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飲食禁止要請政策の目的は
2021/07/27(Tue)
7月27日 (火)

 7月19日の毎日新聞の川柳です。

   テレワーク 出来ぬ仕事が 世を支え

 何を題材にしたのかというと、7月14日の朝刊記事 「税収最大 大企業頼み 60.8兆円 製造業が下支え」 です。
「国の2020年度税収が60・8兆円となり、18年度 (60.4兆円) を抜いて過去最大を更新した。財務省が20年12月に示した想定から5兆円超も上振れした形となり、担当者も『想定外だ』と驚きを隠せない。新型コロナウイルスの影響で日本経済が冷え込む中、なぜ税収だけが拡大したのか。背景には企業が納める法人税の仕組みが影響しているようだ。」

「税収の上振れは、主に消費税、法人税の伸びが要因だ。消費税は19年10月の税率引き上げが影響したとみられ、20年12月時点の想定より1.7兆円多い21兆円に。所得税 (20年度税収は19.2兆円) を抜き、税目別でトップに立った。
 一方、予想外だったのが法人税の上振れだ。20年12月時点での税収見通しは8兆円。コロナ禍による経済低迷で、19年度実績 (10.8兆円) を大きく下回る想定だったが、結果的には11.2兆円となり、想定を3.2兆円もうわまわった。」

 もう少し細かく見てみます。
「経済が低迷したにもかかわらず、法人税が逆にのびたのはどうしてなのか。SMBC日興証券の宮前耕也シニアエコノミストは 『飲食などサービス業はコロナ禍の打撃を強くうけたものの、製造業の大企業は外需の回復傾向を受け業績は悪くなかった。この違いが法人税の動きに影響した』 と解説する。」

「法人税は企業の利益に対して課されるため、赤字企業には納税義務が発生しない。財務省によると、法人税の主要な納税者は例年、『大企業・中堅企業』。安定した利益を上げられる企業群が法人税収を支えている構図だ。
 これに対し、飲食などサービス業は小規模事業者が多く、慢性的な赤字経営を強いられているケースも珍しくない。コロナ禍はサービス業に壊滅的な打撃を与えたが、『(もともと法人税を納めていない) 赤字事業者が一定程度あり、全体の法人税収には大きな影響がなかったとみられる』 (宮前氏)
 一方で、自動車メーカーなど大企業は外需の恩恵で20年後半から業績の改善が鮮明になってきた。これが法人税の増加に直結し、最終的に膨らんだとみられる。」


 なるほど、この間政府が進めてきたコロナ禍対策の内実が見えました。
「(もともと法人税を納めていない) 赤字事業者が一定程度あり、全体の法人税収には大きな影響がなかったとみられる」。政府としてはサービス業界に支援策、協力金を給付しても将来的 “見返り” が期待できません。できたらこのまま閉店、倒産してほしいという思いだったのでしょう。そのために審査などを複雑にして支給を遅らせる・・・。

 一方、ワクチン接種は、当初は自治体単位で高齢者が優先でした。医療従事者が不足でうまく進まないとわかるとが、大規模接種を危機にかこつけてちゃっかりと自衛隊を動員して開始しました。
 さらに大企業の職域単位での実施が並行して進められるようになりました。法人税をきちんと収めている企業の労働者への優遇策です。
 政府の感染予防対策は、納税高に変えられました。中・小・零細企業は取り残されました。
 公衆衛生が公然と二重行政で行われます。

 明治になってコレラが流行した時、人びとは地域ごとに 「衛生委員会」 をつくって防止に取り組みました。その組織は下からの地方自治の様相をみせました。すると警察権力は潰しにかかります。
 今回の二重行政も、政府は自治体、地域医療機関の英知、献身に水を差しました。政府に対する行政の不信感はなかなか回復しないことになるでしょう。


 同じ紙面の隣に 「コロナ予算3割未使用 20兆円 協力金支払い遅れ」 の見出し記事が載っています。
 主な新型コロナ対策事業の状況についてです。
 飲食店などへの協力金 予算額 3兆6300億円 → 残り 2兆6600億円 (4月末時点)
 中小企業の事業再構築支援 1兆1500億円 → 1兆1500億円
 GOTOトラベル 2兆3700億円 → 1兆4300億円
 GOTOイート 2500億円 → 1100億円
 総額 約73兆円 → 20兆円程度
 ちなみに、行政が事業を実施する際の予算には、民間業者のピンハネも見積もった人件費が計上されます。「人手が足りなかった」 は理由になりません。


 また、5月に政府が発表した調査報告によると、コロナ禍で外出を控えるようになると個人の総預貯金額は1兆数千億円増えたといいます。
 二人以上の世帯における2020年平均の1世帯当たり貯蓄現在高 (平均値) は1791万円で,前年に比べ36万円、2.1%の増加となり、2年連続の増加となっています。貯蓄保有世帯全体を二分する中央値は1061万円 (前年1033万円) となっています。
 その一方で、預貯金を事業維持に当てている世帯、取り崩してしまった経営者たちも大勢います。

 コロナ禍で感染防止対策が叫ばれてきましたが、一方で「経済」が対抗馬としていわれ続けていました。個人の総預貯金額が増えていることが想定されるとGOTOトラベル、GOTOイート政策が打ち出されました。OTOトラベル、GOTOイートの対象はきちんと納税している観光産業、観光関連のサービス業です。そうすると 「人流」をつくる危険性に関係なく奨励されました。しかし世論からの批判をうけ中止になっています。

 さまざまな局面で格差が作り出されて急激に拡大しています。


 コロナ感染予防のために 「人流」 を止めることを1つの目的としてテレワークが奨励されています。
 しかし、騒がれているほど成果を上げていません。コロナ禍にあっても社会を下支えしているのはテレワークの労働者ではなく生産現場の労働者、エッセンシャルワーカーズ、サービス業に従事している労働者です。だれでもテレワークに移行できるわけではありません。
 それよりもテレワークは大量の精神的・肉体的体調不良者を作り出している実態があります。「人流」 を止めることは、社会、会社でコミュニケーションを不可能にもします。


 6月2日の日経新聞に 「テレワーク成功の勘所」 の見出し記事が載りました。
「新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐ目的でテレワークが日本に広がり始めてから1年強、生産性の改善はあまり進んでおらず、2人に1人がいまだ効率低下に悩んでいる――。こんな実態が最新の独自調査で判明した。役職別では特に課長クラス、次いで経営者・役員の生産性に課題があると分かった。」
 世代によっても仕事の仕方、人間関係の作り方・あり方・期待が違ってきています。

「21年4月の最新調査で 『テレワークによる業務の生産性は、職場 (派遣・常駐先を含む) で仕事に取り組む場合を100とした場合、どれくらいですか』 と質問したところ、『100超』 つまり上がったと答えた人の割合は21年の2回目宣言中が26.7%、解除直後は23.7%だった。20年10月の前回調査 (27.5%) よりわずかに減った。
 生産性が下がった人の割合は21年の2回目宣言中が46.7%、解除直後が51.1%だった。20年10月の前回調査 (48.5%) に近い結果となった。20年春にテレワークが日本で本格的に始まってから1年強が経過したが、生産性の改善については半年ほど前から進んでいない実態が浮かび上がった。」 

「テレワークの実施頻度と生産性の関連についても調べてみたところ、テレワーク中心の人は、出社中心の人よりもテレワークの生産性が高い傾向が見えた。週3日以上テレワークする人のうち、生産性が上がったと答えた人は35.1%に上った。週3回未満の人の場合、生産性が上がった人は7.4%だった。実に27.7ポイントの開きがあった。
 テレワークの実施頻度が週3日未満の人のうち生産性が下がった人は70.4%と、週3日以上実施する人の同割合(37.7%)より32.7ポイントも多かった。この結果からも、頻繁に実施するほど効率が高まりやすいといえそうだ。」

 これをどう見るかは見解が分かれます。
 労働者は、テレワークだけでも生産性は上がらないということではないでしょうか。そこにあるのは “人恋しさ” です。労働者からの生活の視点の分析が欠けています。
 テレワークを長期的に見た時、企業、経営者の視点からの効率だけで判断するのは危険です。

 さらに、労働にとって ”飲み屋” とはどう位置付けられるでしょうか。
 納税しない業界ではなく、労働者にとっては、憩いの場であり、安価で交流でき活力を再生する空間でもあります。必要な空間です。
 政府の一方的飲食禁止要請政策の政策は、飲食業界の自然淘汰を狙ったものだけではなく、労務対策の一環になっているように思われます。注意をしなければなりません。

 「活動報告」 21.5.18
 「活動報告」 21.3.19
 「活動報告」 20.12.15
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想像する
2021/07/23(Fri)
 7月23日 (金)

 まもなく8月です。ある団体から 「平和資料館をめぐって、次世代に伝えていくこと」 のテーマで原稿依頼がありました。

  「想像する」

 イタリアの哲学者アガンベン・ジョルジョの著書 『アウシュヴィッツの残したもの――アルシーヴと証人』 (月曜社) からの抜粋です。
「収容所のあまりに過酷な環境の中で、人間性の零度にまで到達してしまったユダヤ人たち (ムーゼルマン) は、気力も体力も完全に失い、一切の人間的な反応を示さなくなった。」
「ナチスの収容所の現実について証言することができるのは、まさにその恐怖に立会い、生き残ったムーゼルマンだけだが、しかしまさにそれがゆえに、彼は何ごとも語ることができない。」
 恐怖や失望は、感情を麻痺させます。“人間の破局” です。生きることを否定された人たちは、生き延びた後には語ることも奪われています。記憶が失われたりします。「そんなもんじゃない」 といってもそれ以上を語れないこともあります。“証言の不可能性” です。
 同じようなことが 「アウシュヴィッツ」 を 「広島・長崎」 に置き換えていわれています。今も語ることを拒む被爆者が大勢います。

 戦争の残酷さの伝承のために、記憶を風化させないために各地に祈念館が建てられています。そこに至る経過では、必要・不要の攻防を経て創られた後にも、展示内容の評価をめぐって論争が起きています。
 しかし展示物は、目的のほんのわずかしか語りえていません。ここにも “証言の不可能性” があります。
 アウシュヴィッツに残っていた髪の毛や服・靴などにはそれぞれに持ち主がいました。広島には弁当箱をいれた鞄を背負った生徒たちがいて、焼けて溶けた瓦屋根の下で生活をしていました。髪の毛や鞄は “モノ” ではありません。1人ひとり違う生活があり、違う人生があった証拠です。それが否定されました。代わりに語るのが “モノ” です。
 何とか生き延び、体験を語り始めた人たちも終戦後75年過ぎると亡くなっていきます。代わりに証言する 「被爆体験伝承者」 が出てきています。記憶を書き残し始めた人たちもいます。

 その残酷さは、展示物のようなものだけではありませんでした。
 『原爆の図』 を描いた丸木俊さんは、高校の日本史の教科書からそれまで使用されていた 「原爆の図」 のカットが削除されたとき、文部省に抗議に赴きました。「私の絵が悲惨すぎるというが、まだ足りない。描けなかったものがある。匂いだ。あのような悲劇を繰り返さないためにも削除してはいけない」 と訴えました。
 14部からなる 『原爆の図』 にはたくさんの死者や負傷者の姿が描かれています。しかし傷を負い、血を流している死者や負傷者は数人です。俊さんは、傷や血は 「かわいそうで描けなかった」 といっていました。しかし 『原爆の図』 を観る者は連想しています。
爆音や悲鳴などの “音” もそうです。

 資料館は、訪れる者に 「語ることができない」 人たちの 「人間の生の叫び」 を “想像” させます。その想像は、パーツの展示物としてではなく、その時代、事象が、実際はもっと悲惨なものであったことを連想させます。
 そして想像・連想を 「今」 にたぐり寄せることができます。未来を想像・連想できます。それが 「平和」 を創る力になったとき、人間であることを否定され、語れなくされた人たちの生をいき返らせることができます。


 オリンピック開催がまもなくとなったときに飛び込んできたのがオリンピック関係者のユダヤ人大量虐殺を揶揄した 「ユダヤ人大量惨殺ごっこ」 のニュースです。

 1928年に締結された 「パリ不戦条約」 を取り上げた、オーナ・ハサウェイスコット・シャピーロ著 『大逆転の大戦争史』 (文芸春秋) です。第一次世界大戦から現在までの国際連盟・連盟での議論、戦争犯罪に関する制裁についての解説が載っています。戦争犯罪についてはルーツも紹介されています。
 その中のナチスに関わる箇所です。
「(ヒトラーの法律顧問) シュミットは、すべてのユダヤ人を 『寄生虫』 と呼んだ。なぜならユダヤ人はより優秀な国の思考様式をまねることしかできないからだ。そして彼はヒトラーの 『我が闘争』 の言葉を引用して、話を締めくくった。『ユダヤ人と闘うときには』 と我らが総統はかつて言われた。『わたしは支配者の仕事をする』 と」

「シュミットが予言した戦争ではないものの、敵を一掃しようとする戦争が差し迫っていた。・・・
 その会議でヒトラーは最高顧問を招集して秘密会議を開いた。その会議でヒトラーは 『生存権』 政策を宣言し、顧問たちを驚愕させた。ドイツに広大とは言えない、とヒトラーは言った。『ドイツ民族集団は、人種的中核として窮屈に押し込められている』 ・・・ドイツは拡大しなければならないその第一歩としてオーストラリアとチェコスロバキアを奪取し、ドイツの脇腹を保護する。次はフランスだ。」

「生存圏」 という概念をヒトラーは 『我が闘争』 で 「国家社会主義者は、外交政策における我々の目的を断固として守らなければならない。それはドイツの人びとのために、地球上での権利を与えられた土地を守ることだ」 といいます。
「ヒトラーが思い描く未来像は、世界経済に組み込まれることにより、戦争でできる限りの多くの領土を獲得することを狙っていた。・・・
 しかしヒトラーの計画の背景には、奇妙な人種論もあった。彼の歪んだ世界観では、ドイツ人はスラブ人より優れているのであって東の土地を得る権利がある、とされた。人間が自身の目的のために動物を利用するように、アーリア人は自らの文化を開花させるために、劣等な人種を征服してきたと彼は考えていた。」

 シュミットは、反ユダヤ主義者です。
「シュミットの広域圏構想は、モンロー主義にヒントを得たものであった。欧州諸国が西半球の国々に介入するのをアメリカが防いだように、ドイツには、自分が所有する場所から侵略者を追い出す権利がある。そして中央ヨーロッパはドイツの 『広域圏』 であり、ドイツはその影響力により、外からの干渉を防ぐのだ。シュミットはアメリカの政策を採り入れただけでなく、台頭しつつある西側の同盟を新たな 『神聖同盟』 と見なし、ドイツを、その圧力から弱小国家を守る国と見立てることで、道徳的な優位性をドイツに持たせようとした。また、用心深く、広域圏は政治原則であって人種差別ではいことをしっかりとアピールした。広域圏は友邦を共通の敵から守る大国の権利なのだ、と。」

 1936年、オリンピックがヒトラー政権下のベルリンでで開催されました。このとき、ドイツ国内を聖火リレーが巡ります。ドイツの領土を鼓舞するためです。これが聖火リレーの始まりです。


 迫害は侵略戦争へと進展していきます。
 今でいうなら、ヘイトスピーチは他者の存在を否定し、争いを煽り拡大させていきます。


 ナチスから最初に攻撃を受けたのは、アーリア人公務員、学者、医師・・・
 そして、兵士になれない精神障碍者、負傷していて出兵できない国民・・・
 次がユダヤ人です。600万人が虐殺されたといわれています。


 コロナ禍でイスラエルのワクチン接種率が高いことがニュースになっています。
 過去に人種を絶やされるような攻撃を受けた教訓から民族を維持させるための政策でもあったといわれています。
 今もしっかりと過去の教訓を生かそうとしている人たちがいるなかで、ユダヤ人大量虐殺を題材にした発言は、発言した本人ではなく取り巻く社会の歴史に対する認識の問題です。今回の事態はそのことをあらためて明らかにしました。

 ドイツの敗戦40周年にあたる1985年5月8日、ヴァイツゼッカー西ドイツ大統領は連邦会議で演説しました。
「過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目(ママ)となります。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです。」

 「活動報告」 2020.9.18
 「活動報告」 2015.5.8
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見て見ぬふりは共犯
2021/07/20(Tue)
 7月20日 (火)

 東京オリンピック・パラリンピックの開会式で作曲を担当の小山田圭吾が、過去に雑誌のインタビューで、いじめをしたことを自慢げに語り、まったく後悔していないと述べていたことが表面化し、7月19日辞任を発表しました。

 いじめ問題のとらえ方は、国、社会などによって違っています。
 日本はまだまだ “寛容” です。しかし、世界的なイベントオリンピック・パラリンピックの開会式ということでは、主催国として自分たちの基準で進行できると捉えていたと思われます。

 16年11月24日の 「活動報告」 に書きましたが、のいじめはアメリカでは 「モビング」 といっています。動物学の用語で、鳥が群れを作って違う種類の鳥ふそくしてや弱いメンバーを攻撃することをいいます。
 人間社会でいうならば集団でのリンチ、集団犯罪です。黒人への攻撃などもそういうようです。
 これに対して異議を挟んだ心理学者がいます。
 1969年、スウェーデンの公立学校の校医になったピーター・ポール・ハイネマンは
「子どもたち彼らが特に苦痛だと感じている種類の攻撃を特定することができた。子供たちは長期にわたっていじめが繰り返され、しかもそれに対して自分を守ることができない状況にある時に、最も深く傷つくことが分かった。同等の力をもつ者同士喧嘩は問題ではなかった。本当のダメージは、優位にある者からひっきりなしに苦痛が与えられることによって起きる」
このことからいじめは3つの条件を満たすものと定義づけました。
 いじめとは、「言語的あるいは身体的攻撃であり」、「ある程度の期間繰り返され」、「両者の間に力の差が存在する」。つまり1人あるいは複数の子どもが自分たちの強い立場を利用して相手を支配しようとするものです。「いじめの特徴は、相手がどんなに非力であっても攻撃するということです」
 いじめを行なうのは1人のボス (lone alpha) と少数の手下ということで、昔から英語圏にあった 「ブリ―イング (bullying)」 の言葉を当てます。


 さて、小山田圭吾のどのような行為を問題ととらえることができるのでしょうか。
 障碍者を段ボールに閉じ込めてグルグル回した、・・・。
 彼は、以前の雑誌インタビューで、直接手をさないで 「指示していただけ」 だと 「笑って」 答えていたといいます。そこには少数の手下がいたということです。
 そして、手下の近くには、消極的に加担する者がいました。
 さらに今問題になっている 「見て見ぬふりをする」 観衆がいます。
 フランスでは 「見て見ぬふりをする」 観衆は共犯者となります。
 いじめはそのようにおき、拡大していきます。

 手下、消極的に加担する者、「見て見ぬふりをする」 観衆は共犯者としてずっと苦しんでいたと思います。彼がオリンピック開会式で音楽担当になったと聞いた時にでも、その前のいつでも、俺たちは間違っていた、公にして障碍者に謝ろうと呼びかけていたら今回のような事態にはならなかったと思います。
 しかし今回問題になるまで疑問を感じていなかったようです。


 オリンピック開会式のリハーサルの映像が短時間ですがテレビで流されました。長方形の箱が登場しました。縦にされたり横にされたり・・・  段ボールに閉じ込められた障碍者が連想されました。さぞ怖かったと思います。
 いじめられた当人がニュースをみていたらきっと昔のことを濃厚に思い出していたでしょう。

 その行為と音楽がどう関係あるのだという意見もあります。
 でも、1人の人間として繋がらない事でしょうか。
 いじめた行為と音楽活動が同一人物となってどこでも断ち切れていないのです。認識が連続しています。過去を否定して断ち切ることが必要でした。
 だれでも間違いをおかします。
 でも以前の雑誌インタビューの時から最近まで間違っていたと思っていなかったのです。
 指摘されて間違いに気づくこともあります。そのようなこともなかったようです。
 心の中では悔んでいて、オリンピックの話が舞い込んだ時に 「実は・・・」 悩んでいるとでも漏らしていたら許せます。しかし公にされても居直っていました。
 そこに一番の問題があります。

 現在社会は、貧富が2つの格差社会に分解ではなく、超リッチ、リッチ、普通、貧困、ミゼラブルなどなどに分かれています。
 支配構造も権力をもつ者と持てない者に分けられています。
 おそらく彼は、オリンピック委員会等々が守ってくれるだろうと判断していたのだと思われます。
 しかし、格差が分散すると、通信手段が多様かすると世論は拡散します。貧乏人でも賢い者はたくさんいます。それが今は 「下々」 の力です。
 上にいる者はそれに気が付きません。抑えきれると思っています。


 いじめの問題は、本当に難しいです。誰でも被害者で、誰でもが加害者です。
 いじめと殺人とに境界線はありません。
 日々の相談で、「〇〇のようなことがあった (いわれた) のですがこれはパワハラになるのでしょうか」というような問い合わせがあります。
 このような場合は、「あなたが不快と受けとめたならパワハラです」 と答えます。いじめ・パワハラは 「パワハラ防止法」 の定義や裁判判例で云々ではなく、自分が受け止めた感情です。さらに組織的、構造的に行われていることもあることを見抜かなければなりません。

 「いじる」 という言葉があります。
 ストレス社会ではストレスがないということがストレスになります。
 飛行機の乗務員は、搭乗の前にからかい合います。客からのクレーム等に抵抗力をつけるための訓練です。これはお互いが承知の上です。このようなこと以外はすべていじめです。
 いじめは、芽のうちは回復が早いです。
 気付かせることができるのは 「見て見ぬふりをする」 観衆・周囲です。


 今回の事態は、オリンピック関係者の「 見て見ぬふり」、観衆を黙らせることができる、そのような力を自分たちは持っているという自負が困難を拡大させました。
 繰り返しますが、いじめは、芽のうちは回復が早いです。
 関係者の人権回復が早まります。

 「活動報告」 2016.11.24
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パワハラ防止法を改正して条約批准を
2021/06/29(Tue)
 6月29日 (火)

 職場のいじめ・パワーハラスメンとの相談が増えているという話を聞きます。
 厚生労働省がいじめ・パワハラ問題の取り組みを始めたことがマスコミ等で取り上げられると確かに増えました。それまでがまんしなければならないと捉えていたことが、認められないことだと周知されると労働者は声を上げやすくなりました。世論に押されて会社も変わりました。
 全体的には好転しているように思われます。
 しかし旧態依然の状況を続けている企業もまだたくさんあります。オーナー企業は、会社は自分のものという認識で、治外法権を守っています。そこでは労働者の労働条件はひどい状態が続いています。「パワハラ防止法」 は労働者にとって有効性を持っていません。
 また、経済的に厳しい経営のなかで、労働者に厳しい労働条件を強いている企業もあります。

 もう一つ多い相談に 「〇〇のようなことがあった (いわれた) のですがこれはパワハラになるのでしょうか」 というような問い合わせです。
 このようなときは、「あなたが不快と受けとめたならパワハラです」 と答えます。
 いじめ・パワハラは、「パワハラ防止法」 の定義や裁判判例では云々ということではなく、自分の感情です。ILO条約の定義もそのように解釈できます。


 2019年6月21日、国際労働機関 (ILO) 総会は、187加盟国から5.700人以上の政府、使用者、労働者の代表が参加して 「仕事の世界における暴力およびハラスメントの撤廃に関する条約」 (第190号条約) と付随する勧告を採択しました。
 投票は、加盟国の政府に2票、労働組合と経営者団体に各1票が割り当てられます。
 賛成439票、反対7票、棄権30票と圧倒的です。日本は、政府は直前まで態度を決断できていませんでしたが最終的に賛成、労働組合代表の連合は賛成、経営者団体代表の経団連は棄権しました。
 スウェーデンやイギリス、フランス、ベルギーなど、すでにハラスメント規制が法制化されているヨーロッパ諸国が賛成に回った一方で、アメリカやロシア、日本の経団連は反対、棄権です。

 スウェーデンは、1993年に雇用環境法体系のなかで、「職場における虐待に対する措置に関する政令」 として、世界で初めて職場いじめの予防を法制化しました。
 職場いじめは、被用者に対して行われる直接的で繰り返し行われる非難されるべき、明らかな敵対的行為と定義されます。いじめ予防の責務は使用者にあるとも定められ、現在は労使間においてハラスメント行為が禁止されています。
 フランスは、刑法の中で 「セクハラ罪」 が定義され、罰則規定が設けられたのは1992年7月22日です。これまでに何度かの法改正を経て、2012年8月6日には「セクハラ法」が制定され、セクハラ定義の一層の明確化に加えて、刑罰も 「最長3年の拘禁刑」 「最高4万5千ユーロの罰金」 に重くなりました。
 2001年、職場におけるモラルハラスメント防止策を盛り込んだ 「社会近代化法」 が成立し、モラルハラスメントによる補償も定められました。
 さらに、「刑法」 の中でハラスメントが定義され、「懲役2年と罰金4万5千ユーロ」 の刑罰も定められています。
 アメリカではハラスメント禁止対策法のように法制化されてはいません。
公民権法703条は、性別を理由として雇用を拒否または解雇する、もしくは報酬や条件などを差別待遇することを禁止することを規定し、そのなかにセクシャルハラスメントの禁止が含まれると解釈されています。
 判例では職場でセクシャルハラスメントが発生した場合やしかるべき措置を講じなかった場合に、使用者の責任を認めています。


 条約が採択されたら、加盟国政府は12か月以内に自国の権限ある機関 (日本の場合は国会) に提出し、機関が執った措置をILO事務局長に通知しなければなりません。承認されたら政府はその批准をILO事務局に通告します。
 2つの加盟国による批准がILO事務局に登録されてから1年後に発効し、その後は批准した国ごとに批准登録から1年後に発効します。
 21年6月25日、第190号条約は発効しました。
 しかし日本政府は、国内法の整備を放置したままです。


 採択された第190号条約を確認します。
 前文は、暴力やハラスメントを受けることなく働くことはあらゆる人の権利であり、仕事の世界における暴力とハラスメントは人権侵害あるいは虐待の一形態であると位置づけています。
 そのうえで、1条1項 (a)で、仕事の世界における「暴力とハラスメント」とは、単発的であるか反復的であるかを問わず、身体的、精神的、性的または経済的危害を与える意図があるかまたは結果として危害を与えるか与える可能性のある、許容できない範囲の行為や慣行またはそれらについての脅威であると定義しています。
 「ジェンダーに基づく暴力とハラスメント」 は、「性またはジェンダーを理由として、直接個人に対して行われる、または特定の性若しくはジェンダーに不均衡な影響を及ぼす暴力およびハラスメント」 と定義しています。

 「仕事の世界」 とは、普段仕事をしているオフィスや現場などの職場だけでなく、休憩場所、出張先、会社や事業主から支給される寮、通勤中、メールやSNSなどによるやり取りも含まれます。自宅で仕事をしている場合は、自宅も仕事の世界に含まれます。
 いわゆる職場に限らず、広く仕事に関係する暴力やハラスメントを対象としています。
 保護の対象者となるのは、国内法や慣行によるいわゆる労働者、契約形態の如何にかかわりなく働く人びと、インターンや見習いを含む訓練中の者、雇用が終了した労働者、ボランティア、休職中の者や仕事への応募者、そして、使用者側の権限・任務・責任を行使・遂行する個人も含まれます (2条1項)。
 さらに、批准した加盟国がとるべき措置では、第三者である顧客や取引先、一般の人びと等に対する暴力とハラスメント、あるいはそれらの人びとによるものについての考慮も求めています (4条2項、勧告パラ8(b))。
 コロナ禍によって増えたテレワークなどまた、フリーランス、ウーバーイーツなどの運転手も対象になります。

 加盟国の義務についてです。
 仕事の世界における暴力とハラスメントの防止と撤廃のために、暴力とハラスメントの法的禁止、政策や戦略の策定、執行および監視機能の創設あるいは強化、被害者の救済と支援へのアクセスの確保、制裁の規定、教育訓練および意識啓発、効果的な査察および調査手段の確保などに、包摂的・統合的かつジェンダーに対応したアプローチによって取り組むことが求められています (4条2項)。
 法的禁止とは、ジェンダーに基づくものを含め、仕事の世界における暴力とハラスメントを定義し、禁止する法律や規則を制定することが求められています (7条)。また、雇用や平等に関する法律だけでなく、必要であれば、刑法でも扱うべきとされています (勧告パラ2)。

 条約を読むと、日本政府が採決の直前まで態度を決断できなかったことがわかります。
 日本のいわゆる 「パワハラ防止法」 は、ILO総会の直前の5月に成立しました。
 第190号条約については前年18年の総会でも議論されていて、どのような条約が採択されるかはおおよそ見当がつきました。しかしそれにはそぐわない意向でした。
 18年の総会において、日本政府は、被害の対象者の限定など水準引き下げを要求し、その後ろ向きの姿勢に各国から失笑が漏れたといいます。
 そのことを踏まえると、条約採択を受けて法律を制定するのではなく、その前に制定して条約に沿う法律に整えるための時間を稼ごうという魂胆が見え見えです。
 それでも採択で賛成したのは法案審議の衆参両院で 「国内外におけるあらゆるハラスメントの根絶に向けて、第百八回ILO総会において仕事の世界における暴力とハラスメントに関する条約が採択されるよう支持するとともに、条約成立後は批准に向けて検討を行うこと。」 を含めてたくさんの付帯決議が付けられたことによるといわれます。付帯決議を付けさせたのは世論です。

 これまで何度も書いてきましたが、12年の「円卓会議」の「職場のパワーハラスメントの予防・解決に向けた提言」 (「提言」) は、「パワハラ防止法案」 にむけた18年の「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会報告書」 (「報告書」)、政策審議会での議論において、「パワハラの定義」 や “被害の対象者の限定” による 「第三者からの暴力」 の排除など、使用者側の都合いいように修正されてしまいました。
 そもそも 「検討会」 は、17年3月に政府の働き方改革実現会議が決定した 「働き方改革実行計画」 に盛り込まれた政策で、「働かせ方改革」 の一連のものです。
 条約採択後、厚労省の麻田千穂子国際労働交渉官は、「条約の採択に賛成するかどうかということとは次元の違う話で、国内法と条約の求めるものの整合性について、さらに検討していかなければならない」 と発言しました。批准は考えていないという姿勢の表明です。

 では、IL0総会で経団連の棄権の理由は何でしょうか。
 検討会、政策審議会での議論において使用者側の委員らは、法律に罰則を盛り込むことに執拗に反対しました。学者の委員も仲裁できません。訴訟となり、敗訴して判例で新たな 「パワハラの定義」 がおこなわれる可能性もあるからです。
 最終 「報告書」 を確認する検討会が終了したときは、使用者側の委員らはしたり顔でした。会場をでると慰労し合っていました
実際は、検討会報告書は厚労省が誘導していて、検討会は労働者側から話を丁寧に聞くふりをしながら使用者に配慮していました。

 条約採択後の6月24日、新聞報道によると、経団連の久保田政一事務総長は会見で棄権の理由を問われると 「上司の適正な指導とパワハラは線が引きにくい」 「ILOの条約は定義が広く、(線引きが) どうなるのかはっきり分からない」 と説明したといいます。
 条約の果たす役割、期待を理解しようとしません。

 経団連の姿勢はひとりよがりです。
 経済界や政府の姿勢をみていると、1980年代の日本とアメリカ・ヨーロッパとの貿易摩擦を連想させます。ヨーロッパでは労使共同で時短への取り組みが進められていました。日本は労働者に長時間労働を強いて黒字を蓄積していると非難されました。結果として、労働者の時短は 「外圧」 によって実施されます。
 パワハラ問題も、世界に通用しない、小手先だけの改善で通用していけると思いこんでいます。パワハラ問題は、生産性、経済成長等に直結していることに気が付いていません。


 6月28日、ILOジェンダー・平等・多様性及びHIV/エイズと仕事の世界部部長のショウナ・オルネイさんは意義や内容、期待される役割について語っています。
「条約は実践的で強い中身をもち、勧告と合わせることによって、暴力とハラスメントから自由な、尊厳と敬意を基盤とした仕事の未来を形作る機会と行動のための明確な枠組みを提供しています。誰もが暴力とハラスメントから自由な仕事の世界を享受できる権利がこれほど明確に国際条約に規定されたのは今回が初めてです。
 条約はまた、そのような行為が人権侵害あるいは虐待に当たることを認めています。」
「暴力とハラスメントについての定義は多様で、その境界はしばしば不明確です。例えば、セクシュアル・ハラスメント (セクハラ) はしばしば性差に基づく暴力の一形態と捉えられています。
 そこで、総会は実用的なアプローチを取り、暴力とハラスメントを『心身に対する危害あるいは性的・経済的に害を与えることを目的とするか、そのような危害に帰する、あるいは帰する可能性が高い』一連の許容できない行動様式及び行為と定義したのです。これにはとりわけ、身体的虐待、言葉による虐待、個人や集団によるいじめ、セクハラ、脅迫、つきまとい (ストーカー) 行為などが含まれる可能性があります。」
 世界の労働者の思い、期待を日本の経営者は拒絶します。


 日本政府は条約批准に向けた取り組みを開始しなければなりません。
 そこにはクリアしなければならないたくさんのハードルがあります。
 条約とパワハラ防止法のちがい、課題について、19年12月16日の 「最近のニュースから」 を抜粋して再録します。
 パワハラ防止法は、パワハラを「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境を害するもの」と定義しました。「言動に起因する問題」 に限定され、さらに 「優越的な関係を背景とした言動」 「業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの」 「雇用する労働者の就業環境が害される」 の3要素を満たすものになりました。
 条約と比べるとかなり狭められています。

 条約は、法律で禁止するとしています。しかしパワハラ防止法に禁止していません。
 条約は、「基本原則」 の4条2の考慮のなかの 「(f) 制裁をもうけるProviding for sanction」 とあります。
 このことについて記者会見等で質問が出されました。sanction は民事的制裁の意味で刑事的な罰則は含まれないという解釈があるのだそうです。penalty (ペナルティー) とは違うといます。日本でもそのような解釈をしているところもあります。
 6月21日にILO事務局から長文のサマリー (summary 概要・要約) が出されました。事務局の見解は、sanction は罰金、免許資格の取り消し、解雇、投獄などの範囲があり得るということです。性質は罰せられる状況と行為によって異なりますが、投獄はあきらかに刑事罰です。

 パワハラ防止法改正の参議院の審議において、立憲民主党の川田龍平議員は「世界銀行の調査によりますと、189か国のセクハラに関する調査によりますと、禁止規定となり得る刑法上の刑罰は79か国、民事救済措置は89か国が有しているという調査もございます」と指摘しました。職場におけるパワハラに対して刑事罰は珍しいということではありません。
 しかしパワハラ防止法には罰則規定もありません。
 「厚生労働大臣が必要と認めれば、事業主に対して助言、指導または勧告をすること」 ができる、事業主が勧告に従わない場合は、公表することがある、という防止の措置義務どまりです。
 職場の秩序・規律、行動規範の違反を安易に刑事事件として取りあげるべきでないという意見もあります。会社の人事・労務政策遂行のためには検察・警察機関の連携が必要ということではありません。発生している問題をこれ以上くり返さないためにも、厳罰化を目的とするのではなく予防をふくめた抑止力としての効果を期待するものとして個人に対しても、使用者としての会社にも刑事罰の規定は必要です。
 海外と比べて日本の職場は刑事罰が不要といえるほどハラスメントの防止対策が進んでいるとはいえません。逆に野放しになっている状況にあります。
 労働者が民事訴訟を起こすには時間と労力、さらに経済的負担がかかります。実質的に訴えの手段を封鎖し、使用者・加害者の行 為を容認することになりかねません。

 条約は 「第三者からの暴力」 について、「仕事の世界における暴力とハラスメントを防止し、根絶するための包括的かつ統合されたジェンダーを意識したアプローチを採用する」 に続けて 「そのようなアプローチは適用可能なときは第三者を含む暴力を考慮に入れるべきであり」 が明記されました。(条約4条)
 一方、パワハラ防止法では触れられていません。法案作成に向けての労働政策審議会、それに向けた 「検討会」 においては 「第三者からの暴力」 は議論の対象から外されました。

 19年7月30日、全国労働安全センター連絡会議メンタルヘルス・ハラスメント対策局は、に厚労省と交渉を行いました。 「IMC通信」 2019年8月21日発行 第45号からの抜粋です。
Q 条約を批准するためには、今回の改正法は条件を満たしていないということですね。
A そうです。国内法の整備は充分ではないということです。
Q 満たしていないおもな点はどういうことととらえていますか。
A ILOでもどういうハラスメントを禁止するかは各国の裁量で、禁止と罰則は必ずしも
 セットではないという意見もありますが、改正法はハラスメントを禁止しているとはいえま
 せん。罰則もありません。防止の措置義務をとるということです。
  あと 「第三者からの暴力」 です。改正法は労働環境を整える義務で終わっています。
 今後の課題になってきます。
  批准する水準には至っていません。中長期的検討が必要です。
Q 日本政府が採択に賛成したということは批准を目指すポジションということでいい
 ですか。
A 今後それに向けて検討していかなければいけないということです。措置義務を新設した
 ことは一歩前進です。
Q ILOではハラスメント防止対策はかなり前から議論されています。昨年、二回議論の
 第一回目議論がおこなわれ、今年は第二回議論と採択がおこなわれる間に、日本では
 批准に不十分な改正法案が出され、成立させました。これは採択に賛成しない、しても
 批准は遅らせるという姿勢にしか見えません。法案は、国会審議を一回延期すれは、
 採択後に審議できたはずです。
  改正法の指針作りの労政審を、批准のための法改正案の審議をするものに変更したら
 批准を早めることができます。

 なぜパワハラは禁止されなければならないのかの日本における議論では、人権・人格権、尊厳の否定であるという視点が欠けています。自殺に追い込むことは生存権の否定です。
 パワハラ防止・抑制のためにもパワハラ防止法はきちんとした包括的罰則規定を盛り込んだものに改正する必要があります。
パワハラ防止法を改正し、条約批准の作業を直ちに進めなければなりません。

 「活動報告」 2020.818
 「活動報告」 2019.8.20
 「活動報告」 2019.6.28
 「活動報告」 2019.5.31
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周庭さん ゆっくり静養してください
2021/06/25(Fri)
 6月25日 (金)

 6月12日、香港の女性活動家で 「民主の女神」 と呼ばれた周庭さん (24) が出所しました。模範囚として刑期を短縮されたといいます。
 24日朝刊を最後に 「リンゴ日報」 は発行停止になりました。

 周庭さんは、2019年に違法集会を扇動した 「無許可集会扇動罪」 に問われ、昨年8月に逮捕され、12月に禁錮10月の実刑判決を受け服役していました。
 出所に際しては報道陣の問いかけに答えない “沈黙の釈放” となりました。
 その後、インスタグラムに 「苦痛の半年と20日が終わった。体が痩せて弱々しくなったので、よく休みたい」 と投稿しました。

 いろいろなことが推測で語られています。
 しかし勝手な推測はしないでそっとしておいて、ゆっくり休んでもらいたいと思います。


 このニュースを聞いたとき、高知県出身の詩人槇村浩の 「間島パルチザンの歌」 を思い出しました。

  思い出はおれを故郷へ運ぶ
  白頭の嶺を越え、落葉 (から) 松の林を越え
  蘆の根の黒く凍る沼のかなた
  赭ちゃけた地肌に黝 (くろ) ずんだ小舎の続くところ
  高麗雉子が谷に啼く咸鏡の村よ

  雪溶けの小径を踏んで
  チゲを負ひ、枯葉を集めに
  姉と登った裏山の楢林よ
  山番に追はれて石ころ道を駆け下りるふたりの肩に
  背負 (しょい) 縄はいかにきびしく食い入ったか
  ひゞわれたふたりの足に
  吹く風はいかに血ごりを凍らせたか
  ・・・
  ビラをポケットに
  おれたちはまた銃を取って忍んで行かう
  雪溶けのせゝらぎはおれたちの進軍を伝へ
  見覚えのある合歓 (ねむ) の林は喜んでおれたちを迎へるだらう
  やつら! 蒼ざめた執政の蔭に
  購はれた歓声を挙げるなら挙げるがいゝ
  疲れ切った号外売りに
  嘘っぱちの勝利を告げるなら告げさせろ
  おれたちは不死身だ!
  おれたちはいくたびか敗けはした
  
  銃剣と馬蹄はおれたちを蹴散らしもした
  だが
  密林に潜んだ十人は百人となって現はれなんだか!
  十里退却したおれたちは、今度は二十里の前進をせなんだか!
  「生くる日の限り解放のために身を献げ
   赤旗のもとに喜んで死なう!」
  「東方××(革命) 軍」 の軍旗に唇を触れ、宣誓したあの言葉をおれが忘れようか
  おれたちは間島のパルチザン。身をもってソヴェートを護る鉄の腕。生死を赤旗と
   共にする決死隊
  いま長白の嶺を越えて
  革命の進軍歌を全世界に響かせる
  -海 隔てつわれら腕 (かいな) 結びゆく
  -いざ戦はんいざ、奮い立ていざ
  -あゝインターナショナルわれらがもの・・・・・・

     一九三二・三・一三


 初めて槇村浩の詩集を読んだとき、朝鮮出身者の作品だと思いました。
 しかし、槇村浩の思想は民族、国境、国籍にこだわらない真のインターナショナリストでした。

 活動歴については大原富枝が書いた小説 『ひとつの青春』 (講談社) を読みました。
 反軍活動、反戦活動、労働運動など精力的に展開しました。
 映画 『白い骨—槇村浩物語』 も作成されました。映画は昔、歌舞伎町のゴールデン街にあったあばら家みたいな映画館で観ました。


 1932.3.17に書いた 『明日はメーデー』 です。

  ・・・
  あなたはセンイのオルグ
  朝の四時
  氷柱つららを踏んで私たちが工場へ急ぐ時
  あなたはニコニコ笑いながら
  電柱のかげからビラを渡してくれた
  ――賃銀三割値上げしろ!
  ――労働時間を七時間に!
  ――鬼のような見番制を廃止しろ!
  ――外出、外泊、通信の自由をよこせ!
  ――全協日本センイ××分会の確立へ!
  ゴジックで大きく書かれたその文句は
  焼けつくように私の眼頭めがしらにしみ込んだ

  毎日毎日
  あなたは電柱のかげに立っていた
  氷雨ひさめの降る朝でも
  破けた傘にチビけた駒下駄こまげたをはいて
  あなたは根気強くビラを渡してくれた
  「ありがとうよ」
  そういってビラを取る私たちの胸に
  あなたの姿はなんというなつかしい印象を残したか
  字なみの揃ったインクのかおりは
  苦しい生活のなかで
  どんなにか私たちを力づけたことか
  そして私たちの分会ができた!
  乾燥場の奥で私たちは最初の会合を持った
  私たちのただ一つの組合である
  全協!

  その署名を見るたびに
  私たちの胸には何かしら熱いものがこみ上げてきた
  私たちはこの二字のなかに
  全国の同じ工場のなかで
  つきのめされ、疲れ切って
  資本への憎しみにかたまっているおおぜいの兄妹を見た
  旗をかかげ
  腕を組んで
  最後の日までのたゝかいに突き進む
  何万の同志らの叫びを聞いた
  私たちは集まって工新の発行を協議した
  名前は「セリプレン」ときまった
  「セリプレン」 は二度めには百部出た

  その時から
  監督の顔色が険けわしくなり
  スパイが工場のなかをうろつき始めた
  毎日
  不眠で眼をまっかにはらした見番が
  何人かの名前を読み上げた
  そして
  フミちゃんも
  しづちゃんも
  呼び出されたきり帰ってこなかった
  「赤い」というのを口実にしてそろそろ首切りも始まったし
  おまけに一時間の居残り労働
  積立金はビタ一文くれないで
  「お国のために」 しがない給料から天引きせねばならんという
  「戦地にいる兵士のことを思って」 とぬかしやがった社長のハゲチャビンめ
  だれが働き手を戦場に連れ出したんだ
  だれがもうけるために戦争を始めたんだ

  アジビラは毎日のように出たし
  分会員の数は三倍にふえた
  そこへ二割賃下げの発表だ
  工場は急にどよめき出した

  レンラクにいそいそとアジトへきた私なのに
  立ち上がる日の近づいたという吉報をもって
  あなたをよろこばせようとした私なのに
  あなたはもう帰ってこない
  どの街角であなたはあげられたのか

  そして今夜
  吹きっさらしの部屋のなかで
  どんな拷問にあなたは耐えているのか
  ・・・
  あなたは帰ってこないが
  あなたは後にたくさんの若芽を残した
  さあ今夜はビラまき
  夜が明けたら
  すばらしい野天の五月のお祭りだ
  フミちゃんやしづちゃんや
  そしてあなたへの復讐に
  私たちの解放のために
  みんな!
  がっちり腕を組んでストにはいろう

   ――明日はメーデーだ


 1932年 4月21日、検挙、連行され拷問を受けます。未決1年、非転向のため3年の刑となり35年6月、高知刑務所を出獄します。
 当時はあまり語られませんでしたが獄中生活の影響は、獄中、出獄後にさまざまな症状がでます。肉体は確実に拘禁によってむしばまれます。精神的に弱い者が罹るというものではありません。拘禁性躁鬱症 (以前は拘禁性性ノイローゼなどとよばれていたりしました) です。

 映画に、自宅で静養しながら、囲炉裏で詩を構想するシーンがあります。鉛筆も握れなくなっています。発した言葉を母親が裁縫の針を休めて書き留めます。

  青春
     献じる詞 (牢獄にて)
   黄昏の女囚の歌

  囚塀 (へい) の築地を君すぎて
  若き河辺の春を呼び
  返らぬ花のひともとを
  接吻 (くちづけ) しつつ投げしとき

  聖 (きよ) き晨 (あした) の鐘楼に
  くるめく胸は沈みゆき
  頬の紅と緋色めく
  衣に春は返りきて

  死して違わぬ同士ゆえ
  鎖を鍛 (つ) ぎし大理石 (なめいし) の
  空のあなたに君遠く
  時はわれらに辛かりき

  光を嗣 (つぎ) 来し同志らに
  花さき匂う青春 (はる) 来れど
  我は獄 (ひとや) に朽つるべき
  さだめに笑みて君を思う

  時はわれらに辛かりき

  ・・・
  僕はこんなに君を愛し
  君は偉大な情熱をもって僕を抱いている
  亡ぼされ、過ぎ去り、失われた獄の春・・・
  返らぬ命を告げられた毒殺と拷問の死刑台での、焼けるような熱情・・・
  秋空に再び萌えぬこめこじんのような蝕まれた心の傷痕・・・
  それが何であろう
  僕らは決して歎くまい
  おおあの美しい日を誰が返してくれる! と
  ・・・


 1938年9月3日死去。満26歳。


 戦前・戦中の話だけではありません。
 戦後においてもたくさんの集団逮捕・長期拘留事件がありました。その被疑者・被告の状況は警察署、拘置所、刑務所は掌握しませんからデータもありません。
 さまざまな偏見もあります。

 “民間” のおおよそのデータです。
 長期拘留では、15人から20人に1人の割合で拘禁性躁鬱症状が出ます。症状は、うつ病3分の1、躁鬱3分の1、自殺・自殺未遂3分の1です。若い方が罹りやすいです。
 理解した対応がないと後遺症がでます。


 周庭さんゆっくりと静養してください。
  「時はわれらに辛かりき」
 でも一緒に闘える日はそのうちきます。
 “燕はきっときます”
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