殺しているという事実が現れている、然るにその責任を問う者もない……』 (講演 『女工と結核』)。」


 結核をうつ病・メンタルヘルス、死亡・自殺を過労死・自死と置き換えたら今と似ています。長時間労働が結核やうつ病を発生させています。
 現在は、かつての寄宿舎のような心身の拘束はしません。しかし労働者は別の手法で心身を長時間拘束させられています。
 日本には、昔も今も労働者の尊厳は問題にされません。問題にされるのは輸出を稼ぐ経済です。


 過労死や自死は長時間労働だけが原因ではありません。
 電通は、15年末の新入社員の過労自殺を契機に労働時間削減を軸とする働き方の抜本的な見直しを進めたといいます。16年10月下旬から午後10時~翌朝5時の全館消灯を開始。「退社時間を守らないと翌日上司から注意される」 といいます。しかし会社に提出する資料の出退勤は “改革” どおりでも、その後も電気を消して仕事をしている、外部で仕事をしている、家に持ち帰っているなどの実態が語られています。
 電通は16年12月下旬に今回の過労死事件に関する内外の調査結果を公表しました。その中では 「長時間労働や職場での人間関係が心理的なストレスになった」 とあります。また 「パワハラとの指摘も否定できない、行き過ぎた指導があった」 ともあります。
 パワハラとは、一方的な業務指示、催促、無理な目標設定、早期の目標達成強制、周囲の非協力による孤立化などがあります。
 本物の改革のためには、何が長時間労働の原因になっているかを追及しその解消からはじめる必要があります。


 15年8月25日の 「活動報告」 を再録します。
 山一林組製糸所争議が終った翌18日付の 『信濃毎日新聞』 の社説のタイトルは 「労働争議の教訓」 です。
初めに人間があり、人間の生活がある。そして終りも亦人間と、生活とで在る。これが人間史の全部である。/ 人間生活のあるところ、そこにありとしある生活資料の生産がある。(中略) 注意せよ。生産方法在つて生活在るのではない。生活在つて而して生産方法があるのである。従つて生産の方法と態様とは人間のものなのであって、決つしてその逆ではないのだ。(中略) 然るに岡谷に於いては、それが全く逆転してゐるのだ。人間史が、人間生活が、理論的にも現実的にも転倒してゐるのだ。それこそ製糸の街岡谷の、製糸家の、人間としての欠陥である。(中略) / 二旬に亘る女工達のあの悪戦苦闘、それはそもそも何のための苦しみ、何のための闘ひであったか。いふまでもなく、それは生産方法における一手段、即ち生産用具たるの地位から、本然の人間に立ち戻らんとする彼等の努力の表現に外ならなかった。(中略) / 女工達は繭よりも、繰糸わくよりも、そして彼等の手から繰りだされる美しい糸よりも、自分達の方がはるかに尊い存在であることを識つたのだ。(中略) 彼等は人間生活への道を、製糸家よりも一歩先に踏み出した。先んずるものの道の険しきが故に、山一林組の女工達は製糸家との悪戦苦闘の後、ひとまづ破れた。(中略) とはいへ、人間への途はなほ燦然たる輝きを失ふものではない。/ 歴史がその足を止めない限り、そして人間生活への道が、その燦然たる光を失はない限り、退いた女工達は、永久に眠ることをしないだらう。」

 労働者の尊厳は労働者自らの手でつかみ取ることが大切です。

   「活動報告」18.1.11
   「活動報告」15.8.25
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時間と成果は正比例しない
2018/01/12(Fri)
 1月11日 (木)

 1月6日の朝日新聞スポーツ欄は、大リーグのダルビッシュ有選手が高校野球への思い出を語っています。見出しは 「球児よ 頑張り過ぎないで」 です。抜粋します。

 頑張り過ぎなくていいんです。日本の球児は、何百球の投げ込みとか、何千本の素振りとか、そんなのを頑張っちゃダメなんです。
 母校の東北校では、いわゆる強豪校の練習をみんながしていたけど、僕はしなかった。納得がいかない練習は絶対にしたくないと強く思っていたので、うさぎ跳びとかそういう類の練習は一切しなかった。主将になるまで、ほぼ全体練習にも参加しませんでした。
 小さい頃から日本人じゃないような考え方を持っていて、そういうのが当たり前というみんなの常識が、僕の中では常識ではなかった。日本ハム入団1年目のキャンプで、2軍監督と面談した時も、「君は何が一番大事なんだ」 と聞かれ、「納得がいかない練習だけはしたくない」 と答えたくらいです。

 ほとんどの強豪校では、基本的に監督という絶対的な存在がいて、監督が右と言えば右です。そういう社会では言われた通り、怒られないようにするのが一番になってしまい、考える力が付かない。僕は高校時代、そういう固定観念に縛られなかったので、誰の色にも染まらなかったし、考えて行動する力が身についたと思っています。
 日本の高校野球では、正しい知識を持たない監督やコーチが、自分の成功体験だけに基づいて無理を強いている。そういう側面があると感じます。改善されてきているのでしょうが、壊れてしまう選手、苦しむ選手は後を絶ちません。

 指導者には正しい知識を身につけて欲しい。例えば、休養の重要性がちゃんと理解されていない。筋力トレーニングは、ほぼ毎日頑張るよりも、週に3日程度は休みながら行う方が結果は上になったりするのです。
 いまだに冬に10日、夏に5日の15日程度しか休まないような野球部が珍しくないでしょう。僕が監督なら週2回は休むし、全体練習も3時間で十分。それくらいの方が成長するのです。
 だから、日本の高校生は 「頑張らない!」 でちょうどいい。もちろん、頑張るところと頑張らないところを自分で見分けられる、情報や知識を得る努力は必要ですが。
 球児を取り巻く環境を変えるには、指導者が変わらないと。


 スポーツ界では強くなるためには誰かの成功体験が普遍性を持つかのように金科玉条として採用されてきました。指導者の根性哲学が植え付けられてきました。しかしそれらは成功の一例でしかありません。
 20世紀末頃から、アメリカから導入されてコーチング論が語られるようになりました。コーチが選手の潜在的能力を発見し、どのようにして一緒に延ばしていくかが期待されました。

 同じことは “働き方” でもいえます。
 今、働き方改革が叫ばれていますが、そのなかの議論は、ダルビッシュの 「日本の高校生は 『頑張らない!』 でちょうどいい」 の高校生を労働者に、「球児を取り巻く環境を変えるには、指導者が変わらないと」 を労働者を取り巻く環境を変えるには使用者が変わらないと、にいい換える方向で検討する必要があります。「壊れてしまう選手、苦しむ選手は後を絶ちません」 は労働者の過労死と同じです。みんなの常識を変えなければなりません。「指導者には正しい知識を身につけて欲しい」 はまったくその通りです。

 しかし、使用者は今進められている働き方改革においても、そこにある二面性を使い分けをしようとしています。労働時間については時間外労働の上限 (それでもすでに長時間労働) を守る素振りを示しながら、長時間労働を制限しない 「高度プロフェッショナル制度」 と実際の労働時間が隠される裁量労働制の導入です。
 そこにある労働者に対する姿勢は、もはや徳川吉宗のおこなった享保の改革の時に忠臣・神尾春央が語った 「百姓とゴマの油は搾れば絞るほど出るものなり」 と似ています。


 年末の12月27日、マスコミは一斉に野村不動産が社員に企画業務型裁量労働制を適用していたのは違法ということで、東京労働局が本社など全国4拠点に是正勧告をしたことを報道しました。企画業務型裁量労働制は、企業の中枢部門で企画立案などの業務を自律的に行っているホワイトカラー労働者について、みなし制による労働時間の計算を認めるものです。
 野村不動産は全社員1900人のうち、課長代理級のリーダー職と課長級のマネジメント職の社員系600人に適用していました。社員はマンションの個人向け営業などの業務に就いています。営業で売り込み、“ねばり”の戦術を、企画立案を自律的におこなうと解釈します。
 しかし労働局は 「個別営業などの業務に就かせていた実態が全社的に認められた」 と指摘し対象業務に該当しないと判断しました。
 “ねばり” は長時間労働につながります。しかしその分の時間外手当を支払わないのが裁量労働制です。

 同じような解釈で営業職に企画業務型裁量労働制を導入していた会社はこれまでもありました。しかし違法性を指摘されると廃止しました。その報道を知って自主的に廃止した会社もありました。
 しかし違法と知りながら続けていた野村不動産は悪質としかいえません。それでも続けていたのは 「みんなで渡れば怖くない」 の同じような会社が他にも多くあるからです。
 企業が本当に社員に営業活動で業績を上げさせようとするならば、頑張り過ぎないで、自分で考えて行動する力が身につけさせる方向に転換する必要があります。


 違法すれすれのことをトヨタがしようとしています。17年8月25日の 「活動報告」 の再録です。
 トヨタ自動車は現在、企画・専門業務の係長クラス(主任級)約1700人に裁量労働制を導入していますが、“自由な働き方” を認める裁量労働の対象を拡大すると発表しました。事務職や研究開発に携わる主に30代の係長クラスの総合職約7800人のうち一定以上の自己管理・業務遂行能力を持ち、本人が希望し、所属長、人事部門の承認がある者が対象です。非管理職全体の半数を占めることになります。
 残業時間に関係なく毎月17万円 (45時間分の残業代に相当) を支給し、さらに一般的に残業代を追加支給しない裁量労働制とは違い、勤務実績を把握して月45時間を超えた分の残業代も支払います。これまでの残業代支給額は月10万円程度でした。そのための原資は、以前すすめた人事・賃金制度の改革で浮いた分を充てるといいます。16年1月から、全社員約6万8000人のうち生産現場で働く約4万人の労働者の賃金体系を見しました。
 対象者には年末年始や夏休みのほかに平日で連続5日の年休取得を義務付けます。20日間の年休を消化できなかった場合、制度の対象から外します。
 新制度導入の理由を、自動車産業では自動運転分野などで米グーグルなど異業種との競争が激しくなっていて、仕事のメリハリをつけて創造性と生産性を高める必要があると判断したと説明しています。専門性の高い技術者の間では一律の時間管理の弊害を指摘する声が出ていたといいます。
 現在は、繁忙期の超過を認める労特別条項付きの36協定を結んでいますが、新制度はこの範囲で運用します。新制度では繁忙期に備え残業の上限時間を月80時間、年540時間にします。(ちなみに、2009年の協定は月80時間、年720時間)
 上司が対象者に時間の使い方の権限を移します。
 新制度案を7月末に労働組合に提示し、12月の実施を目指します。
新制度は 「脱時間給」 の要素を現行法の枠内で、製造業の現場で独自の制度で先行導入します。
 「脱時間給」 は、ネスレ日本が4月に工場以外の社員を対象に労働時間で評価する仕組みを原則撤廃、住友電気工業は4月に研究開発部門で裁量労働制を導入しています。


 会社は 「みんなで渡れば怖くない」、そして労働者はそのような会社は従順です。
 日本の労働者はどうしてダルビッシュ選手の 「固定観念に縛られなかったので、誰の色にも染まらなかったし、考えて行動する力が身についたと思っています。」 に至らないのでしょうか。
 
 中根千枝の 『タテ社会の人間関係』 (講談社現代新書) から探ってみます。11月10日の「活動報告」です。
「『会社』 は、個人が一定の契約関係を結んでいる企業体であるという、自己にとって客体としての認識ではなく、私の、またわれわれの会社であって、主体化して認識されている。そして多くの場合、それは自己の社会的存在のすべてであり、全生命のよりどころというようなエモーショナルな要素が濃厚にはいってくる。
 A社は株主のものではなく、われわれのものだという論法がここにあるのである。この強い素朴な論法の前には、いかなる近代法といえども現実に譲歩せざるをえないという、きわめて日本的な文化的特殊性がみられる。」
「このような枠単位の社会的集団認識のあり方は、いつの時代においても、道徳的スローガンによって強調され、そのスローガンは、伝統的な道徳的正当性と、社会集団構成における構造的な妥当性によってささえられ、実行の可能性を強く内包しているのである。」
「外部に対して、『われわれ』 というグループ意識の協調で、それは外にある同様なグループに対する対抗意識である。・・・したがって、個人の行動ばかりでなく、思想、考え方にまで、集団の力がはいり込んでくる。こうなると、どこまでが社会生活 (公の) で、どこからが私生活なのか区別がつかなくなるという事態さえ、往々にして出てくるのである。これを個人の尊厳を侵す危険性として受けとる者もある一方、徹底した仲間意識に安定感をもつ者もある。要は後者のほうが強いということであろう。」

 日本では、会社という 「場」 は、使用者も労働者も 「われわれ」 です。ここがヨーロッパの労使関係の構造とは決定的に違います。そしてそこではいわゆる “しがらみ” の関係性が大きく作用します。「みんなで渡れば怖くない」 の発想、意志一致はこのようななかから生まれます。そして扇動する者が最も強い愛社精神をもっていると評価されます。
 規律違反、違法行為にたいする不安感や恐怖感も払拭され、逆に自信となっていきます。

 しかし 「われわれ」 はリスク管理の意識を欠落させます。外部からの指摘に対してはなすすべがありません。会社にとっては世論と取引中止が一番のリスクです。
 人類学者の中根千枝は 『タテ社会の人間関係』 のなかで日本社会をインド社会と比較しています。
「日本に長く留学していたインド人が、筆者に不思議そうに質ねたことがある。
『日本人はなぜちょっとしたことをするのも、いちいち人に相談したり、寄り合ってきめなければならないのだろう。インドでは、家族構成としては (他の集団成員としても同様であるが) 必ず明確な規則があって、自分が何かしようとするときには、その規則に照らしてみれば一目瞭然にわかることであって、その規則外のことは個人の自由にできることであり、どうしてもその規則にもとるような場合だけしか相談することはないのに。』
 これによってもわかるように、ルールというものが、社会的に抽象化された明確な形をとっており (日本のように個別的、具体的なものではなく)、・・・個人は家の外につながる社会的ネットワーク (血縁につながるという同資格者の間につくられている) によっても強く結ばれているのである。」
 このインド人の思考はダルビッシュと同じです。日本・日本人が異端なのです。

 労働組合は、会社の内側から労働者を統制するのではなく、会社からも労働組合からも 「自立」 させなければなりません。お互いに個人・個性を尊重し、人権を保障し合うことから始め、その上での横のつながりをつくる必要があります。
そうしないと長時間労働・過労死は 「自己責任」 になってしまいます。

   「活動報告」17.11.10
   「活動報告」17.8.25
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過酷としか表現できない医療現場
2017/11/17(Fri)
 11月17日 (金)

 11月7日の毎日新聞に 「香川 年2258時間残業 3病院67人が月80時間超え」 の見出し記事が載りました。
 毎日新聞の情報公開請求で、香川県立病院で2016年度の1年間に計2,258時間の時間外労働をした勤務医がいたといいます。3病院に16年度に在籍した正規・嘱託の医師計207人のうち67人の残業時間が 「過労死ライン」 とされる月80時間を超えていました。勤務医の長時間労働が常態化している一端が明らかになりました。
 法定労働時間は1日8時間、週40時間ですが、2つの病院は 「月100時間を6回を限度に、年800時間」、「月70時間を3回を限度に、年480時間」 まで延長可能の36協定を結んでいました。3病院で月の残業時間が協定上限を超えたのは計38人、年間では計46人。年1000時間以上の時間外労働は計20人に上りました。
 医師には正当な理由なく診療を拒めない 「応招義務」 があります。各病院は長時間労働の背景に救急患者への対応や医師不足がある、「医療はストップできない」 と説明します。

 昨年1月、新潟市民病院の女性研修医 (当時37歳) がうつ病を発症して自殺しました。うつ病発症直前1カ月の残業時間が160時間を超えていたとして、今年5月、労基署が労災認定しました。
 市への情報公開請求では、同院の研修医30人以上が昨年6月の1カ月間に80時間以上の時間外労働をしていたことが分かりました。
 新潟市民病院は医師不足から多くの科で紹介状がない患者は受け付けていません。
 今、「働きかた改革」 が声高に語られ、政府は1か月あたりの時間外労働は最長でも100時間未満 (これだけですでに長時間) の法案を準備しています。しかしそこでも医師の時間外労働は制限がないまま法制施行から5年間猶予されます。

 このような状況をふまえ、ある研究会で 「医療労働の現場は、いま」 のテーマで医療現場の労働組合役員の方をまねいて講演会を開催しました。
 現在の病院を取り巻く状況です。
 医療法の改訂によって 「新しい医療関連サービス (派遣・委託等) の会社」 等が多くの病院の業務を請け負っています。製薬会社、医薬品卸、医療機器メーカー、医療事務用コンピューターなどです。その分職員は少なくなっていき、外部が儲かるようになっていて、産業の食い物にされています。
 病院の収入のほとんどを占める 「診療報酬」 改訂で、マイナス続が続き、病院の経営が悪化してきています。
 医療の高度化・複雑化等で医師・看護師等医療スタッフが不足しています。マンパワー不足です。
 救急外来のコンビニ化、「モンスターペイシェント」 増加に伴い、医療従事者の疲弊が増加しています。ちょっとしたことで救急車を依頼します。また救急外来に老人が運ばれてきます。病院は救急医療から潰れていっています。
 患者と医療者の関係は対等で、サービス提供者と顧客ではありません。しかし医療者が患者を「患者様」と呼び、お客様扱いをして医療者がへりくだった考えを持つ風潮が広がっています。患者はお客様の立場で好き勝手、わがまま放題になってしまっています。「モンスターペイシェント」 については、現在厚労省で開催されている 「職場におけるパワーハラスメント防止対策についての検討会」 でやっと議題に取り上げられました。


 医療関係従事者数です。
 平成24年の厚生労働省大臣官房統計情報部資料では、医師は303,268人で6割が開業医です。医師会が大きな権力をもっています。歯科医師は103,551人です。5人に1人がワーキングプアで年収200万以下です。開業医は6,800人で、この数はコンビニより多いです。1日に4医院・クリニックが潰れています。薬剤師は280,052人です。
 平成25年の厚生労働省医政局資料では、保健師58,532人、助産師36,395人、看護師1,103,913人、准看護師372,804人です。平成23年の厚生労働省大臣官房統計情報部資料では、常勤換算の数値として、理学療法士 (PT) 61,620.8人、作業療法士 (OT) 35,427.3人、視能訓練士6,818.7人、言語聴覚士11,456.2人、義肢装具士138.0人、診療放射線技師49,105.9人、臨床検査技師62,458.5人、臨床工学技士20,001.0人です。

 医療福祉労働者の雇用者数は750万人です。そのうち組織労働者 (労働組合員) は約49.5万人です。組織率は6.6%です。病院8,400のうち約1,900に組合があります。

 医療現場が他の労働職場と違う点です。
 他の労働現場と違って人件費率が高く45%から60%です。材料費30%、経費15%です。医師の平均年手は1,200万円です。
職種が多いです。ほとんどの病院は中小企業です。
 病院は独自でコストを決められません。2年に一度の診療報酬改定、3年に一度の介護保報酬改定に沿ってしか決めることができません。医療法7条は 「利益を出してはいけない」 と謳われています。そのうえで財源削減の自己目的化、質の維持を無視した国の医療政策に左右されています。
 患者の在院日数が短いほど診療報酬の保険点数が高く設定されます。一般病棟では、入院日から14日以内で340点、30日以内で150点、31日以上で50点と早期退院を促す点数制度になっています。病院にインセンティブの意識が働きます。患者が治りきれないうちにでも採算が合わない患者を退院・転院させて追い出し・たらいまわしをする傾向があります。

 医師や看護師等医療スタッフが不足しています。病院経営の内情は年々悪化を続けています。医師の確保ができず、休止となる診療科も目立ち始めています。
 特に産婦人科と小児科です。産婦人科は1人の患者と長時間関わることになります。そして、現在社会問題化なっている貧困状態のなかで子供を置いていなくなる患者もいます。
 また医療訴訟が増えています。患者の意識も変化しています。医療事故については、人びとの興味を引く部分のみを切り貼りした報道によって、事実の一部を誇張して事故の当事者を罪人に仕立て上げ、それを煽り立てることで患者としての権利意識のみが増幅してしまいました。極端に言えば、患者と医療者を 「被害者」 と 「加害者」 に仕立て上げています。
 看護師は離職率が高い職場です。その一方で 「聖職」 意識が植え付けられています。
 その一方で医師総数は増えています。偏っています。
 病院経営にかかる費用は、2008年の全国公私病院連盟の調査では、1床1カ月当たりの平均人件費は72万円、材料費38万円 (うち薬剤費23万円)、経費21万円です。費目では人件費が最大赤字です。
 人件費の中心は医師、看護師です。給与水準は、あまり変化していませんが、人数が増えています。

 2010年の日本医労連の 「看護職員の実態労働調査」 では、看護師の約8割が 「仕事を辞めたいと思っている」 と回答しています。理由の上位2択は 「人手不足で仕事がきつい」 (46.1%)、医療事故の原因です。約9割が 「慢性的な人手不足による医療現場の忙しさ」、約9割が 「この3年間にミスやニアミスを起こしたことがある」 と回答しています。
 かつて看護現場は3Kと言われました。「汚い」 「きつい」 「危険」 です。いまは9Kと呼ばれています。「規律が厳しい」 「給料が安い」 「休暇が取れない」 「化粧ののりが悪い」 「根気が遅い」 「薬に頼って生きている」 が加わります。
 そのため毎年12万人以上が辞めています。免許を持ちながら看護職として働いていない 「潜在看護職」 が約60万人存在します。男性看護師は4%存在しています。
 その一方、高齢化の中で2025年には60万人の看護職人員が不足すると言われ 「2025年問題」 といわれています。
 医労連の 「2011年度夜勤実態調査」 では、2交代の比率は23.7%です。そのうち16時間以上の拘束となる夜勤は6割をこえます。

 訪問看護の利用者は約386,000人です。10年前から15万人増えています。しかし訪問看護ステーションで働く看護師は2010年は約30,000人で10年間に4,000人増えただけです。
 介護保険制度が2000年に創設され、介護サービス利用、介護サービスの供給量も増加しました。しかし労働条件・低賃金に多くの問題を抱えたままです。利用者がサービスを選べる状況になっていません。家族に依存する在宅介護の現状は変わっていません。
 最近介護現場ではサービス利用をおさえるがごとくに 「自立」 というキーワードが利用されています。

 2018年は 「診療報酬」 「介護報酬」 の同時改訂があります。段階の世代が 「高齢者医療」 に流れ込んでいく時代になります。
 医療は 「弱者」 がさらに 「自立」 を要求されて追いつめられる状況にあります。
 自分自身の問題として医療関係労働者と一緒に要求をあげ改善させていくことが必要です。

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