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規制は労働者の生活を守るためのもの
2017/12/26(Tue)
 12月26日 (火)

 全労働省労働組合から 「季刊労働行政研究」 17.11号が贈られてきました。その中に 「労働基準監督官座談会~真に求められる 『働き方改革』 は何か~」 が載っていました。
 政府主導で 「働き方改革」 が進められているなかで、労働行政の第一線で活躍する労働基準監督官が労働時間問題や労使関係の変遷、今労働現場で何が起きているかなどについて座談会形式で明らかにしました。その抜粋です。

○労働時間を巡る問題の変化 についてです。
A (ベテラン監督官) 私が入省した当時 (1980年代後半) も労働時間をめぐる問題はあ
 ったが、行政の中で過重労働の対策はそれほどウェイトはなかった。……ただし一部の業種を
 除き女性労働者の深夜労働が禁止されており、その違反は重視されていた。一部の使用者は女
 性労働者の深夜業務を隠そうと、二重の帳簿を作るなどしていたが、時間外労働手当や深夜労
 働手当は支払っている場合が多かった。手当を支払わずに長時間労働を行なわせるということ
 は少なかったように思う。
  かつては、使用者に労働者に対する一種の公的な責任感があったからではないか。現在はそ
 うした 「旦那衆」 的な意識が薄れ、社会に貢献するというより、「自分さえ儲かればよい」
 という意識が強くなっていないか。企業が地域の中で役割を果たすという意識も薄くなってき
 ている。
C (若手監督官) 使用者の姿勢として、法律ギリギリで法律に引っかからなければ何をして
 もいいという感覚がひろがっているように感じる。使用者から 「(法律上) クロと言えるか
 どうかを言え」 と言われることがよくある。監督官は法律を 「武器」 に仕事をするので、法
 律違反か否かということは基本であるが、使用者による法令ギリギリで構わないという姿勢
 の下で労働者が苦しんでいる姿が見える。

 「過労死」 の言葉が初めて登場するのは78年です。そして過労死はサービス残業とセットになっていきます。95年に成果主義賃金制度が導入されます。
 「使用者に労働者に対する一種の公的な責任感」 は労働者の保護という発想で、家族を含めた生活・生活時間にもおよびました。
 しかし昨今は、さらに使用者に対する 「物言う株主 」 の発言も大きくなっています。より多くの利益を株主に配当するため、労働者が犠牲になっています。労働者も、会社にしがみつく 「物言わぬ労働者」 になっています。


○労使関係の変化と腹らきづらさ について
司会 厚労省が毎年6月に公表している個別労働紛争解決制度の施行状況のなかで、「民事上の
 個別労働紛争」 の 「主な相談内容」 の件数を見ると、最近10年では 「解雇」 の割合が減
 少する一方、「いじめ・嫌がらせ」 の割合が10ポイント以上増加している。この点も、労使
 関係が変貌してきたことの表れではないだろうか。
D (中堅監督官) 今は、「いじめ・嫌がらせ」 が発端になり、監督署への相談につながるケー
 スが多いと思う。自己都合退職などのケースも、「いじめ・嫌がらせ」 が関係している場合が
 多い。労使の良好な関係があれば表面化しない法令違反も、「いじめ・嫌がらせ」 などをき
 っかけに表面化することが多い。
C 労使の力関係の変化も影響しているのではないか。労使間の問題も、労働者自らが使用者に
 申し立て、修復ができれば大事には至らない。それが、自分では直接使用者に言えず、名前も
 出せない、という相談が増えている。使用者側の力が増しているのか、労働者の個別化や孤立
 化が進んでいるのか、労働者がみんなで解決するという回路が失われているのではないか。
 その結果、企業全体の問題を労働者個人が監督署に持ち込むということもある。
F (ベテラン監督官) 労働組合の組織率低下は、その原因でもあり、結果でもあるだろう。
 いずれにしても、労働者にとって働きづらい環境が広がっているのではないか。

 労働組合への相談も同じような状況があります。企業名どころか、業種も職種も語らない相談がかなりあります。具体的状況がわからないと原則的な回答しかできません。せっかく相談しても解決にはつながりにくい状況が続きます。
 会社名を聞くと、一流会社もたくさんあります。しかしそのような会社ほど労働組合はあっても機能していません。
 使用者は、解雇をすると争議になるので、労働者から辞めると言わせるようにさまざまな 「いじめ・嫌がらせ」 をおこないます。しかして周囲の労働者は見て見ぬふりをし、お互いに孤立を深めていきます。そのような会社での雇用が継続しても居心地はよくありません。トラブルは再起します。


○過重労働はなぜなくならないのか についてです。
A 歩合制を取り入れた賃金制度のもとでは、相当残業を行なわなければ必要な収入を得られな
 いという事情もある。とくに自動車運転、営業などの職種では、働かなければ稼げない状況に
 ある。
  また、人員削減が進み、営業に伴う伝票処理の事務等を行う補助者がいなくなったことによ
 り、1人であれもこれもやらなければならないという状況もある。
C 80時間分の固定残業代を組み込んだ、計算すると最賃すれすれの賃金を設定し、「80
 時間は残業させなければ損」 という感覚なのか、残業80時間を前提にシフトを組むという、
 残業を労働者の自由意思でやっているとは到底言えない事情もある。

 労働者はローンを抱えていると、生活費のゆとりは残業代で稼ぐことになってしまいます。労働者は残業代をあてにしますが、使用者もまた労働者の残業をあてにした体制を作ります。
 トヨタの月60時間分の残業代を支払う裁量労働制などはまさにその典型で、残業の強制です。

○使用者の意識変化 についてです。
D 賃金不払 (サービス) 残業の理由を本人の能力によるものだとする使用者が多いのはたし
 か。一方、労働者のもう力を引き出せない使用者の責任が意識されることは少ない。
C 大手企業も、三六協定の特別条項などにより法律に合わせる手法が進んでいるだけで、長時
 間労働に対する根本的か解決に向かっているわけではない。
B 大企業の対応で気になるのは 「長時間労働につながる効率の悪い仕事は、中小下請けに任
 せよう」 という姿勢だ。
C 以前、トラック運送業の長時間労働を指導した際、当該の会社から下請を活用するという対
 策が示されることがあった。労働法の適用を受けない働き手を使う動きともつながっていく。
 こうした請負の取引関係にも何らかの規制が必要なのではないか。

 かつてリストラがはびこった時、会社は中高年労働者を辞めさせました。その結果、社員の世代の構成にひずみができ、若手を指導できる世代がいなくなったと言われました。その時の若手が管理する立場になっています。どのように指導したらいいかわからない管理職が増えています。
 孤立化はお互いの思いやりを奪います。正規労働者は非正規労働者の処遇や精神状況に思いを巡らすことはあまりありません。そのような中で改善をはかるとき、無意識に下請け、外注に無理強いを行なっています。改善されるのは自分の身の回りだけです。


○過重労働対策に問題はないか についてです。
C 現在の労働時間に関する法制度は複雑で理解しにくいのではないか。労働者あるいはその家
 族から長時間労働に関する相談に対し、何ができるかという説明を行なおうとすると、相談者
 が理解できなくなってしまうことがある。……違反は実物の36協定を見てみないとわからない。
 それを伝えると、相談者に驚かれる。
F 法制度に現場の声が反映しておらず、労使が妥協を探る中で、ますます複雑な仕組みとなっ
 ていないか。労働者が一目見てわかる法律であるということは、労働法として大切な要素では
 ないか。
A 当初は職場の労使関係の中で対等な話し合いが行なわれることで妥当な規制ができると考え
 られていたが、これが実態に合わなくなってきているのだろう。
  使用者側が勝手に協定に押印してしまうなど、労働者代表が全く無力なばあいもあり、36
 協定のなかにも手続的に無効なものが一定存在すると思う。
C 時間外労働の上限を法令で規制するというのは重要だと思う。ただ、現在議論されている時
 間では長すぎると思う。さらに適用除外を作らないようにするという姿勢が大事だと思う。
 規制は労働者の生活を守るためのものであり、こうした趣旨の最低限度に例外を設けるのは、
 最低基準という労働基準法の存在意義を脅かすことにつながるのではないか。
F 高度プロフェッショナル制度の適用者は、管理監督者や裁量労働制とちがい、自分で労働時
 間の配分や仕事の進め方を決められる立場でなくてもよく、時間外労働を命じられる側の者。
 従来の適用除外制度とかなり異質なものではないか。

 労働法制は、使用者の逃げ道が確保されています。また時間外労働に関する労働基準法はまさしく “ザル” です。労働者の健康・安全・生活を保護するものとはなっていません。逆に労働者保護をうたう 「過労死ライン」 などは指針・通達で罰則規定がありません。
 高度プロフェッショナル制度はこれらをさらに脅かすものでしかありません。
 労使自治が崩れています。使用者にとっては労働者は 「使用人」 となっています。


○行政運営の課題は何か についてです。
C 監督署の指導手段に集団指導というものがあるが、基本的に使用者相手に指導するというこ
 とを不思議に感じている。労働者にとっても、労働法の趣旨、内容を知ることは重要であり、
 労働者を対象とする集団指導があってもよいのではないかと思う。労働者が自分たちの意思で
 労働環境を決められる部分もあるし、変えられる部分もあるのに、こういった意識を労働者が
 持っていない場合がある。自分たちがこういう制度に守られているということや職場を自ら変
 えていけるということを、労働行政が労働者向けに打ち出していくという観点が、弱いのでは
 ないかと思う。
D 労働者の多くは、働き始めてから労働に関する権利や規制を学ぶが、働き始める前に身に
 着けておくことも大事だと思う。法令や制度を早い段階で確実に教えるべきだろう。

 労働法制は誰のためのものかという議論が起きてきます。本来労働者のための労働法制が、使用者が最低限を守ればいいもの、違法がばれなければいいものになっています。
 それを許しているのが労働組合であり、労働法制の知識を身に着けていない労働者です。日常的に理不尽と思うこと、不思議に思うことは周囲の仲間に話しかけ、解決の道を探ることが必要です。労働法制は活用しなければ宝の持ち腐れです。解決は声を上げることから始まります。


 労働基準監督官は日常的にたくさんの疑問を抱きながら臨検などの業務を遂行していることが垣間見られます。疑問が多いということは、労働者にとって働きづらい職場がたくさんあるということです。
 労働者と労働組合は、第三者や労働基準監督官に頼るのではなく、まず自分たちで労働法制の知識を習得し、自分の職場に照らし合わせて違法行為があれば指摘して改善させる、労働法制を自分たちの下に取り戻すことが必要です。
 そのうえで使用者が違法行為を続ける場合は労働基準監督署との連携が必要となります。

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労働者の誇り
2017/12/19(Tue)
 12月19日

 12月17日の日曜日、TBSのテレビドラマ 「陸王」 は最終回直前です。 
 元来足袋製造のこはぜ屋は、陸王を作り続けるためには資金援助が必要ということで、役所広司が演じる宮沢社長は松岡修造が演じる米国企業 「フェリックス」 の御園社長からの買収案を全社員の前で説得し、了解させます。
 その時のシーンです。平均年齢58歳のこはぜ屋でも最古参の庄司照枝が演じる社員はまえかけを持ち上げて涙を拭います。誇りと悔しさがにじみ出ていました。前話では買収に反対した社員が自分に言い聞かせながら叫びます。「こはぜ屋が支援を受けるのでなく、俺たちの技術がフェリックスを支援したといわせようじゃないか」
 もう1人の社員がいいます。「会社が買収されると、最初に買収された会社の社長の首が危うくなるといいますけど、俺たちが社長を守りますから」
 フェリックスは、自ら商品開発はしないで買収をくり返して拡大してきた会社です。
 ドラマは現在のM&Aの実態をのぞかせていました。


 それを地でいくことが起きています。
 12月16日の日経新聞です。「黒田電気、TOBが成立 MBK傘下に」 の見出し記事が載りました。
 黒田電気に関する15月9月1日の 「活動報告」 の再録です。
 以前のように、銀行を併せ持った財閥グループ企業による株の持ち合いや、その傘下に中小企業を抱えていた時は、株主は株価や配当にあまり関心を持ちませんでした。労働者にとっても労使関係・労働条件決定に大きな影響はありませんでした。
 しかしファンドのような投資が登場してくると会社のあり方も違ってきています。グローバル化による投資の国際化の中で、「物言う株主」 が登場します。投資家は株価の短期の所有期間における上昇と売買を目的にし、長期的会社経営には関心がありまあせん。そのようななかで会社経営を委任されている経営者は存続の対応に必死です。

 15年8月22日の毎日新聞に 「黒田電気 個人株主、村上氏を警戒」 の見出し記事が載りました。村上氏とは、かの 「お金を儲けることはいけないことですか」 と発言した村上ファンドの村上世彰。村上の長女がCEOを務める投資会社C&Iホールディングスは黒田電気の株約16%を握り、21日の株主総会には村上世彰ら4人の社外取締役選任案を提出しました。そして 「今後3年間、最終 (当期) 利益の100%を株主還元できると」 訴えました。
 黒田電機は2015年3月期に2期連続の最高益を達成しています。すでに取締役6人のうち半数は社外取締役です。村上側は定員を増やさなければC&Iホールディングス系が過半数以上を占めることをねらいました。
 株主総会では、現経営陣の従来の手堅い経営を志す政策と、村上側の企業の合併・買収 (M&A) を通じた高成長を求める意見が真っ向から対立したといいいます。村上側からいえば、最高益を達成しているときがM&Aのチャンスで、高騰した株が売れたら撤退です。会社への愛着はまったくありません。それが 「お金を儲けることはいけないことですか」 です。
 しかし村上側の提案は最終的には約6割の株主の反対で否決されました。
 利益の株主配当率を決定するのは取締役会です。現取締役会の提案は40%から65%です。しかし村上らの 「最終 (当期) 利益の100%を株主還元できる」 との主張が退けられた背景には、株主それぞれのリスク管理の意識が働きました。

 黒田電気は本来の業務だけでなく株主対策にも翻弄されました。
 17年8月14日の日経新聞です。記者の目に 「黒田電気、低空飛行が招く波乱第2幕」 の見出し記事がのりました。
「株主総会を巡る旧村上ファンド勢と経営陣の対立が注目された黒田電気の先行きに暗雲が漂っている。2017年4~6月期決算は大幅な減収減益で株価下落に拍車をかけた。車載関連機器などに資源を集中して脱専門商社を急ぐ方針だが、競争は厳しい。経営方針が食い違う大株主の投資ファンド、レノ (東京・渋谷) は株の大量取得で経営陣に圧力を強めている。業績や株価の低空飛行をきっかけに、波乱劇の第2幕が開く可能性もある。
 売上高31%減、純利益25%減――。黒田電気が7月末に4~6月期決算を発表すると、業績不振を嫌気した売りで翌日の株価は4%下落した。」

 その結果です。
 12月16日の日経新聞です。
「電子部品専門商社の黒田電気は16日、アジア系ファンドのMBKパートナーズによるTOB (株式公開買い付け) が成立したと発表した。発行済み株式数の68%にあたる2570万株の応募があり、買い付け予定数の下限 (1891万株) を上回った。黒田電気は今後、臨時株主総会の決議を経て、上場廃止になる見通し。……
 黒田電気の大株主には旧村上ファンド代表の村上世彰氏の親族や同氏が関与する投資ファンドが並び、合計すると発行済み株式数の約4割を握る。村上氏らは黒田電気に他社との経営統合や自社株買いを迫り、本業の立て直しを優先したい経営陣との対立が深まっていた。
 経営の自由度を高めたい黒田電気はMBKによるTOBに賛同。MBKは村上氏らとの交渉を進め、TOB価格を引き上げるなどして村上氏らの賛同も得ていた。」

 TOB (株式公開買い付け) は、「不特定かつ多数の者に対し、公告により株券等の買付け等の勧誘を行い、取引所有価証券市場外で株券等の買付け等を行うこと」 と定義されています。つまりは融商品取引所 (証券取引所) を通さない取引を行います。
 決められた期間に、決められた株数、一定の価格で買いますと宣言して不特定多数の投資家から株を買い集めます。おもに企業の経営権を取得して企業の買収や子会社化を目的とするものがおおいといいます。
 その結果、旧村上ファンドはMBKパートナーズに高い価格で所有株を売ることが可能となります。村上ファンドは 「お金を儲けることはいけないことですか」 とこのようなことをくり返しています。

 「陸王」 の松岡修造の会社はファンドではありませんが、似たようなことをくり返してきていました。
 ファンドが 「お金を儲けることはいけないことですか」 を実行すると 「会社が買収されると、最初に買収された会社の社長の首が危うくなる」 が起きますが、「俺たちが社長を守りますから」「 とはなりません。次に登場するのは労働者の合理化です。
 ファンドは 「お金」 以外に関心がありません。


 もう一度15年9月1日の 「活動報告」 の再録です。
 バブルが崩壊し、ファンドが飛び交うようになった頃から、会社は誰のものかという議論が起きると 「ストックホルダー」 (株主) という主張がはびこっています。経済のグローバル化が進む中でのグローバル・スタンダードではさらにそうです。「コンプライアンス」 が登場し、重視されます。

 では、村上らのような株主のものでしょうか。労働者は、労働者の側からの 「コンプライアンス」 ・秩序を対峙させて主張する必要があります。なぜなら、会社の利益をつくり出しているのは労働者だからです。
 会社は、社会の中に存在し、関連する事業・企業があって存在でき、利用者があって維持できています。そして会社の中には労働者がいます。「ステークホルダー」 (利害関係者) のものです。さらに利害関係者は拡大し、顧客・消費者、そして事業所が存在する地域の人たちも含めるまで捉えられるようになっています。法人としての会社は社会的存在・責任もあります。会社は株主が 「お金を儲ける」 だけの組織ではありません。
 そして、労働組合にも社会的責任があります。


 12月17日のTBSテレビ 「サンデーモーニング」 は12月11日に発生した新幹線 「のぞみ34号」 の台車亀裂問題を取り上げました。そのなかで涌井雅之氏は 「最近は技術は発展しているが技能は劣化しているのではないか」 とコメントしました。
 技術者が異常事態を発見しながら判断を上に仰ぐというのは任務を放棄しています。異常事態が 「現場で起きている」 のです。現場が状況を一番知っているのであって、原因も推測できます。判断は現場がくだすべきです。
 技術者は、身に着けた感覚で、音、色、匂いから異常・正常を判断します。それ以上の的確な正しい判断はありません。
 しかし、事故が拡大するという判断よりも列車を遅らせない、そのために上司の判断を仰ぐという行動をとります。安全と遅延のどちらを選択するかの判断など論外です。
 今回の事故で失ったのは、もっとも取り返しが難しい会社の安全対策の管理システムへの信頼です。会社はそのことを自覚する必要があります。

 こはぜ屋の労働者は自分たちの仕事に誇りを持っていました。鉄道の労働者も、自分の経験・感覚・技能への誇りと安全を守るという責務をもっと自覚する必要があります。

   「活動報告」15.9.51
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お正月に “働き方改革” をとらえ直してみる
2017/12/05(Tue)
 12月5日 (金)

 11月30日の日本経済新聞は、「外食 『無休』 もう限界 大みそか閉店や定休日」 の見出し記事を載せました。外食産業は時給を上げても深刻な人手不足が続き、年中無休のビジネスモデルを転換する動きが広がってきたといいます。
 飲食店やスーパーは1970年代から、よりさまざまな客層をつかむことをねらって営業時間の延長を繰り返しました。顧客もまだ消費能力にゆとりがありました。しかしいったん消費が落ち込むとチャンスロスは作らない、競合相手の顧客を奪うということから営業時間の延長とサービス過剰が起きていきました。

 その結果、外食チェーンは24時間営業や年中無休が一般的なサービスとして定着していきます。他社が止めないうちは自社のサービスを止めることはでなくなってしまいました。
 さらに、昨今の消費能力の後退に対しては廉価の品ぞろえの競争がおきています。その様相はまさにサバイバルです。
 店舗は、営業時間が延期された分、売り上げが増えるわけではありません。消費のパイは簡単に拡大しません。当然採算が検討されます。その “改善策” ・しわ寄せは労働者の賃金です。正規職員のサービス残業と低賃金の非正規労働者の長時間労働によって維持されました。
 現在の労働法制は労働時間規制は緩和されてきましたが、労働者の生活や健康は問題にされませんでした。
 廉価は材料納品業者にも犠牲を強い、素材の品質にも影響が出ています。
 もうひとつの問題として人員不足が起きています。募集では過去最高の時給を提示する企業が相次ぎ、さらに奪い合いも起きています。それでも集まりません。すべての面でギリギリの営業が続けられています。


 その原因は、消費者・利用者の生活サイクルの変化がありました。
 労働者は長時間労働をこなすと買い物ができなくなります。そのような労働者である消費者を獲得するためにも営業時間を延期しました。労働者の要求にジャスト・イン・タイムで対応するシステムが作り上げられます。いくら残業しても食事や買い物に不自由することがなくなりました。それが便利と評価されるようになり、便利が当たり前の感覚になっていきました。
 その結果は、労働者や消費者から時間の感覚を失わせることになり、残業も問題なく受け入れるようになりました。消費者である労働者の長時間労働がサービス業労働者の長時間労働をもたらしています。
 社会全体での生活スタイルの計画性が奪われ、他の労働者への “思いやり” 感覚も失われています。労働者同士のもたれあいです。


 居酒屋チェーン 「旬鮮酒場天狗」 などを運営するテンアライドは、今年12月31日の大みそかに約120ある全店舗で営業を休止します。休業日を設けるのは初めてです。18年も大みそかは休業し、19年からは1月1日の元日も休みにする方向です。
 テンアライドは従業員の時給約1,100円に200円を上乗せしました。人件費高騰で採算が悪化しているため、全店で売り上げが落ち込む大みそかの営業を取りやめます。
 モンテローザは定休日の本格導入に踏み切ります。11月末まで4カ月間かけて 「白木屋」 や 「魚民」 など10店舗で日曜日か月曜日を試験的に定休日にしました。出勤可能な従業員が確保できない状況が続いた店舗を対象に実験した結果、「客が少ない日を定休日にしたことで無理のない運営ができた」 (同社) と判断しました。1,800ある全国の店舗に徐々に広げていきます。事業を安定して継続するために休日を増やします。
 以前、店長が過労死したワタミでは、学生アルバイトは自分の都合に合わせて出勤して仕事をしていたといいます。常に人手不足なのでいつでも受け入れられ、店舗側は辞められたくないのでそれを了承していたといいます。学生バイトにとっては 「いい職場だった」 といいます。その分、従業員は毎日何人分もの業務をこなしていました。

 すかいらーくは人手不足が常態化した今年に入り、大半の店舗で午前2時閉店とするなど24時間営業の見直しが相次でいます。
 昨年11月、全国223店舗を展開するロイヤルホストは今年1月までで24時間営業をやめることを決定しました。早朝や深夜の営業短縮も進めており、定休日も導入を検討していく方針ということです。人手が一層足りなくなる年末年始を控え、年中無休の見直しにまで各社が踏み込み始めました。理由は、人手不足で賃金が上がり、売上高がコストに見合わなくなってきているためです。人が集まらない中で無理に営業すれば従業員に長時間労働を強いることにもなります。
 リクルートジョブズの調査では、首都圏、東海、関西の大都市における外食産業の時給は上昇を続け、17年10月時点では985円で過去最高を更新しました。「特に深夜の時間帯はアルバイトの確保が難しい」 (すかいらーく) といいます。アルバイトの争奪戦で時給を上げても十分に人手を確保できず人件費のコスト増も経営の重荷になっています。

 ロイヤルホストは昨年の春闘でインターバルを導入させました。それくらい長時間労働があったということにもなります。長時間労働の問題はサービス業界でも避けられない課題になっています。
 生活習慣の変化で、深夜の利用客が減っているという事情もあります。その分、来客が多い昼や夕食の時間帯の人数を手厚く配置したほうが、より充実したサービスができるようになるという説明です。
 来年から休業日を導入します。大半の店舗を対象にロイヤルホストやステーキ店 「カウボーイ家族」 は年に3日を休みにします。
 天丼店 「てんや」 で元日を休業日にします。
 それぞれ、24時間年中無休のビジネスモデルを継続することは負担が大きく、実入りが小さくなってきたといいます。投資した分の回収が期待できません。ライフスタイルの変化や加工食の浸透により、深夜や年末年始に外食チェーンが開いていなくても顧客から大きな不満の声は出ないとみています。


 高島屋や三越伊勢丹ホールディングスは昨年から一部の店舗や売り場の営業時間を短くしています。さらに三越伊勢丹ホールディングスは年末年始の休業を現在の2日から来年は3日にする予定だといいます。「最高の状態で働いていれば、最高のおもてなしができる」 という考えだと説明していますが実際は収益が悪化していることが理由です。
 日本でも、70年代まではほとんどの百貨店が午後6時までの営業で週1回の定休日がありました。三越デパートは、営業は5時45分までで、残りの15分で社員は帰宅準備をします。
 そして地域の小売店とは共存していました。しかし徐々に競合するようになると、売り上げを伸ばすために営業時間が延長されてきました。他に顧客を奪われるのを防止するためということで定休日がなくなりました。
 コンビニ業界では外国人労働者の採用が増えています。他店が早く潰れて欲しいとお互い生き残りに懸命です。
 全体の売り上げ高はデパート業界を追い越しましたが、各店舗の状況は深刻です。その一方では、24時間営業中止の声がささやかれ始めています。


 かつては、大みそかは店舗にとっては1年のほこりを払う大掃除の日でした。掃除が終わると、集団就職で上京した労働者は、お土産をかかえて駅に向かい、元旦を田舎で迎えました。それが少しずつ崩れていきました。
 商店街においては、大型店が出店するに際しては、「大規模小売店舗法 (大店法)」 で地元業者と事前に調整することになっていて出店を調整していました。
 しかし、外資系流通業が相次いで上陸してくると、海外から商業調整は世界貿易機関 (WTO) のルールに反するという指摘をうけるということなどがあって98年に大店法は廃止されます。
 車や大型冷蔵庫の普及などとともに市街地の中心部に大型スーパーマーケットが、郊外には大型店舗が出現し出現して顧客を吸収していきます。労働者や消費者の毎日の生活リズムはなくなります。
 その結果、小売商店は激減し、商店街はシャッター街に代わっていきました。
 また、大型スーパーマーケットや大型店舗は競争を激化させます。
 1993年、西友は、スーパーマーケット業界で初めて元旦の営業を始めました。会社は、簡単に労働者の協力が得られないと判断し、元旦に出勤した労働者には、パートを含めて全員1万円の手当を支給するという条件をつけました。しかし数年後、元旦営業が定着すると手当は廃止されました。


 スーパーマーケットの正月中の営業は、どのような影響をおよぼしたでしょうか。
 商品の日配品 (豆腐や麺類など賞味期限が短く、製造月日が記載されている商品) を製造する会社は、まさに “盆も正月もな” くなって納品を強制されます。備品などを扱う納品会社の労働者には、欠品があると休暇先に連絡が行きます。このようにして関連会社を含めて年間労働時間は増えていきます。
 野菜や果物、魚、肉などの生鮮品については、さすが農家や漁民の人たちはお正月は働きません。ということは、消費者は便利というだけで保存方法でうまくごまかされた “生鮮” 品を買わされていることになるのです。
 農家や漁民の人たちの生活リズムこそが本来のものです。そこにもう一度社会全体が近づける取り組みが必要です。

 年中無休の大型スーパーが出現すると、それまでハムや加工品などを製造・納品していた大手食品メーカーは年間休日が祝・祭日分削減され、その分年間労働時間が増大したといいます。当時、納品は自社で行なっていましたので製造部門だけでなく配送部門もです。メーカーとしては競合会社に顧客を逃がさないために労働者に無理を強いざるを得ませんでした。
 その後、納品は下請け業者や配送業者に依頼するようになっていきます。配達業者の過重労働はこのようなところからも生み出されています。

 今、長時間労働・過労死が大きな社会問題になっています。
 はたして長時間労働・過労死はそれを生み出した会社だけに問題があるのでしょうか。
 お正月という多くの労働者がいつもよりはゆっくりとくつろぐことができる時、違ったお正月を迎えている労働者に思いをはせ、労働者にとって本当の “働きかた改革” について考えてみるのも必要ではないでしょうか。


   「活動報告」 2017.1.20
   「活動報告」 2016.11.8
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「みんなで渡れば怖くない」 が会社の危機に
2017/11/10(Fri)
 11月10日 (金)

 日産、スバル、神戸製鋼などで品質管理体制の不正が発覚しています。
 しかし記者会見をする当該の会社上層部には、なんで今頃、違法ではないことでこんなに騒がれるんだ、他社でもやっている、という困惑がありありです。そこには 「みんなで渡れば怖くない」 と黙認してきた業界の“団結” と監督行政との “連携” の崩壊の実態があります。何らかの形で発覚してきた企業だけが叩かれています。
 不正の自覚がない日産やスバルの労働者の中には、冬季のボーナスは大丈夫だろうかの心配のほうが大きいといいます。
 1つの企業に閉じこもった労使関係のなかで、自分の技能、製品の出来具合にこだわり、自慢できるものを社会に提供するという労働者の誇りが消えています。

 10月初めに国内3位の鉄鋼メーカー・神戸製鋼でアルミ部品などの強度偽装が発覚しました。(鉄鋼部門の年間粗鋼生産量は、トップが新日鉄住金で4200万トン、2位はJFEスチール2800万トン、神戸製鋼は3位の720万トン)
 神戸製鋼は1年前にも同じような不祥事が起きています。組織ぐるみでトカゲのしっぽ切りをし、隠ぺいをはかっていたということです。
 今回問題となったのは、強度などを示す検査証明書のデータを書き換え、顧客と契約した製品仕様に適合しているように見せかけ出荷していました。対象製品は自動車、航空機、電子機器など幅広い分野におよび、納品先は、トヨタ自動車や三菱重工業グループ、JR東海など約200社におよびます。
 10月8日、梅原尚人副社長は記者会見で、「組織ぐるみか」 と問われると 「はい」 と答えました。そして 「管理職も含まれている。実際に手を下した、知りながら黙認していた、うすうす知っていた。いろんな段階がある。」 と答えました。
 背景として、「納期を守り、生産目標を達成するプレッシャーの中で続けてきた」 と分析しました。一方で、「品質に関する意識が弱いとは考えていない。(納入先との) 契約を守る意識が低かった」 と釈明しました。そして 「かなり古い時期から (不正が) あった」 とも話しました。10年前から改ざんが続いているケースも確認され、常態化の可能性を認めました。
 神戸製鋼は17年3月期まで2年連続で純損益が赤字決算でした。

 神戸製鋼は記者会見を続けざまに5回行なうことになりました。
 10月下旬になると、子会社で不正や加工品の測定データ改ざんやねつ造されていたと発表しました。製品の中に日本工業規格 (JIS) を満たしていないものがあり、JIS認証が取り消されるという事態も起こっています。JIS取り消しは昨年もグループ会社でありました。品質を軽視する企業体質が改めて浮き彫りになりました。


 検査をする者の資格は国家資格などではなく、企業独自の制度です。企業が自ら決めた有資格者が、企業が決めた手順を進める独自のものです。
 神戸製鋼では、鉄鋼製品でもアルミでも納入先企業が求める寸法や強度などの規格 (協定仕様) に合致しているかどうかを出荷時に工場で検査します。規格から外れていても、使用目的において不足が生じなくて部材として使える場合は、顧客に通知し、了解を得たうえで 「特別採用 (トクサイ)」 と称して出荷していました。
 トクサイは法令に反するものではないので製造業で広く使われていいます。歩留まりを上げる努力はしているものの、わずかに規格から外れる製品は発生するのでそれを救済するのがトクサイという商慣習です。
 同業の関係者のはなしでは、この段階では確かに不具合や事故は想定できないといいます。
 しかし神戸製鋼では規格に合っていない場合でも、検査証明書 (ミルシート) を書き換え、規格通りの製品として出荷していました。これでは顧客先は 「トクサイ」 の伝達がないことになりますので齟齬が生じ、事故が発生する危険性が出てきます。
 「不適切な製品を出荷したことで、すぐにクレームにつながったわけではない。これぐらいなら何とかお客様が使いこなしてくれるのでは、問題ないのではと経験的に感じて、人事異動の少ない工場で長年やっていたのではないか」 (OBの発言)

 11月10日、神戸製鋼所は、検査データ改ざん問題をめぐる社内調査の報告書を経済産業省に提出し、公表しました。
 報告書は、データ改ざんや捏造 (ねつぞう) について、①収益評価に偏った経営と閉鎖的な組織風土 ②バランスを欠いた工場運営 ③不適切行為を招く不十分な品質管理手続き ④契約に定められた仕様の順守に対する意識の低下 ⑤不十分な組織体制――の5項目が原因と結論づけました。
 再発防止に向け、「品質憲章」 の制定や対話集会の充実、不適切な行為を可能としたシステムの仕組みの見直しなどに取り組むとしました。また、「品質管理」 と 「品質保証」 の機能を明確に分離し、強化するといいます。
 OBは 「(不正を) 見ていながら見ないふりをする企業風土があった。しかし、不正を発見したら注意する文化を育ててきたつもりだ。結局、企業文化を作れなかったということか。経営陣の責任だ」と話しています。


 10月2日、日産自動車は、国内全ての車両組み立て工場で資格のない従業員が完成検査をしていた問題で、再点検のため販売済みの約121万台をリコール (回収・無償修理) する方針を発表しました。
 不正は国交省の抜き打ちの立ち入り検査で発覚しました。完成検査は道路運送車両法に基づき実施されるもので、本来は国がする出荷前の安全確認をメーカーが代行して実施します。国交省は各社が社内規定で認定した 「官製検査員」 が行うよう定めています。しかし、日産ではこの認定を受けていない 「補助検査員」 だけで一部の検査を実施していました。現場では資格者の印章の流用や書類偽装が常態化していました。
 西川社長はこうした事態が起きた背景の一因について、資格のある検査員がしなければいけないという認識が現場で 「多少薄れていたのかもしれない」 との見方を示しました。


 10月28日、スバルは資格を与えていない従業員に新車の検査をさせていたと発表しました。30年以上にわたって続いていた慣行で、日産自動車の無資格検査問題を受けた社内調査ではじめて判明したといいます。
 スバルでは資格者を、検査の知識の習得や現場での研修を経て、筆記試験に合格した者を認めています。しかし筆記試験前の無資格者が検査に携わっていました。
 検査後は、正規の 「完成検査員」 の印章を流用し、法令通りに検査したと見せかけていました。


 今回だけでなく製造業での不祥事が相次いでいます。
 本来ならもっと早くに内部からの告発があっても不思議ではありません。それよりも内部告発を抑制する風土・社風がありました。
 「納期を守り、生産目標を達成するプレッシャーの中で続けてきた」 などという理由だけでは説明しきれません。
 「組織ぐるみ」 「管理職も含まれている。実際に手を下した、知りながら黙認していた、うすうす知っていた。いろんな段階がある」、「品質に関する意識が弱いとは考えていない。(納入先との) 契約を守る意識が低かった」、「不適切な製品を出荷したことで、すぐにクレームにつながったわけではない」、「(不正を) 見ていながら見ないふりをする企業風土があった」 などの認識をどう捉えたらいいのでしょうか。

 中根千枝の 『タテ社会の人間関係』 (講談社現代新書) から探ってみます。
「日本人が外に向かって (他人に対して) 自分を社会的に位置づける場合、好んでするのは、資格よりも場を優先することである。記者であるとか、エンジニアであるということよりも、まず、A社、S社のものということである。他人がしりたいことも、A社、S社ということがまず第一であり、それから記者であるか・・・ということである。・・・
 ここで、はっきりいえることは、場、すなわち会社とか大学とかいう枠が、社会的に集団構成、集団認識に大きな役割をもっているということであって、個人のもつ資格事態は第二の問題となってくるということである。・・・
 『会社』 は、個人が一定の契約関係を結んでいる企業体であるという、自己にとって客体としての認識ではなく、私の、またわれわれの会社であって、主体化して認識されている。そして多くの場合、それは自己の社会的存在のすべてであり、全生命のよりどころというようなエモーショナルな要素が濃厚にはいってくる。
 A社は株主のものではなく、われわれのものだという論法がここにあるのである。この強い素朴な論法の前には、いかなる近代法といえども現実に譲歩せざるをえないという、きわめて日本的な文化的特殊性がみられる。」
「このような枠単位の社会的集団認識のあり方は、いつの時代においても、道徳的スローガンによって強調され、そのスローガンは、伝統的な道徳的正当性と、社会集団構成における構造的な妥当性によってささえられ、実行の可能性を強く内包しているのである。」
「外部に対して、『われわれ』 というグループ意識の協調で、それは外にある同様なグループに対する対抗意識である。・・・したがって、個人の行動ばかりでなく、思想、考え方にまで、集団の力がはいり込んでくる。こうなると、どこまでが社会生活 (公の) で、どこからが私生活なのか区別がつかなくなるという事態さえ、往々にして出てくるのである。これを個人の尊厳を侵す危険性として受けとる者もある一方、徹底した仲間意識に安定感をもつ者もある。要は後者のほうが強いということであろう。」

 日本では、会社という 「場」 は、使用者も労働者も 「われわれ」 です。ここがヨーロッパの労使関係の構造とは決定的に違います。そしてそこではいわゆる “しがらみ” の関係性が大きく作用します。「みんなで渡れば怖くない」 の発想、意志一致はこのようななかから生まれます。そして扇動する者が最も強い愛社精神をもっていると評価されます。
 規律違反、違法行為にたいする不安感や恐怖感も払拭され、逆に自信となっていきます。
 今回の事態はこのような中から常態化しました。まさしく会社ぐるみとしてです。
 これがさらに進むと 「人権は会社の門の前で立ち止まる」 (熊沢誠) になっていきます。
 しかし 「われわれ」 はリスク管理の意識を欠落させます。外部からの指摘に対してはなすすべがありません。会社にとっては世論と取引中止が一番のリスクです。神戸製鋼は存亡の危機がいわれています。

 人類学者の中根千枝は 『タテ社会の人間関係』 のなかで日本社会をインド社会と比較しています。
「日本に長く留学していたインド人が、筆者に不思議そうに質ねたことがある。
『日本人はなぜちょっとしたことをするのも、いちいち人に相談したり、寄り合ってきめなければならないのだろう。インドでは、家族構成としては (他の集団成員としても同様であるが) 必ず明確な規則があって、自分が何かしようとするときには、その規則に照らしてみれば一目瞭然にわかることであって、その規則外のことは個人の自由にできることであり、どうしてもその規則にもとるような場合だけしか相談することはないのに。』
 これによってもわかるように、ルールというものが、社会的に抽象化された明確な形をとっており (日本のように個別的、具体的なものではなく)、『家』 単位というような個別性が強くなく・・・個人は家の外につながる社会的ネットワーク (血縁につながるという同資格者の間につくられている) によっても強く結ばれているのである。」

 確かに日本では、契約関係も形式で遵守しなくてもいいという認識があり、規則・法律の履行に際しても “伺いをたて”、それに従います。契約内容に従う、規則・法律を遵守する者は “融通がきかない者” として 「われわれ」 から排除されます。
 そのため自分を守るという手法からも法遵守意識が希薄になっていきます。
 このようななかさらに中央集団的組織が強化されます。

 なぜ法遵守意識が希薄なのでしょうか。
「『タテ』 のエモーショナルな関係は、同質のもの (兄弟・同僚関係) からなる 『ヨコ』 の関係より、いっそうダイナミックな結び方をするものである。古い表現をとれば、保護は依存によって答えられ、温情は忠誠によって答えられる。すなわち等価交換ではないのである。
 このために 『ヨコ』 の関係におけるよりいっそうエモーショナルな要素が増大しやすく、それによって、いっそう個人が制約される。この関係は下 (子分) をしばるばかりでなく、上 (親分) をも拘束するものである。『温情主義』 という言葉に表されている情的な子分への思いやりは、つねに子分への理解を前提とするから、子分の説、希望を入れる度合いが大きい。」
「西欧的な意味でのコントラクト (契約) 関係が設定されにくいいということは、すでにふれた丸抱え式雇用関係にもはっきりあらわれている。筆者は、日本の近代企業が、その初期から、労働力の過剰・不足にかかわらず、終身雇用的な方向をとってきているという事実は、雇用において、西欧的な契約関係が設定されにくい (雇用する側とされる側と両方に原因があるのだが) という理由に求められるのではなかろうかと思うのである。経営者側としては、当然、コンスタントな労働力を確保するために、労働者 (特に熟練労働者) のひきとめ策として、コントラクト制を発展させる代わりに、より日本人にあった生涯雇用制の方向をうちだしてきたのではなかろうかと思う」
 労・使双方が受け入れてきた経緯があります。
 労は、雇用を維持させるために契約内容を変更させてきました。これに対して、使は抱き合わせ・バーターとして別項目の受け入れを求めてきました。その関係性が今の労使関係を形成しているという事実もあります。


 今回の神戸製鋼等の事態をみるとき、労働組合は役割の捉え返しが必要です。労働組合は会社から独立して存在し、監視し、発言をしていかないと不正を隠ぺいする共犯者となり、自己の技能を否定し、運命共同体の道を歩むことになります。会社の不正に手をかす労働組合はまともな労働運動をできるはずがありません。
 まず労働者を統制するのではなく、会社からも労働組合からも 「自立」 させなければなりません。とはいっても、昨今の 「自己責任」 の強制とは違います。お互いに個人・個性を尊重し、人権を保障し合うことから始め、その上での横のつながりをつくる必要があります。そうすると仕事への誇りと責任を自覚できます。そして問題があると思われた時はきちんと声を上げることができます。
 労働組合は、労働者が会社や周囲からの攻撃を受けた時に盾になる役割をはたす存在です。
 労働組合は、負の現実を労働組合再生の契機に作り替えていく必要があります。
 

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連合 「勝手に決めるな!」
2017/07/25(Tue)
 7月25日 (火)

 7月13日、連合の神津会長は安部首相と会談し、これまで反対の姿勢を表明してきた 「高度プロフェッショナル制度」 の創設を条件付きで容認する姿勢を表明したことを明らかにしました。そして3月ころから水面下で政府と交渉をつづけてきていたことも明らかにしました。
 「高度プロフェッショナル制度」 はいわゆる 「残業代ゼロ法案」 です (2015年2月17日の 「活動報告」 参照)。労基法を改正する法案は2015年4月に国会に提出されましたがこれまで一度も審議がおこなわれていません。

 労働政策にかんする決定・変更には必要な手続きとして政・労・使で構成される労働政策審議会での議論が必要です。
 「高度プロフェッショナル制度」 に関する労働政策審議会の建議は2015年2月13日に 「今後の労働時間法制等の在り方について (報告)」 として行われました。報告書から 「高度プロフェッショナル制度」 に関する部分を抜粋します。
「4 特定高度専門業務・成果型労働制 (高度プロフェッショナル制度) の創設
 時間ではなく成果で評価される働き方を希望する労働者のニーズに応え、その意欲や能力を十分に発揮できるようにするため、一定の年収要件を満たし、職務の範囲が明確で高度な職業能力を有する労働者を対象として、長時間労働を防止するための措置を講じつつ、時間外・休日労働協定の締結や時間外・休日・深夜の割増賃金の支払義務等の適用を除外した労働時間制度の新たな選択肢として、特定高度専門業務・成果型労働制 (高度プロフェッショナル制度) を設けることが適当である。
 なお、使用者代表委員から、高度プロフェッショナル制度は、経済活力の源泉であるイノベーションとグローバリゼーションを担う高い専門能力を有する労働者に対し、健康・福祉確保措置を講じつつ、メリハリのある効率的な働き方を実現するなど、多様な働き方の選択肢を用意するものである。労働者の一層の能力発揮と生産性の向上を通じた企業の競争力とわが国経済の持続的発展に繋がることが期待でき、幅広い労働者が対象となることが望ましいとの意見があった。
 また、労働者代表委員から、高度プロフェッショナル制度について、既に柔軟な働き方を可能とする他の制度が存在し、現行制度のもとでも成果と報酬を連動させることは十分可能であり現に実施されていること及び長時間労働となるおそれがあること等から新たな制度の創設は認められないとの意見があった。」
 労働者代表委員からは高度プロフェッショナル制度は認められないという意見が述べられたと明記されています。連合会長は 「方針転換ではない」 と力説しますがどう見ても大きな方向転換です。
 連合会長の容認の表明は労政審を否定し、「建議」 を愚弄し、実質的法改正の内容を国会以外で決定するものです。これまでも労政審は 「政・使・使」 で構成されていると揶揄されてきましたがそれをも飛び越えています。


 長時間労働を合法化する動きはこれまでもありました。
 98年9月25日、男女雇用均等法と労働基準法が改正されました。均等法では男女差別禁止の強化がはかられましたが、引き換えに女性労働者に対する時間外労働、休日労働、深夜労働の規制などが撤廃された。時間外労働、転勤などを了承して男性並に働く女性労働者については男性と同じような処遇をするチャンスを与えるというものです。
 法改正で労働時間についての規制が撤廃されたといえる状況になりました。使用者はやり放題です。この中で労働者に成果主義賃金制度、ノルマ・評価制度が導入されます。
 法改正に際して全国で反対運動が盛り上がり、連日反対する労働者と労働組合は国会を包囲し、労働省前で抗議行動を続けました。
 今捉え返すと、この時に労働者と労働組合は女性労働者と同じように男性労働者の労働時間規制の対案を出して長時間労働の問題提起をすべきでした。

 2005年6月21日に日本経団連が 「ホワイトカラーエグゼンプションに関する提言」 を発表すると反対運動が盛り上がりました。同時に、合わせて行われようとした労働契約法の制定についても議論がまき起こりました。労働契約法案は現在の内容とは大きく違います。
 「ホワイトカラーエグゼンプション」 導入は労基法改正によってです。当時の労働契約法案反対の意見は、労基法を改正して盛り込めはいい項目をなぜ新たな法律として独立させるのかということでした。労働契約法で労使の契約・労働条件が 「民民契約」 として個別的に決定されていくと強制法規である労基法、労働組合法が持つ集団的労使関係が否定されてしまう危険性を指摘したものです。そのなかでホワイトカラーエグゼンプションが導入され、その条件である年収基準がどんどん下がっていったら労基法は機能しなくなることを危惧しました。
 このような労働法制の流れを見るなら、ホワイトカラーイグゼンプションの導入は、単に 「残業代ゼロ」、過労死が増大するという問題だけではありません。それまでの労使関係が崩壊し、労働者の働き方 (働かされ方)、労働に対する価値観を強制的に変革させられて、会社と一体化してがむしゃらに働く労働者群を作り出す労働者群を作り出そうとするものでした。
 ホワイトカラーエグゼンプションに対して労働者と労働組合は 「残業代ゼロ」 のスローガンを掲げて反対の声を大きくして阻止しました。同時に労働契約法案も大きく修正させました。しかしこれ以降、労働時間短縮の闘争は取り組まれず、長時間労働・ 「過労死」 の問題は忘れられて放置されたままでした。
 今捉え返すと、この時に労働者と労働組合は 「残業代ゼロ」 ではなく、「残業ゼロ」 の対案と 「ワーク・ライフ・バランス」 を問題提起すべきでした。
 
 政府が推し進めてきた “働きかた改革” は、ホワイトカラーイグゼンプションの焼き直しをした変化球による攻撃でした。しかし “働きかた改革” の議論の最中にも過労死が起きています。長時間労働・過労死の問題は、全国過労死を考える家族の会の闘いなどで社会問題として取り上げられるようになってきました。
 電通でおきた過労自殺に労働組合も連合にも自分たちの仲間が殺されたという自覚がありません。もしかしたら仲間とすら思っていないのかもしれません。今の連合にとって仲間は 「政」 であり 「使」 なのです。過労自殺にたいして労働組合は会社の共犯者です。仲間というよりは今はやりの言葉でいうなら 「お友達政・労」 です

 連合についての評価は発足当時からさまざまに分かれます。労使協調路線に純化した、経済界のふところに抱え込まれた、発足時はそう思われなくても遅かれ早かれ戦時中の 「産業報国会」 の二の舞になるなどなど。
 今回、会社と一体化してがむしゃらに働く労働者群を作り出すことを容認するということでは 「産業報国会」 を連想させます。今、政治が戦前回帰していますが、労働組合も巻き込まれています。すでに 「産業戦士」 ならぬ 「企業戦士」 の多くが過労死してきました。また 「官製春闘」 になんの恥じらいも感じません。
 ユニオンショップで組合員を強制的に加盟させている企業内労働組合の集まりである連合は、政府や経済界がお墨付きを与えられたからといって労働者の代表とはよべません。


 労働条件を規制するには2つの方法があります。1つは国が法律によって。2つ目は労働組合の力です。しかし日本では2つともあてになりません。そして今回の連合神津会長と安倍首相との会談はそのどちらでもありません。
 今回の会談が明らかになると、連合本部まえで抗議行動を行なう労働組合があらわれていました。労働者にとっては必死の思いです。連合はその思いと乖離しています。

 それにしても連合という組織の運営方法、民主主義にも驚かされます。組織としての合意がいとも簡単に反故にされています。代表が必要だと思ったら運動方針を勝手に変更することが許されるのでしょうか。傘下の労働組合は諮問機関なのでしょうか。民主主義が存在しません。
 しかし会長の独走も “諮問機関” は承認するという判断があったからおこなわれたのです。なめられています。

 イギリスのシドニー・ウエッブの 『産業民主制論』 には、民主化という言葉に2通りの意味があるとあります。東大学長だった大河内一男は終戦直後の労働組合の状況についてインタビューに答えていますが、そこで 『産業民主制論』 について触れています。
「『組合民主主義』 の問題というのが日本ではあまり検討されなさ過ぎているのではないかという感じが、ぼくには非常に強かったのです。たとえば民主主義の労働組合運動というと、いつも指導者が政府や経営者を相手に派手に闘争するんだというような、外を向いて相手と闘争する組合の姿だけが話題になってしまう。
 これに対して、組合内部が、1つの組織体として、近代的にどれだけ民主化されているのか、団体としての意思決定はどのように行なわれるのか、それがどう執行され、誰が何に対して責任をもつのか、さらに組合の役員はどういうふうにして選出されるのか、組合の財政はどう民主的に運営されているのか、そういった組合内部のガバナンス面と、あるいは内部統制の面は、日本ではどうも関心がもたれなさすぎるのではないか、そう思った。労働組合というものは、外に向かっては闘争体であるとともに、内に向かっては1つの経営体でなければならないのですが、その点の重要性は、ウエッブが強調していたほどには日本では誰も感得していないのではなかったでしょうか。」 (『大河内一男 社会政策四十一年 記憶と意見』 東京大学出版会 1970年) 

 労働組合は時には交渉相手に持っている力以上に強がる必要もあります。かつての春闘ではトップ交渉に力点が置かれ、対等な立場で交渉ができることを労使の民主主義ととらえられました。その時には一糸乱れぬ姿勢を示すことが必要です。そのなかで多様な意見は吸収されずに抑圧されていきます。それを団結と呼びました。
 トップ交渉に力を入れる裏側で、下部での戦いはおろそかにされ、労働組合の力は奪われて空洞化していきました。ますます上意下達の組織となります。
 しかし本当の強さは職場での日常的闘い、そこで醸し出される知恵、想像力などによる工夫などと成果の共有です。それが忘れ去られました。
 日常的闘いと監視がないと 「政」 と 「使」 にからみとられます。労働組合の力は数ではありません。


 今回の 「事件」 を契機に組合民主主義というものを連合傘下の労働組合だけでなく点検してみる必要があります。
 かつてホワイトカラーエグゼンプションの導入を阻止したのは連合の力ではありません。全国のどこにも組織されていない小さな労働組合・ユニオンや個人の労働者、市民の怒りが一つになって勝ち取ったものです。
 もう一度そのような力を 「政」 「使」 だけでなく連合にも見せつけるときがきました。

   「活動報告」 2017.7.11
   「活動報告」 2015.2.17
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