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「下請けいじめ」を放置している公正取引委員会と経済産業省、国土交通省
2018/08/10(Fri)
 8月10日 (金)

 10日の各報道機関は、総務省が政策評価結果として公正取引委員会と経済産業省、国土交通省に対して、「下請いじめ」 について改善を求める勧告を出したと報じました。
 発注元が下請け業者に代金値引きや遅延などの禁止された行為を不当に迫る下請いじめについて、公正取引委員会、経済産業省は下請法、国土交通省は、建設業法で指導権限を持っています。
 公正取引においては、自己の取引上の地位が相手方に優越している一方の当事者が、取引の相手方に対し、その地位を利用して、正常な商慣習に照らし不当に不利益を与える行為は 「優越的地位の濫用」 として独占禁止法によって不公正な取引方法の一類型として禁止されています。下請法は独占禁止法を補助するために制定された、親事業者の下請事業者に対する取引を公正にし、下請事業者の利益を保護するための法律です。買いたたき、支払い遅延、役務提供などが該当します。

  総務省行政評価局が昨年11~12月に実施した調査では、全国の製造業と建設業の下請け業者計2.701社のうち、下請法や建設業法について70%が禁止行為を十分に理解しておらず、国などが法律の講習会を開催していることについては63%が 「知らない」 と回答しました。
 法規制は機能していないという実態が明らかにされました。

 製造業と建設業の下請け業者計2.131社への調査では、製造業で285社 (26.9%)、建設業464社 (43.4%) が2013年度以降に下請法で禁止されている 「下請けいじめ」 を経験したと回答しました。
 意識調査では、製造業では 「あまり減っていない」 「まったく減っていない」 が合わせて21.4%、建設業では24.7%でした。
 749社のうち、国などの相談窓口を利用したのは22社で、うち11社は 「問題解決につながらなかった」 と答えました。相談すると報復を受けるのではという危惧を抱いているとも回答しているとしています。
 建設業の下請け業者から10都道府県と7つの地方整備局が受けた相談191件を調べたところ、発注元に指導が行われたのは17件で、うち15件は指導後に改善されたかどうか確認していませんでした。

 公正取引委員会がおこなった下請法違反で指導した件数は2012年度4000年代半ば、2013年度4000件後半、2014年度5000件半ば、15年度6000件と増加し、2016年度は6,302件と過去最多を記録しています。
 また、中小企業庁が全都道府県に設置する 「下請かけこみ寺」 では、下請法違反の可能性がある相談は、相談者の意向に応じて指導権限を持つ部署に取り次ぐことになっています。しかし、今回調べた12カ所の7カ所ではそうした意向確認をしていませんでした。
 このことをふまえ、中小企業庁は2017年度4月に専門の調査チーム・「下請けGメン」を発足させました。

 これらの実態は、公正取引委員会と経済産業省、国土交通省においては下請けいじめという問題は放置し、それよりも親企業といわれる企業だけの利益追求を容認してきたといえます。
 犠牲になっているのは下請け企業、そこで働く労働者、そしてさらに末端で働いている労働者です。

 昨年7月、公正取引委員会の指導件数が増加しているということが報道されると、9月19日の朝日新聞は 「無理な発注・時間外の会議『控えます』 経団連など宣言」 の見出し記事を載せました。

 経団連は全国の経済団体と連名で19日、下請けいじめや深夜の労働につながる旧弊や商慣行の是正に取り組むことを内容とした 「共同宣言」 を発表した。今後は加盟企業に残業につながる無理な発注や勤務時間外の会議を控えるよう促していくという。
 共同宣言は、長時間労働につながる納期が短い発注や急な仕様変更を 「非効率な商慣行」 として問題視。労働基準法が決めたルールを守り、取引先にも違反させない配慮を経営者に求めた。短い納期や追加発注が必要になった際はサービスに見合う価格で契約することなども求めている。
 経済同友会や日本商工会議所のほか、全国銀行協会や日本建設業連合会、全日本トラック協会など計110団体が加わったが、呼びかけに応じなかったり 「参加できない」 と回答したりした団体もあったという。

 「長時間労働 『させません』 宣言」
①関係法令・ルールの順守に加え、取引先が労働基準関連法令に違反しないよう、配慮する。
②発注内容があいまいな契約を結ばないよう、契約条件(発注業務・納期・価格など)の明示を
 徹底する。
③契約時の適正な納期の設定に加え、仕様変更・追加発注を行った場合の納期の見直しなど
 に適切に対応する。
④取引先の休日労働や深夜労働につながる納品など、不要不急の時間・曜日指定による
 発注は控える。
⑤取引先の営業時間外の打ち合わせや電話は極力控える。
⑥短納期・追加発注・高品質など、サービスの価値に見合う適正な価格で契約・取引する。


 「働きかた改革」 の議論が本格化する中で労働時間の短縮につながるといいたかったのでしょうか。
 しかしこれまでも、時間短縮などの改革は親会社のためのものであって、逆にそのしわ寄せは下請け会社に押し寄せて長時間労働をもたらし、さらに連鎖している指摘されています。
 明らかに上下関係があり、力関係の優位性が違うなかにあって本当に効果をもたらすためには、法律や業界の宣言で終わらせるのではなく、親会社・子会社などの労働時間、可能な納期期限の厳守などの協約締結と監視機関、違反した場合の申告機関と公表、営業停止など罰則規定などの厳格化などによる担保が必要です。そしてこれらを社会運動として展開し、違反企業に対しては社会的制裁を課すことなどにより効果をあげることが必要です。


 「優越的地位の濫用」 について、少し古くなるが、渡邉正祐・林克明著 『トヨタの闇』 (筑摩書房 2010年) からです。
 デンソーにとってはトヨタは最大の得意先です。
「あるとき会議があり、(デンソーから出向している) 私とは別のデンソーの社員が不具合について報告したことがあります。それは金曜日の午後4じから5時くらい、定時に近い時刻のことでした。(トヨタ社員の) Aさんは、追加データを要求しました。金曜日でもうすぐ就業時刻だというのに。
 そのデンソー担当者は、『その追加報告は水曜日ぐらいでいいですか?」 と言いました。するとAさんは 「なに言ってるんですか。土日があるでしょ。月曜日報告しなさい」 と言い放ったのです。
 金曜日の定時にですよ。土日だって休んだり、家庭のこともある。何も月曜日に報告しなくてもいいはずです。でも、『そんな無茶をいうな』 と言う人は誰もいません。逆らったら大変ですからね。
 こういうとき、私たちのデンソーの上司も社員をかばうことなしに、トヨタの社員の言うことを全部そのまま聞き入れます。トヨタ社員が上で、デンソーの上司は下。イエスマンです。非常に弱い立場です。トヨタの社員に命令されるとそのまま聞きますが、デンソーの上司がやるわけではなく、その部下であるわれわれが実際の命令された仕事をするのですよ。」

「私たち出向者はデンソーの社員なのですから、デンソーの上司だって残業管理とか業務管理などをやらなければなりません。ところが、私たち出向中のデンソー社員は、トヨタの上司によってトヨタ社員とまったく同じように労務管理されるわけです。そして業務上の細かな内容までトヨタの上司に指導・命令されます。
 つまりトヨタは、人件費は一切支払わずに他社の社員の一切の管理をするのです。いくら残業させてもトヨタが残業代を支払うわけではないので、まったく自分たちの懐は痛まない。」
 このような中で、精神的不調に陥り、かなりの休職者が出ているといいます。
 今でも状況は大きく変わっていないと思われます。
 経団連等に加盟し役員を出していますが 「長時間労働 『させません』 宣言」 のすべての項目に該当します。


 昨年7月11日のNHKが放映したクローズアップ現代です。
 愛知県で下請け企業6,000社がひしめく自動車メーカーの関連下請けを取り上げました。アベノミクスによる円安や株価の上昇などで、大手自動車メーカーの経常利益率は2015年度、9.3%と、リーマンショック前の水準を上回っています。
 下請けGメンの調査に、2次下請けの部品加工会社が業界全体の取り引き改善につながればと取材に応じました。
 以前は1次下請けである親事業者と好景気には利益を分かち合い、不景気には効率化を共に探るなど関係は良好だったといいます。「昔は(話し合いが)あったんですよ。でも今はもう (書類で) ぱさっと、(値下げの) 数字になっちゃってて。」
 アベノミクスによる円安で、大手自動車メーカーと多くの1次下請けは業績を大幅に回復しましたが、2次下請けのこの会社には、今も毎年1%の値下げが要求され続けています。
 自動車部品加工会社 「円安になったら戻るかなって期待も少しはあったんです。」
 中小企業庁下請けGメン 「円安になったから価格引き上げの回答という話はまったく出てこない?」
自動車部品加工会社社長 「まったくないです。(値下げに) 協力しないと仕事をもらえないというふうに捉える面もあります。」
中小企業庁 下請けGメン 「そういう怖さがある?」
自動車部品加工会社社長 「「怖いですね、それは。そうすると少しでも(値下げ)やったほうがいいですかというふうになりますね。」
 長年、親事業者の厳しい要求に応える中、売り上げはここ数年で大きく減少。赤字傾向にあります。最終的には社員の給与も抑えましたが、それも限界だといいます。

 では大企業の利益はどこに使われているのでしょうか。製造業では社員の賃上げが31.7%、利益を社内に蓄える内部留保が25%、そして海外の投資が20.3%を占めています。下請けなどへの取り引きの改善には、僅か2%しか使われていませんでした。


 トヨタにとって経団連は、法律、規制は遵守しないための露払いです。そして関係省庁は迎合しています。
 トヨタはジャスト・イン・タイムを標榜しています。しかしそのウエアでは下請け、末端企業のオールタイム待機と道路が倉庫の構造があります。

 このようなことにメスを入れない 「働きかた改革」 は誰のためのものなのでしょうか。

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天を撃つな 戦雲を射て  人を撃つな 戦禍を射て
2018/08/08(Wed)
 8月7日(火)

 8月6日の毎日新聞に 「広島原爆の日 父の悲しみ、語り継ぐ 『伸ちゃんの三輪車』」 の見出し記事が載りました。
 原爆資料館に展示されているあの 「伸ちゃんの三輪車」 です。
「被爆2世として決意
 毎朝小さな地蔵に手を合わせる父の背中が、日常の風景だった。広島市中区の原爆資料館で多くの来館者の心を揺さぶる 『伸 (しん) ちゃんの三輪車』。被爆死した我が子を三輪車とともに自宅の庭に埋めた故・鉄谷信男さんの深い愛情と悲しみを伝える代表的な遺品だ。戦後生まれた三男の敏則さん (69) は、多くを語らなかった信男さんが地蔵の前で毎日つらい記憶と向き合っていたと後に気付いた。『被爆2世として父を語り継ぐ』。73回目の夏、新たな決意をした。
 信男さんはあの日、爆心地から1.5キロの薬局を営んでいた自宅で家族と被爆。3人の子供を失った。自宅前で三輪車で遊んでいた長男、伸一ちゃん (当時3歳) はやけどで顔がはれあがり、『水、水』 とうめきながらその夜に死亡。翌日には焼け跡から長女路子 (みちこ) さん (同7歳)、次女洋子ちゃん (同1歳) の遺骨が見つかった。信男さんは伸一ちゃんを火葬する気になれず、一緒に遊んでいて亡くなった近所の女の子と手をつながせ、大好きだった三輪車と一緒に庭に埋めた。そこに 『伸一に似ている』 という小さな地蔵を置いて、毎朝線香を立てて手を合わせるようになった。
 被爆から40年の1985年7月、信男さんは自宅の建て替えを機に伸一ちゃんを掘り起こそうと決め、親戚や一緒に埋葬した女の子の母親ら十数人が庭に集まった。敏則さんらが50センチぐらい掘ると、三輪車のハンドルが見つかり、さらに掘ると、白い骨が出てきた。丁寧に土を払っていくと、手を重ねたままの2人の姿があった。小さな指先、頭蓋骨 (ずがいこつ) もほぼ残っていた。敏則さんは驚いたが、『父は取り乱すことなく静かに見ていた』。遺骨は墓に移し、三輪車は原爆資料館に寄贈した。
 信男さんは三輪車の展示を機にメディアの取材も受けるようになったが、敏則さんら家族に被爆当時や伸一ちゃんについて語ることは一貫してなかった。幼い敏則さんが伸一ちゃんを埋めた場所のそばを走り回っても怒らず、地蔵に拝めとも言わなかった。強く印象に残っているのは朝食前、庭先で地蔵に静かに向かい合う父の姿だ。遺骨を掘り起こした後もやめず、98年に亡くなるまで続けた。
 『あまりに当たり前の風景だったので、何となく始めた』 とその後は敏則さんが引き継いだ。毎日手を合わせるうちに、気付いた。『毎日地蔵の前に行くことは、毎日子供を失ったあの時を思い出すということ。私なら耐えられないが、どんなにつらくても忘れたくなかったのだろう』
 70歳が近づき、メディアなどを通してしか知らなかった父の体験や思いを自分でたどりたいと考え、書き残したものや記録を探し始めた。6日朝もいつものように手を合わせた敏則さんは 『それぞれの家庭に被爆体験の伝え方がある。うちは父が背中で、ごく自然に忘れてはいけないと教えてくれた』。父の姿を子や孫たちに伝えることが、自分の役割だと思っている。」


 2012年8月3日の 「活動報告」 の再録です。
 1996年8月6日、広島市主催の原爆慰霊祈念式典のあと、国鉄労働組合が建立した 「国鉄原爆慰霊の碑」 が建つ東白島公園に向かいました。10時半から国労主催の慰霊式典が開催されます。
 碑文です。

  天を撃つな
  戦雲を射て
  人を撃つな
  戦禍を射て
   原爆広島に眠る
   無名の霊よ
   国鉄の魂よ
   霊の目はみつめ
   魂の手はつかむ
   平和と未来を

 なっぱ服を着た青年労働者たちが 『機関車のうた』 を合唱しました。

 1.朝日を浴び 夕日を受けて
   地平線を切り開き走る
   ほどばしる汗の中に
   親父の顔がのぞく
   青い旗 赤い旗
   油まみれの黒い旗
   長い歴史を刻み込んで走り続けた
   *あの日 焼け跡の中から
    一番列車を走らせた俺たち
    それは使命 それは愛
    俺たちは機関車 俺たちは機関車
 2.星空の夜も 夜明けに向けて
   暮らし運ぶ 機関車走る
   ほどばしる汗の中の
   おふくろの顔がのぞく
   こみあげるこの思い
   悲しみこらえ 走らせる
   ふるさと愛する心で 走り続けた
   * (くりかえし)
 
   鉄路は誰のもの ふるさとは誰のもの
   涙を怒りに変えよう
   涙を怒りに変えよう
   友よ闘おう 友よ闘おう
   町から町 海から山 国中の大地から
   ひたむきに走れ機関車
   号笛よ響け 鉄路よ歌え あー

 1945年8月6日午前8時15分、爆心地から北東に約1.5キロ離れている東白島公園の北側、京橋川にかかる饒津鉄橋を通過していた貨物車両は脱線、枕木は燃えました。しかし鉄道に従事するものたちの使命感で2日後の15時30分に復旧させ、汽笛を鳴らしなら被災者を乗せた客車を郊外に走らせました。
 「復旧1号列車」 の汽笛は広島の人達に、廃墟の中から立ち上がる勇気をあたえました。まさしく出発の合図です。その汽笛を聞いた、後に全逓信労働組合の結成に参加する山下寛治さんが短歌に詠んでいます。
   けんせつの 一歩の汽笛 なるなべに
     鉄道建設義勇戦闘隊あり
 東白島公園は川から引き揚げた遺体の焼き場となっていました。
 饒津鉄橋を走るとき、荼毘の煙りに、列車の煙りが混ざり合い、天に昇っていきました。

 『機関車のうた』 は、国労横浜・鶴見車掌区分会で、職場の被爆者の先輩からそのときの状況と体験談を聞いた青年労働者が作ったものです。先輩は 「お前らは絶対に弾丸を運ぶなよ」 と涙を流しながら訴えたといいます。その意志をうけつぎました。

 夕方、原爆資料館に行きました。
 「信ちゃんの三輪車」 の前で、婦人がかがみ込んで泣いていました。手に 「東白島町内会盆踊りまつり」 と印刷されたうちわを持っています。信ちゃんも東白島町に住んでいたということは知っていましたが東白島町内会というのも気になり話しかけました。婦人は信ちゃんの家の隣に住んでいる方でした。お母さんは三輪車を見たくないと資料館には一度も足を運ばないといいます。隣の老夫婦はお母さんには黙って命日には三輪車に会いにきていました。
 ・・・
 「東白島町内会って国鉄原爆慰霊の碑があるところですよね」 というと連れ合いの方は 「午前中、おれは式典に出席した」 と答えました。「僕も出席しました」。しばらく会話を交わした後 「またいつか、もっと詳しく話を聞かせてください」 とお願いすると 「いいよ」 といって住所と名前を教えてくれました。
 帰りぎわ婦人は、「広島は暑いから使って」 とうちわをくれました。今も大事に飾っています。
 東白島町内会の盆踊りは、町内で原爆の犠牲者になった方だけでなく、川から引き揚げられた人たち、そして鉄道に従事していて犠牲になった人たちをも弔っているとのことでした。

 その後、機会を作って広島に行き、老夫婦の家を2回ほど訪問しました。そしてたくさん話を聞きかせてもらいました。
 被爆25年目に、国労は慰霊碑を建立することを決定します。しかし平和公園や方々から断られました。その中で北側を一番列車が走った東白島公園の案がうかび、町内会にお願いしたら快く了承されました。町内会はその後は、公園の清掃と一緒に碑の掃除、碑を囲むように国労の各地方本部が植樹をした樹木の手入れを定期的にしてくれています。
 「どうしてそこまですることになったんですか」。ぶしつけにうかがいました。「国鉄の皆さんにお世話になったから」 ということでした。
 町内会のひとたちは、公園の掃除の時には鉄道の保線係の人たちと顔を合わせて親しくなりました。公園の掃除用具やお祭り用の太鼓など町内会の所有物を個人宅で管理していました。
 ある時 「掃除用具などの管理が不便だ」 ともらすと、保線係がコンテナを持ってきて設置してくれたといいます。町内会は助かりました。それから関係は深まりました。
 「信ちゃんのお父さんは町内会のまとめ役で、平和運動にも積極的な方でした」。もしかしたら碑を建立したいとお願いした時に、承諾する方向で町内会をまとめたのはお父さんだったのかも知れません。
 台風で碑の周りの樹木が折れて三角錐の碑のてっぺんを傷ついたことがありました。発見した町内会の方が広島鉄道局に報告し、鉄道局が国労に連絡して修理が行われたということもあったといいます。

 鉄道労働者と町内会、労働組合と住民の交流がありました。
 しかし、「鉄道が高いところを走るようになると鉄道と鉄道労働者は住民を置き去りにして高いところに移った」 と笑っていました。


 広島の惨事を聞いて、県内だけでなく周辺の県からも応援部隊がかけつけ復旧作業、被災者の運送に従事しました。鉄道に従事した者たちの使命感が、生き延びたたくさんの人たちの命を救いました。
 残留放射能をあびていました。今でこそ放射能の影響は知られていますが、当時は想像もできないことでした。

 「国鉄原爆慰霊の碑」 には300人近くの犠牲者が眠っています。
 そのなかの鉄道教習所の生徒たちはいずれも20歳以下、その多くは15歳から17歳の少年たちでした。生徒たちは、昼夜をわかたず救助活動、復旧活動に専心しました。
 その仲間たちに生き残った労働者が誓いました。

  『芽だち』21

    峡 草夫 

  3人写っている中で
  真中に威張っているのが 生きている俺
  右と左にかわいらしいくるくる頭で立っているのが
  死んだ2人の友
  まだ20前の俺を挟んで
  懸命にすましこんでいる
  俺より4つ年下の2人の友
  1945年春の写真。
  その1945年に2人は死んだ
  1人は8月9日に
  1人は10日後に。
  8月9日に死んだ1人を
  10日後に死んだ1人が
  泣きながらかついで来た8月9日。

  親もとにいて徴用されるよりましだろうと
  まだのびきっていない柔らかな手を
  懸命に力ませながら
  機関車の掃除をしていた2人。
  300キロもはなれた親もとに
  毎日手紙を書いていた
  まだ数え年16歳だった彼ら。
  弾丸と兵隊ばかりを牽いて
  地ひびきを立てて走っていた機関車
  徴用がこわいばっかりに その機関車を磨いていた
  かわいらしいくるくる坊主頭の2人。

  8月9日に死んだ1人を
  10日後に死んだ1人と俺が
  呆うけたようにうろうろと
  運んで焼いた屍の街
  そして
  10日後に死んだ1人を 俺1人が
  よろよろと運んで焼いた
  灰色の街。
  1945年の写真。
  1945年に死んだ 俺より4つ年下の写真。
  彼らを俺が焼いた 屍の街の灰色の記憶
  俺が焼いた 彼らの骨の色のような
  灰色の記憶。
  しかし さようなら 俺より4つ年下の
  写真の中の2人
  俺はお前たちに
  俺の「決心」をおくろう
  それは
  お前たちを殺した灰色のような
  その記憶をくり返さぬためにする
  俺の唯一つの決心。
  さようなら
  2人の俺の友だち
      (1954・8)

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排除は人が一番息苦しい時間と空間
2018/07/30(Mon)
 7月24日 (火)

 自民党の杉田水脈衆院議員が雑誌への投稿で 「LGBTのカップルのために税金を使うことに賛同が得られるものでしょうか。彼ら彼女らは子供を作らない、つまり 『生産性』 がないのです」 と主張したことが批判を浴びています。明らかにヘイトで、人権が無視されています。しかし本人は沈黙を守っています。
 誰かを対象にして税金を投入することを否定することは、共存だけでなく存在を否定することです。
 税金を納めている彼ら彼女らはなぜ否定されなければならないのでしょうか。
 差別された側は人格が傷つけられ、自分らしく生きることが否定されます。その結果、自己を失ってしまったりします。

 税金を納めても否定される人たちがいるということは、ましてや納めていない者のために税金を使う必要はないという主張にいきつきます。そこでは人権が排除されます。
 たとえば、生活保護受給者は、自治体から迷惑がられ、国のお世話になるという意識をうえつけられます。その結果、社会に遠慮しながらの生活を余儀なくされます。
 現役時代はきちんと納税し、それこそ 「生産性」 あげて会社・社会に貢献していても、就労不能になると存在が否定され “やっかい者” です。これは生活保護受給者に対してだけではない日本の福祉政策の実態です。
 しかし水田発言は納税をしていても社会的存在は認めないという主張です。

 人間を生産性だけで判断する思考は、高齢者問題においても同じです。確かに高齢者層が増え、社会的保障予算を増大しているという現実があります。しかし、少子化はかなり前から問題提起されてきました。貧困問題を含めてきちんと手を打ってこなかったのは政府の責任です。
 国民年金を国が要求した40年間支払っても最低限の生活が保障されない制度はどう評価したらいいのでしょうか。しかも介護保険料をそのような介護の対象者からも徴収し、さらに増額されています。高齢で自立できる能力を失っても自助努力を強いられ、もちろんすべてではありませんが、介護を必要とする者同士の互助組織となっています。

 フランスでは、だれにでも社会参入権があるという共通認識のもとに、生活困窮者には 「積極的連帯所得手当」 が給付されます。だれでも生活困窮に陥る可能性があるという認識で 「保護ではなく連帯」 という捉え方です。
 

 子供を作らないことを 「生産性」 がないという主張は、子どもを 「作れない」 人たちをも生産性がないと批判します。その人たちの心情を無視しています。
 そして子供を作ることが社会に貢献するという思考は、まさに戦中の 「生めよ増やせよ」 で立派な兵士に育て、国に捧げさせようとした政策を連想させます。国策のもとに個が否定されてからめとられた負の歴史をもう一度捉え返し、教訓化する必要があります。
 子どもをどうするかはそれぞれの価値観です。国家のためではありません。子どもを育てているLGBTカップルもいます。
 水田議員が生産性がない者に税金を使うことを否定する主張は、将来の労働力を作らないということです。現在、国家への貢献として必要なのは経済成長・生産性向上に取り組むことだという主張です。しかし国策にのせられる必要はありません。
 

 この問題発言が発せられる前から、旧優生保護法のもとで不妊手術を強制された人たちが憲法の保障する幸福追求権を侵害されたとして国に謝罪と賠償を求める訴訟を起こしたニュースがつづいています。
 優生保護法は、1948年に施行され96年まで存続していました。「不良な子孫の出生防止」 を目的とし、医師が必要と判断すれば、都道府県の審査会での決定を経て、「優生手術」 として不妊手術を実施できました。旧厚生省は 「本人の意見に反しても行うことができる」 として、同意がなくても手術は強制可能と通知していました。遺伝性疾患やハンセン病、精神障害などを理由に不妊手術や中絶を本人の意思を無視して強制されていました。
 生む・生まないの自由を親から奪いました。
 「不良な子孫の出生」 の判断を医師や行政が行っていました。国・社会として不用という論理です。

 水田議員の主張の根底にあるのは人権を無視する、差別と排除に基づいた “伝統的秩序” にもとづく国家支配です。 「生産性 がない」 はその意向に沿わない人たちを排除するための現在的こじつけです。
 だれにも、他者の自己の存在、自分らしさを否定・排除する “権利” も “義務” もありません。


 水田議員と同じ地平で発生したのが、2年前の7月26日に神奈川県相模原市緑区で発生した入所者ら19人が殺傷された 「やまゆり園事件」 といえないでしょうか。
 違いは、国会議員がヘイトをして居直ったり、法律に基づいて就労不能となった者を痛めつけたり、不妊手術を強制したり生まれようとする子供を堕胎させたか、私的・個人的行為で「 障害者はいなくなればいい」 「不良な子孫」 と判断して殺害したかです。
 根底にあるものは 「不良な子孫」 は国家に貢献しない、生産性がない、税金を無駄遣いしているという思い込みです。

 どのような人間にも幸福を追求する権利があります。幸福の感じ方は人ぞれぞれ違います。他者から 「生きる価値がない」 といわれる道理はありません。また、施設に入れて不自由のない介助がおこなわれたからといって幸福とはいえません。人間の持つ権利は親であろうと奪うことはできません。
 とはいいながらも、多くの親が介護で疲弊しながら孤立し、困難を負っているという話も聞きます。
 そのような状況が、施設の介護者に入居者を 「不良な子孫」 という思いに至らせ、やりがいを失わせ、生きる権を否定する行為を実行させました。このような意識に至らせた職場環境、社会状況を問い直すことなしに、実行者個人をいくらせめても解決の糸口は見つかりません。
 事件を契機に施設のあり方が議論になっています。介護を必要とする者の立場に立って考え、社会的合意を探ってそこに向けて挑戦する時期にきています。そこでは、幸福の感じ方はそれぞれ違う、お互いに認め合ってそれぞれ充実させていくことが社会全体の幸福になるという共通認識を獲得していく必要があります。
剤の

 労働者は 「生産性」 という言葉に翻弄されています。水田議員はそれを利用しました。
 労働者は自己犠牲を強いられ、横のつながりは断ち切られ、孤立させられながら競争を煽られています。職場の差別・分断政策にも無自覚になります。世代の連続性は断ち切られ、社会とのつながるゆとりが奪われて過去も未来も見えなくなります。問題が発生したら自己解決です。
 しかし出口が見つかりません。解決が無理だと思った時に、その原因を勝手に探し出したり、他者への責任転嫁になります。その1つの方向が障碍者や高齢者への不満、差別・排除です。
 国・社会はそれを扇動します。排除する・されるが常に自分自身と隣り合わせていることに気が付きません。実際は人が一番ゆとりを失って疲弊し、息苦しい時間と空間です。


 では生産性とは何をいうのでしょうか。
 安倍政権は「働きかた改革」を進める理由として生産性の向上をあげました。
 その本当の目的は、株主への配当額を高めることです。労働者には還元されません。

 どのようにしたら生産性は高まるのでしょうか。
 2007年にILOが発表した 「安全で健康的な職場 ディーセント・ワークを現実にする」 のなかのイギリスの好事例です。
「労働安全衛生が良好であれば、企業レベルでも国レベルでも生産性は向上する。イギリスの労働安全衛生機関で三者構成の『安全衛生庁』 の調査によると、主な企業20社で生産性の向上が見られた。調査結果を以下にまとめる:
 安全衛生とビジネス上の利益――イギリス安全衛生庁の事例研究
 労働災害や不健康を防止するための積極策を講じることによって、1年もしくは数年にわたってビジネス上いくつかの利益が得られた。例えば、
 ・欠勤率が大幅に下がった
 ・生産性が向上した
 ・工場が良好にメンテナンスされるため、相当額の節約ができた
 ・損害賠償や保険金支払いが大幅に減額した
 ・顧客や請負業者との関係が改善されて、企業イメージや評判が高まった
 ・契約予備審査の点数が高くなった
 ・仕事に対する士気、意欲、集中力が増して、労働者の幸福感が高まった
 ・労働者の定着率が高まった」

 労働安全衛生は、職場の物理的環境だけでなく人間関係も含みます。労働者は信頼・安心できる職場環境でこそ力量が発揮できます。
 労働者の人格・尊厳を否定し、差別・分断を煽り、不信・不快・不安をつのらせるなかで業務を遂行しても生産性が向上するはずがありません。


 「やまゆり園事件」 をどう捉えたらいいでしょうか。
 2005年4月25日に発生した福知山線脱線事故の後、遺族のJR西日本への粘り強い働きかけで、JR西日本、遺族、第三者が一緒に事故の真相究明の研究会を立ち上げます。そこでは本音で語り合い、遺族が納得できる事故再発防止の対策を導きだします。その経過が、松本創著 『軌道 福知山線脱線事故 JR西日本を変えた闘い』 (東洋経済新報社 2018年刊) に載っています。
「今の事故は、高度な技術や複雑なシステムの中で起きる、一生懸命やっても間違える。だが、捜査は 『誰がやったか』 『誰が悪いのか』 と処罰しようとする。これでは問題の所在をかえってあいまいにしてしまう。
 被害者の処罰感情は理解できる。しかし、事故の調査を捜査から切り離し、警察と同等の権限を認めないと真相は究明できない。あらゆる要素を洗い出し、導き出した結論が納得いくものであれば、被害者の処罰感情はきっと薄らぐだろう〉 (『神戸新聞』 09年11月3日)
 つまり、問題は、事故調査と捜査の混在にあるというわけだ。欧米など事故調査の先進国では、事件性の高いケースを除き、捜査より調査が優先される。だが、日本では1972年に警視庁と運輸省が交わした覚書により、事故調の報告書を警察の鑑定資料に使えるようになっている。調査結果が捜査の証拠になるために、当事者はなりふりかまわず責任回避に走る。さらには、事故調査報告書の内容も捜査を意識した記述になってしまう。……
 組織的・構造的問題まで踏み込む 『原因究明』 よりも、個人の責任を追及して罰する 『犯人捜し』 が優先されてきた歴史が日本にはある……」

 組織的・構造的問題にまでは踏み込まない解決への思いは「オウム事件」における遺族等にもみられます。

「現場のミスだけが原因ではない。会社の経営理念、経営陣の安全思想、指示系統やマネージメントの手法、社員教育や1人1人の責任感。さまざまな要因が絡むのが組織事故なのだ。……
『目に見えない部分にこそ、根本原因は潜んでいる。それらを抉り出してこそ、この事故の社会化ができる。……』
『この事故は100万分の1ではない。当事者には1分の1であり、取り返しがつかないのだ』 と考えなければ、安全の意識は真に高まらない。……
 そして、JR西に限らず、会社経営の中に根強くある 『経営効率と安全はトレードオフ (一方を追及すれば他方が犠牲になる、両立できない状態) という考え方。会議の中でも、ここに (遺族の) 浅野は強く異を唱えた。
『安全を追及することが、結果として経営効率を高める。そう考えるべきじゃないでしょうか。その2つを両立させることが鉄道事業者の使命であり、今後、経営幹部になっていく人の最大のテーマになるのではないでしょうか』」

 JR西日本を政府の福祉政策、経営効率を税金・予算投入と置き換えた時、事件の本質が少しは見えてきます。

 加害者の行為をそう呼ぶことはできませんが、ヒューマンエラーについてです。
「〈「事故の多くがヒューマンエラーになって起きているので、設備ではなく人間の意識や注意力を高めることで事故を防ぐ必要がある」 などと言う人がいるが、それはヒューマンエラーという概念を誤解している。ヒューマンエラーはシステムの中で働く人間が、システムの要求に応えられないときに起こるものなのだから、対策は設備を含めたシステム全体で考えるべきである〉」


 杉田議員の発言は、現代社会が抱える問題について、ちょっと本音を漏らしたのかもしれません。
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過労死の1割が 「専門的・技術的職業従事者」                     「働き方改革法」 は 「過労死促進法」
2018/07/19(Thu)
 7月19日 (木)

 7月6日、厚労省は2017年度 「過労死等の労災補償状況」 を公表しました。

 「脳・心臓疾患に関する事案の労災補償状況」 については、決定件数664件で支給決定件数253件、認定率38.1%です。支給決定数のうち死亡件数は96件、認定率39.0%です。
 請求件数は12年までは800件台半ばに至っていましたが、13年度からは700件台に減少、16年度からまた800件台になっています。過労死をめぐる社会的な動きに誘発され、泣き寝入りをしない労働者・遺族が増えていると思われます。
 決定件数は、600人台後半がつづいています。支給決定件数は13年度までは300人台でしたが少しずつ減少しています。

 支給決定件数を業種別にみると、 「運輸業・郵便業」 が99件(昨年97件) で断トツです。続いて 「卸売業・小売業」 35件 (29件)、「製造業」 24件 (41件) の順です。
 職種別では、「輸送・機械運転従業者」 89件 (昨年90件)、「サービス職業従事者」 36件 (22件)、「販売従事者」 29件 (23件)、「専門的・技術的職業従事者」 25件 (30件) の順です。
 「輸送・機械運転従業者」 は深刻な状況におかれてることが指摘できます。
 「専門的・技術的職業従事者」 が過労死の1割を占めます。「働き方改革法」 の反対運動のなかで 「高プロ」 は 「過労死促進法」 と批判されましたがまさにその通りです。

 支給決定件数が上位を占める職種が労働時間数も長くなっていることが想定できます。道路貨物運送業は人手不足が社会問題になっています。営業職業従事者はノルマ、飲食物調理従事者は人手不足のなかでの不規則な勤務です。これらの業種、職務にたいする早急な対策が必要です。

 年齢別支給決定数は、40歳~49歳が97件 (昨年90件)、50歳~59歳が97件 (99件)、60歳以上が32件 (33件) です。
 このうちの自殺者は40歳~49歳が41件 (昨年38件)、50歳~59歳が97件 (38件)、60歳以上が7件 (12件) です。

 時間外労働時間別の決定件数です。
 80時間~100時間未満が101件 (昨年106件)、100時間~120時間未満76件 (57件)、120時間以上59件 (71件)です。80時間以上が全体の83%、100時間以上では50%を占めます。

 過労死防止対策は効果が表れていません。というより、政府はその逆の政策を進めています。


 7月6日、過労死弁護団全国連絡会議幹事長の川人博弁護士は 「平成29年 『過労死の労災補償状況』 に対するコメント」 を発表しました。その抜粋です。
 2.脳・心臓疾患の労災認定件数として引き続き運送業・建設業が多いことが示されて
  おり、これらの業種を適用除外とした 『働き方改革法』 の問題点を改めて浮き彫りに
  した。これらの業種にについて、早急に過重労働をなくすための国家的な取り組みが
  必要である。
 3.精神障害の支給決定件数が多い業種として医療・福祉があげられているが、病院
  や介護施設等で働く人々の心理的負荷がたいへん大変大きいことを示すものであ
  り、これらの職場で働く人々の過重労働や精神的ストレスを軽減する国家的な取り
  組みが必要である。


 「精神障害の労災補償状況」 については、請求件数1732件、決定件数1545件で支給決定件数506件、認定率32.8%です。請求件数は16年度までは1500件台でしたがいっきに1700件台に、決定件数は1300件台から1500件台に達しました。処理件数が増えたか、決定が早くなっています。
 しかし支給決定認定率は30%後半から下がっています。特に女性は26.4%となっています。
 そのうちの未遂を含む自殺者の請求件数と支給決定数は、13年度177件と63件、14年度213件と99件、15年度199件と93件、16年度198件と84件、17年度221件と98件です。自殺防止対策が叫ばれていますが減ってはいません。

 支給決定件数を業種別にみると、製造業87件 (昨年91件)、医療・福祉82件 (80件)、卸売業・小売業65件 (57件)、運輸業・郵便業62件 (45件) の順でした。

 職種別では、専門職・技術的職業決定者130件 (昨年115件)、サービス従業従事者70件 (64件)、事務従事者66件 (81件)、生産工程従事者56件 (52件) の順でした。
 支給決定件数を年齢別にみると、40歳~49歳が158件 (昨年144件)、30歳~39歳が131件 (136件)、20歳~29歳が114件 (107件)、50歳~59歳が82件 (82件) の順です。
 支給決定件数を20時間刻みの労働時間数区分でみると100時間以上が151件 (昨年158件)、100時間未満が211件 (215件) となっています。自殺者数でみると100時間以上が43件 (48件) です。
 20時間未満が75件 (84件) です。一方、160時間以上が49件あります。長時間労働はちょっとは減少していますがまだまだ長時間労働問題は解消されていません。そして体調不良におちいる原因は労働時間だけでないことを物語っています。

 「出来事の類型」では、「ひどい嫌がらせ、いじめ又は暴行をうけた」 88件 (昨年74件)、「仕事内容・仕事量の (大きな) 変化を生じさせる出来事があった」 64件 (63件)、「悲惨な事故や災害の体験、目撃をした」 63件 (53件)、「2週間にわたって連続勤務を行なった」 48件 (47件)、「1か月に80時間の時間外労働を行なった」 41件 (39件) の順でした。
 「セクハラを受けた」 は35件 (29件) でした。
 心理的負荷が極度のものである 「特別な出来事」 は63件 (67件) です。
 業務遂行にゆとりがない状況が浮かび上がってきます。

 都道府県別請求・決定件数です。
 以前、極端に少なかった埼玉県は、決定件数61件、支給決定18件、認定件数29.5%です。少しは改善されました。
 ちなみに、12年度から16年度の流れは、45件-34件-49件-36件-39件、6件 (13.3%)-8件 (23.5%)-22件 (44.9%)-11件 (30.5%)-16件 (41%) です。
 13年秋に、IMCと全国労働安全衛生センター連絡会議は、埼玉労働局に原因究明の要請、提案行動をおこないました。その成果が出てきています。
 総就業者の割合には請求件数が絶対的に少ない愛知県は、82件、18件、21.9%です。三重県は16件、1人、0.6%です。このような状況では、労働者は体調不良に陥っても労災申請に期待する気になりません。


 今回から裁量労働者についての決定件数と支給決定件数が公表されました。
 脳・心臓疾患については、14年度決定件数9件、うち支給決定件数8件、15件度7件、3件、16年度3件、1件、17件度6件、4件です。
 精神障害については、14年度決定件数8件、うち支給決定件数7件、15件度10件、8件、16年度2件、1件、17件度19件、10件です。
 しかし、裁量労働制は、労働時間の管理等が難しい実態があります。それぞれがきちんと労働時間の管理をきちんとしておく必要があります。


 それにしても1年間に760人が労災認定を受ける、仕事が原因で自殺するという実態を見る時、政府が進めるべきは 「働かせ方改革」 ではなく、労働者の側に立った本当の 「働き方改革」 であるこを確信させられます。

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「公共」 の名のもとに 「個」 が否定されている
2018/07/13(Fri)
 7月13日 (金)

 西日本豪雨の被害は広範囲におよんでいます。
 その中に、えっつと思われる災害がありました。
 愛媛県西予市野村町を流れる肱川が7月7日明け方に氾濫し、住宅約650戸が浸水し、逃げ遅れた5人が亡くなりました。氾濫は上流の野村ダムの放流によるものです。
 放水したダムを管理する国土交通省は、想定外の豪雨に遭遇したので市に放水を連絡した、市は消防や警察に連絡するとともに、防災無線などで警戒を促したと説明しています。そのいい方は、放水は管理規則に基づいて行ったので非はない、避難しなかった住民がわるいといわんばかりです。
 しかし、そもそもダム建設は、想定外の事態が発生した時には、下流の住民は被害を受け入れなければならない、治水には限界があるということを前提におこなわれているのでしょうか。
 今回の豪雨で、野村ダム以外でも、そもそも洪水調節の役割を果たさなかったダム、満杯の砂防ダムなどがたくさんあることが明らかになりました。
 「ダムさえできれば、住民は枕を高くして寝ていれる」 という “ダム安全神話” は崩れました。治水はダムで大丈夫なのか、それが最強なのかという原点に戻っての議論があらためて必要になってきています。

 16年2月26日の 「活動報告」 の再録です。
 松下竜一の 『砦に拠る』 は、55年末に九州地方建設局が熊本県と大分県にまたがる筑後川の水源近くにダムを建設することを決定して測量を開始したことに、地主の室原知幸の指導で住民が山に砦を作って立てこもり抵抗を続けた蜂の巣城の闘いがテーマです。
 建設局は、1953年に起きた大洪水の被害を繰り返さないためと説明します。
 室原は反論します。「洪水は、戦争で山を荒らして手入れをしなかったからではないか」
 建設局の住民への説得です。「日本は戦争に負けた、それを思えばこれくらいの犠牲が何です」
 室原らは憤慨して立ち上がります。
 室原は、55年の 「土地に杭は打たれても心に杭はうたれない」 と抵抗を続けた砂川闘争を知ったとき、「あげなように闘わにゃつまらんばい」 と農民に語り聞かせたといいます。

 国の姿勢に共通します。


 このニュースが流れている最中の7月9日、長崎地裁で、長崎県と佐世保市が東彼川棚町岩屋郷の石木川一帯に計画する石木ダム建設事業を巡り、反対地権者ら109人が国に事業認定取り消しを求めた訴訟の判決がありました。判決はダムの公益性を認め、原告側の請求を棄却しました。

 石木ダムは、佐世保市の利水と川棚川の治水を目的に計画されました。
 1972年に県が予備調査に着手、75年に建設事業に着工します。地元住民の反対運動が展開されると、2009年11月に県などは未買収の事業用地を取得するため、国土交通省九州地方整備局に事業認定を申請、13年に国が土地収用法に基づく事業認定を告示しました。そして県と市は16年5月までに、反対地権者13世帯の宅地を含む未買収地約12万6000平方メートルの明け渡し裁決を長崎県収用委員会に申請しました。総事業費285億円です。
 反対派地権者らは15年11月に事業認定の取り消しを求めて提訴しました。

 市が利水について12年に立てた水需要予測があります。佐世保重工業 (SSK) の水需要増大や観光客の増加を見込んで13年に急に増大するので不足分を石木ダムで補う必要があると説明します。

 原告地権者側は、同市が水需要予測を過大に、保有水源を過小に評価している、人口減などで同市の給水量は右肩下がりになっていることを理由に 「利水、治水面共に事業計画の根拠がなく、ダムは必要ない」 と反論しました。治水については、ダムの建設予定地は川棚川流域の11%しかなく、洪水防止に役立つとはいい難いと主張しました。14年7月には長崎県知事が 「河道整備が完成すれば、過去と同規模の洪水は石木ダムなしで対処できる」 と明言しています。
 利水、治水のいずれの面からもダム建設の必要性はなく、建設予定地の反対地権者13世帯の土地を強制収用するだけの公共性も欠くと主張しました。
 
 判決は、同市の水需要予測や長崎県の治水計画のいずれも合理性を欠くとはいえないとし、事業は 「地元住民の生命の安全に関わり、得られる利益は非常に大きい」 と指摘しました。居住地移転に伴う不利益については、近接地に代替宅地があり 「地域のコミュニティー再現は不可能ではない」 としました。その上で、土地収用法に基づく強制収用に向けた手続きの一環として、事業認定した国土交通省九州地方整備局 (九地整) の判断は適法と結論付けました。

 この後、控訴審が闘われますが、同時に未買収地の補償額や明け渡し期限を決める県収用委員会の審理はほぼ終わったといわれ、裁決そして強制代執行がいつ行われるかという緊張関係がうまれています。
 建設事業の着工から40年以上たちます。公共事業はいったん決定すると撤回されません。地元では、ダム建設賛成・反対を巡って二分された状況が続いています。

 今回の豪雨で、「治水の恩恵を受ける」 川棚町に6日、県内初の大雨特別警報が発表され、川棚川は一時、「氾濫注意水位」 まで増水しました。
 町民の女性は 「最近は異常な豪雨が多く、ダムがあるに越したことはない」 と語ったといいます。しかし川棚川の堤防補強はどうなっていたのでしょうか。愛媛県の野村ダムに見られるように 「ダムさえできれば、住民は枕を高くして寝ていれる」 神話は崩れました。


 戦後ダム建設についての論争は1960年ころもりあがりました。治水はダムで可能なのか、結論は当の昔に出ています。
 安部公房の作品の中に社会派推理小説 『石の眼』 があります。彼は各地のダムを調査して自分の結論をもつに至ります。
 『石の眼』 のなかの会話です。
「だから、それが政治だよ……土木工事あるところに、汚職ありきなんて言うが、実状はむしろ、汚職なきところに、工事なしというところだろうね
 ……業者が金をつんで、むりやり仕事をつくらせるんだからな……そしてその金で、誰かが選挙にでる……」
 このような主張は彼だけのものではなく、当時の雑誌、論文などに散在しています。
 
 ダム建設よりは河川の堤防補強を優先させた方が治水には効果が大きいという意見は今も根強くあります。
 それでもダム建設など公共事業は1960年頃から急増します。その裏には常に政官業のトライアングルの癒着があるといわれています。計上される予算は堤防補強よりはダムの方が大きいです。そのため政策として優先順位が逆転します。さらに浸水危険区域の堤防補強が後回しになってしまいました。

 ダム建設については、2000年の長野県知事選挙で当選した田中康夫が 「脱ダム」 宣言を発表し、ゼネコン主導の乱開発を否定しました。しかしさまざまな抵抗にあい、3期目の選挙は落選しました。
 2006年には、滋賀県知事選挙に嘉田由紀子が 「もったいない」 を合言葉に県内に計画されているダムの凍結見直しなどを訴えて立候補し当選をはたしました。
 しかし建設を主張する勢力の抵抗と巻き返しで転換せざるを得ませんでした。


 石木ダムの記事が新聞に載った翌日の7月11日、毎日新聞に 「<東日本大震災> 釜石の住宅強制収用 復興道路事業で 岩手」 の見出し記事が載りました。
 岩手県土整備部は7月10日、東日本大震災の復興道路として整備する三陸沿岸道路 (仙台市-青森県八戸市、約359キロ) のルート上にある、釜石市内の住宅などを強制収用する行政代執行を実施しました。国土交通省南三陸国道事務所によると、復興道路事業で代執行を行うのは初めです。
 同所は三陸沿岸道路・2020年度末開通予定の吉浜釜石道路 (14キロ) の仮称釜石中央ジャンクション (JCT) から南約1キロに位置し、高速道路の基礎部分にあたり、盛り土をして舗装する計画です。12年7月から国が用地取得交渉を始め、16年12月に収用委員会に裁決を申請、17年11月に国が権利取得しました。
 土地約1500平方メートル、住宅と倉庫 (計75平方メートル) などはここに暮らす80代男性が、住宅などは市内の別の場所に暮らす90代女性が所有していました。男性と女性に土地や建物を明け渡すよう説得したが応じなかったため、行政代執行に踏み切ったとされています。

 被災地復興という大義を掲げたら国はなんでもできるのでしょうか。地権者の協力を得られなかった場合には計画変更などは検討されなかったのでしょうか。やはり一旦決定した公共事業は変更されません。国に対して 「個」 の存在があまりにも小さく取り扱われています。
 というより、そのために土地収用法はあります。

 土地収用法は公共事業のために土地取得を行うに際し、事業主が任意取得できない場合に強制力を加えて収用する手続きを謳っています。
 15年10月20日の 「活動報告」 で触れた 「蜂の巣城の闘い」 の指導者室原知幸氏の発言の再録です。
「建設省はここを土地収用法で取り上げようちしよるとじゃが、それはこんダム事業が公共性を持っちょるこつを国に認定してもらわにゃならん、いい加減なもんぞ。考えちみい。九州地方建設局長上ノ土が出す申請書に建設大臣村上が認定ん判をつこうちゅうじゃき、一人二役たいね
 身内での手続きの滑稽さを指摘しています。
土地収用法ちゃ現代の赤紙たい。ばってん、今は民主主義ん世の中じゃろうもん、赤紙の中身をおれたちゃ調べる権利がある。公共性ちいえばおりどんが懼れるち思ったら大間違いぞ」 (松下竜一著 『砦に拠る』)
 ここに住民の大義があります。


 国土交通省は、今年6月に私有地などを強制的に取得し、公共事業用地として使う 「土地収用」 を迅速化するため、地方自治体向けの手引をとりまとめて作成し、自治体に配布しました。対象事業を具体的に示し、制度の活用を促すことで、公共事業のスピードアップにつなげる狙いだといいます。これまでは土地取得に時間がかかり事業が滞っているケースもあったためといいます。
 今後、土地収用法は公共性を盾にますます横暴さが増す危険性があります。

 戦前の土地収用法は、皇室の陵墓、神社の営建、軍事基地建設に際しては乱用されてきました。
 戦後の土地収用法は、これらは適用から排除しました。ですから今も自衛隊基地建設・拡大のためには活用できません。ここでは 「平和憲法」 は健在です。
 しかし、1992年のPKO法に付随した100条からなる 「雑則」 にはこっそりと 「緊急時には民間の土地を利用できる」 の条文がまぎれこまれていました。

 米軍基地については、「安保条約に基づく特措法」で強制使用が可能になっていますが、その手続きは土地収用法にならっています。
 沖縄・嘉手納米軍基地内に土地を所有する反対地主は返還要求をつづけています。これに対し日本政府・防衛施設庁 (現防衛庁) は土地強制使用を沖縄県土地収用委員会申請しました。1990年代の採決において、県収用委員会は申請書類に不備がなかったとして申請を認める判断がつづきました。
 戦後の土地収用委員会は、司法的判断ではなく、地元の利害関係を調整することを目的に、継続する土地が存在する都道府県から選ばれた委員によって構成され、地元の人たちの意見を聞きながら審理を進めるのが任務です。
 しかし沖縄の収用委員会採決以降、全国で手続きを判断する機関になってしまいました。
 石木ダム建設をめぐる土地収用委員会はまさにそれが踏襲され、裁判所は追認しました。

 沖縄・辺野古基地は、正式決定する前から、大成建設が設計図をつくったと公言されていました。まさに政官業の癒着です。


 土地収用法は国の強権化の1つの手段になっています。様々なところで、安全性、「公共性」 に名を借りて 「個」 が否定され、強権化が進められています。さらに政府は自衛隊を合法化した折には自衛隊基地建設・拡大に適用される危険性があります。自衛隊は、阪神淡路大震災における救援活動で市民権を拡大しました。

 「国に守ってもらっていたら、住民は枕を高くして寝ていれる」 という思いは神話です。
 個の連帯による共生・協働の共同体を作り上げていく必要があります。それこそが一番の人びとの安全・安心を守る防衛手段です。

 「活動報告」 2016.2.26
 「活動報告」 2015.10.20
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